お久しぶりです。
無人島試験マジでよくわかってない。食料とか器具とかって特にポイントは示されてなかったですよね?このままだと計算云々ほとんどしないで適当な結果だけポンってだすことになるかも。
水平線に被さった空が、ほんのりと碧を帯びる。
綾小路は一人で船内を進んでいた。歩に迷いはなく、見かけた人はどこかしらの目的地があるのだとすぐにわかる足取りだった。
しかし毛頭、彼は誰の目にも触れることなく、そこへと向かっていた。堀北は早朝には慣れていないらしく、部屋で仮眠を取っている。――自分も早起きの習慣がついていなければ、今も欠伸を噛み殺しながら淀み足だっただろう。浅川は平生と変わらず陽気な調子で、可愛らしい満面の笑みを浮かべて船内を散策している。
午前五時半。シアターに足を運ぶような物好きな子供は、自分以外にいなかったらしい。
……子供に限っては。
「あの人たちが選りすぐりの役者さんですか?」
「そうだが。不満か?」
最も親しい仲に最高峰の演技力を有する者がいるのだから、どうにも釈然としないのは当然だろう。
唯一の観客だった茶柱の隣に、綾小路は座る。漫然と見つめる先には、とある神話を象った劇が催されている。
「先日の異例な訪問については、聞き及んでいるな?」
特に不思議がることもない。担任として、彼女も坂柳理事長からある程度の情報は与えられているはずだ。
「オレが自主退学をするなんて妄言を吐いていたらしいですね。それが何か?」
「……何か思うところでもあるのかと思ってな」
この期に及んで、生徒の心配か?
判然としないやり取りに、にわかに首を傾げる。
「別に何も。オレはオレで、自由にこのスクールライフを満喫するだけです」
「平穏が脅かされようというのにか」
「坂柳理事長がトップに居座る限り、そう簡単には覆らない」
だからこそあの男は、退学させるとは明言しなかった。少なくとも現状、綾小路を無理矢理連れ戻す手段は無いと考えられる。
「あなたのことだから、最初は脅しの材料に使えるとでも思ったんでしょう」
「何のことだ? ……わかった悪かった、その手段も考えてはいた」
一度は惚けた茶柱だが、結局煮え切らない返しだった。
綾小路が坂柳理事長とパイプを繋いだ時点で、彼女が口を挟むことはほぼ不可能だ。所詮それだけのことだと思っていたのだが。
「別の理由が?」
「お前たちが、随分といきいきしていたからだ」
とても曖昧で、単純な答え。だが事実だ。
「……まあ、楽しいですからね」
「だろ?」
「でもそれは、あなたを躊躇わせるには弱くないですか?」
このくらいの問いかけは予測できていたのだろう。大して反応することもなく、茶柱は言う。
「そうか? 実際お前たちは勝っている。テストはお前たち三人の貢献によって退学者0――ここで誰かを失うDクラスも珍しくない。加えて須藤の事件。浅川とお前の尽力で叶わないはずの結果を生み出した」
「ああ……そういうことですか」
今の綾小路は生粋の事なかれ主義ではない。他人と関わる中で、クラス対抗戦に参加することも一つのピースとして捉えている。これに関しては堀北の存在が大きい。
「それでも、弱い」
「……」
「オレはいつでも首を引っ込めることができる。恭介が壊れたら? 鈴音が諦めたら? オレがクラスの戦いに乗っかっている理由は他人に依存している。あなたはそんなつまらない逃し方をしたくないはずだ」
「何が言いたい? 私に拘束でもされたいのか?」
そんなつもりはない。自分はただ、確認したいだけなのだ。
彼女が冷徹な手段を踏みとどまらせる、決め手となっている要素が何なのか。
綾小路が人知れず賭けた――浅川の信じているであろう何かが、果たして彼女の中に芽生えているのか。
「あなたの抱えているものに、答えを導く手がかりがあるとオレは思っています」
茶柱の眉がひくつくのを、見逃さない。
やはり、この人は……。
「……お前たちは、私の経験したあるクラスに似ている」
やっと、彼女は自分を語る気になったようだ。
