アンデルセンは笑っている   作:小千小掘

80 / 129
さり気なく幕間その2が追加されました。サブタイは「魔都」です。

番外編、もう少しアンケート集まるのを待ってから考えますが、やるとしたら今月中には始めてこうかなって感じです。


予完

 七月三日。土日明け。

 模範的な生徒らしい振る舞いを身に着けつつあるDクラスであったが、今日はそわそわと焦れったさを滲ませていた。

 唯一いつも通りを貫く茶柱先生は、その違和感に気づいたようだ。

 

「どうしたお前たち。やけに落ち着きがないな」

 

 事情を分かった上で敢えて問う。

 声を張り上げるのは池だ。

 

「今日から七月、ってことは、ポイントが入る日っすよね! 朝確認しても変わってなくて……」

「案ずるな。学校側もお前たちの努力は十分把握している」

 

 宥める先生が、いつしかのように片腕に抱えていた筒状の紙を広げ黒板に貼る。

 

「つべこべ話すより先に、まずは今月のクラスポイントを発表しよう」

 

 喧騒を先読みした彼女は、結果だけを早々公表することを選択したようだ。

 書かれていたのは、Aクラスが1010cp、Bクラスが690cp、Cクラスが530cp、Dクラスが90cpという結果。一番伸びがいいのはDクラス、次にAクラス。BとCは同じ上がり幅だ。

 

「きゅ、90!? 俺たち90ポイントも増えたのかよ! すげえ!」

 

 湧き立つ教室。小遣いが増えるというより、今は純粋に自分たちの努力の成果が形になった事実を喜んでいるように見えた。

 そんな中、悲しいかな、オレたちは冷静な分析を行っていた。

 

「どのクラスも伸びてる……」

「でも少しは差が縮まった。いいことだね」

「…………そうだな」

 

 おかしい。真っ先に思った。

 一番内情を理解しているDクラスを基準にしてみよう。AクラスがDクラスより20cp少ないのは、独力で優れた学習をした集団と過去問という裏技を使った集団との差と見ることができる。Bクラスは過去問がもたらされたのがギリギリだったことと生真面目な生徒がそれでも敢えて正面突破を貫いたことを想像すれば頷ける数値だ。

 問題はCクラス。Cクラスは恭介から過去問をもらってはいない上、オレたちと同様下位クラスだ。椎名のように学力以外に問題を抱えている生徒が多いという線は、暴力的という特徴から消える。明らかな矛盾だ。

 簡単に答えを見出すなら、誰かが悪知恵を働かせ、Dクラスと同じように能動的に過去問を手に入れたのだろうか。

 

「安易に喜ぶんじゃないぞ。他クラスも大して変わらない量のポイントが増えている。これは中間テストを乗り越えた一年生へのご褒美のようなものだ。各クラス最低100ポイント支給されることになっていただけに過ぎない」

 

 そこから細かな生活態度、授業態度による減点が加味され今回の結果に至る、ということか。

 

「感想はどうだ、堀北」

 

 不意に先生が鈴音に問いかける。彼女の横顔はあまり明るくない。

 

「何故私に振るんですか?」

「学年一番の伸びだったというのに、随分浮かない顔をしているからな」

 

 先生の嫌味な笑みからして、注目を浴びることに慣れていない鈴音へのイタズラのようだ。幼稚な真似をする。

 

「綾小路君、説明を」

 

 一々語るのを面倒くさがる彼女が、綾小路に押し付けようとする。

 ………………ん?

 

「いやいや、何でだよ」

「大勢の前で堂々と喋る機会を与えようという気遣いよ」

「聞かれたのはお前だろう。それくらい自分で答えてやれって。てか、社交性って点じゃ大して差はないと思うんだが」

 

 反論を聞くつもりはないのか、固く口を閉ざし澄まし顔をしている。

 えー、いやだなー。オレだって不必要な注目は望んでいないのに。

 

「恭介、頼む」

「嫌な予感はしてたけどさあ」

 

 前の席に助けを求めると、何とも微妙な表情で振り向かれる。

 

「三人の中じゃ一番得意だろう。こういうの」

「鈴音のSOSは君に向けたものだろう? 今こそ一皮むける時だよ、ブレイバー清隆」

「売れない芸人みたいな呼び方をしないでくれ。面倒事は嫌いなんだ」

「僕らのシンパシーを忘れないでおくれよ」

 

