万世極楽教の教祖たる鬼、童磨。彼の横には一人の鬼の少女が居た。

※本作の読み方は「ほうまつ」と「うたかた」のどちらでも構いません。

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鬼滅の刃の小説を読んでいると、鬼としての童磨が中心となっている作品が少ない気がしたので、心のままに書いてみました。


泡沫の鬼

 万世極楽教。つい最近興されたこの宗教は、穏やかに生きることを何よりも最重要視し、苦痛や辛酸を伴う行為はしなくても良いという、耳障りだけは良い教えを広めている。

 そんな新興宗教の教祖には一人の息子が居た。その名は「童磨」。白橡色の髪に虹色掛かった瞳。それに加え生まれながらに高い知性を兼ね備えていたその息子は、神の声が聞こえる存在として神格化され敬われた。

 しかし、実際に彼が神の声を聞いたことなんて一度も無い。そんなことも知らず、ただそれらしいことだけを口にすれば勝手に喜ぶ信者達。その姿はただ愚かとしか言い表しようがない。そんな愚かで可哀そうな連中を救ってあげることこそ自分の使命だと感じていた。

 

 そして今日もまた適当に神の子を演じ終えた彼は、静かに自らの部屋へと戻る。その道中で会う信者達が、皆一様に童磨に対し深くお辞儀をする姿を見て、彼は心の中で嘲笑する。

 誰も彼も自分に対し同じ振る舞いしか見せない。自ら考えることなく、ただこの場所で決められた規則に従い続ける。その姿が、糸で操られる人形と同じように見え、彼の目には滑稽に映った。

 だが、そんな万世極楽教の中でも、例外は存在する。

 

「ああ童磨、お疲れ」

 

 自分の部屋に戻った童磨が目にしたのは、窓辺に座りながら、細い竹の管を口にしてしゃぼん玉を吹く少女。顔立ちが整っているため、その姿はとても絵になる。

 万世極楽教の中で最も権力のある立場である童磨に対し、一切敬うことも媚び諂うこともせず、ただただ同じ人間としか見ていないその姿は、童磨にとっては気楽だった。

 少女も万世極楽教の信者である。夫を病で失った未亡人の母と共に、この宗教へ入信した。しかし彼女自身は、神の存在など一切信じていなかった。ただ母親に付いて行かなければ、自分は生きていけないと判断した。ただそれだけで入信したのだ。

 そしていつの間にか、この童磨の部屋に入り浸るようになっていた。当人曰く、「ここなら面倒な連中が来なくていい」だそうだ。

 童磨もまた、他の信者達とは異なる態度で接してくる少女に興味を持った。

 

 ある日、童磨は暇つぶしとして、少女に対し、極楽に行きたいかと聞いてみた。それに対して彼女はこう返した。

 

「どうでもいい。そもそも他人が教えた神様を信じていれば極楽に行けるなんて、随分と都合の良い話じゃないか。あんなもの、ただの妄言にしか聞こえないよ。どうせ死んだら、ただの骨しか残らないんだから」

 

 その言葉に思わず童磨は笑った。ああ、彼女は自分に似ていると。

 

 

 

 ある日、童磨の両親と彼女の母親が死んだ。原因は童磨の父親が彼女の母親に手を出したのだ。それを知った童磨の母親は、包丁で夫である教祖と少女の母親を滅多刺しにして惨殺すると、絶望から服毒自殺をした。

 血塗れとなった部屋の中に入った童磨は思った。「部屋を汚さないで欲しい」と。彼にとって両親はその程度の存在だった。他の連中と同じ、頭が悪い愚か者。だからこんな風に死ぬのだ。

 そして同じようにこの部屋に入った少女は、童磨に視線を向けると、こう言い放った。

 

「お母さんが死んだから、養ってくれる?」

 

 今まで自分の世話をしてくれた母親は居ない。いや、元から大して世話をしてもらった記憶などほとんど無いが、それでも自分の立場を保証していた血縁が死んだのだ。それならこの場で最も権力の有る童磨の庇護を受けようというのはある意味合理的だった。言葉だけなら庇護を受けるなんて言い方では無かったが。

 しかしいつも通りの態度を崩さない少女に、彼もまた応えた。

 

 

 