「一喜一憂もあった。呆れるくらいに賑やかな時間もあった。そしてそれでもひた向きに勝ち上がることを目指し、成し遂げてきた」
「そのクラスは、最後……?」
答えはなかった。哀愁漂う表情で、全てを察する。
「だからこれは、私のエゴだ。お前たちなら、かつて見れなかったものを見せてくれるのではないか。だとしたら、私がお前を縛り付けるのは間違いだろう」
要は、高望みをしたい気分になったということか。
彼女は確か、そんな夢を見るような人ではなかったはずだ。他人に希望を見出せる人間が、自分たちにあのような態度を取るはずがない。
その点では、綾小路と元来共通している部分ではある。基本的に、他人を信用しない。
……同時に、信頼したいと願っている。
自然と、口角が緩むのを感じる。
「何がおかしい?」
「いえ。やはり、オレの親友は凄いやつだと思っただけです。あろうことか、あなたの心まで動かそうとしている。あいつは、善い方向へ人を巻き込んでいくのが上手い」
その分波はある。浅川自身が不安定になるほど、周囲も共鳴して暗澹たる空気を漂わせる。
何とも不思議な彼の魅力。綾小路は一つの名前を見出せそうなところまで来ていた。
「贔屓が酷いぞ。綾小路」
「贔屓、ですか?」
「クラスを作るのは、一人じゃない。真に重要な場面において、誰か一人でも志を違えれば、いとも簡単に崩壊する」
やけに実感のこもった言い方だ。彼女は一体、どこまでそのクラスに思い入れがあったのだろうか。
そもそも、何故それほどの思い入れを抱くようになったのだろうか。
「……すまん。説教臭い話になったな」
「いえ、教師らしいお言葉だったと思いますよ」
「その皮肉は、私には一番効くな」
別に彼女は、何も間違ったことはしていない。惑いの中にいる生徒に助言を与えるのは、教師の務めに他ならない。
だから、綾小路はホッと胸を撫でおろしたい気持ちになった。
「今のお前なら、気にする必要はないだろう。お前と浅川、そして堀北が揃っていればな」
「…………そう、でしょうか。オレはそうは思いません」
わずかに見開いた目がこちらを向くのが伝わる。
応える必要のない呼び出しに応じた理由は二つあった。それは、確かめることと伝えること。
「何を考えている?」
答える道理などない。黙して綾小路は踵を返す。
自分がいかほど光を宿すことができているかはわからない。しかし尊いと感じたものを、真っ直ぐに受け止められていたのなら、必ず元通りになれるはずだ。
「オレたちの面倒、いつも見ていてくれて助かっています。――先生から、さっきの言葉を聞けて良かった」
もう十分だ。
他でもないこの人から、その言葉を引きずり出せたなら。
「オレは間違っていなかったって、これからもっと信じられそうだ」
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私達が仮拠点に戻ると、ちょうど綾小路君たちと鉢合わせになった。
……何故だか少し、面子が変わっている気がするのだけど。
平田君に帰還報告がてら、事情を聞いてみましょう。
「おかえり、二人共。どうだった?」
「ごめんなさい。スポットは見つけられたのだけど、特に利便性は感じられなかったわ」
「オレは洞窟のスポットを見つけたんだが、Aクラスが一足先に占有していた」
洞窟……雨を凌げるという点が強いわね。空模様も怪しいし。
「あなた、班の三人はどうしたの?」
「何で違うやつだったの知ってるんだよ……出発前に見てたのか?」
「あの三人とするような雑談なんてないもの」
暇潰しの手段を持たない暇人は、知り合いを窺うことくらいしかできないものよ。
綾小路君はバツの悪そうな顔をしながら、その経緯を語ってくれた。
「高円寺君を探しに行った? 王さんと?」
「あいつけっこう、王や佐倉たちには甘いだろう?」
あの自由人の居場所に心当たりでもあるのかしら。感性が似ていれば、あるいは。
浅川君が三人の女子に甘いというのは、彼と一番近しい綾小路君が言うのだから間違いないのでしょうけど、何故かしら。……やはり、優しくて素直だから?
