「……あなたたち、いい加減にしなさい」
解散間もなく、私は至極呆れた顔で、二人の少年を
「試験ってなんだよクソ……!」
「オレたちはただ、優雅なバカンスを楽しみに来たってだけなのに……!」
「こんなのってないよ……あんまりだよっ!」
「許せねぇ……絶対許せねえ!」
四つん這いに項垂れる浅川君と綾小路君。ホント止めてほしい。さすがの私でも周りの視線が痛い。
そんな二人にフォローのつもりか、沖谷君が声をかける。
「でも、これってDクラスの僕らにもチャンスがあるってことだよね?」
「まぁ、そうね。テストのような学力勝負ではないという意味では、私達の下剋上にも望みはある」
朗報の根拠がソレ。テストの時は赤点予備軍がグループをつくれるほど、Dクラスは危機的状況だった。今回の試験は少なくとも、そこまでの致命的な格差はない。
それを理解した池君たちは、意外なことに随分意気揚々としている。
「ついに俺たちの見せ場が来たってことか! 超我慢してポイント残せば、他のクラスに一気に追いつけるんだよな!」
「残念だが池、お前の目論見通りに行くとは限らんぞ」
「ぎょわあぁ!? せ、先生」
いつの間にか彼の背後を取っていた茶柱先生が反論する。遺憾だけど、今回は彼女と同意見ね。
「どういうことっすか?」
「今からそれも含めて説明する。よく聞くことだ」
説明のためか、先生の手元にはいくつかの道具が置かれていた。
「お前たちには全員、この腕時計をつけてもらう。許可なく外したらペナルティだ。これは時刻だけでなく脈拍や体温、人の動きを検知するセンサー、GPSまで備わっている優れものだ」
ここまで話したところで、浅川君がこちらに耳打ちする。
「イマドキってさ、あんなのも当たり前なの?」
「……いえ、わりと最新鋭なんじゃないかしら」
「へー。欲しいなー」
普通そんな機能付きの腕時計なんて、必要としないでしょうけど。
腕時計は万が一に備えアラート機能も搭載されており、ボタン一つで先生方に連絡が届くようになっている。完全防水仕様で、もし壊れたとしても無償で交換してくれるそうだ。
と、ここで、
「茶柱さん。質問は?」
「最後に受け付ける」
手を挙げて声を発したのは浅川君だ。表情は読めない。真面目に見えるようで、何も考えていないような気もする。
腕時計の時点で質問なんて、細かいのね。
「全体での説明にもあった通り、学校側はお前たちの生活に一切関与しない。水も食料も当然な」
「大丈夫ですって。魚捕まえたり果物探したり、テントも木と葉を使えば、」
「そこで、さっきのお前の楽観視に答えようというわけだ。既に配布してあるマニュアルを見てみろ」
代表としてもらっていた平田君がマニュアルを開くと、あっという間に女子が集まる。
……私も見たいのに。
「以下に該当する者にはペナルティ……これのことですか?」
「ああ」
①毎日午前8時と午後8時にある点呼に不在の場合、不在の生徒一人につきマイナス5ポイント。
②環境を汚染する行為が発見された場合、マイナス20ポイント。
③著しい体調不良や怪我により、続行困難と判断された生徒は強制リタイア、更にマイナス30ポイント。
④他クラスへの暴力行為、物資の略奪行為や器物破損行為が発見された場合、該当生徒の所属クラスは失格。該当生徒のプライベートポイントは全て没収。
平田君が読み上げた文面はこんなところ。池君の言うような自然を活用した本格サバイバルはできないということだ。
「Aクラスが30ポイント減らされたのは、三つ目のせいですね?」
「その通りだ。――池、お前が無茶をするのは勝手だが、それを周りに強いるには相応の覚悟をしなければならない。わかったか?」
「は、はいっす」
先生の説明は続く。