 それからしばらくして童磨は「鬼」となった。どうやら彼が持つ組織力を欲して、鬼の統領が彼に血を分け与え、鬼に変えたのだという。

 鬼となった彼は日の下を歩けず、人間を食さなければ生きていけない。それ故に彼は深夜に女性信者の一人を食らっていたが、年頃となった少女はそれを涼しい目で見ながら、いつものように窓辺でしゃぼん玉を吹く。月夜に照らされ輝くしゃぼん玉は、風に吹かれて高く飛んでいく。

 鬼になってから、童磨の部屋から血と死臭が消えることは無くなったが、少女は既に慣れた。

 別に童磨が鬼であろうと何であろうと、彼女にはどうでも良かった。別に自分が食われなければそれで良い。わざわざ名も知らない他人に手を差し伸べてやるほど、彼女はお人好しでは無かった。

 童磨としても彼女には自分なりに愛着が有ったため、食べることによる同化以外の方法で彼女を救ってあげたいと考えていた。

 

 それ故に、彼が鬼の幹部たる「十二鬼月」、その中でも最高峰とされる上弦の鬼へと至った時、少女を鬼に変えてあげようと思ったのは、別に不思議なことでは無かった。

 

「鬼になれば、君も永遠に生きることが出来る。素敵なことだろう?」

 

 童磨にそう言われ、彼女は受け入れた。別に鬼になりたかったわけでは無いが、定命では出来ないことも多い。彼女が求めたのは、力でも金でも無い。ただ生きていたい。そのためであればどんな犠牲も厭わない。自分さえ生きていれば良いのだから。

 永遠の命という言葉は、そんな彼女の願望と合致していた。童磨を見ていたことで、鬼の習性は知っていた。だが日の下を歩けなくなろうが、彼女にとっては大した問題では無かった。元より人間は一日の四分の一は眠らなくてはならないのだ。対して鬼は一日の半分の間は行動が制限されるとはいえ、寿命というものが無い。それなら明らかに鬼になった方が得だろう。

 そして彼女は童磨の誘いを受け、鬼の血を受け入れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから約20年。夜の暗い森で四人の男が刀を携えながら、木々を掻き分けながら走っていた。彼らは「鬼殺隊」と呼ばれる、人食い鬼を倒すべく集った者達だ。

 鬼は普通の方法で殺すことは出来ない。例え火で焼こうが、水に沈めようが、全身を切り刻もうが死ぬことは無い。彼らを殺すには、日の光で焼くか、「日輪刀」と呼ばれる特殊な刀で首を切り落とすしか方法は無い。そのため、鬼殺隊士はいずれも日輪刀を標準装備としている。

 しかし鬼はいずれも並外れた身体能力を有している。普通の人間であれば、例え日輪刀を有していようと傷一つ付けることなく、ただの食料とされてしまうだろう。

 そのため鬼殺隊士はそれぞれ「全集中の呼吸」と言う特殊な呼吸法を用いることで、人食い鬼のそれと引けを取らない身体能力を得て、対抗している。

 日輪刀と全集中の呼吸。この二つを用いて、彼らは数多くの鬼の首を刈り取ってきた。

 

 そんな彼らがこの森へと足を踏み入れたのは、数年に渡りこの近くの町から行方不明者が出るという事件が起きていたためだ。行方不明者の数は実に23名。調査を経て、この事件の裏に鬼が隠れていることを確信した鬼殺隊は、この森が鬼の隠れ家であると推理し、鬼を倒すべくこの深い森へと入ったのだ。

 いつ、どこから襲われてもおかしくない。警戒心を緩めずに、周囲に視線を巡らせながら走る。鬼はどこに隠れているのか。その血走った不気味な目や、獣のような唸り声を決して逃さぬように注意を払う。

 そんな彼らの許に、ふよふよと小さな何かが音も無く近づいていた。だが暗い森の中、半透明なそれを視認することは困難だ。それはいとも容易く、一人の剣士の脇腹へ当たると同時に弾けた。

 

―ドンッ!―

 

「っ!?」

 

 その瞬間、まるで強い力で殴られたかのような衝撃を感じ、剣士が体勢を崩す。

 

「どうしたっ!?」

 

 先頭の剣士が声を掛けるが、倒れた剣士も何が起こったのか分からなかった。ただ脇腹に強い衝撃を感じただけだ。

 

「ちょっと……見てくださいよ」

 

 細身の剣士が冷や汗を流しながらそう呟く。他の三人も目を凝らすと、自分達の周囲にあるものが大量に浮いていることに気付いた。風に靡きながら浮かぶ半透明の球体。それは()()()()()だ。

