今日は区切りの問題で短めです。
「あづい……」
「全くだわ」
「あとぅい……」
「その流れやめてくれる?」
だって、本当に暑いんだもの。
特別棟の窓を開け放ち、生温い風に煽られる。
「スパイクのこと、隠していたの?」
「重要だと思っていたら伝えていた。まさか人様の落とし物が鍵になるだなんてわかるわけがない」
柴田が特別棟まで来ていたことすら知らなかったのだ。致し方ない。それをわかっている鈴音はそれ以上愚痴は零さなかった。
「それで? 鈴音探偵、今後の方針は?」
「……」
「鈴音刑事?」
「……」
「……鈴音さん」
「調べ直しと言っても、とっかかりが少ないのが現状ね」
やれやれ、ノリの悪いお嬢様だ。
「とりあえず、柴田君への尋問で浮き出た疑問や残っている疑問を粗方あげてみましょう」
「ああ。――え、ここで?」
こんな蒸し焼き釜の中でなくともできることだと思うのだけど。
「まずは、相手側の怪我がどれくらいのものだったのか」
「病院に話を聞きに行ってみるか」
病院と言うと、そこへ向かうまでの過程にも食い違いがあった。小宮たちは一度寮へ戻ったと、柴田はそのままケヤキモールへ向かったと言ったが、果たしてどちらが真実か、そしてそれがどのような意味を持つか、解明されていない。
「矛盾点と言えば、音も気になってきたわ」
「耳障りな音と鈍い音、ね」
前者は佐倉たちと巡回の教師に報告した生徒、後者が柴田。いずれも本人が的確に時刻を確認していたわけではないため、時系列ははっきりしない。教師に報告した生徒も、そもそも音の正体や対処法がわからないから報告したわけで、有力な証言を得るのは難しいだろう。
「二つの音に、関連性はあるのかしら」
「何とも言えない。ただ――」
「ただ?」
「…………含みのある言葉を使いたかっただけだ」
脛を蹴られた。
心当たりはあるが、定かではない。今やるべきことは疑問の炙り出しだ。
「他は……」
「窓ガラスの事件も、視野に入れるべきだと思う」
「でもあれは、さすがに偶発的なものよ。いくらなんでも関連性は」
「偶然だから関係ない、は早計だ。予報外れの雨で足跡を残す犯人だってある。神崎の言葉を聞き入れた方がいい」
何かを知っている彼のアドバイスだ。焦点の当たっていない場所も範囲に入れるべきだろう。鈴音の言う通り、できる調査も少ない。
「一度調べた時に気になったのは、壁の傷よ」
「何かで引っ掻いたような……人ではないな」
「ええ。膝くらいの高さに左袈裟の傷跡。鋭利な物か硬い物が落下中につけたと考えた方が現実的ね」
しかもそれがボールではない。となると、一体何が落ちたのか。おまけに誰かが持ち去っている。
そして、
「……もう一つだけ、疑問はある」
「そう?」
「破片だ」
「どういうこと?」鈴音が眉を顰める。「窓ガラスが割れて破片が散る。当たり前だと思うけど」
「オレが破片を踏む音を出したの、覚えているか?」
「ええ」
「あの位置に破片が落ちることは、物理的にあり得ない」
ジェスチャーを取りながら説明する。
「ボールは外から飛んできた。窓を粉砕するほどの勢いでだ。そうなれば、ほとんどの破片は室内に飛ぶ」
「でも、全てがそうというわけではないわ」
「室外に零れる破片は衝撃が加わった部分から離れた部分になる。大して飛び散らず、割れた位置にかなり近くなるはずだ。――オレが踏んだ場所は?」
「……二メートルは離れていたわね」
ちょうど壁の傷に気を取られて辿っていた時だった。窓からある程度離れた位置で、破片は見つかった。
「もしそうだったとして、あなたが踏んだ破片は窓ガラスとは別、ということ?」
「そうなるな」
「一体何だって言うのよ。校庭に存在し得るガラス細工なんて……」
いや、これにも心当たりはある。案外灯台の下は暗いものだ。正しいなら、先程挙げた不気味な音とも繋がりが生まれるはず。
「さて、一通り整理したが、どうするつもりだ?」
「……いいえ、まだあるわ」
「それは……」
言わずともわかる。Dクラスの人間――恭介と佐倉たちのことだ。
「後がないもの。良い加減白状してもらわなければならないわ」
「話してくれるか……?」
「……っ」
彼のタフネスは鈴音も重々承知している。自分をある種陥落させた粘り強さを突破する自信は、やはりないようだ。
このままでは刑執行を待つのみ。……仕方がない。
「――正攻法以外も、考えてみるのはどうだ」
「搦手を使うということ?」
「どのみち須藤の処罰は免れないのが現状だ。それを回避するためには、有利な証拠や証言を手に入れる以外の方法を取るしかない」
「例えば?」
「……問題が認知されたから審議が起きた。そして審議があるから処罰が決まる。きっかけは完成してしまっているが、別の工程に干渉する術はある」
つまり、
「発想を逆転させるんだ。どうすれば処罰を免れるかじゃない、どうなれば審議されないかを考えろ」
