アンデルセンは笑っている   作:小千小掘

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正直どうしようか悩みましたが、恭介くんには少し後に違和感に気付いてもらうことにしました。
ただ……単に完答、という風にはさせません。あれだけで完全に仕組みを理解するのって、ぶっちゃけハードすぎませんか? というわけで、少し勘違いが混ざったり、遠回りをしたりしながら、なんだか胸騒ぎがする、程度にしようかなあと。まあ温かい目で見守ってください。

来るべき五月までは、クラスの様子はそう原作と大差ないものにするつもりです。

HR終了まで一気にいきます。


美酒も過ぎれば毒酒となるか

「そういえば君、もともと鈴音の名前知ってたの? 初めから教えてくれてもよかったのに」

 

 清隆のおかげで鈴音とお近づきになれたのは確かだが、鈴音が最初に名乗りを拒否した時点で教えてくれていたら拗れなかった。

 もしや、ヒーローが遅れてやってくる展開を再現してみたかったのだろうか。

 

「すまん。実は()()に脅されていてな」

「ちょっと待ちなさい綾小路君。色々と突っ込みたいところがあるのだけど」

「なんだ、脅されていたのかあ。まあ鈴音だから仕方ないなあ」

 

 そりゃあ女王様の命令には逆らえない。清隆は何も悪くないか。

 

「人聞きの悪いことを言わないで。この男の虚言を真に受けては駄目よ。私は()()彼を脅したことなんてないわ」

「他人と関わる気はないから気安く教えるなって話だったから、最初は黙っていたんだぞ。恭介と話し始めた時は、オレの時みたいにすぐ名乗ると思ったのに」

「合点いったよ。変に疑うようなこと言って悪かった」

 

 コミュニケーションを極端に嫌う鈴音のことだ。そういうことを言うのは容易に想像できる。

 清隆も事なかれ主義の下、下手に口を挟みたくはなかったのだろう。悪気はなかったに違いない。

 

「ところで鈴音。さっきの言葉、これからは脅すかもしれないってニュアンスが含まれていたような気がしたんだが?」

「根拠のない言いがかりね」

「まだって言ってたろ。まだって」

「空耳でしょう。あなたが無意識に、自分が脅される未来を期待してしまっているのではなくて?」

「どんなマゾフィストだよ……」

「あなたの穢れた特殊癖なんて興味ないわ」

「オレは至ってノーマルだ」

「君たちは……仲がいいんだね!」

「そう見えるか(しら)?」

 

 うん。これまでのやり取りと、たった今起きたシンクロを聞く限り心底そう思うよ。表情が真逆だったことにだけは目を瞑っておくけど。

 

「それよりも、あなた、さっきはどういうつもり?」

「ハッ、どうもこうも、オレたちの信念はちんけなものなんかじゃ」

「遡りすぎよ」

 

 急にボケるじゃん、やるね。確かにちんけな信念だなんて言われたのはいただけないけども。

 

「呼び方。さっき私のこと名前で呼んだでしょう?」

「確かに呼んだけど、何か問題でも?」

「馴れ馴れしくしないで」

「そこまで気にすることか? 恭介だってお前を名前で呼んでいるし、隣人としてこれくらい砕けた感じでもいいだろう」

 

 僕だけが彼女の名前呼びが許されるのは不公平、そう言いたいらしい。どうやら僕と友達になれたことで、清隆の士気が上がったようだ。

 

「私は願い下げね。浅川君は今更止める気にならないだけよ。下心丸出しのあなたと違って、本当に苗字で呼ぶのを面倒くさがっているようだから」

「いや、オレも下心なんてないし、面倒事は苦手なんだが」

「浅川君が来るまでずっと苗字で呼んでいた癖に、何を言っているのかしら」

 

 オーウ、ジーザース。

 そうだったのか。となるとこの必要性至上主義の女を説得するのはけっこう骨が折れるかもしれない。

 ふむ……よし、今度は僕が盟友を救う番だ。

 

「そう言いなさんな。折角の機会なんだし、いっそみんな名前呼びでいいんじゃない?」

 

 どうだ。「みんなで渡れば怖くない赤信号理論」、自分以外も対象に含まれると警戒心は多少なりとも和らぐもの。さあ、みんなまとめてハッピーエンドだ。

 

「必要を感じないわ。よろしくするつもりはないもの」

 