 夜の闇の中、ただ浮かぶそれはどこか幻想的で、どこか不気味だった。しかしそのしゃぼん玉がただのしゃぼん玉でないことは明白だ。

 先頭の男に一つのしゃぼん玉が近づく。男は警戒しながらも、日輪刀で真っすぐ斬ってみると、それは先程と似たような音を発しながら弾け、その衝撃を刀を通して彼の手元へと伝える。

 

「おい、さっきのはやはりこいつが原因みたいだ。だがそれほど強くは無い! しっかりと刀を握って、全部叩っ切ってやれ!」

 

 その号令と共に、男達は刀を握りしめると、それぞれ周囲に浮かぶしゃぼん玉を割り始める。割れる度に衝撃が発せられるが、ある者は力づくで抑え込み、ある者は受け流し、それぞれの方法でダメージを最小限に抑え込む。

 このしゃぼん玉はきっと鬼の能力によるもの。それならば鬼はそう遠くは居ないはずだ。

 そして彼らは遂にそれを視界に捉える。ちょうど木々が開け、月明かりが差し込む場所。その中心で切株の上に腰を掛けながら、細い竹の筒を口に咥えた少女の鬼がそこには居た。彼女もまたこちらに視線を向けながらも、まるで相手にしてないかのように無表情でしゃぼん玉を吹き続ける。

 自分達を敵と見ていない。だがそれは油断しているということでもあると判断した先頭の男は、刀を強く握りしめると、一目散に少女鬼の許へと走る。

 

―シイアアアアッ!!―

 

 独特の呼吸音と共に向かってくる泡も全て斬りはらいながら進むその姿は旋風。その突進は少女鬼を巻き込もうとする。

 だが少女鬼が細い竹の筒に一息入れると、先端から今度は巨大なしゃぼん玉が生まれ、普通のそれとは比べ物にならないほどの弾力性によって、まるで壁のように男の斬撃を受け止める。

 男は舌打ちを打つと、別の技を放つべく息を吸う。だがそれが悪手だった。

 

―パチンッ―

 

 今度は衝撃波も無く、ただ静かに巨大なしゃぼん玉は割れた。衝撃に耐えられなかったのかと男は思ったが、それは違った。

 

「ぐっ、があああっ!?」

 

 少女鬼に迫っていたはずの男が叫び声を上げながら喉を抑えて蹲る。明らかな異常事態に思わず駆け寄りそうになる剣士達だが、それを最年長の剣士が抑え込んだ。何が起きているのかも分からないのに、無暗に近づいては、彼の二の舞になりかねないという冷静な判断からだ。

 

「がっ、ぐううあああっ!?」

 

 蹲った男は、喉と目に焼けるような痛みを感じながら悲鳴を上げるしか出来ない。

 彼の身に起こったこと。それは巨大なしゃぼん玉に含まれていた気体を、気道と肺に取り込んでしまったことが原因だった。しゃぼん玉に含まれていたのは、強酸性の気体。それを思いきり吸い込んだ彼の気道は焼け爛れ、満足に呼吸することも出来ない。

 まるで芋虫のようにのたうち回る剣士を冷たい瞳で見降ろしながら、少女鬼は竹筒を吹く。しゃぼん玉は彼女を倒すまで無くなることは無い。

 剣士達は、この時やっと目の前に居る鬼が今まで対峙してきたどの鬼よりも強力であることを理解した。

 

 

 

 四半刻後。そこには四人の剣士の死体が積み重なっていた。

 彼女にとって、この程度の剣士であれば何人相手だろうと大したことは無い。それほどまでに彼女は力を付けていた。全ては彼女自身が死なないために。

 

 彼女の名は「依空(いくう)」。上弦の鬼である童磨の直属の部下の鬼だった。




依空(いくう)
●童磨の直属の配下である鬼の少女。武器は細い竹の筒。
●人間だった頃は万世極楽教の信者であった母の娘だった。しかし彼女自身は神の存在を全く信じていない無神論者。自分が生きられればそれで良いという、どこか無惨に似た思考の持ち主。
●血鬼術は「泡沫(ほうまつ)」。自らの血を媒介にしゃぼん玉を生み出す。このしゃぼん玉は破裂すると周囲に衝撃波を発生させるが、その威力は最大でも牽制程度にしかならない。しかしその本質は、泡の中の気体であり、強酸性の気体や発火性の気体など様々な種類が有るため、不用意に近づくのは危険。なお、見た目で気体の種類を判別することは出来ない。

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