アンデルセンは笑っている   作:小千小掘

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そういえば、番外編の話有耶無耶になっていましたね。結局、これも最長で2年ほどはやらないかなと。ただ、案が最多で3+1の4本あります(足し算表記になっているのは、特に気にしなくていいです)。相当先になると思いますがよろしくです。モチベ次第で唐突に始まった場合も、よろしくです。

その関係で、(悲しいですが)離れている読者も多いであろうことを踏まえ、今話から改めてアンケートをつくりました。目処がなかなか立たなければ、再びアンケートを取ると思います。やろうと決めた段階で、TOP3の時系列を前提に番外編を開始する予定です。


布石へのリコレクション(1)

 ふっと、何かに起こされたように目が開く。

 ぼんやりとした意識の中、あたりを見回すとまだ深夜だった。

 慣れない環境で寝付けないのだろう。そう思い再び目を閉じようとした。

 しかし、どうやら原因は別にあったことに気付く。

 話し声……?

 テントの外を動きがちなのは余所者の伊吹さんだ。やはりみんなの寝ている隙に、怪しい行動を取っている?

 とても寝起きとは思えない勢いで、私は慌てた外へ出た。

 

「……!」

 

 そこに見えたのは、三人の影。

 

「ほ、堀北さん!? びっくりした……」

「あなたたち、何をやっているの……?」

 

 綾小路君に浅川君、そして平田君までもが、こんな時間に起きている。

 

「簡単な話、監視さー。何とか交代であの子を見張れないかなと思ってね」

 

 浅川君が顎で指したのは当然伊吹さんだ。

 

「やっぱり良くないんじゃないか? いくら他クラスと言えど、女子を四六時中見続けるというのは少し……」

「そんなこと言って、リーダーバレたらどうすんのさ。君の責任になっちゃうぜ?」

 

 案に、リーダーの自覚を持てと言っているのかしら。正直どちらも極端だけど、私は浅川君の方に賛成だった。

 

「いずれにせよ、何かしらの予防線は張るべきなんじゃないかな。確かにここは開放的な空間だし、焚火が消えてる今なんかはかなり視界が悪い。対策なしに放置するのは楽観的過ぎるかもしれない」

「……意外ね。あなたのことだから、止める側につくと思っていたわ」

「だろうと思って、みんなが寝静まったタイミングを狙ったんだ」

 

 平田君は苦笑する。自分の立場を理解した上で、か。

 

「いいアイデアがあるわ。私が見張る」

「そんな。堀北さんに無理をさせるわけには」

「リスクヘッジも考えてのことよ」

 

 簡潔に私の意見を伝える。

 

「男子が見張って、伊吹さんがみんなにありもしないことを口にすれば、馬鹿みたいな疑念を植え付けられるでしょう」

 

 私のように不意に目を覚ます人がいるかもしれない。その人が見張っている男子の姿を偶然発見して、翌朝伊吹さんが襲われたなんて嘯けば、状況証拠の完成だ。

 

「いい案だね! さすがー。僕は鈴音に一票」

 

 ……そこまで煽てることでもないわよ。

 

「でも、毎晩堀北さんに起きててもらうのも……」

「なら、私の方で何人か信頼できる人を当たってみるわ。それでどう?」

「……そうか。他の人も頼ってくれるなら、やれそうかな」

 

 私が独りで背負い込むのを心配していたらしい。余計なお世話だ。

 

「これで、夜な夜なテントを出入りする人がいたらすぐわかるわけだ。不測の事態にも備えられるってわけさね」

「…………そうだな」

 

 浅川君とは対照的に、綾小路君はどこか浮かない表情だ。自分の意見が通らなかったことがよほど不服だったらしい。

 話の区切りとともに、男子三人はテントに戻っていく。

 ……さて。

 ああは言ったものの、任せるのは誰が適しているだろうか。

 私と交流のある相手……真っ先に浮かんだのは不本意ながら櫛田さんだが、信用しがたい。伊吹さんを見逃す以前に、自ずからリーダーを明かす危険性もある。

 なら……一つ遠縁。綾小路君と浅川君の知り合いに頼むのは。

 候補は、四、五人といったところね。

 

