アンデルセンは笑っている   作:小千小掘

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前回説明したアンケートですが補足を。暴力事件より前だとCクラス(主に龍園)が絡まず、後だと絡むという違いです。八月中旬だと他の番外編のプロットに支障が出る可能性はありますが第一弾は普通にできます。夏休み以降だとほんの少しですが手直しを加えなきゃってなりますね。

さて、今回で幕間―箱庭―は終わりです。


始まりは整った

 三人だけの室内で、豊かなメロディーがのびのびと駆け巡る。

 紡がれる一音一音は優しく繊細で、それらが鮮やかな集合体を育み胸を打つ。

 流れ込んでくる感覚は程よい刺激と心地良さを与え、思わず目を閉じ耳のみに意識を委ねたくなるものだった。

 やがて、静かに蓋を閉めるように、旋律は終わりを迎える。

 次に空気を揺らしたのは、少年の細やかな拍手だった。

 

「ブラボー!」

「大袈裟な」

 

 伴奏者である綾小路に、浅川は興奮気味に賛辞を送る。

 

「感動したよ。得意と豪語するだけのことはあるね」

「まさかプライベートで友人に披露することになるとは思わなかったけどな」

 

 綾小路はピアノの側の窓枠に落とされていたタオルで鍵盤を拭く。

 ピアノ、の存在からわかる通り、浅川と綾小路、そしてもう一人の観客である堀北は音楽室を訪れていた。

 利用許可を求めると荒らさないならという緩い条件ですんなり通してくれた。授業で何度も足を運んでいたため、眺めにこれといった新鮮さはない。

 目的は勿論、兼ねてより約束していた綾小路による伴奏会である。

 

「正直驚いたわ。実践は素人だけど、あなたの技量がコンクールレベルであることは何となくわかるもの」

「素直なお褒めの言葉、ありがとな」

他人(ひと)のセンスにいちゃもんを付けるほど狭量ではないわ」

 

 ならば拍手くらいしてやればいいのに。小さく嘆く浅川だったが、そこまで要求するのはさすがに野暮だろう。

 

「しっかし三人となると、けっこう広く感じるものだなあ」

「声も音も響くわね。初めてのことだから、少し新鮮」

 

 眺めは変わらないとは言ったものの、それ以外の部分で違うことはある。堀北の率直な感想は、少年二人も同じだった。

 

「……こういう時間は、一体あとどれくらいつくれるんだろうなあ」

「夏休み前には期末テストがあるからな。また忙しい日々にとんぼ返りか」

「でも夏休みにはバカンスだろう? 待ちきれないねえ、何すんだろう。バーベキューとかビーチバレーとか、旗立てて追いかけるレースとかかなあ。あ、砂風呂もいい!」

「既に頭の中は愉快そうね……」

 

 すぐに試練は待ち構えているが、茶柱の蒔いたバカンスという娯楽の種に逸る気持ちが芽生える。浅川も綾小路も、各々の事情でそういう解放感のあるイベントには身勝手な期待を抱いてしまう。

 しかしそこに待ったをかけるのが、やはり彼女だ。

 

「浮足立つのもいいけど、程々にしなさい。いつクラスポイントの関わる行事が発生するかわからないんだから」

「そりゃそうだけど、その時になってみなきゃどう動くべきかなんてわからないだろう?」

「それまで自由な時間を有効に使うのもまた、高校生の重要な権利ってことだ」

 

 本分の全うは義務であるが、それと同じくらい見逃せないのが特権。大人になって削がれるものであるなら、子供である今のうちに行使するに越したことはない。

 最近ではそういった理屈を無視することも、堀北の中で減ってきてはいる。

 

「はぁ……まあ、こうして付き合ってしまっている私にこれ以上言える道理はないわね」

「お、羽の伸ばし方を知ったかい?」

「要らないわそんなの。邪魔で仕方ないもの」

「飛べるって気持ちいいぞ?」

「飛んだこともない癖に勝手なこと言わないで」

 

 飲めば翼を授けてくれるドリンクもあるらしいぞ、とまで言ってしまうとライン越えなのはこれまでの付き合いで弁えている。浅川もまた、多少退き際は理解し始めていた。

 中学でそれを考慮しなければならない堅物はいなかったのだけど。という愚痴は残るが。

 

「実際どうなの? Aクラス、上がる見込みはあるのかねえ」

「少なくとも可能性は残されているはずよ。なら後は掴むだけでしょう」

「お前がその気でも他のやつらはどうだろうな。真に受けないんじゃないか?」

「構わないわ」

 

