アンデルセンは笑っている   作:小千小掘

115 / 129
状況が違う故のすれ違いって、読んでる分にはモヤモヤするけど描いてる分には楽しいですね。

今回ちょっと長め。


邂逅せしロード

 人目のないことを確認していると、時機良く相手も顔を見せた。

 

「態々試験開始直後に呼び出して、何の用だ?」

 

 葛城は、至極当然な疑問を投げかける。

 

「そう急ぐなよ。俺としては、今回お前らとは仲良くやっていきたいんだぜ?」

 

 胡散臭い薄ら笑いを浮かべる少年は、一枚の用紙を取り出した。

 

「俺と取引をしろ。葛城」

 

 受け取った葛城は、慎重に文面を読み砕く。

①本試験において、CクラスはAクラスに対し、200ポイント相当の物資を購入して譲渡する。

②CクラスはBクラスとDクラスの内、手に入れられたリーダー情報をAクラスへ伝える。

③Cクラスが①②を達成した場合、本試験に参加したAクラスの全生徒はCクラスに毎月2万プライベートポイントを譲渡する。これは本校卒業まで継続するものとする。

④本契約書に署名した者は、本契約内容に同意したものとし、反故にしたクラスは両クラスの教師を交えた話し合いのもと、相応の処置を与えることとする。

 

「Aクラスの派閥争いについては聞き及んでいる。現状坂柳派との勢力図は拮抗そのもの。坂柳本人が欠席の今が、流れを引き寄せる絶好のチャンスだと思うが?」

 

 少年の言う通り、最初の試練であった中間テストにおいて二つの派閥はほぼ同等の成果を叩き出した。どちらが優勢かと聞かれて、明言できる生徒はいないだろう。

 しかし、

 

「いや、違うか。生徒会に門前払いされた事実がある分、お前に若干の猜疑心を抱えているやつがいるだろうな」

 

 入学後間もなくのことだ。堀北生徒会長に真っ向から生徒会立候補を跳ね除けられてしまい、一時期Aクラス内で話題になっていた。他クラスにも広まっていたらしい。確か一之瀬というBクラスの生徒も同じ目に遭ったとか。

 そんなわけで、葛城には確かに、ここで疑いようのない実績が必要だった。

 目の前の、いっとき学校中を騒がせる事件を起こした張本人(であろう者)と、悪魔の取引をするか否か、迷うところだ。

 堅実にいくのもいいが、攻め手に欠けるわけにもいかない。

 拠点とする予定の洞窟には隠匿性がある。守りは十分とするなら、リーダー当ての手段は確保しておくべきかもしれない。

 とはいえ、契約書にある一つの項目が気になった。

 

「3つ目の項目についてだが、緩和してもらえないだろうか」

「……例えば?」

「譲渡を行う生徒を葛城派に限定する、あるいは、ポイント自体を減らすなどだ」

 

 分裂しているとはいえ、クラスポイントという制度の性格上、Aクラスの財産として一括りにしてもいいはずだ。せめて自分の配下とは言い難い坂柳派の生徒に、損失を担がせるのは酷だろう。

 

「……ダメだ。それはできない。リーダーを探る俺たちには大きなリスクがある。割に合わねえ」

「ならばこの話は無しだ。2つ目の項目をB、Dのどちらかではなく両方とするでもいい。この条件のままで呑むことはできない」

 

 正直、まだ自分は未熟なのだと思う。

 彼が安直な策に出るかは疑わいものの、一体どんな思惑が隠れているかまでは見抜けない。

 しかし、見抜けないなら見抜けないなりなやり方をするしかない。できる限り、リスクヘッジは行っておく。

 恢恢とした守備には、容赦なく悪意は侵食する。そう戒めているのだ。

 

「…………しょうがねえな。いいぜ、お前の意地に免じて聞いてやるよ。半額の1万でどうだ?」

 

