彼の行動のルーツの一つであることには変わりありません。
「あ、蝶だ」
「仲良く飛んでいるな」
コンビニを後にして清隆と並んで歩いていると、二頭の蝶を見つけた。綺麗な白は、夕日で茜がかった景色の中で少し目立っていた。
「わーい」
「童心に返るのか、可愛いげのあるやつだな」
何となく無心で蝶を追い掛ける僕と、それを微笑ましく――でもないか。無表情で眺める清隆。残念ながら抑揚のない君の話し方にそのセリフは似合わないぞ。
「童心を恥だの勇敢だのと大袈裟に扱う今の世の中が哀れだよ。もっと悠々自適に生きてみればいいものを」
「それもそうか。……わーい」
「ごめん、限度ってものがあるかも」
何だか無理をしている気がする。先刻の鈴音の言う通り、平和ボケも程々にすべきかもしれない。君がそれで快楽を感じるのなら僕は止めないが。
「ちょっと楽しくなってきたな」
「……ぐっじょーぶ」
結局二人揃って両手を上げて、蝶との追いかけっこを再開した。
数分後、僕らはベンチでのんびり水を飲んでいた。体の火照りは一度起きたらなかなか収まらない。少々はしゃぎ過ぎたようだ。
「やつらの体力は底が知れんなあ。この老いぼれた体には結構応える」
「およそ15歳のセリフじゃないな。もしオレたちのように汗でもかけば、蝶も羽が重くなって疲れるかもしれない」
おお、確かに。水をぶっかけてやれば、人とは違って簡単に移動手段を奪うことができる。そんな残酷なことは絶対にしないけど。
蝶たちは僕らとの戯れが気に入ったのか、視界の中を延々と飛び回っている。春を祝う桜とのコントラストに風情を感じる。
「桜、か。確か花言葉は、『純潔』」
「出会いの季節を象徴するにはズレを感じるな。にしても、良く知っているな。花が好きなのか?」
「花自体に興味はないよ。だけど、解釈という性質にはそそられるものがある。花言葉も誕生花も、国や種類によって違ったり複数あったりして、存外面白いんだ。童話なんかも、未だに読み返すことがあるからね」
偏に『桜』と言っても、冬桜、八重桜、枝垂れ桜などがあり、いずれも異なる花言葉を持っている。誕生花としての日付もてんでばらばら。国境を越えれば更にばらばら。
「解釈か。そういえば、イギリスだと桜の花言葉は『独立』だったな。歴史や伝説と紐づけるという意味では、興味を持つ気持ちもわからなくはない」
「君の方こそ博識じゃない。外国の花言葉なんて、普通は調べないよ」
「ほら、桜好きなんだよ。なんか、こう、スピリチュアルで」
なんだそりゃ。夜桜とかなら霊的なものや超自然的なものと結び付くとは思うが、イマイチピンとこない。心に沁みるもの、ということなのだろうか。上手くはぐらかされてしまっているような気もする。
休憩はもう十分だろうということで、僕らはまた歩き出した。奇妙な偶然か、蝶たちも同じ道を往くようだ。
「……『私を忘れないで』」
「メンヘラの常套句か?」
「あっはは、一途で素晴らしいじゃないかあ。フランスではこれが花言葉なんだよ」
純潔とはまるで正反対だ。いや、寧ろ同じ意味だと捉える人もいるのかもしれない。それもまた個人による解釈なのだろう。どちらにしても、国境を一つ越えただけでまるで変容する。これだから言葉の解釈は面白い。
尤も、この手の話題に前傾になるのは、自分の優柔不断さの表れでもあるのだが。自覚しているだけマシ、というのも、自分で言っていては世話ないな。
「君、誕生日は?」
「十月二十日だ」
「なら、ええと……確か
英語圏だと『唯一無二』というものもある。群生することの少ない竜胆だからこそ用いられた言葉だろう。悲しみを謳うようにひっそりと、されど凛と咲く青紫の花。日本の精神である『わびさび』にも通じるものがある。
「本当に色々と知っているな」
「たまたま十日刻みで覚えているんだ。あとは、僕の誕生花もね」
河川敷に合流し、川の流れに沿って歩く。日光の乱反射で水面がダイヤモンドのように輝いているのを、僕はぼんやりと眺めていた。
「どんな花だったんだ?」
「それは――まあ気が向いたら調べてみてよ」
「焦らすことないじゃないか」
「宿題だ宿題。明日までに考えてくるように。あ、文明の利器に頼るのは禁止だぞ。人に聞いたり図書館に足を運んだり、アクティブな調査を心掛けなさい」
桜の樹のアーチから舞い落ちる花びらで、少し歩きづらい。光が遮られて意外とロマンスを感じられないな。初めて知った。生憎隣にいるのが、今日できたばかりの男友達だからというのもあるだろうけど。
「……僕は、タンポポの方が好きかなあ」
「タンポポ?」
「おう、タンポポ凄いんだぞ。強いんだぞ。魂にしたがる詩人がいるくらいだし」
至る場所に有り触れていて無意識に忘れられがちなのに、簡単には倒れない図太い根性を持っている。これほどギャップを具えている花はなかなかいない。太陽や喜びを象徴する黄色をしているのもまた、大勢から好印象を持たれる所以だろう。
「確かにそうだな。桜より幾分か、人間の深淵にスポットを寄せた言葉が多いような気がする」
深淵か。本質、と言い換えられるものかもしれない。清隆からも、どこか冷たい深淵を感じられるのは気のせいなのだろうか。折角なんだし、お互いこれから理解を深めていきたいものだ。
