アンデルセンは笑っている   作:小千小掘

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明瞭な類似

「では、意識は戻っているんですね?」

「はい。ただ、精神的に不安定な状態ですので、受け答えがままならなかったり急に暴れだしたりするかもしれません」

「承知しています。今日は観察のみの予定です」

 

 形式的なやり取りを済ませ、スライド式の扉が開く。

 大きな個室に患者は一人。探すまでもない。

 彼はうなされているわけでもなく、気持ちよさそうでもなく、ただそうあるべきかのように寝静まっていた。

 冷静な理性がふと、どうして一般的な火災の被害者を特別な部屋に寝かせているのか、疑問が過る。

 

「…………」

 

 無感情な横顔に、きゅっと口が引き締まる。

 現場に居合わせたわけではないが、心身ともに相当なダメージを負ったのだろう。自分には、よくわかる。

 小刻みに震えているように錯覚した少年の手を、そっと包む。

 

「……ん」

 

 すると、空気の揺れを感じ取ったのか、徐ろに彼が目を開けた。

 光に慣れたところでようやくこちらの姿を認めたようで、ロボットのごとく固い動作で顔を向けた。

 

「起こしちゃった、かな」

「ぁ……」

「……?」

「…………」

 

 一瞬口を開けたように見えたが、呼吸の乱れに過ぎなかったらしい。

 

「体調はどう?」

「……」

「ご飯は食べてる?」

「……」

「寒くない?」

「……」

 

 応答はない。しかしこれは重要なことであり、自分が尋ねるべき核心をつくことの間違いを、理解している。

 そうしていると、少年は何に興味を引かれたのか、自分の背後――窓の外を眺め始めた。思わず、同じ方向を覗く。

 

「……ぃう」

「外? 景色が見たいの?」

「しろ……」

「し、白ろ……? ……雪か」

 

 今年の寒波は、彼が眠ってから目覚めるまでに訪れた。久しぶりに沁みた風物詩だったのかもしれない。

 

「――ちょっと待ってて」

「あぅ……?」

 

 思いつきを得たので、呆然としたままの少年を置いて一度外に出る。

 数分して、両手に冷たさを感じたまま帰ってきた。

 

「どう? これ、かわいいでしょ」

 

 即席の雪だるま。ステンレスのプレートに乗せてきた。

 案の定関心を示した少年は、朧気に手を伸ばしそれに触れる。

 

「ゆ、き……」

「プレゼント。すぐに溶けちゃうけどね」

 

 ほんの少し、ほんの少しだが、彼が顔を綻ばせるのが確認できた。

 しかし、それも束の間だった。

 

「ぁ……」

 

 何が琴線に触れたのかわからない。後になって思い返してみると、にわかに滴り指を伝う水を、『赤く』幻覚してしまったのかもしれない。

 

「あぁ……あぁぁぁああぁぁ!」

「……! 浅川君っ」

 

 途端にジタバタと暴れ、何度も拳を布団に叩きつける少年。容赦のない力は、これが机なら粉砕しかねない程だ。

 

「血ィィ……!? いや、ぁあ、なぐられ……ぐぅ、もえて、るぅうぐぐっ……!?」

「こ、これは……」

 

 異様な光景だった。ついさっき、医師の話していた危険の正体が、そこにあった。

 頭を抱え悶絶し、後ろの壁に後頭部を叩きつけ始める。

 

「ダメッ!」

「ハア、ハア。ごめん……さい、ごめっ――。ユルシテぇェえぇ!」

 

 騒ぎをききつけた医師と看護師が慌てて介抱する。

 動揺を隠せないで流れるまま引き離され、荒くなった自分の息にやっと気付いた。

 

「………………同じだ」

 

 対応する大人たちの隙間から見える。目を見開き喚くことしかできない少年に、雨宮はそう思った。

 同時に――ならば誰かが、彼を救うか守るべきだと。

 それを今できるのは、きっと真に共感できる自分だけなのだと。

 人知れず、沸々とした決意が、雨宮を久しく突き動かすこととなった。

 

 

 

 

「お久しぶりです、先生」

「……はぁ、いつまで言ってんのさ」

 

 回想の中の少年と似ても似つかない姿と人となりに成り果てた浅川の発言に、嘆息が溢れる。

 

「ぼーっとしちゃって、どうしたんすか先輩」

「別に、何でもないよ」

 

 仕事中に仕事以外のことを考えるなど、また師匠に怒られてしまう。襟を直し、再び浅川に意識を戻す。

 

「この前ね、あんたの弟の友達と会ったよ。松雄君、覚えてる?」

「え、栄ちゃんですか!?」

 

 名前を聞いた瞬間、バッと身を乗り出す浅川。突然なことに、若干仰け反ってしまう。

 

「お、おう。どうやら記憶には残ってるみたいだね」

「流石に『人』は大体覚えています。曖昧なのは、思い出ばかりで――」

「あだ名で呼び合っているあたり、仲良かったんだ」

「……はい。慎介が最初に彼と知り合って、僕も混ぜてもらう形で。向こうは、七瀬? って子がある時から。純や静以外では一番親しかったと思います、四人で遊ぶことも多くなってました」

 

 松雄の証言と合致する。どうやらこのへんは疑いようはないみたいだ。

 

「どうして今まで、一度も話さなかったの?」

「いや、さすがに事件とは無関係なはずでしたから。当時色々慌ただしくて、他校の人と交流するような暇があまりなくて」

「色々? そこ詳しく」

「え、……確かに、何で忙しかったんだろう。何かあったはずなんだけど……」

 

 それ以上は無理か……。新たな取っ掛かりが得られただけマシか。

 兎に角、松雄と七瀬はどちらも本当に事件との直接的な繋がりがないようだ。

 