 半額……かなりな譲歩に思えるが、どうだろうか。しかと吟味する。

 長考の末、葛城はついに答えを出した。

 

「――」

 

 口を開いた、その時。

 予想外の、変化が起こった。

 

――――――――――――――――――――――――――――

 目の前には、実にバカンスな光景が広がっていた。

 衛生的な設備は当然のこと。私が最初にあり得ないと称したバーベキュー器具や旺盛な飲食料、スナック菓子。沖合にまで目を凝らすと、派手な音を立てて水しぶきを飛ばす水上バイクの機影が確認できた。

 

「予め聞いていたとはいえ、驚きを隠せないわね……」

「そうか? 折角の無人島生活を楽しみたいって気持ちはわかるぞ」

「あなたのような無神け……図太い性格している人ばかりじゃないのよ」

 

 遺憾だとばかりに目を剥く綾小路君に嘆息が溢れる。しっかりしなさいよ、あなたリーダーでしょう。今や名実ともに。

 顔を出すと、最初にこちらに気付いたのは一人の男子生徒だった。彼は傍らのチェアーに体を預けている誰かに声をかけ、短い会話の後駆け寄ってきた。

 

「あ、あの……龍園さんが呼んでいます……」

 

 龍園……Cクラスの王とか痛いことをほざいている男ね。

 綾小路君と頷き合い、案内された通りに進む。

 すぐに、件の男が見えてくる。緊張感のない柄をしたパラソルの下で、呑気に鬱陶しい長髪を垂らしていた。

 

「思っていたより早いご到着だな、Dクラス」

「あなたが、龍園?」

「礼儀ってもんがなってねえぞ。名乗らせるなら名乗ってからだろ」

 

 出会い頭に正論を喰らってしまった。こればかりは彼の言う通りね。

 

「堀北鈴音よ。こっちは」

「綾小路清隆、だな」

「お、おお。知ってるのか」

 

 形式を大事にしようとしたがやはり不要だったらしい。作戦勝ちをもたらした表の功労者なのだから当然だ。

 ……なのに、名前を覚えてもらってどこか嬉しそうなこの人は、やはり肝が座っているわね。

 

「先月の審議の件、まずは見事だったと言わせてもらおう。正直あれは凌がれると思っていなかった」

「運が良かっただけだ。情報が出揃っただけに過ぎない」

「ハッ、惚ける気かよ。こっちは全部聞いてんだ。――お前らはあの時、審議に勝てるだけの証拠は集められなかった。そうだろ?」

 

 綾小路君は正攻法とは言えない盤外戦術で、Cクラスの訴えを取り下げさせた。真っ当に審議が行われていたら、須藤君は何らかの処罰を免れなかっただろう。

 

「お前は、オレが何をしたのか全部お見通しだって言うのか?」

「大方はな。ただ、一つだけ不確かなのはお前が最後の切り札を手に入れた経路だ」

「経路? オレが自力で手に入れたとは思わないのか?」

「思わないな。あの時部屋の外には部下を配置していた」

 

 ある程度の密閉性まで保証されている空間を、その状況で綾小路君が観察できたわけがない。

 そして、

 

「部屋の中の様子を知っていたやつは独りしかいねえ。――浅川恭介。単身乗り込んできた腰抜け野郎が一瞬、悍馬に化けたってわけだ」

「いいや。オレはあいつからは何も教えてもらっていない」

 

 私が聞いているのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけ。

 それを隠したということは……浅川君の能力を露呈させないため?

