影武者華琳様   作:柚子餅

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ご無沙汰しておりました。
SNS上にて、先月中を目途に更新すると宣言しておいてこんなにも遅れてしまいました。
ごめんなさい。


55.『太史慈、助力を乞うのこと』

 

「ふふっ」

 

 この一月の間に行われた公演を順に思い返して、拓実は口元をほころばせる。鈴を転がすような声を漏らして部屋で一人、思い出し笑いしていた。

 拓実ははっきりと浮かれていた。舞台の上で歌って踊って、みんなが笑顔になって喜んでくれる。その上、お給金まで貰えるのだ。こんなにも幸せなことがあっていいのだろうか。

 

 進学と同時に演劇から離れてしまった拓実がこうして『歌手』という役柄を演じて舞台に立てる。それだけでも嬉しくてしょうがないのに、ここ済南では舞台演出にだって口出しできる立場にあった。拓実自身、舞台芸術に関連するというだけで演劇、歌劇に留まらず、日本舞踊やオペラにミュージカル、ダンスに落語に大道芸と手当たり次第に観劇していた舞台バカである。地和の妖術を用いれば現代演出のいくつかを再現できそうなものだから、今後の公演で試してみたいことばかりが頭に浮かんでしまう。劉岱の元となった劉備も歌手を始めとした芸能業界に並々ならぬ憧れを持っていたものだから、拓実の舞台好きと劉岱のアイドル好きの相乗効果で毎日が夢心地なのである。

 

 知らぬ間に義妹が増えていたことに地和から文句が出たものの、無理難題を人和に押し付けた負い目もあってか公山の義姉妹入りは渋々ながら認められていた。初めて四姉妹全員が揃った公演では、観客からの要望で地和の声真似をしたところ顔を真赤にした本人から怒声が飛んでくるという一幕もあったが、どうやら一発芸を目当てにした新たな客層を開拓していたようで着々と信者が増えてきている。つい先日には『公山ちゃん親衛隊』なんて個別の応援団まで結成されたようだ。もちろん義姉たちのそれとは比ぶべくもない人数ではあるが、目に見える形での反響を得られるのはなんとも役者冥利に尽きるというものだった。

 拓実が舞台歌手を兼任するようになった為に相変わらず人手不足なのは否めないものの、人和と分担して事務仕事するようになって先日にはなんと休日を取ることができた。『数え役満☆姉妹』末妹となった公山の知名度も上がっている為に外出の際には変装は必須となり、更には霞か子義を伴ってと一人歩きも出来なくなってしまったが、身辺警護上の理由で姉妹みんなで食事を取ることも増えたので美味しいご飯やお菓子が食べられる機会が増えた拓実はなんら不満を覚えていない。

 

 とはいえ、何もかも順風満帆とは言えない。今拓実を悩ませているのが任務をほっぽらかしてたことだ。

 拓実は状況に流されるまま付き人として採用され、何故か内政官の仕事を兼任させられ、さらに針仕事が一緒についてきたと思ったらいつの間にか舞台に上がって歌手までやることになった。最近ではもっぱらダンスの振り付けをして姉妹全員で練習するようになっている。

 そんなこんなであんまりに忙しくて頭から綺麗さっぱりすっ飛んでいたが、拓実が華琳より命じられた任務は青州黄巾党の動向を探ることである。決して三姉妹と一緒になって歌って踊って黄巾党信者を増やすことではない。あんまりみんなが喜んでくれるものだから、のんきに天職を見つけたかもなんて考え始めていたのだがそうじゃないのだ。

 思い出せたのは済南に到着して優に一月半が過ぎてのことである。どうも、劉岱の役に入り込み過ぎていたのかもしれない。

 

「うーん、どうしよう……」

 

 とりあえずなにかしら報告をと思い立ち近況を書いて華琳へと送ったものの、次の書簡に何も書くことがなくて拓実は困っていた。周辺を荒らし回る黄巾賊の今後の動向なんてわかるはずもなく、このままでは毎回『数え役満☆姉妹』の公演の様子――――四姉妹のファンクラブ会報と同内容のものを送ることになってしまう。お叱りの返書が拓実の手元に届くのは想像に難くない。

