アンデルセンは笑っている   作:小千小掘

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やっべー、描く展開が全部1日遅れてたの今更気付いたー。
そんなわけで、後半露骨に急展開になるかもしれません。もともとぶっとびな展開も起きる予定だったから尚更ヤバくなるかも。


後追いのストレンジャー

 森の外れ。

 ある予感を抱えていた綾小路は、伊吹を発見した場所に戻っていた。

 一見、めぼしいものは何もない。

 それは彼の目を以ても同じことで、一応周辺も捜索するが、目印も痕跡も発見できなかった。

 ダメ元で、地面も少し掘ってみる。

 ……。

 ……やはり、何も出てこない。

 悪魔の証明はできないが、恐らく結論づけても構わないだろう。

 伊吹澪の潜入目的は、リーダーの詮索ではない。

――――――――――――――――――――――――――――

 

 無事に佐倉さんから息災の報告を受けた私は、平田君と話を付けに行く。

 

「平田君、今更なことなのだけど、あなたはこの試験どう考えているの?」

「え? えっと……はは」困ったように笑って、「実は、あまり考えられていなくて」

「それは……」

「余裕がないっていうのが現状かな。案外トラブルが尽きないから。その代わり、他クラスとのやり取りは綾小路君にお願いしている部分が大きい」

 

 私でも曖昧に感じ取れるくらいだ。直接頼られることの多い平田君は、より具体的な『問題』に付き合わされているのだろう。一概に責めることはできそうにない。

 それに、やはり綾小路君か。

 

「彼とは何か共有を?」

「色々とね。Dクラスの統率は僕に一任したいらしい」

 

 根本的で最低限のことだけ、なのかしら。

 

「……でも、妙だったな」

「妙?」

「彼が、僕だけに任せるのが意外で」

「は? い、いや、」思いもしなかった違和感だ。「正直今のDクラスは、あなた無しで纏まることはできないわ」

「そ、そうなのかな……。でもこの前の事件といい、綾小路君はもっと色んな人を信じようとしていたはずだ。例えば、櫛田さんとか」

「櫛田さんを? まさか」

「うーん、多分綾小路君はけっこう彼女のことを気に入っているよ。気に入っていた、と言うべきかもしれないけど」

 

 あり得ない。そう言い切ることができなかった。

 私は彼の内面を、大して覗いたことがない。浅はかな話、同性である平田君にだからこそ打ち明けやすい胸の内があることだってある。

 どう、なのだろう。わからない。

 すると、続けざまに平田君の口から疑問が出る。

 

「正直ね、堀北さん。僕は彼のことが、少し心配なんだ」

 

 どうやら平田君も、何か思うところがあるらしい。

 

「私達に隠れて奸計を企てていると?」

「……そこまではわからないけど。どこか危うさを、感じるような気がするんだ」

 

 危うさ……浅川君の警戒心と通じるものがあるわね。

 それを見透かしたように、平田君は続ける。

 

「だから本当は、浅川君に何か聞けたらと思っていたんだけど。彼だから気付けることもあったかもしれない」

「……そうね。眠る前は私にも言っていたわ。綾小路君が怪しいって」

 

 ふと、ある仮説が浮かび上がる。

 浅川君はあの時、明確に私への助言をした。内容はともかく、私に何かを任せる意思が明らかだった。

 今思えば、彼はわざとそうしたのではないか?

 本来であれば彼自身が見張っておけばいい話だ。私達に任せるより余程安心できるはず。

 ここまでの長期睡眠が予定されていたもので、その間動けないからこそ、私に託した?

 ……考えすぎ、だろうか。

 

「やっぱり、浅川君も何かに気づいてたんだね。にも関わらず今も寝たままなのは……その意図まではわからないか」

 

 結論は出せないと、平田君も判断したらしい。

 

「相談しようと思っていたこともあったんだけど、これじゃ難しいかな……」

「浮かない顔ね。悩み事?」

「まあ……堀北さんが相手だから本音を漏らすけど、二人に信を置くことで保っていた部分もあるんだ」

「……そう。あなたも弱る時があるのね」

 

 浅川君についてはいつもと同じくわからないけど、綾小路君と平田君は須藤君の事件以来交流が深まっていたように思う。その前後から、彼なりに信頼を寄せていたのだろう。

 相談事というのが、少し気がかりだけど。

 

「ありがとう、心配してくれて」

「心配? ……そんなもの、していないわ」

 

 苦笑された、遺憾である。

 本当に心配などしていない。彼がこれしきのことで根を上げると思っていない。

 

「堀北さんのことも、頼りにしているよ」

「……期待に沿えるかは、わからないわね」

 

