アンデルセンは笑っている   作:小千小掘

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今回は筆休めみたいな回です。特に物語の根幹とは関係ないと断言しておきます。


池寛治――せめて一度は向き合いたくて

 ピンチ……。

 実にシンプルかつ絶望的な感想を抱きながら、池は()()の前で立ち尽くしていた。

 愛しき天使、櫛田の呼び出しにまんまと誘われ屋上へ来てみれば、そこには予め話になかった三人の姿。

 薄々おかしいとは思っていた。今まで自分の方から散々熱烈なアプローチを吹っ掛けていたものの、櫛田の方から個別に密会を提案してきたのは初めてのことだった。にも関わらず直前まで鼻の下を伸ばして有頂天になってしまっていたのは、最早男の性と言う他ない。

 そう、後悔とは先に立たないからこそ後悔なのだ。

 神様は理不尽だなどという理不尽な責任転嫁の真っ最中だった焦りだらけの思考は、自分を死地へと誘った張本人である櫛田の声によって停止した。

 

「三人共、急に呼び出しちゃってごめんね? 実は、堀北さんからお話があるの」

「な、何……? 俺たちなんかした……?」

 

 介したメンバーに心当たりしかなかったため察しはついていたが、せめてもの抵抗に惚けてみせる。

 当然真面に取り合ってくれるはずもなく、櫛田と沖谷は苦笑い、綾小路はいつも通り何を考えているかわからない表情だった。

 そして、今一番恐れるべき目の前の少女は、やはり厳しい顔つきで仁王立ちしている。

 

「……三人共、よく集まってくれたわね。感謝するわ」

 

 それが、第一声だった。

 自分の中の堀北像は、無愛想で親切心というものを知らない悪魔の如き少女だったはずだ。だから今回も、何を言うでもなく早急に勉強会に戻ってこいと命令されるものだと括っていた。

 確かに自分たちを粘り強く指導し参考書まで購入して活用してくれたという事実はあるが、所詮それも彼女自身のため。自分は到底受け入れられないだろうという、遠回しな諦めがあったのだが……。

 いつの間にか疑惑と関心によって耳を傾け始めていた池は、次に発せられた堀北の言葉に再び驚くことになる。

 

「まずは、その……昨日のことを謝罪させて欲しいの。ごめんなさい」

 

 目は、合わなかった。

 それもそのはず。今彼女は、自分たちに対して()()()()()()()のだから。

 

「いくら腹が立ってしまっていたとはいえ、もっと言葉を選ぶべきだった。あなたたちはあなたたちで苦しみながら勉強と向きあわされていたのに……教わる側の理解が上手く行かないときは、教える側にだって責任があるということを、失念していたわ」

 

 相手をとやかく言う前に、自分自身の非を認め反省する。

 池の目に、その姿は昨日の自分たちと対照的に映った。

 

『お前の施しなんざ受けてらんねぇ。部活も惜しんできたってのにイライラさせやがって、時間の無駄なんだよ』

『――確かに勉強できない俺らも悪いけどさ、みんながみんな堀北さんみたいに頭良いわけじゃないんだよ』

『参考書まで買ってくれたのは嬉しかったけど、そんな上から目線な物言いされちゃ勉強する気もなくなるってもんだぜ』

 

 あの時は須藤に流されてしまったとはいえ、自分も虫の居所が悪くぶっきらぼうな発言をしてしまったことは事実。故に今の彼女を見て、自分は間違ったことをしてしまったという罪悪感が込み上げてきたのだ。

 思えば参考書だけではない。短慮のままにペンを投げ頭の後ろに手を組む自分たちを、彼女は何度負の感情を抑えながら解説し直してくれただろうか。

 それに対して、自分は一度でも応えようとしただろうか。

 いたたまれない気持ちが胸の中に広がっていく間にも、堀北の「お話」は進んでいく。

 

「あなたたちが今、私にあまりいい感情を持っていないことはわかっているわ。でも、もう一度私にチャンスをちょうだい」

「……うっせえよ。テメェには関係ないことだろうが」

 

 未だに彼女を認める気になれない須藤が反発する。その声は少し投げやりで、彼女への敵意以外の何かが感じられた。

 しかし、そんなことは大して重要ではない。

 何となくだ。何となくだが、堀北は今誠意を以て自分たちに語り掛け、歩み寄ろうとしている。そんな気がした。

 その不思議な予感を無視できる程、池は薄情で無粋な少年ではない。

 そこはかとなく空気を読み取ることだけは、他人に引けを取らないものであった。

 

「あるわ。あなたたちが退学になれば、クラスにより大きなマイナスが発生する可能性がある。何より、私はあなたたちを見捨てたくないもの」

「は? 何でだよ」

 

 明らかに独り善がりでは片付けられない意思が垣間見え、池たち三人は目を見開く。

 

「間違えたままで、終わって欲しくないから」

 

 間髪入れずに、返答が来た。

 

「もし今逃げてしまえば、目の前に迫っていた退学の二文字が現実のものになる。何が正しいかは決められないけど、それが間違っているということだけは、絶対に言えるわ」

 

 決して上っ面ではない。どんな背景があったかは知らないが、確かな実感があるからこその言葉なのだと直感する。

 

「だからお願い。私にもう一度、あなたたちが退学を回避する手助けをさせて」

 