 おいまたそれかよ。恐れていた通りというか期待通りというか、ブレないな。

 だがこちらも、そう簡単に引き下がるほど無策というわけではない。

 

「そっか……でもせめて、清隆が君を名前呼びするこのくらいは許してやんなよ。彼なりに努力しているわけだし、多分そう簡単には引き下がらないぜ? 無理に意地張って、変に粘られる方が疲れるって。ほら、この通り」

 

 両手を合わせて軽く頭を下げる。

 これこそ僕の本命。君の大好きな必要性とやらを述べつつの「ドア・イン・ザ・フェイス」、譲歩的依頼法だ。名前呼びを許すメリットを突き付けた上で、譲歩による交渉術で鈴音が首を縦に振りやすいように誘導する。

 彼女は少し悩む素振りを見せてから、無愛想に言った。

 

「……あなたたちとやり合っていると、ため息も通り越して胃薬が欲しくなりそうね」

「あっはは、ありがとう。よかったね清隆」

「助かったよ。鈴音、改めてよろしくな」

「よろしくするつもりはないわ」

 

 そこは是が非でも譲らないのか……。これだけ話しているのだから、もうよろしくしてしまっているような気もするが。

 正直なところ、最終的に鈴音が僕らを名前呼びできるくらいにまでは仲良くなりたい。だが、入学日から異性の友人ができたというだけでも大きな成果だ。

 この子は絶対に、「友」などとは認めないのだろうけど。

 

―――――――――――――――――――――――――――――

 

 始業のチャイムと同時に、長い髪をポニーテールにまとめたスーツ姿の女性が教室に入ってきた。

 あ、あれは、先生なのか? 疑問に思わずにはいられない。何を隠そうその女性、若々しく真面目な顔つきをしているが……丸見えなのだ。ん、じゃあ隠していないのか。

 もしや、高校だとこれが当たり前!?

 周りの生徒の表情を窺ってみる。HRが始まるから真面目に振る舞おうと努めているのか、違和感すら持っていないのかはわからなかった。……いや、いるな、二、三人ほど。鼻の下伸びちゃってるやつらが。

 彼女はDクラスの担任にして日本史の授業を務める、茶柱佐枝という名前らしい。珍しい苗字だ。

 そして――学年ごとのクラス替えが存在しない!? 席替えはおろかクラスまで変わらないとなると、今この場にいない人と交流する機会が極端に限られてしまう。この学校は他人との交流にあまり力を入れていないのだろうか。何とも物悲しい。

 次に、と、見覚えのある資料が回って来る。この学校の概要が載せられた資料だ。主に取り挙げるべきなのは三つ。

 

 一.全寮制。在学中、学校の許可なしで外部への連絡や敷地からの脱出は禁止。

 

 二.数多の施設が存在し、その規模は一つの街を彷彿とさせるほど。

 

 三.学生証カードと呼ばれる端末を媒介とした、Sシステムによるポイント制度。 

 

 この中で一番特殊なのはやはり三つ目だ。カードの使い方はシンプルだと言っていたが、名前のわりに用途が多いらしく、アナログ人間の僕としては不安がある。何か困ったことがあれば、清隆や鈴音に教えてもらおう。

 その後の茶柱さんの話から要点だけ取り出すと、

 

 一.ポイントを使えば、敷地内にあるものならなんでも購入可能。

 

 二.ポイントは毎月一日に自動的に振り込まれる。

 

 三.ポイントは卒業後に全て学校が回収する。現金化はできない。

 

 四.ポイントは譲渡できるが、カツアゲ等のいじめに繋がる問題には敏感な対応が取られる。

 

 そして、

 

 五.この学校は実力で生徒を測る。入学を果たした僕らには、最初から十万ポイントを支給されるだけの価値と可能性がある。

 

 はじめはここら辺の物価が高いだけかとも思ったが、みんなの反応からしてそうではないらしい。やはり高校生には大金だったか、十万は。

 ポイントを他人(ひと)に渡すやり方は気になるな。機を見て二人と一緒に検証してみるか。だけど、これに限ってはさすがに小銭とかのほうが楽なのでは? 手渡しで終わるのに。

 あれ、というかそもそも、何のためのシステムなんだこれ?

