アンデルセンは笑っている   作:小千小掘

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思惑韜晦のポストトーテム(A)

 試験開始直後、葛城は龍園からある契約を持ちかけられていた。守りを重視し、攻め手に欠けていた葛城にとって、それは確かな魅力のある内容だった。

 熟考の末、彼は決断する。

 自分の答えを、目の前の蛇のような男に突きつける。その、直前だった。

 予想外の出来事が起こったのは。

 

「葛城さん?」

「……! や、弥彦――」

 

 戸塚は呆然とした顔で、葛城の背後から現れた。それに気づいた葛城も同じような表情をする。

 

「なぜここに来た?」

「お、俺は葛城さんが心配で……それより、なんで龍園がそこにいるんですか? もしかして葛城さん、龍園と手を組もうとしているんですか?」

 

 もともと互いに相容れないという自覚はある。そんな二人が密会しているとなれば、戸塚でもその結論に至るのはそう難くなかった。

 

「おい腰巾着。俺たちは今大事な話をしてるんだ。頭の足りねぇカスは引っ込んでろ」

「なっ、うるさい! Cクラスのくせに、舐めた口を利きやがって」

 

 龍園の圧に物怖じしないのは勇敢だからか鈍感だからか。差別的な応酬をし、不安そうな瞳が葛城に向けられる。

 

「葛城さん、こんな怪しいやつの言うことなんて信用できませんよ。危険な男だって警戒していたのは他でもない葛城さんだったじゃないですか」

「う、ううむ……」

「聞けば7月の暴力事件も、CクラスがDクラスを騙して訴えたらしいじゃないですか。俺たちも同じ目に遭わせられるかもしれません。俺は、そんな屈辱を味わいたくありませんっ」

 

 自分を心底尊敬し、信頼している者からの懇願だ。初めからあった警戒心も相まって、葛城の心は再び揺らぎ始めていた。

 今しがたも、警戒心からこちらの負担を軽減してもらったばかりだ。この契約が本当にAクラスにとって得なのか、疑っていないわけではない。

 どうする? どんな罠があるかもしれない石橋を叩かずに渡るか、リスクを避けて別の糸口を探すか……。

 

「……葛城さん。俺は、葛城さんにも、危ない目に遭ってほしくないんです」

「……」

「葛城さんなら、Aクラスの座をきっと守り通せるって信じてるから。俺は……」

 

 所詮龍園に出し抜かれる程度だなどと言っているわけではないことは容易に理解できた。

 最もリスクが高いであろう相手と組まなくとも、葛城ならAクラスを勝利に導いてくれる。恐らく戸塚はそう言いたいのだ。

 それに、彼の『守り通す』という言葉が、葛城の胸の内を刺激した。

 

『守るからには、徹底的になー』

『時にはそこの右腕さんの言葉も聞いてみなー。君のちょっとやそっとの甘さに、待ったをかけてくれるかもしれないぜ?』

 

 そうだ。自分のやり方を信じろ。

 搦め手も騙し討ちも得意ではない。なればこそ、慣れないことに囚われるより、今は自分にできる戦い方を貫くしかない。

 これも、俺の甘さか。

 

「……すまんが、龍園。契約は断らせてもらう」

「何? 本気で言っているのか?」

「ああ、何とでも言うがいい」

 

 彼は、自分の右腕を見た。

 

「お前にはわからないだろう。信じてくれる者の思いは、時に無下にはできんものだ」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 船内に戻ってからも、Aクラスの面々は喧噪が収まらなかった。まさに今、とても学年トップ層の栄誉を保持している者とは思えない、統率を失った集団と化している。

 

「どういうことだ葛城!」

「どうしてあんなひどい結果になっている? 納得のいく説明をする義務があるだろう!」

 

 四位、Aクラス。

 それは簡潔明瞭、自分たちがこの試験で最下位であったという事実。

 完全にクラスどうしが切り離されていた定期テストを除けば、初めての対抗戦で大黒星を与えられてしまったことになる。当然クラスメイトたちは阿鼻叫喚だ。

 

「お、お前ら落ち着け! 葛城さんは……」

「お前には聞いてねぇ、黙ってろ!」

「ぐっ、……」

 

 戸塚の抵抗も、群衆の怒気に気圧され沈黙してしまう。

 葛城もまた、唇を真一文字に結び、一言も返さずに仁王立ちしていた。皆の怒りは至極正当なもので、今何かを訴えたところで無益であることを十分に理解している。

 

「――ふふ、珍しく賑わっていますね。まるで宴のよう」

 

