アンデルセンは笑っている   作:小千小掘

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審疑

「段取り、把握してる?」

「一応な」

 

 相互相手は、端末の向こう。

 

「……なあ、タイミングだけは考え直さないか?」

「演出は大事だよ」

「またそういう……」

「おふざけのつもりはない。その場を支配することはれっきとしたテクニックだ」

「……今更他の機会を選んでも、違和感がでてしまうか」

 

 片方がしぶしぶといった声を発する。

 

「……ごめんよ。でもこれは――」

「わかってる、あいつのためだろう? これはクラスの戦いじゃない。たった一人の小さな自由を守ることで生まれた膿を、取り除くだけだ」

 

 その言葉を聞いて、もう一方は思わず破顔する。

 

「だがいいのか? 本人には言わなくて」

「……ああ、問題ないよ」

「……俺は間違っていると思う」

「あの子は多分、僕といて幸せなんだろうね。でも僕である必要はないんだ。そして――僕はあの子といると、きっと不幸になってしまう」

 

 そう言われては。言い返す術を持っていたとしてもまるで自分が悪人であるかのような気がして、何も言えなくなる。低いため息が電波に乗った。

 

「……お前はもっと、タフだと思っていたぞ」

「何を言うんだい。僕は見た目そのままの、華奢で貧弱なお子様だよ」

 

 プツリ。

 短い通話が切れる。時刻は二十二時を廻る、普段と比べて随分と遅い。

 更ける夜の中で、憂いな瞳の少年は呟いた。

 

「……幸せだから一緒にいる、か」

 

―――――――――――――――――――――――――

 

「頑張ってこいよ綾小路!」

 

 バンッと背中に重い衝撃。池に激励を貰う。

 

「困った時は俺を呼ぶんだな。カレイなる逆転劇ってやつを見せてやんよ」

 

 山内のホラ吹き。今は漂う緊張感をほぐすのにはもってこいだ。

 

「堀北さんも、しっかりねっ」

「……櫛田さん、やっぱりあなたが出」

「しっかりねっ」

「……ええ」

 

 女子二人は、大変仲の良いことで。

 

「綾小路君」

 

 平田からも応援――かと思ったが、その真剣な表情と妙に抑えた声が、少し違う意図を感じさせる。

 応えるように、耳を預けた。

 

「念の為、通話を繋いでおこう」

「え、けど……」

「言いたいことはわかるよ。確かに直接できることはない。でも、気持ちは一つだ。僕らはみんなで戦ってる」

 

 力強い眼差しだ。精神論に近いが、嫌いじゃない。と、『何か』を見出そうとするようになったのも、オレの変化の一つだ。躊躇わず了承した。

 

「勝ちは難しい、だったね」

「不可能に近いな」

「…………延長だ」

「何?」

 

 突拍子もない提案だった。彼は二本指を立てる。

 

「クラスポイントの剥奪、須藤君のバスケ部での活動への支障、どちらかが免れない限りは、どうかせめて、審議を後日に延長できるように持ちこたえてほしい」

「何か考えがあるのか? あまり意味を感じないが」

「……ううん、特には。でも、負けを確定づけるよりはマシだ」

 

 正直それすら難しい話だ。ここは裁判所ではない。議論の余地があろうと既出の情報のみで判決が言い渡される可能性だってある。――それ相応に口を回さなければならないか。

 

「……善処する」

「ありがとう。大丈夫さ、悪い結果になっても、誰も君のせいにはしないよ」

 

 それはどうだろう。お前のガールフレンドなんかは鶏冠に来てしまうかもしれないぞ。この場のみんなが庇ってくれるなら、それで十分だが。

 審議直前というところで、ようやく茶柱先生が到着する。彼女は立会人だ。

 

「準備はできているようだな」

「心構えだけですけどね」

「不足ない」

 

 この人は自分のクラスのポイントが懸かっていることをわかっているのだろうか。何ともふてぶてしい。

 

「須藤、今回のお前の行動、自分ではどう思っている?」

「俺は……初めは何とも思ってなかった」

「なら今は?」

「……こんな大事になっちまって、浅川にも見捨てられて、おまけに仲間が苦しい顔して頑張ってる。さすがに、反省したぜ」

 

