アンデルセンは笑っている   作:小千小掘

131 / 132
相も変わらずこの章もなかなかなボリュームになりそうです。

最初はこの章で生徒会長の過去編でも混ぜようと思っていたのですが、さすがに長くなりすぎそうなので多分頓挫します。

気が向いたら書く、かなぁ…。


亀裂はままならない

 櫛田はプールサイドでぼーっとしていた。

 余所行きの顔はしたまま、そこから活発さが削がれた気配を纏って座っている。

 そこに、少年が一人やってきた。

 

「裏切られたって思っちゃった?」

 

 いつものように飄々とした返事がくると思っていた。しかし、結果はいっときの沈黙。

 言葉を探しているのだろうか。表情を盗み見ることもせず、漫然とした推測だけが揺蕩う。

 

「……違う。つもりだ。ただ、経緯が気になった」

 ふふ、と笑ってから、「松下さんと繋がってるって聞いたから、仕返し」

 

 隣が空いていると言いたかった。しかし、ここは目につく。自分の立場にひびが入る行為をするわけにはいかなかった。

 

「からかうのはやめてくれ。いつの間に恭介と仲良くなっていたんだ?」

「むぅ、本当なのにぃ。――綾小路君に名前で呼んでほしいって言った日からすぐだったかな」

 

 のほほんとした少年は、今や自分を「お手本」だと言っている。こちらからすれば、寧ろ逆ではないかと思うのだが。

 

「浅川君は、『私』のことを知ってるんだよね。多分、綾小路君も」

「……よくわからないな」

 

 蠱惑的な目線を、意図的に送る。

 

「嘘つき」

「どう受け取ったっていい。…………だけど、一つだけ言えることがある」

 

 嗚呼、本当に。どこまでも暗い瞳だ。心なしか、以前よりも深くなったような気がする。

 だと言うのに、どうして彼の言葉は、ただの絶望には聞こえないのだろう。

 

「オレたちは、子供なんだ」

「……」

「ちっぽけな子供。いつかは大人にならなきゃいけない」

 

 かつてと同じように諭している。と、なぜか今はそう思わなかった。

 まるで、自分自身に戒めているような。

 

「少し、安心した。お前も自分を諦めることをやめたんだな」

「ふーん、なにそれ」

 

 立ち上がらずに伸びをする。下衆な男どもの気を惹くために定期的にやっていることだが、当然今回はそういう意図はない。

 

「綾小路君」

「……何だ」

「私、今幸せだよ」

 

 そう言って、穏やかに微笑んだ。

 

「でも、もっと幸せになりたいって思うようになったの」

「櫛田……」

 

 桔梗、とは呼んでくれなかった。歯ぎしりしたい気持ちを抑えて、彼女は慈愛を向ける。

 

「だから私――綾小路君のことが欲しい」

 

 返事はいらなかった。これは、告白などではないのだから。

 

「あなたを包んでいたい。私があなたを育てたい」

 

『私』のことを知っていたとしても、『私が何をしたか』は知らないかもしれない。

 人知れず、彼女は願いを掛けていた。

 

「私のかわいいあなたでいてほしいの、綾小路君」

 

 無謀な『夢』は、きっと報われないと知りながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダメだ」

 

 

 橘書記が部屋を出ていくや否や、真島先生が口を開いた。

 

「”特別でない試験”か、面白い。開くこと自体に異論はないが、あまり他の生徒にまで広められるのは好ましくない」

 

 当然ね。学年全体で宝探しともなれば混乱が生まれる。とても大人たちだけでは制御が効かなくなってしまうことだろう。

 

「よって、今この場にいる者たち以外への公言は禁止とする」

「あ? 教師に横槍入れられる筋合いはねえだろ。ペナルティをつけられる立場でもないはずだ」

 

 わざとやっているのかと思える、龍園君の噛みつき具合。あくまで先生は冷静だ。

 

「その通りだ。しかし、私個人からの印象は悪くなる。それをよく理解しておけ」

「ふん、俺の評価なんざ、とっくに底をついていると思っていたんだがな」

 

