アンデルセンは笑っている   作:小千小掘

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お久しぶりです。
リアルが忙しかったり他の執筆だったりでだいぶ経ってしまった上、明けの投稿がSSなのはすみません。生存報告がわりです。


スナップショット〜泳げ、浪漫〜

「暇だなぁ」

 

 ゴールデンウィークは早くも折り返し。予定が皆無のボクは更地に等しい自室の床面に大の字に寝そべっていた。

 一昨日はトップ4、昨日は椎名と過ごした。今日はどう豊かに過ごそうか。

 適当に端末で余暇潰しの方法を探していると、ある項目に目が留まった。

 

『今日は端午の節句! 男の子の健やかな成長を祈願する日です』

 

 おお、今日はそんな日だったな。

 端午の節句って、元々男子だけが対象だったのか。それを女子を除け者にしないために定められたのが「こどもの日」という祝日名らしい。

 そうだ。今日は何か端午の節句にちなんだことをしてみるか。

 定番は、やはり鯉のぼりだろうか。

 検索ワードを『鯉のぼり 作り方』に変更すると、素材はナイロンやポリエステルが主流。折り紙でも作れるらしいが、折角だからちゃんとしたもの、デカいものをつくってみたい。丈夫な素材を選ぶべきだ。

 問題は多々ある。そもそも無一文のボクがどうやって素材や道具を調達するのか。もし手にれられたとしてどこで制作するのか――サイズによってはこの部屋は狭すぎる。そして最終的にどこへ飾るのか。時間的な猶予も気にしなくてはならない。

 だがまあ、今日という日を怠惰に過ごすよりかは得策だろう。

 まだ早朝。とりあえず外に出てから考えますか。

 

 

 初めてこれといった理由なく、単独でケヤキモールを回る。往く人々はグループばかりで、自分のような生徒は少々浮きがちだった。

 あれこれと目ぼしい物がありそうな店に手あたり次第入ってみるものの、端午の節句を話題にする場所すらなく、一度日にちを確認してしまったほどだ。

 店棚に並んでいたところで買えるわけでもないのだが、これでは幸先不安もいいとこだ。

 誰か人を呼ぶか迷ったが、こういう時に気兼ねなく連絡できるのは一昨日、昨日会ったメンバーと鈴音くらいしかいない。しかしこう短いスパンで誘うのもどうかと思うし、清隆と鈴音に至っては――バツが悪い。

 やはり打算無しで動いて丸く収まることはあり得ないか。計画性のある人間でもないしな。

 溜息を置き土産に寮へ戻ろうと思い至った時、思い浮かべた中にいない人物を発見した。

 珍しいこともあるものだ。ボクは衝動に駆られ声を掛ける。

 

「ヨシエさーん」

「あら、浅川君じゃない」

 

 茶色のブラウスにスキニーを身に付けたヨシエさんは、雑貨店に入る直前だった。

 振り向いた顔は普段食堂で働く時とは違い控え目ながら化粧が施されており、薄い唇には柔らかな印象にぴったりな桃色の口紅が引かれている。

 とても中年とは思えない。やはり逆サバなのでは?

 

「買い物ですか?」

「そうよお。これ、だいぶ使い古してきたから、そろそろ新しいのにしたいと思って」

 

 そう言って見せてきたネイビーのバッグはところどころ刺繍がほつれていたり色が褪せていたりと、大事にされていた分相当年季が入っていることが伝わってきた。

 

「浅川君は何を買いに来たの?」

「ああっとそれが――」

 

 ボクはここへ至るまでの経緯をヨシエさんに話した。

 

「なるほどね、鯉のぼりを。楽しそうねえ。――でも、このあたりじゃ適った物は売ってないかもしれないわ」

「え、どうしてです?」

「端午の節句って、もっと小さい子たちが対象だから」

 

「え!?」まさかと思い軽く調べてみると、およそ七歳くらいまでの催しで、精々祝われるのは中学生までらしい。「ホントだ」

 

「知られているようで知られていないことよねえ」

「じゃあ確かにこの敷地内では、それっぽい物は並びませんね……」

 

 基本高校生とヨシエさんのような社会人――しかも子持ちでない人しかいないこの空間において、そういった物が置かれていないのは自明の理。勝算は初めからなかったわけだ。

 

「五月人形とかはどう? あれなら年齢問わずに飾られるものだからどこかにあるかも」

「うーん……アリっちゃアリですけど、やっぱ欲しいです、鯉のぼり」

 