 受動的ではある。しかしその改心は大きな意味を持つ、一つの結果だ。同じことを繰り返さないという意思を抱いたのであれば、何の問題もない。

 

「今お前にできることはない。精々無力を悔やみ、無知を恥じるんだな」

「……っ」

「ただ、そんなお前をそれでも救おうとする仲間とやらを、信じて待っていろ」

 

 はたと、須藤は俯いていた顔をあげる。

 

「……改めて悪かった。都合の良い話だってのはわかってるが、どうか助けてくれ。頼む」

 

 深々とお辞儀をする彼に、各々頬を緩め、揶揄で和ませていく。

 

「この前も似たことを言って、私に懇願してきたばかりなのだけど」

「そう言うなって。前回は頭、今回は体ってことだろう」

「不器用な男ね、苦手よ」

「他人と関わるのが苦手なだけだろ……事実を言っただけで睨むな」

「ふん……」

 

「お前達」と、先生がオレたちに呼びかける。

 

「クラスきっての問題児の不始末だが、連帯責任の世の中だ。尻拭いはお前達に任されている。――特に堀北、わかっているな?」

「――!」

 

 虚を突かれた鈴音だが、自分の頬を両手で叩き、己に闘魂を注入する。

 

「問題ありません。やれるだけのことはやってみます」

「よろしい。行くぞ三人共、信じてくれている仲間のためにも、一矢報いてみせろ」

「はい」

 

 先生がこちらに目配せする。「これでいいんだろう?」と。ホント、口達者という点では彼女も人のことは言えない。

 そうして、生徒会室への門戸が開く。

 鈴音の言う通りだ。覚悟だけが万端の戦いが、始まる。

 

 

 

「これより、先週の金曜日に発生した暴力事件について、審議を執り行います。進行は、生徒会書記の橘が務めます」

 

 昨日聞いたばかりの、雰囲気に沿わない柔らかな声が反響する。

 

「まさかこの程度のいざこざに生徒会長がお見えになるとは。珍しいこともあるのだな」

 

 開口一番、茶柱先生が余計な煽り文句を放つ。本当に余計だ。

 対する受け手は澄まし顔。意にも介さない。

 

「日々多忙故、参加を見送らせてもらうこともありますが、原則立ち会いますよ」

「フッ、それはそれは、此度は殊勝な心掛けに感謝しよう」

 

 こちらが訴えられているのだから、そう威圧するようなことを言わないでほしい。

 鈴音を見る。――やはり視線は兄に釘付けだ。しかし萎縮しているようには見えない。空回りしない程度のやる気が感じられる。

 よし、オレは雲隠れしておこう。席は一列であるため隠れ場所があるわけでもないのだが。

 その後橘書記が審議中の注意事項を述べ、いよいよ本題に切り込んだ。

 恐らくこの場の全員が把握しているであろう概要の説明――裁判なら検索側の行う冒頭陳述に等しい――が済まされ、議論が始まる。

 

「以上を踏まえ、須藤、小宮らのどちらの主張が真実か、またどのような処罰を取るかを判定します。基本形式としては、まずは被告側である須藤ら三名による反論、その後小宮らの応答。適宣生徒会長による質問を挟みながら進行していきます。各人、発言の際は挙手をしてください。それでは、被告側の主張からお願いします」

 

 橘書記が言い終えると同時、檻から放たれた獣のように須藤が声をあげる。

 

「俺は悪く……ねえとは言い切れねえが、それでも先に喧嘩吹っかけてきたのは――」

「須藤君」

 

 凛々しい声が場を制する。鈴音だ。恐ろしく鋭い目を、須藤に向ける。

 

「勝手な発言は控えて。あと、その粗末な言葉遣いも」

「けどよ!」

「けど……?」

「うぐっ、……何でもねえ、です」

 

 今日の鈴音、調子いいな。

 

「失礼しました。先程の無礼は大目に見ていただけると助かります」

「以後気をつけてもらえれば構いません」

 

 二人共、普段より堅い口調だ。ここがそういう場であることを再確認させられる。

 咳払いをし、鈴音は口を開く。

 