 

「質問のある生徒はいるか?」

 

 茶柱さんが話の終わりに確認を取る。折角だし聞いておこう。

 ――疑問を疑問のまま放置しておくと、後々面倒くさそうだ。

 

「浅川、言ってみろ」

「はい。このSシステムって、そもそも何のために導入されているんですか?」

 

 彼女は鋭い目付きでこちらを射抜く。いや怖いよ。取っ付き難そうな担任だ。こういう相手は鈴音だけで十分……待て、何を感じ取った!? 右後ろから負けず劣らずな視線を感じる。

 

「僕、機械が苦手でして……どうして自前の現金が駄目で、共通のデジタルウォレットにしなければいけないのかよくわからなくて」

「……そうだな、学校側としては、紙幣を持たせないことで生徒間の金銭トラブルを未然に防いだり、ポイントの消費具合を確認することで消費癖に目を光らせたり、といった意図も含んでいる」

 

 あくまで合理的な理由があると。しかし、よもやポイントの消費が監視されているとは。学校のネットワークとかで一括管理でもしているのかもしれない。もし何を買ったかまで筒抜けになるのだとしたら、ちょっと恐いな。

 

「ふーん……他にもいいですか?」

「言ってみろ」

「自分の貯金をこのカードに移して使えないのはどうしてですか?」

「人によっては貧富に差があるものだ。さっきも言ったが、このシステムは外部と完全に独立しており、この敷地内においてのみ、衣食住含む全てのものが購入できる。初めからその残高に差があっては、決して平等であるとは言えんからな」

 

 確かに言っていたな、平等に支給されるって。でも妙だ。たかだか未成年の財産なんて底が知れている。その誤差まで考慮して平等を掲げるのは、やけに律儀な気がする。一高校としてお金よりも先に平等にすべきものはあるように感じるが……意外とボンボンが多いのだろうか。政府運営の進学校ともなればあり得なくはない。

 その後二、三個ほどとりとめのない質問に答えてもらい、今の段階での疑問は解消された。

 

「他にはなさそうか?」

「……はい、もう大丈夫です。ありがとうございました」

「構わん。他の生徒たちも浅川のように、疑問があれば放置しないようにすることを勧めておく。――では、良いスクールライフを送ってくれたまえ」

 

 茶柱さんはそう言い残し、そそくさと教室を出て行った。

 彼女の言うとおり、疑問を蔑ろにしていると思いもよらない形で不満や行き違いの火種になり得る。そんなのは御免だな。

 

「思っていたほど堅苦しい学校ではないようね」

 

 自由時間に入るなりクラスメイトらが再び集まり十万円の小遣いについて騒ぎ始めたのを見て、鈴音が口を開いた。

「確かに、何というか物凄く緩いな」清隆が相槌を打つ。

 

「それくらい期待されているってことじゃない?」

「……でも、優遇されすぎて怖いくらいね」

 

 言いたいことはわかる。他の連中は既に浮かれてしまっているようだが、一介の高校生にとって十万円はかなりの大金。何かしら裏を感じても不思議ではない。

 ただ、その疑問を追究するにしても根拠は曖昧で情報も少ない。徒労は気が進まないな。

 二人も同じ意見らしく、悩ましげな顔をするだけでこれっといった名案は浮かばないようだ。

 後回しにするしかない。そう判断したところで、騒めき収まらぬ生徒たちの中一人の青年がスッと手を挙げた。

 

「みんな、少しだけ話を聞いてもらってもいいかな?」

 

 よく通る声だ。見たところ残念な頭をしたウェイ系というわけでもなさそうだが、委員長気質といったところか。

 

「僕たちは今日から同じクラスで過ごすことになる。だからお互い少しでも仲良くなれるように自己紹介をしようと思うんだ。いいかな?」

 

 コイツ、できる……!

 彼に続いて「いいねそれ!」や「さんせーい!」と支持する声が次々とあがる。

 

「僕の名前は平田洋介。スポーツが好きで、サッカー部に入るつもりだよ。洋介って呼んでくれると嬉しいかな。お互いまだわからない部分も多いと思うけど、みんな、これから三年間よろしくね」

 

 かー、イケメン、高コミュ力、運動神経抜群の三倍(トリプル)役満。おまけにサッカー部というダメ押し。プリンスよろしくなステータスだ。

 さり気なく名前呼びを求めるあたり、距離を縮めるのは得意なのだろう。陽キャってみんなこうなのかな。

 このクラスはきっと彼を中心にまわることになるのだろう。割れんばかりの拍手がそれを証明している。女子ばっかだけど。

 

