監禁が好きなんです。
『フォロバありがとうございます! ――さんのこえ、大好きです!』
軽卒にしてしまった、このリプライからすべては始まった。
この時の僕はまさかあんなことになるとは思ってもいなかった。
――…声が好き。ただそれだけだったのに。
…――横断歩道。軽くスマホを弄りつつ青になるのを待っていた。
――――…キュルルル! キキイィィィイイッッ――――!!
「ッ――!?」
道路へと黒くタイヤ痕を刻みつつ、僕の眼前に――黒のハイエースが車体を揺らして停まった。それとほぼ同時に、勢いよくドアがスライドして開く。
すると、黒スーツにサングラスの男二人が飛び出してきた!
「な、なんだアンタら!? うぉあッ!」
男たちに腕を掴まれ、半ば放り込まれる形でハイエースの後部座席へと搭乗させられる。
そして、何かを嗅がされて……僕の意識は暗転した。
「ッ……ここは…………?」
大きな窓とドアのある、四方を白い壁に囲まれた広い見知らぬ部屋。ふかふかなダブルベッド……。その上で僕は目が覚めた。
起き上がろうとすると、両腕が後ろへと引っ張られた。驚きと軽い痛みに怯む。
見ると、両手首には長い鎖で無理やり延長された手錠がつながれていた。
「一体何なんだッ……!」
恐怖、焦燥、戸惑い、の感情が犇めき合い一層僕の思考を混濁させる。
響く鎖の音、荒れていく呼吸。なんで、僕がこんな目に……。
その時、ガチャリという物音と共に右側にあるドアが開き、あの黒スーツサングラスマン二人が入ってきて、彼らの後ろから――…
……女の子……?
男達に守られるようにロリータ風ファッションに身を包んだ背の低い美少女が、入室して来た。彼女がをすると、男たちは出ていった。残されたのは僕と少女だけ……。少女はこちらをみて、
「――きゃふふ……。目ぇ、覚めたね……♪」
少女は妖しくニヤリとした笑みを浮かべながらそう言った。
「あんたがこんなこんなことしたのか!? それに、あんた誰だ……!?」
僕の問いに少女は一瞬キョトンとした後、また笑みを浮かべながらこちらへ近寄り、ベッドまで上ってきて――
「その通り~、ていうかわたしのことわからないかぁ。悲しいな~……ふぅー……♡」
「ひぐっ……! や、やめッ!?」
少女はさらりと認めたかと思うと、なんとそのまま耳へと生暖かい吐息をかけてきた!
――なんだこの子……!?
「これ好きだったよね~。……あ~、そっかぁ。こっちのじゃ会ったことあるわけないし。わからないかぁ。でもぉ……、声でわからないかな?」
「声……?」
そう言われると確かに聞き覚えがある気が……。だが、どこで? こっちの身体ってなんだ?
「えぇー? なんでわかんないかなぁ」
「ッ――わからないものはわからないよッ! いいから開放してくれッ!!」
「ぶーぶー! 焦らない焦らない~。じゃあじゃあ、しかたないから仕様がないから大ヒントあげるねぇ~♪」
少女はふんふんふ~ん♪ と鼻歌を歌いながら何やら考えるようなしぐさをし始める。この鼻歌もどこかで聞いたような気がする。
「決めた! じゃあこれで――『虹みたいにぃ、ビシッと決めて行こ~!』なんちゃって~♪」
「なッ……、まさかッッ!?」
そのセリフで、おそらくだが、彼女の正体に僕は気づいた。おそらくと言ったのは、なりすましの可能性も考えて。だが、この声は確かに――
「七色さん……!?」
「きゃふふっ♪ ピンポン! 大せいかーい!! やっと気づいてくれたねぇ、♡」
……さん――聴いた者は虜にならざるを得ない魅惑の美声を持つ、美少女Vtuber。彼女の声は確かに推しと同じものだった。僕は七色のリスナー、『にじとも』の熱狂派。俗にいうガチ恋勢をやっている。
まさか、バーチャルじゃない『魂』が現れるとは、夢にも思わなかった……!