「終わったか、作戦会議は」

「……! ……起きていたの」

 

 虚を突かれた。背を向けて寝転がっていた伊吹さん、ずっと話を聞いていたようだ。

 

「棚からぼた餅でも貰えないかと思ったけど、気前が悪いなアンタら」

「……生憎景気も悪いのよ、私たち」

 

 私は彼女の方まで歩み寄り腰を下ろした。

 

「Cクラスは今回、どういう方針なのかしら」

「言うと思うか?」

「こっちはリスクを背負っているのだもの、割に合わないわ」

「お節介を注文した覚えはないんだけどな」

 

 堅物ね。理性的に説かないと納得できないなんて。

 

「クラスに反抗したから追い出されたのでしょう。それでいて庇うのは矛盾した行動よ。――まるで、本当はクラスに貢献しようとしているみたいね?」

「…………邪推するなら勝手にしろ。うちのクラスのリーダーが、反逆者に作戦を教えるお人好しだと本気で思うならな」

 

 なるほど、あくまで何も知らされていない構成員だと。

 ――笑わせるわ。

 

「白々しいわね。順序が逆よ。もし本当にその傷が歯向かったせいなのなら、必ずきっかけがあったはず。反乱分子を予め潰したいならとっとと追い出すだけで済む話だもの」

 

「……っ、それは……」初めて、彼女は言い淀んだ。

 伊吹さんの言い分だと、彼女を除け者にしてリーダーが立案した。しかし、だとすると伊吹さんが殴られたこと自体おかしい。

 理由もなく殴るような暴君が今まで教師陣から処罰を受けなかったとは思えないし、須藤君の事件を誘発した目的の狡猾さとも一致しない。

 

「だからここで全部隠そうとするのは、殴られたのはあなたちのいざこざではなく他クラスに同情を誘わるためで、あなたは今自分のクラスのために動いていることの証明になる。理解できた?」

 

 いつしか浅川君から言われたことが思い起こされる。

 私が退院してから暫く経ち、ようやく落ち着いてきたころのことだ。

 

――――――――――――――――――――――

 期末テストもとうに過ぎ、多忙の原因の諸々が完遂された。

 私はその立役者である浅川君に、尋ねたいことがあった。

 

「君が攫われた事件?」

「ええ。どうしてあなたは、私があの寮室に閉じ込められているってわかったの?」

 

 シンプルな質問だが、自分で推察するには難しいものだった。

 言葉を選んでいるのか知らないが、浅川君は暫しの思案のあと、答えた。

 

「……推理法というものは、各々に存在している。あり得ない可能性を排除する背理法。犯人、相手側に立つビューチェンジング。思考の目標を因果で切り替える発想の逆転。――僕が君を見つけた主な方法は二つ目だ」

 

 でも、と、どうやらもっと掘り下げてくれるらしい。

 

「どれも共通して求められるのは、『洞察力』と『想像力』だ」

「洞察、と想像……?」

 

「うーん、例えば」浅川君は私をまじまじと見つめて、「君は前の休日、お兄さんを部屋に招いていた。とかね」

 

「……! ど、どうしてわかったの?」

「簡単さ。金曜日のそわそわしていた姿を見れば、」

「は?」

「い、いや、…………本当なんだけど」

 

 冷や汗を浮かべながら続ける。

 

「月曜に切り揃えられていた爪と君の好きな相手を考慮すれば、余裕だ」

「安直過ぎない? 部屋に招いたこともわかるとは思えないけど」

「爪は先週の頭に切ったばかりだったろう、それも知ってる。今までそんなスパンで手入れしていたことはなかったから、敢えて身だしなみを整えていたことがわかるね。女子は細部にまでこだわるものだし」

 

 加えて、

 