 それはそうなんだけどさ。さすがにこの状況は困る

 すると突然、教室中がクスクスと小さな笑いに包まれた。

 ……ああ、しまった。オレたちのやり取り、完全に駄々洩れだったな。

 三人共々、結局視線を浴びることになってしまった。

 

「はは、お前たちは相変わらずだな。クラスに見せびらかすのも程々にしておけ」

 

 誰も言い返さない。ここで何か発しても燃料に薪をくべることになるだけだ。

 

「そうだな。だがやはり、私が質問した相手は堀北、お前だ。担任の指命を無下に断り続けるのは感心しないぞ」

 

 瞬間、オレと恭介はあからさまなガッツポーズを取る。

 暗にこれ以上の反抗にペナルティを設ける、と言いたげだ。それを察した鈴音は顰め面になりながら渋々答える。

 

「先生の言う通り、どのクラスも引けを取らずにポイントを伸ばしています。私たちが上へ昇るためには、今以上の努力が必要になってくるでしょう。全く以て気を抜けません」

「フッ、お堅いことだ」

「ただ、安堵もあります」

「ど、どういうことっすか、堀北先生」

 

 池が割り込んで問う。先生という響き、鈴音はいまだに気に入らないようだ。

 

「過剰なマイナスは存在しなかった、ということよ」

「僕たちの負債が見えないペナルティになっていたら、今月も0ポイントだった可能性があるからね」

 

 首を傾げる一部の生徒に平田が補足を入れる。こういう時にまで気の回るやつだ。羨ましい。

 

「あれ? でもさ、じゃあなんで1ポイントも振り込まれてないんだ?」

 

 歓喜のムードが広がる中、山内が一石を投じる発言をする。

 ホームルーム直前のガヤついていた空気の原因はそれだ。どうやらうちのクラスだけでなく学年全員がポイントを支給されていないらしい。

 茶柱先生曰く、少しトラブルがあったのだとか。それを聞いた瞬間、オレたち三人は顔を強張らせる。

 何かある。そうに違いない。

 一年生のみという時点で、学校側の不備とは考えにくい。あるとしたら、生徒側に何かしらの問題が発生したのだろう。

 そして――教室を出る間際の先生の言葉。

 

「トラブルが解消されれば追って支給される。残っていれば、だがな」

 

 当事者は、きっとDクラスにいる。

 

 

 

 放課後、オレは一人校舎裏へと向かう。

 用件は一之瀬からの呼び出しだ。まさか告白!? だなんて思ってはいない(最初は一瞬思ってしまったが)。

 オレは四割という多めな期待と五割の諦め、そして一割ばかりの興味を胸に角を曲がる。

 果たして、落ち着かない様子の一之瀬の姿がそこにあった。ほんのり顔が赤い。

 ……え、これって、マジなのでは?

 浮かれた気持ちが期待を二割嵩増しさせる。これでオレのマインドスペースはマックスが120%になった。

 

「話って?」

「えっとね、その、私…………告白」

 

 ああ、なるほど。

 どうやらこのクールな外見が彼女を惹きつけてしまったらしい。オレも罪な男だ。

 加えて誠実な態度もまた心を魅了してしまったのだろう。これは責任を取らなければなるまい。

 オレは悟られないように心の準備をし、

 

「されるみたいなの……」

「フッ、いい――え?」

「告白されるみたいなの!」

 

 とんだ肩透かしを食らった。

 

「……説明してもらえないか?」

「朝、自分の下駄箱を開けたら、これが入ってたの」

 

 そういって彼女が見せたのは、可愛いらしい桃色の封をした手紙だった。

 

「私、その子とそんなつもりはなくて、だからなるだけ傷つけないように断りたいんだけど……どうすればいいかわからなくて」

「それで、どうしてオレが呼ばれるんだ」

「綾小路君には、今だけ彼氏のフリをしてもらいたいの。ダメかな?」

 

 人畜無害かつ色恋沙汰と縁のなさそうなオレは都合がよかった。そんなところだろう。

 当然、簡単に頷くわけにはいかない。

 

「普通、一対一で話し合うべきなんじゃないか?」

「でも――」

「お前が逃げてどうするんだ」

 

「え?」一之瀬は呆然とオレの言葉を聞く。

 

「その手紙が一体どんな想いで綴られたのか、お前は少しでも考えたのか? 考えたならわかるはずだ。そいつがどれだけ勇気を振り絞ったのか」

「それは……」

「葛藤に苛まれても、自分の気持ちから逃げたくなくて、そういうのを託すのが手紙なんだ」

 

