アンデルセンは笑っている   作:小千小掘

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幕間は後数話、三章もぼちぼち始めるつもりなんですけど、実はそれとは別で番外編の制作をしようか迷っています。tipsとは違いガチで本編との直接的な関連はない予定です。どこの時系列かなどはアンケートをご確認ください。


盤上の舞踏会/魂の昼下がり

「特異点、か」

「あなたが惹かれるのも無理がない、ということですね」

 

 綾小路の部屋では今、彼と小柄な少女が会話を弾ませていた。

 浅川の部屋とは違いアンティークの椅子――生活を最低限豊かにするものであろう――が置かれており、彼女はそこに落ち着いた態度で鎮座している。部屋の主である綾小路はベッドに腰を下ろしていた。

 

「あなたたちの共通点と相違点、少しだけわかったような気がします」

「……そうか」

 

 目の前の小机を見下ろすと、戦場が広がっている。とても小さな戦場だ。

 坂柳が訪れるや否や「逢瀬を楽しみましょう」と言って取り出したのが、このチェス盤。

 構わないが普通に雑談もしたいと訴えると、二勝差がつけば終わりにするという取り決めで開戦した。

 しかしなかなかどうして、二人の実力は伯仲している。坂柳が十勝目をあげたところで一度ティーブレイクに興じることとなった。

 ――精々五戦くらいで終わるものだと高を括っていたんだが。

 自分の考えの甘さにひとしきり嘆いた後、面をあげて会話に励む。

 

「あいつを見る目、変わったか?」

「変わったも何も、私たちの関係がようやく定まったといったところでしょうか。暫定とは言え、本当の彼と話したのは初めてでしたから」

 

 聞くに初の邂逅の際、浅川は別人のように振る舞っていたのだとか。坂柳に初対面から一泡吹かせるとはさすがだなと感心したものだが、彼女が事の真相を把握した経緯は推測済みだ。

 浅川の連絡先を確認した時に発見した真澄という名前。坂柳と彼を繋ぐパイプは彼女だったのだろう。

 

「良いやつだったろう」

「人となりは少なからず。ただ、やはり私とは交わりませんね」

「それは残念だ」

「残念?」

「三人で仲良しトークでもできたらと思ってたんだがな」

 

 軽い願望を語ると、どういうわけかポカンとした表情をされた。

 

「私と綾小路君と、浅川君でですか?」

「ん? ああ」

「……奇妙な三角関係なだけに興味深い提案ではありますが、気は進みませんね」

 

 あくまで対等な会話を交わしたに過ぎず、悪感情は大して変わらない。そういうことらしい。

 

「お前が何と言おうと、オレはあいつを信じるよ。それがオレが変わるための第一歩なんだ」

「止めるつもりはありませんよ。私怨であなたの望みを阻むわけにもいきませんし、彼にそれだけの素質があることは認めます」

 

「ただ」と、次に見せた表情は憂えに満ちていて、昏かった。

 

「その航海の果てに何が待っているかはわかりません」

「あいつがオレに間違った結末を与える可能性がある、と?」

「いいえ、綾小路君のことではありません。私が心配しているのは浅川君の方ですよ」

 

 思わず固まってしまう。真意を問うた。「恭介だと?」

 

「このままでは彼、壊れてしまうかもしれませんよ?」

 

 深刻な様子から大仰さは見て取れない。至って真剣に、自分の分析を伝えようとしている。

 

「あなたと正反対である要素の一つに、元来の自分と目指す自分の差異というものがあります」

「……オレはあくまで普通を望んでいるが、あいつは」

「奇をてらっている、のでしょうね」

 

 綾小路は常人とは呼べない能力を有しているが、それとは無縁の、ありきたりな人生を目標としていた。

 一方浅川は――綾小路と坂柳からすれば凡人であるが――自分が特殊であることを演出している節がある。独特な口調や態度まで偽りかは定かではないが、冗談や茶番の延長で醸すポップでユニークな雰囲気は、敢えてそうしているように感じるのだ。

