アンデルセンは笑っている   作:小千小掘

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※記憶があやふやなので一応連絡。
『遅延したブランチ』での綾小路と佐倉の会話をもしかしたら加筆していたかもしれません。本当にそうだったら結構大事な内容が付け加えられているのでご注意を。


逡巡のマイナーチェンジ

 じんじんと痛む頬を、そっと触れる。

 どうして自分がこんな目に。クラスの一員とはいえ、その貢献のために身体に文字通り鞭を打たなければならないのは、どうにも不条理だ。

 自分がこの場所――身内とは遠く離れた場所に腰を下ろしているのは、ある作戦のためであった。

 あくどい笑みを浮かべ王を自称する、ただの同級生からのお達しだ。

 そもそもここを誰かが通る保証もなかろうに。杜撰だと愚痴りたくなるが、ある程度のシミュレーションはしてある。何とかなるだろう。

 とはいえ、自分が拠点を離れたくなかったのには理由がある。一つは自分のことだが、もう一つはあるクラスメイトのことだった。

 初めからではない。ある時から急に話しかけてくるようになった。いつもみたいに適当にあしらっても滅気ずに関わってくるので、渋々折れたのがきっかけだった。

 ――好きなものは何ですか?

 ――私、本が大好きなんです。

 ――あなたもどうですか?

 宗教かと思った。

 すぐに失礼な考えは霧散したが、兎も角まともに会話するようになるまで、そこまで明るげな一面を持っているとは思わなかったのだ。

 だから一度、その意外さに触れたことがある。

 ――人と関わると、案外良いことがあるのだと知りまして。本そのものだけでなく、それを通して育まれるものにも気付いたんです。

 ――どうしてあなただったのか……。何となくですね。優しそうな人だったので。

 ――良かったです。同じクラスにも、あなたのような人がいて。

 相性が良かったのかと言われると、正直微妙だ。あの異様な環境だったからこそ、奇しくも二人の距離は縮まった。その一点においてのみ、僅かに、クラス分けに思い入れを見出だせるだろう。

 しかし、変化は突然訪れた。

 ――少しだけ……いえ、だいぶ悲しいことがありまして。

 短く答えたその瞳に、生気が欠けていたことにはすぐ気付いた。何があったのか聞いても、頑なに答えようとはしなかった。

 わかっている。すぐに思い当たらない時点で、自分の割り込める問題ではないことくらい。しかし縁を持った者として、やはり無視するわけにはいかなかった。

 もしかしたら、友と呼べるかもしれない。そう思い始めていた彼女が、酷く落ち込んでいるともあれば。

 一つだけ、取っ掛かりはある。

 自分に話しかけてくれたきっかけを聞いた時、嬉しそうに語る彼女は、ある名前を告げていた。後にも先にも、彼女の機微について知れたのはそれのみだった。

 磊落な少女が傷つくとしたら、その関係性についてかもしれない。

 ただ、今この時においては、追究以上に彼女自身が心配だった。慣れない環境、心の拠り所の一つである本を奪われた時間。より彼女に苦痛を与えるにはお誂え向きが過ぎる。

 自分の他にあと一人だけ彼女を支えられそうな()()()も、ずっと付き添ってくれるかは怪しいところだ。

 と、柄にもなく他人のことを憂いる自分に自嘲する。

 そして、良心と呼ぶには恥ずかしい、人情めいたものを芽生えさせたあの子の名前を。

 侘しい少女は、人知れずに呟いた。

 

「ひより……」

 

――――――――――――――――――――――――

「……」

「……」

「…………」

「…………」

「………………あの」

「何?」

「良い天気、ですね」

「そうね」

 

 沈黙。

 

「……」

「……」

「…………」

「…………」

「………………あの」

「何?」

「暑い、ですよね」

「そうね」

 

 沈黙。

 

「……」

「……」

「…………」

「…………」

「………………う、うぅ」

 

 隣で唸る佐倉さん。

 一体どうして、こんなことになってしまったのでしょうね。

 

 

 

 

 水の問題が解消され、テントやトイレの設営が終わり、私達は再び役割分担をすることとなった。

 具体的には、夜の明かりのための木枝集め。拠点待機。食料探索(危険度を測るのは難儀なため、これはダメ元だ)。そして、

 

