「はぁ? なんでだよ浅川!」
驚きのあまり机を強く叩きながら、須藤が立ち上がった。動揺は勿論、怒気だけでなくショックも感じられる。
「き、きっと何か理由があるんだよ。そうだよね浅川君?」
櫛田も恭介の返答が信じられなかったようで、声に若干の震えがあった。
「理由か、理由ねぇ……そうだなあ、鈴音が言っていたこととかは、その通りだとは思ったよ」
「須藤が自分の非をわかってないってやつか?」
山内の問いに彼は首肯する。
「僕は退学者の一人や二人じゃ致命的な差にはならないと思っているからね」
「その根拠は?」
オレたちも初耳だった意見に、鈴音は興味深そうに訊く。
「この学校、しばしば現実の社会ではどうこうって照らし合わせたがるでしょ? だったらあるんじゃないの、リストラとか」
反論は出なかった。まだ企業というものを深く学んでいない高校生にも、それは理解の及ぶことだったからだ。
一流だろうが二流三流だろうが、会社の足を引っ張る人間を解雇することは誰もが知っていること。
「一人切り捨てたクラスはもう頂点には登れない。そんな仕組みをこの学校が看過するとはとても思えないんだよ」
「だから須藤君のことは助けないってこと?」
恭介はただ眉をハの字にして、小さく笑った。
「と、いうわけで、まあ頑張っておくれよ。陰ながら応援してるからさあ」
「ま、待てって浅川。わかったよ、勝手なことしちまって悪かったって」
「上っ面だけなら何とでも言える。いっそ一度くらい痛い目見てみるのも悪くないかもよ?」
「じゃ」と言い残して、この場を去る。
「――――」
振り返った時には、既にその姿が扉の向こうに消えてしまった後だった。
「何か、おかしくなかったか? 浅川のやつ」
「うん。いつもと違ってちょっと冷たいっていうか」
山内と沖谷が口を揃えて言う。みんな、一連の彼の言動には違和感を覚えたようだ。ただ言っていた内容自体は否定できないため確証が持てない、そんなところか。
しかしオレは――最後の言葉を無しにしても――理解できた。
恭介と親しい者なら、オレでなくとも簡単な言葉遊び。
恭介は嘘を吐かない男だ。友人が一同に介するこの場なら蓋し。だから――
あいつは須藤のことを、見捨てて良いとは思っていない。
「良かった! まだいた」
すると今度は、入れ替わりで平田が入ってくる。オレたちの顔を確認し、どこか安堵してそうだ。
「その様子だと、やっぱり君たちも須藤君のことを助けるつもりなんだよね?」
「ああ、そうだけど」
「なら今すぐ来てくれないかな」
「何かあったの?」
櫛田の問いかけに彼は頷いた。
「目撃者が名乗り出てくれたんだ」
平田の先導でたどり着いたのは生徒指導室。外部、特にCクラスの耳に届かないための念入りな対処だろう。
そこに待っていたのは立会人である茶柱先生と、
「佐倉さん、みーちゃ――王さん、井の頭さん、この三人が、事件の起きた時間に特別棟にいたんだって」
先程誰もいないと思われていたはずの目撃者が三人も現れたという朗報に、一同歓喜を帯びる。
確かにこの三人は一緒にいることが多い。恭介から何度か話を聞いてはいたが、一応初対面になるので気さくに話しかけるのは難しい。
「でもさ、なんで最初に名乗り出てくれなかったんだよ」
池が率直な疑問を零す。
三人の代わりに先生が応えた。
「視線を浴びたくなかったからだそうだ。ああいった場で委縮してしまう生徒も少なくない。私の配慮が足りなかった、責めないでやってくれ」
呆気なく自分の非を認める発言にたじろぎ、「あ、そうっすか」とだけ言って池は引き下がった。
「それじゃ、当時何を見たのか、聞かせてもらってもいいかい?」
平田が早速本題に入るよう促す。
最初に口を開いたのは佐倉だ。
「はい……あの日は二人と一緒に、校内散策をしていました」
特別棟を使う機会は少なく、環境の管理も絶望的だ。今の時期に散策というのも、おかしな話ではない。
一応具体的な動機も存在する。「写真が好きなので」こんな具合に。
ただ、女子三人がこんな暑い時間に? という疑問は残るが。
「そしたら急に怒鳴り声がして――ちょうど同じ階の向かい側の方でした」
王が続きを継ぐ。
「角からこっそり覗いてみると、須藤君と、三人の男子生徒が言い争ってました。多分Cクラス、ですよね?」
「な、なんだかすごく怖くて、動けなくなっちゃって……しばらく隠れてじっとしてました」
当時の記憶が鮮明に残っているのか、三人の中で最も怯えた表情をする井の頭。
「最後には取っ組み合いになって、痛そうな音がたくさん……っ、殴ったり、したのかな」
拙いながらも必死に語る。
「音がやんだ後は、須藤君が『二度とあいつらのこと馬鹿にすんな』って怒鳴って、階段を降りていったんです。残った三人は、誰かのところに行こうって――リュエンさん? だったっけ……」
概ね、須藤から聞かされていた通りの内容だ。互いの証言の信憑性が高まる。
気がかりなのは最後に出てきた人物。誰だ? リュエンって。Cクラスの生徒だと仮定して、恭介なら何か知ってるか?
