「他クラスへのポイント譲渡は可能」→「他クラスへのポイント譲渡は、各クラス一度のみ可能」
生存報告のために一話だけ載せます。また次の話までかなり空くと思います。
「っ……もう、朝」
ただでさえ十全な休息が難しい環境だ。合間に起こされてしまったため、余計回復ができていない感覚がある。ずっと何かにとり憑かれているような――。
悪魔にでも、呪われてしまったのかしらね。
オカルティックな嘆きを内心吐きながら身を起こすと、やけに女子の声が煩わしいことに気付く。今まで似たような場面は何度もあったが、今回のそれはどこか棘のある響きに感じて、敵意が滲んでいるようだった。
依然数人が寝ている中、私はテントを出る。――直前に一瞬寄り道する。
いつもと違い藍色の髪を垂らしている少女は、すやすやと静かな寝息を立てている。ツインに束ねている時と比べ、こう見ると、意外と大人っぽさが感じられる。
王さんはもう、この試験で動くことは難しそうだ。安静にすべきだろう。
体調は問題なさそうだ。そういえば、クラスのために動くことがままならない自分を嘆いていたなと思い返しながら、彼女から意識を外す。――これまで散々探索や調理に参加していただろうに。
テントを出ると、出迎えたのは不穏な喧騒だった。みんなの表情から、それが今までとは性質を異にするものだと察せられた。
「何があったの?」
「あ、堀北さん。……その、まずは謝らせてもらえないかな」
最寄りに立っていた松下さんに声を掛けると、開口一番バツの悪そうな響きだった。
「どういうこと?」
「どうやら軽井沢さんの……っ、下着がなくなっちゃたらしくて」
「は?」
軽井沢さんの下着が、なくなった……?
思いもよらなかった展開への動揺を抑え喧騒に耳を立てると、なるほど件の言い争いをしているところらしい。
「なんで男だからって俺たちが疑われなきゃなんねえんだよ!」
「女子がそんなことしても意味がないでしょ! 絶対あんたたちの中に犯罪者がいるのよ」
「女子でもそういう趣味を持ってるやつがいるかもしれないだろ!」
「変態たちなんかと一緒にしないでよ!」
ついにクラスメイトに実害が出たためか、双方歯止めの利かない状況に陥っている。平田君でも仲裁しきれていないほどだ。
「み、みんな落ち着いて」
「ごめん平田君、もう我慢できない。無人島にいる間ずっと、こんな男たちが近くにいるなんて耐えられないよ!」
ほぼ完全に、男子(平田君以外)が悪という流れが定まりつつあるようだ。
「ダメだっ、……ダメだよ、みんな。お願いだから……」
平田君の表情が曇り始める。しかし、その変化に誰も気付くことはない。
「平田」
「ぇ。あ……綾小路君」
「ここは一旦、オレに預からせてもらえないか?」
「……そう、だね。……ありがとう」
やけにしぼんだような声音と入れ替わり、綾小路君が注目を浴びる。
「みんな、ちょっといいか?」
「な、なによ」
通らないなりに無理矢理発せられた声に、篠原さんは窺うような顔色で返した。
「まずは平田の言う通り、一旦落ち着くんだ。これから闇雲に声を荒げたやつの言葉は、悪いが聞き入れない。動揺で正常な判断ができなくなっているかもしれないからな」
ふん……効果的な呼びかけね。これで文句を吐き出したい輩も、口をつぐまずにはいられなくなった。
「とりあえず、改めて状況を整理しよう。事が起こったのは各々が就寝した昨日の夜中。ベースキャンプで軽井沢の下着が紛失した」
「紛失したんじゃなくて、盗まれたんでしょ」
「全ての可能性を考慮したいだけだ。誰も悪くなかった、その方がみんなにとってもいい結果なんじゃないか?」
確実な証拠がない以上、綾小路君の立場は客観的だ。ただ、現実的ではない。状況を踏まえれば、原因が軽井沢さん以外であることは疑いようがないだろう。