「二人とも外出するような質じゃない。あの人に至っては人前で君と会おうともしないだろう。室内で楽しもうにも、カラオケで楽しめる子じゃないよね、君らは」

「……」

「そして極め付きに、君が持っているお弁当。いつもと趣きが違ったね。何だか人の目を気にしながら食べているようだったし、大方一緒に料理と食事をしていたんじゃないかな? その絆創膏も、緊張でドジッた時の焼跡を処置してもらったものだと考えられる。お守りのように無意識に撫でていたから――」

「もういいわ。やめてちょうだい。本当にやめて」

 

 彼はあっけらかんと笑う。腹立たしさと恥ずかしさで顔が赤くなっているのを感じる。

 

「とまあこんな感じで、想像力を働かせるための土台となるのが洞察だ。情報がなければ出発点も定まらない、けっこう大事よ」

「じゃあ、想像力は?」

 

「ひとえにそう言ってもまちまちなんだけどね」彼はノートを取り出し図で説明する。「想像については、頭にイメージするも良し、こうやって軽く立体的に描きだしてみるのも良し。さっきの例からもわかるけど、それが起こった現場をどれだけ想定、移入して思考できるかがキーになる」

 

「……難しい、わね」

「あっはは、時にないものを思い浮かべて見つけなきゃいけないからね、有形物を探す洞察より個人差はあるかも。そうだな、ついこの前、僕らが解決した事件はこっちのキャパが大きかったよ」

 

 クラスの枠に収まらない事案……規模が大きくなり自分の視界を超えてくれば、確かに想像を求められる領域は広くなるかもしれない。

 

「で、二つを君の事件に当てはめてみると――」

 

 それから、彼がどのように事件を解決したのかを聞いた。私の部屋で発見したもの、それをもとに『痕跡を残さない犯行』を想定したことなど。

 

「完全犯罪を仮定……私を見つけるだけなら物的証拠を追いかける必要はないということね、見事だわ」

「お褒めに預かり光栄ですっと。そうして、最終的にロジック構築が始まる。事実と事実を結びつけて、新たな事実や真実を見出す。複数の見解を照らし合わせて吟味する。問題ないなら次に進み、食い違いがあるなら別解を探す。地道な繰り返しさ」

 

 ロジック。確かに結論やそこまでの道筋を纏めるには不可欠よね。

 

「特に想像力は、ロジック構築中にも使うよ。これだとこの痕跡が残るのはおかしいとか、この人の行動が矛盾するとか。人の場合は、状況によっちゃ一貫性の欠如が寧ろ自然だって捉えなきゃならないケースもあることを、忘れちゃいけない」

「途方もないわね……」 

「そりゃそうさ。これが簡単に済むなら、今の警察は現場検証で万事解決できてるはずだし」

 

 何とか噛み砕きながら説明してくれた。私もどうにか理解が追いついた、かしら。

 

「世の中突拍子もない天才なら話は別だけど、大抵はこのプロセスにかかる時間の差さ。日頃意識しているだけでもだいぶ思考は早まると思うよ」

「……そうね」

 

 まずはできることからやっていこう。漫然と決意する。

 正直綾小路君と比べて、浅川君はものの教えが上手い。元々私達三人の中では最も社交的で受けごたえもはっきりしているから、それが原因かもしれない。勉強会の面々から先生と呼ばれることのある私より、余程教師らしい言動が多い。

 彼の言ったこと、忘れないようにしないと。

 少しでも、追いつけるように――。

 

――――――――――――――――――――――――――

 

「職質でもされてる気分だったぞ」

「されたことあるの?」

「ないけど」

 

 降参した伊吹さんは、与えて問題ない情報を選んでいるようだった。

 

「アイツ、龍園は、1日目のうちに全ポイントを使い切るって言い出したんだ」

「全ッ……300ポイントを?」

 

 首肯がかえる。

 

「今日お前らは何やってた?」

「ここでの生活で必要なもの、どれだけ注文するかの話し合い。スポットとベースキャンプの探索。食糧採取、とかかしら」

「多分アイツは、そんなお前らのことを鼻で笑うんだろうな。バーベキューやら海水浴やら、快適なバカンスをお楽しみだったはずだから」

 