「――いくつか質問があります。まず、あなたたちは須藤君に呼び出されたと主張しているそうですが、間違いありませんか?」

「はい、勿論です」

「一体どんな内容で?」

「それは……当然バスケのことですよ。須藤君は普段から驕るような態度で僕たちを見下していたんです。その日も、きっとそれ関連のことなんだと思ってました」

 

 ここで、鈴音がこちらに視線を移す。Cクラスの三人とその担任――坂上先生が訝しげな顔をする。

 決まっていた手筈だ。片方が質疑応答をしている間に他方が次の手を考える。シームレスな質問攻めで向こうに余裕を与えないためだ。

 

「バスケ関連、ですか。ではなぜ、そこに石崎君の姿が?」

「彼は用心棒のつもりでした。暴力的な須藤君なら、もしかしたら急に殴りかかってくるかもしれないと思ったんです」

「用心棒と言う割には、須藤は無傷、あなたたちは一方的に大怪我を負ったようですが」

「僕たちの予想以上に、彼が凶暴だったということですよ」

 

 淀みがない。用意された回答だ。

 

「――私には多少、武道の心得があります。いくら運動能力に優れた須藤君とあれど、体育会系の部活に励んでいるあなたたちを同時に相手にすれば、負傷の一つくらいはあるはずです」

「僕たちには喧嘩の意思がなかっただけです」

 

「石崎君にも、ですか?」鈴音の目が、鋭さを増す。「用心棒であるはずの彼が、抵抗すら見せなかった?」

 

「……っ、はい」

「不自然だと、お解りですよね?」

「……い、いえ、石崎君には、確かに守ってもらうつもりでした。しかし彼が抵抗するより先に、須藤君が僕たちに暴力を振るったんです」

「そうですか。でしたら、初めから正確な答えをお願いします」

 

 今度は生徒会の二人に目線を送る。反応したのは進行役の橘先輩だ。

 

「確かにその通りです。回答はできるだけ齟齬のないようお願いします」

 

 最上級生にして優秀である二人のことだ。今のCクラス側の回答は、最初嘘だったことは理解したはず。僅かだが、相手の発言に信憑性が欠けたのは間違いない。

 

「須藤に振るわれた暴力、具体的にはどういうふうに? 経過を説明してください」

「……指定された場所に行くと、須藤君が待っていました」

「その時の須藤君の様子は?」

 

 立て続けの問いかけ、しかも内容の重要性が判然としないためか、Cクラス側は頭に疑問符を浮かべる。

 

「……僕たちを小馬鹿にするようにニヤニヤしていて、怖かったです」

「わかりました。――その後は?」

「少しだけ話を。僕たちは穏便に済まそうとできるだけ落ち着いた会話を心がけましたが、須藤君には通じませんでした」

「会話の内容は?」

「……僕たちを見下す発言とか、下僕のように扱おうとしたりとか、色々」

「他には?」

「……っ、さっきから何なんだ! 意味のないことばかり」

 

 こちらの狙い通り、小宮が冷静さを欠き苛立ちを露わにする。

 向こうは生徒会長に目線を送る。同意を求めているようだ。

 

「どうなんだ?」

「意味の有無は私達が判断することです。極めて重要な問いしか、しているつもりはありません」

「――だそうだ」

 

 簡潔なやり取りだ。恐喝や脅迫をしているわけではないので、尋問の善し悪しを相手側に決めつけられるいわれはない。

 

「…………他には、特にありません。そりゃバスケのことで呼び出されたんですから」

「――そうですか。そして会話がどんどんヒートアップし、殴り合いになった?」

「殴り合いじゃありません。一方的に殴られたんです。踏まれたりど突かれたり」

「ああ、そうでしたね。その時あなたたちは、避けることもしなかったんでしたね」

「そ、そうです。足が竦んで、逃げることも叶いませんでした」

 

「当時の位置関係を確認させて下さい」交互の尋問、鈴音の番。「窓際にいたのはあなたたちですよね?」

 