「ここでわかっていないことは三つだ。どうやって失くなったのか、何故失くなったのか。――そして、誰に責任があるのか」
明確になる論点。一同着眼しているのは、言わずもがな三つ目だろう。
「みんなの気持ちはわかる。女子は犯人を追及し遠ざけたい。男子は冤罪を晴らしたい。早く犯人を見つけて安心したいという思いは同じはずだ。だが、他の疑問から解消していくことも時には必要だ。思わぬ視点から新たな真相がわかることもあるからな」
誰か、小さなことでも気づいたことはあるか? と、彼は私を一瞥する。
意図を察した私は、すかさず口を開いた。
「実は、あなたたちが就寝した後、何人かで交代しながらテントの周りを監視していたの」
「か、監視? なんでそんなこと」
「きっかけは、伊吹さんをベースキャンプに匿うことになった時よ」
これだけ言えば、事情など誰にでもわかるだろう。
「じゃあ、昨日の見張り役の人は?」
「松下さんよ」
ちらちらと私に向けられていた視線が、一斉に松下さんの方へと移る。
「不審な動きを見せていた子はいなかったよ。ただ……私の見ていた範囲では、だけどね」
「一瞬だけ、試験に関する大事な話があって私と席を外していた時間があった。犯行の隙があるとすれば、その二、三分しかない」
それだけ聞いた綾小路君が考え込んだのは、ごくわずかな時間だった。
「……ということは、犯人は狙って軽井沢の下着を盗んだわけではないということになるな」
「は? なんでそうなるわけ?」
どこかじれったそうに篠原さんが言う。
「消灯を済ませたベースキャンプがどれだけ視界が悪いか知っているか? 明かり一つない状況で、そんな短い時間の中特定の誰かのバッグを探り当て、狙った荷物を取り出すことは不可能だ」
「確かに、誰のバッグかどうかを外見から見分けるには、精々アクセサリーの類を調べるしかない。日中でも時間がかかりそうなことを、今回の条件で達成できるとはとても思えないな」
平田君の相槌で、不満げな女子たちも一応納得してくれたらしい。
すると今度は、松下さんからの問いかけがくる。
「じゃあさ、綾小路君。犯人は、女の子の下着なら誰のでも良かったってこと? 結局、篠原さんたちが言うようにこのクラスには危ない人がいるってことになるよ」
「いや、その可能性はない」
「どうして?」
「今明らかになった情報の中に答えがある。誰のバッグかもわからない視界。なら、自分のバッグさえどこに置いたかあやふやになってしまう。犯人の頭がどれだけ悪くても、下着を取り出した時点でそれを隠しようがないことに気付くはずだ」
つまり、そもそも邪な感情を優先したところで、その計画は頓挫するしかないということだ。
「最終手段として、全員の持ち物検査をして証明してもいい。犯人は絶対に男子じゃない」
男子たちの安堵と、女子たちの気まずい感情。対照的な表情が見受けられた。
しかし、これで話は振り出しに戻ったことになる。
「では一体誰が犯人なのか。ここで考えるべきなのは、そもそもなぜ犯人がそんなことをしたのかだ。性的嗜好だと考えると辻褄が合わない。他に動機があるとすれば、それはこの現状だ」
ここまで黙して彼の言葉を聞いてきた私だったが、「動機がこの状況」というヒントでようやくこの推理の帰結を察することができた。
要は、ただそうしたかったのではなく、そうする必要があった。
「女子の下着が盗まれたとなれば、お前たちは必ず男子を疑い糾弾する。当然身に覚えのない男子たちは否定し、疑心暗鬼が伝染する。その睨み合いは試験が終わった後も絶えることがない蟠りになる」
「つまり君は、犯人は僕たちの不和を招きたかったと言うつもりかい?」
「そうだ」
綾小路君の口から発せられるまで、誰も考えもしなかったのだろう。クラスメイトたちが驚きの色に染まっていく。
