アンデルセンは笑っている   作:小千小掘

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切り良く収まったので、少し短いかもしれませんが丸一話彼女との会話です。

この二人の掛け合いは想定通り緩くなっていきそうです。


初色

「と、とりあえず、ちょっと離れてくんない? 近過ぎ」

 

 これでもかと間近に乗り込んできた少女を、やっとの思いで引きはがす。

 今の反応だけでわかった。彼女は絶対に相手にしてはいけない人種だ。マニアやオタクに悪い偏見を持っているなんてことは断じてないが、特定の趣味にやたら饒舌になる人への対応程疲れるものはない。

 

「すみません。つい昂ってしまって」

 

 見りゃわかる。

 

「共通の趣味を持っていると思ったのかもしれないけど御生憎様、僕は読書家を名乗れる程本と触れ合ってきたわけじゃないんだ」

「え、でも、こんなに取って来ているじゃないですか」

 

 彼女が指したのは、僕が当てもなく選んだ六冊の本だ。

 

「これは、特にこだわりとかはなくて。有名どころばかりでジャンルもバラバラだろう? 実際読んでいたのはこの一冊だけだったし」

 

 そう言って僕は『予告殺人』をひらひらと見せる。

 

「では、こんな遅い時間まで読んでいたのは?」

「成り行きとしか。静かなところに行きたくて、今日から空いてるって聞いたから閉館までこもらさせてもらう腹積もりだったんだ。読んでる時間もちょびっとだったって言ったろう?」

 

 嘘の一つを吐いているわけでもない。本当のことしか言っていないのだから、後は彼女の解釈次第だ。

 

「そうでしたか……」

「お、おう」

 

 シュンッ、という効果音が聞こえてきそうな落ち込み具合だ。

 若干の申し訳なさと気まずさを覚えた僕は、話を続けてみることにした。

 

「君の名前は? 僕の名前は浅川恭介って言うんだけど」

「申し遅れましたね、椎名ひよりです」

「椎名……ひより……ふむ、椎名は確か同じクラスじゃなかったよなあ」

 

 楽な呼び方を判断しつつクラスを問う。

 

「はい、私はCクラスです。浅川君は?」

 

 ほう、Cか。言葉遣いも丁寧で知的な印象を受けるが、この時間に独りで図書館にいるあたり、運動や友達づくりが苦手なのかもしれない。

 

「僕はD。椎名はいつからここに? 放課後になってからずっと?」 

「そうですね。それで、切りの良いところで帰ろうとした時にあなたが来たんです。やっと同志が現れたと思ったのですが……」

 

 この様子だと僕以外にここを訪れた人はいなかったらしい。かてて加えて、僕の初々しい挙動から同級生だと察したのだろう。だったら見つけた瞬間に声を掛けてくれたら良かったのに。

 

「クラスにもう一人くらい仲間がいても、おかしくはなさそうだけど」

「それが、うちのクラスは血の気の多い方ばかりで少し殺伐としているんです。あまり話の合う人はいないかと」

「ああ、そっちはそんな感じなのねえ」

 

 Dが愚者の隊列かと思えばCは猛獣の巣窟か。どうやらクラスによって結構な偏りがあるようだ。鈴音には悪いがDクラスは落ちこぼれの集まりで決まりだろう。となると、AとBがどんな優等生オーラを放っているのかが気になってくる。

 

「浅川君のクラスはどんな感じですか?」

「うーん……一言で表すなら、騒がしい三枚目集団、かなあ。近くの席のやつとは気が合いそうだったから仲良くさせてもらってるんだけど、クラスに溶け込めているってわけではないよ」

 

 そんな二人とも今は微妙な空気になってしまっているが、それをここで話す必要はないだろう。

 

「良い巡り合わせがあったんですね。私も、気の合うような方と出会えれば良いのですが……」

 

 彼女は寂しそうな表情で溜息を吐いた。

 ありのままの自分が周りと合わないことを知っているから、曝け出せない。

 それでも取り繕うことはせず、受け入れてくれる誰かを探している。

 その勇ましさに、自分の心が揺れ動くのを感じた。

 本来他人である彼女に何か施しをしてやる道理はない。しかし、鈴音のときとは違う、確かなSOSがそこにはあった。

 だからかもしれない。足が、前に出た。いつの間にか、手が伸びていた。

 

「……そんなときは、君の『灰色の脳細胞』を使いなさい」

「え?」

 

 僕の急な発言に、彼女はキョトンとした顔をする。

 

「エルキュール・ポアロの口癖だよ。推理小説が好きな君なら知っているだろう?」

 

 僕はどちらかと言うとマープル派だが、ポアロの方がメジャーなはずだ。

 

