アンデルセンは笑っている   作:小千小掘

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お知らせというか、宣伝みたいになってしまいますが、先日全く別の原作の二次創作の執筆をしてみました。短編という形式にはしていますが、自分の気分や読者の反応によっては連載にしようかなとも思っています。原作を知っている方も知らない方も、ご興味があれば一度読んでいただけると嬉しいです。
まあ年明けることにはいよいよ何も書いてる余裕なくなってそうなんですけどね。


猜疑のパウン

 海原に独り佇む。

 Cクラスにしてはやけに片付けられている。無駄な失点はやはり避けたいらしい。

 侘しさを揺り起こす光景の中、綾小路は海辺まで歩んだ。

 まだ撤去されていない水上バイク。その状態を、思考を働かせながら念入りに確認する。

 次。記憶を掘り起こす。

 あの時、唯一偵察で見に行ったタイミング。確かDクラスのベースキャンプと酷似している点があったはずだ。

 やはり、予想通り……となると、彼はそれに気づいているのか? いや、そもそもこれさえ誘導の可能性も……。

 内心歯ぎしりせずにはいられない。ルールに縛られるというのも考えものだ。もし向こうがその檻に収まらない手合いだとしたら、この学校の規則で管理しきれていない。

 あいつがどう考えているかはともかく、避ける手段はない。後手に回らざるを得ない。

 あるいは、同じ手を使うか……。

 纏まらない思考。一線の内外を反復する倫理観に、頭を抱える俯瞰的な自分がいる。

 ふわっとした不思議な感覚を抱いたまま、暫くその場に立ち尽くしていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ベースキャンプに戻ると、またしても騒ぎ立てるクラスメイトたちの姿。

 平田君に声をかける。

 

「何事?」

「ほ、堀北さん……」

 

 なんだ、妙に顔が青い。今までこんなにも焦った表情は見たことがなかった。

 

「た、たたた大変なんです!」

「井の頭さん……?」

 

 彼の傍らで取り乱していた井の頭さん。

 

「落ち着いて。何があったか話してちょうだい」

「は、はい……スゥー、ハー。スゥー、ハー」

 

 まだ荒い呼吸を押し込めて、彼女は答えた。

 

「あ、浅川君が……」

 

 

 

 

「どういうことだ」

 

 私より数分遅れてきた綾小路君も、私と同様の感想をこぼす。

 

「私達がいない間に浅川君が起床。平田君に釣りをしに行くと言って、三宅君と長谷部さんと出て行った」

「それで海に攫われた、と」

 

 何とも破茶滅茶な話だ。

 聞けば、釣りの最中にそれなりな水深のある崖から落ちて溺れてしまったらしい。

「金槌なんだよねぇ」と予め聞いていた、と佐倉さんから。確かに彼、水泳の授業には参加していなかった。そういう事情も隠していたのだろうか。

 周りのみんなもそういう方向に考えが寄っているようだった。

 

「なに? これで高円寺君に続いてまた30ポイント引かれるわけ?」

「アイツ、今までずっと怠けていたと思ってたら、本当迷惑しかかけないな……!」

 

 初日でも揉め事の渦中だった篠原さんと幸村君の憤慨を、どうにか平田君が宥めている。この試験が始まってから、二人のああいう態度をやたら見る機会が多い。元々せっかちな印象があったし、ストレスを堪えるのも限界なのかしらね。

 正直、私も浅川君のことを何も知らない――ただの昼行灯だと信じ切っていたら、似たような精神状態だったかもしれない。実際は「彼の意図」と「どう反応すればいいか」ばかりに悩んでいるわけだが。

 綾小路君も、珍しく私と同じ状況だ。いい加減理解し始めている。この試験、綾小路君と浅川君は大して意思疎通を行っていない。片やリーダー、片やずっとテントの中だったのだから当然のことかもしれないけど、今までが今までだ。何となく、こう、思うところがある。

 ……何なのかしらね、この感じ。名前の知らない。嫌な気持ち――。

 

「居合わせていた二人はなんて?」

「手持無沙汰になって話していたところに、気まずそうに話を持ち掛けてきたんだって。自分も何かクラスのために動きたいけど、釣りの経験はなくて不安だから一緒に来て欲しいと言っていたらしい」

「当時の状況は?」割り込むように綾小路君も問いかける。

「腕時計のボタンを押したらしくて、救急隊の人に救助されているところまで見届けている。そのうちの一人に『あとはこちらで対処します』って言われちゃったから、とりあえずまずは報告しないとって判断したみたいだ」

 

 妥当な流れね。波に攫われたのだから無理に救出しようとしたところで失敗のリスクがある。万一一緒に溺れでもしたら、無駄にリタイア者を増やすことになっていた。

 