 

「ああそうだろうな。お前はそう答えるしかない。だが俺は確信している」

「何故だ? 聞いたところによると、あらゆるデータを検証しても暴露の証拠は出なかったらしいが」

「ああ。監視カメラも、ヤツの通話やメールの履歴も全て確認したが、お前との接触は見られなかった。――()()()()()()()()()()。まるで、接触を指摘する余地を残さないようにしていたみたいじゃねえか」

 

 二人は事件が明るみになる直前まで平生に違わず一緒だった。それがぱたりと途絶えたことを疑っているようだ。

 しかし、そこは綾小路君たちが一枚上手ね。疑いは疑いでしかない。

 

「なら最後の難問だ。あいつはオレにどうやって情報を提供した? あの状況を覆せるだけの情報を」

「……残念ながら、そこまでは掴めていない」

 

 これは、浅川君の演技力が効いているのだろう。

 龍園君の「腰抜け野郎」という断言。綾小路君から事前に聞き及んでいた評価と昨日この目で垣間見た浅川君の技量を考慮すれば、龍園君が「浅川君が最適な情報のみを密告した」可能性を信じきれない。きっと今も、多大な目撃証言や体験談をどの隙をついて共有したのかを考えているに違いない。

 そう思いふと綾小路君の方を見ると、意外なことに難しい表情をしていた。

 

「…………()()()()()()

「何?」

「一連の攻防で知恵を絞ったのは、やはりお前だけじゃないな」

 

 私も、向かい合う彼も、動揺を見せる。

 

「答えろ。Cクラスの参謀は誰だ」

「……ククッ。クッハハ! 流石だぜ綾小路、お前はやっぱ只者じゃねえ。ますます気に入った」

 

 その不気味な高笑いは、暗に優秀な幹部の存在を認めるものだった。

 この男の他に、高い知力を備えた人間がいる……? 綾小路君を一度出し抜いた人間が。

 

「悪いが質問で返させてもらうぜ。誰だと思う?」

「知る由もないな。Cクラスの知り合いはいない」

「ほう。じゃあお前は、ひよりのことも他人だと言い張る気か」

 

「ひより……?」つい聞いたばかりの名が突然飛び、思わず反応してしまった。「ひよりって、椎名ひより。さんのこと?」

 

「あ? ……なんだ、コイツには隠していたのか」

「別に、必要があったら話していたさ。――そうだな、椎名は確かに友人だ。だが、彼女が知恵を貸していた可能性はゼロだ」

「根拠は?」

「ここで答えるつもりはない。ハッタリだと思われても支障はないしな」

 

 龍園君は白い歯を見せて笑う。

 

「安心したぜ。どうやらお前は只者じゃないが、人間離れはしていないようだ。誰にも悟らせねえよ、うちの懐刀の手の内は」

「……そうか。なら期待はしないでおこう。自分で探す」

 

 目に見えない火花がちりちりと、二人の間に起こったように見えた。

 その空気に、どうしても気後れしてしまう自分がいる。

 

「もうここに用はない、帰らせてもらうぞ」

「オイオイ釣れねえな。バカンスのおすそわけをしてやると言っただろう。好きなだけ楽しんで行っていいんだぜ」

「…………興味ないね」

「嘘丸出しじゃない。あからさまに目移りして」

 

 海原と肉野菜を名残惜しげに見つめているのがバレバレよ。

 

「そもそも、おすそわけなんてあなた一度も言わなかったでしょう」

「遣いのやつから聞いていないのか?」

「遣い? 私達は自力でここを聞き出しただけよ」

 

「自力で? ……なるほどな」龍園君はわずかに訝しげな顔をしたあと、「お前の手腕か?」

 

「ええ。伊吹澪さん。素直なところもあるのに、あなたたちとは反りが合わないようね」

「伊吹はお前らが拾ったのか。――支配者に噛みつく部下を置いとく理由なんざねえよ。てっきり途方に暮れてリタイアしたかと思っていたんだがな」

「無理もない謀反ね。初日でポイントを使い切ろうとするリーダーに付いていくなんて馬鹿げているわ」

 

 敢えて挑発するように言ってやると、これまた愉快そうに鼻を鳴らす。

 

「俺たちは自由にやるだけだ。気に入らないか?」

「当然よ。私は怠慢が嫌いなの」

「ククッ、面白ぇ。お前の名前も覚えといてやるよ、堀北」

「即刻忘れてもらえると助かるわ」

「ここまで張り合ってそれはないぜ。ツンデレか?」

「……ッ!」

 

 まさかこの男からその単語を聞くことになるとは思わなかった。綾小路君と浅川君たちだけで十分よ……!