「ただね、この際何が重要なのかというとだね、人は時に言葉を当てにし過ぎてしまうということだよ」
「当てにし過ぎる?」
「
良くある話だ。生き方を定める上で楽な方法を見つけると、次第にその方法そのものに依存し支配されることがある。そしていつしか、全く別の物を求められたり完全な独立を促されたりした時に、抜け殻のように立ち尽くしてしまう。それを恐ろしいことだと憂えている内は、まだ正常なのだろう。
「だから僕は、事を解釈の範囲だけに収めようとするんだ。例え話や補足のソースにはしても、自戒の教訓には決してしない。人の精神は鶏と違って、必ず卵から始まる」
僕は一度立ち止まり、清隆の眼を視る。彼もこちらの様子に気付き、視線が交錯する。
「――自分のことを自分の言葉で語ろうとしない奴は、きっとどこまでも生きづらいんだ」
誰にだってそういう場面は訪れるはずだ。本心だろうが一時の出来心だろうが、生きるのを面倒臭いと思う時もあれば今を生きるって最高だなんて思うときもある。お調子者だとか都合の良い奴だとか揶揄されることもあるが、それは至極真っ当な揺れ動きだ。肝心なのは、どれだけの価値をどれだけ生に見出せるかだ。だからこそ、その一瞬一瞬に、自分が首を縦に触れるような『名前』を付けてやれたら、その人は幸せ者なのだと思う。
上手く生きるというのは、きっとそういうことだ。
これは僕の本当だから、真っ直ぐ訴えようと思ったのだ。
「自分の言葉で、か。考えてみれば、案外難しいことなのかもしれない。ふとした時に、委ねるように比喩や挙例へ逃げてしまうのは、人の悪い癖だ」
軽く微笑む彼の表情は、しかと胸の内から宿ったものがあったからだろう。僕は満足げに頷いた。
「とすると、急にタンポポの話を出したのは、お前が自己分析した結果の表れということか? 正直釈然としないな。どれもお前の本質に適応するかは微妙なところだが」
「そりゃあ合わないだろうさあ。『黄色』じゃね」
既に僕らの帰るべき寮が顔を見せ、初回から遠回りした下校もそろそろお開きといったところだ。気付けば蝶たちは川辺へと移り、優雅に飛び回っている。
「どういうことだ?」
「今の僕に相応しいのは、もっと褪せた色のタンポポだよ」
そう言って僕は――自分の端末を取り出し、清隆の前に差し出した。要領を得なかったようで、彼は首を傾げる。
「その意思表明だと思ってくれていい。言葉を当てにしない最も簡単な方法は、『まず動く』ことだよ」
呆けた顔は刹那、清隆は嘆息を漏らした。
「遠回しにも、程がある」
「アオハルなんて、多少回り道した方がちょうどいいのよねえ。今の僕らのようにさ」
具体的な感情までは測り切れなかったが、その緩んだ頬は、彼の色の存在を実感させるものだった。
これからどんな日々が待っているのだろう。遠い未来に思いを馳せる。
あの川のせせらぎのように穏やかなのだろうか。それとも、快活な蝶のように心弾むのだろうか。
少なくとも、この自由は僕に新たな気色をもたらしてくれるはずだ。
そこには、君もいるのだろうか――。
今はもう、僕自身に何かを求めるなんておこがましいことはできないけれど、この新天地なら、この男なら、僕の深淵を包みこんだ暗闇を照らす、星のような瞬きを見せてくれるかもしれない。
――君は、どんな色を見せてくれるんだい?
――君は、どんな色を与えてくれるんだい?
――すぐ側で測らせてもらうよ、
かくして、僕の連絡帳に、一人目の名前が登録された。
「改めてよろしくなあ、清隆」
「ああ、こちらこそよろしく、恭介」
出来立てホヤホヤの友情を、宝石のようにじっくりと確かめ合い、僕らは各々の部屋へと足を向けた。
高いところから見える景色はどんなものだろうかと、不意に途中で振り返る。
自宅の据える住宅街と違い、しばらく途絶えそうにない人の往来や、嫌でも目に付く幾つもの高台、そして華やかな自然は何とも壮観で、初心な僕には真新しいものだ。なるほど、確かに一つの街だと誇るには十分か。
今日一日の収穫を噛み締め、新居の扉をゆっくりと開ける。
踏み入れる直前、どうしてか、先よりも一頭増えた蝶たちの、キラリと飛んでいく音が聞こえたような気がした。
それは
2月28日の誕生花――『月桂樹』
オリ主の過去話について(どれになっても他の小話もやるよ)
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止まるんじゃねぞ(予定通り,10話超)
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ちょっと立ち止まって(せめて10話以内)
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止まれ止まれ止まれ…!(オリだけ約5話)
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ちょ待てよ(オリキャラだけ,3話)
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ムーリー(前後編以内でまとめて)