「それじゃ、前の方から順に自己紹介をしてもらってもいいかな?」

 

 彼の提案に従って、一人ひとり自己紹介が行われていく。生真面目そうなやつからおふざけの過ぎるやつまで、個性溢れるクラスだなと思っていると、次に立ち上がったのは見覚えのある少女だった。

 

「櫛田桔梗です。できるだけ早くみんなの顔と名前を憶えて、全員と友達になりたいなと思っています。良かったら自己紹介が終わった後、連絡先を交換して欲しいです。一緒にたくさんの思い出を作りましょう」

 

 最後に満面の笑みを浮かべて、彼女の自己紹介は終わった。

 あれは、同じバスだったいい子ちゃんか。

 あの子は男女両方から人気が出そう。平田は自己紹介のときの反応からして池や春樹あたりからは妬まれそうだが、櫛田の場合は他の同性の子ともすぐに打ち解けられそうだ。学年全員と友達になるのはもはや夢でなく目標、なのかね。

 くっそー、僕も何かインパクトのある自己紹介をしたいな。接しやすさのアピールも怠りたくない。後ろの二人はどんな自己紹介をするつもりなのだろうか。

 振り返ってみると、鈴音は我関せずといった様子だ。自信があるように見えるけど、まさか名前だけ言ってお得意の「よろしくするつもりはないわ」で締めくくったりしないよね? ……いや、あり得る。むしろ名前すら言わないまである。

 清隆は少し焦った表情で悩んでいた。わかるよその気持ち。でもこうして悩んでいること自体、友達作りが下手な原因な気がする。平田も櫛田も予め言うことは考えていただろうが、絶対ここまで頭を唸らせてはいないはずだ。

 自己紹介は途中まで着々と進んでいたが、赤髪の男に出番が回ると彼は平田を威圧するような目で睨みつけた。

 

「ったく、俺らはガキかよ。自己紹介なんざやりたいやつだけでやってろよ」

「強制するつもりはないよ。少しでもクラスが仲良くなれたらと思ったんだ。不快にさせてしまったのなら、謝りたい」

 

 赤髪の無愛想な態度とそんな彼にすら誠実な対応を見せる平田の様子を見て、女子の一部が赤髪に野次を飛ばす。

 早速できあがったか。平田&取り巻き女子対嫉妬や反感を抱く男子の構図。この先さらにこじれると面倒そうだ。

 

「チッ……こっちは仲良しごっこしたくてココに入ったんじゃねえんだよ」

 

 そう吐き捨てて赤髪は教室を出て行った。一部の生徒も彼に続いて席を立っていく。おや、鈴音も出て行ってしまうのか。

 

「止めなくていいのか?」

「人付き合いの仕方は人による。今彼女が僕ら以外にどう付き合うかは気にしてもしょうがない。清隆こそよかったの?」

「オレも同意見だ」

 

 正直今の僕らは自分のことで精いっぱいだ。鈴音の協調性のなさはこれから気にかけていけばいい。

 

「次の人、お願いできるかな?」

「フッ。いいだろう」

 

 そう言って立ち上が――らずに机の上へ足を乗せ、俺様な姿勢を取ったのは、これまた見覚えのある男。

 彼は一流企業の跡取り息子で、高円寺六助と名乗った。

「醜いものが嫌い」、か……。()()()()()()()()()()()()。醜いという点なら心当たりがあり過ぎて困るくらいだけど。

 それからも滞りはなく――そろそろ自分のことを考えないといけないな。

 さっきはインパクトやら接しやすさやらと模索していたが、良くも悪くもここまで個性派揃いなんだ。自分のセンスじゃ限度がある。

 となると、いっそありのままを語ってみるか。変人の巣窟に紛れ込んだ一般人として逆に印象に残るかもしれない。

 それに、三年間同じメンツだからやり直しもきかない。変なキャラづけをしてそれ前提で付き合わされると疲れるだろう。

 

「よし、次は――君、お願いできるかな?」

 

 方針が決まったところで指名がかかった。できるだけはきはきと言わなければな。

 

「浅川恭介です。少し人見知りなときもありますが、話すことは好きな方なので気軽に話しかけてくれると嬉しいです。自分に自信を持てる三年間にしていきたいと思ってます。よろしくお願いします!」

 