次は質疑応答だ。「いいかしら」切り込み隊長は鈴音。
「あなたたちはどうして、その日を散策日に選んだの?」
「偶々です」
オレと同じ疑問をするが、返答はすぐだった。そう言われてしまえば追及のしようがない。
「四人が取っ組み合いになった、と言っていたけど、そのあたりのこと、詳しく覚えてる? 例えば、一方的だったかどうかとか」
「先に挑発したのはCクラスの生徒です。でも多分、挑発に乗った須藤君が胸倉を掴んでそこから一気に、って感じだったと思います」
これも辻褄が合う。合わない方が良かったかもしれないが仕方がない。
「次は僕からいいかな」質問者が平田にバトンタッチする。
「普段はどんな写真を撮っているんだい?」
「は? なんでそんな関係ないこと」
池が疑問の声を発するが、オレ――と鈴音は止めなかった。
「ふ、風景とかをよく」
「じゃあ、特別棟に良い景色が見えるスポットがあったってことだね」
佐倉はこくりと頷く。
「他に何か気になることはなかったかい? 何でもいい、些細なことでもいいから教えてほしい」
「何でも、ですか……うーん」
各々思案し、王が何かを思い出した。
「……どこかから、音がしたような」
「音?」
「は、はい。でもそれどころじゃなくて、詳しくは……」
はっきりしない。が、軽視するのも早計かもしれない。
要は、他に刮目すべきことがあったのに認識に介入してきた音ががある、ということなのだから。
「証言とは別に、物的な証拠はないかな? 誰か何かを落としていったとか、写真に収めたとか」
櫛田が質問を加えると、佐倉がカメラを取り出した。
暫し操作し、画面を見せる。「これです」
「動画か」
夕日が少々眩しく逆光もあるが、四人の姿は確かに確認できた。
須藤たちが言い争っている部分から始まり、彼が階段を降りるところまで、度々画角が震えながらもしっかりと収められている。
ん? 待て、今何か――
眉を顰めたところで、佐倉のもとへカメラが帰ってしまった。……まあいい。どのみちあれ以上の分析は不可能だった。事件との関連も不明だし、追々調べればいいだろう。
「他にはないか?」
「……はい、以上で」
「ちょっといいか?」
解散の流れを断ち切ったのは、他でもないオレだ。
積極的な姿勢を意外に思ったのか、一同目を向ける。
「最後に一つだけ聞かせてほしい」
「は、はい」
「現場には佐倉たち以外に人はいなかったのか?」
三人は顔を見合わせ、答えた。
「はい。いませんでした」
事情聴取を終えたオレたちは教室に戻り、平田を混ぜて再び議論に耽る。
「なんか、もやっとするような証言だったな」
「曖昧って感じ?」
池、沖谷が言う。
須藤の証言以上の情報がなかったことと、全体的にタジタジであったことから、そういう感覚を抱いたのだろう。
しかし、
「それは多分、隠してることがあるからじゃないかな」
全員の視線が平田に注がれる。
「さっきは気遣って本人には言わなかったんだけど――はっきりすべきところがはっきりしていないんだ」
首を傾げる者と縦に振る者、反応はニつに分かれた。
「そもそも、佐倉さんたちがどうしてあの場にいたんだろう」
「それは偶々だって」
「ううん、現場に居合わせたことじゃない。現場に居続けた理由だ」
「あっ」と気付く声が響く。
「男子生徒、それも血気盛んな人が四人。険悪な空気を感じ取って、それでも一部始終を記録しようなんて勇気、普通出せないよ」
「しかも三人は気が弱い。クラスの輪からも外れがちな印象があるし、そんな場面に遭遇したら一目散に逃げるでしょうね」
鈴音は平田の疑問に賛成なようだ。
「でも、怖くて動けなかったって言ってたよ? 特別棟は音が響くし、足音を立てるわけにはいかなかったんじゃないかな」
「無理があるな」
櫛田の反論を、オレは否定する。
「もし本当にそうなら、カメラを構える余裕もなかったはずだ。絶対に見つからない、悟られない。そう考えたら最後、目を閉じてうずくまる以外のことはできないだろう」
足がすくむ程に緊張している女子がそのような勇気――というより頭を働かせられるというのは、どうにも違和感が残る。
「ほ、本当に佐倉さんたちが嘘をついていたとして、何でそんな嘘を?」
沖谷が新たな疑問を提示する。
これに答えるための材料は、今のところない。
ただ、仮説を挙げることはできる。
「脅されている、か、庇っている……?」