 

 さて。大陸中から問題視されている青州黄巾党であるが、数十万に及ぶ強大な暴徒集団と周囲より認識されているもののその内実は違う。曹操や袁紹、陶謙などの音に聞こえた周辺の領主ですら迂闊に手を出せない威勢を誇っているのは確かであるが、実際は『天地人姉妹の信者である黄巾党』と、『威を借るために名を騙る、数十名から数百名規模に渡る無数の野盗集団である黄巾賊』の二つが一緒くたにされている。

 『黄巾党』の核となっているのは『数え役満☆姉妹』の公演に毎回のように参加し、黄色の衣服で全身を着飾って自主的に自治活動をしている熱心な信者たちである。しかし大多数を占めているのは信者たちの自治活動に恩恵を受けて消極的ながら支持・協力を行っている済南の十万人ほどの町民たちなのだ。言ってしまえば済南の全住民こそが三姉妹を支援する本来の黄巾党であり、その大半は非戦闘員となる。

 対して拓実が便宜上『黄巾賊』と呼称している者たちは、領主不在の土地があると聞いて大陸中から集まった山賊・罪人、そして食い詰めて土地を捨てた元農民らとなっている。総数こそ膨大だが、三姉妹の活動拠点となっているこの済南には近寄れない。ここには三姉妹の要望に応えるべく日々の鍛錬を欠かさずにいる屈強な自警団が常駐しているからだ。その上信者たちを中心に統率が取れているとなっては、少々徒党を組んだぐらいでは敵うわけもない。自警団が黄巾賊と同じく黄布を身に着けていることもあって、済南は領主を追い出した武闘派のお仲間が支配している都市として恐れられているようである。青州でもっとも栄えた済南に近づけない彼らは、日々の糧を得るためにもっぱら青州の他の地域や隣接している州を荒らし回っているわけである。

 

 以上が青州黄巾党として一緒くたに呼ばれている勢力の内情であり、拓実は黄巾党側の中枢に入り込んだことでこれらを知ることが出来たが、では今後の動向はどうなるのかというと把握のしようがない状態だ。

 済南の黄巾党は三姉妹の下で意志統一がなされているが、実際に周辺地域に襲撃を仕掛けて世間を騒がせているのは食うに困った黄巾賊の方である。そちらについて知っていることなんていくらもなく、黄巾賊側にも目ぼしい集団がいくつかあるにはあるのだが、数も規模も、頭目の名前すらも定かではない。拓実の属する黄巾党とは、根本的に別の集団なのだった。

 

「お、なんやなんや珍しくしかめっ面してからに。悩み事かー?」

「わっ! 霞さん!?」

 

 事務所の仕事部屋で唸っていた拓実が急に両肩に手を置かれたことで驚いて振り向くと、いつの間にか霞が椅子の後ろに立っていた。ねぎらいなのか、そのまま特に凝ってもいない拓実の両肩は霞に揉まれている。

 朝方に天和の買い物に同行していった霞がどうして事務所にいるのか。どうやら考え事をしているうちにだいぶ時間が経っていたらしく、窓の外を見れば日が傾き始めている。

 

「そう、ちょうどよかった! 霞さんに相談したいことがあったんです。その、報告書を出さないといけなくて」

「報告書? あー……。せやなぁ」

 

 言いながら拓実が目線をちらちら遠くへとやると、提出先がこの済南ではなく華琳へのものと気づいた霞は眉根を寄せた。

 もちろん霞も青州黄巾党の内情を把握している為に、拓実の相談内容にも察しがついたからだろう。

 

「ま、そーゆー話ってんなら他所じゃできんわな。ほんなら今夜、ここでな」

 

 少しばかり考えた様子の霞は、いくつか言葉を交わしてから最後にぽんぽんと肩を叩いて事務室から出て行った。

 ふう、と拓実は肺から空気を吐き出す。どうやら知らぬうちに霞に対して身構えていたようで、気を落ち着かせようと心掛ける。

 