 瞬間、騒めきが忽然と途切れた。

 透き通る声は、その空間で凛と存在感を醸す。

 

「どうやら、あまり心地の良い音色ではなさそうですが」

 

 小さく華奢な姿に、全員が目を移した。

 

「お疲れ様でした、皆さん。どうか一度落ち着いてくださいな。このままでは葛城君が弁明することもできませんよ」

 

 現地にいなかったとはいえ、同じAクラスとは思えない朗らかな笑み。傍らの三人は然程感情の読み取れない真顔だと言うのに。

 否、橋本だけは、平生通り胡散臭い微笑を浮かべている。

 

「確かにAクラスは、私という枷によって30ポイントのハンデを抱えて試験に臨むことになりました。その点につきましては大変申し訳ありません、改めてここに謝罪します」

 

 坂柳派は「全く致し方のないことだ」と憐憫を、葛城派は先天的な問題を咎めるわけにはいかない歯がゆさを表情に浮かべる。

 

「ですが。皆さんもお分かりでしょう。私たちはAクラス。その程度のハンデを跳ね除けて勝利をもぎ取ってこそ、その矜持は守られるべきであり、最下位などという屈辱的な結果は論外です」

 

 相手を刺すような鋭い視線は、敗北の立役者へと向けられる。

 そこには、ひた隠しにされていた愉悦が今にも漏れかけていた。

 

「当然、全てをご説明いただけますね? 欠席した私にも理解できるように、わかりやすく」

「…………わかった」

 

 断る理由などない。葛城は言われるがまま、真実を語った。

 

 一日目。

 奇妙なアナウンスを察知した葛城は船内から島の構造を確認。「意義のある景色」を見届けた。

 試験開始後、坂柳不在な以上葛城が指揮を執ることは即決され、事前に目星をつけていた洞窟へと向かった。そこでスポットを発見。しかしその際、リーダーに決定した戸塚が迂闊にもキーカードを使用してしまう。

 ベースキャンプ設定後、方針を共有。洞窟という地形と、周辺のコテージやその他のスポットを活かしポイントの節約。侵入者を光の変化によって見つけやすくするために出入口に暗幕を張ることが決定する。

 Dクラスから一名来客。協力を仄めかされる。

 

 二日目。

 Dクラスから一名、別の来客。洞窟の奥を見せることなく追い返す。

 

 三日目。動きなし。

 

 四日目。

 一日目と同一人物の来訪。外見からの判断で救助し匿う。その際具体的な取引を持ち掛けられる。以下、その内容。

 ①Aクラスは五日目正午以降、Dクラスが同地点をベースキャンプに設定し生活することを認める。

 ②両クラスは共同生活を強制されない。また、互いにリーダー当ては行わない。

 ③DクラスはB,Cいずれかのクラスの最終的なリーダーの名前をAクラスに共有する。それが達成されなければ、DクラスはAクラスに、初期ポイントの内50ポイントを譲渡する。

 ④両クラス、この契約を外部に漏洩することを禁ずる。なお、契約が履行されなかった場合、両担任を立会人とした話し合いのもと、責のあるクラスが他方に賠償を行うこと。

 

 五日目。

 火災事件発生。数時間後、Dクラスが洞窟内をベースキャンプに設定。

 

 六日目。

 DクラスからBクラスのリーダー情報を入手。

 

 七日目。

 試験終了直前、リーダーを戸塚弥彦から町田浩二に変更。リーダー当てをBクラスに対してのみ行う。

 

「以上だ」

 

 場に沈黙が降りる。派閥問わず、皆微妙な反応だった。

 

「ふむ、上手く嚙み砕けていない方がいるようですね。明確かつ大きな疑問があるからでしょう。葛城君、あなたはなぜDクラスと契約を?」

 

 契約の内容自体は簡素なものだ。しかし、そもそもの動機が判然としない。

 葛城は、言葉を選んでいる。

 

「……今回の試験、我々は守りに徹する方針に決めた。一方で攻め手には欠けている状況を覆すには、他クラスとの接触は不可欠だ。Bクラスは最も我々に近い立場にいる。Cクラスは黒い噂が絶えない、取引相手にするには危険だと判断した」

 

 理には適っている。が、何かを隠した。恐らく中間テストで借りができていたことなのだろうが、今根拠のないことを述べる必要はない。

 

「なるほどなるほど。つまりAクラスは、あろうことか最も能力が劣っているクラスを頼りにし、その上で敗北を喫したということですね」

 