 手をウネウネと泳がせながら嘆く。折角自分で思いついた物なのだし、欠かせたくはなかった。

 

「そうねえ――とりあえず、この店入ってみない? 私の用はここだし、浅川君のお眼鏡に適う雑貨があるかもしれないわあ」

「……そうします」

 

 どの道アテがないのだ。一人で途方に暮れるよりかは望みがある。

 店内に入ると、ヨシエさんが探していたであろう単調色のバッグ、他には鉢や食器が豊富に並んでいた。

 彼女に倣い、適当に物色する。

 ブランド物の黒を基調としたバッグ――たかが荷物の入れ物に拘りを持つ大人の気持ち、ちょっとわからないな。機能性や拡張性を重視するなら理解できるけども。

 木を彫って作られたスプーン――銀食器もいいが、苦手な人もいると聞く。風情という観点からも、ブランドなんてものを気にするより余程賢明に思える。

 植木鉢はー……形状の違いしかないものもあるのか。植物の育ち方が変わったりするのだろうか。

 一概に雑貨といっても、色々あるんだな。高いものから安いものまで。さっきとは別のえんじ色のバッグは女性が持つのに便利な軽いナイロン素材で、見栄えも性能も優秀だとか。

 …………ん? 待てよ。

 

「ヨシエさん」

「どうかした?」

「見つけた、かもしれないです」

 

「あら、本当?」目を大きくし嬉しそうに彼女は反応する。「どれかしら」

 

「これです」

「えーっと、このバッグが、浅川君のお目当ての物?」

「はい。ナイロンを使って、けっこうな上玉を完成させることってできませんかね?」

 

 ヨシエさんは思案する。

 

「なかなか聞かないけど……上手く切り貼りすればできなくは、ない?」

 

 ボクも聞いたことがない。雑貨を分解してまでして鯉のぼりを作ろうとする物好きなどボクくらいなものだ。

 しかしこれ以外に名案があるかと言われると、難しいところだ。

 

「でも浅川君。必要な量だけ手に入れられるポイントはあるの?」

「あ……」

 

 失念していた。素材を探すことばかりに夢中になっていて、そもそも手に入れる手段を考えることを忘れてしまっていた。

 

「ふふ、心配しないで」

「何か方法が?」

「私の方で要らなくなった上着を譲るわ。バッグよりも工作しやすいでしょうし」

 

「おお!」確かに、衣服にもナイロン製のものは多い。「ありがとうございます」

 原則(というか暗黙の了解に近いが)生徒と教師以外の職員は深い交流は認められていない。これもパパ活のようなゆすりを防ぐためなのだろうが、ヨシエさんのプライベートスペースを踏むのは良くないはずだ。

 なので、景気よく持ってきてくれると言って去ったヨシエさんをベンチで待つことにした。

 再び賑やかなグループたちが、五感に鬱陶しく刺激してくるようになる。

 Sシステムのことを知らされて一週間も経たずに何食わぬ顔で日常に励める根性は無神経だからか、根が図太いからか。いずれにせよ大した順応性だ。

 そんな風に耽っていると、最近見た顔がボクの前を横切った。

 

「浅川君?」

「愛理。と、そちらは――?」

 

 一昨日会話をした愛理の傍らには、うっすら見覚えのある影があった。

 

「この子は心ちゃんです。この前話した」

 

 やはりそうだったか。

 

「こんにちは、心」

「こ、こここ、こんにちは!」

 

 めっちゃ緊張してんじゃん。

 そういえば入学日の自己紹介でも、彼女あがり症だった気がする。

 

「お、落ち着いて心ちゃん。浅川君は優しいから、焦らずゆっくり、ね?」

「う、うん、ありがと」

 

 愛理の方が連れを宥める。何とも異様な光景だ。

 

「二人は買い物?」

「はい。浅川君は?」

「ボクは――」

 

 事の経緯を話すと、二人揃って不思議そうな顔をする。

 

「高校生にもなって、ですか」

「あっはは、やっぱそういう感想になっちゃうかあ」

 

 一般的な家庭ではいつの間にか行われなくなるものなのだろう。ボクはそんな経験なかったから、イメージが湧いていないだけだ。

 

「それで今、ツテの人が材料を持ってきてくれるのを待っているんだ」

「誰とつくるんですか?」

「え、独りだけど」

 

 すると愛理は心と顔を見合わせ頷きあう。

 

「それ、私たちも手伝っていいですか?」

「ふぇ?」

 