「上手い言い方だね」隣で平田君が呟く。反対隣の軽井沢さんは呆けているが、私には彼の言いたいことがわかった。

 教師が踏み込めない領分を弁えながらも制限は加える。絶妙な匙加減ができるあたり、真島先生の教師としての能力は確かなのだろう。どこかの珍しい苗字の女と違って。

 ただ、一方で私は、その言葉で龍園君の謀略を止めることは難しいとも察していた。これで鞘を納めるような男が、暴力沙汰の事件なんて起こさないし、さっきのように上級生を挑発しない。

 

「橘が戻るまで、まだ時間があるな。今のうちに改めて質疑応答を行おう」

 

 兄さんの一声。葛城君を起点に、再び話は「なぜ会長らがこの船に来たのか」に立ち返った。しかし、あくまで興味本位というのがあの人の言い分らしい。

 煮え切らない顔をする者もいるが、これ以上の進展は不可能という結論に皆至ったようだ。

 

「生徒会長、よろしいでしょうか」私は努めて形式的な態度を取る。

 

「何だ?」

「会長は今、いくら持っているのですか?」

 

 なんだか生々しい質問になってしまったような気もするが、これも確かな意味を持つこと。クラスの先導者たちはやはりそれを理解するのが早い。

 私たちはまだ一年生。激化していくであろうクラス対抗の中で、環境の変化は避けられない。現在の三年生は、その全貌を示す一例だ。

 1プライベートポイントがどれほどの価値になっていくのか、わずかでも参考が欲しかった。

 それはどちらかというと、クラスのためではなく、()()()()()()()()()()求めている情報だった。

 兄さんは言葉の代わりに、自らの端末を取り出すことで真実を示すようだ。百聞は一見に如かずね。

 

「なっ……」

「ふーん……」

 

 葛城君が驚愕、一之瀬さんは、何か納得した様子。

 龍園君は無言の無愛想、坂柳さんは相変わらず愉快そうに笑う。

 

「……ありがとうございます」

 

 実のところ、想像を遥かに超える額だった。

 一人の高校生が――校内でしか使えないものとはいえ――私欲に委ねて振り撒いてしまってたら、並の金銭感覚ではいられなさそうだ。

 きっと理由があるに違いない。私が何を言うより先に兄さんが端末をしまったのは、事実の奥にある背景を追究されることを避けるためだろう。

 考えられる要因は三つだ。自クラスで徴収したか、他クラスから取引などで徴収したか、アングラな何かか。まあ、三つはあまり考えたくないから一旦除外ね。

 単にクラスポイントがとんでもない可能性もあるけど、学校側がそこまで異常なポイントをクラス単位で支給する事態を許すとは考えにくい。恐らく自クラスのために使う共有財産を確保するのが目的だろう。

 三年間でそういった工夫も必要になる、ということ。私が有意義に扱える情報かは怪しいけれど。 

 

「お待たせしました。私の独断と偏見で隠してきました」

 

 狙っていたかのようなタイミングで橘書記が帰ってきた。

 ――今、独断と()()って言った?

 

「ここに、宝に関するヒントが書かれた紙を八枚用意しました。各クラス二枚ずつ。引く順番はお任せします」

 

 誰が急ぐこともない。流れに従って続々と封筒が卓上を滑る。

 

「どのヒントを掴むかは運次第。ヒントどうしが絡み合っているものもあります。あとはご自由に、煮るなり焼くなり好きにしてください」

 

 彼女の最後の言葉が実質的な試験開始の合図となった。特別でないのだから、これぐらい緩んだスタートでも問題ない。

 

「自由……無人島の時と同じか」

「意固地になって他クラスに先を越されるより、堅実に協力するという選択肢もあるわけだな」

 

 神崎君、続いて葛城君の台詞。

 

「そうだ。この場で八枚のヒントを並べれば、短時間で試験を終わらせてしまうこともできるだろう。その場合、報酬の10万ポイントを山分けすることになるがな」

 