 

「そして、浅川君が成り代われるのは内面だけではなかった。あらゆる能力――身体能力までもを、自分と切り離すことができる」

 

 その点についても心当たりはあった。須藤たちとバスケをした時のことだ。

 彼が独力で点をもぎ取ったあの動きは、自分が須藤を翻弄したものと瓜二つだった。

 そして、その事実が示す一つの可能性は、

 

「恭介が自覚している以上の負荷がかかっている……」

「浅川君は幾多の場面であなたと対等になろうとするでしょう。もし加減を誤れば、いつか破滅しますよ」

 

 それはあまりに残酷な末路だ。一人の少年が灯を絶やし、自分は旅路の途中でリタイアを余儀なくされる。誰も救われない、味のない非劇。

 

「大丈夫だ」

 

 しかし彼の中には、確信があった。

 

「オレたちは、一緒だから。互いに見捨てることはない。もしあいつが何かを苦しんだなら、オレが何とかする」

「……あなたに、彼が救えますか?」

「その方が素敵だと、教えてくれたのはあいつだ」

 

 人は根拠もなく、信じることができる生き物だ。時に疑うこともあるが、自分の感性や直感を蔑ろにすることはできない。

 その不便さを最近実感すると同時に、面白いと思う自分もいた。今まで体験したことのなかった不思議な感覚は、他人と関わることのなかったあの白い部屋では絶対に得られなかったものだからだ。

 豊かな生き方は、やはりあそこでは学べないのだろう。

 

「他人を踏み台としか認識できなかったあなたが、足を置かずに手を添えることを知るとは。――認めるしかないようですね。あなたと彼には、他の人とでは芽生えない共鳴(シンパシー)がある」

 

 もし同じ経験を浅川ではない――平田や須藤としたとして、ここまでの変化が起こっただろうか。何となくだが、そんな風には思えない。

 単に相性が良かっただけだろうか。それとももっと別の?

 ――情緒は伝染する、か。

 一体誰の言葉だったか。高校以前の記憶なのだから、父か松雄かのどちらかなのかもしれない。

 

「あなた方のそれを共依存だと蔑む人もいるでしょうが、私はそうは思いません。あなたは他人を識るために浅川君を、浅川君は自分を識るためにあなたを求めた。それだけの必然です」

 

 坂柳は慈愛を秘めた穏やかな表情で彼を見つめる。

 綾小路は浅川と、堀北や櫛田、多くの存在を思い浮かべる。

 彼だけではない、彼を通した人間関係が自分を変えた。決して世界は二人だけで完結しない。それを知っている自分たちが共依存であるはずがない。

 そして、彼女も――。

 

「坂柳も、必要だよ」

「綾小路君……?」

 

 口を衝いて出た言葉。坂柳は驚きに顔を染める。

 

「お前はオレのことを知るたった一人だ。お前といる時間は、何というか、本当に取り繕う壁がなくなるように感じる。恭介にも見せていない、ホワイトルーム生であった自分を忘れずにいられる気がするんだ」

 

 変わろうとするということは、かつての自分から離れようとするということだ。

 自分の変化は喜ばしいと思う反面、あの日々も自分の存在を形成するルーツであるという自覚も持ちつつある綾小路にとって、坂柳はそんな自分を隠さなくていい相手だった。

 彼女の存在が、変わる前の、未だ残っている本質を再確認させてくれる。感謝すべきことだ。

 

「……驚きました。あなたが過去を大事にしようとするなんて」

「いつかは向き合わなきゃいけないものだろうからな」

 

 微笑む彼女は愛らしく、自分を映す瞳も純情を宿している。

 綺麗だ、と、漫然とそう思った。

 

「嬉しいです。必要だと言ってもらえて」

「……思ったことを、言っただけだ」

 