「初めの項目に記載されている『点呼』についてだが、点呼の場所は各クラスのベースキャンプだ。私達担任はお前たちが決めたベースキャンプに個人のテントを構え、緊急事態に備えることになっている。ベースキャンプは正当な理由なく変更できないから注意するように」
次に、と、今度は足元に注目を促す。
「支給するテントは8人用だ。クラス全員に十分な寝床を確保させるとなると、5つは必要になる」
つまり、3つはポイントを使って手に入れなければならないということね。
「トイレについては、こちらの簡易的なものを使用してもらう。各クラス一つずつだ」
先生が手にしたのは青のビニル袋と白いシート、そして段ボールだ。
「も、もしかしてソレ、私達も使うんですか?」
真っ先に篠原さんが反応する。他の女子も同様だった。
「男女共用だ。だが安心しろ、着替えにも使えるワンタッチテントがついている。誰かに見られるようなことには、」
「そういう問題じゃありません! だ、段ボールなんて、そんなのありえませんっ」
これが私の、池君に賛同しかねた理由。野生での衛生面など、男女で見解の相違があるのは容易に想像がつく。
まして、Dクラスなのだから。
「これはルールだ。どのクラスも同じものが支給されている。ちゃんとしたものが欲しければ後で私に申請すればいい。誰でも自由にできるぞ?」
あの人はどうしてあそこまで生徒からの信用を失う言動を取るのだろう。煽るような文句はもはや性格の現れなのでしょうね。
私? 私は違うわ、努力しているもの。
簡易トイレは、段ボールを組み立てて付属のビニルをセット、その中に吸水ポリマーシートを入れて完成らしい。シートには汚物を見えなくすると同時に臭いを抑制する効果があるのだとか。
使用後は同じシートをその上から被せることで1枚のビニルで最大5回まで使えるようだ。
ビニルとシートは無制限に支給されるものらしい。
無制限っ!? と驚く浅川君の呟きが聞こえた。
「さて、ここまではあくまで補足。今から話すのは真島先生の話にはなかった追加ルールだ」
何人かの生徒が顔を強張らせる。私もその一人だ。先生の言い条からして、試験に――ポイントに関わる重要なことだろう。
「ベースキャンプとは異なり、島の各所にはスポットと呼ばれるものが存在する。占有したクラスにのみ活用が認められるが、占有権は一度につき8時間が効力となる。その度占有したクラスには1ポイントがボーナスとして与えられる仕組みだ」
「ボーナス……そのポイントは試験中に使うことは?」
「できない。試験後の加算だ。なお、どのクラスが占有しているかについてはスポットにある装置で確認することができる」
目印があるのなら、百聞は一見にしかずというわけね。
平田君がマニュアルのスポットに関するページを見つけたらしく、再び読み上げる。
①スポットの占有には専用のキーカードを装置に通す必要がある。8時間毎にスキャンすれば、継続して占有することが可能。また、複数のスポットを占有することも可能。
②他クラスの占有するスポットを許可なく使用した場合、マイナス50ポイント。
③キーカードはリーダーとなった生徒のみが使用できる。なお、リーダーの変更は正当な理由なく行うことはできない。
先生が一枚のカードを見せる。あれがキーカードね。キーカードにはリーダーの名前が彫られるらしい。
「マニュアルにある通り、最後の点呼で各クラスのリーダーは他クラスのリーダーを当てる権利が与えられる。よって例外なく、リーダーの選出は強制だ」
①一クラス当てる毎にプラス50ポイント
②一クラス外す毎にマイナス50ポイント
③一クラスに当てられる毎にマイナス50ポイント
「――さて、こちらからの説明は以上だ。質問を許可する」