 龍園君が鼻を鳴らす。あり得ねえ、そう物語っていた。

 

「俺が興味あるのは、お前たちがどう考えどう行動するか。それだけだ」

 

 坂柳さんが微笑む。何が面白かったのか。あるいは面白くなる、と思っているのかもしれない。

 

「試験終了は19時とする。善い結果になることを、楽しみにしている」

 

 私は眉一つ動かさなかった。そんな疲れること、したくない。

 内心どうでもよかった。もう平田君たちにここは任せて、ヴァカンスにでも返り咲きたい。

 そう思ってしまうほどに、この先は()()()()()()()()()のだ。

 

 

 

「お、おい。待てよ堀北!」

 

 須藤君が後ろで騒ぎ立てる。どうやら平田君と軽井沢さんも追いかけてきているようだ。

 

「堀北さん! どうしたんだい。君らしくないよ」

 

「私の」平田君の言葉は、ムショーに私の地雷に触れた。「私の何を知っているの?」

 

「そ、それは……」

「理由ぐらい話してくれたっていいじゃない! 呼ばれて来てあげたのに、一目散に帰ろうとするなんてひどい!」

「あなたを呼んだのは私じゃない。私は私の考えで行動するだけよ」

 

 軽井沢さんの状況に全く同情しないわけではないが、それについて私に非はない。

 だから、この試験を私一人が投げ出したところで、何も問題はないはずだ。

 

「やっぱり、堀北さんには考えがあるんだよね? 今そう言った」

「……」

「せめて、その考えを教えてくれないかな」

 

 揚げ足取りね。話さなければ、どうせ長い時間付き纏われる。

 ……面倒くさい。

 

「橘書記は、その封筒を煮るなり焼くなり好きにしろと言ったわ。私はそうしてしまえばいいと思ってる」

「ええ!?」

 

 勿論、理由は用意している。

 

「各クラスに二つのヒント、恐らく同じ中身のものなんてないでしょう。平田君、四種の組み合わせで全て同じ答えにたどり着くように仕込むことができると思う?」

「あっ」

「しかもこの短時間で」

 

 私はちゃんと、橘書記の立場を『想像』した。それだけでこの試験の仕組みはほとんどわかる。

 

「クラス単体で宝を手に入れるのは現実的じゃない。葛城君の言った通り、協力することが想定されているはず」

「じゃあ今からでも、」

「龍園君が素直に頷くわけがない」

 

 反論はないようだ。ある意味信頼されているわね、あの男。

 

「このままではどのクラスも宝には辿り着けない。だったらいっそその紙燃やして、完全に他クラスへ情報が流れないようにしてしまえばいい」

「なるほど……万が一他クラスが――例えばCクラスとかが宝を見つけてしまう可能性を潰すということだね」

 

 そして私たちはお先に元のバカンスに帰る。我ながら素晴らしい計画ね。

 

「でもね堀北さん。一つだけ失念しているよ」

「なんですって?」

「他クラスと協力することが不可欠。なら、もしそれが実現できたら、この試験はクリアできるってことだよね」

「……あなた、私の話を聞いてた? そんなこと不可能よ」

 

 私には理想を現実に昇華させる力がない。それを痛いほど思い知った。

 私は自分が思っていたほど優秀ではなかった。みんなが思っているほど頑張ることもできない。

 だからひっそりと消えてしまいたくて、『事なかれ主義』に走っている。

 

「いいや、きっとできるさ」なのに平田君は、強く言い切る。「僕たちなら、君ならきっとできる」

 

「そうそう、堀北さんなら心配いらないって。それに私も宝探しやってみたーい。偶然でもなんでも、見つけられたら10万ポイントなんでしょ? 儲けものじゃん!」

 

 私を励まそうとしているのかどうでもいいと思っているのか、軽井沢さんはケロッと言ってくれる。お金が欲しいだけなのかも、彼女。

 