 

「クハハッ! 一番怖い顔してるぞ」

「綾小路君帰りましょう」

「くははっ――うぐぼぁ!」

 

 埒が明かないわ。

 

「邪魔したわね。もう二度とこの島では会わないのでしょうけど」

「さすがに聡いな。全員リタイアはお見通しってか?」

「……残りのバカンスを、満喫するといいわ」

 

 私は悶える綾小路君を引きずりながら、Cクラスの豪遊から身を離す。

 

「――一つ忘れていたわ」

「何だ?」

「私達は、名乗ったわよ?」

 

 振り返ると、気味の悪い笑みと目があった。

 

「龍園翔。嫌いなものは努力、好きなものはお前らみたいなやつさ」

 

 

 

 

 暫く、人目から遠ざかったところで、私達は足を止める。

 

「痛てて……ちょっとふざけたらすぐこれだ! 打ち所悪かったらどうすんだよ……」

「私にその程度の調節ができないとでも?」

「くっ……オレの体のこと、たくさん知られ――たうわっ! 何でだよ!」

 

 付き合うだけ無駄だ。私はとっとと本題に入る。

 

「教えなさい。あなたの考えを」

「――何のことだ?」

「Cクラスは、龍園君は何を考えているの?」

 

 安易に人を見くびる真似はしない。以前の事件のことを顧みても、彼が脳死でポイントを捨てているとは考えにくかった。

 

「ただ遊びたかっただけ、とは思わないんだな」

「ええ。……でも、その先は確信が持てない」

「対戦相手の胸の内なんて、大概が確信を持てないものさ。まずは言ってみろ」

 

 ……それもそうね。

 

「リーダー当て。それ以外に、切り捨てたポイントを挽回する術はないわ」

「具体的には?」

「……彼は伊吹さんをスパイとして送り込んだ。だけでは不十分なの?」

 

「大まかにはそれでいい」綾小路君は一切表情を変えない。「ただ、それに付随する問題を疎かにすべきじゃない」

 

「付随する?」

「もし伊吹がスパイだとしたら、試験の最後、誰が他クラスのリーダーを指摘する?」

「……伊吹さんに、なるんじゃないかしら」

「それが正解なら、龍園はただの間抜けだぞ」

 

 ……確かにその通りだ。

 

「リーダー当てをするには誰かが島に残らなきゃならない。その上で、他クラスに選択肢を絞らせてはならない。本当に伊吹だけを残してしまえば、その条件は満たされない」

 

 綾小路君がAクラスのリーダーに目星をつけた時、そこにいたのは二人だったらしい。それでも彼は自信を持って正解を導いたのだから、その見解には説得力がある。

 

「つまり、彼女の他に島に残る人間がいるということ?」

「真っ先に浮かぶ可能性は龍園だ。Cクラスの統率力はアイツに偏っているからな。あるいは、別のクラスにもスパイを潜らせているのなら話は変わってくる」

 

 そもそも、スパイという任務は一定以上信用していなければ与えないだろう。

 

「オレとしては、両方行っている可能性が高い。あいつの側にあったテーブルの上を見たか?」

「テーブルの上……ちょっと待って」

 

 思い出せ。確かあそこには……

 

「……無線機が二つ。他とは異質な代物だったわ」

 

 綾小路君はにわかに顔を綻ばせる。

 

「バカンスに直結しないそれは、恐らくスパイとの連絡手段だ。龍園が残らないのなら、態々進捗を逐一報告する必要はない。スパイ作戦は途中で方針変更をすることが難しいからな」

 

 と、なると、

 