合図のような一言と共に、二人の手が挙がる。先生の口元が、わずかに歪んだ気がした。
「……先着の浅川からにしよう。言ってみろ」
「いくつかあります。まず、『先生が僕らを保護する基準』はなんですか?」
ほとんどの生徒が頭にハテナを浮かべる。私は試しに綾小路君の方を見てみたが、彼は浅川君を無表情に見つめるだけだった。
「例えば何らかの事情があって飲食のできない状況が続いた時は? GPSで遭難は測れても胃袋までは覗けないと思いますが」
「それについては脈拍を含む内部の計測で可能な限り判断する。お前の言う通り、腕時計から得られる情報のみの微妙な判断となってしまうが、その分職員は敏感に対応するつもりだ。体調の異常も無償で手厚く治療を受けられるだろう」
「では『リタイアの基準』は?」
「見るからに、であれば有無は言わせないが、基本的には本人の自己判断だ」
満足のいく回答だったようで、そのまま二つ目を問う。
「ベースキャンプとスポットは別物ですか?」
「厳密にはイエスだ。あくまで前者は拠点に過ぎない。ベースキャンプを設定したからといってスポットとして占有しなければならないわけではない」
「……なら、
クラスメイトがガヤガヤと騒ぎだす。確かに、普通とは些かズレた質問だ。
中には「やっぱバカなんじゃない?」、「ちょっとオカシイやつだな」といった声も。案外聞こえるものよ、そういうのは。
「……ルールにそれを禁止するものは存在しない。ベースキャンプは主に担任の監督責任を全うさせるためのものだ」
「ということは――」
「可能だ」
「……なるほど。では、」
「では」更に何かを聞こうとする浅川君に被せて、綾小路君が声を発した。「オレからも一つ、いいですか?」
「……許可しよう」
「無償で支給してもらえる物資は、
もうここまでくると周囲は呆然とする他ない。
何か意味があるのだろうか。恐らくこの中で最も二人の質問に懐疑的な私だが、皆目見当はつかなかった。
「記録されるのはポイントが消費される時のみだ」
「ポイントですか。ではマイナスの基準に触れた時は別? 例えば簡易トイレ。大量の使用済みシートが放置されているのが発見された場合、大量に支給してもらっていたというだけでそのクラスは環境汚染として減点されますか? 記録はしていなくとも先生の記憶には残ってしまうはずです」
「…………明確かつ確実な証拠がない限りはそのような処置は取らない。ただしお前が挙げた例の場合、GPSを頼りにシートを捨てた犯人が発覚する可能性はあるな」
疑わしきは罰せずということね。意味のある情報ではありそう。使い道はわからないけど。となると、やはりCクラスが怖いかしら。
質問はそれだけだったようだ。他に挙手する生徒がいないことを確認した先生は、速やかにその場を去って行った。
「さて、じゃあ早速、喫緊の課題に取り組もうか」
Dクラスを纏める平田君が真っ先に声を上げた。
喫緊の課題。彼が言いたいのはベースキャンプの探索。それから、
「当然ポイントは節約するよな? 平田」
試験全体における方針。
幸村君が重々しくそう告げると、他の男子からも立て続けに賛同の声があがる。
「もし1ポイントも使わなかったこれから毎月3万だぜ! そりゃ300ってわけにはいかなくても、残して損はないって」
「でも、さすがにあれは……」
冷静な口調で、女子代表とも言える軽井沢さんが入る。男子に対抗する形で、女子からも多くの声。
「節約したいって気持ちはわかるし、何なら私も賛成。けど我慢できないって子は一人や二人じゃないはずだよ」
「そ、それだったらトイレの方を我慢すりゃいいじゃん」
「何言ってんの!? そういう問題じゃないでしょ!」
「20ポイントだぞ? トイレなんかのために使う量じゃないだろう」
