アンデルセンは笑っている   作:小千小掘

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サブタイはこんなんですが、今回は何というか、恭介の行動の当時を描いた感じですね。


スナップショット~ヨシエ~

「どれを押すんだ?」

「これよ」

「ほうほう。それで、この後は……?」

「こうするんじゃないか?」

「えーっと……お、できた。ありがとうなあ」

 

 入学から一週間経ち、学校の雰囲気にも少しずつ慣れてきた頃、僕は清隆と鈴音から学生証カードの使い方をレクチャーしてもらっていた。

 通話やチャット程度なら元来愛用していた携帯で履修済みなのだが、機械に疎い柄はそのままであるため、GPSの位置情報云々や残高照会云々はさっぱりだった。

 

「本当にからっきしなのね。コンビニの会計ですら躓くだけのことはあるわ」

「そうは言っても、具体的な説明も無しに支給された端末だからな。特にポイントのやり取りについては、梃子摺っても仕方ないだろう」

 

 呆れる鈴音とフォローを挟む清隆。今まで散々繰り返されてきた構図だ。その渦中に僕がいるということも含めて。

 

「ごめんなあ。老いぼれにはチンプンカンプンなのだよ」

「同い年でしょう……デジタルが発展してきた現代社会で、それは致命的よ」

「肝に銘じておきます……」

 

 自分の無知加減はわかっているつもりだ。事実、これからはITの学習もしてみようかなんて思ったりもしている。高校生になるまではなかなかそんな時間は取れなかったからな。『新しきを知る』ことには強い関心がある。

 

「にしてもこのポイント譲渡ってやつ、意外とセキュリティはガバガバなんだなあ。パスワードくらい設定させても良かったと思うけど」

 

 どうやらお互いの端末が揃っていれば、その場で簡単に譲渡ができるらしい。もしどこかで落として偶然他の誰かが拾ったら、知らない内に破産してしまうかも。

 

「オレたちのクラスでは、案外頻繁に利用されるかもしれないな」

「頻繁に?」

「ああ、確かにねえ」

 

 鈴音はピンときていないようだが、僕は清隆が言っている意味を理解できた。

 ここ一週間のクラスの様子は、はっきり言って最悪だ。クラスの評価がポイントの支給に反映されるとしたら、恐らく来月から鮮少な額で生活をする羽目になる。

 大抵の生徒は切り詰めた消費に専念するだろうが、中にはそれでも事足りない連中はいるだろう。そいつらは何かを対価にしてポイントを手に入れたり、友情を盾にポイントをせがんだりするはずだ。更に言うなら、前者は娯楽に惹かれがちな男子に、後者は同調意識やヒエラルキーに敏感な女子に多いだろう。

 なるほど、ポイントのやり取り、そう考えると色んな用途に使えそうだ。何らかの交渉に用いられるケースも起こり得る。

 ――ふむ、ならば……。

 

「なあ二人共、ちょいとそれ貸してくれ」

「え? だが……」

「悪いようにはしないから、ほら」

 

 戸惑いを隠せない清隆だったが、僕を信じて渡してくれた。

 

「……何をするつもり?」

 

 依然訝し気な態度を取る鈴音だが、同じように宥める。

 

「機械音痴の僕にできることなんてたかが知れてるだろう? すぐに返すから」

 

 自虐の混ざった真っ当な意見に、渋々彼女も了承してくれたようだ。

 二人の端末を並べ、自分のものと交互に操作すること三十秒。動作完了の音声が鳴ったのを確認し、持ち主に返した。

 

「何をしたの?」

「さあ、何をしたんだろうなあ」

 

 意味もなく惚ける僕に鈴音は青筋を立てる。そういうところだぞ。ベースは優れているんだから、後は日頃の努力。頬を膨らませるなりして愛嬌を身に付けなさい。

 

「……恭介。これは、どういうことなんだ?」

 