鈴音の発言だ。
「庇う相手なんざいないだろ。Cクラスのやつらがあいつらのこと脅したに決まってる」
須藤が決めてかかるが、それに待ったをかけるのは池だ。
「えーそうか? あんま怯えてるようには見えなかったけど。どちらかと言うと不安? だったような気がする」
「てか脅されてんなら、今も名乗り出てくれなかったと思うぜ」
山内の便乗に各々頷く。
今回は庇っているという答えの方が辻褄が合う。理由は他にもあった。
「……これは、あくまで可能性の話だけど」
鈴音が歯切れ悪そうに声を出す。
「先生が目撃者を募った時、大抵の生徒は他の生徒が名乗り出ないか見回しているか、無関心でいるかのどちらかだった。でも三人の挙動はそれとは違ったわ」
「どういうこと?」
「何度もこちらの方へ、視線を寄こしてきたのよ」
なるほど。
やはり鈴音も、気づいていたか。
「ど、どうしてお前をチラチラ見る必要があんだよ」
「……私じゃない」
「え?」櫛田が声を漏らす。
「恐らく、三人が見ていたのは、浅川君よ」
オレ以外の全員が驚きに染まる。
当然だ。あの瞬間誰がどこを見ているかなど気に留める人はなかなかいない。
「わ、わけがわかんねえよ。さっき協力しないって言ってた浅川が、何か知ってるってのか?」
「それってやっぱり、こちら側に不利な内容だから?」
「それならそう言ってくれないとおかしいだろ」
困惑のあまり憶測が飛び交うが、統率者が一度宥める。
「堀北さん。念のため聞くけど、どうして浅川君がいる時に呼び止めなかったんだい?」
「それは……」
鈴音は言いづらそうな顔でこちらを見る。
それくらい答えてやればいいのに。
「きっと困らせるだけで終わるからだ」
「困らせる?」
「あいつは意味もなくこんな真似はしない。オレたちに何も言わずにいる必要があるということだ。そこまでわかっているのに追及したところで」
「無益、ってことだね」
苦い表情で、平田は理解を示す。
「……まあ、ダメ元で今度聞いてみよう。何かしらの手がかりがもらえるかもしれないからな」
「……ありがとう。浅川君については君に任せるのが一番だろうから」
とても事件のキーマンを見つけたとは思えない雰囲気だ。幸先が芳しくないのは須藤たちにも察しがついているらしい。
「明日からはどうするんだ?」
「そうだね。決まっていることは二つだ」
「一つは、現場検証かな?」
「うん。もう一つは関係者の話を聞きに行くこと。目撃者は、正直見込めないから……少し遠いところを攻めてみるつもりだよ」
具体的にはバスケ部員、特別棟で活動する部活動の部員などだろう。初めの佐倉たちのように、アプローチの仕方によって対応が変化するかもしれない。
「厳しい状況には変わりないけど、だからこそ地道にやっていくしかない。みんな、頼りしているよ」
せめてもの士気を維持するべく、平田がそう締めくくる。
元々勝ちのない戦いだ。と鈴音に勧告されているのもあり、みんなの顔は重い。しかしそれこそ平田の言う通り、無理にでも行動を起こして活路を見出す他ないのだ。
みんなに倣って下校の準備をしていると、櫛田に声を掛けられる。
「どうした?」
「ちょっと、これを見てほしいんだけど……」
そう言って突きつけられた画像に目を見開く。
「これは……」
「さっきから何となく引っ掛かってて、調べてたら見つけたんだ」
映っていたのは、普段とは違い天真爛漫な雰囲気を醸す眼鏡無しの佐倉の姿。
SNSにあげられているもののようだ。
「……」
「あれ? もしかして、気づいてた?」
「点と点が繋がっただけだ」
先の近距離で向かい合った時、櫛田が取っ掛かりを得たのと同じく、オレも彼女の眼鏡に違和感を持った。
度が入っていないと気づけば、誰だって首を傾げる。
それを説明してやると、
「……綾小路君って、意外と切れ者?」
「……目がいいだけだ」
「眼鏡の度なんて、普通気にしないと思うんだけどなあ」
解せん。
安易にこちらの考えをひけらかすのは、控えた方がいいかもしれない。
「グラビアアイドルの雫、か」
「意外、だよね」
「まあな」
さすがの櫛田もこればかりは把握も予想もしていなかったようだ。
そこでふと、あることに気付く。
「更新が……」
途絶えている。つい最近まで投稿は勿論、ファンの応援に返事までしていたと言うのに。
学校での生活ぶりに大きな変化は見られなかった。人知れず何かがあったのか?