 関わったことのないものだが、直接言えないことをどうにか伝える手段の一つが文字だというのは、何となく理解できる。本来ならそれでも無理矢理面と向かって伝え合うのが理想であろうが、誰もができることではない。

 

「本当に傷つけたくないなら、嘘は良くない。当たり前のことだろう。今度はお前が逃げずに応えてやる番だ」

 

 責任というものは、望まずとも降って湧いてくることがある。

 一之瀬は愛された者として、その責を果たさなければならない。嘘を携えて向き合うのは、それを踏みにじる行為だ。

 それに、

 

「自分の貞操にも、もう少し気を遣ったらどうだ?」

「え?」

「本当に好きな人ができるまで、嘘でも彼氏を匂わせるようなことはしない方がいいと思うぞ。多分」

 

 余計なお節介かもしれないけどな。

 

「……うん、そうだね。ありがと、綾小路君」

「オレでなくとも言えることだ。頑張れよ」

 

 オレはその場を去り、近場のベンチで数分待つことにした。

 茜色の空を、ぼんやりと眺める。

 恋、か。初めて考えたのは四月の中旬。櫛田から平田と軽井沢のカップルの話を聞かされた時だ。

 やはりイマイチ、想像のつかないものだ。告白するもされるも、一体どんな気持ちなのだろうか。実際に体験してみないとわからないものなのかもしれない。

 やがて一人の女子生徒が嗚咽を堪えながら走り去るのが見え、続いて一之瀬がこちらへ歩んできた。

 

「上手くいったみたいだな」

「え、どうしてわかったの?」

「相手の泣き顔と、お前の今の表情を見れば何となくな」

 

 一之瀬がしっかりと断ったことは容易に察せるし、彼女が言葉を選べない人間ではないことは信じられる。

 

「……私、千尋ちゃんを傷つけないことばかり考えて、逃げようとしてた。――間違ってたね」

「いいや、最後には間違えなかったじゃないか。起こらなかった不幸を考える必要なんてない」

「……そう、だね。でも、泣いてるあの子を見て思っちゃった。これで良かったのかなって」

 

 優しい一之瀬は、自分の言葉が相手を傷つけたことを、まだ引きずっているようだ。

 しかし、人は傷つけず、傷つけられずに生きることなど到底できない。

 オレは、それを知った。

 

「カサブタと同じだ、一之瀬」

「え?」

「心を強く持つために必要な傷、乗り越えなきゃいけない悲しみはある。一之瀬が相手に与えた傷は、優しいものなんだとオレは思う」

「優しい傷……変だね。優しいのに傷だなんて」

「世の中そういうものはたくさんあるさ。よかれと思ってしたことが、かえって相手を追い詰めてしまうことだってな」

「……綾小路君は、そういう経験があるの?」

「最近な」

「そっか……」

 

 彼女は憂いのこもった目で空を見る。

 簡単に納得できないのは彼女の性格故だ。この学校では時に短所に成り得るかもしれないが――彼女にはそのままでいて欲しいと、漫然と思った。

 

「今日はごめんね、綾小路君。アドバイスまでもらっちゃって」

 

 謝罪をする一之瀬。オレが返すべき言葉は……、

 

「そういう時はありがとうでいい。謝られる覚えはないからな」

「――! わかった。ありがとね、綾小路君」

 

 これにて一件落着。お互い分かれ、帰路に就こうとしたのだが、

 

「ん?」

「お」

 

 意外なところで恭介と鉢合わせになった。

 しかもその傍らに立っているのは、

 

「ち、千尋ちゃん!?」

「い、いいい一之瀬さんっ!?」

 

 何とも奇妙な流れになってきた。

 

 

 

 

「あっはは、そっか、君は帆波に助言したのかあ」

「まさかそっちに恭介が付いていたとはな」

 

 先程のベンチに戻り恭介と会話に耽る。

 事情を尋ねると、彼と少女――白波千尋の縁はGWかららしい。

 その時助けてくれた彼に遅ればせながらお礼を言いたいということで、数日前に白波の方から神崎を介してコンタクトがあった。

 そして後日、物陰からひっそりと一之瀬を覗く白波の姿を発見。声を掛け、そのまま相談に乗る形となったそうだ。

 

