アンデルセンは笑っている   作:小千小掘

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死なねぇ限り、エタりなんてねえんだ!

どうも目茶苦茶お久しぶりです。小千小掘です。アーマードコア二次創作『錆びた流星はまた昇る』を読んでくださった方は案外最近振りかもしれません。

旧Twitterを始めてみたところ、活動や更新の報告できたらしていきたいなと思ったので、記念に最初に書いた今作を進めることにしました。

他にもいくつか二次創作書いてるんで、気が向いたら見てくれると嬉しいぜい。


華麗なるインベイド

 打ち合わせていた通りの場所に着くと、既に長く伸び切っている首が見えた。

 

「すまない、遅くなった」

「ううん、仕方ないよ。綾小路君は今や勝利の立役者。引っ張りだこになるのも無理ないからね」

 

 そう言って肩を竦める仕草には清廉さがあり、普段以上に知的な印象を受ける。

 

「確か、全部を教えてくれるんだったよね」

「ああ。お前には説明するべきだろう」

 

 今回の試験、綾小路は島で起こっていたほぼ全ての真実を知っている。そしてこれからその内のほとんどを目の前の彼女に語ることになる。

 

「いいの? 私は大したことは何もしてないけど」

「それでも礼をするだけの働きはしてもらった」

 

 綾小路の計略は、多くが自身の手で行われたことだ。クラスで認められていることが功を奏し、大抵の単独行動を許されていたためだ。

 しかし、一方で目立っている事実故、さすがに全てをたった一人で実現することは困難だった。そこで彼が求めたのは、躊躇いなく使うことができる駒。

 浅川や堀北のような、絆を信じたい相手とは違う。平田や櫛田のような、隠しきれない存在感や明確な懸念要素がある者とは違う。

 信頼を期待する必要がなく、こちらの指示を断る理由を持たない純粋な駒を、綾小路は求めた。

 その答えを、彼は呼ぶ。

 

「ありがとな。――――――松下」

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 愉快なバカンスへと旅立つ前日、綾小路は松下を呼び出した。

 まだ日が沈まない時分、呼び鈴が鳴った。

 

「初めましてだな」

「びっくりしたよ。話したこともない男子に前触れもなく部屋へ来いなんて言われるものだから、何かしちゃったのかと思って」

 

 確かに急な招集ではあった。しかし、致し方がない。

 

「その、二人きりで話したかったんだが……なかなかタイミングがなくてな」

「え? ……あー、綾小路君。他意はないんだろうけど、そういう言い方はこれから気を付けた方がいいかも」

「な、なぜだ? デリカシーのないことを言ってしまったなら、」

「いや、うーん……まあいいかな、面白そうだし」

 

 最後の方はよく聞き取れなかったが、問題はないと判断した。

 それに、少なくともただの雑談や挨拶が用事ではないことを、彼女は察せられているようだった。

 

「それで、一体私に何の用?」

「単刀直入に言おう。――俺に協力してくれ」

 

 瞳がわずかに揺れる。なるほど、どうやら松下には、心当たりがあるようだ。

 

「……答える前に、いくつか質問してもいいかな?」

「答えられる範囲なら全て答える」

「どうして私なの?」

 

 回りくどい気もするが、彼女なりにやりやすくしてくれるらしい。順序立てて情報を整理できるよう誘導している。

 

「きっかけは、水泳開きだ」

「水泳開き? 特に大きな出来事はなかったと思うけど」

「そうだな。お前は確かに、目立たないように手を抜いていた」

 

 初めて、松下が動揺を見せた。

 

「あれほど整ったフォームを取れる身体能力があって、平均的な記録しか残せないなんてことはない。筋肉の発達ぶりからしても、運動がからっきしで通すには引き締まっている」

「……」

「……松下?」

 

 こちらを見る目が少し変わったような。まさか、外れたか?