「どう見る?」

「……半信半疑だ」

「煮え切らないのね」

「正直、あいつが本当に足を踏み外して、しかもリタイアまでしたとは思えない。ただ」

「ただ?」

「わからないことが一つ」

 

 疑問を抱えていると示してくれただけ、マシだったのかもしれない。しかし本能的に理解してしまう。

 今彼は、間違いなく私に誤魔化したと。

 言う必要がないというわけでもない。自分で気づいて欲しいと――先月の事件の時のような感覚とはまるで違う。

 一体どこまでわかっていて、何がわかっていないのか。それを彼は、自分のために隠している。

 

「……綾小路君」

「何だ?」

「あなたは、私を……」

 

 思わず言葉が漏れる。何か、何か訴えたいことがあった。このままでいること、何もせずに黙っていることを良しとしてはいられない、正体不明の焦燥感。

 でも、それを簡単に伝えられたなら、どれだけ今までも楽だっただろう。

 

「…………何でもないわ」

「そうか――」

 

 難しい顔のまま背中を向けた少年の、隣に立って歩くことが。憚られて。

 見送ることはおろか、あまつさえ背けて俯いてしまった。

 どれだけ自分を保とうとしても。独りではないと思い込んでも。どこか拭えない壁が思い起こされる。それは綾小路君にも、浅川君に対しても言えることで。

 二人が私に何も言わず、私も二人の考えていることがわからない。それこそが、私たち二人の、変わっているようで変わっていない関係性を示しているような気がしてならなかった。

 

 

 

 

 乖離を感じた彼と、再び会話をしたのは数時間後のことだ。

 思えば、綾小路君の方から話しかけてきたことは、この島ではあまりなかったかもしれない。

 

「疲れてないか?」

「ええ、まあ」

 

 今更な気遣いだ。散々人を振り回しておいて。

 いえ、勝手に振り回されているだけなのかも。そう思うと、急に虚しく感じられる。

 

「何の用?」

「用がなきゃダメか?」

「こんな状況で、態々理由もなく私に話しかけるとは思えないけど」

 

 焚火の火を眺めて彼は鼻を鳴らす。図星、ということね。

 

「色々あるだろ。話しやすいとか」

「暇潰しの道具に便利と?」

「おい……、何だか前のお前を思い出すな」

「む、どういうこと?」

「見るもの聞くもの全て悪く捉えるところ」

 

 誰のせいだと思ってるの。

 

「わかったわかった。――伊吹の様子、どうかと思ってな」

「特にないわ。あったら伝えてる」

「誰を頼ったんだ?」

「小野寺さんと、佐倉さん」

「え……意外な二人だな」どうやら本当に驚いたらしい。こんなことで瞠目顔を拝めるとは思っていなかった。「特に佐倉は、まさかお前が頼るとは思わなかった」

「何でもあなたの推測通りとは思わないことね。女にだって降って湧くような繋がりはあるわ」

 

 再び目を見開き、気味の悪い微笑を浮かべる。

 

「何よ」

「いや、何でもない」

「笑ってるじゃない」

「そりゃ友達と話すのは楽しいからな」

「愉しい、の間違いでしょう。弄ぼうとしても無駄よ」

「人聞きの悪い。寧ろお前の尻に敷かれてると思うぞ」

「セクハラ?」

「案外お前もお茶目だな」

 

 ああ言えばこう言うんだから。最近はもう、そこまで強く当たってないわ。

 当たるような機会が、そもそもないのだから。

 

「今日はどうするんだ?」

「まだ迷ってる。……参ったわね。顔の狭さ、こんな小さいことにも響くなんて」

 

 思いの外と言うべきか、私の交流相手は男子の方が多い。もう少し仕事を任せられる程度の関係値を女子とも築くべきだろうか。

 

「小さくなんかないって。スパイかもしれないやつの監視なんだぜ」

「そのスパイを容易く出し抜けそうなあなたが言う?」

「なかなか酸っぱい返しだな」

「寒い返しね」

「蒸し暑い夜にはピッタリだろう」

 

 疲れる……やはり私には気の利いたやり取りは難しいわね。「恭介なら『残念ながら意味がないよ。この応酬こそ熱いんだから』って言うところだぞ」

 

「わかってるわよそれくらいっ……!」

「言えばいいじゃん」

「いつまでも彼のように付き合いがいいわけではないもの」

 

 こんなやり取りのためだけに声を掛けたのなら迷惑もいいところね。

 

「とにかく。今のところ心当たりはない。最悪私がまた見張るでも」

「洋介が許さない」

「……でしょうね。体力に問題はないつもりなのだけど」

 

 無理をしている、あるいは自分で気づいてないだけだと言われてしまうのは想像がつく。

 