そもそも、この男だって佐倉さんを甘やかしているのを見たことがある気がするのだけど……。
「ちょっといいかな。実は君達が戻ってくる少し前に、寛治君たちが良い場所を見つけてきてくれたんだ」
平田君曰く、キャンプ経験者の彼が早速役に立ってくれたらしい。綺麗な川の側で、装置もあったと。
「水源が確保できるのは大きいな」
「ここから10分程歩くことになる。準備ができたら出発だ」
その後間もなく、集団で移動が始まった。
「まだ三人戻ってきていないわよ」
「大丈夫だよ、多分」
「て、適当ね……」
「浅川君は何だかんだしぶといからね。この無人島での生活には案外適性があるんじゃないかな。だからみーちゃんもきっと心配は要らないよ」
……ふん、随分と信頼されているのね、知らないうちに。触れてはいないが、高円寺君ものたうち回るような男だとは思えないということなのだろう。
それに恐らく、みんなを執拗に待たせてストレスを与えたくないというのが一番の理由かしらね。
辿り着いたのは、川辺に加えてうまく日光を遮断している木々、テントを立てるのに困らなそうな平らな地面という、まさにお誂え向きな空間だった。
すぐにスポットの装置が目に入る。側の立て看板には、スポットの占有が川の占有と同意義だという旨が書かれていた。他のクラスに使わせない権利を得るということだろう。
短い話し合いの末、反対意見なくベースキャンプはここに決定した。
「――さて、あとはここを占有するかどうかだね。浅川君の質問でわかった通り、必ずしも拠点と専有場所は一緒ではなくていいから」
平田君がさりげなく浅川君をフォローするように言う。
「え、そんなの当然専有するんじゃないの?」
「いや、占有する場面を他クラスに見られる危険性がある。メリットだけじゃない」
綾小路君の冷静な指摘に、各々納得し顔を歪めるが、それに意見したのは意外にも山内君だった。
「そこはほら、みんなで囲むようにしてやればいいんじゃね? 周りから見てもわかんない風にさ」
みんな、珍しく名案を出す彼に驚きながらも賛同し、そのまま次の議題にうつった。
「じゃあ――いよいよリーダーを決めないといけないね」
この試験で最も重い役割だと、誰もが承知している。
静けさが到来する中、口火を切ったのは櫛田さんだった。
「私は、堀北さんがいいかなって思う」
「は?」
思わず呆けた声が漏れる。
さっきの班行動の時といい、今日の櫛田さんは不気味だ。何故私を槍玉にあげようとするのか。
……まさか、私が失敗して恥をかくのを見たいとか?
「私がやる利点はほとんどないわ。あなたや平田君の方が、」
「ちゃんと理由はある。平田君は――軽井沢さんもそうだけど、嫌でも目立っちゃう。私もたくさんの子に顔を知られちゃってるから」
「……だから知名度のない私、ってわけね」
「それに、堀北さんほどの責任感を持っている人は他にいないと思うよ」
筋が通っているようで、他のクラスメイトからも私、というより櫛田さんの意見を支持する声が増える。
どうせ、責任を押し付ける相手を求めているだけだろうに……。
不意に、忘れかけていた言葉が過る。
『その責任の巨大さを、君は本当に理解しているのか?』
『生き急いで、他人の未来を踏みにじってしまった時、その一人ひとりに、君はどんな言葉を掛けるんだ? 何をしてやれる?』
瞬間、身震いするのを感じる。
私……。私には、掛ける言葉がわからない。してやれることがあるとも思えない。もし、この戦いでDクラスが負けたら……。
40人分のこれからが、私に。
「堀北さん?」
言葉に詰まる。こういった場面で委縮してしまうのは初めてのことだった。今までは兄さんを前にすると緊張してしまっていたけど、浅川君と綾小路君のおかげで少しはマシになったはず。だと言うのに、あの人のいないここでどうして……。
「私は……」
自分で驚いてしまいほど、か細い声が漏れる。
何と返せばいい。どんな気持ちを語れば、適している?