「堀北先生」

「先生言わない」

「へ、へい」

「返事ははい」

「はい」

 

 従順になったのはいい傾向ね。さすがは浅川君と兄さんの弟子。

 

「あの女と同じ意見なのは癪だけどよ、やってみる価値はあるんじゃねぇか?」

「あなたまで……」

 

 正直私の意見は変わらない。しかし、三人は私にありもしないものを期待していることはわかった。

 今後のことを考えるなら、それは間違いだと早急に証明する必要がありそうだ。

 

「なによその上からな呼び方!」

「はぁ? 女は女だろうがよ!」

「ちゃんと軽井沢恵って名前があるんですけど? これだから頭まで筋肉なおバカは困るのよ!」

「うるせえ金欠女!」

「赤点男!」

「あはは……二人とも元気だね」

「平田君も何か言ってやってよ!」

「バカ、平田は俺らの仲間なんだよ! な!」

 

 ……こんな人たちに証明する必要なんて、あるのかしら。

 

 

 後輩たちが退室し、二人だけが残された。

 甘酢っぱい、とはいかないが、ひりつきのない和やかな空気が流れている。

 

「……」

「か、会長」

 

 不安そうに、橘がこちらを見つめてくる。全く、真っ直ぐで目敏いのに、優しい少女だ。

 

「橘」

「……!」

 

 彼女が安心できるためにも、自分自身のためにも、そして、大切な家族のためにも。

 彼は少しだけ、出過ぎた真似をする。

 

「一つ、頼みがある」

「はい、勿論です」

 

 互いをよくわかっているからこそ。二人は、静かに笑い合った。

 

 

 不本意であることに変わりはないが、結局三人の手を振りほどくほうが面倒くさそうだったので、渋々私も参加することにした。

 

「まずは封を開けてみよう」

 

 そう言いながら、平田君は中身を取り出した。

 まずは一つ目。短くお題のようなものが書いてある。借り物競争を連想した。

 

「『革命に必要なもの』……平田君、これって?」

「さ、さあ。堀北さんは」

「次」

「せっかちだな」

 

 一々根拠を言ってやらないと口が減らないの?

 

「封筒を受け取るとき、橘書記は私たちに『順番』だけは選ばせてくれた。でも、二つのヒントの組み合わせは選ばせようとしなかったわ。なぜかわかる?」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ? えーっとつまりぃ……バラバラにしちまったら困るってことだよな」

「……そうか。僕にもわかってきたよ。堀北さんの言いたいことが」

 

「な、なんだよくそ」平田君の反応を見て、須藤君は悔しそうだ。「俺だけ置いてけぼりかよ」

 

「もしかして、この二つはセットってこと?」

「あくまで可能性が高いという話よ。そして、四クラスの答えを紐付けると、宝の在処が明らかになる」

「すご! まだ何もしてないのにもうそこまでわかるなんて、さすが堀北さん!」

 

 至って素直に褒められたものだから面食らってしまう。平田君の前だからいい顔をしたいというわけ? それにしてはあまり打算はないように聞こえたけど、何を考えているのかさっぱりだ。

 

「たとえこれが事実だったとして、私たちの現在地は何も変わらないわ。二つ目の封筒を開けて、その足で探索を始めないことにはね」

 

 平田君は頷き、二つ目を開ける。

 

「んー……『椎名ひよりさんが聞いたもの』? あ!」

 

 読み上げた須藤君が声をあげる。

 

「俺こいつ知ってる! 前に会ったことあるぜ」

「本当かい! 一体どこで?」

「堀北がさらわひゃわわわわああ!」

 

 早々に察知できてよかった。つくづく不注意な男ね。

 

「口を慎みなさい」

「悪かったって!」つねられた頬を抑える須藤君。

「で、堀北さんが何なのよ?」

「ほら、俺が迷惑かけちまった事件でよ。コイツが一人で調査してたときに」

 

 彼にしてはいい感じに誤魔化せている。私なりに合わせておこう。

 でも、実際須藤君はどういう経緯で椎名さんと知り合ったのだろう。それはそれで気になるが、今はそれより優先すべきことがある。

 もしかしたら、伊吹さんの件を進展させられるかもしれない。その点では、このヒントは()()()だったかもしれないわね。

 

「……?」

「どうしたの? 堀北さん」

「い、いえ。なんでも」

 

 私、今なんて思った?

