アンデルセンは笑っている   作:小千小掘

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先に謝っときます、ごめんなさい。

難産過ぎた。何度も練り直したんですけど、僕の文才ではこれが限界です。

一応キャラの芯はブレないようには書けているつもりなので、物語としては崩壊してないはずです。


空虚な優しさ(後編)

「浅川君」

 

 水泳の授業を終え、いつもの三人で合流するやいなや、鈴音が切り出した。

 

「どうして?」

「何が?」

「しらばっくれないで。どうして見学したの?」

 

 そりゃそうなるか。事前に伝えていなかったし。

 

「わかっているわよね? 適当な理由で見学なんてしたら、評価に――」

「わかってるよ。だからちゃんと説明して、『工面』してもらうことになったんだ」

 

 心配無し。と言ったつもりだったが、鈴音は訝し気な表情を緩めなかった。

 

「特殊な事情を抱えているって言うの?」

「そうだなあ。僕もこの華奢身体をまじまじと見つめられるのが恥ずかしくて――」

「ふざけないで」

 

 一蹴された……怖いよ顔が。僕は見ていたんだからな。君が清隆の体を舐め回すように見つめていたのを。

 とは言え追究されるのは旨い話ではない。頼みの綱として清隆にアイコンタクトを送る。

                                         

「……それくらいにしておけ。前もって教えてくれなかった時点で、言えない事情だということはわかるだろう。そもそも恭介が、安易にサボるとは思えん」

「それは……そうだけど」

 

 鈴音自身も頭では理解していたようで、すぐに矛を収めてくれた。

 

「君らの危惧していることは起こらないから心配御無用。ほら、とっとと教室に戻りなあ」

「お前は一緒に来ないのか?」

「工面してもらうって言ったろう? その手続きとかで教師と会わなきゃだから」

 

 僕は二人の背中をトンと押して、先に行くように促す。

 

「それなら仕方ないか。行こう、鈴音」

「……言われなくても」

 

 二人は渋々といった様子で歩き出す。

 その影が曲がり角で見えなくなるまで待ってから――僕は振り向いた。

 

「……何の用?」

「今日も君たちは三人揃って愉快だねぇ」

 

 現れたのは、僕よりもずっと大柄で、鼻に付く口調の少年だった。

 

「久しぶりだな―――六助」

 

「ごきげんよう、オールドフレンド。良い高校生活を送れているようで安心したよ」

 

 どこまでも変わらないふてぶてしさには、やはり今でも呆れてしまう。

 

「よく僕だとわかったね。大分見た目が変わってたと思うけど」

「名前が一致していたからねぇ。元々君からここに行くと聞いていて、そこまでくれば間違えようもない」

 

 飄々とした態度で会話を始めるが、六助はすぐに神妙な顔つきになる。みんなが今の彼を見れば仰天するだろうな。

 

「まだ、痛むのかい?」

 

 彼が指したのは僕の右脇腹。僕が水泳を見学することになった理由だ。心配してくれたのか。

 

「みんなを怖がらせたくなかっただけさ」

 

 当たり障りのない回答をしたつもりだったが気に食わなかったようで、六助は表情を曇らせる。

 

「やはり、変わってしまったようだね、君は」

「だから変わったって言ってるだろう? 髪を弄る癖がついちゃって大変だよ」

「ジョークのセンスは相変わらずのようだ。私がしているのは内面の話だよ。以前の君なら、そんな体裁は気にしなかった。人生を、心から楽しんでいたじゃないか」

「はあ、諸行無常だね」

 

 小さなきっかけだけでガラッと変わることはある。まして彼は、僕の身に遭ったことを知っているはずだ。

 

「本質はそう簡単には変わらない。だというのに、今の君はかつてと正反対だ」

「そうかい? 元々こんな感じだったろう」

 

 僕の記憶が正しければ、これくらい砕けた口調だったと思うが。人付き合いのしかたは、ちょっと違っていたかもしれないけど。

 

「醜いねぇ、惚けるつもりかい? 君の本質はそこではない。もっと起源的なものだ」

「言い切るんだな」

「親友を理解できない私ではないよ。尤も、君を友と呼べるかは怪しいがね」

 

 言ってくれる。だからオールドフレンド(かつての友)、か。

 一つ疑問が浮かぶ。それは入学日の一幕のこと。

 

「醜い者が嫌いなんだろう? どうして態々声をかけた」

 

 彼は僕のことを醜いと評価しているようだった。正直見限られたものだと思っていたが、どういう腹積もりなのだろうか。

 