「じゃあ、龍園君がリーダー?」

 

 得たリーダー情報を龍園君に集める合理的な理由はそれしかない。よくよく考えれば、もしD以外のクラスにスパイがいて、その誰かがリーダーだったとして、スパイどうしでリーダーの情報を共有できない。

 

「あくまで推測だ。どうやらDクラスは元々招かれるべき客だったようだし、無線機を態と見せることで誘導しようとしている可能性も捨てきれない」 

 

 挨拶程度の顔出しだけでここまで思考が延びるなんて……。結論は定まっていないとはいえ、私独りではできない芸当だった。

 

「知っておきたいのは、他クラスの状況。スパイが潜り込んでいるのか。ということかしら」

「偵察ついでにそれを確認するのもいいかもな」

 

 まだBクラスの生徒とは一度も会っていないため、拠点の位置がわからない。一度ベースキャンプに戻るのもありだけど……。

 

「Aクラスを探ってみましょう」

「…………オレも気になる。行ってみるか」

 

 やはり今回の彼は、珍しく積極的だ。そう思う度、浅川君の言葉が過る。

 これも全て、何らかの目的のためだと言うの?

 

――――――――――――――――――――――――――――

 堀北と並んで進む綾小路。

 彼にはまだ、共有していないことがいくつかあった。

 そのほとんどが、しても特に意味はなかったり、ただ面倒なだけだったりするのだが。

 例えばポイントの確保手段。

 リーダー当て以外にも、ボーナスポイントの獲得は可能だ。あれは「試験後の加算」だと茶柱は言っていた。自分たちが龍園と会話していたその時にも、万が一龍園以外がリーダーだった場合ボーナスポイントを稼がれていたかもしれない。

 そして、Cクラスのバカンスの模様。

 龍園の「全ポイントを消費した」という話を、()()()()()()()()()()()()()()

 300というポイントと実際に置かれていた物品が釣り合っていないと、あの時間で気付いたからだ。

 可能性は二つ。

 一つは、他クラスへの譲渡。ポイント譲渡の可否は規定されていないが、最悪Cクラスが注文したものを相手クラスに横流しすれば問題ない。

 しかしそんなことをするのには、相応のメリットが必要であり、契約が要る。そこで思考は行き詰まる。

 C()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 となると二つ目の可能性、「あくまで保険として温存している」に賭けるしかない。

 攻撃的な龍園の発案かは疑わしいが、彼の他に知力が存在しているという確信がある以上、その状況はありえなくはなかった。

 ――さすがに、言うだけのことはあるな。

 情報は伏せられている。これ以上の考察は無意味だ。

 彼らの足は、北の洞窟へと向かっていく。

――――――――――――――――――――――――――――

 

「中の様子は見えないわね……」

「葛城は堅実な男らしいからな」

 

 入口を覆う暗幕を前にして、私達は立ち往生していた。

 綾小路君曰く、昨日見つけた時にこんなものはなかったらしく、やはりここがAクラスのベースキャンプだろうという結論になった。

 

「どうするんだ?」

「何もせず帰るのは面白くないわね。……」

 

 思案してすぐに浮かぶ策は安っぽい強行突破だ。ルール上、それを指摘されたところでペナルティはない。しかし、それでは旨味がないのも事実。追い出されでもしたら、二度と近寄ることができなくなる危険性がある。

 一度きりの試みで何かが得られるかはわからない。なら、他にもっと効率的な選択はないかしら。

 ……こういう時は。

 

「お、おい。どこ行くつもりだ?」

 

 綾小路君の疑問をよそに、私は迂回し山の裏側へと回る。

 ……小屋が見えてきた。近くには梯子があり、どうやら頂上にまで繋がっているようだ。

 

「こんなところがあったんだな。穴場ってやつか」

 

 確かに、洞窟を囲むようにして広がる森林に隠れていて、この場所は発見しづらい。立地的に、それこそこのあたりを拠点とするAクラスくらいしか目に留めることができなかっただろう。