これで「なぜ」と「どうやって」が解決した。いよいよ残すは「誰が」だけだ。
「あとは簡単だ。Dクラスの仲間割れによって得をするのは一体誰か。心当たりは、ごく最近あったはずだ」
何人かのはっとした顔。そして、ある一人に視線が集中する。
「当然、Dクラスの外にいる人間。――今得をしているのはお前だけだ、伊吹」
綾小路君に名指しされた伊吹さんは、にわかに動揺を露わにしている。
「……私がやったって?」
「一連の流れはお前も聞いていたはずだ。何か言い逃れの術を持っているなら、話は違うけどな」
綾小路君の推理は理路整然としていた。現に初めは男子を疑っていた女子たちも、こぞって伊吹さんに胡乱な目を向けている。それだけ彼の語ったことは順序立てられていてわかりやすかった。
……だけど、何故だろう。私も同じ気持ちなはずなのに、どこか引っかかる。原因は、伊吹さん自身にあった。
「言い逃れ、か……アンタは本気で私を犯人だと言い切るつもりか?」
「ああ」
「ッ……だとしたらあんたは間抜けだし、違うなら、相当な外道だよ」
彼女は、本当にこの事件の犯人なの……?
どうにも伊吹さんの反応は、罪を誤魔化しているそれには見えなかった。私の目が節穴なだけ? 伊吹さんの演技に騙されているの?
それとも……
「やっぱり思った通りだったぜ。他のクラスから追い出されてきたなんて怪しかったんだ」
「最低、助けてあげたのに、恩を仇で返すんだ」
男女双方からの暴言が投げられる。さっきまでとは打って変わり、Dクラスは余所者への憎悪という負の感情によって、ある意味一つになりかけていた。
正直、仲間どうしが疑い合う最初の状況と比べればマシになった。
でも。
「お前はこの試験におけるDクラスの危険要素だ。これ以上亀裂をもたらすような真似を許すわけにはいかない。オレが何を言いたいか、わかるな?」
容赦のない宣告が発せられる。
それすらも傍耳に、私は自分の心臓がどくどくと強く脈打ち始めるのを感じていた。
『あの質問をした君はわかってるだろう?』
『お前の質問で思い至っただけだ』
何かが引っかかる。でも、その正体はまるでわからない。
『オレは、鈴音をリーダーにするのには反対だ』
『リーダーは、君になるはずだったんだ』
私は、どうすればいいの?
『オレがやろう』
『一つ忠告だ、清隆をよく視ておけ』
わからない。だって、私は……
『お前がちゃんと考えて判断したなら、信じるよ』
『この試験は、君に懸かっている』
私、には、何も……
「え――」
完全に余裕を失っていた思考が、止まる。
不意に背中にあてがわれた感触。柔らかに添えられたそれが、確かな温もりであるとすぐにわかった。
微かな安心を覚え、その不思議な現象を確かめようと振り向く寸前。
「や、やめてあげてよ、綾小路君」
震える声が、張り詰めた空気の中震えた。
態々確認するまでもない。誰もが聞き慣れた声だ。
「雰囲気が悪くなって焦る気持ちはわかるよ。でも、だからって他クラスの人を悪人にするのは、可哀想だよ……」
「…………オレの話を、聞いていなかったのか?」
全く動揺を感じさせない口調のまま、綾小路君はその名前を呼ぶ。
「櫛田」
「聞いてたよ。聞いた上で、納得できないことがあったの」
緩衝や調停といった言葉と縁の近い櫛田さん。唯一彼女だけが、綾小路君の発言を鵜呑みにしなかった。
「まず、綾小路君は『自分のバッグに隠すことができないから』男子は犯人じゃないって言っていたけど、本当にそうなのかな」
綾小路君の推理を信じ切っていた人たちは、要領を得ない顔をする。
「私からすれば、この『島』は隠し場所だらけだと思う。ベースキャンプから少し離れたところに目印をつけて隠して、安全なタイミングで手元に戻すことだってできちゃうよ」
