雑草をかきわける音がする。
やがて、予定通りの男が姿を現した。
「無様だな」
契約相手は、あくまでこちらのことが大嫌いらしい。当然か。
「態々敵の心配をする。さすがお人好しってところか」
「ああ、島のどこかで真っ黒焦げになっているんじゃないかとドキドキしていたぞ」
物騒なことを言う。しかし、こういった皮肉と悪意のぶつけ合いも久しぶりなことだ。妙に口ぶりがいいのが、自分でもわかった。
「クク、火に囲まれるなんざ滅多に体験できねぇスリルだ。楽しませてもらったぜ」
「怖いもの知らずはいつか身を……待て、お前まさか、火災に巻き込まれたのか!?」
「大したことじゃねぇ。どういうわけか、あまり激しく燃えなかったからな」
とはいえ不意を突く出来事で焦ったのは事実だ。おかげで退避と、潜伏範囲の縮小を余儀なくされてしまった。
「……テメェも仲良く雑談しにきたわけじゃねぇだろ。とっとと本題に入れ」
神崎は眉間に皺を寄せる。無線機を通した呼び出しは神崎のほうからだ。最終日の朝、緊急の用件。
心当たりは一つしかない。
「人を騙しておいて、よくそんな態度がとれるな」
「何のことだ? 俺は契約を守ったぜ」
「表面上はな。だが、お前はやはり信用ならない男だった」
彼が指摘したのは、リーダーの変更が不可能ではないこと、こちらがその抜け道を利用してBクラスの失点を企んでいたこと。
龍園にとってこの展開は予想外だった。しかし、あくまで想定内。擦り合わせを打診されたところで、一切の動揺はない。
「そうカッカすんな。再検討できるなんて甘いことを言い出すもんだから、少し魔が差しちまったんだよ」
「ふざけるな。これは互いに対等であることを前提にした契約だったはずだ」
Bクラスが利益どころか大きな損失を被ることになりかねなかった契約。確かに対等でなかったことは事実だ。
しかし、そもそも契約という形式において重要なのはそんなものではない。龍園はそれを理解していた。
「お前の御託を聞く義理はねえ。今の条件じゃ納得がいかねぇってんなら、代替案はあるんだろうな?」
「決まってる。Cクラスの最終的なリーダーを」
「認められねぇ」
どうやら拒否されることすら考えていなかったらしい。とんだ間抜けだ。
「……違反した立場で横暴なことを」
「違反? 何か勘違いしているな、神崎」
やはりこいつはわかっていない。締結時点よりも、こちらの立場は上だ。
「俺は書面に記した通りのことを確実に実行した。勝手な解釈をしていたのはお前だろ。寧ろ態々平等な内容に変更しようと配慮してやってるこっちに感謝してほしいくらいだぜ」
険しい顔つきになる神崎。その口から一切の反論がないのは、指摘されてようやく現実に気付いたからだろう。
「現在のリーダー情報」を開示する。契約にはそうあった。だから龍園は、契約締結した時点でのリーダーの名前を教えた。本来何の違反もないのである。
契約において最も重要な要素は「平等」などではない。「合意」だ。龍園が義務を正確に履行した以上、神崎はこの契約に合意してしまった時点で、今回の擦り合わせが自身の過失に依ることになる。
「……なら、お前は何を要求するつもりだ」
「簡単なことさ。お前の目的が達成されるためには、Bクラスに50pの加点があればいい。今一番ポイントを所持しているのがBクラスだってこと、忘れてねえよな?」
言いたいことは伝わったらしい。神崎は再び難色を示す。
「馬鹿な……それじゃ最初に結んだ契約に比べて、Cクラスの損失は激減する」
「あれは魔が差しただけだと言ったろうが。平等な契約ってやつが前提なら、俺はこの条件を譲るつもりはない」
神崎ごときに弁舌で負けるはずがない。これは一種の勝利宣言だ。
「……こちらが得られるのは50p。Cクラスは200p。利益が釣り合っているとは思えない」
「苦し紛れか? 正気で言ってんなら失笑もんだな」
数字だけで見ればそう見えるだろう。逆に言えば、数字だけを見なければ実際が見えてくる。
それをわかってようがわかっていまいが――もう手遅れだ。
「この契約が影響するのは今回の試験だけじゃねえ。テメェで描いた未来絵図への投資――――権力。最大の利益だったんじゃねえのかよ」
看破された時点で、神崎は負けている。