 構わない。自分のことしか考えていない発言とも取れるが、決してそういう意味ではないのだろうと、浅川は彼女を信じている。

 

「希望を求めない人には、たとえそれが実在していたとしても見えない。だから、私たちが示してあげればいいだけよ」

「――へえ、そりゃすごい」

 

 面白そうに、彼は笑う。

 

「もしそれが実現すれば、間違いなくお前はDクラスの誇れるリーダーだな」

「……リーダーね。どうかしら」

 

 リーダーという響きに、堀北は表情に影を落とす。

 不安や迷いを感じられるものだったが、それは恐らく彼女の中で解決するべきもの。本当にどうしようもなく追い詰められるまでは、見守り役に徹するべきだと判断した。

 

「ま! 人から信頼されるようになりたいなら、人とくつろぐことに慣れとかないとなあ」

「人と、くつろぐ……そうかもしれないわね」

 

 空気を換えようと発した言葉に思うところがあったのか、彼女は納得したようにうなずく。

 

「綾小路君、あなた確か芸達者と言ったわね。他のも聴かせてもらえる?」

「え? あ、ああ、いいけど」

 

 まさか堀北からそんな提案が出るとは思っていなかったのだろう。綾小路は動揺を表に出して了承する。

 そして、ものの楽しみ方に一工夫加えるのは、自分のお家芸だ。

 

「あっはは、じゃあバイオリンで魅せておくれよ。その次は笛で」

「オレの負担多くないか……」

「なら僕は歌で合わせよう! 三人で愉快な演奏会だ」

「ちょっと、しれっと私を巻き込まないで」

「いいじゃないかあ。恥ずかしがるなって」

「べ、別に恥ずかしいとは…………仕方ないわね」

 

 立てかけられた楽器を手に取る綾小路と、それに駆け寄る浅川。

 少女は呆れながら席を立ち、二人のもとへ歩んでいく。

 その光景は、本当にただの高校生の集いだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 もくもくと立ち昇る煙を、ぼんやりと眺める。

 向かう青空は、穢れた自分に嫌気がさすほどに澄んでいた。

 その憐憫を誤魔化すように、茶柱は紙巻をくわえる。

 風が吹き抜け、屋上に冷気が立ち込める。

 そうだ。そうだった。

 思えば『あの日』も、こんな肌寒さだった。

 身を凍えさせる、咎を突きさしてくるような、残酷な寒波。

 それに「後悔」という悲哀な形で慣れてしまった茶柱は、気怠げに煙を吐く。

 ただ一つ、疑問に思うことがあるとするなら、夏の近づくこの時勢に問い詰められていることだ。

 心当たりは、ある。

 フェンスから校庭を見下ろし、自分の過去から結び付く今を、彼女は回想する。

 

 

 テスト範囲の変更。それは予定されていたものだった。

 本来なら急変する状況にどれだけ迅速に対処するかを試すものだが、茶柱はそれを毎年品定めに利用していた。

 綾小路と浅川の存在、そして最近の堀北の様子からして、確かに今年のDクラスは一味違う。しかし全体を見れば、初月からクラスポイントを0にしたという負の珍味も含んでいる。

 その懸念要素を超える成果を生み出せるのか、茶柱は判断する必要があった。

 彼女はもう、希望を抱くことを忘れている。

 希望を見出し、失われる瞬間を知っている。

 どうせ諦めるなら、始まるより前がいい。そう思っている。

 結論から言うと、生徒は手遅れになる前にこちらに問い詰めてきた。経緯は然程重要ではない。展開についてきたという結果が全てだ。

 案の定降りかかった野次という火の粉を鬱陶し気に払いのけ、全員に退室を命じる。堀北はこういう時の理解は早く潔い。そそくさと出て行くようメンバーに促している。

 すると、

 

「茶柱さん、ちょっといいですか?」

 

 何となく、こうなるだろうという予感はあった。

 口の減らない少年と言えば彼、という印象は、たった一か月半で染み付いていた。

 腰巾着のように付き添っている綾小路と二人、他のメンバーの姿がいなくなるのを確認してから、話を切り出した。

 

「単刀直入に伺います。テスト範囲の変更、あなたは敢えて教えなかったんじゃないですか?」

「根拠は?」

「今オレたちを囲うこの状況ですよ」

 

 まるで自分の返しを待ち伏せしていたかのように、相手が綾小路に切り替わる。

 

