幕間ラストです。tips優先したいけど、本編進めたくなっちゃうので試験開始あたりまではそのまま本編更新するかもしれません。今後どんどん亀になってまいります、よろしくです。
「こうかな?」
「ハハッ! もう一息だ。こうだよ」
「ふむ……こうかい?」
「エクセレント! 飲み込みが早いね。さすがだ、ミスター坂柳」
随分と成熟した背丈の二人が、こまめな微調整に励んでいた。
彼らの前には、傍からは何の変哲もないカップが紅茶を注がれた状態で置かれている。
「淹れ方にまで気を遣うとは。君は見かけに寄らず律儀だね」
「私がすべきだと信じたことには妥協しないだけさ。全ては完璧かつ美しい男であるため。この程度、義務教育に等しく『当たり前』だよ」
別に構わない――寧ろ新鮮で愉しいものではある――のだが、予告もなくガバッと扉が開け放たれた時にはさすがに驚きを隠せなかった。「アポイントを取る手段がないのが悪いねぇ」と言われ、すぐにでも全校生徒に自分の連絡先を送ろうか迷ったほどだ。
とはいえ、恐らくただ無礼を働くつもりではなかったのは本当だろう。坂柳がこの敷地を出ないはずであること、以前雨宮が来校した際真っ先に座して待っていた高円寺がこちらのデスクを洞察していたことを踏まえると、予め『暇』という解を見出していたことは察しがつく。
「何かこだわりはあったりするのかい?」
「当然だ。足の開き加減、腕の角度、魅せるアングル。私のレベルにもなれば、その全てを計算し洗練されたアクションを行わずにはいられなくなる」
そう言いつつ、彼は自分のカップにも紅茶を注ぐ。なるほど、確かに様になっている。それでいて自然だ。
「跡取り息子も大変だね」
「世襲に諂っていると思われるとは心外だねえ。これはあくまで私の美学。言うなればポリシーさ」
「肩書で語るつもりではなかったよ。気分を害したら申し訳なかった」
「構わないさ。私は元より、この学校の見る目というものを信用していない」
「ほう、君ももしや、クラスの配属に不満を持っているのかな?」
「ハハハッ! 冗談はその髪色そっくりな一張羅だけにしたまえ」
「え、遊び心だって思われてたの?」
そんな、酷い。結構お気に入りだったのに。
年季によって白の増えた髪――ちょうど愛娘は近しい色に染髪しているが、やはりこう、どうにも活気の差が現れてしまうようだ――を弄りながら、自分の服装を一瞥する。
「違ったかな? 私の親友たちもさぞかし同じ感想を抱くと思うが」
「親友、浅川君のことかい?」
「――――ああ。まあ彼だけを言ったつもりはないのだがね」
表情を見るに、触られて一概に嬉しくはない話題のようだ。無意識に名を出してしまったといった感じか。
しかし、魔が差したと言えばいいのか、性分に反して話を延ばすことにした。
「浅川君とは、交流があったようだね」
「返答に困る確認だねぇミスター坂柳。確かに会話があったのは事実だが、彼と親しかったかについては半分正しく、半分間違いだ」
「おや、濁されてしまったか」
「それはノーだと断言しよう。私は醜い偽りを好まない。唯一かつ明白な答えをしたまでさ」
正誤両方に余地を残す回答がはっきりしたものだとは、これ如何に。
「感心しないな。少々踏み込み過ぎではないかな?」
「すまないね、わかってはいたのだけど。肩の力を抜いて子供と話すのは久しぶりなものだから」
「歳の侘しさには敵わないということか。面白い、この私でさえ得難いものだ」
意気揚々と納得し愉しそうにする高円寺。周りの生徒に対する協調性の低さが目立つ彼だが、その浮きがちな印象は何も彼自身の心意気だけが原因とは限らないのかもしれない。眼前の様子に、そんな感想が過った。
やはり、直に接してみないとわからない一面は万人にある。
「ふむ、興が乗った。このままティータイムはいかがかな、ミスター坂柳」
「それは名案だ。君に教えてもらって淹れた一杯、折角だから一緒に堪能しよう」
席を移動し、向かい合わせで座る。紅茶の香りを嗜み悦に浸る少年に、破顔する。
その後は他愛もない会話が続いた。親の会社を継ぐことを疑わないだけあって、社会に揉まれてきたのかこちらの話にしっかり理解を示してくれる高円寺とは、自分でも驚くほどに話が弾んだ。
「――それで私はこう言ってやったのさ。『君は随分ほこりが大事なようだ。私も気になってしまうよ、例えば今この空間が』とね」
「はは、これはまた皮肉たっぷりなジョークだ。言われた相手はさぞかし一層得意気になっていたのだろうね」
「全く滑稽だったよ」
恐らくこだわりがあるのであろう動作で高円寺は紅茶を啜る。
「ふむ……やはりそうか。ティーフォルテとはまた、いいセンスをしている」
「驚いたな、まさかご存知とは。トレイやカップで気付いたのかな?」
勿論だとも、と示すように、高円寺はポットの蓋を開ける。
