時系列の移動が今回難しくて、上手くやれば一話に収められたかなあ。ここにきて構成で付け焼刃なところが出始めた気がします……。
時刻が9時を回った頃。
僕は震える体を抑えながら、携帯片手に自室の前で待機していた。
「うえ~、さっむ……」
完全に誤算だった。上着、持ってくれば良かったな。
「自業自得だ」
「仕方ないじゃない。まさか五月間際にもなって冷え込む夜を体験することになるなんて思わなんだ」
電話の相手は清隆だ。
「上手く行きそうか?」
「さあ、どうだろう。神のみぞ、じゃないか。二人にしかわからんよ」
傍らの扉の向こうで、今まさに行われているであろう少女たちの会話に思いを馳せる。内容は想像もつかないが。
「中にいなくて大丈夫なのか?」
「いるべきじゃないでしょ。折角場を整えてやったんだし、この方が二人共気兼ねなく話せるだろうさあ。鈴音とは後で話をするよ」
「大目玉だろうな」
「違いない」
僕らは揃って苦笑する。強引な形になるのは避けられなかった。冷え切った瞳でこちらを射抜く姿が容易に浮かんでくる。今回ばかりは甘んじて受け入れるしかないな。
「それにしても、随分と遅い時間にかけてきたな。明日が土曜日で良かった」
「人目に付くと僕が変質者みたいになるからね。それに、あまり早い時間だと予定が狂う可能性があった」
この時間帯になってしまったのもちゃんと理由がある。でなければ以前の夜更かしで教訓を得た僕が今外にいることはないだろう。
「暇潰しくらい付き合ってやるさ。面白い話を聞かせてくれるんだろう?」
「退屈な子守歌になっても文句言うなよ? 急かしても夜は逃げない。沁みるコーヒーでも添えてのんびりお聞き」
「生憎オレは紅茶派だ」
「苦いのは嫌いか」
僕は一連の経緯を話し始めた。
―――――――――――――――――――――――――――――――
三十分前。
習慣化しつつあった読書に耽っていた僕の意識は、無機質なインターフォンの音で引き戻された。
時間厳守か……。
これまた可愛げのない真面目さだ。僕は端末を取り出しある人物へメッセージを送り玄関へ向かう。ドアスコープを覗くと予想通りの姿が確認できた。
「今開けますよーっと」
僕はゆったりとした動作でロックを開ける。時間に余裕がないわけでもない。
「いらっしゃあい」
「手短に済ませるわよ」
「のんびり行こうぜえ……」
ズカズカと奥へ突き進んでいく鈴音。異性の部屋だというのに緊張のきの字もないのか。慣れているのではなく無関心なのだろう、彼女の場合は。
そう思っていると、何だかんだで彼女も内装が気になったのかキョロキョロと見回し始めた。
「……本当に大丈夫なの?」
「心配してくれるの? 嬉しいねえ」
「三秒前の言葉を後悔したわ」
僕は入学日から予め設置されていたカップを手に取り水を入れる。一応形だけ戸棚を確認するが……。
「ごめん、真面なもてなしはできそうにないや」
「期待してないわ」
「冷たっ」
「そういう意味じゃない。
だったら勘違いするような言い方はしないでほしい。繊細なんだぞ、僕は。
「私の部屋で合流できれば良かったのだけど」
「仕方ない、時間が時間だし」
既に8時を過ぎている。男子が女子寮を訪ねることは不可能だ。尤も、今回はそれを利用させてもらったのだが。
にしても、女子が男子寮に行くのはOKというのは合点いかんな。不純異性交遊の防止なら、どちらも禁止すべきではなかろうか。
「綾小路君は来ていないの?」
確かに彼がいないのは違和感になる。適当に誤魔化しておこう。
「電話したけど出なかった。風呂かトイレかベッドの上か……逢引だったりしてなあ」
「そんなわけないでしょう」
「嫉妬?」
「今すぐ出て行ってもいいのよ」
「問い詰めに行くのか? 協力するぞ」
「彼がそんな度胸のある人だとは思えないと言っているのよ」
「君はそういうのに全く興味なさそうだなあ」
「事実ね。そういうあなただって似たようなものでしょう」
彼女の返しに、僕は答えに窮する。
恋、と言っても色々ある。
複雑かつ矛盾した想い。愛憎は互いに置き換えられるのか。どちらも恋心に繋がるのか。
答えが正なのだとしたら、僕は――
「あるよ、
「そ、そう、意外ね。あなたにも浮いた心があったなんて」
印象からかけ離れた答えだったようで、鈴音は動揺している。失礼な、誰にだって春は来るさ。多分君にも。
そのときは精々、相手が気持ちを察してくれる「ツンデレ」になっていることを願うばかりだ。