「須藤たちは声を大にして言い放ちました。先生の過失を。にも関わらず室内に走らない激震。この学校の職員は、やけにサプライズに慣れているんですね」

「遠まわしな言い方はよせ、綾小路」

「毎年やっているんでしょう。同じことを」

 

 綾小路に起こっている変化と言えばこれだ。浅川のおかげかは知らないが、口数が増えた分要らない発言(すなわちユーモア)も多くなった。興に走る性分ではない自分からすれば迷惑極まりないことだ。

 

「……私が言いたいこと、わかるだろう」

「状況証拠に過ぎない。ですか?」

「お前たちに証明の手段はないはずだ」

 

 周囲をよく見ている。分析能力はやはりかなりなものだ。ただそれを認めるとしても、確実な証拠はどこにもない。追及を受ける言われはないのだ。

 しかし、彼女は失念していた。

 そもそもなぜ、彼らがこの話を始めたのかを。

 

「――つまり茶柱さん、あなたは認めないつもりなんですね? 何の意図も狙いもなく、単なるミスで僕らへの通達が遅れた。そういうことですね?」

「そうなるな」

 

 その時見せた浅川の笑みは、少し、普段の彼と違うような気がした。

 

「なら、やはりあなたは何かしらの形で責任を取るべきでは?」

「謝罪ならさっきしたぞ」

「でしたら僕らが退学になっても、謝罪で許してくれるんですか?」

「……」

 

 よくもまあアドリブでここまで言い返せるものだ。

 茶柱は八割の苛立ちと二割の感心を抱いた。

 

「僕らの確認が遅れたという罪は、退学が迫るという形で罰が与えられます。しかしあなたは? 子供一人の将来が揺らぎかねない罪を、四十人分も背負って、その罰がないなんてありえませんよ」

「では何だ。ここを辞めて責任を取れとでも言うつもりか? 生憎お前にそんな権限は――」

「辞めて何になるって言うんですか……迷惑をかけた相手は僕らなんですから、僕らに利益があることをしてください」

「……何が望みだ? 内容による」

 

 そう言ってやると微妙な顔をされる。主導権を握られている感が嫌なのだろう。

 だが茶柱は茶柱で、今の状況に難色を示していた。

 堀北がなぜ二人との関わりが多くなったのか、わかったような気がする。

 

「……大層なことは要求しません。僕らはただ、あなたに教師らしくいて欲しいんです」

「何だと?」

「指導者としての義務を果たせ、そう言ってるんですよこいつは」

 

 二人揃って何を言いたいのか、判然としない。

 

「オレたちがあなたに求めるのはたった一つです。これからあらゆる場面で、生徒に寄り添った言動を心掛けてください」

「……それに、何の意味がある?」

「やってみればわかります。あなたの言葉で、みんながどれだけ変わるのか」

 

 やればわかる。全く以て説得力のない。返せるロジックを持たない言い逃れにしか聞こえない。

 

「……大人は」

 

 その様子を察したのか、浅川が口を開く。

 

「大人は、どうして子供に付き添うと思いますか?」

「子供が弱いから、だろうな」

「いいえ。正確には、弱さを知っているからです」

 

 何が違うのか。当然その疑問への答えが続く。

 

「見るも聞くも、身を以て知るのもあるでしょうが、誰もが抱えている弱さを知っているから、理解してやれる。現実との向き合い方を示すことができる」

「理想を抱きすぎだ。そんなにも綺麗な大人ばかりなら、世界はもっと生きやすい」

「教師が担うべき役割じゃないんですよ、それは」

 

 現実を突きつけるが、退く気はないらしい。

 どうやら彼は、教育者である自分に物申したいようだ。

 

「あなたたちの姿を世界と結びつけるなら、寧ろあなたたちの無慈悲な大人像は僕らを堕落させる。そうして生まれる世界に、希望(ロマン)があるとは思えない」

「お前に何がわかると言うんだ? 未熟な子供が背伸びした言葉で大人を諭すんじゃない」

「僕は知ってるからですよ、茶柱さん」

 

 語る彼の目は、こんなにも眩しかっただろうか。

 

「素敵な大人が教えてくれたから、僕はこうして必死に抗えているんです。未熟な子供だから、大人の背中を見ているんですよ。人の強さを知ろうとしている」

 

 経験談があるからこそ、ここまで毅然と言い切れるのだろう。彼は決して一人では報われないのと同時に、子供だけでは成し得ないものがあることをわかっていた。

 

