前回短かった分、今回かなり長いです。お付き合いください。
サブタイはダブルミーニングです。
「――それで、今お前の部屋には鈴音と櫛田が二人きりというわけか」
清隆は僕の話を最後まで興味深そうに聞いていた。「ああ」や「なるほど」といった相槌がほとんどだったが。
「一体どんなユニークな会話が繰り広げられているか、気になるねえ」
「あの組み合わせでそこまで弾んだ会話ができるとは思えないけどな」
「だからこの作戦にしたんだ。
内容まではわからないが、扉越しに籠った話し声のようなものが度々聞こえてくる。お通夜状態なんてことにはなっていないようだ。
それなりな時間話していたつもりだったが、端末を見るとまだ十五分程しか経っていない。確かに夜は逃げないとは言ったが、冷気も逃げてはくれないんだよね……こういう時に限って時間の進みが遅く感じるのは合点いかん。
「それにしても、ゲームで例えるとはな。好きなのか?」
「ちょっとした縁で、知人から熱い教育を受けたことがあってね」
「娯楽に富んだ教師か。職務と照らし合わせるとチグハグだな」
別に誰も教職の人間とは言ってないのだが……不要な説明をしてやることもないか。
空を仰いでみるも、美の四大要素の一つであるはずのお月様は見当たらない。今日は昼から曇り空だ。梅雨でもないのにジメジメするのは適わないや。
「結局、問題の答えは何だったんだ?」
「ふっふっふ、それはな……」
「それは…………?」
心の中で「ドゥルルルルルル……」とドラムロールを唱える。清隆が固唾を飲む気配が端末越しに伝わって来た、ような気がした。心して聞くがいい。君は次の瞬間、ガタリと転げ落ちることだろう。
「それは…………僕にもわっかんねえやあ!」
「……っ」
ガタリ、と盛大な音が届いた。想定通りの流れだ。君の醜態をこの目でしかと楽しめなかったことだけが残念だよ。
「わからないのか」
「禅問答みたいなもんだからね。言葉は解釈、だろう?」
僕の言葉に清隆が溜息を零す。呆れ半分、入学初日の他愛もない会話への懐かしさ半分といったところか。
「鈴音が聞いたら怒り心頭だぞ」
「頬を膨らませる姫様も可愛いもんだねえ」
「怖いもの知らずだな……あいつの場合は頬を
うん、いや、それはその通りなんだけど、ちょっとくらい夢見たっていいじゃない。ああいう子がそういう一面を見せればきっと映える。万人笑顔が一番なのだから。君もその顔で朗らかに笑えば、きっと多くの女子が見惚れるぞ。
「というか、君は僕に聞くまでもなく答えが出ているんだろう?」
「やけに自信を持って言うんだな。オレは中学生レベルすら怪しい学力なんだぞ」
「今まで散々誤魔化されてきて、今更それを真に受けるほど僕が鈍いと思ってるのかよ」
感性が優れているだけで文武はイマイチというやつもいるが、これまでの言動からして君が能力を隠そうとしているのは想像に難くない。
突然ドテドテと響く足音が聞こえてきた。どうやら話は終わったようだ。
「お茶会が終わったよ」
「お茶は準備してなかったんじゃ」
鈴音たちに訝し気に思われてしまう前にと端末をポケットにしまったところで扉が開き、先に出てきたのは――櫛田だった。
「お疲れ」
「ありがとね、浅川君。できたら今度、お礼させてもらうね」
「善意に見返りは必要ないんだが、君の気が済むのならぜひ」
予定調和のようなやり取りを終えて、櫛田がエレベーターに入るのを見届ける。
……あれ、おかしい。鈴音が出てこない。血相を変えて掴みかかってくるものだと思っていたが。
部屋の中へ戻ると、件の少女は腕を組み、目を閉じたまま座していた。
「帰らないのか? 良い子は寝る時間だよ」
「ええ、そうね。でもとても寝付けそうにないわ。誰かさんに怒れてしょうがないもの」
「まだ嫉妬中なのか。あれは冗談だって、あいつはきっと寝ているだけだ」
「今回ばかりは惚けず答えてもらうわ」
君の憤慨など想定済みさ。開き直っていつも通り、ぬらりくらりさせてもらうぞ。