「そ、それは確かに知っていますけど。あれ、そもそも私、推理小説が好きだなん言いましたっけ?」

「君が我も忘れてガツガツと言い寄ってきた時、その血走った目を向けていたのはこいつだったから」

 

 そう言ってひらひらとさせたのは、再び登場、『予告殺人』だ。

 机上の本を指差すときも、未だ見ぬ読書仲間に思いを馳せていた時も、度々彼女はこれに意識を向けていた。

 

「目線だけでですか? 随分と雑把な……いえ、この場合は敏いのでしょうか?」

「犬じゃあるまいし、物に縋って必死に地を這いながら証拠を探すのは柄じゃないんだ」

 

 彼女の目が一層輝きを増す。今のセリフが、律儀に証拠品集めに徹する他の探偵たちを小馬鹿にするポアロの思想を踏襲したものだと気づいたからだろう。

 しかし直後、彼女は顔をムッとさせた。

 

「やっぱり、好きだったんじゃないですか」

「君程ではないよ。別にポアロの名シーンは、知る人ぞ知るってわけでもない」

 

 好きか嫌いかで聞かれたら確かに好きとは答えるが、椎名の言う好きは多分マイスターの領域だ。

 それに、最初は関わるつもりなんてなかったのだ。気が変わっただけ。

 

「だから、まぁ、偶には付き合ってやれるぞ」

「え、本当ですか?」

「ほとんど僕が聞き手になりそうだけど」

 

 グイッとくるな、グイッと。

 全く、奇妙な偶然だ。もし僕が悩んだまま説明会に行っていなければ、今日のこの時間に図書館へは行かなかったかもしれない。椎名が同じクラスに友だちをつくれていたり、僕が偶々『予告殺人』を読んでいなかったりしたら、この会話は起こらなかっただろう。

 僕らが同じクラスだったとしても、お互いの性格からして、会話の一つもないまま三年間を終える可能性さえあった。

 彼女がSシステムの裏を知れば、僕を遠ざけようとするかもしれない。同じクラスに新しい友達ができたら、そっちの方に離れて行くかもしれない。だけど、それでも良い。

 僕の存在が、彼女自身の努力の成果となるのなら。既に伸ばされている手を掴み上げてやるくらいはしてあげたいと思った。

 これが、彼女にとっての「良い巡り合わせ」となることを願おう。

 

「それでは、お言葉に甘えさせてもらいますね。これからよろしくお願いします、浅川君」

 

 気持ちの良い笑顔だ。一点の曇りもない。

 この清々しい表情を何度も拝めるのなら、僕が勇気を出したお駄賃としては申し分なかろう。

 

「ん、よろしくなあ椎名」

 

 その時、まるで狙っていたかのように閉館の合図が鳴った。

 

「定期的にここにはお世話になるつもりだから、次見かけた時なんかは気軽に声を掛けておくれ」

「ぜひそうさせてもらいます」

 

 机の上の本と荷物を持って立ち上がった。

 

「では、出たところで待っていますね」

「はいよお」

 

 彼女はそそくさと図書館を後に、

 

「……ん? え、ちょっ椎名」

 

 振り返ると、彼女は既に大声で呼ばないと届かない距離にいた。

 おい、今さらっと一緒に帰る流れにならなかったか? 本人が構わないなら問題ないが、案外彼女は大胆なのかもしれない。

 気を取り直して、記憶を頼りにさっき廻った本棚を再び周回する。

 

「これはここで……これはー、ここ」

 

 本当に広いなここ。構造を完全に把握するまで大分時間がかかりそうだ。あまり遅いと椎名を待たせてしまうから急がないと。

 いそいそと片付けていき、終わりに差し掛かる。

 ……。

 逡巡してから僕は、来た時より一つだけ荷物を増やして、出入り口の方へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 図書館を出ると、椎名がすぐ見える位置に立って待っていた。まだこちらに気付いていないのか、先程までとは違い落ち着いた表情をしている。

 澄ました顔だと、意外と美人寄りなんだな。

 満開な花のように笑うものだからあどけなさが前面に出ていたが、佇まいは淑女と表現すべきだろう。

 

「あ、浅川君」

 

 彼女の新たな一面を実感していると、こちらの姿を認めて寄って来た。

 

「お待たせ」

「随分と遅かったですね。何か借りたんですか?」

「んーちょっとね。早く帰ろうぜえ」

 

 別に言っても良かったのだが、少し照れくさくて誤魔化してしまった。

 僕がスタスタと歩き始め、椎名がそれに付いてくる。

 

「はぐらかさなくても良いじゃないですか」

 