 なぜ伊吹さんのことを当たり前のように気にして――

 

「変に記号や暗号が使われているわけじゃなさそうだね。他クラスのヒントがどうかはわからないけど、僕たちにとってハズレではなかったんじゃないかな」

「でも一つ目のが意味わかんないっ。革命なんて大袈裟、世界史の教科書でも探せってわけ?」

 

 既に軽井沢さんが匙を投げようとしている。私としては別に彼女がいてもいなくても困らない。

 いや、足として使う分にはいたほうが便利か。

 

「堀北さん? なんか、怖いこと考えてる?」

「…………まずは行動方針を決めるべきね」

「堀北さん!? 何今の間!」

 

 元気ね。彼女。

 

「ヒントどうしは繋がっているという堀北さんの仮説を信じるにしても、今の状況じゃ一つ目のヒントを解読できない。一度二つ目のヒントに的を絞ってみるのがいいんじゃないかな」

「椎名を探すってことだな。でもお前らはあいつの顔知らないんじゃねぇか?」

「私は、その人の特徴だけなら知っているわ」

「え、マジかよ」

 

 淡い水色に近い銀髪。おっとりとした雰囲気の読書家。ソプラノ声。いずれも伊吹さんから聞いた情報だ。

 

「地下に小さな図書館があるわ。まずはそこを当たってみましょう」

「万が一そこじゃなかったときのために、他の場所を探す人もいたほうがいいね」

「そうね、二手に分かれましょう。私と組むのは……」

 

 悩もうとして、その必要はなくなった。途端、軽井沢さんが須藤君に微妙な視線を向けたからだ。

 またさっきのようにいがみ合われては探索以前の問題だろう。思わず溜息が溢れる。

 

「遺憾だけれど、軽井沢さん」

「一言多くない!? さっきから」

 

 私と軽井沢さんは地下へ向かう。男二人は地上階を探すらしい。

 

「そういえば、客室にいたらまずいわね……」

「え、なんで?」

「彼女のテリトリーを侵害することになりかねないわ」

 

 いえ、橘書記のことだから何か対策はしている? 「誰かが来るまで客室に入るな」と伝えるだけでも十分なはずだ。

 

「ふーん……やっぱり松下さんが言ってたこと、本当だったんだ」

「え?」

「この前聞いたの。堀北さん、けっこういい人だったよって」

 

 ……なによ、それ。

 

「勘違いされては困るわね。私は上に昇り詰めたいだけ。身内にまで敵をつくっていては、それが夢のまた夢になってしまうと知っただけよ」

 

『本心』を吐く口は本物だ。なのにどうしてその奥が、胸の奥底が、こんなにもズキズキするのだろう。

 

「あくまで自分のためってこと?」

「もちろんよ」

「……そう」

 

 少し、無言の時間を挟んだ。

 

「……それでも、いいのかもね」

「何か言った?」

「う、ううん! なんでも、なんでもないから!」

 

 急に取り乱したと思ったら、横に垂れている髪をくるくると弄る。

 

「じゃあ、さ。あの無人島でのことも……」

「……っ」

 

 彼女と二人で行動することへの躊躇い。その理由は単なる相性もあるけれど、それだけではなかった。

 被害者面をしていたら「あなたにも非がある」と言われて、私だって嫌な気分になる。

 

「あのときは、私も必死だったの。どうすればいいのかわからなくて、ただ、伊吹さんを追い出すのは得策でない気がした」

「……」

 