 わざとクラスメイトが不信するような表現で、坂柳は葛城を追い詰める。

 

「あなたのやり方は全くもって気に入りませんが、一つだけ間違いのないことがあります。あなたの失態は、Dクラスを招いた状態でリーダーを変更してしまったことです」

 

 これには多くの生徒が首を傾げた。

 

「あなたがDクラスからの提案に乗った理由の一つは、恐らく『先払い』でしょう。初日の来客の際に、あなたは幾分かの食糧を提供された。だからポイントの消費を抑えることができ、最後の点呼の時点で180pも残していた。私と、作戦によって故意にリタイアした戸塚君による60ポイントの損失を考慮すれば十分な成果でしょう」

 

 葛城は舌を巻いた。上陸もせずによくぞそこまで。

 浅川から「お邪魔するかもしれない」と言われた際に、先払いとして大量の食糧を提供されたのだ。以前の恩に上乗せされ、葛城はますます彼の申し出を受ける気になった。

 

「で、ですが、僕たちはBクラスのリーダー当てをしたにも関わらずポイントは増えていません。ボーナスポイントももらえてないことを考えると……」

「ええ、その通りです。Aクラスは見事にリーダーを的中されたことになります」

 

 衝撃を受ける者たちの胸の内は透けて見えた。

 

「みなさんの疑問はもっともです。Aクラスのリーダーは最終日に変更されました。ルールの穴を突いたその作戦を思いついたことは、評価に値するでしょう」

 

 本当に葛城自身が思いついたことならば、だが。生憎これも証拠はない。

 最終日に行われたリーダー変更。的中させたクラスは、それすらも把握していたことになる。

 

「閉鎖的な方針であるAクラスであればまず当てられる心配がないように見える状況ですが、唯一その一部始終を間近で確認できるクラスがいます」

「それが、Dクラス……!」

「ふふ……葛城君。あなたはまんまと油断し、情けをかけた相手に出し抜かれたのですよ」

 

 ここで冷静な葛城派の生徒から反論があがる。

 

「だが契約には、互いのリーダー当てはしないとある。それが本当なら契約違反に、」

「なりませんよ。なぜならAクラスのリーダーを当てたのは、Dクラスではありませんから」

 

 再び一同の目が見開かれる。

 

「私たちがAクラスであることをお忘れですか? 向こうからすれば、頂点の座が少しでも近づくのなら十分。彼らは別のクラスに情報を共有することで、契約に違反せずAクラスのポイントを削ったのです」

 

 Bクラスのリーダーを提供し+50、他クラスにリーダーを漏洩することで−50、加えてボーナスポイントの剥奪。Dクラスがもたらしたのは損害の方が大きくなる。

 

「ご理解いただけましたか? あなたは自分の決断によって自分の首を絞めたのです。他クラスを招く愚策を取らなければ、ボーナスポイントの加点でCクラスやDクラスにも決して劣らない成績にはなっていたでしょうに。まぁ、それでも僅差で勝てるかどうか、ですが」

 

 坂柳の詳らかな解説に、徐々に生徒たちはAクラスの全貌をイメージし始め、葛城を見る目が険しいものへと変わっていく。

 しかし、当の本人は自分の推論を正しいとは思っていない。Dクラスを招き入れるとなった際、葛城なりに漏洩の予防は極力おこなっていただろうし、洞窟とは音の響く、大して広くない場所だ。Dクラスにいくら優秀な者がいたとしても、そこで答えにたどり着くのは至難の業だろう。

 そもそも、Aクラスがリーダーを当てられたこと自体、坂柳の仕込みなのだ。その上で、先のような推論を述べたのには理由がある。

 彼女の狙いは二つ。一つは当然葛城派の衰退。二学期を目処に葛城派を虫の息にさせ、こちらの一党体制にする。この試験は葛城の判断ミスであることを印象付けたかった。

 そしてもう一つは、クラスメイトたちにDクラスへの敵意を抱いてもらうことだ。

 現在葛城には浅川がバックについている。彼の存在は不確定要素であり危険分子だ。今回の試験も、葛城は思いの外健闘している。正直、龍園にいいカモにされてもおかしくないと高をくくっていたのだ。

 彼を引き剝がすのに最も確実な方法は、彼が葛城を支援できないような方針をAクラスの総意にしてしまうことだ。坂柳がいない以上葛城が指揮を執ることは、浅川も察していたはず。彼が葛城にコンタクトを取る可能性は非常に高いと睨んでいた。