 それだけ言って座ると拍手喝采、とはならないが、どうやら悪い印象は与えなかったようだ。ホッと安心する。

 平田からお礼の言葉を受け取って一息ついた僕は清隆の方を見る。やはり緊張が抜け切れていないようだ。

 

「大丈夫そ?」

「え? ああ、いや、全くだいじょばないな。思い切って気張った自己紹介でもしようと思ってるんだが」

 

 ガッチガチじゃん。気張った自己紹介ってなんだよ。君は多分そんな柄じゃないだろう。

 こっちは既に第一戦を終えた身。助言の一つでもしておくか。

 

「もっと肩の力を抜こう。得意なこととか好きなこととか、何かある?」

「……ピアノと書道なら習っていた」

「え……そっか。じゃあそれと、あとは自分の思っていることをそのまま添えれば、形にはなると思うよ」

「なるほど……よし、やってみよう」 

 

 話がまとまったところで、ついに平田が清隆を指名する。

 一斉に向く視線に少したじろぐ清隆だが、意を決して立ち上がった。

 

「あー、えーっと……ゴホンッ……、綾小路清隆です。……えっとー、ピアノと書道を習っていたので少し得意です。その、わからないことだらけですが、皆のことを少しずつ理解していけたらなと思います。三年間、よろしくお願いします」

 

 ぎこちない動作で清隆が座る。すると、

 

「ピアノと書道か、すごいね。いざとなったら頼りにさせてもらおうかな。僕らもまだ不束なところはあると思うから、一緒に頑張ろうね」

 

 平田の言葉とともに、純粋な歓迎の込もった拍手が起こる。よかった、まずまずな結果だったみたいだ。

 

「ありがとな恭介。お前のアドバイスがなかったらオレは最低な自己紹介をすることになっていた」

「気にすることはないさあ。にしても、ピアノと書道ねえ。言われてみれば、歌も字も綺麗にこなしそうな顔をしているよ」

「そんな顔に見えるのか?」

「うん。わかんないけど」

「わからないのか」

 

 僕が何も言わなかったら清隆がどんな気張った自己紹介で皆を困らせていたのか気になるところだが、友人が難しい場面を辛くも乗り切ったのだ。素直に喜んでおこう。

 彼が得意だというピアノと書道の技量も気になるが、それは追々仲を深めればわかることだ。いつか見せてもらいたいな。

 その後間もなく入学式の時間となり、僕らは体育館へと移動した。

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 今日は授業もなく午前中に解散となり、多くの生徒は今朝出来上がった新生隊で早速敷地内の施設へ駆り出すようだ。

 お偉いさん方の話のせいですっかり寝ぼけ眼になった僕はというと、興味があるからとコンビニへ寄りたがっていた清隆に付き添っていた。隣には鈴音もいる。

 

「コンビニに行ってみたいだなんて、あなたの好奇心はどこへ向かうのかわかったものじゃないわね」

「これからも何度かお世話になるかもしれないだろう。その下見だ」

「別に明日でよかったんじゃ……。ここまで来ちゃったし、とやかく言う気はないけどさあ」

 

 それからは各自必要な物を籠に入れていく。

 

「鈴音、君が入れてるの安物ばっかじゃん。そういうのって女子はもっとこだわるんじゃないの?」

「教室での会話を忘れたの? ポイントの支給に裏があるかもしれない以上、むやみやたらに使うのは危険よ」

「そりゃそうだけど……まあ君がそういうなら何も言わんよ」

 

 こういう時の鈴音は退かないと、短い付き合いでもわかる。

 

「こんなに種類があるのか……」

 

 僕らのやり取りそっちのけで、清隆が興味津々に呟いた。

 

「カップ麺……? もしかして君、それが目的だったのかい」

「ああ、まあな。……なあ、二人はこの商品の値段に関してどう思う?」

「え、値段? い、いやあ……僕はちょっと何とも言えないなあ。何せ田舎の出だから」

 

 まあまあ高いとは思うが、当てになるかわからない。

 

「私は普通に思えるけど、何か気になることでも?」

「いや、一応聞いてみただけだ。ありがとな」

 

 なんだかやはり、不思議な少年だ。無機質な目をした地味なやつかと思えば急に毅然とした態度になるし、コンビニの商品に興味を示す程非常識なところがある。実は俗世と離された隠れボンボンだったりするのだろうか。

 

「これ、すごいな。Gカップって」

「ん、ギガカップの略か」

「……綾小路君?」

「ぁ……ど、どうした? オレは何も考えてなんかないぞ」

「ふぇ?」

 