 

「ふーん、君はあの時、そんな風に私のことを見てたんだ」

「は? いや、言い方ってものが」

「だって、話したこともない異性の身体を、本人に気付かれないように、まじまじと盗み見てたってことでしょ?」

「……それは」

「違う?」

「………………すみませんでした」

 

 こんなところで躓く羽目になるとは。以後、他人のステータスの観察結果を迂闊に開かすのはやめよう。

 幸いにも、松下は寛容なお方だったようだ。

 

「今回だけは大目に見てあげる。下心ってわけじゃなさそうだし」

「わかってくれるものなのか」

「まあね。思春期って、そういうの隠せないものだから。みんなのことを入念に視てる君ならわかるんじゃない?」

「……もしかして、やっぱり怒って」

「ううん全く」

 

 ……気心が変わらぬうちに、話題をずらすべきか。

 

「お前も人のことは言えないけどな?」

「んー、なんのこと?」

「盗み見てたのは、オレだけじゃなかったってことだ」

 

 恐らく綾小路だけではない、浅川も、もしかしたら堀北も、彼女の観察対象だったのかもしれない。

 生半可な好奇ではない、強い関心のこめた視線を、綾小路は感じていた。

 中間テストのすぐあと、浅川と今後について意見を共有した際、彼も松下の名前を挙げていた。身体能力の掩蔽には気付いていたらしい。

 そこまで語ると、松下は頭を抱えた。

 

「困るなぁ。重要人物にことごとく目を付けられてたんじゃ、私の努力は何だったのよ」

「他言するつもりはない。安心しろ」

「でもこれから使われるってことだよね。その手始めが、バカンス中のイベント」

「話が早くて助かる」

 

 要は、彼女は自分で首を絞めたということになる。こちらに関心があることがバレていなければ、今回協力者に選ぶ優先度は若干下がっていた。

 

「でもさ、綾小路君。私が一番聞きたいのは、……わかるよね?」

「オレの予想通りなら、一つ合格だな」

 

 不可解な言動に感じたようだ。眉を動かす反応は適切であり、その答え合わせは一旦保留する。

 

「君には大きな武器が二つもある。浅川君と堀北さん、どちらもクラスのことには積極的だと思うけど、どうしてその二人を差し置いて、私を求める必要があるのかな?」

「答えはこうだ。――オレは次の催しで、あいつらを頼るつもりがない」

 

 消去法でそれくらいしかないとわかっていたのだろう。意外性のある言葉に対して、特に動揺はなかった。

 

「それは、仲違いだったり?」

「理由は話せない。ただ、オレには今あいつらとは違う、クラスの戦いのためだけの関係が必要なんだ」

「わっ、直球だね。自分がどれだけ残酷なことを言ってるかわかってる?」

「この話を持ちかけた時点で、お前に取り繕っても通じない」

 

 あまり残念そうにはしていないのが証拠だ。

 

「現時点で目立つような真似をしていない。観察力や思考力も申し分ない。おまけに異性という点も、場合によっては都合がいい。諸々を考慮し、助力を求める相手はお前が最適だと判断した」

「ふーん……じゃあ最後に一つだけ聞かせて」

 

 考え込むような、あるいは試すような、細めた目がこちらを射抜く。

 

「頼み込む立場の君が、さっきの上からな物言いはどういうことかな?」

 

 合格だ、と綾小路は言った。あたかも、彼が松下を試しているかのような言葉。

 事実、その通りだ。

 

「あくまでオレたちは対等だ」

「対等?」

「そもそもお前はなぜオレたちを観察していたのか。いくつか考えつくが、少なくともお前は、オレたちに何かを期待している」

 

 そういう目を、既に他の人間から何度か垣間見ている。

 不器用なりに絆を結ぼうとする姿なのか、単にAクラスへと上がるための人材としてなのかはわからない。しかし、願いや期待を抱えている者からの視線として、綾小路は感じ取っていた。

 

「お前はオレの間近で、自由に見極めるといい。その代わり、オレは次の機会に、お前が本当に使えるのかを確かめる」

「……面白いことを言うね」

 

 さて、問答は終わった。あとは松下の、確定している言葉を待つだけだ。

 

「念のため聞くけど、お眼鏡に適わなかった場合は?」

「解消だ」

「いいの? そんな簡単に逃がしちゃって」

「その条件で構わない理由を、お互い既に理解っているはずだ」

 

 果たして、彼女の見せた微笑みは、大人びた凛々しさすら欠くニヒルを感じられた。

 

「じゃ、期待しておくよ」

 

――――――――――――――――――――――――――

「実のところどうだった? 全部君の言う通りになった?」

 

 松下の質問に頭を振る。

 

「やっぱり君たちは仲がいいね。互いのことを熟知している」

「……お前が言うなら、そうなんだろうな」

 