 気力はある。優しいアイドルのおかげで気概は持てた。

 でも、やはり不安は拭えない。目を逸らすべきでない現実は、自分の力量不足を突きつけて止まないのだ。

 リーダー当ての難しさや他のやれることの少なさを差し引いても、私はこれといった策を講じることができていない。

 他のクラスは、綾小路君たちは、一体どんな考えで、どう動いているのかしら。

 

「堀北」

「茶柱先生?」

 

 試験が始まってから、先生に話しかけられるのは初めてだ。

 

「綾小路から質問があった。念のためお前にも共有しておく」

 

 あの人、また勝手に……。

 何だか最近、隠し事が多い気がする。

 

「他クラスへのポイント譲渡は、各クラス一度のみ可能だ」

「は……どういうことです?」

「契約として成立すれば方法は限定されていない。ポイントそのものを譲るのも良し。ポイントで購入した物資を渡すのも良し。いずれも双方の同意があれば障害がない。認められる」

「い、いえ、そういうことではなく……」

 

 話に置いてかれ気味になっていると、ようやくまともに口を利いてくれる。

 

「メリットがあるか、は関係ないだろう。事実綾小路がその質問をした。私は答えたが、アイツはそれを共有するつもりがなかった。しかし私は共有すべきだと思い、その相手をお前に選んだ。それだけだ」

「……何故私なんです?」

「さあな、偶々だろう――」

 

 すっとぼけているが、およそ打算的なのは想像がつく。綾小路君に近しい人物だとか、他クラスと戦うのに積極的だとか、そんなところだろう。

 譲渡の方法が限定されていないことの意味は答えが出せる。先生の説明した二者では、実際に購入したクラスの表記が変わる。

 しかし、やはり譲渡自体のメリットがはっきりしない。考えられるのは、取引材料? でもクラスポイントを得るために実質クラスポイントを手放すというのは、どうにも破綻している。

 綾小路君はなぜ、そんな質問をしたのだろう。

 

「浅川の調子はどうだ?」

「相変わらずです」

「そうか。……船内での無理が、たたったのかもしれないな」

 

 船内? 初耳だ。

 首を傾げると、先生は簡潔に説明する。

 

「綾小路と揃って朝からずっと動いていてな。お前は寝ていたんだろうが、浮ついている姿を見たぞ」

 

 それで二日間も目を覚まさないというのもおかしな話だと思うのだけど。

 

「……情報提供、感謝します」

 

 さて、次の行動は……

 

「おーい堀北っ」

 

 今日はやけに、話しかけてくる相手が多い。

 

「どんな問題が起きたのかしら?」

「あ? いやいや、なんで問題起きた前提なんだよ」

「それはまあ……ねぇ」

「聞かなきゃ良かったぜ……」

 

 須藤君も、この島でまともに話をするのは初めてね。げんなり顔をするくらいなら無駄に来られても迷惑だわ。

 

「それで、何か用?」

「お前、今暇か?」

「……、現を抜かしている暇はないわ」

「あー……今すぐやらなきゃいけないこと、決まっているか?」

 

 どこで覚えたのか、上手い聞き方をする。「いいえ」

 

「じゃあ暇だな! 今から寛治と春樹と沖谷と釣りしようって話してたんだ。お前も来いよ」

「何故私が……」

「堀北さん」援軍に沖谷君もやってくる。「意外と楽しいよ。やり方わからなかったら、多分みんな教えられるから」

 

 そうして、半ば気圧される形で連行される。

 ……ああ、前の私なら、キッパリ断れたはずなのに。

 今の自分に、ほんの少し不満を抱いた。

 

「…………まぁ、一芸覚えておくのも、生産的かしらね」

 

 

 

 

 

「くっ……! また逃げられるなんてっ」

「お、おい堀北ちゃん。あんま無理を、」

「黙りなさい! ……さっきは速さが足りなかったんだわ」

 

 なかなかどうして、一筋縄ではいかない。いくらなんでも私だけ一匹も釣れないなんて、屈辱極まりないわ。

 

「堀北さんって、意外とムキになることもあるんだね……」

「ハッ、いいことじゃねえか。その方が可愛げがあって」

 

 沖谷君と須藤君が何か言ってる。全くもって興味がない。

 暫くして、ようやく手応えを感じた。

 

「――っ」

「お? おお、これは大物の気配!」

 

 確かに、これまでとは一味違う重さだ。

 

「手貸すぞ」

「余計な、お世話よっ」

「馬鹿、独りじゃ無理だ」

 

 有無を言わさず、山内君と須藤君が両脇から手を出してくる。

 

「これくらい、私だけで……」

「だ・か・ら。無理すんなつってんだよ」

 

 今度こそ、須藤君に主導権を握られる。思い切り顔をしかめながら、私も負けじと力を張る。

 そして、

 