 まさか……嘘、というわけでもないだろうが。

 

「そんなの認められないって思ったから、私は文句を言ったんだ。それが命取りだった」

「あなたの他に、反論はなかったの?」

「……まあな。逆らえなくてもしょうがないさ、わかるだろ?」

 

 それもそうか。

 

「私が知っているのはこれくらいだ」

「本当に?」

「ああ。もし他に何かあったとして、それは言うつもりのないことだ」

 

 これ以上は難しい、か。

 見切りをつけた私は、敷いてあったビニルの上に移り楽な姿勢を取った。

 これは本来簡易トイレに使われるものだが、それなりな面積と厚さがあったため、素足になったり腰を下ろしたりして休息する敷物として使うことになった(テントは中の蒸し暑さを嫌う人もいる)。現に伊吹さんもその上だ。

 茶柱先生も了承済み。環境汚染に該当する行為に及ばなければ、無制限というルールの適用内とのことだ。

 ……この案を提示したのも、浅川君だったわね。

 彼の言っていたことはある種王道な頭の使い方だと思うが、それを極めれば今回のような独特な案、ひいては綾小路君のような搦め手まで想像することができるようになる――実際浅川君が彼の理解者足り得るのはそういうことなのかも――としたら、けっこうな武器になりそうだ。

 

「アンタ、名前は?」

「……? 堀北鈴音よ」

「そうか。……覚えておく」

 

 これは……伊吹さんのお眼鏡にかなった、とは違うかしら。彼女達の王に知られるとしたら、大変嬉しくないわね。

 でも、それもまた一興かもしれない。

 私に気が回るほど、他のメンバーへの注意は疎かになる。浅川君や他の優秀なクラスメイトの存在を少しでも霞ませることに繋がるなら。

 睡眠が足りているわけではない。暇潰しできる本もない。

 なのにどこか、頭が働き続ける。恐らく寝落ちしてしまうような愚鈍は犯さないだろう。

 

 

 

 

「一つ聞いていいか?」

「なに?」

 

 寝息らしい音がしないなと思っていると、再び話しかけられる。

 

「あんたに聞いてもあんまり意味ないかもしれないけど――椎名ひよりと仲が良いやつに心当たりあるか?」

「椎名、ひより……?」

 

 Cクラスの生徒だろうか。

 

「ないわね。そもそも顔が広くないし」

「……そうか」

 

 望みのある綾小路君も浅川君も、その名前を出したことがない。そもそも彼らはあまり他クラスとのことを話さないのだ。

 

「まあそんなことだろうと思っていたよ」

「は? それどういう意味」

「友達いなさそうだなって思っただけだ」

「失礼ね。私にだって友人の一人や二人くらいいるわ。そういうあなたこそ、教室で突っ伏してうずくまってそうね」

「んなわけあるか。あんたよりマシだ」

「根拠もないくせによく言うわ。会話が下手なのね」

「そうやってすぐ揚げ足取りするやつはよく嫌われるんだよ」

 

 短い会話でよくわかった。

 この人とは、物凄く気が合わない。

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 試験二日目、午前。

 

 最初に顔を出したのは櫛田さんだった。

 

「堀北さん!? そんなところで何してるの?」

 

 誰が起きているかわからない。下手に素顔を見せる危険は冒さないようだ。

 私は昨夜の話を打ち明けた。

 

「なるほど……確かに、警戒するに超したことはないもんね。じゃあ、私も、」

「あなたに頼むつもりはないわ」

「えー! 何で?」

「自分が一番よくわかってるでしょう」

 

 むうと可愛らしく頬を膨らませている。話し辛いわね……二人きりの時の方がやりやすいまであるわ。

 

「ちゃんとした理由もある。あなたは誰よりもやれることが多い。下手に睡眠時間を削っていざという時に動けないんじゃ元も子もないわ」

「それは……うぅ、わかったよ」

 

 昨日の仕返しとばかりに言ってやると、どうやら反論の余地はないと認めたらしい。

 

