轟沈しましたが悪運はあったようです(大井になりました) 作:Toygun
海上に垂れ下がった糸と浮きが不規則に動く。それを見ていた禿頭の大男は、釣竿を右へ左へと動かす。浮きの動きが鈍ったところで、彼は一気に糸を巻き戻した。
「よく釣れるな」
黒い肌の彼は、釣れたアジをバケツに放り込むと、かけているサングラスの位置を直す。バケツの中は結構な釣果だ。
「そりゃまあ、ここ10年以上、満足に釣りも出来ないからなぁ。魚も人間を忘れるさ」
双眼鏡をのぞく、くたびれた事務員のような男が冗談のような言葉で大男に返す。
「どうだ」
黒人の大男の問いに事務員が返す。
「まだなにも」
「見えませんか、あの子達は」
やり取りの最後を、老人が継いだ。
「台湾近海を行くなら大体ここを通過しますし、北上すれば港です。生きてりゃ高確率でここを通りますよ。あの後夜間の移動を避けたなら、まだ遅れると思いますね」
事務員は老人に心配するなと言うかのように説明した。より西の離島の方を通過するのは、補給を考えると確率は低い。
「随分丁寧じゃないか」
茶化すように言った大男が言葉に、事務員はにやりと返す。
「不安がる乗客には丁寧な説明を。顧客サービスって奴だよ、ボス」
そう言われると男はああ、頷く。
「そうだったな。すまん、荒事で気が立っていた」
「すみません、わしらのような老人の我が儘で」
また日本の地を踏みたい、そんな願いと共に老夫婦が大男の商会の門戸を叩いたのだ。持てるだけの食糧に、買い集めた燃料を持って。
「そう言わないでください、この話は、わが商会にとっても、あーワタリニフネという奴でして」
海運絡みも引き受ける男の商会にとって、深海棲艦はもちろん死活問題だった。ごたごたの中縮小していく表裏の経済。停泊させたままろくに出せず朽ちていく船。助けを待つよりも、戦力のある場所に移って反攻の際の商売に一枚かむ。ろくな青写真もないが、ただ引きこもっているよりずっとマシだった。高速タイプに改造されていた船の機関さえ、本来のもう少しマシな燃費の機関に戻して出港したのだ。それでも船団内で曳航してもらったり、燃料を都合してもらったりとはしたが。まあ本来はガソリンエンジンのPTボートなので、相手も積んできたものの重荷になっていたガソリン(機銃掃射で発火すると怖い)と食糧を交換してくれたりと、お互いにWin-Winの商売にはなった。食糧はもちろん老夫婦が自前の農場でかき集めてきたやつだ。なお、重荷と言えばPTボート故の魚雷だが、このご時世で補充が利かず、残った1発をそのまま積んである。燃料がガソリンだし砲を喰らえばどうせ一緒と言うのもあるが、一応当たれば効くという噂のためお守りとしてそのままにしたのだ。
「商会としましても護衛をかってくれたお嬢さん方をただ置いてきた、では信用に関わりますよ。お客様と同じ気持ちです」
すまんのう、と老人は返す。
「ボス」
「やれば出来るだろう?」
「ありがとよ」
事務員は、日本人だった。荒事上等な彼らの中では一番甘ちゃん扱いもされる。日本の艦娘を見捨てない、というのは彼にとってはありがたくもあり、心苦しくもあるという状況だった。
「従業員の心情を慮るのも、経営者の務めってやつさ」
陸に調達に行った連中が戻れば、もう少し待てるさ、と男は続けた。1時間後、高台の方から血相を変えた彼らの仲間が、叫びながら戻った。
「ガキだ!ガキが引いてる船がこっちに来る!」
アジア系の女に続いて、水を入れたタンクを持つ、やせ気味の白人の男が告げる。
「記憶違いじゃなきゃ、昨晩出た中の響って子だね」
山菜などを篭で背負った老婆はありがてえ、ありがてえと繰り返し呟いている。
「出港だな」
