アンデルセンは笑っている   作:小千小掘

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短め。


形骸なピリオド

 ここ数日の重い空気を払拭するように。あるいは、これから訪れる結末を先んじて祝福するように。

 最終日の朝は皆、試験開始時と同等に照り輝く太陽に見守られて起床した。

 点呼を済ませ、空腹を感じる者は僅かに残った食料を費やし、リーダー当ての時間はすぐにやってきた。一体どのクラスがどのクラスを狙うのか、仔細を把握することが難儀な多くの生徒が不安に駆られていることだろう。

 現在時刻は正午。結果発表の場である船着き場に最初に姿を現したのは、Bクラスだ。

 そわそわと、しかし体裁を気にし優等生然とした態度で待機している。

 次に顔を見せたのは、

 

「龍園、君……」

「ハッ、疲れが溜まっているわりに、覇気のある顔はできるみたいだな」

 

 Bクラスの面々とは比にならない汚れた格好の龍園に、Cクラスは全員リタイアしたのだと思いこんでいた者たちはざわめきを抑えられなくなる。

 一之瀬にとっては意外でもない。金田がスパイである可能性を認識している以上、司令塔の彼が島に残っているかもしれないと悟るのは当然のことだ。

 

「そんなボロボロになってまで、リーダーを探した甲斐はあったのかな?」

「……まあな。一つだけ言えるのは、今回お前らは痛い目を見るってことだ」

 

 意味の薄い質問をしたつもりだった。しかし、龍園の反応は想像とは違った。煮えきらない返事。

 彼は彼で、何かしらのトラブルがあったのだろうか。

 一之瀬が顎に手を当てている間に、Aクラスも到着する。ひどく落ち着いた様子で、クラスポイントのかかった試験の渦中とは思えないほどだった。

 現時点でのリーダー、葛城は、指定の位置に黙して立つ。

 

「隠居生活は楽しかったか? 葛城」

「有意義だった、と言っておこう。――龍園、生憎貴様の思い通りにはならんぞ」

 

 睨み合いの拮抗が崩れる。龍園の眉が動いた。

 

「我々を出し抜いたつもりなのだろうが、Aクラスの鉄壁は簡単に崩せんということだ」

「てめぇ、まさか……」

 

 余裕の欠けた龍園の言葉は、最後まで紡がれることはなかった。

 最後のクラスが到着したのだと、すぐにわかったからだ。

 なぜなら、

 

「え……?」

 

 その場にいた半数が、その光景に驚愕する。

 Bクラスと龍園は驚きに顔を染め、一方のAクラス、そして神崎は一切の動揺も示さない。

 

「……! そういことか」

 

 唯一何かに気付いた龍園が、忌々しげに呟く。

 

「やってくれたな、綾小路ぃ……!」

 

 彼の矛先にいたのは、今回Dクラスを先導した一人である綾小路。

 そして、

 

「なんで、Dクラスが全員残っているの……?」

 

 総勢39名。

 高円寺を除くDクラス全員が、ここに集結していた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「Dクラスは、一部を残して全員リタイアする」

 

 決定した方針を、浅川君は改めて口にした。

 彼の言う通り、綾小路君の異様なスポット占有によって、最終的なボーナスポイントは100pに届く見込みだ。まさかリーダーを当てられるようなミスはしないと考えると、この加点は蓋然性が高く大きな追い風となる。

 しかし、私たちはこれまで足りない知恵を出し合い、何とか節約の努力を続けてきた。高円寺君の予想外の厚意もある。浅川君の案はそれらを無に帰す、肉を切らせて骨を断つ作戦なのだ。

 私の中で、天秤は失われるものに傾いている。やはり今からでも反対するべきだろうか。節約派のクラスメイトからの反発が予想されることを指摘するのもいいかもしれない。

 考えあぐねていると、私の思考を打ち消すように、再び浅川君は手を鳴らした。

 

「…………って、相手に思い込ませるのが今回の作戦だ」

 

 理解できないセリフに、私たち全員顔をしかめる。

 

「思い込ませる、って……」

「騙すってよりかは、自然とそうなるってだけだね。どこから説明すればいいか……まず、Dクラスは誰もリタイアしないのは前提だ」

「でも、さっき君は試験を続行するリスクを語っていた。それについてはどうするつもりだい?」

 