「……こんな話をするためにここへ来たわけじゃないわ。とっとと本題に移りましょう」
うむ、いい時間稼ぎにはなったろう。
「小テストについて話したい。随分と急な相談ね。こんな時間になって呼び出すなんて、余程重要なことなのかしら?」
さすがに疑われているか。確実にこちらへ呼び込める時間を選んだのだが。
「気づいたのがちょうど微妙な時間だったんだよ。早めに伝えておくに超したことはないと思ってさあ」
本当はテスト後の会話の中で気づいていたことだが、辻褄合わせの嘘を吐く。
「ふん……聞かせて頂戴」
「ほいさあ」
気楽に行くか。たとえジト目をされたとしても。
「君、テストの後言ってたろう? 『これからに関わる別の意味も隠されている可能性は捨てきれない』って」
「ええ。何か思いついたの?」
「君の違和感は間違っていないと思う。君の言葉を信じるなら、学校側は僕らにあのテストで満点を取らせるつもりがなかった。進学校ともなればそういうことはあるかもしれない。でも初回から抜き打ちでそんなことをする必要は全くない。つまり、純粋な学力測定が目的とは考えられない」
鈴音は黙って続きを促す。ここまでは確認のようなものだ。僕も気に留めることなく話を進める。
「次に注目すべきなのは問題の中身そのものだ。あの問題は超高難易度ではなく、既習範囲外だった。普通の解き方ではクリアできなかったということだ。――さて!」
僕は手をパチンと一叩き。すっかり聞き込んでいた鈴音の体がビクンと跳ねる。どんだけ意識囚われてたんだ。
「ここで問題でーす。パンパカパーン!」
「へ、問題?」
あまりに想定外だったようで、彼女は未だ心ここに非ずといったご様子。ほれ、折角息抜きのタイミングを作ってやったんだ。ノリ合わせろ。
「自分の持てる力では絶対に倒せない敵を、一体どうやって倒すでしょうか?」
「は……?」
僕の提供してやった遊び心はどこへやら。深刻そうに首を捻る鈴音。哀しいかな、今のところ一番君に美しさを感じるのはその仕草だよ。
やれやれと視線を下ろすと、彼女は未だ眼前の水に口一つ付けないでいることに気付く。早く飲んでくれ。こっちが欲しくなってくるよ。
すると僕の目線で察してくれたのか、鈴音は溜息混じりにコップを手に取り――僕の前に差し出した。
「ふぇ?」
「喋っているのはあなたでしょう。喉を潤しなさい」
「…………あらやだ、助かるわあ」
本当、ふとした時にこういう親切心を見せるんだから。普段からこれくらいの柔軟さを発揮してくれるとありがたいんだけど。
ご厚意に預かり、優しさの結晶を受け取る。心なしか、いつもより美味しく感じられた。勢い余って一気に飲み干してしまった。
「くぅ、うしまけたあ」
「いつも飲んでいるただの水じゃない。満腹になったわけでもないでしょう?」
「それは『牛が寝た』だ、何も食っとらんわい。飲食への感謝の呪文みたいなもんさあ」
鈴音は嘆息を零し額を押さえる。冗談を働いたのは君も同じだろうに。ジョークの責任を僕に押し付けるんじゃない。
「それで、さっきの問題の答えだけど」
彼女は姿勢を直し襟を正す。その表情は先程よりも幾分か柔らかく見える。やはりユーモアはどの場面にも効果覿面、料理で言うところの砂糖だな。
「力を強化する、のは駄目なのよね。即効性も確実性もない」
正攻法というのも悪くはない。凡事徹底の精神や日向を突っ切る真っ直ぐさもまた武器だ。しかし、彼女は既にその領域は過ぎている。
「駄目とは言わんが、今回の戦力差を覆すのは無理があるなあ」
「なら……チートを使うとかは?」
「……っ」
あぶね、むせるとこだった。
まさか鈴音からそんな言葉が飛び出すとは。印象とチグハグで面白いじゃないか。
「あっはは、カンニングでもするのかい? 常識の範囲で考えなさいなあ」
「笑わないで、気に障る。あなたに常識を語られたくないし、こっちは真剣に考えているのよ?」
「ごめんなさい……」
真面目な面して「チート」なんてネタをかました君にどうしてそこまで言われなきゃいけないんだよ。
あと、誰が非常識じゃ。君の罵倒癖も非常識レベルだ。
「……ねえ、それは必ずしも戦わなければいけない相手なの?」
「試験を受けずにどう乗り越えろと? 大方、
善いぞ善いぞ、傲慢な人間が悔しがっているのを見ることほどの愉悦はない。……時には逃避も有効だということは内緒にしておくか。