「確証がないからだよ。私が君に向けているのは嫌悪ではない。()()だ」

 

 そうして彼は一歩、また一歩と、詰め寄ってくる。

 

「君の変化を感じたのはあの日以降だ。そして私はあの日のことを何も知らない。何も、ね」

 

 そうだ。彼はあの日、僕らと同じ場所にいなかった。駆け付けた時には、事が過ぎた後だった。

 この自由人は、その事実にどれだけ心を傷めたのだろう。

 孤高を貫く彼が認めた者たちのことを、どれだけ悔いたのだろう。

 僕には測ることはできない。『あの人』ならば、できたのだろうか。

 

「だから、それを確かめるためにここへ来たのだよ」

 

 気付けば、僕らの距離は歩幅程度にまで迫っていた。

 知られたくない。理解されたくない。幻滅されたくない。

 全てを悟った時、君は僕を受け入れられなくなる。

 六助は、僕の眼を覗き込むように顔を近づけた。

 

「敢えて君の言葉を借りよう。――君の心を聞かせたまえ」

「君に僕は測れない」

 

 交錯する視線。互いに外さないまま、長い沈黙が流れる。

 せめてもの虚勢を(まなこ)から発し、絶対的な強い瞳に微力な抵抗を見せる。

 張り詰めた緊張感を破ったのは、高らかな笑い声だった。

 

「ハッハッハ! それが君か、面白い。その方がずっと君は美しい」

 

 彼は満足したのか、既に圧を引っ込めていた。

 

「他の者にも道化を気取らず、その素顔を晒せばいいものを」

「醜い素顔は晒しても美しくはないよ」

「本質の話ではない。生き方の話さ」

 

 相変わらず余裕たっぷりな表情。しかしその眼差しは真剣そのものだった。

 

「変化に寛容でありたまえ。君が窮屈な生き方をするのは、見てられない」

「僕の変化を残念がっていたのに?」

「諸行無常と言ったのは君さ。私が真に好いていたのは、君の生き方だよ」

 

 六助は僕を横切り、教室へ向かっていく。

 その背中を、僕は振り向かない。

 

「今回の会話で確信した。私の親友だった恭介はもう、()()()()()()()。今は、君が私のグッドフレンドになれる日を心待ちにしておくとしよう。――そうだ。ここを無事に卒業したら、共に(しずか)(じゅん)のもとへ挨拶にでも行こうではないか」

 

 やはり読めないな、君だけは。

 せめて、悟られた仮面は一枚でありますように。

 不安が募る一方、六助が最後に発した言葉が気になった。

 ――二人共、元気にしているかな。

 今もあの日々は、六助にとって希望なのだろうか。彼の葛藤を、ひしひしと感じる。

 今はただ、彼が僕を認めたいと願っていることに安堵するだけだ。

――――――――――――――――――――――――――

 

 さらに一週間が経ち、今から日本史の授業が始まる。

 しかしいつもと違い、開始の五分前には茶柱さんが入室していた。その手には書類の束が握られている。

 

「おーいお前たち、静かにしろ。今日は少し真面目に受けてもらうぞ」

「え、どういう意味っすか? 佐枝ちゃんセンセー」

 

 日頃からお粗末な態度で授業を過ごす男子生徒が尋ねた。「佐枝ちゃんセンセー」というのはいつの間にかついた渾名、随分と舐めたネーミングだ。

 

「月末も迫って来たということで、今からお前たちには小テストを受けてもらう。後ろに回してくれ」

「えー、聞いてないよぉ。ちょっとずるくなーい?」

「あくまで参考用だ。成績表には一切反映されないから安心して取り組むといい。ああだが、カンニングだけはするなよ? そんなことをしたら問答無用で退学処分だからな。」

 

 抜き打ちであることに不満を零す生徒を茶柱さんが宥める。

 この場合は、どっちだ? 成績に評価やポイント云々は含まれるのだろうか。いや、どちらにせよこれまでのクラスの様子からして、恐らく既に評価は0かマイナスの領域に踏み込んでいる。お言葉に甘えて気楽にやろう。

 蓋を開けると、どうやらテストは主要五科目、全体で百点満点のようだ。形式は「空欄に答えを埋めなさい」や「〜は何でしょう?」といった一問一答がベースとなっている。数学は「計算式や過程を書き込みなさい」というのもある。