「女子のこと何も知らないくせに勝手なこと言わないでよ!」
頭の痛くなるような激しい水掛け論が開始された。
意味のないことは避けよう。私は一歩離れた人のところへ向かう。
「あなたたちはどう思う?」
「オレはー、どっちでもいいかな。我慢はできるが、快適なトイレに損はない」
「ありゃ男子側が悪いよ。折角恵が下手に出てくれてたのに、池も幸村もあんな言い方しちゃねー」
どちらも他人事に近かった。
「君は?」
「私は……私もどっちでもいいわね」
「意外だな。断然節約派かと思ったが」
「忘れてほしくないのだけど、私も女子よ」
「え、嘘!?」
浅川君にボディブローを決める。
「ごめ、ア゛ァ……ごめんっコッフ。ぎ、ぎもぢは、わがるよぉ……あれだろ、女の子の、日ってやつだろう?」
「わかってるならどうして余計なこと抜かすのかしら」
もしかしてドM? ならお仕置きは逆効果だったわね。
「ともかく、節約するにしてもしないにしても、今回ばかりは双方に根拠がある。だから重要なのは結論を出す人よ」
「洋介次第、か」
「今の時点でストレスフルじゃ、――ッ、終わる頃には何回爆発してんだって話なのにねー。――ぁあ、マジ痛って……」
遠巻きに論争を眺める私たち。あら、結局私も他人事みたいね。
「……ま、いつまでもここで足踏みするのは面倒くさいし? 僕らもバカンスに身を投じたいし」
「バカンスって……あなた、まだそんなことを」
「清隆もその気みたいだぜ?」
「腕が鳴るな。オレはこの大自然でどこまで強かに生きられるのか」
「ほら」
思わず額に手を当てる。
「そう落ち込まない。要は探索係ならお任せあれってことさー。マニュアルの地図はそのためか酷く曖昧だったからね」
「そういう問題じゃ……って、何しに行くの?」
「言ったろう? 足踏みは面倒だって」
浅川君は一目散に平田君のもとへ行き、何かを耳打ちした。名案だったのか、平田君の頷くのが見えた。
……まぁ、大丈夫でしょう。
「それで、綾小路君」
「はぁ、何だよ」
「そんなデカい溜息をついても、簡単に引き下がるようなお人好しじゃないわ」
誤魔化すなと、鋭い視線をぶつける。
「あのアナウンスは何だったの?」
「……違和感あったんならあと一歩だろ、頑張れよ」
「後でと言ったのはあなたでしょう」
「口にした記憶はないんだが?」
出し惜しみの姿勢、腹立つわね。
「……わからなかったから聞いているのよ」
彼は再度溜息をつき、答えた。
「別にあの時点で確信を持っていたわけじゃないが――あれはベースキャンプの目星をつけさせるための旋回だったんだろうな」
「適している場所……例えば水辺や洞窟?」
拠点に良さそうな場所を挙げると首肯が返ってきた。
「Aクラスあたりなら、そのつもりで注視してたんじゃないか? オレたちですら『何かある』って思っていたくらいだしな」
なら……既にこの場にいないAクラスとBクラスは、とっくにその占有へと動いているかもしれないということね。また、遅れを……。
「どうした?」
「……別に」
悟られているかもしれない。それでも、安易に頷くことは憚られた。
私自身が、そんな風に認めるわけにはいかないから。
「……いつも通りだな」
「え?」
「いや……旅行ともなれば、少しくらいそわそわしてもいいんじゃないか? あいつらみたいに」
私に彼らとの共通点を見出そうとしているの? この男。
「好きってわけではないもの。あなたは?」
「こう見えて超疼いてるぞ。旅行自体は初めてじゃないけどな」
「海外?」
「……ニューヨークにな。ただ、そんないいもんじゃなかった。物心ついて間もなく未踏の地で家族とはぐれたって言えば伝わるか?」
……なんとなく。