「この際一度でもいいから、話したことのあるやつにでも頼むのはどうだ。オレや恭介の知り合いとか」

「私も同じ方向で考えていたわ。些か不安はあるけど」

 

 候補は、櫛田さん、松下さん、井の頭さん、王さん、長谷部さん、軽井沢さん。

 櫛田さんは駄目。井の頭さんは遠慮な性格を顧みると伊吹さんに絆されるかも。王さんは女性的な事情でもう試験の終わりまでテントに籠るしかない。長谷部さんは浅川君の件で慌ただしかったしまだ動揺が残っている。軽井沢さんは普段の素行を見るに不真面目さが目立つためボロを出す危険性がある。

 

「……消去法で、松下さんかしらね」

「――松下? どうして彼女なんだ?」

「色々吟味した結果よ」

「そうか。お前がちゃんと考えて判断したなら、信じるよ」

 

 気前のいいことばかり言って。止めても無駄だとわかっているだけでしょう。

 すぐに松下さんに話をつけに行くと、彼女はすんなり了承してくれた。まだ力になれることがあったことを素直に喜んでいるようだった。

 ただ、

 

「ねえ堀北さん。堀北さんって、櫛田さんのこと苦手なの?」

「……何を根拠にそんなことを?」

 

 存外鋭い。わりと露骨だったかしら。

 

「そういうのって意外とわかるものだよ、よく見てみれば。君にはちょっと難しいかもしれないけど」

「どういう意味……?」

「気を悪くしないでね。私としてはいい意味で言ったつもりだから。女子のこわーいところなんて、知ってもしょうがない」

 

 彼女が私をどんな昼行灯と勘違いしているかは知らないが、およそ言い条は理解できた。所謂スクールカーストに踊らされる人にもそれなりの苦痛があるようだ。

 ……だから苦手なのよ。群れるのは。

 

「性が合わないだけよ。それこそ、見ればわかるでしょう?」

「まあね。――――でもそれだけなのかな」

「……――」

「櫛田さんも装えてないなんて相当だよ。それに堀北さんも――」

「黙りなさい」もう十分だ、やめろ。それ以上は許せない。「黙って」

「……わかったよ。ごめんね、堀北さん」

「気にしないで……頼むわよ」

 

 ああ、全く。ひどい胸焼けだ。

 今夜はきっと、そう簡単には眠れないだろう。

 

 

 

 

 体が大きく揺れているのを知覚する。

 地震?

 徐に瞼を開くが、ぼんやりとしていて判然としない。

 

「起きて。堀北さん」

「んぅ……ぁ――松下、さん」

 

 体が鉛のように重い。外の暗さを見るに、まだ起床には早すぎる。

 

「どうしたの?」

「夜中に起こしちゃってごめんね。どうしても確認したいことがあって。――誰の目にも触れないところで」

「……?」

 

 二人きりになるまで本当に話す気がないようだ。怪訝な顔――眠いせいで余計目つきが悪くなっていると思う――のまま導かれる。

 密林に入ったところで、ようやく松下さんは口を開いた。

 

「二日目の昼頃、櫛田さんが単独行動に出てたよね」

「……気づいていたの。それがどうかした?」

「実は私、彼女のことが気がかりで。ちょっと跡を尾けてみたんだけど、」

「尾けっ……え? ま、待って、尾けていた?」

 

 サラッととんでもないことを言ってくれたわね。随分と大胆、アクティブなことをする。

 

「結果は?」

「誰かと話しているのを見たよ。隠れて見ていたから相手の顔はわからなかったけど、多分他クラス」

 

 なかなか重要そうな情報だ。でも肝心な相手がわからない。考えられるのは龍園君だけど、その確証が持てない。何故なら、

 

「それ、いつ頃かわかる?」

「確か、十時半過ぎかな」

 

 上出来。

 私と綾小路君がCクラスを見つけたのが十時過ぎ、そこから十分程話していた。

 私たちに気付かれず櫛田さんがCクラスへ、あるいは龍園君が櫛田さんに合流することができるか、微妙なラインだ。

 

「私は櫛田さんのことはそこまで知らないけど、独りでコソコソ動くような人じゃないはずだよね。だから念のため、櫛田さんを信じきってなさそうな堀北さんに報告しようと思ったの。他の人だと信じてくれなかったり、動揺したりしちゃうだろうし」

「……そうね、ありがとう。でも、やはり納得できないわね」

「櫛田さんがそんなことをするとは思えないって?」

「いいえ。この情報が嘘だったとして、それに見合った利益があるとは思えない。まして、今までこれといった動きを見せなかったあなたには。――そう、あなたは一度も、個人的な興味なんかでこんな行動は取ってこなかった」

 