「伊吹さんは……寝てるんだ」

「ええ。でも気を付けた方がいいわ。狸寝入りしている場合もある。昨夜はそうだった」

「堀北さんは、伊吹さんはスパイだと思うの?」

「当然ね。根拠もあるし、少なくとも監視しない道理はないわ」

 

 平田君まで疑っていることは明かさない。そこは彼自身の判断だし、櫛田さんが不和を招くために機を見てみんなに話す可能性がある。 

 

「あなたはどう思うの?」

「わ、私に聞くの?」

 

 じっと、彼女を見つめる。視線の交錯を終え、ため息の後、途端に距離を詰めてきた。

 

「そりゃ信じられるわけないだろ」

「その心は?」

「私が仲間外れにされたら、そもそもこんなツマンナイ島にいたくない。船に戻ってる」

 

 確かに。盲点だった。リタイアは自己判断なのだから、高円寺君のようにお構いなしに乗船すればいい。まして、クラスがポイントを残さないように方針が定まっているのだから、迷惑すらかからないとわかっているはずだ。

 

「ありがとう。それで確信できたわ、彼女はスパイね」

「やめてよ気持ち悪い、アンタに感謝されるとか蕁麻疹がでそう」

「あら、じゃあ逆に罵声を浴びせた方が満足かしら。そっちなら気持ち良い?」

「……まさか。私とアンタは水と油でしょ」

「油はあなたの方よね?」

 

 キッと睨む視線が突き刺さる。周りを気を付ける関係上、向こうも容易く暴れることができないのだろう。

 

「その捻くれようとねちっこさは油そのものじゃん。やっぱあんたとは話してるだけで萎える」

「なら離れればいいじゃない」

「できるならそうしてるに決まってる」

 

 やややつれた顔で、櫛田さんは踵を返す。

 

「……あのさ。さっきあんたが言ってたことなんだけど」

「どれかしら?」

「見張り役の件」

 

 そう言われても、どのセリフのことかわからない。

 次の言葉を待っていると、

 

「あれ――? おはよう、櫛田さん」

「あ、みーちゃん。おはよう!」

 

 さすがに目を剥いてしまった。一瞬で、まさしく別人に切り替わる器用さは、多分私には一生たどり着けない次元だ。

 

「早いね。よく眠れた?」

「うーん、どうだろう……。でも、動けるうちに頑張っときたいなって」

「別に無理しなくてもいいんだよ? 手伝おうとしてくれる気持ちはもちろん嬉しいだけど、それで何かあったら、みんな悲しんじゃうと思う」

「櫛田さん……ありがとう。でも本当に、今は大丈夫っ。今日も頑張ろうね」

「うん、何かあったらいつでも声かけてね」

 

 そうして、王さんは顔を洗いに行く。

 

「……良い子だと思わない?」

「そう、ね。佐倉さんたちとも仲良いようだけど、納得だわ」

「一之瀬さんとかは、気持ち悪いほど純粋な善人って感じだけど、ああいう自然体が親しみやすい子もいるんだよね。本当びっくりしちゃう」

 

 王さんの背中を眺める目が、何だか今までとは違うように見えた。

 

「綾小路君も浅川君も、やっぱりあの子やあんたみたいな子が好きなのかな……」

「……」

「ホント、残念だなあ」

「櫛田さん……あなたが欲しいのは、一体……」

 

 私の疑問を遮るように、櫛田さんは人差し指を口元で立てる。

 続いて、テントの方で大きく動きがあった。続々と生徒が出てき、中から段々と話し声も聞こえてきた。

 時間切れ、というわけね……。

 

「また話そっ、堀北さん!」

 

 不気味な満面の笑みを向け、櫛田さんはその言葉を残し去って行った。

 ……もしかすると、この試験の間、意外にも彼女と関わる機会は増えるのかもしれないわね。

 

 

 

「39人、全員いるな」

 