「第三者が気づくはずだ。Dクラス以外にも、早朝からこの周辺を歩いている生徒はたくさんいる」
「それは可能性の話だよね? 足元が見えやすいわけじゃないから、通っていても見落としているかもしれない」
次に、と、彼女は結論は出さずに新たな疑問を投げる。
「みんなを安心させたいからなのかな。綾小路君の推理は、『あり得る』だけで『絶対』じゃない。言葉を選んで共感を誘っていたようだけど、あくまで別の可能性を示しただけに過ぎない。誰かの物を盗もうといしていて間違えちゃったとか、本当に誰も悪くなかったとか、他にも否定されていない可能性はたくさんあるよ」
誰かを悪者にしたくない。一見お人好しなまでの櫛田さんが、伊吹さんを気遣っての反論に感じられる。
しかし、私からすれば、何故このタイミングで彼女がこんな行動に出たのかが理解できなかった。そもそも彼女は、私と『伊吹さんがスパイ』という仮説を共有していたはずなのに。
「なら、お前は何が言いたいんだ? やはりこのクラスに犯人がいると?」
「ちょっと違うかな。私は、決めつけは良くないなって思うんだ。伊吹さんも私たちも、全員同じくらい怪しいはずなのに、一人を無理矢理追い出そうとする行為を私は見過ごせないよ」
善意を断言する物言いに、クラスメイトたちの反応は様々だった。櫛田さんに信頼を寄せる者は感銘を受けるままに好意的な目線を向け、伊吹さんを疑ってやまない者は驚愕と気まずさを顔に出し、漫然とした不安を抱く者は再び焦燥感に苛まれている。
揺れ動く空気。次に一石を投じたのは、意外な人だった。
「わ、私も! 櫛田さんの、言う通りだと思いますっ。伊吹さんが私たちを何度か手伝ってくれていたの、み、みなさんも、知ってますよね……?」
啖呵を切った佐倉さんの目には、わずかな怯えと、ふり絞られた勇気が色濃く写っていた。
それを見た櫛田さんが顔を綻ばせる。
「佐倉さん……」
「実は……実は私、昨日の夜、一度だけ目が覚めてしまって、その、変な物音がしたんです! それでテントの外を見てみたんですけど、みんなの荷物が置いてあるところに誰かいて、その時伊吹さんはいつもの場所で寝ていたような気がするんです。だから……」
曖昧で自信なさげな証言だ。普段眼鏡をかけている佐倉さんが寝ぼけ眼のまま、劣悪な視界で正確な判別ができていたかは不明だが、「人がいる」という識別くらいはできてもおかしくない。
実際、櫛田さんの生み出した流れを後押す形で、自分の中で定まったはずの意見が揺らぎ始めた者が、ちらほらと見え始めた。
感情的な反論に、綾小路君は少し難しい表情で応える。
「ここまできて他クラスの人間を庇う意味がわからないな。このままじゃ全員この島にいる間、要らぬ疑心暗鬼に苛まれることになるんだぞ」
「もし伊吹さんが犯人じゃなかったら、罪のない人を追い出した挙句、真犯人を逃がしちゃうことになる。いっときの安心が得られるだけで、また同じことが起こるかもしれない。そうしたらまた軽井沢さんのような被害者が生まれて、今度こそ取り返しのつかない亀裂が生まれるよ」
「それは伊吹が犯人であった場合に彼女をここに残した時にも同じことが言える。再犯の発生を危惧しているのなら、今は状況を無理にでも動かすべきだ」
「同じじゃない――同じじゃないんだよ、綾小路君。みんな、特に女子は、今回のことで綾小路君が思っている以上に不安になっているし傷ついてる。伊吹さんがいなくなった状況で同じことが起こったら、クラスの中に犯人がいるって誰もがわかっちゃう。それは、クラスがもう一度一つになることをとても難しくする」
「お前……お前は、犯人がDクラスの人間だと信じているのか?」
櫛田さんが言いたいことを要約するなら、再犯が起きた場合の危険性だ。