 強い目で、そう言われた。

 息を呑み、窺うように隣の二人を見ると複雑な顔をしていた。傷つけられたプライドや、首を縦に振ったところで上手くいくのかといった不安など、色々な感情が酷く混ざり合っているのかもしれない。

 かく言う自分も、例外ではなかった。

 しかし、つい昨日までと僅かに違ったのは――そんな自分にそれでもと言い放つことのできる、目を逸らしてはならない自分に気付けたかどうかだ。

 

「……なあ、堀北さん」

「――何かしら」

「どうしてさ、そうまでして俺らを見捨てないの? やっぱ、自分のため?」

 

 問いかけると、彼女はきっぱりと答えた。

 

「私が、間違えたくないと思ったからよ」

「……」

「自分が納得のできる結末を迎えるために、私は絶対、あなたたちを見捨ててあげないわ」

 

 簡潔明瞭な意思表明は、頭の足らない自分にもよく伝わった。

 どうしてだろう。つい昨日の彼女より、どこか威厳と余裕を感じる。

 彼女の変化に、本能だけが気付いていた。

 

「も、もしだぜ……? もし、俺たちがまた投げ出しちゃったら、堀北さんはどうするつもり――?」

「大丈夫だよ、池君」

 

 重ねた質問に応えたのは、堀北の斜め後ろに控えていた沖谷だった。

 

「池君たちが帰っちゃった後もね、堀北さん、一生懸命僕の勉強を見てくれたんだ」

「え、沖谷、お前ずっと残ってたのかよ」

 

 山内が驚愕に顔を染める。頷く沖谷に「マジか……」と絶句していた。

 堀北の決意は確認できた。その表れもこうして証明された。なら、他にあるだろうか。自分がこの要請――もとい懇願を拒む理由は。

 いや、本当は初めからなかったのだ。ただ気に食わないから、自分への当たりが強かったから。ワガママに近い形で、心許す勇気が持てなかっただけだ。

 そして何より――、

 次に誠意を見せなければならないのは、果たしてどちらなのかという話だ。

 

「…………俺、やるよ」

 

 ぼそり、と、微かに零れ出た声に一同目を向ける。

 

「堀北さん、俺頑張るから――だから、頼むよ。退学になんて、なりたくないからさ」

「……! ええ、任せて」

 

 少なくとも、今の彼女は信頼に足りる。独力で挑むよりかはよっぽど善い結末を期待できそうだ。

 

「ちょっ、ちょちょちょちょっと待ってくれよ!」

 

 すると、やたら大袈裟な調子で山内も声をあげる。

 

「お、俺も! 俺もやるよ。そろそろ本気ださなきゃなって思ってたところだったんだ」

 

 どうやら遅れて復帰の意思を固めたようだ。心なしか目線が櫛田に寄っている気もするが、体裁を気にしてのことなのだろうか。

 普段の池であれば、彼も大して変わらない体たらくなのだが、本人がそのことに気付くのは相当に難しいこと。

 たった今見せた志だけでも、彼にとって十分な変化だと言えるはずなのだから。

 

「須藤はどうするんだ?」

「……っ、俺、は……」

 

 綾小路もここで初めて口を開く。その矛先は須藤へと向けられていた。

 須藤はなおも躊躇う様子を見せている。

 

「…………俺は、やらねえ」

「お、おい須藤、お前まだ意地張って――」

「お前らは勝手にやってろよ。俺は遠慮しとく、じゃあな」

 

 俯きがちに足早で去って行ってしまった。

 その後暫く、誰も何も言わない時間が生まれた。

 沈黙を破ったのは、またしても綾小路だ。

 

「やはり、駄目だったか」 

「……できれば私の言葉で戻ってきてほしかったのが、本音ね」

「でも池君たちは戻ってきてくれたよ。私はホッとしたかな」

 

 一人欠けているものの、表情はあまり暗くない。堀北が綾小路に「任せたわ」と何かを託したあたり、何かしらの勝算があるのかもしれない。

 それに、きっと須藤(アイツ)は最後には戻ってきてくれる。自分では根拠を語ることなどできないが、短い付き合いでもわかった。

 奇しくも綾小路たちと同じような信頼を、池は須藤に抱いていた。

 堀北は改めてこちらを向いた。

 

「二人共、ありがとう。明後日から始めるから、準備しておきなさい」

「じゅ、準備? 何を?」

 

 勉強のいろはを存じていない自分たちからすれば、イマイチピンとこない。

 しかし、

 

「覚悟よ」

 

 ニヒルに笑う彼女を前に、食らいつく限り問題はないだろうと池は思った。

 ここで密かに、『きっかけ』を掴んだ少年がまた一人。

 彼が向き合おうとしたのは、もしかしたら勉強や堀北との確執だけではないのかもしれない。あるいはもっと身近な――。

 そんな彼が、彼女だけでなく飛び入り参加した可憐な少年にまで痛烈な教鞭を受け、悪戦苦闘するのはもう間もなくの話だ。

 

どこまでやる?

  • 船上試験&原作4.5巻分
  • 体育祭(ここまでの構想は概ねできてる)
  • ペーパーシャッフル
  • クリスマス(原作7.5巻分)
  • 混合合宿or一之瀬潰し
  • クラス内投票
  • 選抜種目試験~一年生編完結
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