病院での一件から、およそ二週間後。
「ふざけんな! ちゃんとした理由を説明してくださいよ」
「そのような義務はありません。お引き取り下さい」
穏やかな住宅街で、乱暴な怒鳴り声が轟く。
「お、落ち着いてください先輩」
「……っ」
いつもは抑えられるはずの舌打ちが、我慢の盃から零れる。
「……予め聞いてた話だと、既に捜査は終了したはずですけど」
「とりあえず、ですよ。必要があれば、対応が変わることもありえます」
「それは、必要が生まれたってこと?」
「これ以上お答えをするつもりはありません」
再度舌打ち――今度はわざと相手に聞かせるようにし、入口の門番に背を向ける。
「何だっていうのよ、全く……」
さて浅川夫妻の別荘探索だと意気込んだ矢先の門前払い。つい数日前と真逆の状況だ。
規制線の向こうを見る。慌ただしく動き回る警官たちは、誰も彼も覇蔵の派閥には見えない。あの胡散臭い上司のヘマではなく、本当に急な事態だったらしい。
「さすがに強行突破もキツイっすよ」
「わかってるよそんなこと」
折角の行動日だというのに、収穫どころか捜査もできないのは……。
一時期止んでいた音が再び聞こえるようになったためか、周囲にはいつしかのように野次馬が群がっている。
そんな中、
「ん?」
「どうかしました?」
「いや、アレ……」
指先の延長を辿る風見。眉を顰めた。
まちまちな背丈に混じって、やたら不安げな顔をする少年が一人。この時間、子供は授業なはずだ。
おまけに一見目立つところのないように見えるが、二人揃って違和感を覚える程度には異常に歪んだ表情をしている。
目が合った。
「あっ……! 先輩!」
「――よくわからないけど、わかってる!」
怯えて逃げ出す彼が、こちらの風貌にビビッたそれとは違うことを直感し、予備動作無しで追い掛ける。
日々鍛錬を怠らない成人とひ弱な男子では、いくら何でも身体能力に差があり過ぎたようですぐに捕らえることができた。
「ひ、ひぃ……! ご、ごめんなさい許してください!」
「待って、何か勘違いしてる。別に酷いことするつもりはないから、話だけ聞かせて。お願い」
自分の顔が威圧感を与えやすいことはキャリアの中で身に沁みている。その分出来る限り柔和な態度で、目線を合わせて声を掛ける。実は、と言うのもアレだが、雨宮は子供の臆病さには寛容だ。自分の姿と、重なるのだ。
偶々近くにあった光が丘公園。そのベンチに腰を下ろす。――詫びを込めて好きな飲み物を買ってやった。
「あそこにいたの、偶然見つけて気になった。ってわけじゃないよね?」
「……はい」
「事情を話せるなら、お願いできるかな?」
まるで浅川たち相手の時と違った対応に風見が苦笑する。仕事を共にする上で少なくない光景だが、第一印象が強烈過ぎていまだおかしさを感じてしまう。
「あ、あそこ、見たことがあるんです」
「そうなの?」
「はい。慎介君の両親の家、ですよね?」
「慎介、君……? まさか……あなたは慎介君のお友達?」
首肯が返ってくる。
確か去年の調査報告書にはなかった顔だ。またしても杜撰な捜査をやらかしたのだろうか。
その旨を問いかける。
「……慎介君の不幸、あなたは何か証言したの?」
「いえ……自分は慎介君とは別の学校に通っていたので。と言っても、同じ地域ですけど」
なるほど。実に簡単でご尤もな回答だ。同中ではなかったから、見落としてしまったということか。
「じゃあ、さっきあそこにいたのは」
「刑事さんの言った通りです。どうしても気掛かりで、ここに」
「あなた、学校は?」
「それが……自分、高校には通っていないんです。今はバイトで食いつないでいて」
あははと、眉をㇵの字にして笑う少年だが、二人はそのケロッとした強かさに感心していた。
中卒でバイトの収入を当てにするなど、生活の質はたかが知れる。それでも――前向きとまでは言えないが――折れずに生き抜いているとは。
「一体どうして?」
「まあ、色々ありまして。――男手一つで育ててくれた父共々、酷い有り様になってしまったんです」
「進学は考えなかったの?」
「と言うか、合格まではしていました」
聞けば、有名な難関私立高校だった。何故そのような進学校を蹴って……。