「ここは僕の部屋なんだ、逃げることはしないよ。だが、僕だって君を逃がさない。僕だって君に聞きたいことがあるからね」
僕はコップに再び水を入れ、鈴音の向かいに腰を下ろす。
「今度は君も必要になるぞ、これ」
視線が交錯する。鈴音の突き刺すような瞳。普段の彼女自身の言葉遣いにも引けを取らない鋭さだ。一方僕の眼は、彼女からは間抜けで覇気のないものとして見えているのだろうか。
「……私から質問させてもらうわ」
「
コップを掲げると鈴音は嘆息を漏らす。あくまで至言を吐いたつもりだ。君の熱を冷まさなきゃ、僕の問いにも答えてくれなさそうだからね。僕から尋ねようとしたところで絶対に「あなたが先に話しなさい」と言っていたはずだ。
「では、そうね……事の発端はいつ?」
「部活の説明会の翌日」
「そんなに前から?」
「清隆からは良い返事をもらえなくて、今度は僕にもお願いしようと思ったらしい」
「どうして月末まで何もしなかったの?」
「良い案が出なかったんだよ。考えが纏まったのはついさっき。即日決行だった」
鈴音の質問攻めに淡々と答えていく。何だか食い気味だな。ストレス発散の意も籠ってない?
「じゃあ、その案というのは一体どんなものだったのかしら? 女子二人を自室に連れ込むなんて大胆なことをしたあなたの考えを、ぜひ聞かせてもらいたいものね」
「僕自身はご退室させて頂いたんですけど……」
人聞きの悪いことを言いやがる。その不名誉を恐れたのも、自ら部屋を出て行った理由の一つだと言うのに。
今日は振り返ってばかりで忙しいな。清隆との時より遡るのか。
数時間前の思考錯誤をぼんやりと思い出しながら、僕は鈴音の疑問に答え始めた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
図書館から帰ってくるまで、結局精良な策は浮かばなかった。おかげで帰り道の椎名との会話も上の空になってしまったな。彼女にこれ以上心配を掛けさせないためにも、今日中にケリを付けなければ。
部屋に入り、手洗いを済ませてからベッドへダイブし仰向けになる。時計を見ると、まだ六時、夕飯には少し早い。
……。
よっしゃ、いっちょ本気でやりますか。久しぶりだな、頭働かすの。
こういう時に大事なのは、地に足を着けること。そして一から軌跡を踏み歩くことだ。
まずはノルマを設定する。櫛田からの依頼か、鈴音の意志か、僕の意志か。
今回は僕の意志だ。後ろめたさがないと言えば嘘になるが、依頼を承諾した時点で鈴音の意志には反しているし、櫛田への善意で引き受けたわけでもない。この方針は揺らがない。
次にどうやって鈴音から話を聞くかだが、櫛田の名前を出せば強引に逃げだす可能性が高い。
だから考えるべきなのは、『鈴音が逃げられない』状況に追い込むことだ。
候補……ケヤキモールのカフェは? 入学当初は一部の女子の溜まり場でしかなかったようだが、最近は男女共に多くの愛用者がいるのだとか。小難しい話をする時に周りの雑音で掻き消されるし、強引な行動は悪目立ちするはず。
いや、駄目だ。そもそも僕と鈴音はそんな人気の多い場所に行ったことがないから、違和感を与えてしまう。おまけに彼女の場合、周囲の出鱈目な会話はノイズとなる。却下だ。
そうなると、密会ができるような場所がいい。カラオケ……鈴音を誘い込む口実が作れない。特別棟……校内そのものに他人とエンカウントする可能性がある。寮……うん、確実に監視の目がない空間なら、腹を割って話せる。
なら誰の部屋が良い? 櫛田の部屋、はカラオケと同じ理由で論外だ。鈴音の部屋は……追い返されないか? 少し不安だ。僕だけでなく櫛田もとなると、とても部屋に入れてもらえそうにない。
消去法で僕の部屋に決定だ。鈴音をおびき寄せ、後から櫛田に合流してもらおう。……女子が二人、僕の部屋に、か。最悪な状況だ。念のため自分は退席しよう。二人の邪魔になってしまうかもしれないし、妥当な判断のはずだ。