 ――――霞との関係は、とりあえず会話に関しては以前のように戻っていた。

 済南に到着したばかりの頃に男であることを打ち明け、勘違いも手伝って異性として強く意識されてしまっていた。付き人として雇われ済南にしばらく逗留することが決まってからは、それまで同室の宿住まいだった拓実と霞も住居はそれぞれ別々に借りている。そうして霞も離れて生活しているうちに落ち着きを取り戻していったようで、拓実とも以前のように会話が出来るようになっていった。

 ただし会話の折、肩に腕を回されたり、頭や肩に手を置かれて体重を掛けられたり、後ろから軽く抱きつかれたりと女子同士でも行うようなスキンシップが明らかに増えている。好意の表れなのだろうが、肩を叩く程度ならともかく霞はあまりそういう振る舞いを他の女性にはしないので、一緒にいると周囲から若干そういう目で見られてしまって拓実には妙な気苦労が残るのだった。

 

 

 

 

 それから数刻後。三姉妹や子義も揃っての外食を終え、姉妹たちを送り届けてから再び事務所の仕事部屋に拓実と霞は戻ってきた。

 最近は人和が半分を受け持ってくれているので事務仕事はあらかた片付いている。今も公演前には衣装製作などで夜遅くまで仕事することはあるが、以前のように仕事部屋に泊まり込みまですることは余程のことがない限りはなくなった。 

 

「んで、あっちに送る報告書ってことやけども、一応いっぺん送っとるんやろ?」

「うん……。前回『数え役満姉妹』と済南の信者の人たちについては書いたんですけど、青州黄巾党の動向っていうからには周辺で略奪してる人たちについてが本題だと思うし」

「せやろなぁ」

 

 椅子に座った霞が言葉を返しながら、井桁に掛けられた布や舞台衣装を手に取って見分している。

 

 ――――実は、華琳から課せられた任務にはっきりとした期限は定められていない。おおよそ半年から一年ほど、青州もしくはその周辺に滞在し、青州黄巾党の動向を知らせよというものだ。これは宦官軍討伐隊に現れた二人目の曹操の正体が荀攸であると兵たちの間で噂になってしまったことを近因としている。姿を隠そうにも華雄との一騎討ちで利き手を骨折している為に許定として振る舞うこともできず、身の置き場がなくなってしまった拓実を他所へ出してほとぼりを冷ます必要が生まれてしまった。はっきり言ってしまえばこの任務は荀攸を外にやる建前であって、黄巾党の調査自体には然程期待をされていない。

 半年から一年というのも拓実の怪我の療養期間を前提にしたもので、その中途であってもある程度行動指針などが判明したならば陳留への帰還も許されている。拓実は今こうして追加で報告できることがなくて困っているが、任務を命じた華琳としてはどうせ他所で休養するなら青州近くで休んでいてもらって、もしその間に三姉妹の行方が判明するなり、あるいは暴徒集団が(エン)州へ略奪をしかける動きがあれば一報を入れろ程度のものだった。怪我さえ治っているなら三姉妹の所在が判明した時点で任務終了としてもなんら問題はなかったのである。

 ただし、曲がりなりにも任務を命じられた拓実と霞からすれば半年から一年ほどと言われているのに一月そこらで任務終了とするわけにもいかない。またとんとん拍子で黄巾党中枢に入り込めてしまった為に、二人して得られた情報を過小評価していたのもあった。その為、もっと重要な報告をしなければと焦っているのである。

 

「まぁ、ただ、不穏なのはこの青州だけってわけでもあらへんしなー。先月に長安を袁紹が占領したと思ったら、今度は幽州に向けて出兵準備を進めてるなんて噂も聞こえてきとる。帝を庇護しとる華琳とにらみ合いしとるから南へはいかれへんし、北に勢力拡大して帝の擁立者として名乗り出ようってとこちゃうか?」

「そんなことになっていたんですか!?」

 

 この済南にも宦官粛清の報は広まっていた。一様に宦官は帝を盛り立てるべき朝廷に身を置きながら董卓に与した奸臣どもであり、比すれば董卓よりも許されざる大悪党であったという言説だ。

 つまりは袁紹自らが大陸中に喧伝しているのだろう。劉協奪還の功がありその庇護者となった華琳から、なんとしてもその立場を奪いたいという企みが見え隠れしている。

 