しかし踏み込み過ぎた質問だったようで、答えを教えてはもらえなかった。ただ、どうやら彼の父に原因があるようだった。
「父は父で、かなり落ち込んでいました。何度もごめんと謝って、段々やつれていって、挙句には死んで詫びるとか言い出して――けど、言ってやったんです。大丈夫だって、こうして家族と過ごしていられるだけでも幸せだって」
「あなたは、強い男の子だね」
「そんなことは……友達がいなければ、自分も正直生きてられないって思っていた時期がありましたから」
「友達……慎介君」
「慎介君だけじゃないんですけど、間違いなく支えの一人でしたね」
慎介は少年が中学三年生になる前に亡くなっている。他にも、この少年を支えてくれた子がいたのだろう。
少年は若干悲し気な顔をしながら、過去に耽る。
「……慎介君が虐められていたという話は、偶に耳にしていました。お兄さんも、それはご存じだったようです」
以前の証言で、その裏は取れている。
「恭介君との交流は?」
「顔見知り程度ではありました。向こうが覚えているかはわかりませんけど」
恭介は脳に欠陥を抱えている。もしかしたら、この少年の危惧は現実になっているかもしれない。
「そう。なら事件のことを詳しく知っているわけじゃないんだね。――慎介君のことについて、教えてくれる?」
今まで見えていなかった側面に期待して、少年に問う。
「――自分と同じで、そこまで明るい性格ではなかったですね。あと、少しだけ卑屈そうにしていることがあったように思います。お兄さんに対する劣等感、なのかな」
常に完璧であった兄(今は見る影もないが)、並大抵の弟なら至極当然な感情だろう。
「でも同時に、とてもお兄さんのことが大好きだったみたいです。お兄さんも慎介君のことを大事にしていて――大変仲が良かったと記憶しています」
それは入院初期の恭介の様子を知っていれば優に想像がつく。命綱を失ったような意気消沈ぶりは、知り合いに見せてはならないと感じられるほど、憔悴しきっていた。
「あたしらは慎介君を見たことはないけど、確かに恭介君は家族を大事にする良い子だった」
「……そう、ですか」
「………? どうかしたの?」
「…………偏見かも、しれないんですけど。慎介君たちは、本当にただの兄弟だったのかわからなくなる時があったんです」
何……?
「二人で話している表情を見ていると、何だか家族と接しているそれには視えなくて……それ以上の関係? と表現してしまうと、失礼かもしれないんですけど」
「それは……」
「一度彼らのご友人にも尋ねてみました。その時はいつもこんな感じだと言われたので気にしないようにしていたのですが……振り返ってみるとやっぱり違和感が」
深山と新塚も特に疑問は抱いていなかった……とすると、あのグループが外からは異常に見えるものだった可能性がある。
確か、母校の生徒の証言でも彼らの仲の良さが極めて目立っていたとはあった。その言葉を額縁通りに受け取っていたが、雨宮たちは廃校となる前の当時の環境を目の当たりにしてはいない。学校ぐるみ――前提を疑うことを、考慮すべきだろうか。
思わぬ観点からの証言を得た。
「あなた自身との交流は?」
「慎介君は時々お兄さんたちと別行動することがあって、そんな時は大抵自分と、幼馴染と一緒に遊んでいました」
「幼馴染?」
「幼稚園の頃からずっと一緒で、よく懐かれているんです」
懐かれている、ということは、今も関係は続いているのか。
「あなたを支えていた他の人っていうのが、その子?」
「はい。彼女いわく、憧れなんだそうです。そんなに優秀だという自覚はないのですが」
「……あんた、最後の期末テストの順位は?」
「……? 一位でした」
「運動は?」
「父の奨めで、武道を少々」
いたいた、自分がいかに優れているのか本気で理解できていないやつ。
別にこの少年を更生することが目的ではない。謙虚に生きているのなら指摘する必要はなかろう。
「でも、あの子だけだったら、きっとダメだった。全部投げ捨ててしまっていたと思います」
「それが慎介君ね」
「彼もですが、あともう一人」
ぞわりと、その何気ない一言が背筋に嫌なものを駆け巡らせる。
もう、一人……?