「釣り竿まである……ということは、魚も捕れるのかな」

 

 平田君が悩ましげに言う。

 魚釣りはキャンプ以上に経験者がいた。身内の趣味に付き合う人もいるのだろう。山内君を含む男子複数が担うことになった。

 綾小路君は枝の採取に向かうらしい。彼のことだ、ひっそりスポットの検討をつける目的もあるのだろう。

 浅川君は、どこか行った。

 あてのない私は、大人しくベースキャンプに居座っている。大した知識も、根気強さもない。暗くなってきていることも考えると、無理に出るのは得策でない気がした。

 かといって話す相手もいない。悔しいことに唯一自ら話しかけてくれ――話そうと押しかけてくる櫛田さんは、人気者の宿命に明け暮れていた。

 ぼーっと、どこを眺めるでもなく視線を置く。

 すると、

 

「……」

 

 何かを、いや、私のことを恐れるように。

 慎重に近づこうとする佐倉さんの姿に気付いた。

 反応すべきかとも迷ったが、正直どうでもいいことだったので放置。用がないなら、勝手にいなくなるだろう。

 そう、思っていたのだけど。

 

「…………」

 

 結果、延々と続く沈黙である。

 

「……」

「……」

「…………」

「…………」

「………………あの」

「何?」

「会話、しません?」

「あなたの方から来たのに私に求めるの?」

「ひっ……そ、そうですよね。なんかすみません……」

 

 友達が相手でないとやはりこんなものなのね、この人。

 それにしても、生産性がないと知ってなぜここに居続けるのか。

 素直に応じているみたいで癪だが、私の方から聞いてみる。

 

「何しに来たの?」

 

 パアっと目を輝かせる。大袈裟よ。

 

「えっと、堀北さんと、お話してみたいなと思って」

「はあ。今?」

「今だからだと、思ったんです。こういう時くらいしか、機会がないから」

 

 そうだろうか。とも思ったが、自然に囲まれ、動く人たちの喧騒に紛れるこの空間は、好機と捉える者がいてもおかしくないかもしれない。

 しかし、そもそも話す内容がないのでは。

 

「し、試験大変そう、ですよね。堀北さんは何か考えがあるんですか?」

「特にないわ」

「そう、ですか。……で、でも、ここで頑張れば、ポイントたくさん増えるかもしれないんですよね?」

「その通りよ。もっとも、どれだけ戦えるかわかったものではないけど」

 

 半日の中で既に何度もいざこざが発生している。他のクラスも同じかと言われるとそれは否だろう。もっと協調性の発揮や、独裁で回避しているはずだ。

 

「浅川君と綾小路には、何か作戦とかあったりするんでしょうか」

「さあ。――信頼しているのね。二人のこと」

「はい。助けてもらったので」

 

 純真無垢とは彼女のことを言うのかしらね。二人が関わると表情が和らぐ、口調も緊張が解けている。

 

「すごく嬉しかったんです。殻に閉じこもっていた、何の能力もない私なんかを気にかけてくれたことが」

 

 私とは違い、少なくとも初めは、望んで人と関わらなくなったわけではないのだろう。嬉しい、という実直な感想が証拠だ。

 しかし、どうしてだろう。ふと、彼女の言葉が腑に落ちなかった。

 

「なんか。ではないわ」

「え? えっと……」

「ごめんなさい。グラビアアイドルの件、聞いてはいるの。他言はしないから安心してちょうだい」

 

 一瞬目を見開かせるが、すぐに納得してくれた。あの二人と近いから、というのが大きいのだろう。

 

「誰にでもできることではないことを頑張っている。それだけで、あなたには誇れる自分があると思うわ」

 

 特に考えずに言葉がでた。となれば、これは私の本心なのだろうか。

 誇れる自分。あまりアイドル業に明るくはないが、半ば仕事と言えるものに励んでいる佐倉さんは、立派なのだと思う。

 ペンとノートにしか向き合ってこなかった、私なんかよりは。

 

「そ、それを言うなら、堀北さんも凄いと思いますっ!」

「ぇ……」

 

 思わず隣を窺う。迫真な声に見合った真っ直ぐな瞳が見えた。

 自分の声量に驚いてしまったのか、続けてアワアワと動揺している。忙しい人。

 