「お、君らも僕の陰口かい?」
「浅川君――からかいづらいことを言うものじゃないわ」
戻ってきた浅川君は柔和な表情のまま物騒なことを言う。
平田君の方を見ると、どうやら事態は収まっているようだった。何を助言したのかしら。
「まだまだだねー。清隆なら『まあな』って返すぜ? なー清隆」
「馬鹿で阿呆で間抜けだなって笑い飛ばしていたところだ」
「僕の涙ってそんなに良い見世物かな?」
勝手に泣けばいいじゃない。何ならそのまま藻屑となるのにもってこいな海原が広がっているわ。
「ベースキャンプについてちょっとな」
「ああ、質問の話?」
「お前の意図について考えていた」
私は何も言わなかった。態々誤魔化して浅川君の真意を聞こうと言うのだから、何か意味があるはず。単に気になるという理由もあった。
しかし、
「あっはは、おかしなこと言うなよ。
私にだけわからないような返しだった。
「お前の質問で思い至っただけだ」
「最初に手挙げてたじゃん」
「オレのはベースキャンプとスポットが同じなのかってやつだ」
綾小路君も、本当のことを言っているのかわかりかねた。
わからない。何が本当で、何を伝えたいのかが、何も……。
「よし。みんな、それぞれ荷物を持って移動しよう。ここで話し合うのは消耗が激しいからね」
胸の中がチクチクと痛む感覚がした矢先、平田君が鶴の一声を発する。
動き出した状況に、私は慌てて付いていくしかなかった。
――――――――――――――――――――――――――――
「ここなら日差しも和らぐし、他クラスに聞かれる心配もなさそうだね」
森の奥の木陰。少しだけ開けた場所に出たところで、平田君が荷物を置く。
「一先ずやっておきたいのは、ベースキャンプや島を知るための探索かな。半分くらい募りたいんだけど」
「大丈夫なのか? もしかしたら何か、わかりにくい危険とかあるかもしれないぞ」
「それもそうだね……じゃあ、野外活動関連について詳しい人とかはいるかな?」
「はいはーい!」呼びかけに真っ先に反応したのは池君だ。「俺キャンプの経験あるからさ。ちょっとは力になれるかもしれない」
「彼もサバイバル体験してみたかったのかな」
「も、って、お前経験者なのか?」
「楽しそうじゃん」
「わかるわー」
「なら名乗り出なさいよ」
「「やだよ」」
何故そんな話題で意気投合できるのか、わけがわからない。
平田君の提案で、探索は四人グループ五つに任せることになった。残りは待機。マニュアルの確認や必要な物資の整理とかはできるかしら。
「あなたたちは探索?」
「当然。どうする清隆、一緒に行く?」
「どうすっかな。お前だけだったらはしゃぎやすいが、二人きりにはなれないし別々でいいだろう。お前もその方が都合がいいだろ?」
「何だか気が合うね、わたし達」
「何て反応しても負けな気がしたからスルーするぞ」
じゃあ負けてるじゃない。
「鈴音は?」
「私は……待機、」
「堀北さん!」
突然横から快活な声が割り込んだ。
「櫛田さん……」
「堀北さんも一緒に行こうよ!」
「い、いや、私は、」
「ほら、堀北さんって段々リーダーのイメージが広まってきてるでしょ? リーダーらしく、島のことも把握しておいた方がいいんじゃないかな」
仲良くしたい、とはもう表でも嘯く気はないようね。
というか、ちょっと待ってほしい。
「リーダー……? 私が?」
「うん。――え、何か間違ったこと言ったかな?」
「そ、そんな、だって私は――」
私は、今まで何も……。
「……いえ、そうね。あなたの言う通りかもしれない、」
「良かったぁ。じゃあ付いてきてっ」
手を引かれ――ることはなく、手招きに誘われる。
「お気を付けてー」
「楽しんで来いよ」
煽られているみたいで腹立つわ……!