 バレテーラ。女性は皆鋭い生き物なのだろうか。

 

「読み終わったら教えたげる」

「うーん、私、気になります」

 

 気になるな。拒否するほど自分が意識しているみたいになってくる。おかげで余計に答え辛い。

 

「しつこい女は嫌われるって聞いたことあるぞ」

「本のことについてだけですから心配ご無用です。今は恋愛に興味を持っているわけでもありませんから」

 

 やはりそうだったか。思春期が過ぎたのかまだ来てないのか。言っては悪いが、彼女の場合そんな時期は相当遅くなりそうだ。

 

「そういうもんかあ」

「そういうものです」

 

 随分と間延びた会話だ。何もない時間というのも趣はあるかもしれないが、それはある程度同じ時を過ごした間柄での話。出来立ての関係でこれはどうなのだろう。

 僕らの間に、正体不明な沈黙が流れる。

 

「……僕は、案外ロマンチストなんだよ」

 

 それを破ったのは、なんと自分だった。会話を繋げようと思ったのか、答えない罪悪感からだったのかわからないが、自然と口に出ていた。

 

「どういうことですか?」

 

 正直、知らないよと言いたい。しかし、それではあまりに椎名が可哀想だ。かと言って、今更直接的に答えるのも恥ずかしい。

 

「出会いも別れも、運命は知ることができないから信じられないが、人の繋がりは信じたいってことだよ」

 

 なんとか紡いだ曖昧な答えを受け、椎名は顎に指を当てる。少し難しい顔をした後、ハッと納得した表情に変わった。なんとか伝わったようだ。

 

「理解しました。でもどうしてそんな遠回しな言い方を?」

「手厳しいねえ。言ったろう、僕はロマンチストだって」

「面倒くさい人の間違いでは?」

 

 え、すごい抉るじゃん。まさか僕のほうが面倒くさい認定される日が来ようとは。こんな言い方しかできなくなったのは半分は君のせいなのに。本当手厳し……あ。

 

「椎名だけに、手厳()()()ってか?」

「もうさっきの言葉が台無しですよ」

 

 彼女はやれやれといった様子で微笑んだ。これは完全にからかわれているな。確かに、鼻につくセリフを吐いた後にこんなしょうもない駄洒落を放つ男なんて僕くらいかもしれない。

 

「たとえロマンチストでも、締まらない方が僕らしいだろう?」

「どうでしょう。私はまだ浅川君のことをほとんど知りませんから」

 

 彼女の言う通りだ。出会ってまだ一日も経ってない人間の性分を理解するのは簡単ではない。

 

「――でも」

 

 しかし、彼女の言葉はそこで終わらなかった。

 

「あなたとの時間は、きっと楽しくなるんだろうなと思います」

 

 その時僕は、初めて彼女を()()

 夕日に煌めく銀色にも見紛う髪、情愛を宿した温かな瞳、そして、聞く者全てが毒気を抜かれてしまうような柔らかいソプラノ声。

 僕の心に刻まれた彼女の存在はとても幻想的で、間違いなく()()()()()

 恋に落ちたとか、ときめいたとかではなく、只々見惚れてしまった。

 ……懐かしい感覚だ。他人に色を視たのは久しぶりだ。

 

「僕も、君と出会えて良かったと、これから何度も思うんだろうさ」

「そう言ってもらえるなら、嬉しいです」

 

 椎名の微笑みに、僕も思わず顔を綻ばせる。和やかな空気が流れた。

 違うクラスだったからこそ、本が引き寄せてくれたからこそ、結ぶことができた絶妙な関係。

 地平線に沈みかけた夕日が、いつもより少し、儚くも綺麗に見えた。

 その景色に対する感動か、右を歩く彼女との時間に対する幸福か。僕は今確かに、この学校へ来て()()()の屈託なき笑顔を浮かべていた。

 




今までオリ主の他キャラへの第一印象が描かれなかったのは、こういうことです。

因みに、クリスマスのタイミングでこのサブタイになったのは全くの偶然なんです、ホントに。

そもそもの話、ヒロインを作るか自体ちょっとまだ決めてませんね。一周回って清隆が友情ヒロインまである。希望か何かあれば書いてみてください。採用するかは流石にはっきりとは言えませんけど。

オリ主の過去話について(どれになっても他の小話もやるよ)

  • 止まるんじゃねぞ(予定通り,10話超)
  • ちょっと立ち止まって(せめて10話以内)
  • 止まれ止まれ止まれ…!(オリだけ約5話)
  • ちょ待てよ(オリキャラだけ,3話)
  • ムーリー(前後編以内でまとめて)
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