 

「あそこ、人がいるな」

 

 綾小路君の言う通り、梯子の袂には門番のように構える二人の生徒の姿があった。無理に踏み込めばすぐにバレてしまう。 

 一通りの『洞察』を終え、私は『想像』する。

 私が、Aクラスだったら……。私が他クラスから隠したいことがあったら……。

 

「こうしましょう」

 

 ようやく一つの答えがでた。

 私の指示に、綾小路君は嫌な顔せずうなずく。

 私は踵を返し、再び洞窟の入口に戻る。

 ……誰もいないことを確認し、暗幕を潜る。

 数メートル先に、見覚えのある装置が見えた。

 

「Aクラスが占有、か……」

「おい! お前、何をしている」

 

 予想通り、威圧するような声で呼ばれた。

 

「勝手に侵入するんじゃない。ここはAクラスの占有しているスポットだ」

「偵察に来ただけよ。侵入すること自体はペナルティの対象じゃないわ。荒らしたわけでもないのだし、訴えられる覚えはないわよ」

 

 用意していた反論を述べると、相手は口ごもる。あら、ひとえにAクラスといっても、この程度の人間もいるのね。

 

「弥彦。今は客人を招く許可は出していないぞ」

「か、葛城さんっ。すみません……」

 

 洞窟の奥から、スキンヘッドの大柄な男が現れた。この人が、二枚岩になっているAクラスの、片翼……。

 わずかな怯みも表に出さず、私は口を開く。

 

「Dクラスの者よ。中を確認させてもらうわ」

「Dクラスだと? ……断る。ここはAクラスが占有している」

「二度は言いたくないのだけど。ルール上認められている権利にいちゃもんをつけられる道理はない」

「マニュアルに限ればそうだろう。しかし、一つのスポットを一つのクラスが占有し、他クラスからの干渉を防ぐ。というのは暗黙の了解であるはずだ。現にお前たちも、占有したスポットを独占しているだろう」

 

 さすがに簡単には認めないわね。でも、

 

「暗黙の了解? 笑わせるわ、あなたの勝手な解釈に合わせるつもりはない。私にとっての暗黙の了解は、『グレーラインは基準を設けた学校側の責任であり、処罰の対象とはならない』よ。それに、別にあなたたちがDクラスのベースキャンプに来ようと私達は歓迎するわ。こんなところで臆病になってなきゃ、すぐにでもわかることだけど?」

「ふん……挑発したところで無駄だ。俺たちは貴様をこの先へ通すつもりはない。尺度を合わせて言うなら、これもルール上禁止された行為ではないはずだ」

 

 平行線、というわけね。

 まあいいわ。そろそろ十分でしょう。

 

「なら私達も、あなたたちの来訪の際には然るべき対応をさせてもらうわ」

「好きなだけ邪険にするといい」

「……そう」

 

 弁舌戦を終え、外に出ようとする。

 

「待て」

「……?」

「これだけは言っておく。俺たちは敵である前にしがない高校生だ。状況によっては、闇雲に敵対はしない」

 

 今一つ要領を得ない。さっきの言い合いをやり過ぎだったとでも思っているの?

 私は訝しげな顔をするだけで、特に何も言い返さずその場を後にした。

 

 

 

 元いた茂みで待っていると、やがて綾小路君が戻ってくる。

 

「どうだった?」

「やっぱりスポットだった。Aクラスが占有して数時間経っていたぞ」

 

 私が正面から突入して粘っていれば、嫌でもクラスの長がやってくる。すると他の生徒の関心も自然にこちらへ向く。

 そうして裏口が手薄になった隙に、綾小路君に踏み込んでもらう。というのが今回の作戦だった。

 隠したいことがあるとき、私なら一刻も早く侵入者を追い出そうとする。想像力を働かせた結果だ。

 

