「かんぱーい!」
大人数の意気揚々とした声が、小さな部屋で反響する。
結果的に、中間テストは一人の退学者も出ることなく終わりを迎えた。ならば次に待っているのは何か?
当然、ポジティブな会合だ。
「いやー、それにしてもお前は災難だなぁ浅川!」
「本当だぜ。小テストは名前を書き忘れたと思ったら。中間テストじゃ採点ミスを受けるなんてよ!」
真相を知るものにとっては失笑ものだ。どちらも全く以て存在しない記憶なのだから。
あの後僕の退学を取り消す言い分として用いられた理屈が採点ミスというものだった。簡潔な朗報を受けクラス全体が一瞬硬直したものの、真っ先に勉強会のメンバーが駆け寄ってくれたのだ。ああいう時に軽率に声を掛けてくれるのは大変ありがたいものである。
「あっはは、終わりよければすべて良しだなあ」
適当な返しをして見せると清隆は苦笑い、鈴音はジト目になる。
「――ところで、今回もオレの部屋なのか……」
「もうちっさいことは気にするなって。しっかしいつも思ってたけど、本当に何もないよなあこの部屋」
「だよな。櫛田ちゃんはどう思う?」
「私はいいと思うよ。清潔感があるって素敵じゃない?」
「……だよなー! 褒めてもらえて良かったな、アハハハハ」
そう強く叩いてやるなよ池。清隆が口に入れたポテトチップスを吐きそうになっているぞ。
「何はともあれ、今回は鈴音の功績が大きかったよなあ」
「本当だね。最初は慣れなかったけど、途中からは何て言うか、この人なら信頼できるって感じがすごかったもん」
沖谷に続いて健らも彼女を褒めちぎる。
「感謝してるぜ、堀北」
「言ったでしょう。私は自分がすべきと思ったことを最後までやり遂げただけ。礼を言われる筋合いはないわ」
どこか高飛車な態度を装っているが、彼女の発言は謙遜と捉えることもできる。僕らからすれば相当丸い性格になったと言えるだろう。
更に――彼女はそれにと付け加える。
「あなた自身の紛れもない努力の成果よ。驕りは禁物だけど、誇っていいものだわ」
ふっと表情を緩める彼女に、僅かな沈黙を挟んで男たちは感動の渦に巻き込まれた。
「くぅっ! 一生付いていきますぜ、堀北先生!」
「迷惑よ。あと、前から思ってたのだけど先生という呼び方はやめなさい」
「何でですか堀北先生?」
「…………来るべきじゃなかったかしら」
そう言ってチョコを一つ口に放る。初めは隅に逃げ込んで読書をしていた彼女だったが、僕らが総動員で部屋の真ん中へと押しやったことにより輪に加わってもらえている。こうして吐いている溜息にもあまり重いものは感じないので問題はないだろう。
「これで俺たち、来月からポイント入んのかな?」
「もうちょい早くにテストがあったら、今月には0円生活から抜け出せてたのになあ」
「でも早かったら早かったで、もっと余裕がなくなってたかもしれないよ」
「ああ確かに。じゃあしょうがないか」
中間テストは六月の上旬。もう一、二週間早ければ六月のクラスポイントに反映させることができた。これまた学校の悪い性格が出たと思う。アホ面ぶら下げてきたお前らにはもう一か月苦行を与えてやるという悪意を感じる。
だがその日々も七月に入れば終わる。僕もようやく自分の端末に0pp以外の表示が刻まれるようになるというわけだ。
「安心しなさい。最終的にはずっと生活が楽になる程のポイントが手に入るようになるから」
「え、どういうこと?」
唐突な発言に櫛田が疑問を投げる。
「Aクラス」
それに対し、鈴音は堂々と言ってのけた。
「私たちはこの三年間で、必ずAクラスに勝ち上がる。私だけじゃない、綾小路君や浅川君だけでもない、あなたちの協力も頼りにね」
「え、Aクラス? お、俺たちがかよ」
「それに、俺たちのことも頼るって……」
「今後の戦いで必要になってくるのは学力だけではない、と私たちは踏んでいるわ。あなたたちの尖り過ぎた個性が役に立つ時はきっとくる。期待しているわよ」
どうやら鈴音にも纏め役というものをものにし始めているようだ。士気を上げる言葉に、テストで赤点の二文字が目前に迫っていたはずの三人は大きく舞い上がる。
「任せろ、恩は絶対返す主義なんだ。難しいこと考えるのは苦手だが、力仕事じゃ誰にも負けねぇ!」
「あの堀北先生に期待してるなんて言われたら、頑張らないわけにはいかないよな!」
「よっしゃぁみんな、やってやろうぜぇ!」
「おおー!」
よく声の出る連中だ。老いぼれには眩しいねえ。
櫛田も沖谷も、三人の姿を微笑まし気に眺めている。
清隆と鈴音も、いつもは硬い表情筋が程よく働いているようだ。