 いいえ、違うわね。こんなもの言い訳でしかない。たとえすべきことだったとしても、正しさのためだったとしても、私は彼女を傷つけた。その事実は変わらない。

 軽井沢さんは真っ直ぐ私を見つめ、いや睨んでいる。それに対する責任の取り方がわからなくて、俯きたくなる自分がいる。

 でも、それではダメ。自分を認められなくなった私だけど、もう他人にまでそのツケを回すことはしない。

 

「……ごめんなさい。あの発言も、発言に対する謝罪を蔑ろにしてしまったことも、お詫びするわ」

「悪かったと思ってるの?」

「いいえ、そこまで認めることはできないわ」

 

 被害者が軽井沢さんでなければ、私はあのような理由づけはしなかったし、クラスメイトたちも真に受けはしなかった。それもまた紛れもない事実。

 だが、事実は闇雲に振りかざしてなんぼのものでもない。ときに現実や、自分自身と照らし合わせて扱い方を吟味する必要かある。そう知った。

 

「他にもやり方はあった。あなたの心を守りつつ乗り越える。そんな方法が」

「堀北さん……」

「だから私は、あなたに謝らなければならないの。私は理想を叶えられなかった。その皺寄せをあなたに回してしまった。その責任と、しっかり向き合わなければならない」

 

 重い沈黙だった。……そう感じたのは、私だけだろうか。

 私は、意識の外に追いやれない恐怖を必死に堪えて相手を見つめた。あの島でも苛まれた、身震いを惹起する重荷――。

 ああ、これが責任か。

 密かな苦悶は、まるで罰のように誰にも悟られることがない。悟られてもならない。

 この張り詰めた空気が待っているのは、彼女の言葉だけだった。

 

「……ほんっと、シツレイしちゃうよね。こっちは本気で()()()泣いてたのに、私が悪いみたいに言っちゃってさ」

 

 何も返さない。全くの事実であり、私の罪だから。

 

「あのときはホントムカついちゃった! 篠原さんたちも切れてたし、堀北さん調子に乗ってんじゃない? って」

 

 そう、なのね。予想はつくわ。どうやら私、クラスでは「凄い」と思われてるようだし。

 

「だから私、あんたのこと絶対許さない。私の味方になったくれなかったあんたのこと」

「……わかったわ」

 

 今更傷ついてはいない。仕方のないことだ。

 そう割り切ろうとして、

 

「はい、これで堀北さんのほうはおしまい!」

「は……?」

「次、私の番ね」

 

 何を言っているのかと目を白黒させてる間に、軽井沢さんは言葉を重ねる。

 

「ごめん堀北さん。酷いこと言っちゃって」

「あなた二重人格なの?」

「違う!」

 

 わけがわからない。櫛田さんじゃないんだから。

 

「あのときムカついたのはホント。あんたを許せないっていうのもホント! でも……私に非があったっていうのも、多分ホント」

 

 私の反応を見て「何びっくりしてんのよ」と言われる。それくらい驚いてしまった。

 この人、ちゃんと自分を客観視できるのね。普段の振る舞いは、その上で故意にやっているということ?

 

「きっと堀北さんも、同じことを思ったから謝ったんでしょ?」

「……そうよ。けどどうして? それは私が勝手にやったこと、あなたが謝らなくても」

「平田君が言ってたの」

 

 またしても意外なことを言う。今度は平田君、か。

 

「彼が、『軽井沢さんが悪い』と言ったの?」

「そんな言い方はしてない。でも、色々説明された」

「説明……? 彼は何も知らないはず、」

「浅川君から聞いてたんだって」

 

 納得はいく。あの男なら私の考えつかない「お節介」で平田君に告げ口をする可能性がある。

 ただ、それで軽井沢さんが納得できる理由がない。

 

「無人島でも気になっていたのだけど、あなた浅川君と仲いいの?」

「そういうわけじゃないけど……なんて言うんだろう。あいつは『敵』にはならなそうっていうか。私に酷いことできる人じゃないと思うのよね」

 

 だめだ。この女の考えを理解することなんて不可能だ。

 人に対して感覚に身を委ねて平気でいられる精神力は私にはない。せめて相応にやり取りを重ねないと、わかり合うことはできないはずだ。

 