「綺麗なところだねぇ」
辺りを見回しながら櫛田さんは言う。確かに、無人島という割には野生味の中に観光地のような歩きやすさを感じる。学校もそういう場所を選んでくれているのかしら。
櫛田さんに攫われ――招かれたグループのメンバーは、浅川君の知り合いの井の頭さんと、
「井の頭さん、大丈夫そう?」
「は、はい。ありがとう、ございます。松下さん」
「いえいえ。あ、敬語なんて使わなくてもいいよ。気楽に行こ」
「は、はい!」
「あらー……」
まじまじとこの人の態度を見るのは初めてだけど、思いの外愛想がいいのね。気遣いもできて。
松下千秋さん。軽井沢さん中心のグループにいるのを何度か見たことがある。他のメンバーと比べると少し落ち着きがあるように感じる。
「探索と言っても、特に野外経験のない私達じゃ、ベースキャンプにいいところなんてまともに見つけられないと思うよ」
「うーんそうかも……でも、スポットとかならわかるんじやないかな? 装置があるって言っていたし」
松下さんの言う通り、あまり自然に親しんでいない私達にはこの環境を吟味するのは難しいだろう。一見良さそうに見えて実は……なんてこともあるかもしれない。
スポットは私も気になるところだ。恐らく目立たない仕様になっているのでしょうけど。
「えっと、気を遣わせちゃってますかね?」
「え?」
不意に、傍らを歩く井の頭さんが問いかけた。
「なぜ?」
「歩幅、合わせてくれているみたいだったから」
この中で体力の低い彼女と乗り気になれず一歩退いている私。偶然前後2:2の構図になってしまっていたらしい。
「勘違いしないで。偶々よ」
「……優しいんですね」
「は?」
心の声が漏れた。
「どうしてそうなるの?」
「浅川君が言ってたんですよ」
――あの子ツンデレだから。突き放されないってことは嫌じゃないってことだよ。
こちらに破顔する彼女にたじろぎつつ、あの男に心中で呪詛を唱える。
私達が隣を歩いているのは偶々だし、このグループ自体が偶然だし、色々とズレている。そもそも私は探索を嫌がっていたはずだ。
突き放すこともできた。しかし、何だかそれこそ彼に嘲られるような気がして、踏みとどまった。
「本当に偶々よ。だけど、隣で怪我をされていい気はしないわ。歩きづらい地面だし、気をつけなさい」
「……うん、ありがとう」
例の本にも書いてあった。『会話を無理に終わらせようとするのは相手に悪い印象を与えます』。人と関わるのは好きじゃないけど、嫌われたいわけでもない。少なくとも私の目標であるあの人は、誰かに嫌われるような人じゃない。
そうよ、私のため。私のこれからに必要なことなんだから。
前に意識を向けると、こちらをじっと見つめている松下さんと目が合った。
「何かしら」
「――ん? いや、こうして見ると、堀北さんってそんなに悪い人じゃないのかなって」
「どういうこと?」
「退学者を出さないように勉強会を成功させたり、須藤君を助けようと動いたり。今だって」
初めの頃は今以上に閉鎖的で、まさに拒絶という言葉が相応しい過ごし方だった。それを非難する声があったことも知っている。以前とのギャップを指摘したいのだろうか。
「私はAクラスを目指しているの。その上で避けられなかっただけよ」
「ふーん。まぁそういうことにしとこうかな」
……まさかこの人、あの二人と似たタイプだとでもいうの?
「堀北さん本気なんだよ。私や須藤君たちにも、協力してほしいって言っててね」
「へー! 意外も意外。周りのこと、そんなに頼りにしてくれているんだ。私とかにも期待してくれてたり?」
「……必要があれば、ね」
何だか嬉しそうに、ニマニマと笑っている。やり辛いわね。
「綾小路君と浅川君とも、仲良いよね」
「……それが?」
「どんな人なのかなって。特に綾小路君は、第一印象はとにかく暗いって感じだったからさ」
「……印象なんてものないわよ」
「えー、明らかに他の人とは違う態度なのにそれはないでしょ」
しつこいわね……。
「『面倒くさい』のよ」
「面倒?」
「慣れればわかるわ。あの二人、突っぱねる方が疲れるって」
本心からの回答を述べると、どういうわけか松下さんは考え込むように手を顎に当てる。
「ふむふむ。いやーまさか、堀北さんの攻略法がそんな単純なものだったとは」
「は?」
「実際今は打ち解けあっているようなものなんだし、結局波長は合っているってことだよね? うん、絶対そう」
「はぁ……万が一そうだったとして、あなたには関係ないでしょう」
「うーんどうだろうねぇ。まあ今の堀北さんを見るに……なるほどね」
好奇心は猫を殺すものよ。何やら南東トリオに興味をお持ちのようだけど。
「――それにしても、見つからないね。スポット」
少し歩いて、櫛田さんが汗を拭いながら言った。