 最近居たたまれない気持ちを誤魔化す口癖になってしまっているなという自覚はあるが、どうにも慣れない。

 素直な感情を伝える。それすらも、ここへ来て初めて遂げたコミュニケーションなのだ。無理もないことだと割り切る。

 加えて今の状況に恥ずかしさを与えいているのは、自分だけのせいではない。坂柳の妙にしおらしい、自分を恍惚として見つめる表情に、思わずどきっとしてしまう。

 すると次の瞬間、不意に体が震えた。

 温かい感触が頬を包む。

 

「私は、あなたをお慕いしています」

「……ああ」

「八年以上も、待ったのですから」

「知っているよ」

「……これからも、会いに来ていいですか?」

「勿論だ」

 

 そっと、可憐な手に自分の手を添える。

 とても小さくて、柔らかい。何より雪のように白く美しかった。

 

「まだ、今日は終わりじゃないだろう?」

「そうですね。盤上の戦線と同じ、私たちの距離はそう簡単には開かない。その限り、私たちの享楽(ワルツ)は終わりません」

「長い逢瀬に、なりそうだな」

「ええ、今夜は帰れないかもしれませんね」

 

 愉しそうに笑う彼女は妖艶で、蠱惑的で、気を緩めれば目が逸らせなくなる。

 自分の中に他の人間の存在がなければ、きっと空いている全てを彼女に埋められてしまっていただろう。なかったらなかったで、結局他人が自分の心に付け入る隙など生まれないため、無意味な仮定なのだろうけど。

 堀北からは原点――他人と関わる術を知った。櫛田からは抱擁――受け止め寄り添う存在を知った。

 ならば、坂柳から教えてもらうのは――

 

「そこは帰ってくれ。夜は一人が楽だ」

「あら、折角良い雰囲気でしたのに」

 

 その答えを知るのは、もう少し先になりそうだ。

 

「寝巻でも準備して出直すんだな」

「なるほど、では次回からそうします」

「え」

「冗談ですよ。ふふ、いい間抜け面を拝めました」

「……恭介のユーモアが感染ったか」

「冗談でも言わないでください」

「理不尽だ……」 

 

 二人の幼馴染は、ようやく自分たちだけの安息を得た。

 その時間は心地良く、近い間合いを思い出させる。

 確かめて芽生えた感情の種は、きっと美麗な華を咲かせるだろう。

 正体は、関係性を示すタンポポだろうか。

 共同で再構成した戦場を一望し、薄く笑い合う。

 長い長い、二人きりの舞踏会が始まった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 そわそわと、柄にもなく体を小刻みに揺らす。

 かつてない緊張感に飲まれ、どうすればいいのかがわからない。

 じ、時間は合ってるわよね? 場所も……。

 重苦しい扉――ある生徒会室の前で、堀北は待ち合わせの内容を心の中で復唱していた。

 きっかけは兄からのメール。

 

『18時に生徒会室へ来い』

 

 さすがはクルーエルビューティーの兄。実に簡潔、無機質でよそよそしい文面だ。身内にも変わらないあたり、ポイントが高い。

 とは言えそれを受け取った堀北からすれば、もはや優雅なお茶会の誘い。精神をかき乱すビッグイベントに他ならない。おかげで今日は日中いつもの二人から様子がおかしいと指摘を受けていた。誠に遺憾である。

 またとない機会だ。何もしゃべれないなどという失態を犯すわけにはいかない。大きく深呼吸をする。

 端末の時計が予定の時刻を示すのを待ち、控え目に三回、ノックをする。

 

「堀北鈴音です。生徒会長からの招集に従い、参上しました」

 

 あくまで形式的な呼び出し、ということは文脈から察している。元々兄と砕けたやり取りをしていたわけでもないが、他人行儀とも言える第一声を室内に投げかけた。

「入れ」短くもはっきりと響いてきた返事を受け、ゆっくりと扉を開ける。

 彼女の視線は真っ先に、一つの影に釘付けになった。

 