きっと周りからは訝しく思われるほどに、口をパクパクとさせてしまっていると、その動きは起こった。
「――反対だ」
唐突な声は、とても無機質で、暗くて。
そして、その場を静寂へと引き戻した。
「あ……清隆君?」
「オレは、鈴音をリーダーにするのには反対だ」
唖然とする平田君に、彼は再びはっきりと告げた。
櫛田さんもこれには呆気に取られ、一先ず理由を聞く。
「ど、どうしてかな?」
「夏休み前、鈴音は熱中症で倒れている。ここはあの時よりずっと劣悪な環境で、同じことが起こらないとは限らない。全快しているかもわからない鈴音をリーダーにするのは、彼女のためにも良くないと思う」
「じゃあ一体、誰がリーダーをやるって言うんだ?」
須藤君が問う。
返事は早かった。
「オレがやろう」
一瞬の沈黙の後、ガヤガヤとクラスが騒ぎ始める。
私も動揺を隠せなかった。初めは学力を隠し、今までその聡明さを知られまいとしてきた彼が、露骨に目立つ立場を取ろうとしている?
何か理由が? これも勝つための布石だとでも言うの?
…………それとも、単に私を信じていないだけ?
「私は綾小路君に賛成かな。須藤君をピンチから救ったっていう実績もあるし」
混迷に一石を投じたのは松下さんだ。明確な意見に続き、何人かの生徒も口を揃える。
「やる気あるみたいだしそれでいいんじゃない?」
「影薄いしバレなさそうだもんね」
「堀北さんに無理をさせたくなくて守ろうとしてるのね……素敵……!」
流れに乗じて、勉強会の面々も意見を述べた。
「確かに。堀北は攫われて怖い目にも遭ってるだろうから心配――」
「ん? 攫われたって何だよ」
「え? あぁっ! っと。いや、暑さに意識持ってかれたってことだよ。べ、別に誘拐されたとかじゃないからなっ?」
「わ、わかってるよ。それに清隆君は運動もできるから、試験を乗り越える体力は絶対にあるはずだもんね」
やがて、平田君の鶴の一声が投げられた。
「わかった。どうやら清隆君をリーダーにする意見の方が多いみたいだね。――お願いしてもいいかな?」
「勿論だ、オレが言い出したんだからな。任せてくれ」
あっという間に、話は纏まった。
私は彼を見る。何を考えているのか、何をするつもりなのかを知りたくて。あるいは教えて欲しいという願いだった。
しかし彼は、結局最後までこちらに視線を向けることはなかった。
まるで、意図的に避けているとまで感じられる程。
ベースキャンプを決めたところで、やることがなくなったわけではない。
スポットとして占有した後、平田君が更に次の議論を展開する。
「今からすべきなのは、生活の基盤を固めることだね」
「そうだな。テントとかトイレの設置と、必要なものを揃えたり」
キャンプ経験者の池君も賛成なようだ。
「まずトイレについてなんだけど……幸村君も篠原さんも、初めに言っていた通りでいいかな?」
「……ああ。仕方ない」
「平田君が言うなら……」
最も激しい言い争いをしていた二人に確認を取ったのち、方針を打ち明ける。
「衛生を気にする人の数や回転率を考えるなら、二つ購入するのが妥当だと思う。シャワーも同じ理由で二つ。他の案がある人は手を挙げて欲しい」
反対意見はなし。続いて、
「次はテントだけど、節約したい人もいるだろうし、これも二つ頼むのがベストだと思う」
生徒40人に対しテントは8人用。二つ支給されるため十分なスペースを確保するには三つ購入する必要がでてくる。
しかしここは、どうやら我慢できるポイントだと平田君は判断したらしい。「十分」ではないが寝れない狭さではない。一つ分消費を抑える案に、反論は挙がらなかった。
「その他調理器具とか食料調達の道具とかは、都度注文していけばいいかな。今言った三点はすぐに頼んで設置してもらおう。これで生活の基盤はある程度出来上がるね」
「いやいや、一番大事なこと忘れてるって!」
話が一段落ついたところで池君が待ったをかける。
「川の水。心配ならろ過すればいけるだろ?」
「キャンプ経験者の君から見て、ここの水は安全そうなのかい?」
