アンデルセンは笑っている   作:小千小掘

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もはや自分の書いているものに懐かしさすら感じています。自分がどうしてこの台詞や描写を入れたのか覚えてないまである。


被虐のヘルマプロディートス

「ほら、僕の言った通りになっただろう?」

 

 カラオケルームで、中性的な声が端末の向こうに届く。

 返ってくるのは逞しい青年の不安だ。

 

「俺にはわかんないよ……自分の立場のために、目の前の危険を放っておくなんてさ」

「今はまだ、看過できる段階だ。クラスにとっても必要なことだったと思う。ただ、君の言うように、自身を正しく律しながら導き続けられる人なんて、この世にいない」

 

 目に悪そうな照明から背け、目を閉じる。

 

「だから俺が必要なんだよな。……あいつが、一之瀬にとってのソレになろうとしているように」

「君ならできるはずだ、何か困ったら言って。とりあえず、今回は()()の件、ありがとう」

 

 優しく、相手の名を呼ぶ。

 

()()

「こちらこそ。リーダーを変えられること、教えてくれてありがとな!」

 

 無人島試験六日目、浅川の動向を把握している者なら、今の会話の内容がわかることだろう。

 通話が切れる。浅川は端末をしまい、やっと正面で不満げな顔をする少女に構う。

 

「……そんなに歌いたかった?」

「違う。……ふん」

 

 そっぽ向かれた。他の人には決して見せないであろうふくれっ面だ。

 

「悪いことをしたとは思ってるよ。でも、君にしか頼めないことだったんだ」

「……」

「櫛田ぁ、元気出してー」

「うっさい。触んないで」

 

 なかなか扱いにくい子だ。頭を抱えるしかない。

 しかし、まだ極端な暴言が飛んできていないのは気分が悪いわけではない証拠。今の言葉、存外効いたようだ。

 

「今回きりにして欲しいな。堀北を助けるようなマネは」

「間接的にそうなっただけだよ。僕が君にしてほしかったのは、清隆への牽制」

 

 前提として、今回の試験における浅川の方針は特にこれまでと変わらない。その上で、櫛田に動いてもらったタイミングは主に三つだ。

 

「別に君を縛るつもりはないし、できっこない。正直清隆に付くかなと思っていたけど、僕を選んでくれたってこと?」

「最近井の頭さんを見習って裁縫の練習をしたいんだよね。君の口を使ってもいいかな?」

 

「君のためになるなら喜んで!」ガバっと立ち上がり、無防備に櫛田の隣まで歩んでいく。「だけどお願い。唇は繊細だから、丁寧にやって欲しいんだ」

 

 人差し指を口に当てる姿が妙に妖艶で、彼女は複雑な感情に振り回される。

 

「君、やっぱりおかしいよ」

「こんなところを見せられるのは、君だけだよ」

 

 浅川はゆったりと櫛田に擦り寄ると、手を取った。

 

「困るな。僕の手本になってもらわなきゃ」

「……浅川君のせい」

「なんで? 好きになっちゃった?」

「馬鹿じゃないの?」

「あれ、なんか汗ばんでね?」

「いい加減にしてっ」

 

 そのまま、頭を自分の胸に抱き締める。

 櫛田はわずかに苦悶の声をあげたが、それ以上抵抗はしなかった。

 

「櫛田」

「……なに」

「偉いよ、櫛田」

 

 誰にも聞かせたことのないくらい、優しい声だった。

 本心からであるなら、彼は寧ろ違うやり方をするのではないか。そう思ってしまうほど。

 代わりとして包んだその腕を、本命へと変えてしまう魅力を、少年は偽ることができてしまった。

 

「また、()()な君を見せてごらん。――ね?」

 

 

 

 

 しばらくして、櫛田は部屋から去り、別の三人が来訪した。

 

「はぁ〜、やっと一息だぁ……」

「お、お疲れ様です! 浅川君」

 

 最初に労いの言葉を贈ってきたのは佐倉だ。彼女を挟んで、王はストローを吸い、井の頭が浅川の頭を撫でている。

 

「君らのほうがお疲れでしょー。僕はさしずめ、安楽椅子探偵だっただけ」

 

 今回の試験、終盤に入るまで浅川はほとんど寝ていただけだ。その後の展開に備えるためではあったが、バカンスを代償にしてしまったことには強い後悔がある。

 もっとも、それだけ差し迫った理由があったわけだが。

 