「それで彼、何か言ってたんですか?」

「……あんたたちがちょっと変だってさ。仲良すぎて」

「はあ」

「どうなの? 一応聞くけど、校内ではそんな風に言われたことないんだよね」

「…………そうですね、ありません」

 

 やけに、間があったな。

 

「本当に?」

「……いえ、えっと、学校では本当になかったと思います。ただ、そう言われてみると松雄から指摘されたことが、あった気もするなと」

 

 語り草からして、浅川自身も半信半疑といったところか。正直、雨宮としてもこの点を彼に問いただして何か進展するとは期待していなかった。本人の周りからの評価について本人に追究したところで意味はほとんどない。

 やはり、浅川たちのことを調べるには、別の角度から攻めるしかないようだ。

 

「……まぁいいや。とりあえず本題に移ろう」

 

 さて、いよいよ彼に聞いてもらうべき調査報告だ。

 

「落ち着いて聞いて。あんたのその、記憶があやふやになっている原因、わかったよ」

「原因? 事件の後遺症とかじゃなく?」

「うん。……あんたを担当した医師が、脳の一部を切り取っていたんだとさ」

「え、え? ちょ、ちょっと待てください、え? 理解が追いつきませんって……」

 

 予想通り取り乱す浅川。それもそのはずだ。自分の意思と関係ないところで、自分の重要な器官がいじられていたというのだから。

 しかも、

 

「そもそもそれ、本当に佐合さんが?」

「確かだよ。実行したのはあの人」

 

 佐合は元来医師としての評判は高かった。患者への対応も懇切丁寧で、所属する看護師の方々からも信頼されていた。浅川もその例外ではなかった。

 だから彼も、すぐに佐合の裏に潜む存在を感じたらしい。

 

「実行したのは、てことは。誰かが脅した?」

「その通り」

 

 すると彼は、思いもよらない発言をする。

 

「……もしかして、僕の両親だったりします?」

「……!」

「き、恭介君!?」

 

 隣でずっと沈黙していた風見が声をあげた。今はそれを宥めるのもあとだ。

 何故、自分と同じ推測に至ったのか。

 

「恭介君、質問で返すようで申し訳ないんだけど、あなた、両親のこと嫌いだよね?」

 

 珍しく図星を突かれた表情をする。

 

「……あなたの前じゃ、一度崩れてから取り繕っても意味ないですよね。――先生の言う通りです」

「理由は?」

「……ごめんなさい。教えられません」

 

 ここにきて明確な拒否。隠したり誤魔化されたりすることは何度かあったが、こうして真っ向から黙秘権を行使されたのは初めてだった。

 やはり、浅川家には何かがある……?

 

「……わかった。あなたが言いたくないことは極力聞かない。でも、他に手段がない時は甘やかさないし、別の手段であたしがそれを知ったとしても文句は受け付けないからね」

 

 首肯が返る。だろうと思った。

 改めて感じる。自分たちはまだ、浅川たちのことを全く知らないのだと。例えば新塚と深山、二人が浅川の入院から殺傷事件までにどんな過程を歩んでいたのかは把握できていない。

 今回スポットを当てた浅川夫妻の場合、雨宮が目星を付けているのは『事件後』のことだ。

 浅川が入院し回復の兆しを見せてから、雨宮はこまめに彼のもとを訪れリハビリに付き合ってきた。しかしその中で夫妻と会ったのは、二人に浅川のサポートを後押ししてもらった一回のみ。

 その間二人は一体どこで、何を思い、何をしていたのか。そして、リハビリを終えこちらが関与しなくなってから浅川が高校に旅立つまでの僅かな期間でどのようなやり取りが行われていたのか、難儀だが知る必要がある。

 自分が当時捜査一課の人間だったら、もっと簡単に事を運べていたのに……。

 

「――さて、今回はここまでかな」

「すみません。他にも事件抱えているだろうに」

「いやいや、うちは普段暇だから」

 

 あっけらかんと惚けて見せる。

 

「今後の方針は?」

「あんたの両親が関わっている場所はマストだね。あとはこれまで焦点から外れてきた部分を調べて見る」

 

 例えば、()()()()()()とか。

 

「あと、――()()()()()()()()()()()()()

「……! もしかして」

「あくまで勘だよ。けど、きっと当たる」

 

 少し嬉しそうに目を瞬かせる浅川。今日は少年らしいところを見せてくれることが多い。

 彼と話をさせてやる手段、どうにか考えてやらないと。

 ……深山も、ね。

 

「あ、そうだ。ミルキーさん」

 

 ここで、何故か終始だんまりだった風見に話の矛が向けられる。

 

「最近、復帰したアイドルとかいます?」

「え! 何でわかったんすか? そうなんすよ恭介君。前見せたグラビアアイドルの子、暫く活動止まってたんだけど再開して――あいたぁ!」

「やっと喋ったと思ったらそんなことかい! 今日あんたマジでいる意味なかったね」

「いいえ先輩。僕はいるだけで場を温めることができるんすよ」

「じゃあやっぱ要らないね。暑いから」

「恭介君。将来こんな上司になっちゃいけないっすよ」

 

 はい、制裁。

 

「次は夏休みか、それより後か、ですかね。この後は理事長のところへ?」

「そのつもりだよ。ちと話したいこともあるからねえ」

 

 風見に関節技を決める雨宮の顔は、真剣だった。

 




風見が黙ってた理由は、マジで何もないです。

少しずつ、屍同然だった頃のオリ主を描写していこうかなと。

番外編第一弾(題はナイショ)

  • 六月下旬(1章~暴力事件)
  • 七月下旬(期末テ⦅暴力事件⦆~三巻)
  • 八月中旬(四.五巻前後)
  • 夏休み以降の時系列がいい
  • やらない
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