それに、雫の活動が止まって以降、彼女に宛てられたメッセージの中に異様な文面を見つける。
『今日も君の可愛い姿を見られないんだね、寂しいよ』
『体調が悪いのかな? 今度お見舞いに行ってあげるよ。きっと安心するよね』
『運命が引き合わせてくれた。僕たちは近いところで繋がっているんだよ』
「怖い……」櫛田が声を震わせる。女子は例外なく恐怖を抱くだろう。
これを佐倉本人は見ているのか、見向きもしていないのかはわからない。今回の事件との関連、はさすがにないだろうが、心配にはなる。
「どうする?」
「……まだ、静観すべきだ」
「本当にいいの?」
「多分な」
事が起こるまで対処しない。と言いたいわけではない。
佐倉の矮小さは、他人に対して心の扉を閉じるものだ。この問題に触れるためには、僅かでも開いてもらう必要がある。
その段階に今最も近いところにいるのは、王と井の頭、そして恭介。
特に恭介は、いざとなればちゃんと彼女の問題に踏み込める人間だ。彼が動かない、あるいは動けない時機は、オレにできることがないのと同義だ。
「ところで、どうして他のやつには共有しなかったんだ?」
「ほら、山内君とかだと、アレだから……」
「ああ……」
「綾小路君なら、デリケートな話も大丈夫だと思って」
「平田は?」
「……うーん、これは勘なんだけど、平田君より綾小路君の方が、佐倉さんとは上手くやれそうな気がするの」
勘か。世渡り上手な櫛田の言う事なら、多少鵜呑みにしてみるのもいいかもしれない。
「ありがとな、教えてくれて」
「うん。須藤君のことも、頑張ろうね」
話を終えると、今度は鈴音がこちらへ歩んでくる。
「櫛田さんと何を?」
「大したことじゃない」
「むっ……そう」
にわかに頬を膨らませるが、それ以上の追及はない。
「……浅川君、何を考えているのかしら」
「行動がちぐはぐだからか?」
「見くびらないで。態々協力を拒んだ事情、それだけが気掛かりよ」
ほう。鈴音も恭介が須藤に失望したわけではないとわかっているらしい。
「お前に理解されて、あいつも大喜びだな」
「引っ叩くわよ」
「やれるもんならやっ悪かった。悪かったから腕を下ろしてくださいお願いします」
鬼。
「彼は彼で動いているということかしら」
「それならオレたちくらいには何か言っていてもおかしくはない」
「そこ、なのよね……」
「逆に言えば、こうもあからさまにオレたちに疑われてでも、隠したいことがある」
「そしてそれに関わってほしくない。我儘もいいとこだわ」
お前の事情に迫ることになるかはわからないが、このままいくと証言台に立ってもらうことは避けられないぞ。
いずれにせよ、恭介が事件に関わっていることは確定と見ていい。
突破口は見えない。だが、やるべきことはたくさんありそうだ。
どの問題も、行く末はまだわからない。
番外編第一弾(題はナイショ)
-
六月下旬(1章~暴力事件)
-
七月下旬(期末テ⦅暴力事件⦆~三巻)
-
八月中旬(四.五巻前後)
-
夏休み以降の時系列がいい
-
やらない