「その通りです」

「あなたたちは抵抗も逃亡もしなかったと言いました。つまり、窓際に追い詰められた状態のまま、位置が入れ替わることなく、須藤君に殴られたんですね?」

 

 いよいよ不安になってきたらしい。こちらが何を狙っているのか、どう答えるのが正解か――と考えている時点で奸計を行ったのは間違いない――疑心暗鬼になっている。

 

「…………い、一方的だったんです。そうだったと思います」

「やけに曖昧な回答ですね」

「暴力を振られてる時に、いちいちそんなこと気にしませんから」

 

 苦し紛れだが瓦解していない。自分たちの主張と矛盾しない返しだ。

 だが、ここからが仕掛けどころだ。

 

「――ありがとうございました。ここで一度質問を中断したいと思います」

 

 場の空気が動く。

 

「ここで私達が主張しておきたいのは、今までの彼らの回答のほとんどが虚偽であるということです」

「なっ……!」

「須藤君が拳を振りかざしたのだとしたら、彼らは欺瞞な嘘を振りかざした。それをこれから証明します」

 

 彼女の目は、兄――いや、裁定者の方へと向けられる。

 交錯する視線。やがて、彼は応えた。

 

「いいだろう。やってみろ」

 

 了承を得て、鈴音は再び話す。

 

「順を追っていきます。まず呼び出しが須藤君からであるという事実は存在しません」

「しょ、証拠は――」

「バスケ部主将、三年B組の石倉先輩の証言です」

 

 Cクラスの連中が目を見開く。何を驚くことがあろうか。こちらは小さくないペナルティが懸かっている。関係者に証言を聞いてまわるのは当然のことだ。

 

「審議の円滑な進行のため本日この場には招集しておりませんが、本人に確認していただければ簡単にご理解いただけるでしょう。小宮君と近藤君が先に体育館を出てすぐ後、慌ただしげにロッカールームを去る須藤君の姿を、何人かの部員が目撃しています」

「そ、それは、僕たちがたまたま先に特別棟に着いただけで」

 

「おかしいですね」すかさず、相手の反論をオレが制する。「自分の証言をお忘れですか? 須藤君が待っていたと、あなた達は既に証言しています」 

 

「あっ」

「こちらが得たのは複数人の目撃情報です。この矛盾を解消する方法は、あなたたちが嘘をついた、そう考える他ない」

「とすると、呼び出しの内容も真っ赤な嘘ということになります。そもそもバスケに関して須藤君は相応の熱意を以て取り組んでいます。そんな彼が、バスケの実力で他人を小馬鹿にするとは考えられません」

 

 これも他の部員から確認が取れる。という旨も伝えておく。

 

「また、石崎君が用心棒だったという話、一方的な蹂躪だったという話、その他当事者のやり取りの内容も、事実とは言えません。――生徒会長。予め提出した動画データをお願いします」

 

「橘」鈴音の合図を受けて、学先輩が橘先輩に指示を飛ばす。

 証言も証拠も、こちらが手に入れたものは生徒会側に共有されている。本来の裁判でも、それは同じだ。

 プロジェクターによって、佐倉が撮影した動画の映像が流れ始める。

 

「会話の内容からも、やはり呼び出しが小宮君たちからであることが察せられます。そして――ここからお聞きください」

 

 鈴音が「ここ」と指したのは、須藤たちの会話の途中からだ。

 

『お前に勉強教えてたやつらも高が知れてるぜ』

『……んだと』

『堀北だっけ? いかにも頭の堅そうで愛想のない女だよな。綾小路と浅川も冴えない顔した間抜けって感じだ』

『おい、てめぇ良い加減にしろよ』

『まさしくDクラスに相応しいお仲間さんだな、須藤』

『……ッ、それ以上俺のダチを馬鹿にすんじゃねぇ!』

 

 ピッ。

 映像が止まる。

 

「……さて」鈴音がふてぶてしく笑う。「これのどこが、バスケの話なのでしょうか?」

 

「うっ、……」

「明らかな侮辱行為、しかも対象はオレ達――こっちが訴えたいくらいですよ」

「更に、須藤君と言い合いをしている人物にも注目してください。これより少し前の段階から、ほとんどの会話は石崎君のみが行っています。まるで彼のお付きとして、小宮君と近藤君が控えているかのように」