「何を突っ立っている。座って待っていろ」

 

 書類と奮闘する生徒会長。デスクの上の惨状を見る限り、日々膨大な量を処理しているのだろう。その合間を縫って自分との時間を設定してくれたのだと思うと、少しだけ頬が熱くなる。

 言われるがままソファに腰を下ろし、散漫な意識のやり場を求めるようにキョロキョロと辺りを見回す。いつもの自分なら人形のように微動だにしないものなのだが、今はそうもいかないのは言うまでもない。

 二、三分程して、生徒会長が向かいに座った。

 不自然な沈黙が流れる。

 

「……」

「……」

「…………」

「…………」

「………………あの」

「何だ?」

「い、いえ、その……」

 

 どうして兄はこの状況でさえ威風堂々としていられるのだろう。困惑と敬意が胸中に広がる。

 しかしそれは間違いであり、本来こうしている間にも早急に本題を切り出さない彼に違和感を抱くべきである。今の堀北にはやはり無理な話なのだが。

 結果――またしても沈黙。

 

「……」

「……」

「…………」

「…………」

「………………あの」

「何だ?」

「えっと……用件は?」

「……ああ、そうだな」

 

 兄は澄ました顔で眼鏡を押し上げ、指を組んだ。

 

「ここへ来て初めての定期テストだったが、Dクラスは一人の退学者も出すことはなかったようだな」

「……はい」

「お前も僅かながら貢献したと聞いている」

「それは――待ってください。どうして知っているんですか?」

「ここでお前との共通の知人と言ったら、限られているだろう」

「まさか、綾小路君と浅川君が?」

 

 その沈黙は先程と違い、肯定というれっきとした意味を持つものだった。

 

「二人は、何も言っていませんでしたけど……」

「……なるほど、彼らが友人だというのは、どうやら本当のようだ」

「ど、どういうことですか?」

「事情を話してくれるのが当たり前、そう思っているんだろう?」

「あっ……」

 

 思わぬ指摘に冷や汗が零れる。最近あの二人のことになるとどうにも調子が狂う。実際に姿がなくてもだ。

 

「二人とは、いつ会話を?」

「お前に教える義理はない。他愛もない世間話をしただけだ」

 

 相手にその気はないのだろうが、どことなく威圧感がある物腰に未だ緊張が解けない。お互い柔和な対応というものがあまり得意でないと、こういう憐れな必然も起こり得る。

 

「一体どのようにして、試験を乗り越えた?」

「兄さんなら、とっくにご存じなのでは?」

「お前の口から聞くことに意味がある」

 

 自分の予想に確信を持ちたいのか、拙いなりに妹との話題を模索しているのか、彼は堀北自身の言葉を待っている。

 変に誤魔化すことでもない。躊躇わずに答える。

 

「色々やりました。勉強会を開いたり、参考書を使ったり。でも一番の武器になったのは、過去問です」

「……」

「きっと、学校側によって仕組まれていた抜け道だったんですよね?」

「答えることはできない、とだけ言っておこう」

 

 認めるのと同等な返事だった。

 

「過去問。手に入れるのには幾何かの苦労を強いられただろう」

「Dクラスの三年生を狙いました。私だけでは、その、取引が上手くいく保証はなかったので、社交的なクラスメイトにも同伴してもらいました」

「人に頼ることを、覚えたか」

 

 根拠は三つ。

 Dクラスの生徒の貯金が少ないことは自明の理。他のクラスと比べてこちらの値切りが通用しやすい。特に三年生はこの学校での余生が短く、還元不可能なポイントへの執着は弱い。

 櫛田を連れたのは交渉を円滑に行うため。自分独りでやるよりずっと好い結果が見込める人材だ。実際の成果は言わずもがなだ。

 

「……兄さんを見て、変わったんです」

 