「おー! きったー!」

 

 池君の歓声。なかなかな上玉が釣れた。

 

「……できた。私にも……」

 

 初めて、釣った……。

 

「へへっ、いい顔するじゃねえか」

「え?」

 

 魚に落としていた視線を移す。四人の顔がよく見えた。

 

「実はさ。俺たちなりに考えてたんだ。堀北さんにしてやれることないかって」

 

 照れくさそうに、池君が言う。

 

「この試験、俺たちはベースキャンプにばっかいるけど、堀北ちゃんとか清隆とかは色々動いてくれてるんだろ?」

「それは……その節はあるけど、あなたたちがやってきたことだって、」

「俺らのしていることは、まぁ遊びの延長みたいなもんだ。実際お前だって、さっきまで夢中にはしゃいでたじゃねえか」

「はしゃっ……そう」

 

 私と彼らとで行動の毛色が違うのは、わからないでもない。

 

「……やっぱり、無理しているよね? 堀北さん」

「……!」

「独りで背負い込んでるっていうか、それ以上に、ただ疲れているような気がして……僕たちが堀北さんを誘った理由には、それもあったんだ」

 

 そういうつもりはなかった。なかったつもりだ。

 ……でも、頭と体を両方休めた試しは、なかったかもしれない。

 さっきみたいに、難しいことを考えない時間は。

 

「それで、私をこんなことに……」

「お前からしたら、確かに頼りないかもしれないけどよ。力になりたいって思ってるんだぜ。――あの時、お前が期待してくれたようにな」

「あ……」

 

 そんなこと、よく覚えて……。

 そうだった。自分が変わるために、成長し勝ち上がるために。

 他を信じ、他に信じられる人になる。そう決めたではないか。

 いけない。また悪い癖がでている。視野を広げるのはどうにも苦手だ。

 

「ごめんなさい。あなたの言う通りね」

「なんだよ、堀北先生が謝るなんて、明日は雨でも降りそうだ……いや、ごめんなさい。そんな睨まないでください」

 

 そういえば、相変わらず空が暗いわね。よく天気がもっている。

 

「少しは、気分転換になったかな?」

「…………さあ。ただ、貴重な体験はさせてもらったわ」

 

 有意義、と名付けるには何だか躊躇いがあった。

 だけど、きっと。私の顔を見て何故か嬉しそうにしている彼らを見るに。

 答えは半ば、決まっているようなものかもしれないわね。

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

「ちょっと待てって神崎」

 

 背後から咎めるような声がかかる。少し早足だったかと振り返り――そういう問題ではないことを悟る。

 

「どうした?」

「お前大丈夫なのか? その、一之瀬と喧嘩でもしたのか知らないけど、焦ってるように見えるぜ」

「…………そんな風に見えるか?」

 

「相当な」即答だった。「顔色も酷い。折角のイケメンが台無しだって」

 

「今は色恋なんて考える余裕はない」

「いやいやそういう意味じゃ……なんていうか、ゆとりを持った方がいいってことだよ」

「……」

「説明はしてもらったし、俺はそれに納得した。だからこうして、一之瀬じゃなくお前に付いてってる。でもそれ以前に、友達じゃないか、俺たち」

 

 いつの間にか俯いていた視線があがり、柴田と向き合う。彼の顔をちゃんと見たのは、久しぶりのような気がした。

 

「……そうだな。ああ、悪かった。すまない……」

「あー、謝って欲しいわけじゃないんだ。お前の危惧はわかるけど、まだそこまで差し迫ってるわけじゃないと思うから言っただけだ」

 

 気を遣わせてしまったようだ。いや、ずっと前から心配されていたのかもしれない。今の憂いの表情は、見覚えがある。

 最低限頭を冷やしてから、神崎は改めて自分たちの方針を伝える。

 

「何もこの試験で全てを解決しようってわけじゃない。だが喫緊の課題であることも事実だ。反抗勢力は求めない。俺たちに付いてもらうのも、精々3分の1程度で構わない。それだけの仲間の目を覚ますことができたら、芋づる式にみんなも変わり始める」

「目を覚ます、か……別に一之瀬が悪いってわけじゃないのにな」

「言い方に難があるのは承知の上だ。しかし生憎それに近いのがBクラスの現状。昨日も説明したよな?」

 

「わかってるよ」恐らくクラスメイトたちだって、本来は自分の頭で考える力は持っているはずだ。あくまで神崎は根本的には仲間を信じている。ただ、一之瀬のカリスマ性が度を越していただけの話だ。

 なら、それに釣り合う別の視点を用意すればいい。

 