「この提案まで否定しちまったら、認めることになるぜ。お前は何も為せない、変えられない無力な人間だってことを。そうじゃねぇって示すために、お前はこの契約に賭けたんだろ」
「……!」
腹の内を知っているヤツほど、弱点を突きやすい相手はいない。それを逃すようでは、龍園はこの短期間でCクラスの頂点に君臨することはできていなかっただろう。
神崎の苦虫を噛み潰したような表情を見て、内心ほくそ笑む。
所詮甘ったれが、俺に勝てるかよ。
「……一つだけ、条件がある」
坂柳のいないAクラスなど高が知れている。Dクラスは警戒を解くには危険だが、綾小路以外は取るに足らない。集団行動が多い程、彼の有利な土俵からは遠のくはずだ。
一度想定から外れ、予想外の出来事も多かったが、釣果は十分だろう。
少なくともこの無人島で、Cクラスは勝ち組になったのだ。
――――――――――――――――――――――――――――
「あんたが一人島に残って、そんなことをしてたなんて」
Bクラスもとい神崎との一部始終を語り終えると、伊吹はさすがに感心したような反応を示す。
「最初は全員リタイアするなんて言い出すから、ついに暑さにやられたのかと思ったよ」
「心外だな。俺がそんなやわな男に見えるか?」
「高望みくらいしたって言いだろ」
ああ言えばこう言う。頭の良さや柔らかさはともかく、ここまで粘り強く我を維持している女は、今のCクラスでは珍しい。
唯一ではないが。
「Bクラスとの契約によって150p、リーダーを当てて50p。そこまではわかった。残りの58pは、やっぱりボーナスポイント?」
半信半疑、という感情が明らかだった。序盤でのリタイアラッシュ、龍園たちの潜伏を考慮すると、58p分ですらスポット専有は困難だ。
しかし、それは本当に龍園たち三人のみならばの話。
「
「……! ……そういうことか」
驚愕から納得へと変わる表情。
Cクラスの動向を語る上でまず前提となるのが、
「つまり、それだけの状況に追い込まれてたったわけ?」
「本命が見込み違いだとなった時はさすがに焦ったが……クク、ゲームってのはそうでなくちゃなあ」
「あんたは……ったく」
埒が明かないと判断したようだ。彼女は気晴らしの舌打ちを残し、本題に戻る。
「アイツをリーダーにしてボーナスポイントを稼いだとして、だとしたら逆に少なくない? ずっとフリーだったはずなのに」
「前提が間違ってんだよ。ボーナスポイントは108pだ」
「は!? ひゃくはっ……、そうか。じゃあ、えっと、リーダーを外したんだな」
「ちょっとは考えられるようになってきたみたいだな」
「余計なお世話だっつの」
龍園はAクラスのリーダー当てに失敗したことを、仔細まで打ち明けた。
「向こうもリーダー変更ができることに気付いた……ふん、葛城にしてやられたってことか」
「いや、恐らく葛城じゃねぇ。リーダーの変更は、リーダーを看破されたと理解してなきゃしねぇ行動だ。だが、最初から坂柳派の裏切りに気付いていたなら事前に密告を防げばいい。葛城なら尚更そうしたはずだ」
「じゃあ別の人間が途中で気付いて、それを教えた?」
BクラスはCクラスと契約を結んでいた上にAクラスと最も距離が近い。利益を与える行為に走るとは思えない。
それに、他にも理由がある。
「綾小路だ。アイツが葛城に情報を売った」
「……! どうしてそう言い切れるんだ。確かに綾小路は、前もCクラスを出し抜いたけど、」
「根拠ならある。試験最終日、俺はアイツとある取引をした。胸糞悪ぃ取引だったがな」
龍園は伊吹に一枚の文書を見せた。
①CクラスはDクラスに、現時点で把握している全てのリーダー情報を提供する。
②DクラスはCクラスのリーダーを指名しない。また、A・BクラスにCクラスのリーダー情報を提供しない。
(契約違反時の処置は省略)
「な、なんだよコレ」
彼女は唖然とした声を漏らす。趣旨は理解しているようだ。
「アイツはどういうわけか、俺の潜伏からリーダーの扱い方まで全部見抜いてやがった。『リーダーを当てられたくなければ取引をしろ』。ムカつく状況だったが、抗いようはねぇ。今回のアテは神崎との取引と、ボーナスポイントだったんだからな」
取引を持ちかけられた時間も時間だ。切羽詰まる最終日、ボーナスポイントを剥奪された上での逆転など不可能。取引に頷くしかなかった。
そして、今回重要なのはその先だ。