 どうやら清隆はすぐに気が付いたようだ。訳が分からないといった顔で僕らの目の前に端末の画面を突き付ける。

 そこには『140143pr』と表示されていた。

 目を見開いた鈴音は、自分の端末の方も確認する。そこにも同じように、直前よりも五万弱増えたポイントが映っている。

 

「あなた、どうして……?」

「うーん、信頼の証みたいな? 老いぼれからの入学祝ってやつだなあ」

「御託はいらないわ。聞きたいのはそこではないし」

「御託でも何でもないんだけど……他人の親切は素直に受け取っておくべきだぞ?」

 

 実際、信頼しているからこそこうしてお金を預けようとしているわけだからな。嘘は言っていない。

 ……ん、聞きたいのはそこじゃない?

 

「あなた、この一週間で1ポイントも使っていないの?」

「そんなことない。カップラーメン買った」

「それ以来使っていないのね……」

 

 呆れた顔をする鈴音だが、何がそこまで疑問なのだろう。生活に必要なものは全て無料の物で賄えるのだから、全く以て普通のことだと思うのだが。

 

「衣食住に支障が出そうだな」

「ところがぎっちょん、案外何とかなるんだよなあこれが」

「何か秘訣でもあるのか?」

「いや、電気、ガス、水道の三銃士全て学校側の負担だし、衣服は制服と自前の部屋着でどうにかなる。食事も最低限は保証されるからなあ。強いて言えば、最大の秘訣は『我慢』、だなあ」

 

 尊敬か心配かわからないような目をされた。いやいや、本当にそうとしか言えないのよ。我慢さえすれば人間何とでもなる。ホームレスじゃないんだからな。生きている限り、打たれ強さには自負があるのだ。

 

「倹約も過ぎればただの甲斐性なしよ。周りから気味悪がられた暁には、それはもう救いようがないでしょうね」

「何故そこまで言われねばならん……。僕の消費事情なんて誰も興味持たないさあ。それに、君らは受け容れてくれるんだろう?」

 

 思わぬ返しに、鈴音は少し照れくさそうに「まあね」とだけ言った。隣を見ると、清隆はあからさまに嬉しそうに頷いている。止めとけ、鈴音に気持ち悪がられるぞ。

 

「だとしても、全額預けられるこっちの身にもなって欲しいものね。私でさえ罪悪感を覚えるわ」

「もらえるものはもらっておけ。後で後悔するかもしれないぞ」

「ならあなたは、使えるものを使える内に使っておくべきよ。端末をよこしなさい。返すから」

 

 そう言って彼女は僕の机の上に置かれた端末をぶんどろうとするが、それよりも先に僕が手に取りポケットに入れる。

 

「使い道を見出せないものを持っていても宝の持ち腐れってもんだろう? 君らなら()()()()()()使()()()ができるはずさあ」

 

 僕が梃子でも考えを変えないことを悟ったのだろう。彼女は一つ溜息を吐き、それ以上の追及はしなかった。

 清隆の方はと言うと、少しムッとした顔をしている、ように見える。一瞬眉をピクつかせたし、多分意図を理解してくれたのだろう。瞬きで謝罪の意を示すと、鈴音とは別の意味の込もった溜息を吐いた。僕は吐息製造機か。合点いかん。

 確かに余計な好奇心でパンドラに踏み入れることのある僕ではあるが、今のところは生粋の面倒臭がり屋として堅苦しい取引は全力で避けたいのだ。もしも僕が君らと同じ航路を往くと決めた時は、返してもらう時が来るかもしれないな。

 

「それで、今日もあなたたちは食堂で食べるの?」

「僕はそのつもりだけど、二人は?」

「お前が行くならオレも行こうかな。残念ながら、他に一緒に食べる相手がいないもんだから」

「悲しい友情ね。互いにしか頼れないからこそ一緒にいるだなんて」

「ズッ友ってやつだなあ。……ごめん、そんな白けた目しないで。君は一緒に来ないのかい?」

「ええ、弁当を持参しているから。昨日行ってみた感じだと、きっとうるさくて敵わないでしょう?」

 