「けど問題は、単純に方法だろ。できることなんて限られてるぜ?」

「ああ。だから、その限られているものを全部やるんだ」

「はぁ!?」瞠目する柴田。何もおかしいことは言っていないが。

「言い草からして、お前だって手段が浮かばないわけじゃないだろう?」

「まぁ……一之瀬に正面から反論したって空気に撫でられるようなものだ。だから裏から攻める、つまり、一之瀬に取り込まれていないやつを引き入れる。ってことだろ?」

 

 その通り。

 幸いなことに、何人か心当たりがある。いくら一之瀬への信頼と言えども実在するシンパや唯一神ではないのだ。不満な者や無関心な者、鼻つまみにされている者は複数いる。

 それを含め、神崎なりの当てを伝える。

 

「え、白波もか? どうしてあいつが選択肢に入るんだよ。一番一之瀬に近いって言っても過言じゃないぜ」

 

 案の定驚いた柴田にやり方も伝えると、

 

「…………おいお前。それ本気で言ってるのか?」

「ああ」

「悪いことは言わない。やめておけ」

「なぜだ? やれることはやらないと、」

「そのやり方をするって言うなら、俺はお前に乗ることなんてできない」

「……っ、柴田」

「俺が協力するのは、一之瀬の負担を削ってBクラスを成長させることだ。クラスの仲間を欺いて傷つけることじゃない」

 

 ここまで言われてしまったら、返す言葉はない。やむなく断念する。今最も頼れるのは彼だけなのだ。「……わかった」

 ただ、やはり知り合いの少ない神崎からしたら、白波は依然候補の一人だ。

 柴田の反感を買う方法は駄目。しかし正面から勧誘したところで無益に等しい。

 一つ、考え方を変えてみるか。

 自分はあまり賢い方ではない。なら他の者なら……。

 例えば浅川。彼は極度な異性嫌いである白波と数日で打ち解けた。巡り合わせがあったとはいえ、彼の技量が功を奏したことは想像に難くない。

 あいつならどうする。自分よりずっと敬愛する相手から引き剥がす方法は……。

 

「だけど他の奴らなら、確かにやりようはあるかもしれないな」

 

 話を別角度に掘り下げる柴田に、違和感を与えないよう付いていく。

 

「問題はそのやり方なんだがな……」

「策はあるのか?」

「…………」

「なさ、そうだな」

「……だからこれから優先したいのは別のプランだ」

 

「別のプラン?」またしても彼は目を丸くする。「仲間を集めるだけじゃなくて?」

 

「そもそも寄せ集めた仲間たちも、囲む柱がなければすぐにバラける。一之瀬のような支柱が必要だ」

「んー……あぁ、それがお前ってわけだな」得心いったようだ。

「肝心な俺が頼りなければ結局みすみす逃してしまうし、新規も入ってこない」

 

 つまり、

 

「少し納得できたよ。この試験で結果を急いでいたことに」

「だがお前の言う通り、視野が狭くなってしまっていた。ありがとう」

 

 一之瀬はこの試験、恐らく静観を決め込むだろう。クラスの輪を維持することに尽力するはずだ。

 なればこそ、チャンスなのである。明確に、彼女を上回る実績を勝ち取るための。

 他クラスのリーダーを当てることが、その最短距離だ。

 その種は、もう既にまかれてある。

 そうして先行きばかりを考えていた神崎だったが、

 

「……?」

 

 ふと違和感を覚え、思わず足を止める。

 

「神崎?」

「………………悪い。先戻っててくれるか?」

「な、なんでだよ」

「いいから。頼む。俺もすぐそっち行くから」

 

 強めな圧をかけると、渋々理解を示してくれた。

 完全に姿が見えなくなったことを確認し、振り返る。

 

「…………久しぶり、だな」

 

 適切な言葉かわからないが、苦手なりに彼は発する。

 

「そんな空いてない? ……そうだったか。どうもかなり前のことのような気がして。――まだ15だ、誕生日も来ていない」

 

 曖昧な距離を感じながら、動き出す。

 目の前の彼女の名前を、呼ぶには慣れが薄れていた。

 

「それで、どうしたんだ? ――――神室」

 

――――――――――――――――――――――――――

「――――!」

 

 パチリ、と。

 止まっていた時が、突然動き出したかのように。

 死者が、前触れもなく息を吹き返したように。

 にわかに血の滾るような赤い瞳が、外界に晒される。

 潮が満ちた。その波打つ音を感じ取り、少年は覚醒する。

 

「さて………………みんなちゃんと上手くやってくれてるみたいだし」

 

 ようやく、ようやく最後の一人が起き上がる。

 そんな自分のシチュエーションに、少しばかり酔いしれながら。

 

「僕も応えなきゃ、いけないよね」

 

 そろそろ試験も、終盤だ。

 

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