伊吹さんを追放して、彼女が犯人だったのであれば問題ない。しかし万が一彼女が犯人でなかったのなら、同じ事件が発生する可能性がある。それが実現すれば、いよいよクラスメイトの誰かを疑うしかなくなってしまう。
反対に伊吹さんを残して事件が起きた場合、犯人がだれであろうと、伊吹さんが容疑者から外れることはない。つまり、リスクが取り除かれることはないが肥大化することもないということだ。
だがこれは、綾小路君が言うように、Dクラスの人間が犯人という思考を持つ者の意見だろう。
彼の指摘に、櫛田さんは動じることはなかった。
「私は、決定的な証拠がない限り誰かを疑いたくないだけ。こんな酷い事件なんだもん、許せないことだからこそ、間違った人を犯人にしたくない」
「だがお前の発言は、犯人の追及に対して消極的にも聞こえる」
「ううん、犯人はこれから見つければいい。そして、きちんとお話して軽井沢さんに謝らせる」
「それは、クラスメイトが犯人だったとしても公にはしないということか?」
「する必要はないと思う。反省さえしてくれれば、あとは当人同士の問題にするべきだよ。自業自得なのかもしれないけど、他の仲間にまで広めたら、その人はクラスに居場所が一つもなくなっちゃう。それが何を意味するのか、綾小路君ならわかるんじゃないかな」
Dクラスに犯人がいる可能性、それが真実だった場合明るみにするつもりがないという趣旨の発言に瞠目する者と、櫛田さんの考えをかみ砕き納得する者とで分かれた。
確かに、犯人は間違いなくクラスからつまはじきされる。その人がいずれクラスの反乱分子へと変貌する恐れがあるのは、彼女の言う通りだった。
明らかに平行線な二人の意見。今まで見たことのない白熱する議論に多くのクラスメイトが黙り込んでしまった。
この議論の行く末がわからなくなった今、唐突に櫛田さんは――私を見た。
「ねえ堀北さん。堀北さんはどう思う?」
「わ、私?」
蚊帳の外だと思っていた。またしても嫌がらせのつもり?
案の定視線が集中する。懐疑、好奇、期待、不安、様々な感情が、まるで質量を持ったかのように、私の心を圧迫する。
いけない、まただ。また得体の知れない息苦しさ。集団の眼差しを受け止める度に、心臓が跳ね上がり目を逸らしたくなってしまう。慣れていないからだろうか。
「なぜ、私、なの?」
「堀北さんなら、きっと公正な判断をしてくれると信じてるから」
公正、ですって? わからないことだらけの状況で、公正も何もない。客観的という意味でなら、綾小路君の方があらゆる視点から物事を見れるはずだ。
なのに、みんなが見ている。須藤君や沖谷君、平田君に綾小路君までもが、私の答えを待っている。
クラスの方針を左右する一声を、私があげなければならない。本来そんな資格を持っていないはずの私が、半ば成り行きで。
目を泳がせることしかできないでいると、さまよっていた視線がある一点で止まる。
「……」
誰にも悟られないように、細心の注意を払っているであろう。真実の顔でこちらを睨む櫛田さんがそこにいた。
意図はまるでわからない。侮蔑しているような、苛立っているような。……普段なら、そう感じるだけだった。
「わた、しは……」
だけど今は、それが何かを試して待ち構えているような気がした。
次の瞬間、その不思議な感覚と、脳裏に引っ付いて残っていた彼の言葉が、自然と私の口を開かせた。
「櫛田、さんに。……賛成よ」
すうっと背筋の凍るようなおぞましさに耐えながら、私が出した答え。飛び出てからはもう後には退けない。
何か、何か続けないと。必死に拙い思考を巡らせる。述べることには、あまり慣れていなかった。
「……この試験は、クラスの団結を壊さず高めることが目的とされているわ。それは共同生活の半強制が証明している。一度ヒビが入った程度なら、修復する余地がある」
「綾小路君の案を採用すると、その芽も潰えてしまいかねない、ということだね?」