「私は、何もできていないわ」

「そんなことないですっ。ほら、えぇっと、えっと……あ、勉強会とか!」

「それはあなたの好きな二人が陰で動いてくれたおかげよ」

 

 私だけだったら、勉強会は潰れたままだった。過去問という答えにたどり着くこともきっとできなかった。

 

「じ、じゃあ……須藤君の」

「綾小路君のおかげね」

 

 おまけに浅川君に救けられる始末。

 乾いた笑みが溢れる。ありがたいことね、自分の惨めな過程を次々と突きつけられる。

 

「別に他人の良いとこ見つけをする必要はないわ。大した取り柄のない人なんて五万と――」

「ち、違いますっ。だって……だって、堀北さんも私と同じだから!」

 

 しかし、なおも食らいつこうとする佐倉さんに、私はついに呆気にとられてしまった。

 

「同じ?」

「堀北さんだって頑張ってるじゃないですか。色んなことを変えようと必死になっていたじゃないですか。ちゃんとみんな、わかっていると思います」

 

 それを聞いて思い起こされたのは、病床で茶柱先生に掛けられた言葉だった。

 

『ゆっくりでいいんだ、堀北。お前は変わっているよ、善い方向に』

 

 私も、変わって……

 

「いえ、そこに意味はないもの。結局それで、何かが成せたわけじゃない」

 

 綾小路君はスクールライフを満喫する友人を得ることができた。赤点候補たちは着実に点数を伸ばし、須藤君は身勝手が周囲に及ぼす悪影響とその罪悪を痛感し改めた。佐倉さんはこうして、無愛想な私にも話しかける勇気を得た。

 私が得られたものは、何……?

 

「あるに決まってますっ」

「……!」

「頑張って、変わって、何もないなんて、そんな酷いことはイヤだから」

 

 駄々っ子のように反論する佐倉さん。ここまでの感情の吐露は、見たことがなかった。

 

「本当に何も変わらなかったんですか? 堀北さんが頑張らなくても、全部変わらなかったんですか? 私にはとても、そんな風には思えないんです」

 

 だって、と、彼女は告げた。

 

「浅川君も綾小路君も、堀北さんのことが大好きだから」

「は……」

「須藤君たちも、堀北さんのことを信じているから。わ、私には、わかるんです」

 

 唖然とする。

 みんなが、私を? なんで、どうして。彼らが私に信を置く理由なんてどこにもないのに。

 口にする前に、佐倉さんはその問いにも答えを示した。

 

「結果が出ないとか、役に立てなかったとか、あるかもしれないけど。みんなは多分、堀北さんが思っているより、堀北さんのことを見ているんです。き、きっとそうです……」

 

 考えたこともないことだった。

 元々私は、他人に好かれるような人じゃない。その自覚はあった。だから信頼されるためには――他人とのコミュニケーションとは別に――結果を出すしかないと、そう思うしかなかった。

 なのに、佐倉さんはその必要はないと言っている。私には実感の湧かない、未知の視点。

 ……そうだ。確かにあった。

 私が動かなければ、綾小路君も浅川君もクラスの戦いに乗り出さなかった。そうすれば勉強会は始まらなかったし、赤点候補を救えなかったかもしれない。

 忘れていた。きっかけは――始まりは、私も紛れもなく当事者だった。

 無様でも情けなくても、たしかに意味はあったんだ。

 

「…………そう、ね。少し、自分を虐めすぎていたのかもしれないわ――」

 

 私にも、何かを変えることができるのかしら。

 この試験は個人的に不利だ。しかし、それでも、何か一つくらいは。

 

「ありがとう。佐倉さん」

「そ、そんな、お礼なんて……でも、良かったです。堀北さん、元気なさそうだったから」

 

 まさか。見透かされていたらしい。浅川君が気に入るのも少しわかる。

 ――羨ましいわね。

 正直、あなたに慰められるとは思わなかった。助けてもらえるなんて。思わぬところで気力を分けてもらった。

 

「ふざけんな! 俺は反対だぜ」

 

 初めと比べ驚くほど和んでいた空気に、怒声が轟く。

 何事かと佐倉さんと二人、視線を向けると須藤君が平田君に詰め寄っているのが見えた。

 

「でも、これは流石に可哀想だよ!」

「そうよ! こんなところで怪我させられて独りぼっちなんて、私だったら堪えられない」

「だが今は試験なんだぞ! そんな甘いことを言っている場合じゃない」

 