「私達の探し方が下手ってこともあるけど」
「それはないでしょう。態々カードキーやリーダーを追加ルールとして作っておいて、それを使う機会に気付かせもしないなんて本末転倒だもの」
「おー、メタ読みってやつだ」
本当に感心してるのかも怪しい平坦な口調で、松下さんが頷く。
「やっぱ、一つくらいは見つけた方がいいですよね……?」
「じゃあ……手分けしよっか」
「手分け?」
「その方がスポット探せる確率もあがるんじゃないかな。私と堀北さん、松下さんと井の頭さんでどう?」
明らかに含みのある組み合わせに警戒心が宿る。が、それを表に出すわけにはいかない。
二人から反対意見はでない。なら私も従う他ないか。
それから周りに声が聞こえないような場所まで待ち、こちらから話を振った。
「何のつもり?」
「別に。あんたの方こそあるんじゃない? 色々」
ぶっきらぼうね。人にキツくあたるのは良くないわよ。
「裏切るんじゃないかって、思ってるんでしょ」
「……可能性はゼロではない。とは思っているわ。けど今は、対策は浮かんでない」
「ふーん……言ってよかったの?」
「取り繕ってもしょうがないでしょう」
もし裏切るとして、最も簡単なのはこれから決まるリーダーを他クラスに漏らすという方法。
しかし現状、彼女の立場でクラスのリーダー決めに関わらないなど天変地異に等しい。もはや本人が実行するか否かという、それだけの問題に帰結してしまう。
「その割にはやけに落ち着いているね」
「そもそも今回の試験、私にできることはほとんどない。思うところはあれど、焦ったところでどうにもならないことくらいわかっているわ」
体を動かす作業が特別得意なわけではない。開放された空間で仲間を纏めたり指示を出したりするほどの統率力も持っていない。そして、綾小路君や浅川君ほどウィットを利かせることもできない。
最初はあんな息巻いていたけれど……この無人島で私にできることなんて、あるのかしら――。
「あんたそれ、本気で言ってんの?」
「え……?」
思わず櫛田さんの顔を見る。どうやら本当に驚いているようだった。
「……まあいいや。私もどうするかはまだ決めてないよ。精々怯えてな」
「脅すためだけに、こうして二人きりの空間を作ったの?」
「まさか。……でもやめた。今のあんた見てたら、ちょっと冷めちゃった」
勝手に熱くなられて勝手に冷められる身にもなってほしいわね。
実際のところ、裏切りの確率は相当低いはずだ。バレなければ、と言っても、やはりクラスに仇なすデメリットは大きい。私を陥れようとするのであれば、この試験での裏切りは遠回しすぎる。利益が釣り合わない。
少なくとも動機となる
その後まもなくスポットと思しき場所を発見した。装置はカードのスキャン口があるだけのありきたりなもので、他は特にめぼしいものはなく、ベースキャンプとしては物足りなさそうなのは一目瞭然だった。
合流した松下さんと井の頭さんも似たようなスポットを見つけたらしい。平田君たちのもとへ帰る道中、情報共有まで済ませた。
「誘ってくれてありがとね、櫛田さん。有意義な時間だったよ」
手を振る松下さんの表情は明るかった。井の頭さんも、慎ましながらもお辞儀をし、そそくさと解散していった。
「またね、堀北さん。機会があれば」
再会への言葉を言い残す櫛田さんは、既に人前で見せる少女に戻っていた。
また、か。
過去を広めるかもなんて薄い可能性のために、私一人なんかを常々監視しなきゃいけないなんて。彼女も大変ね。
……。
そんな接点の一つもなければ、きっと私のことなど眼中にはなかったでしょうに。
前回の通り、これから彼女たちのいる無人島で何が起こるかはほぼ白紙です。四人グループも完全に「よし、次の話書くか」と執筆ページを開いてから急に思いついた展開です。
少年二人の質問は今のところ活用できるかなっていう情報を作者自身が挙げただけです。ベースキャンプとスポットて別物だよね?同じだとしたら、今作の独自設定として許してください。
番外編第一弾(題はナイショ)
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六月下旬(1章~暴力事件)
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七月下旬(期末テ⦅暴力事件⦆~三巻)
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八月中旬(四.五巻前後)
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夏休み以降の時系列がいい
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やらない