 

「なるほど」あくまで中立の立場である生徒会長も、オレたちの言葉を継ぐ。「確かにバスケ部内のいざこざにしては度を超しているな」

 

「はい。先程彼らは自分たちの発言は穏便だったとも言いましたが、表現を間違えているとお見受けします。これは紛れもない挑発です」

「し、しかし、僕たちが暴力を振るわれたという事実は重要です! 抵抗の意思のない生徒をここまで負傷させる凶暴さは――」

「それすらも、オレたちは疑問の余地があると主張します」

 

 反論の隙は与えない。オレは一枚の写真を掲げた。

 

「これは現場のある壁の写真です。中央に粉が張り付いているのがわかると思います」

 

 使用した粉は食堂でヨシエさんから貰い受けたものだ。廃棄予定のもののため問題はない。

 

「ご覧の通り手の跡が残っています。当日、須藤は部活の休憩中に自前のボールを手入れしていました。その時のワックスが残っていたためだと考えられます」

「……そういうことか」

 

 さすが会長だ。いち早くこちらの言いたいことを察したらしい。

 

「ここで小宮君たちの主張を思い出してください。窓際に追い詰めれ、位置が入れ替わることもなく一方的に殴られた。もしそうだとしたら、ここにこの跡が残るのは明らかにおかしい」

「相手に背を向ける形になるからか」

 

 茶柱先生も納得した声をあげる。窓際の方を向き続けていたという趣旨の相手の発言と矛盾をきたす証拠だ。

 

「き、記憶違いだったのかもしれませんよ」

  

「それは虫が良すぎるでしょう」自分の生徒を庇う坂上先生に反論したのは、何と茶柱先生だった。「堀北たちは再三確認していたはずですよ。態々具体的な状況まで提示して。それを今更繕って許されるのなら、私達はあなたたちのどの証言を信じればいいのでしょうね?」

 彼女の言う通りだ。言い逃れをさせないために、こちらは意図的に確認を繰り返した。オレは『避けることとしなかったのか』と聞いたし、鈴音に至っては『窓際に追い詰められた状態のまま、位置が入れ替わることなく、須藤君に殴られた』のかとまで聞いている。これに首肯しておいて撤回などとは無理な話だ。

 

「加えて、こちらの掲示板に寄せられたコメントを見てください。石崎君は中学時代学内きっての不良少年で、今尚その乱暴さは健在だとか。尚更一方的にやられるのは不自然ですし、喧嘩慣れしている彼が逃げることも逃がすこともできないとはとても思えません」

 

 プロジェクターに掲示板のスクリーンショットを表示してもらいながら、鈴音は言う。

 

「以上、これで原告側の証言はほとんどがデタラメであると証明されたと思います。そしてその嘘は無論、須藤君を陥れ厳重な処罰にかけさせるために他ならない。非常に卑劣な意図を含む行為です」

 

 言い切る彼女だが、当然Cクラス側はこれにリアクションしなければならない。

 

「そ、それでもこの怪我は、正真正銘須藤君が暴力を振るった証拠です! この証言はまだ生きてる」

 

 一応動画は須藤が暴力を振るう直前までしか撮影されていないものの、相手側には強力な物的証拠がある。これを崩さなければやはり、須藤の完全無罪はあり得ない。

 話が平行線になるかと思われた矢先、スッと一人の手が挙がる。

 

「よろしいでしょうか」

「坂上教諭、どうぞ」

 

 橘先輩の指名を待ってから、坂上先生が発言する。

 

「このままでは平行線。と誰もが思っていることでしょう。そこで――茶柱先生、ここは落とし所を模索しませんか?」

「落とし所、ですか?」

 

 茶柱先生は鋭い目で応じる。懐疑的な眼差しだ。

 

「どうやらこちらにも非があったことは事実のようです。幾分か嘘をついてしまったことも。しかし須藤君が暴力を振るっていないという証拠を、あなた方は手に入れていないと見える。であるなら、現段階での問題行動の重大さで、処罰の重さを取り決めませんか」

 