段々とプロセスが整ってきた。次に問題になってくるのは簡潔明瞭、鈴音を僕の部屋へ呼ぶ方法だ。
単純なのは何かで釣るというものだが……ご飯、は駄目。不自然すぎる。ポイントも賄賂みたいで良い気はしない。友人同士で金の貸し借りは好ましくないし、そもそも
くそ、ここで足止めか。大前提として、彼女がも犬ではない。目先の骨に振り回されるとは思えん。趣味も読書と料理くらいしか心当たりのない彼女が興味を寄せるものなどそう多くはない。
……いや、だったら、
『鈴音を引き寄せる方法』じゃない、『鈴音が今引き寄せられている物』を考えるんだ。関心事が少ないのなら、それを選びとってしまえば良い。
しかも僕は、最近彼女が思索に囚われているものをこの目で見ている。体験している。
大筋は決まった。まずは『小テスト』について話がしたいという口実で鈴音を呼ぶ。確実に僕の部屋へ呼ぶためにも、男子が女子寮にいられなくなる時間を狙おう。
予め櫛田に連絡するのを忘れないようにしなければ。30分ほどズラせば僕の前置きも終わらせられるはずだ。そして彼女が来たら僕は退室し、内外の監視をしながら待機する。
……。
――よし。
最善かはさて置きいい感じな作戦は立てられた。時間は……ありゃ、二分も経っていたか。やはり鈴音を呼ぶ方法を考えるのに時間をかけ過ぎたな。
清隆とかなら一分足らずで発案しそう。ふざけなければ頭の回転にはそれなりの自負はあるが、簡単にコケにされてしまっては悲しいぞ。
この案なら即日決行も十分可能だ。早速二人にメッセージを送って、のんびりディナーでも嗜みますかね。
ディナーと呼ぶには、些か質素が過ぎるのだけど。
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「悔しい程にあなたの思惑通りね……」
「あっはは! それなら計画し甲斐があったってもんだなあ。ほれ、水お飲み」
鈴音はムスっとした表情のままコップを一口。――変ないちゃもんをつけられないように、彼女の前でちゃんと洗うか。
「ありのまま話したつもりだけど、何か聞きたいことは?」
「そうね……最初に私としていた話は、ただの口実に過ぎなかったの? それとも――」
「いつかは話そうって思ってたことだよ。都合が良かっただけさあ」
「……そういう風に解釈しておくわ」
疑い深いな。そんなに信用されていないのか? こんなに物腰柔らかく温厚篤実な雰囲気を晒しているというのに。
「じゃあ、あなたが出て行く前の発言、あれはどういう意味?」
「どれのこと?」
「入れ替え、と言ったわよね?」
「ああ、それね」
恰好良く捲し立ててその場を上手く締めたつもりだったが、やるせないな。
「簡単に言ってしまうと、適材適所だ」
鈴音は基本感情に流されず、落ち着いた判断ができる少女だ。学力も高く、知力だって決して低くはないだろう。
だが足りないものがあることもまた事実。その代表例が協調性だ。今の彼女にとって最も足枷となっている。
一方櫛田においてそこは最大の長所だ。男女問わず好かれる彼女の才能は希少価値が高い。
思索は鈴音、統制は櫛田――と平田か――といった感じで分担できるというわけだ。
その旨を説明してやると、鈴音は合点がいったように頷く。
「そうだろうと思ったわ」
「お、気付いてくれたかあ」
「あなたの言葉を思い出せば、辿り着くのに難くなかったもの」
ほらね。早速彼女の潜在能力が発揮されたわけだ。
だが、そうなると少し疑問が浮かぶ。
「櫛田は何か言ってた?」
「……連絡先は交換したわ。必要以上の交流はしないという条件で」
「よくできましたあ。君が他人と関わりを持つ気を起こせたとは」
「そこもあなたの思惑通りだったというわけよ。逃げられない状況で、櫛田さんは食い気味に迫ってくる。更に彼女の能力の必要性を諭されてしまったら、さすがに断り続けるのは難儀でしょう」
噛み砕くと、自分のお眼鏡に適わない人材なら接さないということか。未だ協調性には変化なし、と。防御の堅い女だ。