 平田君からもっともな質問が出る。当初の浅川君の言い分の根拠が、まさしくそれだった。

 

「要はあんな健康に悪い場所を住処にしなきゃいいって話さ。火災の現場から離れた場所にいれば、悪影響は大きく軽減されるはずだ」

「点呼を忘れていないか? ベースキャンプを変更することができない以上、必ず全員あの場所へ足を運ばなければならない」

 

 点呼のタイミングだけ戻るというのであればあるいは。しかし手間がかかるし、今から新たな休息地を探す余裕があるとも限らない。それをわかっての、綾小路君からの提起。

 それを浅川君は、待ってましたと言わんばかりに笑みで返す。

 

「誘導ありがとう清隆。そう、僕の潜伏と同様点呼が一つの壁になる。でもそれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の話だ」

「どういうこと? ベースキャンプに関する規定はマニュアルに記載されているし、先生からも説明があったわ」

 

『ベースキャンプは正当な理由なく変更はできない』、と。

 にもかかわらず、彼は首を横に振った。

 

「それは変更が不可能であることを意味するわけじゃない。肝心なのは、ここで言う『正当な理由』とは何なのかだ」

「あ! そうか、裏を返せば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだね」

 

 平田君の補足に彼は頷いた。

 

「設定したベースキャンプが想定されていない出来事で機能不全。拠点として生活し続けるには衛生が絶望的すぎる。拠点が利便性をもとに選択されるという暗黙の了解であることも考慮すると……茶柱さん、これはさすがに不当な申請ではありませんよね?」

「当然だ。不測の事態にもルールを以て対応できるために、そのような説明の仕方になっているのだからな」

 

 どこか嬉しそうに、茶柱先生は即答した。どうせ妙案を思いついた浅川君に感心しているのだろう。

 

「そして次に問題となるのが、どこをベースキャンプにするのかだ。知っての通り、今から良さげな拠点を探すには時間と、みんなのストレス容量値が足りない。求められるのは即興でも上手く生活を続けられるだけの利便性と、それが保証されていることをすぐに把握できる明確性」

 

 簡潔にして相当高いノルマだ。特に明確性の件は、キャンプ経験者であろうと探索→発見→確認のプロセスを省略できないため困難を極める。

 ただ、それを理解した上での発案だ。彼はその問題にも、奇天烈な回答を用意していた。

 

「実は、僕らは既に知っているんだよ。ベースキャンプに向いている他の場所を」

「……二か所、か」

 

 綾小路君が、そうつぶやいた。

 

「ベースキャンプを設定したのは、僕らだけじゃなかったろう?」

「ま、まさか浅川君。あなた、他クラスに居候するつもり?」

 

 あまりに突拍子もない。残り二日のこのタイミングで、敵地に拠点を置くですって? 力技というか、それはいろいろと大丈夫なのだろうか。

 

「初日に僕がした質問を覚えてるかい? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ルール上問題はない」

「それはそうだけど、望みは薄いわ。だって、それを相手のクラスが許可するメリットがないもの」

 

 誰もその方針を考え付かなかったのは、拠点を被らせるデメリットが多すぎるからだ。自クラスのリーダーが悟られる可能性だけじゃない、利用できるスペースが半分になってしまうことも理由の一つだ。

 

「なら利益を提供すればいい。例えばこの試験でのポイントをいくらか分けるとかね」

「そう簡単な話じゃないわ。恐らく並ではない値を要求される。そもそも、そこまで寛容なクラスがいるとは思えない」

 

 Bクラスでさえ、今は雰囲気がおかしい。余裕があるとは言い難い状況だった。不干渉という関係がほぼ定まった状況での空間提供は図々しいことこの上ないだろう。

 しかし、

 

「いいや、一つだけ伝手がある。既にコンタクトは済ませて許可も取ってある。残りがたった二日なのが幸いしたね」

 

 自分の意見が通ること、それが成功することを疑わない自信に満ちた顔で、彼は言ってのけたのだ。

 