「でも、これじゃDクラスのメリットが薄くないか? Cクラスを当てられない。Bクラスとはすでにうちが契約を結んでいるし、あの2クラスは不干渉だったはずだ」
「それが根拠だ。一見旨味のない提案には別の目的がある。アイツはリーダーを知りたかったんじゃねぇ。
決定的な敗因は明らかだ。潜伏による情報不足。
DクラスがAクラスと繋がっている。それを知ることができたのは、リタイア作戦に柁をきったと思っていたDクラスが全員集合場所に現れた最後の瞬間だった。
「アイツは自分のクラスのリーダーの安全確認と、協力関係になったAクラスを守るためにあんな取引を結んだわけさ」
「そんな……意味がわからない。トップのAクラスに協力した挙げ句、こっちへの被害を優先するなんてっ」
「勘違いすんじゃねぇ。Aクラスにだって被害はあるだろ。リーダー変更による30pのマイナスが」
「でもそれは仕方のないことで、」
「違ぇな。本当に善意で動いたのなら、俺にリーダー当てをやめるように言えば良かったはずだ。俺にリーダーを外させた上でAクラスにもダメージを与える。……クク、いい性格してやがる。どうせ葛城はそんなことも知らずにアイツに感謝してるだろうぜ」
加えて、綾小路にはもう一つ別の意図があったのではないかと龍園は推測する。
洞窟に籠城していたAクラスは、4クラスで最もボーナスポイントの獲得が困難だった。坂柳の欠席も考慮し、確認できた物資から持ちポイントを逆算すれば、調整の余地はある。
蓋を開けてみれば、その戦略があったからこそDクラスは1位という結果を収めることができた。契約がなければ、僅差でCクラスが勝っていた。
結果的に、努力が1位に直結したDクラスは一層高い士気を得ることができた。恐らく全て、彼の計算の内。
「クク、面白ぇ。やつとの競い合い、楽しみがいがありそうだ」
「……なあ龍園。一つ聞きたいんだけど」
昂っていた心に水を掛けられた気分だ。龍園は黙して発言を促す。
「どうして一から十まで、私に教えたんだ?」
「あ?」
「あんたのことだから、黙って従えとか言われると思ってた」
試験の詳細を教えろと申し出て来たのは伊吹からだった。それに龍園は頷き、今この場が設けられている。
理由、か――。
「そう思っておきながら突っかかってきたのはお前くらいだ。その度胸に免じてやった。これじゃ不満か?」
「……まぁ、わからなくはないけど」
これが龍園でなければ、照れくさそうな顔が露わになっていたことだろう。しかし暴虐な王の発言に、彼女は何とも言えない表情だった。
語ったことに嘘はない、本当のことだ。張り合いのない相手はつまらない。その点伊吹は「マシな方」だ。
ただ、それが唯一の理由かと言われると、彼は違うと答える。
それこそ態々口にしてやることはない。龍園は部下に甘さを見せるつもりはなかった。
濁らせがてら、彼は口を開いた。
「俺からも聞きてえことがある。隠し立ては許可しねぇぞ」
「……なに」
「ひよりはどうなってる?」
予感していなかったわけではなかったのだろう。バツの悪そうな溜息が、宙に霧散する。
「……相変わらずだ。雰囲気が暗くなっただけじゃない、露骨に口も減ってる。あの感じじゃ、食事も十分に摂れてないかもしれない」
Cクラスにおいて、椎名と最も関わりが深いのは伊吹だ。そもそもクラスに溶け込めずにいた彼女ではあるが、それなりに私的な会話ができていたことは聞き及んでいる。
椎名の変化、それは龍園にとって理解の及ばないことであった。
関連性は不明だが、暴行事件の一件からずっとこの調子。しかし、全く以て合点いかない。
あの事件の最中、訳あって椎名が他クラスと交流することを龍園は認めた。本来であれば、
一体何があった? 審議中か、ほとぼりの冷めた後か。そもそも浅川恭介との契約が関係しているのかも判然としない。
「これだから本の虫は、頭の中が透かせねぇ」
「アンタにしては珍しく、強硬手段に出ないんだな」
「それだ。ひよりはああ見えて、俺のやり方に屈するやつじゃねぇ。それほどの胆力を持ったやつがこうまでなった理由……」
椎名自身に制裁を与えても、何かを吐くとは思えない。それに、彼女はCクラスにとって貴重な頭脳の一人。下手に加減を誤って潰してしまうことは避けたい。
