アンデルセンは笑っている   作:小千小掘

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幕間―未恋―
或る雑談


 梅雨も明けが近いのか、次第に晴天も増えてきた。これまで雲に阻まれていた鬱憤を晴らすように、ギラギラと下界を照りつける。

 更に大きな変化と言えば、それに伴って蝉の啼き声が鼓膜を揺らすようになった。風物詩と称するだけある存在感に、向かいの少女も関心を示している。

 

「夏って感じがしますね」

「苦手」

「酷い!」

 

 だって本当に苦手なんだもの。

 対角の少女が堪らず身を乗り出す。

 

「そういう時は相槌打つのが普通なんじゃないかな」

「人の言葉でもないのに四六時中喚かれても苦痛なだけだよ」

「見解の相違だな」

 

 一方こちら、男性陣は対照的に冷静だ。

 

「善いか好きかは別問題だからねえ」

「浅川君、苦手なものとかあるんだ」

「僕を何だと思ってるんだい」

「んー、結構抜けてる?」

「隆二、どうぞ」

「一之瀬の方が辛辣だぞ」

「神崎君今、一之瀬さんのこと馬鹿にした……?」

「ひっ、白波……いや、勘違いだった。全く浅川は酷いやつだな」

「Bクラスって弱い者イジメも厭わないんだね……僕はとても悲しいよ」

「わああごめんって浅川君! ――そもそも何で蝉の話からこんな言い争いになっちゃったのさ!?」

 

 ツッコミ不在の恐怖は時として音もなくやってくる。温厚な一之瀬があと一歩のところで指摘しなければ収集がつかなくなっていた。

 ケヤキモールにおいて最も多くの生徒が足繁く通うカフェに、四人の姿はあった。Dクラスのような祝勝会の規模ではないが、折角だしお疲れ様の挨拶がてらということで、一之瀬の提案で集まることとなったのだ。

 浅川にとって、友人どうしのプライベートな会合の立案に自分が関わらなかったケースはここに来て初めてだ。別段変わった点はないものの、少し新鮮な感覚がある。

 因みに、もう一人呼ばれていた柴田は部活で欠席だ。「そうかあ」と五回にわたって強調したにも関わらず神崎と白波にはスルーされ、一之瀬に至っては一度も気付いてもらえなかった時は本気で涙が出そうだった。

 

「いやありがとね、手伝ってもらっちゃって」

「お礼なんていいよ、私たちも清々したからね! 最初は騙すのはちょっとって思ったりもしたけど……誰かを酷い目に遭わせるわけじゃなさそうだったから」

「今後のことも考えるとこれくらいは許容できないとな」

 

 浅川は堀北が入手した過去問を確認後、すぐにBクラスへの取引を思いついた。神崎との出会いと彼から聞いたBクラスの状況があったからだ。

 待ち合わせ場所に訪れた一之瀬に過去問の提供と、互いの事情の共有を行い、大まかな作戦を提案すると了承の返事が来た。

 事件当日、浅川は何とか現場に居合わせることに成功したが、嵌められたのが予想に反してDクラスの須藤だった。浅川は当時の状況と、特別棟を出た際に見つけた破損したガラスと落下したドローンから具体的な策を立案した。

 そうして一之瀬に要求したのは、怪我をしていた生徒。どれだけ軽度でもよかった。最悪自分か神崎に無理矢理傷を作ることも考えたが、運良く部活中に怪我を負った生徒がいた。それが柴田。

 彼に作戦を伝え、痕跡となるもの――他の人間であればペンやノートでもよかった――を借りれば後はほとんど浅川の仕事。一之瀬たちには表面上事件に関与しない姿勢を取ってもらい、神崎には綾小路たちの奮闘を間近で見届けてもらうよう頼んだ。その程度のことだったので、Bクラス全体に協力してもらう必要はなく、よりスムーズにやり取りは進んだ。

 

「これからDクラスとの関係はどうなっていくんですか?」

「そりゃ協調か不干渉かでしょ」

「いやいや、一之瀬と堀北次第だろう」

「だから、二人共そうしたいでしょってこと」

 

 三人の視線が一人に注がれる。

 

「あ、あはは……確かに浅川君の言う通り、私としては敵対行為は避けたいかな。堀北さんが何て答えるかはわからないけど」

「十中八九、今の彼女なら頷くはずさあ。今回の件は、お互いにクラス間の協力関係の意義を実感する機会になったんだから」

 

 後手――と言っても浅川が動いたが、それがなければ寧ろ打つ手がなかった――に回っても勝利できたのは実質ニクラスで攻め返すことができたからだ。折角生まれた流れを維持しようと考えるのは当然のことだ。

 

「他のクラスとは信頼関係の構築が難しいからな。手を取り合う相手としては、Dしかあり得ないか」

 

 頂点のAクラスは勿論、Cクラスは敵対したばかり。ポイント差や順位のことを考えても、神崎の意見は妥当だろう。

 

「僕としても、どうせなら君らのような集団と手を結びたいよ」

「仲が良いから、か?」

「普通の高校なら理想形だろう? 個人の相性はともかく、一番居心地が良いのは間違いない」

 

 一之瀬教という可能性を排除すれば、文句無しで。

 

「でも、別にみんながみんな輪に入っているわけじゃないから」

「へー、意外」

「姫野なんかは、少し心配になるレベルだな」

「君より!?」

「おい、白波よりマシだ」

「そ、そんなことないですっ! 神崎君、私の具合見に来た時すごくキョドってましたよね?」

「仲良いよね、二人」

「にゃはは……」

「やめてよ一之瀬さんその苦笑い!」

 