平田君の相槌に頷く。多分、相当自信がなさそうに映っているはずだ。
仕方ないでしょう。ヤケクソなんだから。
今度は顔が熱くなる。焦りと恥じらいで興奮したせいで、寧ろ思考が急速に働き始めた。
「そ……それに、櫛田さんがどういう気は知らないけど、私は女子の中に犯人がいる可能性も十分にあると考えているわ」
「ど、どういうこと……?」
篠原さんを筆頭に、軽井沢さんの取り巻きたちが表情を険しくするのを感じ取る。大丈夫、ロジックは破綻していないはずだ。
「綾小路君も触れていた、動機よ。単なる性的嗜好、Dクラスの内部分裂、この二つ以外にも単純なものが考えられるわ。個人的な恨みという、ごく単純なものが」
「う、恨み……⁉ 軽井沢さんに?」
「篠原さん、あなたにも十分心当たりがあるはずよ。忘れもしない、五月一日。Dクラスは支給されるポイントがゼロになった。ひどく浮かれて散財してきた生徒は、途端に困窮した生活を強いられるようになった。そんな中、一部の人は顔見知りにポイントをせびるようになったわよね?」
輪の外だった私の目にすら映っていたのだ。実際にせびられた当事者や、コミュニティに属する人はたくさんいるはず。
「そして、その姿が一際目立っていたのが軽井沢さんよ。友情を盾にがめつくポイントを奪っていく様にはほとほと呆れていたけど、今になってそのツケが回ってきたんじゃないのかしら」
勢い余って余計な一言も出てしまったけど、これくらいの方が今はちょうどいい。べらべらと言葉を並べ立てるには、誰がどう思うかを考える必要などないのだから。
「ほ、堀北さん」意外にも櫛田さんの横槍が入る。クラスへの印象付けか。「そこまで言わなくても……軽井沢さんがかわいそうだよ?」
「事実を言っているまでよ。それに、篠原さんや佐藤さんだけじゃない。普段大して一緒にいるわけでもない人にまですり寄っていたのを、今でも覚えているわ。試しに、一度でも言い寄られた人は手を挙げてちょうだい。大丈夫よ、あなたが思っている以上に多くの『仲間』がいるから」
私の呼びかけに、徐々に徐々にと女子の中から挙手する者が増えていく。気弱そうな子も、本当に一人ではないことに安心して恐る恐る手を挙げている。
「これが答えよ。各々思い込みや感情論で偏っているだけで、ここにいる全員が容疑者であり同等に疑わしい。性別もクラスも関係なく、誰を追放するにしてもリスクは変わらないわ」
結局、恥ずかしいことに正解はわからない。ただ、募ってきた綾小路君への違和感と、思いがけない櫛田さんの態度に直感を揺さぶられただけだ。
だから、今私が提示するべき案は……。
「平田君。私は、あなたに意見を求めたい」
「え、僕?」
「この中で一番、場の鎮め方を知っているのはあなたよ。これまでのやり取りを聞いた上で、どうすることが最もクラスの崩壊を止められるのか、教えてちょうだい」
綾小路君は伊吹さんを疑い、櫛田さんはその危険性を説き、私は全員に動機があることを示した。大事なのは、それらすべてをクラスメイトは聞いていたということだ。それぞれ様々な感想や、変わった考えがあるに違いない。そんなDクラスの現状を、できる限り刺激しないように立ち回る役割は平田君の十八番だ。立場を明確にしていない彼なら、鶴の一声としてうってつけだろう。
「僕は…………みんなの考えは、どれも共感できるものな気がする。だから、なるだけそれを全部受け入れた対応を取りたい」
「どうするつもりだ?」
「まず伊吹さんの処遇だけど、選択肢は二つだ。――伊吹さん、君はリタイアをして船に戻る気はない?」
「……したいのは山々だけど、龍園の指示で残ってる。考えがあるのか嫌がらせなのか知らないけど、どのみち逆らえば……」
どうせ即席でつくった答えだろう。それを察しているのかわからないが、平田君はあくまで信じるようだ。