……最も、限度というものはある。このまま回復の兆しがないのであれば、伊吹の言ったような最後の手段を取ることも厭わない。
幸か不幸か、
椎名の処遇、未来の勢力図と別枠で検討する必要があるようだ。
「……にしても、気に食わねぇな」
そう毒づく先は、再び今回の試験だ。
伊吹に説明した通り、こちらの考えはほとんど綾小路に筒抜けだった。非常事態が重なったこともあり、その隙は十分にあったというのが龍園の見解だ。
しかし、彼が違和感を覚えたのはその対処の仕方。
端的に言えば、一貫性がない。引っ掛かるのは、Dクラスで発生したという下着の紛失事件と、Aクラスへの援助の二つ。
下着の事件において綾小路が行ったことはかなり理不尽だった。
問題なのは後者だ。伊吹にはああ説得したが、窮地に立たされたAクラスを救うにしては、与える恩恵が大きすぎる。
不干渉だったBクラスから、Aクラスのリーダーを当てる準備があることは知れなかったはずだ。つまり、Cクラスからのリーダー当てを防ぐことで、Aクラスのボーナスポイントが守られてしまうという式が成り立つ。
その考察をした上で、綾小路はAクラスを助ける行動に出たのか?
残虐性というには名ばかりな生温さが、一連の動きには感じられる。それが今回の試験で覗いた彼の一面と言っていいのか、甚だ疑問だ。
もしだ、もし龍園の違和感が的外れでないのだとしたら、前提が大きく覆ることになる。
あの取引そのものが、本来綾小路の計画ではなかった――。
つまり、
確証はない。ただ――これだけは言える。
「…………ククッ」
龍園翔という男は、そういう展開を好まずにはいられないのだ。
龍園のもとを離れ、伊吹は返却されて間もない端末を取り出す。
連絡先の登録モードを起動し、今最も記憶に新しい番号を入力した。
「…………はぁ」
晴れない感情はいつまでも心に雲を被せる。息を吐いたところで、簡単に消し飛ぶはずがない。
番号で表示された連絡先、名前には編集せずに端末をポケットに戻した。
他人のことについて考えるのも、ましてそれを行動に移すことも始めてだ。気持ちが追いついているかと言えば、嘘になる。
しかし、ただ傲慢へ噛み付くだけとは違う、別の過ごし方を見つけ、そこに小さな執着があった。
どうせ元は、何の変哲もないつまらない学校生活になるところだったのだ。これくらいの、「不思議なこと」が日々に割り込んだっていいだろう。
今は、自分のために動いてみよう。
「何やってんだろうな、私……」
自分の辿り着く場所がどこなのか。彼女には、皆目見当がつかなかった。
――――――――――――――――――――――――――――
各々が熱を帯びたまま解散したDクラス。
平田の前には、予想通りのグループが集まっていた。
「なあ洋介。本当のところ、どうなんだよ」
「健君……あはは、やっぱり気になってるよね」
須藤の傍らには池、山内、沖谷の姿もある。彼らは今回の試験も例に漏れず、綾小路に意識を向ける時間が多かった。
少なくとも、「ただ野生生活を頑張ったから一位になれた」という話を鵜呑みにはしないだろうと、平田は察していた。
「うん、君たちには説明した方がいいだろうね。こうして聞いてきたからには、知るべきだ」
「じゃあ、清隆君は今回も?」
沖谷の言葉に頷く。
それから平田が語ったのは、簡易的な内容だ。取引の中身や各クラスとの関係をつぶさに話しても、理解するのが難しいだろうという判断だ。
しかし、そこには二つ、嘘が紛れている。
一つは、平田自身が吐いた嘘。彼は全ての戦略を、綾小路の考案だと偽った。本人との話し合いによって決まったことだ。
そしてもう一つ。これは、平田も騙されている、綾小路が吐いた嘘。
彼が行った二つの非道を、平田は知る由もなかった。
番外編時系列投票ver2
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二章後、夏休み前
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夏休み中、無人島前
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船上試験後、4.5巻前
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夏休み後