 なるほど、これは面白い問題だ。

 難易度自体はそこまで高くない。僕は自分の『感性』に従って答案用紙を埋めていく。

 一つの空欄も残すことなく、僕は小テストを終えるのだった。

 

 

 

「手応えはどうだった?」

 

 なんか三人での会話っていつも鈴音からだな。僕と清隆が話している時は彼女が参加してこないからか。

 

「ばっちしだ。ふんだんに時間が余っちゃった」

「すごいな、オレはあまり解けなかった。特に最後の三問なんて、全くペンが進まなかったぞ」

「確かに後半は、高一で習うようなものじゃなかったわね。浅川君はそれも全部解けたの?」

 

 素直に感心した様子を見せる鈴音。嘘、あれ高校生じゃ解けないの? 話を合わせそびれた。

 

「僕の読解力を以てすればこんなもんよ。つまらない引っ掛け問題だったね!」

「意外な特技ね……人は見かけによらないのかしら。綾小路君も一つくらいは取り柄を作ることね」

「僕ってそんなに勉強苦手に見えるの?」

「オレが取り柄ゼロみたいな言い方をするな」

 

 男子双方から突っ込みが入る。コイツついに二人同時に貶す技まで身に付けやがった。なまじ勉強はちゃんとできる上に容姿端麗なのだから、食えない女だ。

 

「まあそんなことは置いといて」

「置き場がねぇよ」

 

 そもそもそんなことって言うな。

 

「問題は、今回のテストが一体どんな意味を持つのかということね」

「参考用、と言っていたな。成績表には反映されないとも」

「『には』という部分が強調されていたのが気がかりね。まるで他の何かには影響すると言いたげな。やはりクラス評価に反映されるということかしら」

 

 成績表とは別枠として捉えれば、確かにそういう見方になる。だけどあの人、「安心して取り組むといい」とも言っていたぞ。嵌める気満々じゃないか。相変わらず生徒に対する態度が合点いかん。

 

「過ぎたことは今更だ。抜き打ちは対策のしようがない」

「その通りね。でも、だからこそ気になるのよ。これからに関わる別の意味も隠されている可能性は捨てきれない。最後の三問は明らかに授業の進捗に沿わない難易度だったし、今回のことは記憶に留めておいたほうが良さそうね」

 

 難易度の意味か、それは盲点だった。特に悩まないテストだったせいで違和感として残っていなかった。

 難易度と言うよりは出題範囲。既習の範囲に収まった発展的な問題なら、疑問を抱く必要はない。しかし鈴音曰く、僕らの学年では到底習うものではないらしい。これでは「実力を測る」という趣旨とズレがある。

 普通なら解けない、か。なら普通ではない解き方か、そもそも解く以外の方法があるのかもしれない。

 いずれにせよ、この学校は隅から隅まで普通であることを嫌うようだ。異常が大好きな進学校、思うところは一つ。

 ――我が国の政府は正常か?

 

――――――――――――――――――――――

 

「うーん」

 

 放課後を迎え、現在地は図書館。

 

「ウーン」

 

 僕は名案が見出せずに困窮していた。

 

「フーンモッフ!」

「図書館ではお静かに」

 

 お淑やかな友人を隣に添えて。

 

「いやねえ、事件なのだよ。全く大事件なのだよワトソン君」

「何か事件発生ですか?」

「僕にはキューピットになる素質がないのかもしれない」

 

 頭を抱えて突っ伏す僕を困ったような微笑みで見つめる椎名。やめろ、その笑みは僕をさらに哀れにする。

 

「恋愛相談でもされたのでしょうか?」

「依頼人は女子でターゲットも女子。どうにかして友達になりたいんだと」

 

 何を隠そう今僕が悩んでいるのは櫛田の件だ。

 あれからというもの、良い作戦はないかと思索しているが、ハードルが高すぎる。僕は人付き合いが苦手だし、当事者が異性なのも難しいところだ。

 清隆にああ言ってしまった手前、見込みのある策を講じたいところだが、完全に滞っている。

 

「よく引き受けましたね。今のところ状況は芳しくないように見えますけど」

「ちと下心があってね。無理に引き受けてしまった」

「下心? 恋心ですか?」

「してると思うかい?」

「ないですね」

「嘘でも可能性は残して欲しかった……」

 

 色気がないってか。お互い様だろ。

 たまに抉るようなことをズバッと言うなこの子。気をつけていないとクリティカルKOだ。

 

「もしあなたが本当に恋をしていたら、今こうして私と二人でいること自体どうかと思いますよ」

「うぐっ、節操無しみたいになるっすね……」

 