「手紙はお前のアドバイスだったのか?」

「ううん。元々そのつもりだったらしい。僕は背中を押すことと、もしも上手くいかなかった時のフォローを担うつもりだったんだけど――あっはは、その必要はなくなったっぽいね」

 

 彼に倣い視線を移すと、一之瀬と白波が穏やかな雰囲気で会話興じるのが確認できた。短い空白だったが、お互い心の整理ができたようだ。

 

「お前は、止めなかったんだな」

「なんで?」

「その、色々あるだろう」

 

 気にしていないわけではなかった。一之瀬も白波も女性。同性どうしの恋路は、特殊と分類されることがある。

 加えて一之瀬自身があまり恋愛を考えているようではなかったことも、いい結果とはなりにくい根拠だった。

 

「止めてもいいことなんてないさ」

「だがもう少し後なら可能性はあったかもしれないだろう。より親密に仲を深めてからとか」

「何か勘違いをしているみたいだね清隆」

 

 オレの言葉を制して彼は言う。

 

「僕がしたアドバイスはこうだよ。『相手が嫌がらない限り、何度だって好きを訴えるべきだ』」

「……? どういうことだ」

「恋は戦と言う。なら一度負けても勝つまでリベンジをするのは当然のことさあ」

 

 なるほど、要は諦める必要などないということか。

 この一件で一之瀬はどんな形であれ白波に特別な認識を持たざるを得ない。一方白波は既に胸の内を明かしている。つまりこれから隠す後ろめたさが存在しないということだ。

 首を縦横どちらに振るかは一之瀬次第だが、それまでの時間は全て、白波がアタックを仕掛ける猶予となるわけだ。尤も、一之瀬に本当の意味で好きな人ができれば、彼女は恭介の助言に従い大人しく身を引くのだろう。

 

「でも、意外だったな。お前がこの手の相談に乗るなんて」

 

 恭介は面倒事は苦手だったはずだ。まして面白半分で人の色恋沙汰に首を突っ込む人間でもない。一体どういう心境だったのだろう。

 

「思うところがあったからねえ。例外さ」

 

 煮え切れない回答だ。特に理由がなかったのか、話したくないことだったのか。

 

「ん、向こうも一段落ついたみたいだね」

 

 白波が一之瀬にガバッと抱き着き、一之瀬は白波を困ったように、しかし満更でもなさそうに受け止めている。

 その様子を見て、これ以上見守る必要はないと判断したようだ。

 オレも特に彼女たちを待っているつもりはなかったので、話を切り上げることにした。

 

「これからもあいつらは、仲良くやれるのかな」

「きっとね。避けたい相手からのハグを拒否できないほど、帆波も優柔不断ではないよ」

「友好の証ってことか」

「おお、いいねソレ。僕らもする?」

「遠慮しとく」

「振られちゃったかあ」

 

 何の深い意味もない発言なのだろう。しかし、普段学校中見回せばわかるのだが、彼は親しくなった人間と異様に距離感が近くなる傾向がある。

 ある時は手を握ったり、ある時は頭を撫でたり撫でてもらおうとしたり。性別関係なく行おうとする。

 海外なら然程珍しくないことだが、かつての環境の差異によるものなのだろうか。

 求められるこちらとしては、別に悪い気はしなのだけど。

 

「そういえば清隆。昨日事件があったんだけど知ってる?」

「事件?」

 

 唐突な話題だった。

 

「グラウンドに近い校舎の窓が割られてたんだってさあ」

「ぶ、物騒だな」

 

「あそこらへんだなあ」恭介が指した方を見ると、確かに段ボールで応急処置を施された場所があった。立地上特別棟とも向かい合っている。

 

「風雨によるものか?」

「確か、野球部の不慮の事故だったと思う。すぐに報告したのもあってペナルティなく事は収まったから、あまり知られていないみたいだなあ」

 

 そんな情報、よく手に入れられたな。やはり恭介の方がオレより他生徒との交流は盛んなようだ。意欲はオレの方が高いはずなのだが。

 代わり、と言ってはなんだが、オレからも何か提供しようか。

 

「この前一之瀬と会った時に教えてもらったんだが、部活の成績によって別途ポイントが支給されるらしいぞ」

「え、マジかよ!」

 

 こちらがご満悦になってしまうほどの、大きな反応だった。

 

「僕らなら大抵の部活で小遣い稼ぎができたじゃないかあ」

「うちの担任がまたサボったらしい」

「僕、茶柱さんに『さん』付けするのが億劫になってきたよ」

 