 たまらず騒ぎの方へ駆けつけると、人集りの中心にいたのは、枝集めに行っていたはずの綾小路君たちと、

 

「どうかしている……! 拠点に敵を迎え入れるなんて」

 

 波乱を起こしかねない、新たな火種が持ち込まれた。

 

 

 

 

 

「酷い……女の子にこんな……」

 

 少女の怪我の状況を確認した平田が、深刻そうに呟く。

 

「……別に世話になるつもりはない。放っといてくれ」

「そういうわけにはいかないよ。ちょっと待ってて」

 

 彼は仲間を集め事情を話すが、予想通り統率を失ってしまったようだ。

 

「アイツ、本当にお人好しだな」

「いるんだよ。ああいう、『善い人』ってのも」

 

 綾小路はなまじ尊敬の眼差しで、クラスのリーダーを眺める。ただの善人より、善人であろうとする生き方の方が、ずっと難しいだろうから。

 

「それを言うなら、あんたも大概でしょ」

「そうか?」

「私をここに連れて行こうと言い出したのは他でもあんた。もしかして、何も考えてなかったの?」

「そ、そんなことはない。名前だって覚えてる。伊吹澪、だろ?」

「名前程度で得意気になられても困る……」

 

 なるほど、道化を演じるのも悪くないな。

 おちゃらけている時の浅川をイメージし、更に純真な間抜けという性質を添えれば、不出来な生徒の出来上がりだ。

 綾小路は池と沖谷を連れ立って焚火に使う小枝を集めていた。その道すがら、伊吹澪と名乗るこの少女がボロボロな身体を幹にもたれかかせているのを見つけたのだ。

 その時いくつか気になる点に気付いたが、特に言及はしなかった。ただ、それこそ綾小路が選択をする決め手だったと言える。

 真っ先に反対したのは沖谷だった。他クラスを陣地に踏み入らせる危険性とクラス内の不和が生まれる可能性は、至極真っ当な意見であったが、綾小路がすすんで連れてきた。

 

「見上げた漢だぜ、清隆」

 

 嬉しそうな声に振り向くと、彼の行動に賛成していた池の姿を認める。

 

「女の子があんな道端でくたびれてたら見過ごせないもんな。健の時といい、友達として誇らしいぜ!」

「お、おう。ありがと」

 

 純度100%の善意ではなかったため少しバツが悪い。羨望に近い感情を向けられ、返す言葉がない。

 

「でも大丈夫なの? もしかしたら、」

「スパイかも。って疑っているんだろ」

 

 一緒にやって来た沖谷の懸念を、伊吹自ら指摘する。

 

「他のクラスもそうだろうが、リーターの情報は厳戒態勢だ。お前が怪しい行動でも取らない限り大丈夫さ」

「ふん……。たとえあんたがリーダーだったとしてもか?」

 

 予想外の攻撃だった。綾小路にとっては屁でもないが、二人は反応していないだろうか。変に背後を窺うのも怪しまれてしまう。

 

「オイオイ、だったら尚更お前を避けるはずだろう」

「そう思わせるために敢えてそうしたのかもしれない」

 

 敵視、とまではいかないが、警戒心の強い目をこちらに向ける。

 

「まさか私が知らないとは思ってないよな? 綾小路清隆。うちのクラスじゃ一時期、あんたは一番の有名人だったよ」

「き、清隆のこと、知ってるのか?」

「まぁ、Cクラスともなればそうだよね……」

 

 須藤の暴行事件。Cクラスは初め勝利を疑っていなかっただろう。それが突然ひっくり返ったのだから、誰がやったかの話で持ち切りになるのは当然のことだ。

 案の定、警戒されているわけか。

 

「お前がどう考えるかは知ったこっちゃないが、オレはあくまで自分はリーダーじゃないって主張するだけだぞ」

「……わかってるよ」

 

 伊吹は再びそっぽを向いてしまった。

 それを一瞥した綾小路はなおも騒然とするクラスメイトたちを見つめ、違和感を覚えた。

 はぐれた際にすぐわかるよう、事前に誰が何をするかはある程度決めていた。山内たちは釣り竿を携え海辺へ、小野寺たちは木の実などの食糧を探索しに森奥へ。

 それらを差し引いても、幾分か人数が少ない。

 そしてその一人は、浅川だ。

 