「半分も説明してやれない。ってわかっていながら、ここまで手伝ってくれるなんて」

「浅川君の言うことにはきっと意味があるって、二人も信じていたんだと思います」

「大丈夫? 悪い人に騙されないように気を付けて、ホント」

 

 ことのきっかけは、彼が佐倉と井の頭に抱えられながら下船を始めてから、戸塚にゲロリウム光線を構えに行くまでの短い時間だ。

 

『……ねえ、もし僕がテントに引き籠もったら、様子を見に来てもらえる?』

『え? そ、それはどういう』

『みんながどう動いてるのか、知っておきたいから』

 

 片目を瞬きするときは思惑の合図。暴行事件のときからの共通認識だ。

 そもそも浅川は初め、本当にバカンスを楽しむつもりではあった。しかし予感は的中し、綾小路の動きを無視できなくなった。堀北をリーダーにすることに反対したことが何よりの証拠だ。

 そこでプランを変更し、二日目は王、三日目は井の頭、四日目は佐倉から報告をもらい、浅川は指示を出す。という手筈となった。

 それでも諦めてはいなかった。特に事情が生まれなければ、終盤はほどほどにバカンスに耽ろうか。そんなふうにまで思っていたところ――。

 結果、最後まで浅川の希望は叶わなかった。

 

「僕の目的の一つは清隆の妨害。アイツ、ちょっと勝手が過ぎたよ今回」

「うぅ……わ、私、綾小路君に嫌われちゃったかな……」

「大丈夫だよ。君の発言は僕の指示によるものだと見抜かれているはずだ。多分」

 

 佐倉が切り出したのは、盗難事件で綾小路の意見を否定した櫛田の肩を持った件だ。

 スパイとして潜入した伊吹を逆に綾小路の監視役に当てていた浅川は、あの事件が伊吹に最大級のヘイトを向けさせるための、綾小路の狂言だと察していた。

 綾小路の意見にとことん反対するよう仕込んでおいた櫛田だけでは、事を有利に運べる確証はない。だから佐倉にも動いてもらい、堀北を決定打に割り当てた。

 そういえばあの子、すごい固くなっててヤバそうだったな。あのときは背中さするので精一杯だったけど。

 

「君らは正しいことをしたんだ。そう遠くないうちにそれがわかるはずさ」

「一人で背負い込もうとしている、ってやつですか?」

 

 端的に言えばそうだ。しかし、それだけだとは思っていない。

 彼の目には、ずっと綾小路がおかしく映っていた。彼が松下と繋がっていたこと、いつの間にか日焼け止めがたくさん支給されていたこと。櫛田から受け取った情報を筆頭に、浅川は早起きへと誘われることとなった。

 全てが繋がっていた。綾小路が独り積極的だったのは、自分が単独で動くことを黙認されるため。

 誰が不満に思おうが関係ない。彼は試験を勝つために奔走していると、クラスが信じ込めば企み通り。

 浅川はテントの中で、危惧が現実となりつつあることを看破した。

 妨害のほぼ全ては成功した。ただ一つ、最悪の罪を綾小路に踏ませてしまった。

 それだけは犯さないでくれと思っていたことを許してしまった。

 わかっているはずの彼が、それでも愚行を犯したのには、きっと、何か理由があったはずだ。それも、とんでもない理由が。

 

「あ〜……」

 

 問題は山積みだ。

 神崎と神室は案の定やり取りがあったようで、柴田に警戒させた甲斐はあったらしい。

 櫛田には松下の尾行を誘い込むよう促し、狙い通り網に引っ掛かけた。しかし、松下が尾行を決心したということは、それだけ櫛田が人の目につかない動きをしたということだ。十中八九誰かと――龍園か神崎、あるいは両方とコンタクトを取っているだろう。今回の無人島は、彼女にとってまたとない機会だったはずだ。

 そして、綾小路の動向も俄然疎かにはできない。最大の疑問は、火災事件の最中、一体彼は何をしていたのか。これに尽きる。綾小路の目的の一つは、そこに集約されていると見ていい。

 皆、この試験を余興とし、今後の展開を見据えて下準備を始めている。無人島という舞台は、「水面下」を確立するための装置に過ぎない。その全てに浅川は目を光らせ、対応しなければならない。