「……ここは自主性を重んじる学校だ。先人に甘えてもらうわけにはいかない」

「助けて欲しいんじゃない。支えてもらうことすら、強くは望みません。せめて、見守っていて欲しいんです。ちゃんと」

 

 そして、彼は静かに頭を下げた。

 

「お願いします。大人として、教師として、僕らに教育をしてください」

 

 その姿は、あまりに誠実だった。

 自分を咎めるわけでもなく、当然諭すわけでもない。

 まるで、そうあって欲しいという願いを投げかけるように、彼は言った。

 

「オレからも、お願いします」

 

 続いて加勢を入れる綾小路。浅川とは違い、目で訴えかけてくる。

 

「……綾小路、お前も同じ意見か?」

「……どういうことですか」

「お前も、浅川の言っていることに意味があると思っているのか?」

 

 浅川は決して広くはないものの他の生徒との交流は多く、コミュニケーションも罷り成っている。加えて先程からの問答には、熱意が滲み出ていた。

 対して綾小路はどうか。未だ人との関わりが少なく、冷たい何かを抱えている彼が、本当に浅川と同じ結論にたどり着けたのだろうか。

 他人に何かを期待する。それをできないのは、自分も彼も同じだと思っていた。

 彼は、なおも頭をあげずにいる友人を一瞥し、返答を述べる。

 

「……わかりません。大人とか子供とか――オレは深く考える機会なんてありませんでしたから」

 

 一般的な子供とは離れた重みが乗っていた。大人と触れ合ったことがないような言い草に、やはりこの少年はどこか異質な存在なのだと感じる。

 

「ですが」

 

 その間にも、彼は淡々と言葉を紡いだ。

 

「本当に何も知らない者は、それを知ろうという気も起きない。そんな時、知る者が教えるしかないんだと思います」

「……」

「もし、オレの知らない多くを知っているのが大人(あなた)だというのなら、オレはあなたに期待したい」

「……やけに実感の込もった発言だな」

「少し前にそういうことがあったからですかね。教え子は先人のありがたみに、後になって気付くものなんですよ」

 

 茶柱は考え込むように目を閉じる。

 正直な感想を言うなら、意味を感じない。自分自身がここの生徒だった当時を思い返しても、たとえ担任が温かい人格者だったとして何かが変わったとは思えない。

 何せ、結局は自分の過ちに直結するのだから。

 そう、ここは厚顔無恥な少年少女たちの集う実力至上主義。我ら大人がその戦いに直接干渉する余地はないし、あってはならない。

 しかし――――

 

「…………」

 

 他人によって変わるものがある、と、それを彼らは身を以て証明している。

 その点においては自分も同じだ。かけがえのない誰かの存在によって、元来起こらなかったはずの悪夢が実現した。

 この少年たちは、自分の轍を踏みぬくのだろうか。それとも、本当に真逆の結末をもたらすのだろうか。

 期待などではない。まして希望でもない。ただ、興味があった。

 今年のDクラスの有望株である二人がこう言っている。もしそれで下剋上、すなわち己の『野心』が叶うのであれば――。

 それに何より、浅川が頭を下げた時からずっと脳裏に浮かんでいた光景がある。

 

『もしも二人が、あなたを信頼して訪ねてきた時には、彼らのため、誠心誠意向き合って下さい。これは命令ではない。私の、お願いです』

 

 ――あなたは、この状況を予見していたんですか?

 果たして筋書き通りなのか偶然の一致なのかはわからないが、初めて見たあの姿に応えるべきだと茶柱は判断した。

 

「……いいだろう。要は物の言い方にさえ気を付ければ、お前たちは退いてくれるんだな?」

 

 

 

 自前の灰皿でシガレットの灯りを消す。

 天まで伸びていた淀んだ川が、ぷつりと流れを途絶える。

 途端に虚しさが押し寄せ、これだから現実逃避(喫煙)はやめられないと嘆息が零れた。

 浅川と綾小路、どこか似ていて、正反対な二人。

 二人の背景を知っているわけではない。しかし彼女なりな分析をするなら、浅川は本来平田側の人間だ。光の中で生きているにも関わらず人の仄暗い部分を知り、飲まれないよう藻掻いている。

 対する綾小路は元々自分や堀北と同類。人と関わることに消極的で闇に身を置く人間だ。しかし浅川と触れ合うことで光を見つけ浮足立っている。自分を引き留める蜘蛛の糸から逃れようと藻掻いている。