「入れ替えの意味ははっきりしたけれど、答えは一つじゃないとも言っていたわね? 説明してちょうだい」
「仲間との役割分担程度で、突破できる敵ばかりじゃないってことさ。これは君自身がしっかり考えて答えを出したほうが良い。クイズの醍醐味はそういうところにあるんだから」
未だ納得し難いと言った表情で鈴音は首を傾げる。今すぐわかれとは言わない。わかるんだったら真面な答えの一つくらい既に出しているだろう。――それよりも。
ゴホン、と一つ咳払いをしてから、僕は一番の本題へと話を移す。
「今度は僕から質問させてもらおうかなあ。既に感づいてると思うけど」
顔を少し引き締めてから問うた。
「櫛田との関係、教えておくれよ」
「……別に、何もないわ」
「これ以上声を出すの面倒なんだけど……」
追及されたくない気持ちはわかるが、言い逃れできないのはもうわかり切っているだろうに。
「僕はずっと部屋の外で待っていた。その間約ニ十分。連絡先交換だけであそこまで時間がかかるわけがない。僕や清隆に隠れて会っていたのなら、その時に交換できたはずだからそれもない。高校で少しも会話をしたことがなく、密室での邂逅だったにも関わらず、二人きりで長話ができる間柄なんて一つしかない。――同じ中学の出身だろう?」
実の所、今回の計画のミソは、『二人だけの時のやり取りを知れる』ということだった。鈴音が反応に出す程の知り合いであるなら、第三者の影もない部屋では必ず会話は発生するはず。もし物音一つないまま事が済んでいたら今日問い詰めるのは渋っていたところだったが、そうはならなかった。
「……普段は飄々としているかと思えば、急に策士になるのね」
「僕よりもよっぽど優秀な策士が身近にいるけどね」
僕の中では椎名を思い浮かべたつもりだが、鈴音は清隆のことを言っていると捉えたのか何も言わなかった。
「温くなったろう。おかわり欲しい?」
「……お願い」
彼女は観念したのか、素直に提案を呑んだ。長らく語ることを覚悟したようだ。
僕からの手渡しに応じ、一口付ける。
「正直なところ、私も最初は、櫛田さんが同じ中学校の生徒だったことには気づいてなかったの」
「ほう。しかしさっき面と向かって話して気付いたと」
つまりはその程度の交流だったということか、意外と面識が浅かったんだな。素直に受け取れば、他人に無関心な鈴音が知らない内に櫛田に何かを植え付けたということになるが、裏を返した場合、その事実だけでも接触する理由になる事情を櫛田が抱えていた可能性がある。
「そうね。ついでに、彼女は私のことが嫌いだということもはっきりわかったわ。本人は隠しているつもりだったけど」
「君が心にもない言葉を浴びせたって線は? 女子はそういうの根に持つみたいだぞ」
「この期に及んで冗談言うならやめるわよ?」
「え、本気で言ったんだけど……」
普段の自分を思い出してみろ。同性から嫌われても何らおかしくはないぞ。以前櫛田が言っていたことも一理あると思ったくらいだ。
もし鈴音を信じるなら、正しいのは後者だったというわけだ。少しずつ雲が晴れてきたようだが、次に気になってくるのは――
「コミュニケーション皆無で嫌われるなんてこと、普通ある?」
「それが……」
彼女は続きを語る際に少し険しい顔つきに変わる。自分でもその真偽を吟味しているのだろうか。
「卒業間近の二月の末頃、三年生のあるクラスで集団欠席が起こったの」
「インフルエンザ?」
「一斉に、よ」
それは確かに不自然だ。……睨むなよ。可能性を
「その時囁かれていたのが、一人の女子生徒による事件がクラス崩壊を引き起こした、というものよ」
「それはまた物騒な。それで、その女子生徒というのが櫛田ってことかい? マドンナの経歴が、肩書と真逆の所業とはね」
果たして改心して今の彼女があるのか、その罪をひた隠しにするための仮面なのか。十中八九後者だろうな。
「事件の詳細は?」
「……わからないわ」
「わからない?」