中から覗いたのは、小洒落たデザインのピラミッド型のティーバッグ。見た目の美しさはさることながら、機能性にも拘られている。
「ニューヨークのデザイナー、ヒューイット氏が設立したラグジュアリーブランドだ。美に関心のある私が知らないわけにはいかなかろう」
「確かに、始まりは君が生まれる数年前。君がその革新的な成長と創造の旋風に惹かれるのも、無理ないね」
五感に触れるようなティータイムを提供してくれる、言わば「紅茶の美術品」は、現地のビジネス誌で「ティーバッグのランボルギーニ」と称されるほど。
「…………『非日常を叶える紅茶』か」
淡色な水面を物憂げに見つめていた高円寺は、瞳をこちらに向ける。
「ミスター坂柳。一つ、昔話でもしようか」
唐突な宣言だった。断る理由もないし、自分の持つあらゆる立場が彼の話を黙して聞き遂げるべきだと直感する。
「私にもね、友と呼べる存在がいたのだよ。尤も、この敷地にも同等な存在になり得る素質を持つ者はいるようだが、まぁ若気の至りというやつだね」
飄々とした態度で語る彼だが、ほんの僅かに感慨が見え隠れしていた。
「とはいえ私とて簡単に絆されたわけではない。初めはいつものように『興味がない』と一蹴したのさ。すると彼は何と返したと思う?」
答える気にはならなかった。何となく、きっと自分が思いつきもしないものなのだろうと思った。
それを理解した高円寺は、やがて言った。
――僕も君の反応に興味はない。気になっているのはその生き方さ。
「今なら多少なりとも上手い返しができる自負はあるがねぇ、当時はそれはもう眉を動かさずにはいられなかったよ。彼は的確に私自身への否定を避けつつ、私の拒絶をすり抜けたんだ」
それを聞いて、成程と理解する。
まだ甘い分析だろうが、高円寺は何よりも自分を尊び、信じ、優先している。その孤高さや強かさを咎めなければ、関わりを拒む彼の考えを翻せない。あるいは、自分はあなたを良く思っていると下から煽てるべきだと考えるのが普通だ。
それを浅川は、皮肉を混ぜながら自分への対応のみにはっきりと言い返し、高円寺の態度や性格に好意的な姿勢を見せるどころかそれ自体が目的だと言い放った。
何より同時に、浅川の発言は高円寺が拒もうと無駄であることも伝えているのだから、敵わないわけだ。
「それからというもの、来る日も来る日も付き纏われた。食事には相席したり、学校では物陰からこちらを観察したり――ティーチャーに見つかって尋問されていたのはよく覚えている。その気になればバレずにやれたものを、愛嬌のつもりなのかは知れないがね」
そう語る彼には鬱陶しいといった感情は見受けられない。傍からのイメージとは違う穏やかさを錯覚した。
「彼の友人とも言葉を交わすようになったのは、それが何度か続いた後のことだ。その頃には幾分か恭介に心を開きかけていたが、果たして彼と関わる者がどうなのかという不安はあった。――杞憂だったよ。博愛主義の彼がそれでも親しみに優先順位をつけるような相手だ、彼ほどではないが聡明だった」
「その子たちは、君の自由奔放な性格のことを何と言っていたんだい?」
「唯我独尊、と」
なるほど。と思ったが、
「――ハハッ、わかるよ、ミスター坂柳。だがそうではない。そうではないんだ。彼の、純の銘打ったそれは一味違う。あの言葉の意味を今一度見直すことをお勧めするよ」
「いいや、心得ているよ。どうやらその少年も随分知性があるようだ」
「これは失敬。しかしね、まさかそんな彼の最たる長所が身体能力だとは思わないだろう」
「ほう、それは興味深い。ぜひうちの高校に招きたかったものだね」
会ったことない少年だ。しかし、
あの学校も、やはり呪われている。いや、同時に祝福も与えられていたのかもしれないが。目の前の男のように。
そう思うと、『彼』のやってきたことも強ち無駄ではなかったというわけか。
まだにわかに湯気の立ち込めるカップに手をつける。
「なら君が今の自分を貫いているのも、友人の言葉があるからかい?」
「それは――どうだろうね。無意識にそう思っている可能性はあるが、あくまでノーのつもりだ。彼らとは多くのものを与え、貰い合ったが、その残照に拘っていたいとは思わない」
「……難儀だね」
「そうでもないさ。『本心は自分自身にもわかりっこない。本心だと決めつけたものを信じ切れるかどうかだ』、かつて恭介がのこした言葉だよ」
感慨に、あるいは感傷に耽る高円寺の表情には、珍しく悲哀が滲んでいた。ただの一人の、弱い少年がそこにいた。
だが少年には、子供には、その弱さと真っ向から戦う気力がある。そこが大人との違いだ。
「恭介は私の自尊心に、私は恭介のユーモアに惹かれた。今後どれだけ私を理解し波長の合う者と出会おうと、彼が私にとって最も大きな意味を持っていた事実は、決して揺るがない」
「……」