結末ではなく、その過程を破壊する。審議が完了していない今なら、付け入ることは可能だ。
「審議されない、方法……?」
「ああ。そもそもどうして審議が行われているのか、要点はわかっているな?」
「ええ、双方の意見が食い違っているからよ」
「なら、手っ取り早くそれを判定する手段は?」
「それは……」
「わからないか? ならこれも逆を考えていこう。審議が必要でないのはどんな時だ?」
「裁定者――生徒会が単独で判決を下せる時よ」
「つまり、生徒会が事件の全貌を把握しているということになる。確かこの学校はいじめや生徒どうしの問題には敏感だったよな?」
「………………! そういうことね」
本当は『どうなれば審議されないか』の問いで辿り着いてほしかったが、まあいいだろう。
鈴音はハッとした表情の後、咎めるような目を向けてくる。
「狡知の蓄積ぶりは相変わらずね」
「やめてくれ。形振り構ってられないから柔軟に考えただけだ」
彼女は上から降りる階段の踊り場の直下にあるコードを見る。
「まさか、これすら学校側は織り込み済みとは言わないわよね?」
「さあな。お膳立てされているとは思う」
それに、と、それ以上は言わなかった。鈴音には伝わらないであろう、初見から粘りつく違和感。
「やるとしたら今日の放課後しかないわね」
「……なあ、それ、オレも居合わせてもいいか?」
「……? そのつもりよ?」
念の為、な。
――――――――――――――――――――――――
石崎ら三人との連絡手段を持っているのは、Dクラスだと櫛田くらいだ。彼女に協力してもらい、灼熱に精神を焼かれる特別棟へと彼らを呼び出した。
五分ほど待っていると、案の定浮かれた会話をする被害者たちが現れた。
「櫛田さんなら、ここには来ないわよ」
はっきりと、鈴音が告げる。
「……何の真似だ」
「あなたたちに話があるの。今回の事件について」
「話だと? 俺たちは須藤に殴られた。過程はどうあれそれは事実だ」
石崎がそう吐き捨て踵を返そうとする。
「あれ、なにかしら」
背中に掛けられた声に振り返る三人。鈴音と同じ方を、監視カメラの方を反射的に向いた。
あれはオレたちが自腹で購入したものだ。これでオレたちのポイントもからっきし。平田にでも言えばポイントを貸してくれたかもしれないが、そうする必要性はないし、オレの中で引っかかる何かが、この件の共有を鈴音だけに留まらせた。
「なっ、なんで……」
近藤が声を漏らし、小宮も目を見開く。
「……おかしいぜそれは。そんな決定的なものがあったってのに、どうして生徒会は審議する必要があった?」
「この学校は実力で生徒を測る。学力や運動能力だけではなく、当然問題解決能力もその指標の一つよ。生徒会は初めから全てを把握していた上で、私たちがどうやってこの問題を処理するか見守っているに過ぎないのよ」
「……そうかよ」
……石崎は、至って冷静だ。
「でも、どうにも納得がいかないな」
「納得?」
「俺らが確認した時は、監視カメラなんてなかったはずだぞ」
「何故あなたたちが、そんなことを確認する必要があるの?」
「そりゃ当然、訴える上で重要な証拠になるからさ。お前らだけの味方じゃないんだよ、神様の目っていうのは」
…………他の二人とは違い余裕のある表情で、言葉を返している。
「なら、あなたたちの記憶違いではないのかしら。現にこうして、特別棟の三階に監視カメラはある」
「見落としただけだって言いたいのか? 錯乱していたからって」
「この棟内はとても暑いわ。集中力や思考力が鈍ってしまうくらいに。頭の中の画像より目の前の現実の方が、圧倒的に信憑性が高いわね」
………………。
「へえ……じゃあお前らは、一体それで何を言いたいんだ?」
「決まってるでしょう。それは――」
「いや、特に」
段取りになかったオレの介入に、Cクラスの三人だけでなく鈴音までもが目を剥く。
「ちょっと、綾小路君」
「念のため確認したかっただけだ。石崎、確かにお前はこの階の監視カメラの有無を確認したんだな?」
「……あ、ああ」
「そうか。ならオレはお前を信じよう」
誰もこの流れに付いていけていない中、オレは淡々と言葉を続ける。
「となると、あの監視カメラの証拠能力も怪しくなってくるな。例えば、事件の時には外されていたとか、電源が切れていたとか」
石崎の瞳孔が揺れた。
――なるほど、やはりそうか。
作戦は、失敗だ。
「余計な時間を割いてもらって悪かった。オレたちは何とかして須藤の無罪を勝ち取るよ」
「……ハッ、本当だぜ全く。精々無意味な努力に励むんだな」
つまらなそうに、石崎は二人を連れて去って行った。
「……説明してもらえるんでしょうね」
「帰りがてら話そう」
日が長くなったというのに、裏腹な暗い空はオレたちの影をにわかに写す。