「ええ、学校やメディアからの情報統制も厳格だったし、勿論当のクラスではなかったから。けど、生徒の間では色んな噂が立っていたみたい」
噂、か。その類の一番恐ろしいところは玉石混合。ホラと真実が一緒くたになっていることだ。有象無象の語る内容であるため、分析もできない。
「耳が肥えてるんだなあ。輪に加わってもいないのに」
「決めつけないで」
「じゃあ一度でも加わったのかい?」
「黒板や机、壁にまでも誹謗中傷が書き連ねられていたり、木材やガラスの破片も散らばっていたりと、教室内は酷い惨状だったそうよ」
ガン無視か。威張って意味の無い反論をするものではないぞ。
冷や汗でもかいたのか、ここで鈴音は水を口に含んだ。
「話の軸が噂頼りなのが少し弱いなあ。櫛田が君を狙っているってことは信憑性が高そうだけど」
「その通りね。虐めとか暴力とか、誰がやったやられたとか、どんな理由だったとか。噂は多種多様で曖昧だったみたい」
キリのない話だが、最悪女子生徒が原因という根っこの話までデマだったなんて可能性もある。
「それにしてもあなた、大して動揺もせず受け止めていたようだけど、まさか櫛田さんの裏も感づいていたの?」
「寛容なだけさあ。君が至って真剣に話すからね。君を信じようと決めたんだ」
「また本当か出任せかわからないことを……」
どうやら大筋は掴めたようだ。二人の関係性や、櫛田の秘めている本性の一端について。
……これは、『大失敗』だな。
色々知った体になっているが、僕が計画通りに得られた情報は、
本来の目的を忘れる程落ちぶれてはいない。僕はてっきり、鈴音に関する情報の在り処を櫛田が握っていると思っていた。
彼女の鍵は、そこにはなかった……。
僕はいつからクラスのマドンナに惹かれていたと言うのか。あの子のことなんてこれっぽっちも興味ないよ。
「話は理解したよ。櫛田との邂逅が多少強引な形になってしまったことは、改めて謝らせてもらう」
「仕方ないわ。私も得るものがなかったわけでもないし、どうにか納得してあげる。――話は終わりね」
「おう。あ、ちょっと待って。コップ洗うから」
慌ただしく厨房へと向かう僕を見て、彼女は心底不思議そうな顔をする。
「何故あなたの洗い上げを待つ必要があるの?」
「君が根も葉もない濡れ衣を掛けてこないようにするために決まってるだろう?」
「するわけないじゃない」
「どうして言い切れる?」
生憎そういう悪意に関して君への信頼はゼロだよ。
「私がそれを言いふらせば、私が浅川君の部屋に入って食器まで使ったと明言したことになるのよ。面倒なことになるに決まってるでしょう」
「……ああ」
あの集団なら訳のわからん囃し立て方をする可能性は否定できない。清隆でさえ時々揶揄ってくるかもしれない。こういうところは鋭いな。
「じゃあ今すぐ洗う必要もなかったかあ。
「帰るわ」と言って、鈴音は立ち上がり玄関の方へと向かって行った。くそ、彼女最近僕に対するスルースキルが著しく向上している。
見送りに出るも、心中穏やかではない。想定外の結果に虚しい感覚が沸き上がってくる。
「浅川君、最後に一つだけいいかしら」
だからこそ、帰り際の彼女の問いに一瞬たじろいでしまった。
「今日の話、あなたはクラス抗争に協力するということでいいの?」
「うーん……未定だね」
「……そう」
鈴音は足早にエレベーターの方へ歩いて行った。
ある意味一番利益を得たのは彼女かもしれない。僕から助言をもらい、懸念要素はあれどクラスの中心人物とのコンタクトも取れた。やるじゃないか、この僕を手玉に取るとは。
心の内でトホホと嘆き、僕はポケットから端末を取り出した。
「で、どうだった?」
「お前の企みが頓挫して爆笑していた」
「感情を乗せてから言い直せ!」
僕はあの時、通話を切っていなかった。鈴音とのやり取りを清隆にダイレクトで提供するために。
彼女の中で、この一件は全て清隆の預かり知れぬところで起こったということになっている。後に清隆の方から彼女に話を聞くのは不自然だ。態々僕が櫛田からの依頼を一人で請け負った意味が薄れてしまう。