 時々忘れかけてしまうが、男女二人で親し気に放課後の図書館で談笑していると、何か、こう、そういう関係に見えなくもない、かも。想い人がいてこの行動は確かに良くない。

 

「ですが、私は浅川君が優しいことを知っています。だから自信を持ってあなたは恋をしていないと言えるんです」

「うーん複雑ぅ」

 

 純粋に褒めているつもりなのだろうが、思春期男子としてどうなのこれは? 胸を張ってそう言われるとさすがに僕も恋をしたく、は、ならないな。こりゃ駄目だ。

 

「君は……時々、思いもよらないことを言ってくるね」

「そうですか? なら良かったですね。自分では気付かなかった長所に気付けたということですよ」

「君の勘違いだとは思わないのかい?」

 

 出会って一か月も経っていないのだ。まだまだ知らないことだらけだと思うが。

 少々意地悪な質問になってしまったかもしれない。

 

「思いませんよ。思い遣りのできる人が優しくないことはありません」

「ただの気まぐれかもよ?」

「だったら尚更、あなたの本質は優しいのでしょう」

 

 ……そんな当たり前のように言われても困る。

 思い遣りと優しさはイコールなのだろうか? 打算的な部分もあったとしても?

 

「思い遣りなんて一方通行でも成り立つよ。僕が思い遣りのできる人だからといって、それが優しい人という風にはならないんじゃないか?」

「優しくない優しさだってありますから」

「なんだい? それ」

「悪いことを叱ったり、未練を諦めさせたり、本当にその人のことを想ってしたのなら、きっと誰かが見つけてくれるはずです。仮に相手には伝わらなかったとしても、他の誰かが気付くかもしれません。そして、いつかはその人も自分が施してもらった優しさに気付くでしょう」

 

 誰かが、か。その誰かの声を聞いてみたいよ。

 だって、あまりに虚しいじゃないか。見ていてくれても、認めてくれても、今度は僕らがそのことに気付かないままかもしれない。

 

「私がいます」

「え?」

「私が、浅川君の優しさをしっかりと見ていますから。あなたの想いがその人に届くまで、私があなたを肯定しますよ」

 

「嫌でなければですけどね」と笑う彼女に、僕は面食らってしまう。

 強かというか真っ直ぐというか、彼女の方こそ、お人好しのような優しさを持っている。僕なんかより、余程純粋な優しさだ。

 でも、わかってきた。それを口にしたところで、彼女はきっと「浅川君こそ、あの時私に優しくしてくれたじゃないですか」とか言って返すのだ。

 これは手強い少女に手を差し伸べてしまったらしい。

 

「嫌なわけがない。この学校で僕を受け入れてくれる人は、そう多くないんだよ」

「寂しい人ですね、仕方ありません」

「人のこと言えないくせに」

 

 僕にはクラスメイトにあの二人がいる。寧ろ君よりか数センチ先にいると言ってもいい。

 しかし――

 

「言えませんね。ですから浅川君も、私のことを受け入れてくれると嬉しいです」

「……ズルいなあ」

「知らなかったんですか? 私は、案外策士なんですよ」

 

 全く、本当にズルい。その笑顔込みで。

 ――やはり、彼女に頼るべきではないな。

 

「それで、依頼は上手くいきそうなんですか?」

「何とか頑張ってみるよ。一つくらい得るものがあれば良いんだけど」

 

 意気込みの言葉を最後に、僕は再び本の世界へと引き返した。

 理由は色々ある。クラスが違うからとか、Dクラスの面々と面識がないからとか、僕の承諾理由が決して崇高なものではないからとか。何より勝算が低すぎる。彼女の助言を得られたところで、活かせる自信がない。

 兎も角、そんな私利私欲な事情に純粋無垢な椎名を巻き込むのは気が引ける。頼らせてもらう機会は今後どこかであるはずだ。

 ―――だから、椎名。

 僕の死角から、不安気な横目で見つめてくるのはやめてくれ。




序章の関門ってとこですね。こんなに苦しむとは。正直櫛田からの依頼の件はそもそも展開の仕方を間違えちゃった気がしています。

オリ主の過去話について(どれになっても他の小話もやるよ)

  • 止まるんじゃねぞ(予定通り,10話超)
  • ちょっと立ち止まって(せめて10話以内)
  • 止まれ止まれ止まれ…!(オリだけ約5話)
  • ちょ待てよ(オリキャラだけ,3話)
  • ムーリー(前後編以内でまとめて)
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