「その顔、疑問に思っているようだね。今の様子を見る限り、とても私が彼に入れ込んでいるようには感じない、と」
その通りだった。今の二人の関係は精々顔見知り。特に高円寺の方から、浅川のことを遠ざけているように見えていた。少なくともクラスメイトは、二人が知り合いであることにすら気づいていないだろう。
「簡単なことだよ、私がそうすべきだと思ったからさ。私の存在は、きっとアグリーボーイがすべきことの邪魔になる。だから干渉しない」
「じゃあ、その時が来たら」
「来たら、だがね」
「一体何を根拠に?」
「直感さ。ここぞという時に信じるべきなのは理屈じゃない」
コト、と、向こうのカップが置かれる乾いた音。
「君は、浅川君が過去に抱えた問題を乗り越えるのを見守りたいと言うのだね」
「らしくないかい?」
「さあ。恥ずかしながら、僕の知っている君たちは表面的なものに過ぎないから」
「別に恥じることではなかろう」高円寺は足を組み直す。「だがまあ、私にしては厚情なことだとは思うよ」
「じゃあ、なぜ?」
「……『約束』があるからね」
「約束? 誰と――」
「当然、『彼』さ」
今一つピンとこなかった。浅川自身が何かを頼み込んだ?
疑念が筒抜けだったようで、彼は眉をハの字にする。
「些細なことだ、ミスター坂柳。守る義理のないことをしている。そのことに価値があるのだよ。無意味になる可能性がどれだけ高かろうとね」
唐突にぼんやりとした言い方をされる。追究されたくないことだったのだろうか。この男の場合、それっぽいことを言っているだけのような気もしてしまう。
「おや、冷めてしまっているじゃないか。勿体ない」
反射的に自分の手元を見る。いつの間にか側面から程よく伝わっていた熱は絶え、淡い白の湯気も消え失せてしまっていた。
「付き合わせて悪かったね。私のつまらない雑談はこれで終わりだ。また来るよ」
あ、また来るんだ。
「もう少しゆっくりして行ってもいいのに」
「生憎この紅茶を飲み干すまでと決めていたのでねえ。これ以上居座るのは望ましくない」
いかにも彼らしい返答だった。
彼はそのまま呑気に扉を手を掛け開――
「ああ。そうそう、ミスター坂柳。一つだけ聞いておきたいことがあったのだが、いいだろうか」
不気味な感覚が駆け巡る。
背中のみでそれを演出するこの少年は、端的に言って「凄み」があった。
「……何だい?」
何の根拠もない嫌な予感があった。それこそ、高円寺の言うとおり直感が訴えかけてきたものだ。
不自然なほど長い沈黙。やがて、その単語は放たれた。
「
「……!」
嗚呼、きっと、愛娘に初めて自分の正体を指摘された綾小路も、このような気持ちだったのだろう。体の底が電撃を喰らったような、頭を特大のハンマーで打ち付けられたような。
どうして彼が、その言葉を知っている? 知っていてはならない言葉を。
辿り着けるわけのない答えを探しあぐねていると、室内に高笑いが起こる。
「安心するといい。それが何なのかは知らないし興味もない。驚かせたお詫びに、一つ命題というプレゼントを贈ろう」
「命題?」
「『アグリーボーイは、本当に変わってしまったのかどうか』」
「……はぁ、やれやれ。やはり食えない男だよ、君は」
彼は明らかに、ただの一御曹司というだけでは根拠の足りない力を持っている。学力や身体能力は然ることながら、知力も洞察力も思考力も、運までもを身に着けている。そういう者が実在するからこそ、この世は理不尽だと言われるのだ。
全く、この怪物が生まれたのは母の腹か、それともあの学舎か。自分が浅川のことを知っているとまで、雨宮たちの来訪したあの僅かな時間で見抜いてしまったらしい。
相変わらずふてぶてしい態度で去った少年の、閉じた扉の先にいる背中を眺める。
とても、朗らかに。
「……僕も何か、『昔話』を聞かせるべきだったかなぁ」
嗚呼、何とも。優秀な生徒には心躍らされるものだ。
この二人、多分今まで原作で話す機会なかっただろうけど、何だか気が合いそう。書いててちょっと楽しかった。
番外編第一弾(題はナイショ)
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六月下旬(1章~暴力事件)
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七月下旬(期末テ⦅暴力事件⦆~三巻)
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八月中旬(四.五巻前後)
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夏休み以降の時系列がいい
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やらない