「まあそう言うなよ」鼻息の荒い恭介を宥める。が、気持ちはわかる。

 正直彼の言う通り、オレたちの技量なら安定して収入を得ることは可能だったはずだ。本来オレたちが慣れるべきでない茶柱先生の蛮行には、オレも先生と付けるのをいい加減渋り始めている。

 ……オレが言うのもなんだが、本当に信用されない担任だ。信用されようとしない、とも言える。

 

「それにしても教室でのことといい、やっぱり何か起きそうだねえ」

 

 嘆きの声が虚空に響く。

 課業を終え解散という時に、茶柱先生は須藤を職員室に呼び出した。事の渦中に彼がいるのは間違いなさそうだ。

 ――救ってやらねばな。

 

 

 

 

 詰まる所、オレたちの予想は完全に当たっていた。

 朝のホームルームで先生から説明があったのだ。須藤がCクラスの生徒に暴行を働いたと。

 事件が起こったのは六月三十日の十八時頃の特別棟三階。相手は須藤と同じバスケ部の小宮と近藤、加えて石崎という生徒だ。

 あくまで須藤は正当防衛を主張し、自分に非はないの一点張り。しかし証拠は存在せず、数日後に審議が行われるらしい。

 それにあたって目撃者がいれば名乗るよう彼女は求めたが、そんな旨い話があるわけもなく一人の挙手もなかった。

 ただ、安直に残念がることではないかもしれない。話を聞く限り、須藤が殴った(とされる)物的証拠、つまり暴行による傷は確かなようだ。もし証人が現れたとして、証言の内容によっては相手側に有利に働く可能性がある。

 罪悪感がなく学校側の対応に不満を抱える須藤は終始憤慨していた。学校全体に話が広まり、バスケに支障をきたすことを免れなくなったことが一番効いたのだろう。

 先生が去った後、一人の生徒が言った。

 

「須藤の件、最悪じゃね?」

 

 そこから芋づる式に、あらゆるグループから暗い言葉が次々と飛び交い始めた。

 

「みんな落ち着いて! 不安になる気持ちはわかるけど、一度冷静になって欲しいんだ」

 

 ここでクラスを纏めずしていつリーダーの役目を果たす、と言わんばかりに平田が前に立つ。

 先生の話には、審議の結果によっては厳しい処罰が下るというものもあった。各々がやっとの思いで手に入れた90というクラスポイントを、初めからずっと素行が悪かった一人によって台無しにされてしまっては、感情的になるのも無理はない。

 

「これが落ち着いてられるか平田! 須藤の短絡的な行動で、クラス全員に迷惑がかかるんだぞ」

「やっぱり、中間テストのときに退学になるべきだったんじゃない?」

「そうとは限らないわ」

 

 意外にも、野次が蔓延る修羅場に鈴音は自ら飛び込んだ。

 

「退学者が出た時の説明はまだ何もされていないわ。須藤君が退学になっていたら、問答無用でクラスポイントを引かれていたかもしれない。今後クラスの人数で有利不利が大きく傾くポイントの争奪戦があるかもしれない。可能性はいくらでも考えられるけど、少なくとも今の段階で誰かを切り捨てるのは早計よ」

 

 三ヶ月を経て、彼女の方針も随分と定まったようだ。躊躇いなく、仲間を見捨てる行為はしないことを選んだ。

 

「でも、何度もこう問題行動ばかりされるとこっちだって堪ったもんじゃねえって」

「ちょっといいかな」

 

 いまだ眉をひそめる者が多い中、次なる一手を加えるのは櫛田だ。

 

「そもそも須藤君が本当に悪かったのか、まだ決めつけるのは早いと思うの」

「どういうこと?」

「さっき先生は審議って言ってたでしょ。それって、須藤君はあくまで否定しているってことだよね?」

 

 櫛田の問いかけに、須藤は無愛想に頷く。

 

「なら、仲間である私たちだけは、須藤君のことを信じてあげるべきなんじゃないかな」

 

 クラス想いな彼女の感情への訴えに、心が揺らいだ生徒が多く見られた。Dクラスは良くも悪くも直情的な傾向があるようだ。

 

「で、でも――」

「あたしもさんせー」

 

 ダメ押しの意見を発したのは、これまた意外、櫛田と女子カーストの双璧を成す軽井沢だ。

 