 なるほど、確かに彼女の言う通りだ。往来する人々のやたらハイなテンションからして、新入生が多いように見えた。今日もその興奮が冷め止まない可能性は十分にある。半ば無理矢理連れてきてしまうことも多かったし、今回は彼女の好きにさせてやろう。

 

「なら、僕らだけで行こうか。早速祝い金の使いどころだなあ清隆」

「そうだな。お前がそこまで言うなら、一度くらいはありがたく使わせてもらうぞ、ズッ友」

「……悪かったって」

 

 鈴音の気持ちがよくわかった。僕らがそんなワードを使うと、妙に痛々しい。

 

 

 

「今日は何にするんだ?」

「折角だからな。スペシャル定食でも頼んでみるか。お前は?」

「愚問だぜえ」

「……ボリューム満点そうだから、オレのを少し分けてやるよ」

 

 僕が進んで渡したポイントなのだから、それで得たものを態々僕にくれてやることもないだろうに。彼の心遣いに感謝する一方、多少の歯がゆさを覚えた。

 今日も変わらず盛況している列に並び、職員の顔が視界に映る。

 僕は厨房で作業する大人たちを、向こうに悟られないよう気を付けつつ観察し始めた。

 

「最初にここへ来て以降やたら見つめているな。気になるものでもあるのか?」

「いやあ、ちょっと考えていることがあってなあ。まあそろそろ前段階に入るかあ」

 

 首を傾げる清隆そっちのけで、僕はそそくさと席を探しに動いた。

 もう少し時間を置いて、列が空き始めたら話しかけようか。

 程なくして、二人でいただきますの挨拶をし、注文した料理を食べ始めた。

 途中清隆が宣言通り僕にハンバーグを半分分けてくれたが、この時はもう躊躇わなかった。清隆が僕に分けようとしたのは、無料の定食とスペシャルな定食を食す二人の構図を見る周囲の視線を恐れてのことであると気付いたからだ。対極的な食事を取るペアは確かに奇妙に見られる。

 

「へえ、もう付き合ってるのかあ、あの二人。どっちもカースト上位って感じだし、お似合いなのかねえ」

「櫛田が言うには、べったりってわけでもないらしい。まだ初々しさがあるからかはわからないが、一定の距離は維持しているんだと」

 

 他愛もない話を広げていくうちに皿の上は綺麗になり、のんびり立ち上がりトレイを返却しに行く。

 こちらの動きに気付いたようで、厨房の方で女性が一人返却口の近くに移動し待っていてくれた。

 

「ごちそうさまでした」

「はいねえ。お粗末さま」

 

 辺りにはもう生徒はいないため、職員も余裕を持って話せるだろう。僕はこの学校で初めて、自分から大人に話しかけた。

 

「学食ってこんな美味しいんですね、知らなかったです。さすが政府運営の学校ですね」

「あらそう? 満足してくれてるなら嬉しいわあ」

 

 そう言って朗らかな笑顔を見せる彼女は、僕と鈴音の中間くらいの背丈をしている。顔立ちからして三十路前後だろうか。

 

「ええ。山菜定食だって無料だとはとても思えないくらいで、苦味と旨味のアクセントが抜群で食べやすかったですよ」

「金欠で困ってる生徒でも利用できるようにって言う学校側の方針だからねえ。そこまで褒めてくれるなら、毎度毎度丹精込めて作っている甲斐があるってもんだよ」

 

 やはり彼女は、()()()()()()()()()()()()()()だったようだ。一つの安堵を覚え、僕は話を続ける。

 

「他におすすめとかってあるんですか?」

「そうねえ。どれも腕に縒りを掛けたものばかりだけれど、チキン南蛮やオムライスなんかはおすすめかしら。――ところで、口振りからして、あなた一年生よね? どう? ここでの生活は」