「なら、彼女にはここに残ってもらう。でも今まで以上に監視は強化する。伊吹さんも、誰かを手伝うつもりだろうと近寄ることはしないでもらっていいかい? その方がお互いのためだ」
「……わかった」
次に平田君は、女子の方を見た。
「Dクラス内のことについては……男女のテントの距離を離すのは致し方ないね。荷物の場所もきっちり分けよう。――今回女子から被害者が出た事実は変わらない。他に何か、女子から要望があった時は、多少男子も気遣ってあげて欲しい。ただしあんまりな内容だと思ったら、僕や櫛田さん、堀北さんに言ってくれれば仲裁に入るよ」
は? ちょっと待ってほしい。
「私はごめんだわ」
「この状況に持ち込んだ張本人だろう……それくらい断るもんじゃないぞ」
嫌味ったらしく綾小路君が言う。何も言い返せなくなってしまった。
平田君の提案は、一応全員がうなずけるものだったらしい。相も変わらず自分のことのように憤慨する篠原さんも、ふくれっ面なまま不平はこぼさない。
二転三転した小さな魔女裁判も、ようやく終わりを迎えたようだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
綾小路は、今の状況が甚だ遺憾だった。
現状を正しく分析できないほど衰えてはいない。このままでは、自分の思うような行動をとることができない。
彼にとって最も想定外だったのは、やはり櫛田の乱入だ。彼女が伊吹の追放に反対しなければ……。
いや、違う。着目すべきなのは、佐倉と堀北の加勢。三人が口裏を合わせたように反論をしてきた状況すら、綾小路は疑いの目を向ける。
――そういうことか。
すぐにたどり着く可能性。全く面白い。ここまで盤上に触れることなく、文字通り蚊帳の外から状況を動かすとは。自分よりもよほど駒使いが荒い。だがなぜだ? 正直あまり信じられないことだが、他の可能性が考えられない。
それに、それがじきに無駄になることをあいつはわかっているはずだ。あるいは、言い逃れのためか? こちらの想定以上に、厳重な警戒をしているという線の方が濃いか。
危なかった。例の下準備を事前にやっておかなければ、これから自分たちは一方的で苛烈な攻撃に成す術がなくなるところだった。
夜の帳が覆い始める。静寂を呼び込む背景が、間もなく悲痛な喧噪に塗り替わるのを綾小路は予感する。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「止められなかったか……。でもまあ、見苦しい抵抗くらいはね」
ベースキャンプから少し離れた森の中。サイドを結った髪を垂らす人影が、独り言ちる。
空を仰げば、もう今にも雨を垂らしそうな暗雲が、朧気に影を落としている。
そろそろか。
大丈夫。自分の言葉を覚えているなら。あの頃と変わっていないのなら。そして、その先の準備もできている。
あとは、彼がどう受け止めるかだが。
目先のことに意識を向け、ぽつりと、とり憑かれたように呼び掛ける。
「今、逢いにいくよ――」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
各々が夕食を済ませ、就寝の準備に取り掛かる夕暮れ時。それは突然起きた。
耳を劈く爆発。にわかに茜に染まる夕闇の森。朧気に立ち上る二本の狼煙。
現場に居合わせた者のほとんどが、当然予測できなかった。
試験を二日残して、無人島の一部が炎に包まれた。
番外編時系列投票ver2
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4.5巻後、夏休み中
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