航行は問題なく、既に航路の3分の2を過ぎた。研究や趣味の方も手に入れた情報の9割は頭に入れ終わったぐらいだろう。とりあえずは残りの1割を片付ける事を目標とするが、終えたら医療研究の方に専念するべきだろうか、それともトリガー作成を進めるべきか。
「いや、読み込み終わったら休憩するか」
[その方が良いだろうな]
夢見が悪くなってから面倒なので全然寝ていないのもあってレプリカの声色が厳しい。出発から6か月経っているのだが寝た回数は4回だけで、時間に直すと1日にも満たないというのは自分でも問題だとは思っている。だが眠る気にはなれないのだ。
研究で気を紛らわしてばかりいるのだがそれはそれで精神に良くないだろう。まあまだまだ余裕はあると思ってはいるが、レプリカの小言もあるからそのうち一度眠った方が良いのだろう。
「トリガーは私用のはあまり要らないしね」
設備用の技術アップデートに使えそうな物はあまりなかったのでトリガーの解析を済ませた現状では緊急性のある作業とは言えない。となると自分自身にも関係のある医療研究に専念するのが優先順位だけを考えると正しい。
サイドエフェクトの開花、トリオン器官の成長、トリオンの質と量、トリオンによる肉体への影響、様々な国で研究され続けている。その理由は福祉ではなく利益や軍事転用目的なのが目に見えている。過激な国では人体実験も繰り返されているくらいだ。
私の様な完全に健康、福祉などを目的としての研究を行っている者など本当に一部だろう。義手に義足なども社会復帰ではなく戦場に復帰するための武器としか認識していないのだから救えない。がデータだけはしっかり利用させてもらおう。
トリオン兵の様に行動をプログラミングさせて使用者の負荷を減らす、身体強化系統のサイドエフェクトを義肢に適用の有無、トリオン器官の再生、トリオン伝達系を流用した疑似神経系の作成、軍事目的だったが完全な人型トリオン兵の研究を行っていた国があるという噂もあった。
トリオンによる肉体の代替は不可能ではないはず、そうでなければ現在私は生きていられないはずだから。私と言う例が特殊である可能性も高いが一つの事例である事に間違いはない。私の固有トリオン理論からしても適合するトリオンによる肉体の保護、修復は出来るはずなのだ。
「まあ、今は先に残りのデータか」
トリガー技術や医療研究、軍事情報、優先度の高い物から確認していったが、残っているトリガー関連以外の文化的情報、具体的には人口、地形、食文化、宗教、流通などの情報はこれらも惑星国家を知る上で大きく役に立つことに間違いはない。
人口は戦時中であったため詳しい調査は出来ていなかったようだが一般の住宅区の面積や食料の流通量から大体の推測は出来る。宗教は偶像崇拝ではなく、教主をトップに置いた生き方、考え方を守る事を善とすることによる人民の思想操作を目的としたものだった。
唯一の宗教であり、古くから続いているので手間はかかるだろうが切り崩すことが出来れば国の団結力を削るなどの攻撃も可能だろう。戦争に負けた現在は解体されているか、教主がお飾りの傀儡になっている事だろう。
食文化も何を主食としているのかという情報は非常に大切である。それを潰すことが出来れば国内を疲弊させることが出来る。農作物の種なども独自の物が多いので手に入れて置いて損は無い。家畜なども品種改良のデータを手に入れて置けば別の種に流用できる点もあるかもしれない。
どんなデータであっても役に立たない物は無いというのにトリガーを用いた技術以外が軽視されがちなのはトリガー社会における弊害でしかないだろう。玄界の様にトリガー技術を外部に出さない。独占することはそれ以外の技術の停滞を防げるので間違いでないと私は考えている位だ。
事実、支配階級と被支配階級に分かれている国の一つに支配階級にしかトリガー技術が整備されていない国があったが、トリガー技術の与えられていない階級は蒸気機関や電気エネルギーを独自に築く事でどうにか生活の向上を目指していた。
トリガーによる技術と言うのは麻薬より甘美で危険な物だ。これ以上に効率の良いエネルギーを私は知らない。だからトリガーを知っている国々はそれ以外の技術に目を向けない。だが理論や原理の研究がなされているのはトリオンがそれらに干渉、適用される部分があるからだ。
物理的、科学的な研究と言うのがトリガーによって、トリオンによって行われて来た。だがトリオンの無い状態でそれらを行って来た玄界は知識の位階、レベルでは負けている部分もあるが、知識の質では負けていないだろう。
そしてトリオンが無くては生きていけない彼らとトリオンが無くても生きていける私達では視点が違うのもしょうがないだろう。そもそも世界の成り立ちからして玄界は特殊な立ち位置にいるのだ。そこいら辺の歴史研究なども行えれば面白い。
「っとデータの読み込み終了、ファイリングしといて」
[了解だ]
今のところ問題がないが、もう少し機能の拡張、容量の拡大も行っていきたいところだ。それに加えてレプリカのアップデートの時にも思っていた事だが、レプリカ以外にデータの管理、保存を行うシステムを構築しておかないと少々危険かもしれない。
「っと休憩するって決めたんだった」
どうにも研究や仕事にばかり集中してしまうのが私の悪い癖なのかもしれない。昔から頭が固いと言われていたから直そうとしているのだけれどなかなかうまくいくようなものではない。
とは言ってもいざ休憩しようと思っても手段は限られる。寝るか、食うか、遊ぶか、といった簡単なものばかりである。寝るのは最後の手段、と言うよりまだ眠りたくはない。後回しと言われてもしょうがないし、この年にもなってとも思うが寝るのは怖い。
となると遊ぶというのも違う気がするので何かを食べるのがやはり無難になってくる。他に選択肢が思い浮かばない時点で仕事が趣味になっているのが理解できる。ワーカーホリックと言う奴だろうか、いや働かなければならないではなく働きたいと考えているのでワーク・エンゲージメントの方が正しいだろう。
食料品は自分があまり必要としていないためエネルギー補給以外の物、嗜好品、娯楽としての食材はあまり載せていない。それに長期間の航行を予定していたのでトリガー技術の応用による食料保存、輸送システムは搭載されているとはいえ、あまり保存に適していない物は載せていない。
小麦粉、米、水、缶詰、ドライ食品、フリーズドライ食品、加工肉、後は冷凍食品やカップ麺などしかない。あとは保存食や
物資としては十分なぐらいあるが娯楽として楽しむだけの物は用意していない。ある意味体にあまり良くないカップ麺などは嗜好品枠に入れても良いのではないだろうか?簡単に出来るしもうこれで言いだろうとお湯を沸かして注ぐ。
[食事をとる気になったのは良いが、たまには調理もしてみればどうだ?]
調理、料理と呼ばれる行動は出来なくはない。むしろ様々なレシピのデータも頭に入っており、レシピ通りに作る分には問題なく出来る。だが気が向かないというか、面倒くさいというか、あまりやる気にならないのは確かだ。
人間は無駄な事を嫌い、効率を求める生物だ。食事や睡眠が要らない身体である自分がそれを排除した生活を営んでいくというのは生物学、心理学的には逆に人間らしく、正しいのではないかと最近は思い始めている。
[そう決めたのであれば何も言うまい]
「私は楽しいよ。レプリカ」
人間じゃない、自分の無い自分から人間らしくない、可笑しな自分にまで変われたのだ。自分なりに楽しんで生きているのだからそれでいいでしょう。さて腹ごしらえも済んだし、他に逃げ道も無いので今度こそ眠るとしよう。
「おやすみ、レプリカ」
[ああ、おやすみ]