経営者の男はそう言うと、皆を船に急かした。
さて、無事日本に着いた商会の者たちだが、艦娘、乗客たる老夫婦と分かれ、今はグダグダになった出入国管理のため港の一角でたむろしている。「貴重品」―武器や場合によっては武装艇で辿り着いた者のために、財産から離れるのは怖いだろうという心遣い、兼武装状態で各施設に入られるのを防止する処置である。そこへ白い士官服を来た男たちが護衛らしい兵士を連れてやって来た。
「経緯は聞かせてもらった。我々は近海の防衛に当たっている部署の者でな、高速艇とそのクルーというのが大変ありがたく、あなた方を雇いたいのだ」
高速艇で右往左往と言うわけである。
「つまり使いっぱしりと」
「実も蓋もない言い方をすればそうなるが、軍の輸送任務、それも最高戦力の送迎も場合によっては任せたい」
「しがない密輸業者風情がカボチャの馬車を転がして、お姫様たちの送迎をやらせていただけると?」
「いかにも。燃料タンク代りにボートを運用した報告書はチェック済みでね」
「こいつは出世と見ていいんじゃないですかね?ボス」
「受けてくれるなら軍施設に滞在させてやれるし、当然食事つきだ。給料は正式に勤務に入ってからになるのでしばらく窮屈になるとは思うが」
「待て待て、うちの鎮守府に滞在するなら私個人からだが一人一月分を先に渡すぞ」
「抜け駆けはやめたまえ、通信網がやられた場合の移動・連絡手段を独占されては困る!」
仲間割れというわけではないが、どうやら軍内部でも通常艦艇の需要はまだ高いようだ。
「少し聞きたいのですが、これは米軍のPTボートですね?」
若い士官が聞いてくるので事務員が答える。
「ええ、米軍の高速魚雷艇ですよ。言ってしまえばボスの私物なんですがね」
「ではあの一発だけある魚雷は?」
白人の男が続きを返す。魚雷の調達に大分苦労したらしく
「調達してから大分たってますが、Mk13ですよ。整備はしてますが、ちゃんと当たった後に爆発するかはどうか」
「ではあの魚雷、売ってください。艦娘の使う魚雷の材料にしたいので」
商会の人間が思わず顔を合わせる。
「お幾らで買っていただけるので?」
「当時物ではないにしても、レプリカでも200発は補えそうですので、一旦この場で100万円―1万ドルくらいをまず手付として、後金含めて多分10万ドル以上お支払いしてもいいんじゃないかと。運転資金としては扱う物からして少額の域ですが、当座をしのげるお金にはなりますよね」
「いや待て」
別の「提督」が口をさらに挟もうとしたところで、これは揉めるだろう、という判断から護衛の兵士の一人が会議室で契約を詰めることを提案。まず貴重品として魚雷をボートごとドックに保管しての打ち合わせとなった。結果、ボートの再整備と部分装甲化も追加条件として、Mk13魚雷を正式に軍が2000万円で購入する形でまとまる。まともな状態の商売道具、運転資金と両方を得ての再出発となった。ところで魚雷でそうなら、船もよこせと言われなかったのはどういうことかと経営者が聞いてみたが、
「貴殿の船に我らの船を載せて運ぶ仕事を頼むわけだが。そういう業界で「お前の船を売れ」は商売ではなく戦争になると思わんか?」
当然船を売る気はないが、船をよこせ=女をよこせとガチで同義になる業界だと理解した。
「大体似た見解を持つクライアントとご一緒できるのはありがたいですなぁ」
「事故のない取引をしたいものだな」
がっちりと握手をしての解散となった。
知っている・部分的に読んだことがある、程度の作品なんであまり突っ込んで書くべきではないと思い、人名を削ってる。あとで名前を入れるかも。あとはハッピーエンドにすると言った以上、ハッピーエンドのネタバレもいいよね。