 対極に位置する二人が謎の因果で引き寄せられ、同じ方向を向いている。小さな奇跡と呼べよう。坂柳理事長の工作があったとはいえだ。

 つい先日と同じように、空を仰ぐ。

 あの時自分はDクラスの担任として、彼らを見守ると宣言した。無論浅川と綾小路の注文を聞き入れた故の言葉だったわけだが……所詮形だけだ。

 待ち焦がれていた瞬間が訪れるかもしれないというのに、今更生徒に慈しみを持てる温かさなど持っていない。生徒に見せる自分と悲願に貪欲な自分を乖離させる他、手段はなかった。

 結局のところ、彼女は自分のことしか考えられない。他人に優しくする理由を見出すこともできない矮小な人間だった。

 あの日――自分がクラスを破滅に導いたしまった時から、ずっと……。

 嗚呼、やはりいつになっても変わらない。それは偏に、自分の心が過去に止まったまま動かなくなってしまったからだろう。

 そう思うと同時に、彼の言葉が途端に的を射ているように感じられた。

 弱さを知り、後世に教える。たったそれだけのことすら満足にしてやれず、いまだ弱さに打ちひしがれる自分は、大人としても教師としても失格だ。

 子供のままでいる自分を、自嘲気味に嗤う。

 やはり浅川、彼は甘いとしか言いようがない。

 大人というものが、彼の語った理想通りなのだとしたら、

 

「人はそう簡単に、大人にはなれんよ」

 

 呪うような呟きは、再び吹いた寒風に攫われていった。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――

 

 同じころ、茶柱と同様部屋の窓から黄昏る男がいた。

 

「…………因縁とは、恐ろしいものですね」

 

 彼は哀し気に言った。

 

「綾小路君だけでない、浅川君が自らの意志でここを選んだのはもはや運命としか言いようがない」

 

 一つ息を吐き、自分のデスクへと向かう。

 その内一番上の、鍵のかけられた引き出しを開けた。

 

「『ホワイトルーム』の最高傑作。そして『ダイダロス計画』の遺産。二つの化学反応の結末は誰にもわからない。身勝手ながら、楽しみに思う自分がいるのは事実――」

 

 厳重な管理とは裏腹に、取り出したのは一枚のスナップショット。

 互いにいがみ合う視線をぶつける二人と、それを微笑ましく見つめる自分の三人が映った写真に、綯い交ぜな感情が込み上げてくる。

 もう取り戻すことができない時間の大切さは後になって実感する。大人になってもそれは変わらない。()()()()()()()()()()()()()()()()。それを教えてくれたのもまた、友である彼だった。

 

「……しかし、私たちの誰も、手を出してはならないのでしょうね。全て、彼ら自身が紡ぐ物語です。ここで巡り会った以上、そうあるべきです」

 

 名残惜しそうに元に戻し、陽の沈んだばかりの水平線に目をやる。

 

「君たちが旅の終わりに何を得るのか、私にも見せてください」

 

 彼の思い馳せる先は、もうここにはない何か。

 嘆きは己の中でしか許されない。齢のせいか乾いた目から零れるものはなかった。

 二人三脚。二人なら、確かな実力として本当に大切なものを見つけられる。

 見せかけでもない。汚れたものでも、雑多なものでもない。誰もが権利を持つそれを、彼らなら周囲を巻き込んで示すことができる。

 坂柳理事長は、纏まらない感情を呑み、ただ一つ明らかな願いだけを口にした。

 

「ようこそ二人共。――ここは、『実力至上主義』の教室です」

 




一応更新の優先度は三章>幕間―??―>番外編=二章tipsの残りのつもりですが、気分や筆の乗り具合でけっこう変わると思うんでアテにしなくていいです。

余談に。お気づきな方もいますが、他の原作を元ネタとしたシーンがいくつか隠れています。時に露骨ですけど。
ガンダム、デジモン、氷菓、シリアスなシーンですら文ストやらサーヴァンプなど、けっこう広いジャンルにお世話になっております。知ってる作品なのにわからなかったという人はぜひ探してみてください。
三章以降ネタが尽きて頻度が減るかもですが、ちょくちょく挟んでいきたいなと思うんでよろしくお願いします。

番外編第一弾(題はナイショ)

  • 六月下旬(1章~暴力事件)
  • 七月下旬(期末テ⦅暴力事件⦆~三巻)
  • 八月中旬(四.五巻前後)
  • 夏休み以降の時系列がいい
  • やらない
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