 結果、こうして坂柳の願っていた通りの状況が整った。あとは綺麗事を並べてクラスメイトをこちら側へ惹きつけるだけ。

 それが僅かな慢心であり、隙であると、もし彼女も上陸していれば気付けたのかもしれない。

 

「……そうか。俺はDクラスに騙され、結果的に仲間を裏切ることになってしまった。そう言いたいんだな?」

「はい。全てはあなたの責任ですよ」

 

 彼女は忘れていた。

 深淵を覗く時、深淵もまた自分を覗いているのだということを。

 

「坂柳……Dクラスは、お前ほど人でなしな者たちではないぞ」

「……どいうことでしょう?」

 

 想定外の警鐘が前触れもなく鳴る。これは、良くない。

 

「最終的なポイントから考えて、確かにAクラスはDクラス以外にリーダーを当てられた。しかしそれは、お前の派閥にいる者による裏切りが原因だ」

 

 諦観を表情に浮かべていた葛城派はその色を消し、坂柳派は顔色がにわかに悪くなる。

 

「おかしなことを言いますね。私たちは対立する派閥である前に同じクラスの一員ではありませんか。証拠もなくそのような言いがかりはやめていただきたいですね」

 

 葛城からの糾弾はもちろん予想していた。故に用意していた返答をするが、なおも彼は崩れない。

 

「そうだな……では、これはどう説明するつもりだ?」

 

 そう言って彼が取り出したものは、坂柳の眉をわずかに動かした。

 坂柳派の人間――神室が、他クラスの生徒と森の中で密会している姿を撮影した写真。

 

「最終日、リーダーを変更した後に撮られたものだ。俺は間違いなく『これより外出する者は事前に報告しろ』と全員に通達した。そんな厳戒態勢の中抜け出し、あまつさえ他クラスの生徒とサシでやり取り。これが同じAクラスの一員の取る行動か?」

「互いの派閥には、相手側を敵視している者もいます。片翼の代表であるあなたに従っていると取れる言動をとりたくなかったのかもしれません。何より、その写真では会話の内容まではわかりません。どうしても二人きりで無人島生活の最後を過ごしたかった者たちの逢瀬という可能性もあります」

 

 側近の神室が厳しい視線を送ってくるがすぐに霧散する。坂柳がらしくない表情になっていることに気付いたからだろう。

 

「この際貴様の言う通りだったとしよう。しかしそれは些細な問題だ。貴様がいない以上俺が指揮を執る、というのは序盤で共有した前提条件だった。坂柳派には、その必然的な状況すら我慢ならず、クラスの方針に逆らい安易にリスクを招くような者たちが集まっているのだな」

 

 その言葉はAクラスにとって大きな影響を及ぼすものだった。実質的な形勢逆転。表情に余裕が生まれたのは葛城派の方で、坂柳派の生徒たちは何とも言えない顔になっている。

 計画は失敗。内心歯ぎしりをしながら、坂柳はそう判断した。

 本っ当に憎らしい男ですね、浅川君(イレギュラー)――。

 脳内を一度白紙に戻し、この状況を覆す道筋を改めて思索する。

 

「……仕方ありませんね。認めましょう。Aクラスがリーダーを当てられたのは、私の派閥の人間が密告(リーク)したからです」

「――! 認める、のか」

 

 ここで認めない方が、今後の勢力図が悪化する。変に疑念を燻ぶらせるより、開き直った方が建設的だ。

 

「しかし、それがどうかしたのでしょうか?」

「どう、だと? 坂柳派のせいでこの試験は負けたんだぞ!」

「いいえ戸塚君。この場合、葛城派が坂柳派を制御できなかったから負けたと言えます」

 

 痛み分けを狙わなければならない状況と、そこへ追い込んだ張本人に呪詛を唱えながら口を動かす。

 

「代表を名乗る者が葛城君しかいなかった時点で、今回Aクラスの主導権は葛城派にあったはずです。そして葛城君自身も、私たちがそれに抵抗することは予測できていたでしょう。あなたは反乱分子の危険性を承知していながら、みすみすそれが実現するのを見過ごしたということになります」

 

 物は言いよう。事実ではあるため、葛城は顔をしかめるだけだ。

 

「宣言しましょう。私たち坂柳派は、葛城派が退かない限り、同じAクラスであろうと容赦はしない」

「自分が何を言っているのかわかっているのか? 貴様らは、これからも必要とあらばクラスを裏切ると言うのか」

「そう言っているのですよ。嫌なら、あなたに残された選択肢は実権をこちらに委ねるか、抵抗を跳ね除けるだけの成果を以て皆に証明するかのどちらかです」

「曲がりなりにでも手を取り合わなければ、他のクラスに追いつかれるかもしれないんだぞ」

「真に一つに束ねられていない集団は弱い。まさに今のAクラスだと、あなたもご存じでは?」

「……それを早急に改善するために、お前は自分のクラスをも手にかけるのか」

 

