アンデルセンは笑っている   作:小千小掘

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『A reads A』

 奇妙な夢を見た。

 そこは、何もない部屋だった。何も感じさせない部屋だった。

 問いを解く、肉を働かせる、芸を熟す。それ以外のためのものは何一つ存在しない。

 周りにちらほらと見える影も、老若男女問わず空間に溶け込むように真っ白だった。

 だから、それを反映させるように、オレの中に生まれる情緒も一つとして存在せず、空っぽな像であり続けることもまた必然だった。 

 そして、生まれも育ちもこの場所だったオレにとって、当時はここがオレの『世界』の全てで、『常識』だった。

 ならば何故、自分の居合わせた幻もとい『回想』が、奇妙なものだと感じたのか。

 その答えは偏に、ある『一人』の存在による。

 静止した世界に突如として現れた異物は、無機質な常識に当てはまらない子供だった。

 今となっては性別も朧気なものとなってしまったが、それは唯一オレの感覚に触れた、まさしく色と呼べるモノ。

 目と目が合う。歪みをきたしたその瞳は、真っ直ぐにオレを射抜く。

 その薄気味悪さにオレは戦慄することこそなかったが、存在そのものに疑問を抱き首を傾げる。

 その行為でさえも、何かに関心を持ったという事実の証明に他ならない。

 興味、好奇心、恐怖……言葉にできない衝動に駆られ、オレはそこから目を逸らすことができない。

 やがてその深い闇の中に、オレの意識は吸い込まれていった――。

 

 

 

 

 

 そこでようやく、意識が覚醒した。

 カラカラになった喉を労わるべく、手早く水を注ぐ。

 酷く曖昧な記憶。しかしあれは、オレが確かに体験した感覚だった。それだけはわかる。

 そしてふと、オレはあの夢から連想して、何故か恭介のことについて思考が巡った。

 彼と暫く過ごして、オレは彼に大きな『期待』と『疑惑』を抱いている。

 

 まずは『期待』。これはオレが恭介にもクラス対抗戦に協力して欲しいと願う建設的な理由だ。

 勿論友人として同じ道を進みたいという感情的な思惑はあるが、それを差し引いたとしても、恭介にはDクラスで唯一具えている才能が二つある。

 一つ目は『個人そのものに影響を与える』ものだ。

 真っ先に挙げられるのは心の変化。これまでのオレと鈴音を見ていればおよそわかるだろう。延いては、須藤や佐倉――水泳の授業以降偶に一緒にいるところを目撃していたが、回数を重ねるごとに彼女の表情は明るくなっていったように思う――も、彼との関わりによって決して小さくない変化が起きている。

 心を開かせる、信用させるという意味でなら、他にも人材はいる。桔梗なんかはその代表例だろう。しかし、恭介はいつの間にか他人に前を向かせ、成長させるきっかけを与え、時には自分自身がそのトリガーとなることができる。何より、彼はそれを()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 二人の違いを明確にするには、アメリカの文化人類学者、エドワード・ホールが提唱した四種の対人距離を持ち出すのがいいだろう。

 最も縮まった距離――密接距離。櫛田はその範囲に相手を不快にさせることなく踏み入るテクニックがある。しかし恭介は、そもそも自分から入りに行くようなことをしない。ただ、()()()()()

 恐らく時間をくれと言われれば、彼はいつまでも一歩離れた距離――個体距離あるいは社会距離で辛抱強く見守るに違いない。そしていつの間にか、彼の先天的な毒気皆無の容姿と物言いによって相手は自然と密接距離を開放してくれる。これは簡単に見えて非常に難しいことだ。