「おうよ。伊達に自然と戯れてないって」
自信満々に頷いてみせるが、それでも不安の残る生徒はやはりいるようだ。
平田君を窺うと、彼は池君のことを信じているが、渋る人たちに無理強いはさせられない。そんなジレンマを抱えてしまっているようだった。
すると、
「あのー……今どんな感じです?」
全員が振り向く。
「浅川君! みーちゃんも、大丈夫だった?」
「は、はい。特に問題は」
「良かった……。――高円寺君は?」
「最低限協力はするからほっとけってさー」
浅川君の登場と発言に、各々異なる反応を見せる。そういえばいなかったね。あの高円寺が協力するって? 勝手な行動して、迷惑かけたらどうするんだ。などなど。
相変わらず彼を頭ごなしに非難する言葉には萎えるが、高円寺君に対する驚嘆は同意見だった。浅川君の口八丁はあの男にまで通用するということかしら。
心中で俯瞰している間に、平田君から二人へ現状の説明が済んだようだ。
「ふむ……具体的にはどんな反論が?」
「やっぱり、明確な保証がないのが大きいんじゃないかな。男子はそれなりに納得しているみたいだけど」
「じゃあ必要な証明は単純な安全性。とりわけ女子に。てことなら簡単じゃない」
浅川君は――こちらを一瞥する。
「有志を募ろう。誰か、池を信じて試してくれる人はいる?」
彼がぴょこんと自分の手を挙げながら呼びかけると、真っ先に篠原さんたちが突っかかる。
「ちょっと。なに急にあんたが仕切ってんのよ」
「え……別にそんなつもりじゃ」
「こっちの気も知らないで。だったら浅川君が試せばいいじゃない」
「い、いや、そもそも既に僕は飲んであ」
「見え見えな嘘吐かないでよ」
言い詰められタジタジになる浅川君に、私は珍しいこともあるものだと感じた。
このままにしておくのも、良くないわね。
私は、彼が期待しているであろう展開に持っていくことにした。
「私がやるわ」
「ほ、堀北さん! いいのかい?」
「リーダーは綾小路君が代わりに務めるのだもの。これくらい任せて」
ざわつくクラスメイトたち。……一部色めきだっているように見えるのは気の所為かしら?
「じゃあじゃあ、私も!」
「櫛田さん……必要ないわ」
「保証人は多いほうが、みんなも安心できると思うよ」
「……好きにすれば」
他でもない女子からの立て続けの立候補に、篠原さんたちも分が悪くなってきたことを察しているらしい。そこにとどめを刺したのは意外な人だった。
「私もいい?」
「か、軽井沢さん!?」
「私は池君の言ってることは本当だと思うし。できるだけポイント節約したいから。最近カツカツなんだよね」
所謂女王様までこちらへ加勢したことで、その場の成り行きは決したようだ。何人か相変わらずチラチラと浅川君の方に快くない視線を送っているが。
「とはいえ、保証できるようになるまで水無しってわけにもいかない。だから今日か明日まで、不安な人の分は注文でいいと思う」
「それで誰からも不調の訴えがなければ、川の水を使ってくれる人は増える。浄水器も頼めば、もっと安心できるかも。……うん、そうしよう!」
最終的に浅川君の助言を受け、平田君が決断した。「そういうのは先に言いなよ」と愚痴る女子たち――無論その不満は全て平田君を通過し浅川君へ向けられている――だが、表に出してくる者はいない。
川辺に集まる人員に、浅川君が合流した。
「ありがとねみんな」
「らしくないわね、浅川君」
「何が?」
随分と侮られているのね。気付かないわけないでしょう。
「いつもは態々ヘイトを集めないように立ち回っているのに、今回は怠ったじゃない」
「――ああ、気付いてたの」
綾小路君にもそのきらいはあるが、大抵のことは平田君を通して全体への連絡が行われていた。四月に浅川君が言っていたことが思い起こされる。
しかし彼は一度、誤って自ら募集をかけようとした。だから反感の的となった。
「まあ、あれさ。僕って可愛いから」
「は?」
「あはは……巷で噂されてるくらいだもんね」
「そ、それは本当なの?」
「らしいよ」
衝撃の事実だった。嫉妬という線、強ち間違いではない?