 少ないやり取りにそぐわない説得力。どうにも違和感が拭えないものだ。

 

「前に君が言っていたように、君たちは今回、確かに別々の思惑を持って行動していた。でも、どうしてわかったのかな?」

「これから説明する。ただ、恭介もかなり早い時点から、オレと別行動の算段を立てていた」

 

 質疑応答を終えた時には、既に浅川も対立を察していた。それでも構わないから、綾小路は誰の耳にも届く場であの質問をしたのだ。

 つまり、浅川は質問内容を聞いた時点で、綾小路が何をするつもりなのかを理解していた。だから、ああも全力で歯向かった。

 本当に楽しみにしていたであろうバカンスを、台無しにしてまで。

 

「どうやら複雑な背景があったみたいだね。元は気になっていることだけ聞くつもりだったけど、これは一から時系列を辿ったほうが早そうかな」

「ああ。お前に出した指示の意図、オレが一人で何をしていたのか。どちらも知りたいだろうしな」

 

 話が長くなることは織り込み済みだ。だからこうして、手元にミネラルウォーターを携えている。

 

「軽い答え合わせといこうか」

 

 

 

 

 1日目。

 質疑応答を終え、最低限の算段を立てた綾小路はスポット探索に出る。

 紆余曲折の末、二つの情報を得た。一つは「Aクラスのリーダーが葛城か戸塚である」こと。

 もう一つは、

 

「恭介と葛城派が繋がっていたこと」

「葛城君の言っていた『侮れない相手』が、浅川君だって確信したんだね」

「恐らく最初の接触は中間テスト。あいつは過去問を葛城に持ちかけ、一つ恩を売った。坂柳派との対立を利用したんだ」

 

 あの時はBクラスと取引したことまでしか看破できなかった。しかし浅川と葛城に接点が存在するとわかった今、他に経緯は考えられない。

 

「そんなに前から……」

「あいつは信頼だけで人を動かす力がある。おまけにAクラスの場合、内部の対立を加速させることになるからメリットしかない。少なくともこんな早い段階で、オレにはできない所業だよ」

 

 そして、この時点で試験が完全に綾小路の思い通りにいくことはないと確信していた。

 

「集団の流れというのは、個人で抗うことができない。Aクラスを巻き込みDクラス全員を動かす大立ち回りをされたら、さすがにオレの範疇にない」

「そんな大胆なこと――をできたのが浅川君、ってことかな」

「実際、平田との関係は良好だ。誰かを傷つけない、クラスのためになる。その2点が明確なら、平田は恭介の案を代弁するだろう」

 

 その結果が終盤の展開なわけだが、強調する必要はない。

 拠点を決めたあと、綾小路はリーダーに名乗りをあげた。

 

「『オレの意見を支持してくれ』っていうのが基本のキだったよね。これは誰にでもできたことだと思うけど」

「そんなことはない。お前は軽井沢のグループにも属していて、決して無視できない発言力がある」

 

 ここで浅川がいなかったのが幸いだった。どれだけこちらの意図にいち早く気付こうと、その場にいなければ本人に取れる手段はない。準備を整える前だった浅川に対し先手を取る形となった。

 

「伊吹の件は……後回しだ。オレは監視に反対だったってことだけ覚えておいてくれ」

「……」

 

 どうして? とは言わないか。物分りがいい。

 

 2日目。

 Cクラスのベースキャンプに赴いた綾小路は、龍園の方針を吟味する。

 観察の結果、彼は現時点で「約200pの温存」に柁をきっているようだった。

 

「下馬評と違って消極的だね」

「しかし、100p程度を豪遊に使っていたことは確かだ。初日で大半をリタイアさせた上で、何かしらの計画を実行する腹積もりだったことが窺える」

「一見中途半端に見える状況は、――龍園君の計画に狂いが生じた?」

「結果を見る限り、何とかなったみたいだがな」

 

 次に、Aクラス。

 堀北の細やかな陽動作戦に従い、綾小路は所謂裏口の探索を開始。

 そこで大きな収穫があった。無論、スポットの恩恵などではない。

 

「葛城は堅実な一方、穏健派だ。対立する陣営を遮断する強硬策は取れない。だから、坂柳派の生徒も平等に参加させざるを得ない」

「……見張り。坂柳派の人が見張りをしていたんだ」

 