「須藤君は自分は悪くないって言ってるんでしょ? なのにみんな突き放して助けないなんて、イジメみたいであたし嫌い」

 

 普段はサバサバとしたギャルの印象が強かったが、どういう風の引き回しなのだろう。櫛田のように仲間意識を持っていたとは、正直考えにくい。

 とは言え、これでクラスのリーダー、人気者、以前の試験の功労者全員が須藤の無実を証明する船への乗船意思を見せた。こうなっては反論など述べようにも述べない。明言はないが、Dクラスはその方向で動くということで決定であろう。

 とりあえずすぐにできることとして、各人他のクラスや同じ部活に目撃者がいないか確認するよう合意がなされ解散に至った。

 直後須藤の席にはかつての勉強会のメンバーが集う。

 

「須藤、水臭いじゃん。何で先に教えてくれなかったんだよ」

 

 池が単刀直入に訊く。

 前の金曜の放課後から今に至るまで、彼は誰にも今回のことを報告しなかった。何か打てる手があったというわけではないが、池の言う通り水臭いと感じなくもない。

 

「……別に、何もねえよ」

「は? どういうことだよ」

「あれだ、そこまで考えが回らなかっただけだ。すまねぇな」

 

 バツの悪そうな顔でそう答える。何か隠し事をしているようだった。

 

「後ろめたいことでもあるのか?」

「……」

「須藤君、さっきは信じるって言ったけど、須藤君も私たちを信じて欲しいな。ちゃんと知ってることを全部話してくれないと、私たち簡単に負けちゃうよ?」

 

 櫛田にしては妙に現実的で脅迫じみた返しだ。しかしご尤も。彼もそれを理解しているようで、重たい口をようやく開いた。

 

「……バカにしてきたんだよ」

「え?」

「お前らのことを散々バカにしてきたんだ。それが許せなくて、だから殴っちまった」

 

 暫しの間、場が凍った。

 彼は仲間であるオレたちのことを想う故に、暴力事件に至ったと言う。

 暴力を振るったという事実は到底褒められることではない。ただ、みんなが思っていたよりずっと真面――他人想いな理由だったため、ほんの僅かだが空気が和らいだ。

 

「何だよお前! 俺らのためだったってのかよコノヤロー!」

「バカ! 違えって。それにお前や池はそこまで言われてなかったぜ。綾小路と浅川と堀北の三人が特に酷ぇ言われようだったんだ」

「僕らが?」

 

 驚愕の表情を浮かべる恭介と、同じ気持ちだった。

 他の面子より特段誰かを貶すということは、ある程度その人のことを他の人より理解していないと起こらない。

 大して広まっている話ではないはずだが、この勉強会グループを引っ張った鈴音とサポートに尽力したオレと恭介が強めな無辱を受けたのは偶然なのだろうか。

 思案している間にも、須藤への事情徴収は続く。今度は沖谷からの質問だ。

 

「でも、須藤君を呼び出したのってバスケ部の人だったんだよね? 一体どんな呼び出しだったの?」

「実は俺、夏の大会でレギュラーとして出場できるかもしれないって話が出てたんだ」

 

「レギュラー!?」櫛田が大仰に祝福する。「凄いじゃない!」

 

「まだ決まったわけじゃないんだけどな。――それで、一年で候補に入れたのは俺だけだったんだけど、その帰りだったんだ。小宮と近藤(アイツら)に呼ばれたのは」

「お前はそれでどうしたんだ?」

「すぐに着替えて特別棟へ向かったぜ」

 

 なるほど、この様子だと先輩に断って早めに抜けたとかはなさそうだ。証言があれば須藤の言い分に信憑性を与えることができると思ったが、そう上手くいかないか。

 

「そこにはなんでか石崎ってやつもいた。アイツは二人の友達だって言って、俺にレギュラーを降りろとか抜かしやがったんだ」

「でも、その時はまだ喧嘩にはならなかったんだね?」

「ああ。ムカつきはしたけど、ちょうど機嫌が良かったからな」

 

 須藤はオレを含めた四人、トップ4のメンバーを見る。

 

「お前らのおかげで部活の調子がずっと良くなってよ、その流れでレギュラーの朗報だ。正直舞い上がってたから、妬み僻みくらい勝手に言わせとけばいいと思ってその場から去ろうとしたんだ」

 