 二つ目は『他者どうしの関係に影響を与える』ということ。これは一つ目に挙げたものから派生して生まれてくるものだ。

 平田はクラスの纏め役、桔梗はクラスの仲介役を担当すること多いが、恭介はそのどちらでもでもない。

 例えば、クラスの中で意見が分かれることがあった時、平田は妥協案を提示するなりして全体の仲を取り持つはずだ。そして、それに不満が残る生徒を宥めるのが桔梗の役目。

 恭介の場合は、その後腐れを残さないような信頼関係を予め築くことができる。オレがここまであいつに強い期待や関心を抱いていることも含め、今までの出会いのほとんどが、そういう彼のそこはかとない能力の作用によるものだ。そこに宿るのは俗に『絆』と呼ばれるもの、なのだろうか。オレにはよくわからないが、どこか温かさを感じるような関係は何となくいいものだなとは思う。

 ただ、『絆』などという曖昧な表現を用いたあたり察せると思うが、彼の才能は()()()()()()()()()()()()だ。誰かの前に立つ要素でもなければ、全体に呼び掛けられる程の影響力も伴わせない。暗躍と言う形にも役立ちにくい。

 そもそも、彼の才能の根源にある本質は、『一人ひとりと誠実に向き合う』という行動原理。真っ先にオレと仲良くなり、鈴音や佐倉とも積極的にコンタクトを取る姿はその表れだ。ここが一番、ただコミュニケーション力に優れた平田と桔梗との違いが浮き彫りになる部分だろう。

 しかしそれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。全員が恭介のことに関して共通理解を示すことができるようになるまでには、少し時間が必要になってくる。

 彼なしでも罷りなえるが彼がいれば確かな変化が後に効く。恭介はそういう絶妙な場所に位置する存在だ。

 だからこそ、小グループどうしに溝が感じられやすく隅々で団結力の欠如が伺えるこのDクラスにおいて、彼は大きな役割を果たすことができるはずだ。

 

 浅川恭介は、人と人とを繋ぐ架け橋になる。その気になれば半年もかからずにクラスの団結力を嵩増しできるだろう。

 

 

 ――さて、ここまで手放し気味に恭介のことを称賛してきたが、次はオレが彼に抱いている『疑惑』についてだ。

 まず前提として、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。きっかけは――そう、『初日にコンビニへ行った時』のことだ。

 オレはあの時恭介が指摘した通り、確かに監視カメラの存在に気付いたところだった。ただ、偶然見つけてしまったとは言え、オレはしっかりと()()()()()()()()()()()()はずなのだ。現に鈴音は、恭介が口を開くまでオレの動きに気付かなかった。

 元々オレに親しみを覚えていた彼が偶々こちらを見ていただけの可能性もあるが、疑惑はそれだけに留まらなかった。次に事が起こったのはその後間もなく――『蝶と戯れていた時』。

 さすがにあんな場面で全力で走るようなマネはしなかったが、調子に乗っていたオレは息が切れるくらいには本気で走っていた。それに対して――何度か置いていかれかけていたものの――恭介は何とか食らいつくことができていた。須藤と沖谷と一緒にトレーニングをした時のことを思い返してみても、その運動神経は決して眉唾物ではない。

 入学試験や小テスト、桔梗の依頼でのアクションは、彼が存外頭の回る人間でもあることを証明している。

 そんな彼を、オレは初め『ホワイトルームからの刺客』である可能性を疑った。しかし、すぐにそれはないだろうという結論に至った。友達であるという情を抜きにしても、明らかに彼はオレに差し向ける人材として『不適格』だったからだ。

 第一に、そもそもの出会い方に問題がある。恭介はオレに声を掛けられるまでこちらを向こうともしなかったし、自己紹介をするまでオレが綾小路清隆であることに気付いているようには見えなかった。まして、その後の鈴音とも仲良くなろうと必死になる姿や、須藤、沖谷、佐倉とも積極的に交流を図る様子、そしてそこにオレも伴わせる行動は、策を講じようと模索する上であまりに遠回り。いっそオレを他人から切り離し、関係を自分のみに限定させた方がまだ効率的だろう。

 そして次に疑問なのが、俗世に対する無知さの問題だ。恭介はオレにも負けず劣らず現代社会に疎いところがある。例を挙げるなら――これもコンビニでのことだ。

 彼はオレに倣ってカップラーメンを一つだけ購入した。後に鈴音に聞いてわかったことだが、あれは市販でも売られているごく一般的なものだったらしい。そんな代物を彼は貯蓄せず、オレと同じく興味本位で購入した。