「それでさ、平田君、怒ってる私に言ったんだよ? 『堀北さんもきっと軽井沢さんのことをわかってくれる』、『信じてあげてほしい』って」

「それは、さぞ驚いたでしょうね」

「そうそう! いつもは私のこと守ってくれるのに、すごく珍しくて」

 

 平生の平田君なら衝突を避けるためにはぐらかしたり、受け流したりするものと思っていたが、今回は違った。

 どうにも違和感は燻るが、軽井沢さんの意図は見えてきた。

 

「浅川君と平田君が私を信じていた。私があなたを傷つけた理由もわかってくれた。だから、こうして私と話しているのね」

「あと堀北さん友達少なそうだしね」

「余計なお世話よ」

 

 本当に余計なお世話よ。

 

「堀北さんなら色んな人に変なこと吹き込みはしないでしょ? 平田君もそう言ってたし、私もその通りだと思った。だから堀北さんになら、別に謝ってもいいかなって」

 

 まるでそれが一番の理由であるかのように滔々と語った。

 彼女のことがわからない。はじめは相性のせいだと思っていたけど、段々と他の原因もある気がしてきた。どこかしら歪みを潜めているような。

 その一端が、ほんの少し覗いた気がした。

 

「そうね。あなたと違って友達いないから、あなたと違って変なこと言いふらしたりはしないわね。あなたと違って」

「は? なにそれ、バカにしてんの?」

 

 沸点わかんない……。

 

「ねえ、堀北さん。最後に大事なこと聞くんだけどさ」

「この流れで? 何?」

「堀北さんは、私のことを守ってくれる?」

 

 私でもわかる言葉の重み。背景は知らないけれど、彼女はその質問に大きなものを賭けているように感じた。

 だから私は、正直に答えるしかない。

 

「さあ」

「えぇ!?」

「あなた、自分勝手なときが多いもの。無人島でも言ったじゃない」

 

 万が一性根が自分勝手でなかったとしても、結果的にワガママであるなら変わりない。

 

「私の実利に関わらないなら、あなたを守れる保証なんてできるわけないわ」

「うぅ……」

 

 思っていた以上の落胆ぶり。私は心からの溜息を挟んで言葉を続けた。

 

「でも、誰かがあなたを守れるように促すことはできるかもしれない」

「……! ほ、堀北さん」

「だってそれが……いえ、平田君だってきっとそう言うはずよ」

 

 紡ごうとした言葉は自信と共にかき消えた。代わりに発した言葉は、それでも軽井沢さんに頷いてもらうには十分だろう。

 

「やっぱ()()()()は言うこと違うわね、堀北先生!」

「次同じ呼び方したら目ェ潰すわよ」

「急に物騒過ぎない!?」

 

 長く重い会話も一段落ついた。軽井沢さんの表情が少しだけ晴れたような――私も同じなのかしらね。

 

「あ、軽井沢さん。あなただけで椎名さん探してみない? そしたら守ってあげてもいいわ」

「適当すぎ! 絶対ウソじゃん!」

 

 悪くないわねこの感覚。浅川君の気持ちがちょっとだけわかったわ。

 




軽井沢いい人にしすぎちゃった感ありますが…まあいいでしょう。オリキャラでもないと性格悪い言動させられない。クズさが味になっているキャラもいるとは思うんですけどね。

Q.軽井沢がオリ主に好意的なのはなぜ?
A.ちゃんとした理由はあります。それが堀北先生にも好意的になっている原因になるくらいの理由です。

橘パイセンのヒントは原作と変えています。なので宝の隠し場所とかも変わっています。特別試験でもないですし、これくらいの遊び心があってもいいかなと。

番外編時系列投票ver2

  • 一章後、二章前
  • 二章後、夏休み前
  • 夏休み中、無人島前
  • 船上試験後、4.5巻前
  • 4.5巻後、夏休み中
  • 夏休み後
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。