 そして、これは拓実にとって初耳であったが、袁紹が次なる標的としているらしいのは幽州。その地を治めているのは反董卓連合にも参加し、洛陽では曹操として一緒に炊き出しに参加していた公孫賛である。

 まだ噂の段階で確定されてはいないが、いつ戦端が開かれてもおかしくないということなのだろう。歴史を知る拓実からすればいつかはぶつかるものとは思っていたが、つい数か月前に反董卓連合軍が発足したばかりだというのにあまりに動きが早すぎる。

 現状、この大陸で一番の兵数を誇っているのは袁紹であり、物量と資金では他の追随を許していない。その上で好戦的であり武力によっての侵攻を良しとしている。

 現在拓実が滞在している青州は華琳の治める(エン)州、袁紹治める冀州と隣接し、そして公孫賛の治める幽州とも程近い。その為、袁紹の侵略戦争による火の粉が青州に及ぶことも、あるいは袁紹の気が変わって青州に攻め込んでくることだって充分に考えられた。大軍に攻めかかられようとしている公孫賛の置かれている状況は、拓実と霞にとっても決して他人事ではないのだった。

 

「なんやけっこう噂になっとるのに知らんかったんか。まぁ、拓実も姉妹と一緒に舞台に上がるようになってから一人で外も出歩けんし、毎日事務所の中で仕事しとる以上しゃあないやろうけども」

 

 やはりというか、三姉妹の護衛として毎日街に出ている霞は拓実よりも耳が早い。ひととおり衣装を眺めた霞は飽きたのか、次に手持ち無沙汰な様子で拓実の執務机の上に転がっている書簡を適当に手に取って読み始めている。そのままついでにと今済南で聞こえてくる地方の情勢を話してくれた。

 まず反董卓連合軍に参加し、袁紹に劣らぬ大軍勢を率いていた袁術。彼女は建国宣言を行ったが為に客将の孫策、そしてそれ以外の臣下たちにも離反され、その領地はすっかり内乱の様相を呈しているようだ。追い詰められてことここに至っては形振りも構わなくなったようで、確執がある袁紹相手にも助力を求めている。

 また反董卓連合軍に参加していた諸侯つながりでいうと、娘の馬超を名代にしていた馬騰は、独力で劉協を奪還し即位まで取り計らった曹操の功績を褒め称え、帝に代わって天下に号令する際には従う意向を示しているという。言い回しから察するところ朝廷への忠誠厚い人物なのだろう。いまだ帝の威光は強く、馬騰のように恭順の意を示す領主や加入を志願する義勇軍なども増えているようで、外から見ても遠征で損耗していた曹操軍の軍備は急速に拡充している様子である。

 また華琳が奏上したのだろう、陳留に身を寄せている劉備も帝の名の下に新たな役職を賜り、青州西部に位置する平原*1――陳留から済南までの旅程であった、黄巾賊の略奪にあって荒廃していたあの土地の統治を任命されている。いまだ黄巾賊が蔓延っている為に本拠を得たとは言えないが、大義名分を得たことで劉備は早速平原へと入り賊徒撃退と治安向上から手を付けている様子だ。

 

 これらは天地人三姉妹と共に舞台準備と連日の済南の内政業務にかかりきりだった拓実の耳に入ってきていない情報である。とくに、直近の出来事である為に知らなかったことも無理はないが、劉備が平原を任されていたことには驚きを隠せない。

 もちろん、そのように劉備を配置したのは華琳である。拓実の報告書にあった、青州刺史である孔融が東部へと退いてしまっているという子義の言及から実質的に誰も支配権を持っていないことを読み取っての行動なのだろう。平原は袁紹の本拠地である南皮と、華琳の治める(エン)州との間に挟まれた土地である。袁紹とやりあえるほどには態勢が整っていない華琳としては、少しでも緩衝地帯を設けたいのだろう。

 帝である劉協へ自らの功績を宣伝して関心を惹こうとしている袁紹は、それ故に正式に彼女の名の下で任命されたことに異見を唱えることはできなくなってしまっている。また、曹操の下に身を寄せていることは面白くないだろうが、新たに任命されたのが劉備というのも無視できない。袁紹にとって劉備は、数万人分の物資を提供してやるぐらいに好印象を抱いている人物である。袁紹とていざとなれば躊躇はしないだろうが、それまでは無下には出来まい。