 高円寺君が抜けたDクラスは無事、初回に続き二度目の点呼も完了した。

 しかし、当の茶柱先生の表情は晴れない。その原因は明らかだった。

 

「……1名不在、にしてやろうか迷うところだがな」

「い、いやいや先生。バッチリ間に合ってる、ますって。ほら、ココにいるんだから!」

 

 酷く慌てて弁明する須藤君の背には、目が開いているのかもわからない浅川君が担がれていた。一応ぐっすりではないようだが、受けごたえははっきりしていない。

 そういえば彼、朝が早いだけでそれなりに長い睡眠が必要な人だったわね。

 

「……まだ慣れていない者もいるだろうからな。今回は多目に見るが、場合によっては今後然るべき処置を取るかもしれないことは覚えておけ」

 

 運の悪いことだ。おかげでまた、彼がクラスから目の敵にされる材料が生まれてしまった。

 それを早々に察したのか、すぐさま平田君が呼びかける。

 引き続き、森林と浜辺でそれぞれ食糧調達。加えて今日からは島内探索及びマップ作成と、役割分担は欠かせない。おまけに、料理班――昨晩即席で参加してくれた生徒が中心だ――もローテーション込みである程度決めた。

 途中、私が伊吹さんから手に入れた情報も伝えておいた。

 

「豪遊するのも自由、ということか……。堀北さん、このことは他のみんなに……」

「言うわけ無いわ」

 

 混乱を招く恐れ、自分たちとの境遇の差への不満等、懸念要素が多すぎる。昨夜の男子三人に留めておいた。

 

「どうする? 偵察にでも行くか?」

「……そうだね。島やスポットの探索がてら、余裕があればお願いしてもいいかな?」

 

 Cクラスの方には綾小路君が行ってくらるらし「堀北さん、彼のこと、お願いしてもいいかい?」

  

「は? 何で私が」

「独りじゃ何があるかわからない。これに限らず、基本はツーマンセル以上ではいてもらうよ」

 

 真っ当な理由だった。この男に当てはまるかはわからないが。

 

「浅川君は……無理そうだね」

 

 苦笑する平田君に視線を沿うと、ぐでーと倒れ込む浅川君の姿が見える。

 

「浅川君には、調子次第で午後から動いてもらうことにするよ。偵察、頑張ってね」

 

 平田君の爽やかな笑顔に見送られ、私達二人は行動を開始した。

 

―――――――――――――――――――――――――――――

 

「なあ、どうすんだコレ?」

 

 困り果てた須藤が、傍らの友人たちに訊く。

 

「こりゃ相当疲れてるわ。無理に起こしても悪いよな」

「洋介もああ言ってたし、放っとこうぜ」

 

 昨夜どんな会合があったか、露にも知らない彼らは、浅川の気持ち良さげに熟睡する様子を見守っていた。

 そんな中、沖谷が口を開く。

 

「こうして見てると、浅川君って、お姫様みたいだよね」

「眠り姫ってか? ……まあ、言いたいことはわかるかも」

 

 池が同意する。

 そういう話を気安くするのがさすがに憚られたため、皆揃って控えていたが、浅川の容姿は沖谷に匹敵するかそれ以上の可憐さだった。

 やはり髪の長さがより男性的な印象を薄めているのは瞭然だが、顔のパーツも総じて女性的で、周囲も彼を見下すような先入観を持たなければ大層気に入っていたはずだ。

 

「俺も、もしコイツが男だってわかってなかったら危なかったわ。制服着てて助かったぜ」

「ったくお前。だから俺ら、真っ先にお前に釘さしたんだよ」

 

 須藤が呆れた顔で山内に言う。

 まだ三馬鹿だけのコミュニティだった頃、山内も勿論彼の美貌を眼中に収めていた。

 

「兎に角、今はそっとしておこう。きっと今頃良い夢を見ていると思うから」

 

 穏やかな声音で、沖谷は言った。それを皮切りに各々今日の役割へと向かっていく。

 独り残された浅川の表情は、確かに柔らかく――蕩けていた。

 

番外編時系列投票ver2

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