 確かに、彼女がお手上げだといよいよな感じがする。

 

「ま、入りにくい人がいて当たり前だよ。一人として同じ価値観を持つ人なんていないんだから」

「それはわかるけど、仲間外れを認めていい理由にはならないと思う」

「しかもこの学校じゃ尚更異分子は……か。本当碌でもないクソ高校だねえ」

 

 何の躊躇いも無しに毒づくと、三人揃って唖然とした表情をする。

 

「随分と辛口だな」

「浅川君はこの学校が嫌いなの?」

「先生がどうかは兎も角、Sシステムその他諸々はクソッタレだよ」

「そうですか? 実力主義と言い張るだけあるとは思いますけど」

「足りない知識を身につけるための学校なのに赤点一つで退学とか、監視カメラで見てくれは誤魔化すくせにいざ暴力沙汰になると解決能力がなかったりとか、挙げれば切りがない。それに、……あー、これ以上はいいか」

 

 学力だけでクラスポイントは大きく変わらないらしいが、それはつまり別の基準でクラスポイントがより大きく変動する予定があるということになる。ここまでは綾小路と堀北と共有済み。

 そして、運動も大差を生まないはずだ。部活を強制していないのだから、それでは公平性が害される。コミュニケーション能力や協調性――浅川が重要だと考える能力の一つだ――も、日頃の生活でのクラスポイント変動が小さいため違う。

 今回のCクラスの暴挙が学校側がすすんで対処していなかったことも踏まえると、わりと「碌でもない」部分が評価されてもおかしくない。

 が、根拠の薄いことだ。下手に他クラスへ伝えるほどのことでもない。

 

「僕からすればもっと技術的なことを教えて欲しいよ。パソコンの使い方とか」

「そういえばお前苦手だったな。覚えたのか? ステータスコードは」

「一応基礎は。404が未検出で、200がリクエストの成功、だっけ? サーバーからクライアントへの応答だとか何とか」

「うん。この前授業でもやってたよね。浅川君、機械には疎い感じかな?」

「まあね。だから本当はそういうこととか、お偉いさんへの媚び方とか、そのへんをもっとしっかりやって欲しいのよ」

 

 情報技術については、先生である雨宮が得意ではなかったため現在の有様だ。政府運営と謳うこの学校には少しばかり期待していたのだが、正直満足のいくものではなかった。

 幸いなことに『人』には恵まれたとは思えるが、逆に言えばそれ以外の価値がここにあるとは感じない。彼の望む証明に、場所は必ずしも重要ではなかったから残っているまでだ。

 

「なるほどね……、でも、もしかしたらそういう行事もあるかもよ?」

「だと、いいんだけどねえ……」

 

 坂柳や戸塚の性格でAクラスに配属されるくらいだ。悲しいかな、『真っ当』という枕詞はあり得ないだろう。

 

「やんなっちゃうなあ、ホント――」

 

 思わず零れた嘆きの声。どこに向けるでもなく霧散し。

 そこにどれだけの悲哀が込められているかなど、この場の誰も知る由もなかった。

 

 

 

 解散後、予想通り神崎に呼び止められた。

 

「おい浅川、お前……」

「どうした? そんな浮かない顔をして」

「……お前のユーモアは、人を笑顔にするものじゃなかったのか」

「不機嫌になるのは勝手だけど、それは僕がジョークを吐いている自覚がないからだよ。君が相手を硬直させるメデューサもかくやな眼差しを僕に向ける理由、本当に心当たりがない」

 

 再び眉をひくつかせるが、彼は努めて冷静だった。

 

「せめて、理由は聞かせてくれないか? 何故こんなことにならなければならなかったのか」

「残念ながら意味のないことさあ。君がそれを知って、一体何になる?」

「……そこまで、俺は信用されていないのか?」

「……違う、君のことが好きだからさ。君たちが好きだから、僕は……」

 

 嗚呼、クソ。余計なことを口走った。

 結局、まだまだなのだな。まだ自分は嫌われることを恐れている。今更後戻りなどできないと言うのに。

 

「まだ間に合う。すぐにでも椎名のところに行って、話し合えばきっと、」

「うるさいなあ」

 

 諭すように肩に手を添えようとする神崎を振り払い、声に圧を乗せた。驚きに顔が染まるのが、よく見えた。

 

「それが自己満足だってこと、理解してる?」

「……っ、俺はただ」

「椎名が本当に不満なら、今まで僕に声を掛ける機会は散々あった。僕も当然そう。――そして君も」

 

 ズルい男だとは思う。全てわかった上で、自分に都合のいい欺瞞と事実だけを選りすぐる。典型的な勝ち逃げ。

 

「後悔は伝わった。でもそれを僕の方にまで押し付けるのは傲慢だろう。幸運の女神には、前髪しかないんだよ」

 

 捨て台詞を吐いて、意気消沈してしまったであろう神崎に背を向ける。

 ただ一つ、返される可能性が僅かにあった反論も、既に潰す手立ては考えてあった。彼には、自分を止められない。

 

 ――前髪を見落としたのは、お前も同じだろう?

 

「女神に構っていたら、背後の嫉妬に刺されてしまうよ――」

 

 

番外編第一弾(題はナイショ)

  • 六月下旬(1章~暴力事件)
  • 七月下旬(期末テ⦅暴力事件⦆~三巻)
  • 八月中旬(四.五巻前後)
  • 夏休み以降の時系列がいい
  • やらない
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