 商品の値段について聞いた際も、彼は「田舎者だからわからない」と答えたが、それも何らかの事情があって普通の値段の基準がわからないことを隠そうとしているのだと捉えることはできる。

 余談だが、水泳の授業の日の会話であまりに男子特有の欲求に対して疎かったり、そもそも日常生活に浸透している機械の扱いですらオレ以上に梃子摺り過ぎていたりすることも違和感である。

 ならばその事情をどうしてホワイトルーム生であることだと考えないのか。理由は単純明快――()()()()()()()()()

 刺客として送り込むなら、もっと周りに溶け込めるように『普通』をある程度教え込まれているはずだ。敢えてオレと似た価値観を持たせるというのも、メリットとデメリットが釣り合わない。

 他にも、あまりに感受性が高すぎることや、口調が独特過ぎることなど、様々な理由を加味して、オレは恭介がホワイトルーム生ではないと断定した。

 何より彼は――いや、よそう。一番の理由であるとはいえ、別に『これ』を頭の中で思い浮かべる必要はない。兎も角、この時点で彼がオレに害を与える存在ではないことがほぼ確定的なものとなった。

 

 ……だからこそ、()()()()()()()()()

 どちらかと言うと、興味なのかもしれない。

 ホワイトルーム生でもない彼が、一体どうしてそこまで俗世を知らずに育ったのか。そして、何故そこまで世間知らずなのにも関わらず、他人に対して敏感であるのか。

 その答えを求める上でヒントになるのかはわからないが――オレはある時、事ある毎に「ただの嘘とユーモアなジョークを一緒くたにするな」とぼやく恭介にこんなことを言ったことがある。

 

「お前はジョークをかますことは多いが、嘘を吐くことはないのか?」

 

 ほんの些細な興味から出た質問だった。しかし、彼は途端に真面目な顔になってこう答えたのだ。

 

「いや、僕が嘘を吐く瞬間は二つある。『絶対にバレるとわかっている時』と、『大事なものを守るために必要だと判断した時』だ」

 

 「どっちにいしても忌み嫌うべきものなんだけどね」と語りつつも、その時のどこか冷えきったような表情は、今も脳裏にこびり付いている。

 オレは、その言葉を留めながら、今までの彼の言動を振り返る。

 

『自分のことを自分の言葉で語ろうとしない奴は、きっとどこまでも生きづらいんだ』

 

 なあ恭介。お前はそんなにも、()()()()()()()()()()()()のか?

 

『僕はそんなできた人間じゃないってことだ』

 

 お前の()()は、一体どこにある?

 

『ほら、幼い頃は貧しくてね。生計を立てるには致し方なかったのさー。だからコソ泥』

 

 お前は一体、()()()()()()()()っていうんだ?

 

 オレには知りようもないことなのかもしれない。だが――その胸の中に秘めているものだけは、知りたいと思う。

 それが、()()()()()()()()()()()()()。そして、()()()()()()()()()()()()()

 気付けば、既に恭介との待ち合わせの時刻が迫っていた。

 オレは眠気の取れた目を瞬かせて、部屋を出て行く。

 そろそろ五月。初めの頃と比べ、太陽はしっかりとオレの身体を照らし、温めてくれている。

 ――少しだけ、熱くなってきたな。

 今はただ、今日も友達と会える喜びを噛み締めようと気を持ち直し、ロビーへと向かう。

 生温い風が、いつもより騒々しくオレの頬を突き抜けていった。

 

オリ主の過去話について(どれになっても他の小話もやるよ)

  • 止まるんじゃねぞ(予定通り,10話超)
  • ちょっと立ち止まって(せめて10話以内)
  • 止まれ止まれ止まれ…!(オリだけ約5話)
  • ちょ待てよ(オリキャラだけ,3話)
  • ムーリー(前後編以内でまとめて)
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