「新たなベースキャンプは、Aクラスのいる洞窟だ」

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 Dクラスの動きを察知していなかった者たちの間では、どうやらDクラスはリタイアしたという噂が広まっていた。

 一之瀬も、浅川とのやり取りから、彼らはリーダー当てのために初期ポイントを捨てて最小限の人数で行動をしていると、勝手に思い込んでいた。

 そう、勝手な思い込みであったことを、彼女はすぐに気づくことができたのだ。

 浅川はあの時、決して『リタイアをした』とは口にしていなかった――。

 ほとんどの生徒がいまだ疑問符を頭に浮かべる中、強引に静寂を振りかざすように、キーンと甲高い音が響く。

 壇上にあがった真嶋先生が持つ、拡声器の音だ。

 

「諸君、一週間にわたる無人島生活、ご苦労だった。既に試験は終了している。今は正真正銘ただのバカンスの一環だ。リラックスしてくれて構わない」

 

『試験は終了』、大きな意味を持つその一言は、生徒たちにとって決定的だった。緊張の糸がほつれ胸をなでおろす者たちが散見される。

 その様は、間違いなく年相応の、無垢な少年少女だった。

 

「ここでの生活は挑戦的であると同時に、大きなチャンスだった。クラスの結束を深める。他のクラスを知る。新たな人間関係を構築する。それぞれが己に課題を見出し、達成する努力をしてきたことだろう。しかし共通しているのは、自分自身を見つめ直す時間が与えられていたということ。自分には何ができて何ができないのか。足りないものは何なのか。どのようにして研鑽を積むべきか。そんな途方もない命題に、行動を以て答えを示す君たちの姿を、我々教員はしかと見届けさせてもらった。その上で――皆素晴らしい結果だったと、私達は大いに感心している」

 

 子供が大人に成長する過程。それを悲観的かつ現実的に描かせるのが、高度育成高等学校の特徴の一つと言える。

 無人島試験において、苦難を経験しなかったクラスは一つもない。だからこそ、あどけない子供たちの胸を打つような真嶋先生の温かい言葉を、内心無下に扱おうとする生徒は一人としていなかった。

 しかし、そんな感慨はすぐさま、唐突に振り払われる。

 

「では、これより試験結果を発表する。勿体ぶらずに纏めて発表するので、聞き漏らすことのないように」

 

 波の打つ音のみが置き去りにされた無人島に、簡潔な事実が木霊する。

 

「――四位、Aクラス、180p。三位、Bクラス、200p。二位、Cクラス、258p。そして一位、Dクラス、298p。以上だ」

 

 本当に迅速に義務を済ませて下がるものだから、寧ろ生徒を労う意図がわかりやすかった。

 しかし、それを各々が意識するのは後のことで。

 

「馬鹿な……」

「どういうこと?」

 

 葛城と一之瀬は、純粋な驚愕。

 

「……つまらねぇ茶番だったぜ」

 

 龍園は不満と苛立ちを込めた舌打ち。

 

「……」

 

 綾小路も、違和感に眉をひくつかせる。

 この島でクラスを代表していた者たちでさえ、誰もこの結末を完全には予想できなかった。

 ――ならば。

 この複雑なシナリオは、一体どのようにして描かれたのか。

 その答えは当然、数多の思いと共に隠されている。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 平田君に宥められながら豪華客船へと帰ってきたDクラス一同は、ため込んでいた喜びと驚きを一気に爆発させた。

 

「おおおおおよっしゃー! やったぜ、俺たちが1位だー!」

「ひもじい生活送ってきたけど、みんなで頑張った甲斐があったな!」

 

 互いが互いを称え合う。そんな明るい光景が広がっていた。

 そこに、高らかな笑い声とともにブーメランパンツの男が現れた。

 

「諸君! 無人島での生活はどうだったかな?」

「高円寺⁉ て、てめぇ何呑気な顔してやがる!」

「あんたのせいで30ポイント引かれちゃったこと、忘れたとは言わせないからね!」

「ああ俺もトロピカルジュース飲みたくなってきたぁ!」

 

 あなたたちは呑気ではなくとも能天気でしょう……。

 