となれば僕経由で知るしかないのだが、それなら鈴音の口から語られるありのままをリアルタイムで聞かせてやる方が間違いもないし、僕自身説明の手間が省けて良いこと尽くめだったというわけだ。
「本来の目的とはズレてちゃったけど、櫛田についてどう思ったか聞いてるんだよ」
「心当たりならある」
「まじか」
彼は櫛田と既に二回会話を行っている。しかも初回はサシだ。何かに気付いたのかもしれない。
「櫛田に相談事をした時、彼女は確かに人気者に相応しい輝きを放っていたんだが、どこか他人の秘密を抜き取るテクニックのようなものを身につけていたように思う」
「テクニック?」
清隆が言うには間違いないのだろうが、なるほど、彼女は相手に不快感を与えずに内面を覗き見ることが得意ということか。
「しかも、既にクラスの何人かの秘密を握っているような発言もあった。流石に人名や内容は伏せていたけどな」
「そいつあ……バケモンだね」
たった二日目で秘密を握る? 恐ろしい才能だ。一か月経とうとしている今じゃ、他クラスにまでその手が届いているのは間違いない。それに気づく清隆も何だか化け物じみている気がするが、黙っておこう。
「そう考えると、櫛田は同級生の秘密を暴露して学級崩壊を起こした?」
「可能性は高い。人を陥れる上で一番効くのは『真実』だ。口先だけの戯言を並べても、一クラス全員の心を同時に壊すには弱い気がする。最悪嘘だとバレたら、完全に孤立するだけに終わるからな」
なかなか酷なことをする。特殊癖、コンプレックス、恋、中傷、数多の秘め事を掌握した女神が実は既に堕天していて、ついには暴走を始めたともなれば、僕なら堪ったものじゃない。
「そのトリガーは……」
「鈴音は、櫛田にはきっと裏があると言っていた。何かの拍子で誰にも見せてこなかった本性が露呈して、非難の的になったってところじゃないか?」
僕らが得た情報だけを結び付けるとしたら、それが一番あり得そうだ。自分のことを慕ってくれていたはずの友達から手の平返しを受ける。普段の自分を押し殺して良い顔してきた人間が、豹変するのには十分なきっかけだ。
―――何か、可哀想だな。
過った感情を自分の胸中に留め、僕は話題を切り替えた。
「大体わかった。そういえば君、結局『櫛田』呼びのままなのかい?」
あの朝櫛田と話して以降、清隆が彼女を『桔梗』と呼ぶのを結局一度も聞いていない。鈴音に続いて彼女まで不機嫌になってしまっては胃もたれが酷くなるというものだ。
「あー……みんな揃って苗字で呼び合っているのに、オレだけが彼女を呼び捨てするのは抵抗があってな。鈴音はクラスで目立っていたわけでもないしお前が先に呼び始めてくれたから勇気を出せたが、櫛田は二人きりの時だけにしようかなと」
「…………あっはは、う、うん。ぷっ、き、君が、はは……それで良いなら、あは、僕は何も言わなっふふ…………言わないよ、ははっ」
「な、何だよ。そんなおかしなことを言ったか?」
どうやら本気で言っているようだ。尚更笑えてくる。二人きりの時だけ呼び捨てとか、その方が余程怪しい関係に見られてしまうことをわかっていないらしい。人付き合いに関しては本当に初心だなコイツ。その時になって恥ずかしい思いをする君をぜひとも見たいものだ。
「……まあ、いいか。なあ恭介。オレからも一つ聞いていいか?」
「え? いいけど」
「お前は、
「オイオイ、耳掃除でもしたらどうだ? 鈴音と話していた時に気づいただなんて、」
「気づかなかった、とも言わなかったろう。一言で否定しなかったのは、気付いたことを隠したいが鈴音に嘘を吐きたくもないという葛藤の結果だ。違うか?」
あまりに突拍子の無いことを言うものだから驚いたぞ。そんなところにまで注意して聞いていたのか。鈴音の発言にだけ耳を傾けていれば良いものを。言葉選びが下手で偶然言わなかったという可能性を考えないのかい?