 まさか愛理から提案してくるとは思わなかった。一昨日会ったばかりなのだし迷惑かと思って遠慮していたのだが。

 

「心はいいの?」

「はい。何と言うか、楽しそう、ですし」

 

 うむ、二人がそういうのであれば、お言葉に甘えるとしよう。

 

「じゃ、よろぴく」

 

 

 

 ヨシエさんが持ってきたのはカットソーだけではなかった。他にも使えそうなものをいくらか――よくぞここまで。

 ボクが女子二人といるのを見て意味深に「あらあら」と笑ったが、何がおかしかったのか。

 彼女にお礼を言い、二人とこの後の動きを決める。

 

「できれば人気のないところがいいなあ。場所も取るし」

「なら、ここがいいかもってところ、私知ってます」

 

「賑やかなのが苦手だから」と自虐的な言葉を吐く愛理の表情に翳りはない。自分の習性が思わぬ場面で役立ったことが嬉しそうに見えた。

 

「いつもはみーちゃんって子と三人でいるんだっけ」

「はい。今日は、その、少し体調が悪いみたいで」

「おや、大丈夫なのかい? お見舞いでもしてきた方が」

「だ、だだ大丈夫ですよ! えっと、女の子は定期的にあるものですから……」

 

 やけに慌てたような心のフォローに首を傾げる。が、一拍置いて理解した。

 大変だな、女の子も。

 他愛もない話――心と打ち解けるための時間に等しかった――を繰り返す内に、目的地に着いたようだ。

 

「おお、ここなら静かだしのびのびやれそう」

「ですよねっ」

 

 今日の愛理はいつもより元気そうだ。

 

「じゃあやっていきましょー」

 

 基本色は素材そのものの着色を利用するため、目玉や鱗の溝を塗るための黒以外ペンは必要ない。

 

「私はどうすればいいですか?」

「心は裁縫が得意だったなあ。ボクらが切り取ったパーツを縫い合わせる作業、お願いできる?」

「わかりました。って、覚えてたんですか!?」

「え? うん」

「すごい……私の自己紹介、どうせ誰も気にかけてないと思ってた」

「根性あればイケる」

「意外と雑!?」

 

 言うて家庭的なアピールしてたのは心だけだったから、それなりに印象に残っていた。池や春樹じゃあるまいし、他人を浅はかな目で判断したりはしない。

 ハサミや糸などの用具は、趣味目的で買っていた心に持ってきてもらった。何気に一番の問題になっていたかもしれなかったので、彼女がいなければけっこうピンチだった。両手を擦り合わせてください深くお辞儀すると、再び慌ててふためいていた。

 今回の作業は三段階に分かれる。切る、縫う、塗る。

 用意した素材の色は白、黒、赤、青の四色。全て白をベースにし、異なる三色の鯉のぼりを完成させるのが目標だ。ちゃんと真鯉を一番大きく、青鯉を一番小さくつくる。

 

「心、これ青のやつ、よろしく」

「うん。筒状にするとこまでやった方がいい?」

「いや、細かい色塗りがしにくくなるから、後でいいよ」

「色塗り、私がやりましょうか?」

「任せるよ、切るか塗るか愛理の自由、残った方をボクがやる」

 

 比較的少人数なのもあり、滞りなく連携が取れている。

 三時間程集中を続け、真鯉以外が形になったところで昼休憩に入った。

 

「そういえば、これを届けてくれた人って」

「ヨシエさん?」

「はい。どこかで見たことあるような……」

「食堂の人」

「ああ、そうだ! すっごく綺麗な人で、びっくりしちゃった」

「……あれが四十超えてるって言ったら、キミら信じる?」

「え……」

 

 適度な雑談を挟み、頃合いを見て制作を再開する。話し合った末、先に真鯉を完成させてそれぞれ細微修正を加えるということになった。

 

「……何だか、ちょっと楽しい」

「そりゃ良かった」

 

 静かに感想を零す心に、それだけ返す。

 

「あまりこうやって、誰かと何かをつくるって経験をしたことがなかったから」

「あっはは、いいもんだろう?」

 

 目の前のタスクに集中する傍ら、強く頷いた。

 愛理もその様子を視界に入れていたようで、ふっと微笑む。

 

「――よっし、おーわり!」

 

 高らかに宣言する。

 制作時間、約六時間。三人だけで即興でつくりあげたホン角的鯉のぼりが、ボクらの眼前に横たわっていた。

 