 彼女には、頷くだけで十分なようだ。

 接触したのは橋本と名乗る少年。飄々としていて、一見浅川と似た緩さで、しかしただただ打算的でしかない男だった。

 

「もっとも、恭介の提案のせいでほとんど無駄になってしまった……」

 

 そして、ここでもう一つ、水面下で出来事があった。

 

「ところで、結局櫛田がどうなったかは知っているか?」

 

 申し訳無さそうに首を振る。

 

「何かを話しているのはわかったんだけど、その後……」

「向こうも織り込み済みだったというだけだ。責めるつもりはない」

 

 櫛田は要警戒人物の一人だった。今回の試験のことではない、この先のための下準備の話だ。

 堀北を陥れる策として一つ挙がるのが、Dクラスへの裏切り。しかしそれには、他クラスと個人的な関わりを持つ必要があり、今回の試験は櫛田にとって絶好の機会だった。

 案の定、誰かと密会していたらしい。しかし直後、彼女は松下の監視に気付いた。

 ――自力で気付いたのか? それとも……。

 

 3日目にこれといった動きは起こさなかった。ホワイトルームとは全く異なる慣れない野生。残りの時間十分に活動するため、回復に専念する。

 そうする他なかった。というのが正しいのかもしれないが。

 

 4日目。

 クラスメイトたちがテントの外へ流れ出るのに乗じて抜け出した先は、1日目に通った場所。

 

「スパイである伊吹について、確認したいことがあった」

「確認って、リーダーを探っていたんじゃないの?」

 

 首を横に振る。

 

「忘れてはならないのが、リーダー当てはリーダーが行わなければならないということだ」

「……そうか、連絡手段」

「可能性は二つだ。遠隔による即時的な報告――購入できる物資には無線機があった」

 

 しかし、その道具を扱うことができない。持ち物検査では発見されず、伊吹と邂逅した場所にも隠されていなかった。

 ただ、気がかりなものはあった。

 

「合流場所を設定していたんだ。何か特別な報告が必要になった緊急用。タオルが巻かれていた幹が証拠だ」

「待って。緊急用ってことは、変だよ。――本来は連絡する必要がない?」

 

 つまり、龍園は伊吹にリーダー情報を手に入れることを指示しなかった。綾小路を出し抜けるとは思っていなかったのだろう。

 

「試験の流れについていけないと、想定外の敗北につながる。恐らく龍園は、伊吹に『合図』のみを求めた」

 

 だから定期連絡は不要。何かしらの非常事態が発生した場合にのみ、打ち合わせていた場所に痕跡を残す。

 その「もしも」は、やがて現実になった。

 

「だとすると、一つ疑問が浮かぶ」

 

 松下が口を挟んだのは、これが初めてだ。

 

「Cクラスのベースキャンプにあった無線機は二つだった。綾小路君はそう言ったよね。一つはBクラスに潜入したスパイだとして、もう一つは……?」

「言えない」

 

 はっきりと答えた。そう答えるしかなかった。

 適当に誤魔化すなら、龍園と組んだ神崎との連絡手段だと言えばいい。――茶柱から聞き出したポイント譲渡のシステムと、Cクラスが見かけより100p以上多く得点していることを合わせれば、両者の協力体制は明白だ。Aクラスも、Dクラスと組んでいたのだから。

 しかし、実はそれはあり得ないことなのだ。あの時点で神崎はDクラスとの協調も諦めていなかった。彼らが結託したのは、少なくとも()()()()()()()()()()()()()()()()ということになる。

 では、あの無線機の本当の意味は何なのか? 確かに綾小路には、その答えがある。教える道理などないが。

 逆に言えば、綾小路から濁りのない拒否を引き出したという点で、松下の質問は鋭い指摘だった。それもしっかり理解しているようで、眼前の表情が幾分か色を帯びる。

 閑話休題。綾小路は()()()()調()()()()()()()、例のパプニングを知る。

 

「浅川君のアレは、一体何のためだったの?」

「それは……」

 

 本当にわからない。そこだけは。

 彼は単純な部分で掻き回すことで複雑な部分を隠す。今回の一件は、誰の目にも触れずに行動するためと捉えるのは難しくない。Aクラスとの契約も平田なら頷くし、クラスの決定として共有される以上綾小路に暗躍を悟られるのは避けられない。7月の事件と同じ理屈だ。