「あはは……でも、高円寺君があの時たくさんの食糧を調達してくれたのはとても助かったよ。リタイアのマイナスを払拭するほどの働きをしてくれた――今回の試験を最高の形で乗り越えられたんだ。こういう時くらいは、僕たちは彼にきちんと感謝すべきだと思うよ」

「そうだね。……ふふ、体調不良だったのに頑張ってくれたんだもん」

「ハハハ! Don't worry! 私は完璧な男として、未熟な君たちに当然の施しを与えてあげたまでさ。喜んでいただけたようで何よりだよ」

 

 昂った感情のままに賑やかさを見せる面々だが、再度平田君が宥め、櫛田さんも冗談交じりな一言を加えることで、もう高円寺君の態度に物申す人は現れなかった。

 

「でもさ、どうして俺たちが一位になれたんだ?」

「やっぱり誰かがリーダーを当てれたんじゃない? 平田君か綾小路君か、堀北さんとか?」

 

 ようやく話しがまともな方へ動き出した。伝染する疑問に平田君は答える。

 

「実はそこまで難しい話じゃないんだ。僕たちは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「じゃあなんで……」

「他のクラスが当てられたり、外したりした結果、Dクラスはリスクを冒すことなく一位になれた。それだけのことだったんだ」

 

 まさかとは思うが、本当にそれ以外説明のしようがない。私たちDクラスは、本当にどのクラスにもリーダー当てを行っていない。

 物資の購入と調達や工夫によって、初期ポイントは180残る予定だった。そこに高円寺君の貢献とリタイアの差し引きが挟まり、暫定が190となる。

 そこに綾小路君のスポット占有によるボーナスポイントが加わり298p。

 契約によってAクラスは狙わない。不干渉によってBクラスは狙わない。Cクラスも、綾小路君から聞いた例の()()によって狙うことはしなかった。

 盗難事件から火災やベースキャンプの変更と波乱は続いたが、最終的にDクラスは正攻法で一位を勝ち取ったことになる。

 結果だけで見れば、とてもシンプルな様相だ。しかしDクラスのみんなからすれば、その事実はむしろ大きな糧となる。

 

「つまり、僕たちが1位を獲れた最大の秘訣は、正真正銘全員での協力と努力にあるってことだね」

「おおぉ、感動だぁ。俺たち、クラスの勝利にちゃんと貢献できたんだな……!」

「おい寛治ぃ、何泣いてんだよ。男が、めそ、めそめ……めめめそめそ泣くんじゃねぇ!」

「はぁ? お前の方こそ号泣してんじゃねぇか!」

「バカ、これは目にゴミが入っただけだよ!」

「んなでっけぇゴミがあるかってんだよ!」

 

 万感の思いを露わにする池君と春樹君の情けないやり取りの滑稽さに、クラスに温かな笑いが沸き起こる。

 全く、彼らの最大の長所は、ああいったムードメイクなのかもしれないわね。

 成功体験を分かち合う彼らを眺めていると、やっと違和感に気付いた。

 何人かの姿が見えない。もうデッキから動いたのかしら。

 ……。

 もしかして……。

 クラスメイトの群れを放置して、私は慌てて駆け出した。

 私は、この試験のあらましについてある程度は聞き及んでいる。しかし全てではないこともまた事実だろう。

 特に、終盤に至るまでほぼテントに籠りきりだったはずの浅川君と、多くを語らなかった綾小路君の動きは謎が残ったままだ。

 不在の生徒の中には二人もいる。もし、クラスに打ち明けるつもりのないことについて、試験の振り返りをしているのなら。

 心当たりのない私の足は、あてもなく答えを追い求めていた。

 




さあ、次回から各クラスか人物単位で試験を振り返っていきます。いやーうまくまとめられるか心配。
表面だけ見る限りだと、本当に詰まらない結果になってたの、書いた後に気付いたんですよね。過程は自分でもこんがらがるくらい複雑にしたつもりだったんですけど。やり場のない嘆きを込めて、龍園君には「つまらねぇ茶番だ」と吐き捨ててもらいました。

番外編時系列投票ver2

  • 一章後、二章前
  • 二章後、夏休み前
  • 夏休み中、無人島前
  • 船上試験後、4.5巻前
  • 4.5巻後、夏休み中
  • 夏休み後
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