 相手はバスケの話だけで須藤を殴らせるつもりだったのだろう。しかし殊の外彼が落ち着いていたため予定を変更した。

 バスケの話で呼び出したのにクラスメイトを誹謗中傷した。これは須藤の暴力を誘発するために生まれた不自然な要素だ。向こうの悪意を証明する材料にできるかもしれない。

 

「とにかく、俺は誓って悪くないんだよ。喧嘩は向こうから吹っ掛けてきたことだし、そこまで激しく殴ったわけじゃねえ。これ、正当防衛ってことにはならないのか?」

 

 彼から得られる事件の概要は粗方聞き出せた。次に行われるのは、行動方針の決定だ。

 

「ま、櫛田ちゃんの言った通り、俺たちくらいは信じてやらないとな」

「勉強会の縁もあるし、今回はこの名探偵山内様に任せとけって」

 

 どうやら赤点候補としてのシンパシーを抱えていた二人は乗り気なようだ。櫛田も沖谷も頷くことで同意を示す。

 しかし、残りの二人の表情は硬いままだった。

 

「堀北さんも、一緒に協力してくれるんだよね?」

「…………その前に須藤君、あなたに聞きたいことがあるわ」

「な、何だよ」

「あなたは今回の件、本当に自分に反省すべき点はないと思っているの?」

 

 質問の意図がわからず、彼は顔を曇らせる。

 

「あなたの言葉を信じるなら、確かに自分勝手な理由で事件を起こしたとは決して言えないわ。けど暴力を振るったという事実は何ら変わらない。だからこうして大事になり、クラスに迷惑をかけた。その自覚はあるのかしら?」

「だけど――」

「だけど、で弁護できることではないことを知りなさい」

 

 彼女は続ける。

 

「暴力が正当化されることなんてないわ。それは現行の法律でも一緒。今の時点で、真っ当なやり方であなたの完全無罪を勝ち取ることは不可能よ」

「は!? 何でだよ!」

「それがわからないなら、私はあなたを助ける理由を捨てざるを得ない」

 

 大変厳しい物言いだが、鈴音の言っていることは事実だ。

 今までの情報から浮き出る答えは須藤は何等かの理由で他生徒を殴ったこと。ここで議論すべきなのは過程ではなく結果、すなわち殴ったかどうか。

 相手を殴ったことを認めてしまっている時点で――加えてその証拠が存在している時点で――残す議論は過程による罰則加減のみとなる。

 だが生憎、今輪を崩されてしまうのは困る。

 

「須藤、鈴音が言っていることはまだ理解できなくてもいい。だけどこれだけは理解してくれ。人を傷つけても良いことの方が少ない。実際今の状況には、お前も嫌気がさしてるだろう?」

「……ああ」

「だから約束してくれ。金輪際、絶対に暴力は振るうな。次同じことがあったら、オレたちはもうお前のことを庇わない。どんな理由があってもだ」

「――っ、わかったよ……」

 

 それなりに信頼関係のある友人からこうもはっきり言われれば、従う他ないだろう。この宣告を自ら破るつもりはない。もし彼が拳を振り上げれば、下ろされる前に何としてでも止めるし、間に合わなければオレは本当に彼を見捨てる。

 オレは鈴音を見た。

 

「これで、一先ずはいいか?」

「…………爆弾を抱えているようなものよ。参ったわね」

 

 本人の前で言わないでやってくれ。その深い溜息も抑えてもらえると助かる。

 これでようやく一同同じ方向を向けた。そう思ったのか、それぞれ気の抜けた空気を醸し始める。

 しかし、オレは彼を逃がさなかった。

 

「お前は? ――恭介」

 

 全員が顔を上げる。

 視線の先には、間抜けに驚く彼の姿。

 

「いやぁ困っちゃうなあ。どうして聞いちゃうんだい」

「重要なことだからな。どうするんだ」

「そんなの、決まってるんじゃないの? 一緒に須藤君のこと助けるんだよね」

 

 当たり前のように櫛田が言う。

 だがオレは、何となく予感していた。終始何も言わず聞き手に徹し続ける姿勢は、もはやオレにだけ暗に立ち位置を示そうとしているようにまで感じられた。

 彼は明後日の方を向き、のほほんとした顔で答えた。

 

「うーん。――――――無理」

 

番外編第一弾(題はナイショ)

  • 六月下旬(1章~暴力事件)
  • 七月下旬(期末テ⦅暴力事件⦆~三巻)
  • 八月中旬(四.五巻前後)
  • 夏休み以降の時系列がいい
  • やらない
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。