「まさか……」

「伊吹さん。良かったら、コレ」

 

 思案していると、櫛田が顔を見せた。

 

「櫛田ちゃん! 大丈夫なの? 貴重な食糧だぜ?」

「さっき平田君が何とか収めてくれてね。試験である前に野生での生活なんだから、こういう時こそ助け合うべきだって」

「……平田君らしいね」

 

 沖谷が、こっそりとこちらを盗み見る。言いたいことは何となくわかった。

 

「だが、肝心なDクラスの分はどうする。見たところ、あまり十分な量とは言えないが」

「うーん……元々今夜はポイントで注文する予定だったから、こまめに探索にでて当てを探すしかないんじゃないかな」

 

 状況は良くない。の一言で片付くことだ。

 擬似的なサバイバルであることは皆受け入れつつあり、その点の不満が噴出することはないだろうが、蓄積はするだろう。綾小路はそう見通しをつけた。

 

「浅川君っ! だ、大丈夫かい!?」

 

 突然、平田の慌ててふためく声が轟く。

 咄嗟に振り向くと、息も絶え絶えな浅川の姿が目に留まった。

 

「ぜんぜ……ぜん、ぜん大丈夫。余裕すぎ……て、笑え、てくる……よ……」

「笑えないよ! ……何があったんだい」

 

 自ら冷静さを取り戻し、仔細を尋ねる。

 

「良いニュースと悪いニュースがある。どっちから聞きたい」

「え? えっと、じゃあ悪いニュースから」

「あっはは……君はやはり賢いね」

 

 少しばかり息を整え、浅川は衝撃の一言を発した。

 

「六助、リタイアした」

「ろくす……高円寺君のことかい? リタイアした……」

「「えええぇぇぇっ!?」」

 

 阿鼻叫喚が巻き起こる。

 

「次から次へと、何なんだよ!」

「ふざけるなっ、何を考えているんだアイツは!」

「信じらんない。私達こんなに苦労してるのに!」

 

 当然、高円寺に対する罵詈雑言が飛び交う。

 

「み、みんな落ち着いて! 浅川君、高円寺君は何か言ってた?」

「それは……」

 

 浅川は徐にに立ち上がり、一つ咳払いをして、

 

「『汚れた身体を野生に浸らせる私と、瀟洒な客船で豪勢なディナーを優雅に嗜む私。どちらの私が美しいか、火を見るよりも明らかさ。ハッハッハッハッハ!』」

 

 真に迫った演技に一同呆然とする。公の場で披露するのは初めてだったか。

 

「『そんな貴人たる私から、凡人の君達へささやかなプレゼントだ。スペシャルなサバイバルになることを祈っているよ』。だってさー」

 

 完全に沈黙した空間。ついさっきまでの喧騒が嘘のようだった。

 そこに一石を投じたのは平田だ。

 

「…………え、えっと。うん、そっか、元気そうなら良かったよ。――浅川君、一つ気になったんだけど、プレゼントっていうのは?」

「よくぞ聞いてくれた。それが良いニュースの方さー」

 

 とっくに呼吸が正常に戻っていた浅川はひとたび森の中へ入り、またすぐに現れた。

 けっこうな変化を伴って。

 

「こ、これは……!」

 

 平田は目を見開き、()()の元へ駆け寄る。

 

「ゼェ……ゼェ。さすがに、くたびれたぜ……」

「どうして俺がっ……こんなことに、巻き込まれなきゃいけないんだっ」

 

 浅川の後に続いて姿を見せたのは、須藤と三宅。

 そして三人に共通しているのは、背負っているデカブツだ。

 

「ぜーんぶあいつ。六助が食糧を掻き集めてくれた。ざっと見積もってリタイアの損失分、30ポイント分あるよ」

 

 これまた衝撃の事実だ。今まで一度もクラスに協力する姿勢を見せなかった彼が、ある種返済を自ら行ったと言うのだから。

 

「う、嘘でしょ!? これ全部?」

「なんだよあの野郎、やりゃあできんじゃねぇか!」

「ちょっ、須藤。お前何で上裸なんだよ!」

 