「お前のおかげで大層入りやすかったな」

「小屋の中まで行けたのね。何か見つけた?」

 

 スポットには何らかの恩恵があるケースがある。小屋なんてあからさまな場所なのだから、きっとわかりやすいメリットがあるはず。

 

「釣り竿があった。注文するものと大差ない性能で、先端の濡れ具合からちゃんと使っていることも確認できた」

 

 釣り竿、精々一桁分のポイントとはいえ、水辺の近隣であることも踏まえると便利なものね。

 

「余裕があったから周辺の探索もしてみたが、わりとスポットが密集していて驚いたぞ」

「それは……随分と都合のいい場所を手に入れたのね」

 

 やはり本命を綾小路君に任せたのは正解だった。正論ばかり返しがちな私が時間稼ぎ、体力も洞察力にも優れているであろう綾小路君を探索に回した効果は、あったかしらね。

 

「これ以上は高望みでしょう。帰るわよ」

「待て。Bはどうする?」

 

 あと一クラス、偵察を終えていない。

 

「どうしようもないわ。当てがないもの」

 

 私達のように、Bクラスの方からDクラスに接触している可能性もある。平田君あたりが何か情報を得ていることを期待しよう。

 

「無人島にいる間は二食だしな。目的もなくエネルギーを消費するのは得策じゃないか」

「そういうことよ。――あなたまた……」

 

 振り向くと、懲りずにスポット占有をする綾小路君。

 私との往路だけでなく、これまでの探索でも――時に同伴者に隠してもらいながら――道すがらスポット占有を行っていたらしい。

 

「別にいいだろ。人目はない」

「わからないでしょう」

「信用できないか?」

「…………いつからそんなズルい男になったんだか」

 

 正直、彼が並みの生徒の視線に気付けない場面を想像できない。……私が攫われた件も、大袈裟なくらい反省していたみたいだし。

 

「お前が意固地じゃなくなっただけさ」

「緩くなったって言いたいわけ?」

「悪いことじゃない。オレは今のお前の方が好きだ」

「……! そういうことを言う時のあなたはすこぶる嫌いよ」

「は? な、なんでだよ」

 

 それが本当にわからないところも含めてよ……!

 




補足
・綾小路は本当に椎名たちのことを隠していたつもりはなかった
・しかしオリ主と椎名の不穏さから、今二人の関係と取引の内容をグループの外へ漏らすのは憚れた→ただの気遣いから「ここで答えるつもりはない」発言
・堀北は椎名について「綾小路の知り合いである」ことのみ知った
〈原作との差異〉
・軽井沢がオリ主に同情→態度緩和、川の水問題でオリ主を庇う=池側に立つ
・伊吹からCクラスの情報を聞き出した→神崎の来訪より先に綾小路・堀北が出発→Bクラスのベースキャンプの場所を知らなかった
・神崎の行動が早まった→小宮・近藤とバッティング、Cクラスの拠点を知る→現在進行中
・龍園が言及したのは伊吹の追放のみ、金田の動向が確信できない
・龍園の興味が綾小路>堀北→前者は知っていて後者は調べていなかった→堀北に名前で呼ぶほどの好感を持っていない

恐らく原作通りの大局なら、この堀北だと戦えるんじゃないですかね。体調悪くないし、キーカード取られなさそうだし。本人のモチベは別として。

細かい原作との差異を軽く抜粋してまとめてみました。露骨なもの(探索メンバーや高円寺の貢献等)は省き、2つほどステップを踏んでいるものが中心です。
特に綾小路たちがBクラスと関われていないというのが、行き当たりばったりな作者自身驚いています。どうなっちゃうんだろう。

番外編時系列投票ver2

  • 一章後、二章前
  • 二章後、夏休み前
  • 夏休み中、無人島前
  • 船上試験後、4.5巻前
  • 4.5巻後、夏休み中
  • 夏休み後
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。