「…………その子の特徴、教えてもらえる?」
「綺麗な色をしていましたよ。アルビノだったらしくて、白髪と青い目が印象的でしたね」
……一体どこにいるというのだろう。未知なる少女の幻影、一連の事件のキーマンだと睨んでいるが。
「――刑事さん」
不意に呼ばれ、思案に投じていた視線を上げる。
震えている眼が、そこにあった。
「慎介君は、本当に優しい子でした」
「……」
「でもそれは、単に人に優しいとかじゃなくて……自分があまり善い人ではないと思いながら、それでも善い人であろうと、頑張っているような」
必死に言葉を紡ぐ姿は、態々あの場所に足を運ぶ程に思い入れがあることが察せられた。
「だから、いつかほんの少しでも報われたらいいなって、密かに願っていたんです。……こんな些末な仕打ち、ないですよ」
「……そうね。若い内に死ぬなんて、誰であれ理不尽な終わりだよ」
この少年は不幸になっても生きる気力を保ち続けた。そうして今ある小さな幸せは、友と出会えなかったもしも――早死になっていたらありつけなかったものだ。
慎介の場合、それを選択することさえ許されずに命を落とした。
「刑事さんは慎介君のことや、慎介君の両親のことを調べているんですよね? でしたら、どうかお願いします。彼の無念を晴らしてください。せめて誰があんな酷いことをしたのか解明して、犯人に謝らせてください」
「…………ああ、任せな。あなたの想い、託された」
事件の傷の広がりは、こんなところにまで及んでいた。やはりいつだって、キリのない哀しみだ。
絶対に、解決してみせる。
「あっ、そろそろ行かないと。父には内緒でここに来たもので」
「そうかい。バイトも頑張るんだよ」
「はい、ありがとうございます」
慌てた動作で、駆け始める少年。
「あ、ちょっと待って!」
「え……?」
「念のため名前、教えてもらえる?」
それくらいなら、と、軽くフルネームを教えてもらった。
「――ありがとう。幼馴染ちゃんと、お幸せにねっ」
「い、いや、ボクと翼さんはそんなんじゃ……!」
大事にしなよ、自分を大事にしてくれる人を。
自分にはできなかったことが為せるよう、祈った。
「――あーあ。先輩、また諦めない理由ができちゃいましたね」
隣で黙っていた風見がようやく口を開いた。
「ふん、もとからそのつもりだっての」
「得られるものはありました。慎介君のこと、恭介君たちのグループのこと、登場人物の像を、洗い直す必要があるかもしれませんね」
「……そうだね」
恭介への事情徴収から、その思いは幾分か強まっていた。さっきの少年の言う通り、『仲良し』の一言では片付けられない違和感が眠っている。グループにも、兄弟にも。
「どうします? 次の一手は」
「…………悔しいけど、頼るしかないか」
とは言えこのままでは進展を望めるアクションが見えてこない。逡巡の末、雨宮は一つの決断をする。
「今度声を掛けるまで、あんたは休み」
「え、は? 何でですか」
「岐阜に行ってくる」
その県名に風見は一瞬驚いた後、納得する。
「……わかりました。朗報を待っています」
「どうだかねぇ……あたしも渋るよ、『師匠』に泣きつくのは」
情報整理のアシストくらいはしてもらいたいところだ。それに、挨拶もしておきたい。向こうは要らないと言っているが、こちらとしては疎遠にしたくないのだ。
「老人趣味なんて意外っすよ、先輩」
「は、はあ!? ちち違うっての!」
なかなか見せない動揺振り。そういう感情ではないものの、明らかに特別な想いを向けていることは明白だ。
「……使える手段は全て使う。あの子にあんな風に頼まれたら、出し惜しみなんてしてらんないよ」
卑しくも強かに生きる少年の名を、六月の湿り風の中で呟く。
「松雄栄一郎、か。真っ直ぐな名前じゃない」
捜査はゆっくりでも、動いていく。
番外編第一弾(題はナイショ)
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六月下旬(1章~暴力事件)
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七月下旬(期末テ⦅暴力事件⦆~三巻)
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八月中旬(四.五巻前後)
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夏休み以降の時系列がいい
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やらない