「どっちも言ってないならどっちもありだなあ。僕が言ったのは『
「……そうだな、良くわかった。ああ因みに、後から追及されないように先に言っておくと、オレも
「へえ、君もねえ。まあ櫛田とは多少親しくしていたみたいだから、わかることの一つや二つはあるんだろうなあ」
僕らはクスリと笑い合った。
「茶番だ」、お互いその思いで一致していることだろう。
だが、これくらいでちょうど良いのかもしれない。自分の深淵を隠し、お互いそのことに気付きながらも善しとしている。その生活を楽しめているのなら、後ろめたさは不要だ。今はこれが、僕らに最適な距離なのだろう。
本来子供同士の関係など、これくらいであって然るべきなのだ。
「だが、良かったのか?」
「ん?」
感慨に浸っていると、清隆に突然意識を引き戻される。
「手段に過ぎなかったとはいえ、クラスの話を持ち出すとは思わなかった」
思い返してみると、Sシステムだのポイントだのの話は全て鈴音が先導していた。清隆はこの前彼女に協力する姿勢を示していた一方、僕が進んで行ったのは入学日放課後の考察くらいで、それも鈴音の指令を思い出したからに過ぎない。
そんな僕が、小テストに対する見解のみならず今後の戦いに繋がるアドバイスまでしたのは、清隆の目には奇妙に映ったようだ。
ただ、当の本人としては、何も不合理な行動だとは考えていなかった。
「僕は鈴音個人に手を貸しただけだ。そこから逸脱する行動を取ったつもりはないよ」
彼女の力になることと彼女の戦いに協力すること。この二つには、決定的な違いがある。それが、僕を縛りつけている。
「部品の欠けた羅針盤なんて、誰もが愛着をもって使い古してくれるわけじゃないだろう?」
「…………そうか、お前は」
やはりわかったか。そういうところだぞ。惚けていれば、君の実力にもまだ隠しようがあるというものを。
「何だか複雑な気分になるな」
正直、『疲れた』というのが本音だ。
迷っても悩んでも、それが必要な事だとわかっていたところで答えが出せないのではどうしようもない。進めなければ、意味がない。
そんな自分を嫌いになって、そんな自分に見切りを付けたくなって、かなぐり捨てたくなった。
何はともあれ、最終的にはこの盟友と楽しい一時を送れたと思う。依頼の件もどうにか丸く収めることはできたし、及第点は越えられたと見ていい。
一件落着、だな。
「さて、今夜も良く冷える。体を温かくして寝たまえよ。夜明けに美しく輝く太陽の下、君と並んで歩ける明日を心待ちにしている。――良い夢を」
敢えて痛々しい言葉で、僕は彼との長電話を締めくくった。
厨房へ向かい、清隆との会話がてら準備をしていた白湯を一口、喉に通す。ざわついていた心が鎮まっていくのを感じた。
ふぅ。
……。
「明日は土曜――」と聞こえてきたのは、恐らく空耳だろう。
白湯は睡眠導入に効果があるそうですよ。寝る前に心を鎮めてくれるみたいです。不眠症の方はぜひお試しを。
さて、ちょいとデカめな改変。サシで話した結果、鈴音さんのお気付きが早くなりましたとさ。正直言って、今後予定してる脚本的にあまり意味のない改変だと思ってるんですけども。
恭介と清隆の関係、できるだけ良好な感じを描いてやりたいんですけど、難しいものですね。
次回で五月に突入です。やっとだぜ。宣言通りにいきそうで一安心。
再び学業の方がヤバいので、次は少し空くかもしれません。
オリ主の過去話について(どれになっても他の小話もやるよ)
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止まるんじゃねぞ(予定通り,10話超)
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ちょっと立ち止まって(せめて10話以内)
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止まれ止まれ止まれ…!(オリだけ約5話)
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ちょ待てよ(オリキャラだけ,3話)
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ムーリー(前後編以内でまとめて)