 

「さあて、それはそれとして報告書の話やな。っつっても済南にいるウチらから外で好き勝手しとる黄巾賊についてわかっとることなんていくらもないしなぁ」

 

 拓実よりも情報のアンテナが高い霞ですら黄巾賊の内情をまったく把握できてないとなると、根本的にここでの情報収集自体に無理があるということになる。

 やはりファンクラブ会報と同内容のものを送るしかないかと嘆息していると、霞が拓実に向き直って真剣な目で見ていることに気がついた。

 

「ああ、それと。二人きりで良い機会やから言うとくけど、拓実もすっかり姉妹に馴染んで舞台に立ってもうてるけどウチらはいつまでもここにはおられへんねんで。そのへん、ちゃんとわかっとるか?」

「あ……、それは、そうなんですけど……」

 

 当たり前の事実を突きつけられ、拓実は咄嗟に返事を返せなかった。

 なりゆきで姉妹の一人として数えられてしまっているが、済南にいられるのはおそらく長くても一年ほど。場合によってはもっと早く陳留に帰還しなくてはならない。そうなった時、既にファンクラブまで出来ている公山は『数え役満☆姉妹』から脱退することとなり、ひと悶着が起こるのは間違いないだろう。

 本来ならば他人に指摘されるまでもないことなのに、拓実は今のこの充実した毎日に終わりが来ることを考えたくなくて、見ないようにしていた自覚があった。

 

「…………!」

「ん?」

 

 拓実が消沈していた折、にわかに建物の外が騒がしくなる。夕食の時間も過ぎ、もういくらもすれば寝静まる頃にしては明らかに様子がおかしい。

 霞がざわついた雰囲気を感じて視線を巡らせ、外から聞こえてくる声に拓実が跳ね上げ窓から外を覗こうとするのと、何者かが声を上げながら事務所に飛び込んでくるのは同時だった。

 

聶遼(じょうりょう)! 聶遼! もしかしたらと思ったら事務所にいたのか!」

「あん、子義か? なんかあったんか?」

「助けてくれ! お前の力が必要なんだ!」

 

 けたたましく戸を開け放って駆け込んできたのは、紅色の特攻服。拓実や霞と同じく三姉妹の付き人をしている子義だ。

 どうやら用事は霞にあったらしく、余裕がないようですっかり血相を変えている。

 

「助けてってのは穏やかやないな。何があったんかとりあえず言うてみい」

「こんなことを頼む義理がねえのはわかってんだけど、黄巾賊のやつらが北海で文挙オバちゃんの城を囲んでるらしいんだ! なんとかして助けてやりてえんだけど、アタシだけじゃどうしたって手が足りねえんだよ!」

「『文挙』?」

 

 顔色は白く、目を見開いて強く声を張る子義は勢いそのままに掴みかからんばかりである。他のことは目にも入っていないのだろう。誰のことを言っているのか理解できていない霞の様子にも気づかない。

 拓実は落ち着かせるために、霞との間にやんわりと体を割り込ませる。

 

「子義さん。えっと、文挙さんって方は、前に聞いた孔融さんのことですよね?」

「お、おお! コウ(公山)もいたのか! そうだ、黄巾賊にやられて昔の根城に引っ込んだってのはアタシも聞いてたんだけど、どうも奴らを鎮圧するのにこっそり北海で兵を集めてたらしいんだよ。それを黄巾賊のやつらに察知されて、あちこちから集まって一つのでけえ集団になっちまってる」

 

 拓実の存在に気づいた子義は目を白黒させて、しかし少しは冷静になれたのか説明し始める。

 