「櫛田も惠も、ありがと」
「ううん。みんなのために、私にできることをしようと思っただけだから」
「おおぅ……君は本当に偉い子だねぇ」
どうせ涙の一滴も流れていないだろう目元を袖で拭う浅川君。……え、嘘。本当に少し潤んでいる。櫛田さんも妙に嬉しそうだ。
「あのさ、浅川君。あんまり下の名前で呼ばれたくないかな。私」
「え? あ、平田か。……じゃああだ名ってことでどう?」
「あだ名?」
「軽井沢の軽を取ってケイ。ん、逆に馴れ馴れしいか……」
「あー……やっぱいいや、何でも」
軽井沢さんとも存外砕けたやり取りをしている。浅川君には薄々社交性を感じていたけど、軽井沢さんまで友好的――ほどではないにしても、毛嫌いせず会話しようとするとは思わなかった。初対面のはずよね?
「さて、浄水器が届いたら僕らはじゃんじゃん使っていこう。でないと証明にならないからね」
何だか違和感の残る一幕に呆けている内に、十数人による自然仕立ての水分補給が行われた。
その、合間。
「ねえ鈴音」
「なに?」
「清隆、何か言ってた?」
唐突な問いに首を傾げる。
「リーダー名乗り出たらしいじゃん。態々君を差し置いて。どういう風の吹き回しかなと思って」
「……さあ、私にはわからないわ」
「……ふーん」
何故か真剣な表情で思案する浅川君。
「……君のはずだった」
「え?」
「リーダーは、君になるはずだったんだ」
どこか遠回しなセリフに、眉をひそめる。
私になる、はずだった?
「何を、言っているの?」
「鈴音。一つ忠告だ、清隆をよく視ておけ」
彼らしくない、圧の混じった助言だった。
「……私がまともに会話するのなんて勉強会のメンツくら」
「違う。観察とか見学とかじゃない。――監視しろ」
「――!」
「多分この試験は、君に懸かっている」
言い捨てて、そのまま去って行ってしまった。
どういうこと……?
浅川君にしか見えていないもの……彼は綾小路君のことについて何かを察しているのかもしれない。
とするとこういう時、彼が情報を曖昧にするパターンは三つだ。一つは自分自身のこと――言いたくない場合。二つは布石――言えない、言うべきでない場合。
そして、三つは、不確定――迷っている場合。
浅川君は綾小路君を、疑っている?
そして、それが本当だった時、首尾を左右する鍵は私。
何の根拠もないのに。彼の言葉はまるで予言めいた真を帯びていて、自然と体が強張る。
と、同時に。
もし。もし本当に綾小路君が何かをしようとしていたとして。私は彼をどうこうできるのだろうか。じんわりと広まる不安の苦味に、人知れず顔を顰めてしまった。
この先訪れる顛末から顧みると、このシーンはかなりな分岐点ですね。『オリ主が』盛大に選択をミスりました。
オリ主と軽井沢のやり取りが比較的温厚なのは①オリ主の人畜無害さ②軽井沢からオリ主への同情が大きいです。
番外編第一弾(題はナイショ)
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六月下旬(1章~暴力事件)
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七月下旬(期末テ⦅暴力事件⦆~三巻)
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八月中旬(四.五巻前後)
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夏休み以降の時系列がいい
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やらない