 その言葉に複雑な表情をする兄。自分を追う姿に苦い感想を抱いているのだろう。

 しかしそれでも、何も言わないのは、かつてと異なる部分があるからだ。

 ただ認めてもらうため、兄に固執していたころとは違う。

 自分のため。自分自身を高める一つの手本として、兄を尊敬している。

 心の方角を改めた彼女の、視界は良好だ。

 

「正確には違うだろう。俺ではなく彼らだ」

「…………二人は」

「お前は二人のことをどう思っている?」

 

 直球な質問に口を噤む。

 綾小路と浅川、それぞれにどのような思いを向けているのか。一度だけ聞かれたことがあったが、果たして上手く言葉にすることができず他でもない綾小路にアシストされる形となった。

 今なら、どうであろうか。

 

「よく、わかりません」

「……」

「口を開けば遠回しな台詞や戯言ばかりで、行動に一貫性もない、風が吹けば綿毛のように飛ばされてしまいそうな軟弱者。彼らが何を秘めていようと、その印象は変わりません」

 

 既にわかっている。二人はあらゆる能力――学力も頭一つ抜けていて、自分が勝てる要素と言えば勇敢さと強情さくらいなものだろう。

 しかし、それを彼ら自身ひた隠しにしていることは事実であり、その技量によって違和感ない交わりがなされている。

 だからこそ、彼女は――

 

「でも………………おいしかった」

「なに?」

「彼らとの食事は、筆舌し難いものがありました。何より、温かかった……」

 

 認めざるを得ない。あの時間が無色であって他の何が彼女を変え得るのだろう。

 自分を変えたのが二人だと言うのなら、それこそが答えだった。

 

「二人は、友人です。初めてできた、他人以外の関係。それが彼らです」

 

 いつの間にか拳に力が入っていたことも忘れ、強い眼差しを生徒会長へと向け言い切った。

 彼はそれに応えるように目を逸らさず、視線を交錯させる。

 やがて、重々しい口を開いた。

 

「ならば鈴音、今お前は、何を望む?」

「望み……?」

「答えを示せ。お前はこの先、一体何を目指す?」

 

 あの日――兄に突き飛ばされた時も、同じようなことを聞かれた。

 根底は変わらない。願いは、

 

「Aクラスです。私はAクラスにたどり着きます」

「……そうか」

「全員と」

 

 しかしその全てが同じとは限らない。

 理想は形を変えることがある。独り善がりな茨は必要ない。誰かを失う勝利は気に入らない。

 だって、そこまでできるのが強者だから。

 

「私は今まで兄さんを目指してきました。その志は今この時も変わりません。だからまずは、人に信じられ、人を信じることのできる人材になります」

 

 人は確かに表皮だけで物事を判断する傾向がある。それでも吟味されるのは中身なのだ。

 当然誰でも見透かせるものではないが、自分と、自分に近しい位置に立つ人間は本質を覗くことができる。

 言うまでもなく、目の前の彼もその一人だ。

 

「兄さんへの尊敬は、信頼でもあります。兄さんにこだわらなくとも、歩み、躓き、立ち上がり、誰かの手を借り、誰かに手を貸しながら進めば、辿り着いた場所で認めてくれる兄さんがいる。だから私は、なるべき自分の足掛かりとして、あなたを目指します」

「……かつてのお前とは、違うと?」

「はい。私の航路には他人の存在があると、教えてもらいましたから」

 

 それを気付かせてくれたのが誰か、もはや明らかとも言えるだろう。

 

「俺を終着点(ゴール)に宛がうことは、もうやめたんだな」

通過点(チェックポイント)です。いつか自分の憧憬が、兄さんより遠いところに見える日が来るかもしれません」

「ふん、大きくでたな」

 

 小さくだが、ここでようやく笑みを見せてくれたような気がした。

 自分の決意表明のどこが気に入ったのかは定かではないが、少なくとも彼の中では好印象だったようだ。

 