――知らなかったな、この景色は。
また一つ、好きな色ができた。
その高揚感に、今日はきっと酔いしれてもいい日だ。
「浅川も、もっと話そうぜ」
「たくさん食ってたくさん飲んで、盛り上がるぞ!」
気持ちのいい呼びかけに、僕はにっこりと応えた。
「はいはい」
「合点いかん」
「まあそう言うなって」
「面倒なのは苦手なんだよぉ……」
片付けという絶対的に必要かつ好む可能性皆無な作業。誰か捌き方を教えてくれ。
幸いなのは女子二人と沖谷が手伝ってくれていることだ。
「三人も、ありがとな」
「こっちこそ、部屋を使わせてもらって、ありがとね」
「ホント、感謝しなさいよね。私にこんなことをする義理なんてないのだから」
驚くほどに差異のある返答だ。かたや女神、かたや冷酷鬼姫。その立場の違いが前面に出ている。
「須藤君たちもきっと疲れてるんだよ。テストは過ぎてるけど、結果が気になって緊張してたんじゃないかな? 最近そわそわしてたし」
「沖谷は優しいなあ。でも緊張は僕だってしてたさあ」
苦笑いをする彼に感心する。気遣いのよくできる子だ。
「さて――沖谷君、あとはコレを下に持って行って終了よ」
「あ、わかったよ堀北さん」
鈴音と沖谷がパンパンに膨らんだゴミ袋を回収スペースのある一階へと運んでいく。
その場には、僕と清隆と櫛田の三人が残った。
「綾小路君も浅川君も、お疲れ様」
「君もね」
「大変だったろう。過去問まで手に入れるために奔走してくれたって話だったな」
互いに労いの言葉を掛けていると、途端に櫛田の表情が強張る。
「あの、さ……そのことなんだけど」
言いにくそうにする彼女だったが、意を決して問いかけた。
「過去問って、本当に堀北さんだけで思いついたものだったの?」
「――そうだぞ。なあ清隆」
「ああ、オレたちもあの時は驚いたよ」
そう答えると、「そっか」と俯きがちになってしまう。その反応を見る限り、根拠のない勘だったのだろうか。
詰まる所、彼女の予想は半分当たっている。
手がかりは合間合間に挟みこまれていた。僕の『どうぐ』という存在の指摘、『書店』とそこに並べられていた大学受験の『過去問』、清隆の『五月の頭の先生の言葉に意識を向けさせる』発言、結論にたどり着いたのは鈴音自身だが、僕らのアシストがなかったかと聞かれると難しいところだ。
すると、櫛田は元気のない声で話を続ける。
「…………やっぱり、二人は堀北さんみたいな子が好き?」
「え――?」「うん」
「よく即答できるな……」
「嘘は嫌いだから」
そんなことないよ、なんて言うわけないだろう。そもそも清隆とは違って僕は鈴音の方が圧倒的に櫛田よりやり取りの量が多いのだ。親近感という点でも勝負は火を見るより明らかだろう。
彼女は乾いたように笑う。
「あはは、ホント、清々しいくらいな即答……」
「どうしてそんな質問を?」
「いやね、二人も薄々気づいてるかもだけど、三人ってけっこうウワサになってるんだよ? 仲が良いとか、堀北さんはどっちを選ぶんだ、とか」
前に清隆から土産話として聞いた内容だ。知らない内に僕らは三角関係にされていたらしい。おかげで鈴音に向けられる目が厳しいものから温かいものになるという思ってもみなかった大変化が巻き起こっていたらしいが。
「綾小路君は、どうなの?」
「オレはー……最初はただの隣人程度だったけど、今はどうだろうな。だいぶ向こうも気を許してくれるようになったとは思うが」
「……そっか。それって凄いことなんじゃない? 本来堀北さんって、そんなにクラスの人と関わらない人だったはずだから」
今となってはだが、櫛田の言う通りかつての彼女にコミュニケーションという概念が存在していたのかは微妙なところだった。
しかしどうして、今そのことについて話をする必要があるのだろう。
それを問いただそうとした時、不意に彼女は顔を上げた。
「ありがと、答えてくれて。もう遅いから、そろそろ私も失礼するね」
「――ああ、お疲れ様」
逃げるように、出て行ってしまった。
入れ替わりで鈴音が入ってくる。
「櫛田さん、あまり元気がなさそうだったけど、あなたたち、何かしたの?」
「お前が考えているようなことは起こってないから安心しろ」
この期に及んで僕らを獣か何かだと思っているのか? 蔑んだ目を向けないで欲しい。
「沖谷は?」
「帰らせたわ。楽しかった、それからありがとうとも言っていたわよ」
「可愛いやつだな」
「……あなたたち、やけに沖谷君には甘いわよね?」
「お、君も僕らに甘やかされたいかい?」
「甘い考えね」
「苦い思いを味わったよ」