 ああ、やはりこの男はつまらない。あの百面相さえいなければ、こんなことには……。

 

「はっきり言ってあなたは甘すぎる。過剰な情けを与えぬ最低限の非道さも、敵に絆されない頑固さも、あらゆる器が足りていない。その結果が今回の試験であり、あなたが坂柳派を衰弱させるほどのカリスマを発揮できない所以です」

 

 険悪な空気が流れる。その刹那、ここにいる一同が、本来全員が仲間であるということを忘れてしまっていた。

 見えない火花が散る。怜悧な眼差しに対し、少年は息をのみながらも、応えた。

 

「貴様はやはり危険すぎる。貴様のような残忍な性格の持ち主に、Aクラスを率いさせるわけにはいかない」

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「あー、あの、姫さん?」

「……」

「どうかご機嫌直していただけませんかねぇ」

「……」

「……今ならリトルガールって呼んでもバレな――いって!」

 

 橋本の足の甲に杖の先端が突き刺さる。明らかな自業自得だ。

 

「気持ちはわかるけどさ、今回は仕方ないっすよ。あんたは所謂蚊帳の外だったんだから」

「それでもできる仕込みはありました。そしてそれを実行する役目はあなたにも与えていたはずですが」

 

 坂柳が出していた指令はシンプルだ。橋本はCクラス、神室はBクラスへの密告を行うこと。

 

「いやいや無理ですって。リーダー変更できるなんてギリギリまで知らなかったし、まさか他クラスが丸ごと洞窟に突入してくるとは思わない」

 

 橋本はかなり早い段階で自分に仕事は達成していた。順調に思われていた計画が狂ったのは、やはり浅川の発案によるDクラスの動向のせいだ。

 坂柳の予想では、葛城にリーダーを変更できることを教えたのも浅川だ。葛城が自らその手段を考え付いたとは思えない。

 

「ですが、神室さんは辛うじて成功したようですよ?」

「そりゃ……こいついつの間にか飛び出してったと思ったら、一瞬で帰ってきたんだぜ? 神室はBクラスのベースキャンプに行くだけだからわかりやすいが、俺は龍園が隠れている場所を探さなきゃいけない。難易度が違いすぎるって」

 

 Bクラスからは当てられてCクラスからは当てられなかった差はそこにある。こればかりは誰も操作できない要素であり、確かに橋本の言い分も筋は通っていた。

 

「で、その神室もしてやられたわけだ。どうやってあの写真を撮ったんだ? 葛城派の誰かが尾行していた、とか?」

 

 坂柳が不機嫌なのは、単に計画がとん挫したからだけではない。唯一、橋本の口にした疑問だけが確信を持てていないのだ。

 浅川が首謀者であることは間違いない。葛城が察知したのなら、裏切りを止めない道理はない。葛城の立場を悪くせず、ポイントも減らせるという意味で、浅川にとっては一石二鳥だったはずだ。

 しかし問題なのはその方法だ。誰を使った? 神室が密告を行うタイミングはどう測った? 

 答えを出せないのは、きっと情報が足りないからだ。詰まるところ、他クラスの動向を全て把握することは不可能に近い。

 そこで、一つの違和感に気付く。

 

「神室さん。あなた、どうしてここを選んだのですか?」

「どうしてって、何のこと?」

「Bクラスのベースキャンプに着き、そのまま密告すれば良かったものを。人気のないところに出て、相手は一之瀬さんでもない」

 

 はっきり言って不自然だった。

 盗撮されたか否かが変わることはない。厳しい状況の中密告に成功したのは十分な働きぶりだったと言えるだろう。しかし、その場所も相手も普通ではない。

 

「私が人込みが苦手っていうのは知ってるでしょ。Bクラスみたいな明るい連中が合わないのも。ベースキャンプの近くでBクラスの知り合いと偶然遭ったから、そこで済ませればいいやって思ったのよ」

「……そうですか」

 

 一応納得はした。納得せざるを得ない。及第点には達しているのだから咎めることはないはずだ。

 しかし、坂柳の直感は告げている。

 ――やれやれ、可哀想なほどにわかりやすい人ですね。

 彼女は何故か、嘘を吐いたのだと。

 

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