意地悪も程々にしておいてやるか。出題者は進捗の無いシンキングタイムを好まない。
「戦闘というのは、『たたかう』や『にげる』以外にもコマンドがあるんだよ」
判然としないヒントに彼女は眉間の皺を一層深める。よせよせ、跡が残るぞ。綺麗な顔が台無しじゃないか。
「私がその手の話に疎いのをわかっていてやってるでしょう……?」
「い、いや、お堅い空気を少しでも和ませようとしたんだよ。僕だってゲームなんてほとんどやんないし。ほら、クイズって楽しいじゃん?」
本心で語ったつもりだったが、下らない冗談を重ねられたと思われたらしい。完全に不貞腐れてしまったようだ。
「まあまあ、正解を見出せずとも、思考し続けることにだって意味はある。人間は考える葦なんだぜ?」
「パスカルの言葉ね。人の無限性と有限性を同時に説いた不可思議な言葉、矛盾しているわ」
「矛盾はお嫌いかい? 人の思考の極致にこそ、矛盾は存在するんだ」
矛盾という現象そのものが正しいことなんていくらだってある。それは、悩み、惑い、苦しんでいる何よりの証に近しい。
とはいえ……今のではっきりした。まだ彼女は、独力で答えを探すのが難しい。
未だ鼓膜に残響している無機質な音が、再び鳴った。
もう時間か。だが、ジャストタイミングだ。
困惑を隠せない鈴音を置いて、僕は玄関へと向かう。
「鈴音。実は問題の答えは一つじゃないんだ。そして今、その一つがご到着だ」
「……どういうこと?」
嫌な予感を察知したのか、彼女は表情を曇らせる。
もう遅い、諦めるんだ。舞台は整った。
「その一つは、『いれかえ』だ。独りでは選べないコマンドだよ」
もはやスコープを確認するまでもない。臆することなく、僕は扉を開けた。
僕の目的の達成と同時にできるだけ君たちのご要望に寄り添った作戦、それが
嫌いでもいい。受け入れられなくてもいいんだ。
だけどそれは、君が関わることを投げ出していい理由にはならない。
君が本気でDクラスとして勝ち上がりたいのなら、彼女との交流は避けるべきではない。どんな事情があったとしても。
「悪いね、今回ばかりは僕と『彼女』のわがままに付き合ってもらうよ。恨むなら、今まで何も話さなかった自分を恨むことだ」
強い想いが本当に人々にとって善いものとして公言される時、いつだって用いられるのは愛だ。憎しみは非難の対象か負の美学として扱われる。
けれど、その本質は表裏一体でしかない。輝かしく見えるから前者で、汚れて見えるから後者である。たったそれだけの違い。
二人は、どうなのだろうか。
「こんばんは、堀北さん」
「………………
今の僕は
あらゆる物体の総和も、あらゆる精神の総和も、またそれらのすべての業績も、愛の最も小さい動作にもおよばない。――あらゆる物体と精神とから、人は真の愛の一動作をも引き出すことはできない。
La somme de tous les objets, la somme de tous les esprits, et toutes leurs réalisations, ne s'étendent pas au moindre mouvement d'amour.――De chaque objet et esprit, on ne peut tirer ne serait-ce qu'un seul mouvement d'amour véritable.
ブレーズ・パスカル『パンセ』
申し訳程度に伏線は挟んどきました。一部ハテナになった部分はそれのはずです。序章の間には明らかになります。
オリ主の過去話について(どれになっても他の小話もやるよ)
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止まるんじゃねぞ(予定通り,10話超)
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ちょっと立ち止まって(せめて10話以内)
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止まれ止まれ止まれ…!(オリだけ約5話)
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ちょ待てよ(オリキャラだけ,3話)
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ムーリー(前後編以内でまとめて)