「………………そういう道もあったか」

 

 緊張は既に解け、決して弛み切ってはいない穏やかな空気が流れていた。

 浅川がこの場にいれば、恐らく言ってくれただろう。

 何だか良い兄妹だな、と。

 何かに納得し頷いた兄は、一つ息を吐く。

 

「証明して見せろ。お前の決意を」

「――はい」

 

 彼の一番話したかった内容はこれだったのかもしれない。

 妹がどう変わったのか。今、何を思っているのか。

 確かめ終えた表情は、ほんの少し緩んでいて、清々しかった。

 

「ところで」

 

 するとここで、兄は眼鏡を触ることで顔を隠し、話を切り替える。

 

「鈴音」

「……はい」

「二人と食事をしたのか」

「はい。…………はい?」

「どこでだ?」

「え」

「どこで食事をした?」

「……あ、浅川君の部屋です」

「……………………そうか」

 

 食い気味な口調には、さすがの堀北も違和感を覚える。食事がそこまで特殊な習慣ということでもないはずだが。

 あるいは、と、彼女の中である推測が浮かぶ。

 

「に、兄さん」

「何だ」

「よかったら……こ、今度一緒に、食事でも、どう、ですか?」

 

「時間があればですけど」と付け加える声は尻つぼみで、後半はほとんど空調の音で掻き消えていた。

 だが、これで正解だろう。きっと彼は家族として自分と団欒の一つでもしたかったのだ。家内より先に元々他人どうしだった者と食卓を囲んだともなれば、一種の寂寥感を抱いても不思議ではない。

 そういう僅かに本質からズレた分析の下、お誘いをした堀北であったが、その行為自体は彼には真新しく映ったようだ。

 

「……時間があったらな」

「――! た、楽しみにしています……!」

 

 悪くない手応えに体が浮きかけるのをじっと抑える。

 時間の無駄とあしらわれなかっただけ、今までの自分たちの関係値を顧みれば僥倖だ。

 早速一歩、互いの距離が縮まったことに喜ぶ。

 

「今日の話は以上だ。俺は次の予定があるのですぐに生徒会室を出る。お前も早く退室しろ」

「承知しました」

 

 入る前よりずっと良好な精神状態のまま、促された通り部屋を出ようとする――。

 

「鈴音」

「はい?」

「髪、長くなったな」

「……そう、でしょうか」

 

 思わず清潔な黒髪を弄る。

 

「……でも、切りません」

「何故だ?」

「失恋どころか恋もしていませんから。それに――」

 

 逡巡する堀北だが、最後にははっきりと答えた。

 

「私が好きなんです。他でもない、私が」

 




番外編の話になります。
二次創作内での番外編ということで、比較的原作の設定に忠実な本編と違い独自設定がポツリと出てきます。それ故本編等今後の展開で強く掘り返す予定はありませんので、あくまでエンターテイメントの一つとして楽しんでもらうことになると思います。

また、番外編による本編の制作ペースに関してですが正直大して問題ありません。と言うのも、今までもそうでしたが進む時は進むし進まない時は進まないあるいはtipsに逃げるという形、言わば不定期更新だからです。番外編を始めても筆が乗れば本編が進む(そもそも基本は本編優先)し、始めなくても難航すれば進まないということですね。

それらを踏まえた上で、オリ主たちの活劇を堪能したいかどうか、アンケートよろしくお願いします。番外編は三つ考えていますが、とりあえずまずは一つ目についてのアンケートです。

因みに今回の登場人物は各クラス主要人物の内数人と生徒会長+αの予定です。

*暴力事件の前後によってCクラスが関わるかが変わることもお忘れなく。

番外編第一弾(題はナイショ)

  • 六月下旬(1章~暴力事件)
  • 七月下旬(期末テ⦅暴力事件⦆~三巻)
  • 八月中旬(四.五巻前後)
  • 夏休み以降の時系列がいい
  • やらない
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