 普段は数十から数百程度の規模の集団で暴れている黄巾賊が、外からは数十万もの数に及ぶとまで言われているのは今子義が述べていた黄巾賊の性質に原因があった。

 食糧などを巡って黄巾賊同士での諍いは日常茶飯事であり、殺し合いだって珍しくない。荒くれ者ばかりの集まりであって決して仲良しこよしをしているわけではない。

 だが、外敵が現れた時は別だ。既に追い詰められて逃げてきた黄巾賊に他に逃げる土地はない。食うに困って落ちるところまで落ちた者たちにとって、軍を率いて己らを討伐せんとする権力者どもは不俱戴天の敵である。それらが相手となった時、彼らは黄巾を目印に一致団結をして事に当たる。命を投げうってでも徹底的に抗戦する。そうなった時、数十、数百が数千に。そして数万、十数万にと膨れ上がっていく。

 もちろん兵としての練度は大きく劣る。けれども、数万もの兵が死兵となれば、曹操や袁紹であってもまともにやりあうことが出来なくなる。周辺の有力な領主たちが青州の土地を攻略できない理由がここにある。普段は弱兵なのだが、相手方が外からの侵略者となった途端にすさまじい物量と士気で反撃してくるのだ。

 

「……なるほどな。済南に住むウチらにとっても黄巾賊は放っておけん。ウチに出来ることなら手ェ貸すのは構わへんけど、敵味方の数やらはわかっとるんか?」

「あ、ああ。籠城してる味方が三千。オバちゃんによると相手は今のとこ一万に届くか届かないかってとこらしいんだけどよ……」

「一万……。仮に済南で義勇兵を募ったとしてもせいぜい一千そこらやろう。合流できたとしても四千程度やと流石に厳しいか。自警団の連中がついてきてくれるならもう少し見込めるかもしれんけど、あいつらは三姉妹の住む街を護っとるだけやからな。そもそもウチと子義に従ってくれるかもわからん」

「それは、それはアタシもわかってんだ。でも、かといって他に頼れる相手もいねえし。大恩がある文挙オバちゃんを見捨たりも出来ねえ。もう、どうしたらいいのか」

「……なあ拓実、なんとかならんか?」

 

 考え込んでいた霞だが、いい案は浮かばなかったのだろう。しばらくしてから、ちらりと目線を拓実へと送る。

 

「お、おい、聶遼。なんとかって、なんでンなことコウに聞いてんだよ。お前とは違ってどう考えたってこんな荒事には向いてねえだろ」

「あいにくやけど、ウチは一万を率いて突撃することは出来ても、寡兵で一万を打倒できるような策は考えつかんからな。拓実がどうにもならんっちゅうならウチもお手上げや。動かれへん」

「はあ……? 一万の指揮が出来るって豪語するのもたいがいだけどよ。それより、今の聶遼の言い方じゃ、まるで……」

「なあ、拓実。どう転ぶかわからんけど、一万もの集団を放っておけばいくら同じ黄布を身に着けたっても済南になだれ込んでくる可能性は充分にある。そんだけの集団になったら誰かしら指導者が出てくるやろうし、当然他所にだって攻め込むやろ。このまま静観は出来んとちゃうか?」

 

 霞の言う通り、寄り集まって集団となれば欲望のままに暴走するか、あるいは指導者が出てきて自我が生まれるか。数が揃えば青州で最も栄えている済南を奪おうとする動きも出てきておかしくはない。そうなれば済南を護る信者の人たちも、町民の人たちも、とにかく大勢の犠牲が生まれることになるだろう。場合によれば済南の象徴とも言える三姉妹だって優先的に攻撃対象となりかねない。

 それに、今はまだ一万ほどということらしいが、このままどんどんと数を増やして十万を超える数になっていくということも考えられる。その黄巾賊が勢いのまま兗州にまで攻め込むようなことになれば、袁紹とにらみ合ってなんとか均衡状態を保とうとしている華琳側に隙を作り出すことになる。

 本来であれば緊急事態だとして、青州から逃れて陳留へ戻るべきなのだろう。黄巾賊の動向を掴んだとして、この情報を手に帰還するのが本来の任務だった筈だ。――――しかしそれでは、事態が好転することはない。

 もし、対処が出来るとすれば本格的に数が膨れ上がる前しかない。形振り構わず、あらゆる手を講じて、そうすれば黄巾賊を打倒することが叶うかもしれない。今この時、この場所からならば。

 

「……わかりました。少し考えてみます。でも、まずは天和ちゃん地和ちゃん、人和ちゃんに許可をとらないと。直近に公演の予定は入ってないですけど、動くとしたらしばらく済南から離れることになるでしょうし」