「今にもピチピチ跳ね出しそうだぜ!」

「と、塗装がリアル……」

「浅川君、思ったより器用なんですね」

 

 本気出せばこんなもんよ。椎名にコテンパンにされた悔しさが昨日のように脳裏に焼き付いているからな。いや、あれホントに昨日だったわ。

 

「あとは吹流しだけど、これは適当に余ったものを繋げるかあ」

「吹流しまで自作って、すごい拘るね」

「ここまでやったんだからねえ。心もありがとなあ、さおに括り付ける紐まで付けてくれて」

 

 拘っていたのは僕だけでないはずだ。愛理も鱗を一枚一枚丁寧に切り抜いていたし、心の裁縫もほとんどほつれが見えない。上出来だ。

 

「でもこれ、どこに飾るんですか?」

「そこなんだよねえ」

「決めてなかったんだ……」

 

 最大の真鯉で三メートル強。寮室に置くには少しデカい。

 

「さおをどうするかという問題もあるよね」

 

 鯉の大きさによる弊害がもう一つ。これらを括り付けるのに適した長さのさおに心当たりがないことだ。

 

「細長いポールがあって、人目につかないところ……寮の裏とか?」

「あんな窮屈なところだと可哀想じゃない? できれば優雅に泳いでもらいたい」

 

 愛理の言った場所なら監視カメラの存在もないが、あそこの人目のつかなさは開けてない場所だからだ。飾る意味を感じない。

 

「あっ――」

 

 程なくして、ボクと愛理が同時に閃いた。

 

「あそこだ」

 

 

 

 

「へー、こんな綺麗なところがあったんだ」

 

 心が感嘆の声を漏らす。

 ボクらが選んだ鯉のぼりの放流所は、一昨日愛理と会った海辺だ。

 ここなら開放的だし人目も少ない。大木に紐を括り付けることもできる。

 茶柱さんにチャットで懇願したところ、渋々といった感じの許可がおりた。

 

「よーしやるぞー」

 

 ボクは軽くルートを演算し、作品を片手にひょいひょいと木々をよじ登る。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

「ん。落ちてもクッションがあるし」

 

 この高さなら落下しても生い茂る草が衝撃を緩和してくれるはずだ。無問題。

 吹流し、真鯉、緋鯉、青鯉と上から順に紐をきつく結ぶ。

 

「これで出来上がり、っと!」

 

 勢いよく飛び降りると、足を挫いた。「あいったぁっ!」

 

「浅川君っ!?」

「つぁー……」

 

 昔からこうだ。最後の最後で雑になる。周りからも詰めが甘いとよく言われたものだ。どうにか直さなくては。

 心配そうにする二人を宥めていると、そっと風が吹いた。

 三人揃って、鯉のぼりを見る。

 

「……はは、気持ちよさそうだなあ」

「私たちでつくったんですよね、これ」

「ああ、一からね」

 

 万全な調子を訴えんばかりに元気よくうねる姿はのびのびとしていて、安らかだ。

 それを材料から何まで自分たちで積み上げてきたともなれば、充足感の一匙くらい得てもおかしくない。

 いつまでも置いておくわけにはいかないだろうということで、連休明けには撤去して一匹ごと各寮室で保管することに話は纏まった。

 

「あー! 肩凝るぅ、どっと疲れが押し寄せてきた」

「こんなに長く集中したの、初めて」

「ちょっとだけ休憩して行きませんか? しばらく鯉のぼりも見ていたいですし」

 

 愛理の提案に頷き、三人でベンチに並ぶ。

 愛理とは勿論、初対面だった心とも、砕けた態度で接せられるようになった。

 目的もなく散策するのも、偶にはいいかもしれない。

 結局日暮れまで暖風に晒されながら和やかに過ごし。

 帰りの間際、ボクはもう一度大魚を見た。

 

「たんと楽しみな。また迎えに来るよ」

 

 大丈夫さ。

 今日を越しても、ボクらがしたことはなくならない。

 役目を終えても、キミは思い出と同じように大事にする。

 だから目一杯泳ぐんだ。

 この景色だけは、きっと見れなくなるだろうから。

 それだけ心に呟き、ボクは帰路へと就いた。

 

どこまでやる?

  • 船上試験&原作4.5巻分
  • 体育祭(ここまでの構想は概ねできてる)
  • ペーパーシャッフル
  • クリスマス(原作7.5巻分)
  • 混合合宿or一之瀬潰し
  • クラス内投票
  • 選抜種目試験~一年生編完結
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