 イヤミたらしい顔で、小宮らと須藤を交互に見る。

 

「須藤君は二週間の停学、石崎君は一週間の停学、これでどうでしょう?」

 

 須藤は当然振るった暴力、石崎は過剰な侮辱行為、といったところか。

 小宮と近藤に処罰がないことを咎めるより、須藤への処罰――最悪坂上先生の提案以上の処罰が下り、こちらが一方的な損害を被る可能性もあった。嵌められたとはいえ、客観的には相当な譲歩とも見える。

 だが、オレたちが気にすべきなのは責任の比重ではなく処罰の回避――相手の損害は度外視でいい。そう考えると……。

 茶柱先生は考える素振りのあと、坂上先生に返答――するのではなく、こちらを見た。

 ――お前たちはどうする?

 この場において代表者は鈴音ということになっている。彼女はオレの方を見ることなく答えようとする。

 

「…………わかりま」

「待ってください」

 

 遮るように、オレの声が部屋中に響いた。

 鈴音はようやくオレを見る。

 おまけに室内の全員も、オレを見る。

 

「何かありますか? 綾小路君」

「い、いえ、その」

 

 妥当な折衷案だとは思う。鈴音もだからこそ、苦虫を噛み潰しながら了承しようとした。

 しかし駄目だ。これでは駄目なんだ。

 

『クラスポイントの剥奪、須藤君のバスケ部での活動への支障、どちらかが免れない限りは、どうかせめて、審議を後日に延長できるように持ちこたえてほしい』

 

 クラスのリーダーから頼まれ事。違えるわけにはいかない。このままでは須藤の経歴に停学という黒歴史が刻まれてしまう。

 何でもいい。何かないか? 重大な疑問を指摘し、審議を延長する方法――。

 

「無駄なことですよ、綾小路君。気の毒ですが、恨むなら愚かにも凶行に走った須藤君を恨みなさい」

「綾小路君、発言はありませんか?」

 

 坂上先生と橘先輩が言う。

 

「ま、まだ、追及されていないことが残っています」

「どこにそんなものがある?」

 

「た、例えば……」生徒会長の圧に押されながら、言葉を絞り出す。「事件後の動き。当事者たちが分かれてからの各々の行動は、まだ議論されていません」

 

「本質とは無関係と見えるが?」

「それは……」

「この審議で重要なのは、被告人が暴力行為をとったかどうかだ。まさか忘れてはいまい」

 

 ご、ごもっともで……。

 

「……ここまでよ、綾小路君。今の手札では、これが限界」

 

 鈴音も悔しそうに、諦めの一言を発する。須藤も後悔や悲哀の綯い交ぜになった感情を顔に浮かべている。茶柱先生は、何を考えているのかわからない、無言で目を伏せている。

 

「これ以上の議論の余地はないと判断する。坂上教諭の折衷案か、現時点での情報を元に生徒会が処罰を裁定するか、二つに一つだ。異議はないか?」

 

 生徒会長からの勧告。

 万事休すか……。すまない平田。やはり正攻法で切り抜ける方法はなかったみたいだ。

 

「…………お、オレたちは、坂上先生の、提案を……」

 

 受け入れがたい結末を、飲み込むしかない。

 ――そう、諦めかけた時だった。

 

 

 

「異議あり」

 

 

 

 生徒会室の重い扉が、ゆっくりと開いた。

 

「その結論、少しだけ待っていただきたい」

 

 颯爽と現れたのは二人の男子生徒。片方は、知り合いだ。

 

「生徒会長。綾小路の言う通りです。この審議にはまだ、議論の余地が残っています」

「……まさか厳粛な審議の場に乱入とはな、前代未聞だ」

 

 生徒会長は眼鏡を押し上げ、冷酷な目を向ける。

 

「名を名乗れ」

「一年B組の、神崎隆二です」

 

 思わぬ援軍が、降臨した。

 

番外編第一弾(題はナイショ)

  • 六月下旬(1章~暴力事件)
  • 七月下旬(期末テ⦅暴力事件⦆~三巻)
  • 八月中旬(四.五巻前後)
  • 夏休み以降の時系列がいい
  • やらない
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