「そか。拓実がどうこう以前にあいつらの説得が先やったな。なんにせよとりあえず三姉妹のとこに行こか。ええよな、子義?」

「あ、ああ」

 

 すっかり話の流れに置いて行かれていた子義が慌てて首を上下に振っている。

 彼女が呆然と見ている先には、これまで見たことがない仕草――うつむき気味に、顎に手を当てて考え事をしている、拓実の姿があった。

 

 

 

 拓実、霞、子義は連れ立って三姉妹の自宅へと向かう。

 その道すがらに子義も落ち着きを取り戻したらしく、自分が持ち込んだ話だから三姉妹への説明は子義からするということだ。

 夜分に三人揃って訪ねてきたことで危急の用事だと察したらしく、人和に部屋に通された。天和、地和、人和はこれから就寝するところだったようで着物一枚の寝巻姿である。話が長引くだろうということで勝手知ったるなんとやら、拓実が人数分の椅子を別室から引っ張り出してきた。

 

「なに? つまり、子義の恩人を助けに行きたいからしばらく付き人を休ませてくれってこと? 子義だけじゃなくて、聶遼に公山も?」

「ああ。こればっかりはアタシ一人じゃどうにもなんなくてね」

「まぁ、相手は黄色の布をつけてるだけで私たちの信者たちでもなんでもないやつらみたいだし? それどころかあいつらの所為でうちの信者たちが山賊扱いされて迷惑かけられてる側だからやっつけるってのはいいんだけど……」

 

 肌が荒れるから夜更かしはしないと普段から言っている地和は、寝る直前に訪ねてこられて明らかに不機嫌そうに口を尖らせている。

 あまり興味はなさそうで、芸事以外のことなら好きにしたらいいというスタンスだ。

 

「それにしても一万人って。話を聞いた感じだとかなりその恩人さんが不利みたいだけれど、勝ち目はあるの?」

「それは……。まぁ正直言うと厳しいんだけどよ……」

「というか、公山がついていく必要はあるの? 済南だって襲撃に遭う可能性があるってことだから私たちものんきに舞台公演をしている場合じゃないってことはわかったけれど、それでも公山がいないと済南の仕事が滞るどころの話じゃないのだけど。それにあなたと聶遼は大丈夫にしても、もし公山が襲われでもしたら……」

「ああ。いや、それは聶遼がな。アタシもよくはわかってねえんだけど、コウに手伝ってもらわないことにはどうにもなんねえってことらしくて」

「公山に? どういうこと?」

 

 言いながらも怪訝な目を隠そうともせず、人和は子義、霞、拓実の三人を見ている。 

 本拠地としている済南が襲われるかもしれないと聞いても、その危険よりこれからの『数え役満☆姉妹』の活動に滞りが出ることの方が心配な様子だ。事務員として貴重な働き手であり、義姉妹に無理矢理に引き込んだこともあって一応拓実の安否は気にかけてくれているようではあるが。

 

「んー、そうだ!」

 

 そろそろ子義から説明を引き継がないとこれから先に話が進まないか、と拓実が決心しようとしたところで、突如乾いた音が応接室に響く。

 五人が驚いてそちらを見れば、残る一人、天和が胸の前で両手を打ち鳴らした状態で椅子から立ち上がっていた。

 それまで一言も発さずにいた天和は、子義の説明を聞いている間は人差し指を口元にあてて上の空だった。ずっと何事か悩んでいた様子だったが、ひととおりの説明が終わってようやく考え事がまとまったのか、にっこり笑って口を開く。

 

「ちぃちゃん! れんほーちゃん! こぉちゃん! 『数え役満☆姉妹』の、遠征公演をしよう!」

『……はぁ?』

 

 そして、脈絡のない天和の発言に、五人は揃って理解が及ばずに目を点にすることとなった。

 

 

*1
歴史において213年以降は冀州に属するがそれ以前は青州に設置されていた為、本作現状においても平原は冀州牧である袁紹の統治下にない

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総合評価:19263/評価:8.76/連載:101話/更新日時:2017年05月08日(月) 15:00 小説情報


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