どこからかチロチロと鳴く鳥の声は、少し儚げだ。
「違和感がなかったか?」
開口一番の問いかけに、鈴音は首を横には振らなかった。
「小宮君と近藤君は明らかに動揺していたけど、石崎君は違ったわ」
「予見されていたんだ。オレたちの行動が」
「まさか……あんなずる賢い手を浮かんだ人が、Cクラスにいるというの?」
「そ、そうだ」
ずる賢い、ね……。
「彼が先読みできたとは思えない。龍園という人の対策かしら」
「石崎が考えたなら早急に二人に共有していたはずだ。リーダーか参謀的立ち位置の生徒が構成員代表に伝達したんだろうな」
一之瀬たちに佐倉たちの証言で出てきた名前について尋ねたところ、恐らくCクラスの先導者を名乗る龍園という少年のことだと返答がきた。今回の失敗が彼の知力によるものなのか、将又懐刀によるものなのかはわからない。
「予め現場の写真を撮っておいて、私達が決定的な一言を発したタイミングで突きつける。それが筋書きだったのでしょうね」
「端末の機能とは別に、ボイスレコーダーを携えるのも有効か」
普通とはかけ離れた常識が定着しそうだ。全くもって望ましくない。正直持ちたくないな。
「あなたが遮らなければ、私たちが嘘の証拠をでっち上げて脅迫を行ったとして更に訴えを上乗せされていた。印象どうこう以上の問題、迂闊だったわ」
「反省するのはこっちの方だ。前もってお前に警戒しておくよう伝えるべきだった」
「……待ちなさい。前もってって……あなた、この展開を予想していたの?」
「…………ほぼあり得ないと、信じたかったんだけどな」
本当に看破されるとは思っていなかった。やりにくささえ感じる、得体の知れない感覚は、かなり前から感じていた。
「一体いつから?」
「初めて特別棟へ来た時からだ。監視カメラを繋ぐケーブルもそうだが、この学校の敷地内でああもあからさまな跡が残っているのは不自然極まりない」
「誘導されていたって言いたいの? だとしたら……」
重々しく頷く。
オレたち――いや、オレがこの選択肢に気づくことさえ、向こうは了承済みだった。鈴音の危惧はそういうことだ。
情報に踊らされたというより、真っ向から上をいかれた気分は何とも不愉快だ。
ピンポイントに先回りされていた一手。抜かりない勝利への貪欲さは、まるで自分を相手にしているような…………。
「突拍子もない考えをするあなたに対応してみせるなんて、Cクラスにも同じ変人がいるのかしらね」
「そう……だ、な…………」
「……綾小路君?」
自分を、相手に……
同じ、変人…………
………………まさか。
「悪い。急ぎの電話ができた」
「え?」
「すぐ戻るから待っていてくれ」
幸い寮の目の前だ。裏へ回れば監視の目耳はない。
無意味な焦燥を抑え、オレはある人物に連絡を取る。
「もしもし……ああ、大事な案件だ。一つ確かめて欲しいことがある」
迅速に用件を伝えると、相手は一時言葉を失うもやがて諒解した。さすがの飲み込みの早さだ。
オレの考えすぎであってくれ……偶々オレと似た思考で、オレと同等かそれ以上の知力を持った人間で、ただ井の中の蛙が大海を知った。それだけの真実であってくれ。
またも意味のない願いを抱きながら、角を曲がる。
「…………?」
少し見廻してみても、人影一つない。
「鈴音……?」
ロビーに入るも、あたりはしんとしている。階段を駆け上がるが、一階から十二階、どの階にも誰も見えなかった。
一体……一体、何が……。
困惑を拭えない一弾指の時間。呆然と立ち尽くす。
ほんの刹那の隙に、鈴音の姿が忽然と消えてしまった。
その後も何度か連絡を試みた。メール、電話、インターホン、何を試しても駄目だった。
何が琴線かわからない彼女だ。知らずの内に不機嫌になってしまったのかもしれない。そう思い翌日の昼まで待ってみたが、それでも音沙汰一つなかった。
さすがに、動揺を抑えることができなかった。
――厳粛な監視の中、一人の少女が、一分足らずの間に行方不明になってしまった。
なんか、予定以上に急展開になっちゃった。
番外編第一弾(題はナイショ)
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六月下旬(1章~暴力事件)
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七月下旬(期末テ⦅暴力事件⦆~三巻)
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八月中旬(四.五巻前後)
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夏休み以降の時系列がいい
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やらない