 しかしだ。実のところ、彼はそもそもクラスで大して目立っていない。不意に失踪してしまうだけでも似た展開を実現できたはず。態々大事にした選択は無駄でしかない。

 ――だからこそ、綾小路はそこに意味があるのだと推察した。

 要は、浅川が救急班に救助され、強制リタイアしたと受け取れるニュースが回ること自体に、彼の真意が隠れている。

 ただ、結論に辿り着くことは不可能な上、いくら推測を目の前の彼女に語ったところで生産性はない。

 そしてその日の夜、ここから徐々に展開が加速していった。

 

「お前には、酷なことを頼んだ」

「本当だよ……いくら私が女の子だからと言っても、他人の下着を盗むなんて普通に犯罪だからね!?」

 

 5日目の朝に発生した下着の盗難事件。その実行犯は松下だ。

 

「万が一見つかった時、俺では言い訳がつかない」

「実際佐倉さんには見られてたみたい――もしかしたら嘘だったかもしれないけど」

 

 トリックは至ってシンプルだ。見張りが松下だったのだから、どのタイミングでも犯行は可能。予め事を済ませ、警戒心の強い堀北を証人側に取り込めばいい。

 

「今思えば、あれは伊吹さんを追い出すための狂言だったんだね。私に『堀北さんと仲良くなれ』って言ったのも、その時のため?」

「ああ。結果として、あいつはお前を選んだ。盗難事件が5日目に起きたのは偶然に過ぎない」

 

 あの状況の堀北は松下を信じざるを得ない。元々伊吹に疑惑を向けていた者も少なくなかった。

 それで綾小路を見張る者はいなくなる。はずだった。

 

「でも、堀北さんは否定した」

「……」

 

 松下は追及しなかった。綾小路の表情を見てか、彼女の中で既に答えが出ているからかは定かではない。

 

「火災事件の時は? 確か浅川君も合流したんだよね。彼はリタイアしていなかった」

 

 浅川の類まれなる『成り代わり』の技術。それによって綾小路の目をも欺いたわけだが、全てを松下に晒していいものか、憚られた。

 結局、堀北グループの時のように、異様さを伏せて「上手く点呼には参加した」ことだけ伝えた。

 

「あいつの提案で、DクラスはAクラスが身を置く洞窟を、新たなベースキャンプに決定した」

「思い通りにはならないっていうのは、そういうことだったか」

 

 少数精鋭で動いていた僅かな時間。そこが勝負どころになると、綾小路は踏んでいた。

 クラスの方針から逸脱せずにポイントを稼ぐために、彼にできることは限られていた。

 

「平田君と一緒に龍園君を探したって言ってたけど、よく見つけられたね」

「推測に則った結果だ」

 

 実は嘘だ。

 絞り込みが可能だったことは事実。しかし、あの短時間で伏兵を探し出すにはどうしても運に頼る形になる。

 だから、ある人物と取引をした。

 そして龍園との契約の内容は、一見不自然に思われることだろう。

 

「それ……Cクラスのリーダーがわかってた?」

「スパイの二人がリーダーなら龍園が潜伏する必要はない。おまけに無線機の一つが金田との連絡用であることも、最終的に龍園がリーダー当てをする根拠になる」

 

 これも正確ではない。もう一つ別の可能性が存在していた。それを事前に潰せていたから、ようやく龍園がリーダーであると確信できた。

 終盤の仔細は、話せないことが多すぎる。

 ……いや、話してもメリットがないだけだ。信頼ができない。

 

「龍園が知っていたのはAクラスとBクラスのリーダーだった。A()()()()()B()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()オレは、健在だったCクラスのポイントを下げることにした」

「……ふーん」

 

 Dクラスのリーダーを見抜けなかったことも確認できたため、変更する必要はなくなった。

 果たして、Dクラスは被害を最小限に抑え、リーダー当てをせずに他クラスへ打撃を与えることで1位を勝ち取ったのだ。

 

「何か質問は?」

「特にないよ。答えてくれそうなことは、十分知れたと思うしね」

 

 含みのある言い方だ。恐らく情報が隠匿ないし改竄されていることに感づいている。その正解と、導くに足る手がかりを見つけられていないだけ。

 やはり、彼女は賢い。

 