 そっと、胸に手を当てる。

 ――大丈夫。僕は、まだ僕のままだ。

 

「浅川君」

「ん?」

 

 思考を遮断する。王からの呼びかけに間髪入れず反応した。

 

「ちょうど1週間前にした約束、覚えてますか?」

「約束? ……あ! いやっ、ちょ……えーっと」

 

 知らない、覚えてない。と、今から自己暗示して間に合うだろうか。

 ニヤリとする彼女の隣で、佐倉が思い出したようだ。

 

「そうだっ、確か、面白いものを見せてくれるって……みーちゃん、あれってどういうこと?」

「浅川君って、可愛いですよね?」

「うんわかる、わかるよ! 特に目元がね、クリッとしてて、まつ毛も長いし、あと赤い瞳は美人さんって感じで」

「せ、せっかくだから何か歌わない?」

「それは学校に戻ってからもできるんじゃ……」

 

 この会話も別に今する必要なくないか?

 身を乗り出して語る井の頭に気圧され、そんな反論すら詰まってしまった。

 

「実は、浅川君が潜伏するとき、私ヘアゴムを貸してあげたんです。その時に、試験後にまた見せてもらうからって約束を」

 

 自身の像から離れるほど、変装はバレにくくなる。そして代わりに、高い質が要求される。

 綾小路までもを欺くにはそれくらいは必要だった。そこで、浅川は性別を成り代わることにした。

 持ち込みの制限が設けられた無人島で、手軽かつ効果の見込めるアイテムこそヘアゴムであり、彼は高円寺を探す傍ら、王からヘアゴムを貸してもらうよう頼んだのだ。

 タダでというわけにはいかなかったが。

 

「さあ、浅川君」

「い、いやだっ……僕は、僕は男なんだぞ!」

「あ、浅川君、頑張って! 多分、みーちゃんはやるって言ったらやる子だから……」

 

 何たる狼藉だ。まさか彼女がこんな残酷な所業に走る女の子だとは思わなかった。

 唾を飲みおののく少年。白旗を揚げた佐倉のことは諦め、残りの一人に視線をやる。

 しかし、彼は少し気付くのが遅れてしまった。

 

「……本当に、いいんだね?」

「心……?」

「大丈夫だよ、浅川君」

 

 はっきりと見えた顔は、とても優しかった。

 

「ちょっとの間、可愛くなってもらうだけだからぁ」

「あ、あぁ……あわわぁ」

 

 慈愛的なはずなのに、それは確かに、浅川に身の危機を感じさせた。

 

「だから、じっとしてて!」

「ひっ、ひぁああああぁぁ……!」

 

 それからはもう、ヒドイものだった。

 手始めに色んな髪型、アレンジを試される人形と化し。

 続いて歓喜する心の「手腕」によって、コスメ作品へと改造されていった。

 見聞のみで得た知識らしいが、どうやら成功だったようで、(自我の曖昧な)浅川の取る魅惑的なポーズには佐倉が真剣に目を輝かせていた。

 一連の出来事を、のちに彼はこう語る。

 金輪際、心を「その気」にさせてはならないと。

 そして、

 

「……案外、悪くなかったのが悔しいです」

 

 

 潮水のせいか喉は乾くが、それでも常夏に一泡吹かせられるくらいの涼しさを運んでくれる。

 身体は焦ったように藻掻きながら、その安らぎを浅川は感じていた。

 

「大丈夫ですかー!」

 

 鬼気迫った声が聞こえてくる。見やると、長身と中肉中背、二人の男がこちらに向かってきていた。

 まだ穏やかな波をかき分けて。

 

「がっ、はっ……ん、ばはっ!」

「落ち着いて! もう大丈夫だよ、掴まって」

 

 浅川は足を止めた。救急隊員に半ば抱えられるようにして、島を外周する。

 ほぼ反対側にある本拠点。例の豪華客船が見えてきた。

 状況は概ね聞いていたのだろう。教師たちが各々反応を見せる。

 

「だ、大丈夫浅川君!?」本気か演技か、取り乱した様子で声をかける星乃宮。

「意識はどうだ? 座れそうなら、ここだ」あくまで毅然とした態度で声を発する真島。

 坂上は黙してこちらを視る。その意図は判然としない。

 茶柱も何も言わないが、目元は嗤っていた。

 もう、いいだろう。

 