 いまだ驚嘆の色が強いクラスメイトたちだが、漏らす言葉は一転して好意的なものへと変わっている。一部例外はあるが。

 言うまでも無いが、それだけの量を独りで調達するのは、到底人間業ではない。地形の把握から食糧の配置の分析。運搬の労力や時間。全てにおいて高水準の働きが前提となる。

 それを、態々自分以外のためにやってのけたと言うのか、あの男は。

 それはクラス全員が見る目を一気に変えることである。

 良いニュースを後回しにしたかったのは、こういうことらしい。

 

「これだけあれば、確かに何回かの食費が浮く。リタイアした高円寺君の分の食糧を誰かに回せば、もっと抑えられそうだ。凄いな……」

「けど解せねえよ。何だってそれを俺らが運ばなきゃいけねぇんだ。良いとこまで持ってってくれてたんだから、自分でここまで持って来いよ……」

 

 いっそ感心している平田に、須藤がお門違いな文句を垂らす。浅川と三宅がジャージを風呂敷にして担いでいる一方、彼はもう一枚使って短パン一丁の状態で大量に運んでいた。

 虫刺されが酷そうだ。綾小路はそんな感想を抱く。

 

「浅川君たちは三人で高円寺と会いに行っていたのかい?」

「うん。あいつは立派に約束を果たしてくれたわけさ。Dクラスの問題児も、まだまだ捨てたもんじゃないだろう?」

 

 その言葉には皆、一斉に首を縦にふる。須藤と二大巨頭とまで目されていた厄介者がクラスに貢献した今、彼を咎める者などいない。キャンプ経験者として重宝される池と伯仲するほどの活躍をしたのだから。

 

「よし。みんな、聞いての通りだ。リタイアが出てしまったのは惜しいけど、それを帳消しにするくらいのものがもらえた。早速今日、高円寺君が調達してくれたものを調理して食べようと思うんだけど、いいかな?」

 

 反対意見など出るはずもない。

 こうして、目下の食糧問題は思わぬ展開によって解決した。

 その間。

 

「……」

 

 人知れず、どこか感慨の滲む表情をする浅川が気掛かりだった。

 

――――――――――――――――――――――――――

「照れ隠しとは。情けないものだね、君も……」

 

 きっと同じ夕焼けを見上げている。そう信じ、少年は呟いた。

 聞こえた彼なら、こう返すのだろう。

 

「皆は完璧な私だけを知ればいい――」

――――――――――――――――――――――――――

 

 昏い赤の空は、少し嫌だった。

 嫌いと断言するのも、苦手と評するのも適切には感じない。そう、何となく避けてしまうような、筆舌に尽くしがたい負の感覚だ。

 理由は単純。忌まわしい記憶が連想されるからだ。

 

「……私も、弱くなったものだね」

 

 ジリジリと照りつける曙光も、既にほとんど鳴りを潜めている。

 男の歩む先は、当然自分に相応しい――豪華客船。

 しかし、彼は真っ先に、最短でそこに帰ろうとはしなかった。意味のない遠回りで、今は独り浜辺を歩いている。

 怪しく揺蕩う水平線は、心を乱す芸術性だ。

 

「これで良かったのか。そんなことばかり過る。君のせいさ、全く」

 

 独り言ちる表情に倦厭の影はなく、口角はほんの少し緩んでいた。

 ふと立ち止まり、彼は――沈まゆく太陽と昇る月を、同時に視界に映した。

 

「今日も、世界は広く美しい。君もそう思うだろう――」

 

 儚げな背中は、それでも、辛気と(たが)い大きかった。

 




一度書いてみたかったんですよ。堀北&佐倉のこういうやり取り。やってみたかったんですよ。寧ろ佐倉が堀北を後押しする展開。
そういう若干なワガママと、ここで挟む会話はこの組み合わせが一番理に適っているという状況がマッチした結果です。よく読むとわかると思いますが、堀北の立ち直りはまだ精々50%行ってるかどうか程度です。が、そもそも上げるのが難しい状況の中なので大健闘ですね。

オイ高円寺君。何でちょっとツンデレみたいになってんのさ。
本作の彼はふてぶてしさがファッションのように錯覚されがちかと思いますが、あくまで『素のふてぶてしさに加えて烏合の衆に目を向ける鹿爪さも得ている』という追加要素に近いためご安心を。

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