ちょっと冗談を言うとすぐこれだ。慣れてきた今それもまた一興と思うようになってきてしまっている自分が哀しい。
「忘れ物はなかった?」
「ああ、チェック済みだ」
清隆が自信満々に答える。――が、僕はふと妙なものを見つけてしまった。
「ねえ、アレ誰の?」
「え? ――あ」
ベッドの上、それなりに目立つ位置に一台の端末が置かれていた。
呆ける少年を一瞥し、鈴音の深い溜息が木霊する。
「何やってるのよ……」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
学校の敷地の外れ。そこには穏やかな園とくつろぎのための木製ベンチが設置されており、胸元程の柵の奥に遠く広がる水平線を一望することができる。
浅川や佐倉など、喧騒を得意としない者たちが時たま訪れるそこに、今はあまり沿わない性格の人物が立っていた。
闇の中で打つ波の音は、ゆっくりと精神に乱れを助長させるような怪しさを秘めている。
何もない方向を、少女は冷徹な瞳で眺める。
そして――
「アー……ウザイ」
「マジでムカつく。ホント死ねばいいのに……」
監視の目が存在しない空間で、人知れず天使の罵詈雑言が放出される。
「自分が可愛いと思ってお高く止まりやがって! あー最悪、ホントにウザい。ウザいウザいウザイウザイウザイ」
悪意を制御できず、彼女の感情は四肢にまで滲み出る。金属が蹴られる鈍い音が響いた。
「どこまでも私をイラつかせて、何なんだよ一体……! アンタは女王様気取りの自惚れ屋だったはずだろ!?」
両腕を全力で柵に叩きつける。伝わる痛みなどどうでもいい、寧ろこの苦悶を誤魔化す良い薬になる。
何度も、何度も何度も何度も――彼女は胸中に蔓延る憐れな感情を具現化させる。
「勉強以外に能がなくて、誰からも信頼されなくて、ずーっと孤独で惨めな存在だったはずだったのに、どうして……」
病を患っているかのように、寄生虫にでも蝕まれているかのように、雑に頭を掻きむしる。
みすぼらしい見た目になり果てるのもお構いなしに、彼女はもう一度、今度は大きく腕を振り上げる。
「どうして――!」
一際大きなノイズが生じる、その直前だった――。
「……!」
軽い調子のメロディーが鼓膜を刺激する。聞きなれた音――端末の着信音だ。
「誰!」
驚きと、焦りが急速に心を支配し、音源と思われる茂みを振り返る。
あの裏にいる。誰かが――自分の決して見られてはいけない秘密を見てしまったヤツがいる。
観念したのだろうか。暫しの沈黙を経て、ついにその正体が姿を現した。
「お前……」
「なあ、一つだけ聞いてもいいか?」
二人きりになった寮室で、その声は唐突に放たれた。
「実はな、お前と屋上へ向かっている途中に聞こえたきた言葉があるんだ」
「聞こえてきた?」
「他のクラスからな」
僕は彼との会話に夢中になっていたが、彼は僕よりずっと視野が広いようだ。
「それで、内容は?」
「――
不意を突く言葉だったが、動揺は見せない。
「へー、他のクラスでも過去問を手に入れた輩がいたんだねえ。目敏いこって」
「……オレは、違うと思う」
違和感のないはずの答えに、彼は首を振った。
「ニュアンスがおかしいんだ。『手に入れられて』とか『もらえて』とかならわかる。だが『くれて』という表現は不適切だ」
「偶然だろう。感極まってる中で口を開けば、適切とは言えない言い回しの一つや二つしてしまうものさ」
「違うんだ、恭介」
再び、首を横に振られる。
「これは、一之瀬帆波の台詞なんだ」
「ほう」
「クラスメイトに囲まれ賛辞を受ける中、謙遜のつもりで放った一言。だったら譲り受けた相手を立てるような表現を選ぶはずだ。善人にしてリーダーを張っているという彼女ならな」
「それに」と彼は続ける。
「自分から過去問を求めたのなら、やはり『ギリギリでくれた』なんて表現はしない。本番直前になってBクラスに外部から過去問が持ち込まれた。そう考えるべきだ」
「根拠はないね」
「ああ、だからこうして、正面から確認するしかなかった」
「確認?」敵意ではなかった。僅かな疑惑と、それを大きく上回る興味が、その目には宿っていた。
彼は、問いかける――。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「どうしてあんたがここにいるの…………
「お前、
どこまでやる?
-
船上試験&原作4.5巻分
-
体育祭(ここまでの構想は概ねできてる)
-
ペーパーシャッフル
-
クリスマス(原作7.5巻分)
-
混合合宿or一之瀬潰し
-
クラス内投票
-
選抜種目試験~一年生編完結