 ゴミを見るような目をする鈴音と冷や汗を浮かべる清隆。ほらな、やはり可笑しな友人だ。

 

「買うの? それ」

「……一つくらい買ってみるか」

「あ、じゃあ僕も」

 

 清隆はシーフード、僕は醤油のカップ麺を籠に入れた。

 その後清隆が髭剃りを持ってデリカシーのない下ネタを放ち鈴音に再び白い目を向けられたが、僕はそれを温かい目で見守りレジへ向かった。「あまり自分を『卑下』するなよ。『髭』だけにな」なんてくだらないネタが思い浮かんで一人で嫌な気分になっていたのは内緒だ。

 すると、視界の隅に妙な物が映った。

 

「――無料でくれるなんて、気が利くな」

 

 一つのワゴンに一緒くたにされている日用品。点数に限りはあるが無料で手に入るらしい。

 

「救済措置、なのかしら?」

「それにしてはだいぶ減っているように見えるぞ」

 

 確かに、ポイントが支給される月初めにしては多くの生徒が購入しているようだ。

 

「倹約家が多いんじゃない? 一人暮らしに不安を感じている一年生も多いだろうから、極力お金を使いたくないのかもしれん」

 

 ちょうど、さっきの鈴音のように。

 

「そうかしら……クラスの様子を見る限り、とてもそういう人が多いようには見えなかったけど」

「他のクラスもそうとは限らないぜ?」

 

 あんな奇抜な連中しかいなかったら、さすがにこの高校の審査基準や進学実績を疑いたくなってくる。Dクラスにそういう人が偏っていると考えるのが自然だ。

 

「それにしても、よ。先生曰く十万円ももらえるのに、いくらなんでもこれは……」

 

 どうしても違和感を拭えない鈴音。だが今は、生憎買い物中だ。

 

「とりあえず続きは会計を済ませてからにしよう」

 

 無料品のワゴンからいくつか商品を手に取ってレジに並ぶ。必要最低限のものだけを入れていたため、会計は手早く済む。はずだったのだが……。

 

「えーっと……これを使えばいいんですよね?」

 

「え、かざす? こ、こう、ですか……?」

 

「あれ、あの、お釣りは……あ、そうでしたね。全部機械がやってくれるんでしたね……」

 

 穴があったら入りたい……。

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ごめんお待たせ」

「やけに遅かったな」

「デジタルは苦手なんだよ……」

 

 待ってくれていた二人に謝罪をして店を出る。

 

「ハッ、惨めな不良品のお前をあんまりいじめちゃ可哀想だからな、今日はこのへんにしておくぜ」

「あ? 逃げんのかオラァ!」

「精々ほざいてろよ。どうせお前らDクラスは地獄を見ることになるんだからな」

 

 何やら一悶着あったようだ。

 

「クソッ!」

 

 赤髪のクラスメイトは、ゴミ箱を蹴り飛ばしてその場を去る。

 この学校にあそこまで露骨な不良がいるとは。面接はどうやって潜り抜けたのだろう。相当拗らせていると見えるが。

 それはそうと、相手の男――恐らく上級生――は『惨めな不良品』だの『地獄を見る』だの侮蔑の言葉をやたらDクラスと結び付けていたが、何か知っているのだろうか。

 両隣を窺うと、鈴音は赤髪に侮蔑の意の込もった目を向けている。関わると品位が落ちるなどと思っているのだろうが、今回ばかりはその辛口採点に同意だ。

 一方清隆はというと、そのぼんやりとした目で見つめているのは赤髪の背中でもゴミ箱でもなく、もっと、上……。

 

「君、良く気付いたなあ」

「ん、何にだ?」

「監視カメラ」

 

 気づきにくいが、清隆の視線の先、こちらからも確認できる位置に小型のカメラが設置されている。確かにいじめに敏感とは言っていたが、いくら何でも厳しすぎる。まさか寮や部屋の中にまであったり……はしないか。個人の私生活まで丸見えでは、プライバシーの侵害も甚だしい。女子に至ってはさらに色々問題になりそうだ。

 

「ああ、本当だな」

「え。いやいや、その誤魔化し方は無理があるだろ」

「天井のシミを数えていただけだって」

「同族を探している綾小路君ならあり得なくはないけど、今回ばかりは浅川君の言う通りね」

「そこまで汚れてないわ!」

 