って、それよりも――
「なんで僕の名前を知って――」
最後まで僕が言い切る前に七色さんが答える。
「――もちろん、好きな人のことは~、たっくさん知っておきたいでしょ? だからぁ、調べちゃった♪」
「……?」
無邪気な笑顔を浮かべ、そんなことを言う彼女に対し僕は疑問符を浮かべる。
「……あの、あなたが七色さんなのはわかりましたけど、どうしてこんなことを――」
これにもまた七色さんは被せ気味に屈託のない笑顔で答えた。
「――♡」
「えっ……?」
「いまでも覚えてるよぉ。イツカくんと出会ったときのこと――…わたしが七色ちゃんとして活動を始めたとき、全然伸びなかったツイッターで。初めてのフォロワーさんはね。キミなんだよ? それにぃ、言ってくれたよね――」
語りながら、彼女は動けない僕の胸に息を荒くしてすり寄ってくる。その瞳はとろんとしていて、それを見た瞬間――ッ……感じる。鼓動が異常に早くなり、血流が一か所に集まるのを。
「――わたしの大好きだって♡」
「…――もう、一体何が何だかわかんないよ……」
七色さんは「わたしも大好きだよ。また後でねっ♪」と言い、僕に無理やりキスをして、部屋から出て行ってしまった。舌まで入れられた……。
「……は大好きだったけど」
正直、推しを異性としてみることができなくなった。ましてや人攫いをするなど、その時点で頭がおかしいのは明白だ。もう、好きにはなれない。
混乱して頭痛がしてくる。というか、何だか頭がぼーっとしてきた……。
「はぁ……はぁ……」
なんだか胸の辺りも苦しくなって――
――――コンコンコンッ―――—
ドアをノックする音が響き、少しして開かれる。
「じゃっじゃーん! 夕ご飯のお時間ですよ~」
言葉通りならば恐らく夕飯が乗っている台車を押してサングラス男と七色さんが入ってくる。男はベッド横に台車を運ぶなり、七色さんにお辞儀をして早々に退出していく。
一方七色さんは、あの鼻歌を響かせながら、クロッシュを外して中の料理を僕に見せてくる。
「美味しそうでしょ♪ っと、あれあれ? イツカくーん、おーい?」
「ぜぇはぁ……はぁ……」
声が遠く聞こえる。身体が、熱い。よだれが止まらない。そしてそれは、七色さんを視界に入れるとさらに酷くなっていく。彼女はそんな僕を見て、その表情を恍惚とさせ、料理を戻してまた這い寄ってきた。
「そっかぁ。やっと効いたんだねぇ♡」
「効いた……って、僕に何を……」
「キミが寝てる間にねぇ、これを飲ませちゃったんだぁ」
言って七色さんは、胸元から液体が入ったハート形の小瓶を取り出した。
「そ、それは……?」
訊くと彼女は、わざとらしく考える仕草をして、
「キミがわたしのモノになるってところかなぁ。もちろん両想いのわたし達には必要ないんだけどねぇ。みんなが使え~っていうからさぁ」
気づいた。身体が震えるのは、彼女の狂気にあてられたからだと。
「きゃふふ♡ そろそろわたしを見てて~、色々我慢できなくなってきたんじゃない? もう手錠も必要なさそうだね」
手錠を掴むと七色さんはまたも胸元から、今度は鍵を取り出し、それを両手の手錠の穴に挿し入れる。すると音を立てて手錠はベッドと床へと落下した。
「ッ!」
――今だ!
僕は七色さんを突き飛ばしその場から逃げようとした。だが、
「うぁ。くッぁ――なんで……! 力が入らない……!?」
なんと、脚にも手にも力が入らなかった。まるで動かし方を忘れたかのよう。
「あ~、ビックリした~。そういえば忘れてたよぉ。一緒に混ぜたお薬にぃ、動きにくくなるの混ざってる~って言ってたなぁ~。――…ていうか、それより――」
突然、目の色を変えて七色さんは僕を睨みつけ、
「ねぇ。今逃げようとしたよね? 酷いよ。酷い酷い酷いッッ!! わたしのコト大好きなんじゃないの? ねぇ?」
「ヒィッ……!?」
思わず声に出てしまうほどその表情は僕の恐怖を煽る。
「あっ、ゴメンねイツカくん! 本気で怒ったわけじゃないの!! ……ぐすっ……悲しかっただけなの……」
今度は急に泣き出し、謝りだした。……もう、彼女がどのようのことをしても僕は恐怖しか感じなくなってしまった。
「……七色さん。もうこんなこと止めてゆっくり話そう。こんなのおかしいよッ!」
「おかしい? おかしくないよ。多分、そう思うなら私をそうしたのはキミのせいかもね……。わたしはキミを他の女に渡したくないもん。知ってるよぉ。最近。わたし以外の子の配信見に行ってるよね? わたし以外の声を聴かせたくないッ! 好きになって欲しくないッ! それは、でもね……。だから監禁しちゃうの……♡ 名案でしょ、天才でしょ? それにもう、キミは絶対に逃げられないよ」
彼女は聞捨てならないことを口にする。
「そうだ手、見てみてよ」
七色さんに言われて手の甲に視線を移す。なんとそこには――黒く細い糸で『七色♡』と縫い込まれていた。は……? なんだよ……これ。
「きゃふふ、よくできてるでしょ♡ キミがわたしのものだってわかるようにぃ――寝てるうちに縫っちゃったんだぁ~。嬉しいでしょ? それにぃ、GPSもどっかに埋められてるらしいよぉ。だから逃げられないの」
正気の沙汰ではない。伝わるその狂気に僕の心はていく。
「――…でも、逃げようとしたのはぁ、ちゃぁんとお仕置きもしとかなくちゃね――えいっ♪」
掛け声と共に、首元に甘い痛みと異物感。引き抜かれたそれを見ると、それは――注射器! これは、不味い……!
「使いすぎちゃったら廃人? になっちゃうらしいけど、安心してね♪ これからどんなキミになってもぉ、わたしはたっぷりしてあげるから。次に起きたときはもうわたしのことしか考えられなくなってるかもねぇ♪ でも、それでもう、――おやすみ、わたしの愛しい人……♡」
彼女の言葉を聞いてすぐ、視界がゆっくりと白んでいく。そして、それと同時にさらになっていく頭の中でふと思うのだった。
――…『こんな狂った愛、欲しくはなかった』と…――
完