「――それで、お試し期間はどうだった? 私は君のお眼鏡に適ったのかな」

「問題ない。指示に違えることは一つもなかったし、お前の指摘は鋭かった。寧ろ、オレがお前に見限られるかもしれないな」

 

 今回の試験で綾小路を最も縛る存在は浅川だった。一番の理由は、彼を止める手立てがなかったことだ。

 現状綾小路は表舞台に立たされており、浅川の方が暗躍の立ち位置にある。向こうが集団を動かす一手を繰り出せば、こちらは総意に反することが非常に難しい。

 浅川の網を掻い潜って成せたこともあるが、そのほとんどが個人的なものだ。少なくとも松下には、「綾小路は最高の結果を出せなかった」と思われてもおかしくない。

 しかし、そう危惧することではないと、彼は読んでいた。

 

「その心配は要らないよ」

「……」

「君なら、わかってるんじゃないかな」

 

 至極簡潔に答えるなら――綾小路と浅川による水面下での争いが、試験の大半を支配していたからだ。

 松下は初めから、綾小路に無人島での勝利を期待していない。

 

「君たちがいがみ合っている間、Dクラスは混迷と現状維持が精々だった思う。でも協働を始めた途端どうなった? 独壇場と言っても良かったんじゃないかな。――あ、一人ならもっと上手くできたとかナシだよ? 私が言いたいのは、君たち二人が合わされば大きな渦が生まれるってこと。周りを巻き込み、取り込んでしまうほどの、そこに私は興味があるんだ」

 

 ああ、やはり。ここに来る前から思ったとおりだ。

 

「歪みをブレンドしたその危うさを、もっと私に見せてみてよ」

 

 コイツも、大概狂っている。

 

「見せようと思って見せられるものでもないんだけどな」

「綾小路君って、案外素直じゃないよね」

「そう、なのか?」

「最初はサバサバした人かと思ったけど、やっぱり違う。ふふ、これからよろしくね」

 

 どことなく不気味な意を含んでいそうな挨拶に、指摘しようとは思わない。多分その方が安全だ。

 内心苦笑しつつ、綾小路は部屋に戻ろうとする。

 

「――あ、そうだ」

 

 空気が、変わった気がした。

 なんてことのない、偶々思い出した風に聞こえて、しかし機会を狙っていたような。そんな声だった。

 

「まだ、説明してもらってないことがあったんだよねぇ」

「ほう?」

「二日目の朝。君は私に一つ指示を与えた。脈略も目的も、皆目見当がつかなくてさ」

 

 何が来るかはわかっていた。それを答える道理がないこと、答えないと彼女が察していること、総てが相互に理解されている。

 そんな茶番を、彼女は敢えて演じたのだ。

 

「日焼け止めをクラスの人数分、追加で注文しろ。どうして君は、あんなことを頼んだのかな?」

「……」

「ついでに、放火事件の犯人も教えてくれたら嬉しいなあ」

 

 綾小路は、ゆっくりと振り返った。

 どこまでも冷たく、深い闇を映す双眸は、まるで別人の如く。

 

「そんな物騒なことをするやつなんて知らないな。みんなが炎天下でのバカンスを存分に楽しめるよう、リーダーとしてできる働きをしたまでだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

――――

――

 

 4日目。時刻は正午を回ろうとしている。

 炎天下の海岸は眩しく、芸術的な乱反射がちりちりと瞼を刺激する。

 そこにぽつりと残された水上バイク。その内装を確認すると、

 

「……」

 

 本来あるはずのものがない。

 ――オイルタンクの中身が空だ。

 急速に思考を纏める。オイルの使い道など、足場を悪くするか火の元にするかしかない。

 後者だとすれば……人的被害を抑えるともなると、やはり相応の分析能力が求められる。

 そう、ホワイトルーム生ほどの目の良さなら、あるいは。

 ゆったりと、陽炎のように立ち上る綾小路は、満足そうに微笑んだ。

 これを掠め取ったのは、自分の探している人物と見て間違いない。

 なぜなら、

 

 ――オレと全く同じやり方を実行しようとしているのだから。

 




次話は、…………いつかな!?

番外編時系列投票ver2

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  • 4.5巻後、夏休み中
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