「えっと、浅川恭介です。浅川で結構ですよ。――そうですね、全寮制とかSシステムとか、まだ慣れないことだらけです。ただ、新鮮で面白いなとは思ってます」

「うんうん、そうでしょそうでしょ? 他の高校とは違うところが多いから、最初の方はあたふたしちゃうと思うわあ。もしわからないことや聞きたいことがあったら相談に乗ってあげるから、遠慮なくいらっしゃい」

 

 ほう。向こうからそう言ってくれるとは、想定以上に柔らかい性格だったようだ。純粋に話していて心地いい。

 

「ぜひお願いします。あ、でも、偶には雑談にも付き合って下さると嬉しいです。その、あまりクラスに馴染めなくて、友達も多くないので」

「ふふっ、いいわよ。なかなか私たちに話しかけてくれる生徒もそういないから、寧ろ私の方こそ楽しんじゃいそうねえ」

 

 心から発せられた言葉に、僕は素直に感心する。厨房の職員と話そうとする生徒がいないことは事実なのだろうが、それでも相手の我が儘を快く受け入れてくれる彼女のことを、僕は『善人』だと判断した。僕の人生で未だ片手の指に収まる人材の仲間入りだ。

 

「できれば、お名前を教えていただいてもよろしいですか? 次に話しかける時にやりやすいんで」

「ヨシエさんって呼んでくれればいいわよ。それと、そんな堅苦しくしなくてもいいわあ。拙い敬語は会話の熱を下げちゃうものよ?」

「い、いやあそれはさすがに……でも、じゃあ少しは肩の力を抜かせてもらいますかねえ、ヨシエさん」

 

 僕の答えに、ヨシエさんは満足げに頷いた。そして次には、完全に蚊帳の外になっていた清隆にも目を向ける。

 

「あなたは、浅川君のお友達?」

「え……えー、はい。綾小路清隆です」

 

「そう。綾小路君も何か困ったことがあったら、気軽に話しかけてねえ」

「……はい。よろしくお願いします」

 

 清隆もヨシエさんの声に毒気を抜かれたようだ。表情を緩めて応える。

 

「ヨシエさん、すみません! ヘルプいいですか? これの使い方がわからなくて」

 

 話が一区切りついたところで、厨房の奥から慌ただしい声が響いてきた。どうやら設備に慣れていない新人が助けを求めているようだ。

 

「はーい、すぐ行くわあ。――それじゃあそろそろ戻るわね。二人共、仲良く楽しいスクールライフを送ってちょうだい。高校も青春も一度きりなんだから。応援しているわあ」

「ええ、また来ます」

「ふふっ、待ってるわ」

 

 優しい微笑みを浮かべて、彼女は作業場へと戻って行った。

 

「いい人だったな。何だかふわふわしていたが」

「ああ、将来あんな人と添い遂げたいもんだあ」

「ほう。恭介はああいう人がタイプなのか」

「あっはは。どうだろうねえ」

 

 タイプ、と言うと少し違うような気もするが、少なくとも大いに好感を持つだろうな。

 ……それにしても。

 一度きり、か。

 確かに、この青の時代にこそ最大の自由が秘められているのだろう。そう思うと、例えどれだけ異常に塗れた学校だったとしても、こういう変哲もない時間の価値が垣間見える。

 

「……清隆」

「何だ?」

「……僕ら、ヨシエさんの言ってたようなスクールライフを送れるといいな」

「……そうだな。応援に応えてやらないとな」

 

 初めは賄いという利益を求めて立てたプランだったが、それよりも大きな何かを得られたような気がする。

 その後幾たびの会話の中で、僕の近況を伝えたり、彼女のことを知っては揶揄われたりを繰り返すことになるのだが……。

 何はともあれ、これがヨシエさんとの邂逅の顛末だった。

 

オリ主の過去話について(どれになっても他の小話もやるよ)

  • 止まるんじゃねぞ(予定通り,10話超)
  • ちょっと立ち止まって(せめて10話以内)
  • 止まれ止まれ止まれ…!(オリだけ約5話)
  • ちょ待てよ(オリキャラだけ,3話)
  • ムーリー(前後編以内でまとめて)

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