 サラッととんでもないことを言いやがる。清隆も通常の会話からは想像できないキレでツッコミを入れているぞ。

 どうして清隆は、そこまで目ざといことがバレたくないのだろう。囃し立てられたり担がれたりするのが面倒とか? こういうときくらいは素直に受け止めていいと思うが。

 

「でも、これはお手柄よ、綾小路君」

「どういうことだ?」

 

 これには僕もびっくりだ。まさかあの鈴音が他人を褒めるだなんて。明日は雪かな、春だけど。

 

「あそこ以外にも満遍なくカメラが設置されている。普通の学校と比べてあまりに厳しすぎるわ」

「小中学校ではそんなものなかったもんなあ」

 

 他の高校も同じとは正直考えにくい。

 

「うーん。とすると?」

「少なくとも、この監視には意味があると見ていいわね。それが私たちの疑っているSシステムに関わっているかは不明だけど」

「あり得るんじゃないか? 安直かもしれないが、どちらもこの学校特有のものなら何か繋がりがあってもおかしくない」

 

 この学校は特殊な進学校ではあるとはいえ、その特殊の色が強すぎる。その一つひとつが密接な関係を持っていても何ら不自然ではないということだ。

 

「視られているのは……やっぱり素行や態度かなあ」

「監視となればその線が現実的ね。それにしても――この学校、まだわからないことが多すぎるわ」

「そう言われると、何でもかんでも繋がってるように見えてきちゃうなあ」

「案外そうかもしれないぞ。あの茶柱先生だって胡散臭かったからな」

「ただの悪口じゃね?」

 

 軽く茶化したものの、彼の言っていることは強ち的外れではない。もしSシステムに裏があるのだとしたら、教師の言葉にも裏があったということになる。俄然怪しい。

 ふと、今朝のHRでのある言葉が思い浮かんだ。

 

『―――疑問があれば放置しないようにすることを勧めておく』

 

「……! そうも言っていたわね。あれは先生なりの助言だったということかしら……。今日はこれで解散にして、また明日考えを共有しましょう」

 

 そう言って彼女はメモ帳を取り出し何やら書き込み始めた。

 

「そ、そんな焦らなくても一緒に帰ればいいんじゃ――」

「これ、私の連絡先。何かあったら電話なりチャットなりしてちょうだい」

「え? は、ちょっ、待っ……」

 

 僕に紙を押し付けて、彼女は足早に帰路へと就いてしまった。

 まだ今のうちに共有しておきたいこと、あったんだけど……。

 

「ねえ、清隆」

「……やるしかないだろう」

 

 佇む僕らの視線の先には――ある種きっかけとなってくれたゴミ箱。

 監視カメラどうこうと思索しておいてこの惨状を放って行くとは、鈴音は天然なのだろうか。……本人に言ったらどんな目に遭わされるかわからん、心の底にしまっておこう。

 ともあれ、善良な一般高校生である僕らが取るべき行動は一つだ。

 

「……はあ」

 

 二つの溜息の後、ガサガサとゴミを集めガタガタとゴミ箱を戻す無機質な音が、暫く響くこととなった。

 全く。学校も担任も、傲慢な姫様もその他のクラスメイトも、呆れてしまうほどに個性的で、今のところ波長が合うのはこの盟友くらいか。

 どうやら僕は、至極面倒な教室に足を踏み入れてしまったらしい。トホホ……。

 




いかがでしたか。ここでまさかの清隆くんが堀北さんへの名前呼びが決定。賛否分かれそうなことしちゃったかなあ。
理由としては、恭介くんが名前呼びしているのを見て「あ、もうちょい気軽に名前で呼んでもいいものなのか」と思って、少し勇気を出してみたってところですかね。ここら辺の心情は、今後の展開の中で書くつもりです。

先生への質問は、僕自身わからないことがあったらすぐ聞いてしまう性分なので、今回は僕だったらこれを質問するだろうなあっていうのを、できるだけ自然に書いてみました。

オリ主の過去話について(どれになっても他の小話もやるよ)

  • 止まるんじゃねぞ(予定通り,10話超)
  • ちょっと立ち止まって(せめて10話以内)
  • 止まれ止まれ止まれ…!(オリだけ約5話)
  • ちょ待てよ(オリキャラだけ,3話)
  • ムーリー(前後編以内でまとめて)
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