「あっはは! そんな怖い顔しないでくださいよ。びびって風邪引いちゃいますって」

「な……、浅川」

「真島さん、ご心配おかけしました。でも大丈夫! ほら、ふらつかないまま腕ブン回して飛び跳ねられます」

 

 途端に荒々しい動きで主張する浅川に、三人は複雑な表情だ。

 ただ一人、茶柱は冷静に応じる。

 

「なるほど。これは試験に戻っても支障はなさそうだ。救急の方々の迅速な対応には感謝せねばな」

「待ちなさい」

 

 割って入ったのは坂上だ。旨くないと思ったようだ。

 

「命の危機に陥った生徒を再び無人島に返すと? 正気ですか?」

「彼は溺れただけですよ。陸で生活をする分には困らない」

「生徒の心身の状態が先決です」

「ピンピンしているように見えますが?」

「診断だってどんとこい! 五分もくれれば息だって元通りです!」

 

 気丈に振る舞ってやると、本当に診断を受けることになった。

 今更脈拍の制御もできないなどということはない。難なく「問題なし」の結果が出た。

 茶柱から、本心の欠片もない釘刺しが入る。

 

「もう崖になんて近づくんじゃないぞ。また転びでもしたらリタイア必至だ」

「わかってますよ。拠点に引き籠もって、なけなしのポイント要員に成り下がってきます」

 

 確かな足取りで船から離れていく。

 途中、一度浅川は振り向いた。

 笑って。

 

「お世話になりました」

 

 

 

 

 然れども、自業自得のハンデに保障をつけてくれるような甘さは、やはりこの学校にはなく。

 

「あぁ〜、夏で良かったぁ」

 

 今度は衣服を木の棒で吊り、即興でつくった焚き火の熱で剥き出しの背中を温めていた。

 パンツは、万一人が通ったらヤバいから履いている。

 我ながら不便なものだ。炎とまともに向き合えば、心が無事では済まない。手のひらを当て擦ってどうにか腹を守る。

 

「〜♪」

 

 ずっと寝ていたからというのも大きい。こうした大立ち回りに少し楽しさを感じる。

 サバイバルって感じがする。

 

「……よし」

 

 十分だろう。輝点が消えた。

 まずは葛城のところだ。折角過去問でできた縁を生かさない手はない。尤も、ギブアンドテイクで終わりにもしない。結局人は助け合いだ。人はそうなれると、信じたい。

 おそらくDクラスは、今日か明日の後半戦で窮地に立たされる。文字通り行き場を失くし路頭に迷う可能性が高い。洞窟という安全地帯を獲得した――と佐倉から聞いた――Aクラスこそが抵抗の鍵になる。

 クラスのみんなを、僕のせいで危険に晒した……。

 

「清隆めぇ!」

 

 こういうときに支えてくれるのが親友ではないか。何故悩みの種になってくる?

 

「踏みとどまれよ……戻れなくなるぞ」

 

 普通なら伊吹という監視がいれば大丈夫なはずだ。しかし彼は今、二つの意味で普通ではない。

 一つに彼の性質だ。さすがに気づく。綾小路は善くあろうとしているだけで本来残忍な性格だ。手段を選ばなければ、他人を傷つけてでも行動を起こしかねない。

 もう一つは今の様子。浅川は綾小路がずっとおかしく見えていた。ただ、それは彼の行動が気掛かりだったからというより、気掛かりな行動を取っていることそのものが気掛かりだった。

 本当にアイツは、試験のためにしか動いていないのか……?

 彼が自分のためだけに動き始めたら、何をするかわからない。

 浅川自身も、これから自分のための行動を起こすつもりだ。それと同時並行で彼に対処することは難しい。せめて、その思惑だけでも知れたらいいのだが。

 

「……」

 

 できることをするしかない、か。

 お守りのようにしまっていた変身用のヘアゴムを握りしめる。

 きっと彼女が気付いている以上に、浅川が大切に思っている女の子から借りたそれを。

 

番外編時系列投票ver2

  • 一章後、二章前
  • 二章後、夏休み前
  • 夏休み中、無人島前
  • 船上試験後、4.5巻前
  • 4.5巻後、夏休み中
  • 夏休み後
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