 特に彼女のことを知っているわけではない。性格も、趣味も、能力の一端さえ、ほとんど知らない。

 でも、

 

「何か理由がある、そんな気がする。教えてもらうことはできないかしら?」

「……へー、そう簡単には流されないか」

 

 強めに問いただすと、松下さんは寧ろ興味深そうに私を見つめ返す。

 不自然とまでは言えないけど、違和感を覚える状況だった。単独行動に出た櫛田さんを追跡していたということは、その分松下さんもみんなの目から外れていたことになる。同じくらい疑わしいのだ。

 

「理由はね、君たちだよ」

「私たち?」

「最初のきっかけは中間テスト。平田君と堀北さん、二つの勉強会が開かれていたのは周知の事実だとは思うけど……正直私は、堀北さんの方は上手く行かないと思ってた。退学者が出てもおかしくないとまでね」

 

 何も言い返さない。それはきっと、紛れもない事実だから。

 

「だけどそうはならなかった。君の努力の賜物? 違う。赤点候補の三人が心を入れ換えた? 違う。偶々じゃないってことは、堀北さんの変化ですぐにわかったよ。そこで私は、一体どうしてそんな結果になったのかが気になった」

「そして辿り着いたのが、あの二人ということ?」

「きっかけはそんなところかな。初めは疑っている程度だったし、特に確かめてやろうなんて気はなかったんだけど。そんな中起きた須藤君の事件。今や綾小路君が優秀であることを疑う人はいないんじゃないかな。私からすれば、まだ解消されていない疑問は残ってるんだけどね」

 

 彼女はかなり早い段階、綾小路君の功績が知れ渡るより前から裏側を察していた。何のヒントも無い上、勉強会のメンバーに特に親しい友人がいたわけでもないのに気付く鋭さは侮れない。

 

「でもそれと、櫛田さんを尾けることにどんな関係があるのかしら?」

「別に櫛田さんだけが気になっていたわけじゃないよ。私は今でも、二人に対して確信を抱いてない。浅川君は勿論、綾小路君もまだ底が見えていないから。それを知るため手っ取り早かったのが、周りとの交友関係を当たること。そこで再び出てきたのが君と、櫛田さんの不思議な雰囲気だよ」

 

 表面化している関係で二人の共通の知人は限られている。須藤君たちが他人に影響を与えるほどの能力を持っているとは信じていないであろう彼女にとって、櫛田さんは人気者なだけあってコンタクトを取るのに不便がない。

 加えて松下さんの洞察力によっては、櫛田さんに他人の秘密を握ろうとするきらいがあることも見抜けているかもしれない。だとすれば、綾小路君と浅川君の何かを期待する可能性は高い。

 

「綾小路君と浅川君のこと。堀北さんと櫛田さんのぎこちなさ。二つの疑念から生まれた行動だったけど、変な疑いを持たせちゃったかな?」

「……少なくとも、あなたの勘の良さはもう少し自慢すべきだと思うわ」

「いやー、私はそんなシックスセンスは持ってないし、あっても隠し玉にするタイプだよ」

 

 そうすることの意味やメリットは、理解できるけれど。

 

「あなたはその能力をクラスのために使う気は、なさそうかしらね」

「進んでは。時と場合によるかな。……咎めないんだね」

「やむにやまれぬ事情、というものへの理解は多少なりとも深まったつもりよ。協力してくれる余地があるという言質が取れただけ良しとするわ」

 

 たった半年で、私の理解の範疇を越えた行動や思考にも、それぞれの事情があることを知った。触れられたくない過去、隠したい情熱、諦められない不合理。それらを否定することは、私の願いの存在を否定することと同意義だ。

 

「そっか。ありがとね、堀北さん」

「こちらこそ、櫛田さんのことを警戒してくれたのは助かるわ」

 

 試験はあと三日。これを長いと取るか短いと取るかは人によるだろうが、依然どうすべきかは見えてこない。そもそも私はリーダーではないのだから、余計選択肢は少ない。

 いっそ綾小路君に任せてしまうことも過るけど、浅川君の残した言葉も無視できない。これまで大きな展開は起こっていないように感じるのは、まだ仕込みの段階だからなのか、既に何かが進んでいるのか。

 他クラスと交渉するにしても、対価に選べるものはあまり思いつかないし。Bクラスと手を組むにしても攻撃の手段を確保できるとは思えない。

 このまま何事もなく、ただのスポット占有合戦で終わってくれたら楽なのだけど。

 ……。

 そんな楽観的な展望さえ浮かぶようになってしまった、矢先。

 長引いてしまった二度寝を終えた私の目を覚ましたのは、全く新たな火種だった。

 

「軽井沢さんの下着が、なくなった……?」

 

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