アンデルセンは笑っている   作:小千小掘

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近々別の原作の二次小説を書こうかという気持ちとこれからめっちゃ忙しくなるからきっとできないという諦めの気持ちが入り混じる今日この頃。


欲制

 朝だ。

 悪しきネットユーザーになったつもりはないが、すぐさま端末を開きメールを確認する。

 着信は三件。どれも送り主は鈴音ではないが、一つは恭介から、昨夜届いたものだ。

 

『街学校だめ、寮。理事長たのむ』

 

 ほう、今日はわかりやすいな。ケヤキモールと学校にて収穫無し、今日は寮に目星を付け坂柳理事長に助力を乞う、か。

 坂柳理事長のことは娘から話を聞いていた。敵対は考えていないというのは、オレをここに入れてくれたことから信じられる。然るべき対処を取ってくれるはずだ。トップが味方というのは何とも心強い。

 しかし一体何を頼んだのだろう。と、次の着信の件名が目に留まる。

 

『重要:学生寮からの一時退去の通達』

 

 入学時のテスト送信以来二回目の学校側からのメールだ。中身を開く。

 

『本日正午より、大規模な設備点検のため学生寮が使用不可となります。自室待機も認められません。日曜日の休息に制限を与えてしまい申し訳ありませんが、14時まで各自室外への待避をお願いします』

 

 なるほど、恭介が言っていたのはこれか。

 全員を外に追いやりその隙にくまなく捜索。シンプルだがこの大掛かりな策はいくらかの条件が揃ってようやく成立するものだ。随分と大胆なことをする。

 最後の一件は山内から――これも確認し、オレは玄関を出る。

 寮の件は問題ない。今日も終日外出の予定だ。

 

 

 

 電話が鳴った。

 

「もしもし」

「あ! 綾小路君? もしかして事件のこと調べてた?」

「ああ、ちょうど一区切りがついたところだ。櫛田が電話なんて珍しいな、どうした?」

 

 ケヤキモールの一角、人でごった返す中、彼女の声をどうにか聞き取る。

 

「今からカフェのあたりまで来れる? 佐倉さんのことで……」

「……? とりあえずそっちに行くよ」

 

 佐倉が櫛田と? あまりイメージが湧かないな。

 寮にいるはずだった生徒のほとんどがこちらに流れているためか、大所帯になっている道の合間を縫うこと五分。わかりやすい後ろ姿が見えた。

 

「お待たせ」

「あ、綾小路君」

 

 先にオレの姿を認めた佐倉が名前を呼ぶ。

 

「それで?」

「実は……」

 

 用件は簡潔だった。新しいカメラに買い替えるので来てもらいたいと。どうやら買い先の店員に邪な感情が透けて見える人がいるらしい。自分独りで対応できなかった際のアシストをご希望のようだ。

 

「男子のオレに白羽の矢が立ったってことか」

「浅川君は今日、用事があるって言ってたから……」

 

 恐らく彼は今大労働の真っ最中だ。

 正直、まだ調査は終了していない。もう一つだけしておきたいことがあるのだが、これくらいなら夕方には解放されていることだろう。

 

「わかった。約束だったしな、喜んで引き受けさせてもらう」

「本当? ありがとう」

 

 俯きがちだった顔が和らぐ。何が根拠か、断られないか心配していたみたいだ。

 

「よしっ、そうと決まれば早速――」

 

「櫛田」無論三人でと思っていたであろう櫛田に、さっと耳打ちする。「お前は帰れ」

 

「え!? な、なんで?」

「雫について話そうと思う。同性どうしだからこそ話しにくいことも、あるかもしれない」

「――! そうだね、わかった」

 

 事情を察した彼女はすぐに了承してくれた。

 

「佐倉さん、何か困ったことがあったら相談してね」

「は、はい」

「綾小路君が失礼を働いたら、私が説教しておきます!」

「おい」

 

 恐ろしいことを言うな。佐倉が要領を得ていないのが救いだ。

 咎める視線を向けるとつぶらな瞳が応じ、小悪魔のように舌を控えめに出しウインクされた。

 思わぬ不意打ちに息を呑む。

 ……可愛いじゃん。ていうか、すげぇ色気じゃん。

 同じ学年なのに、幾分か年上と言われても納得するかもしれない。

 それほど、大人びた色気だった。

 去り行く背中を見届けた後、改めて佐倉を向く。

 

「これで少しは、緊張も解けたか?」

「――! す、すごい。よくわかったね」

 

 佐倉が自ら櫛田を呼ぶとは思えなかった。となれば遭遇。二人きりの状況を変えたくてオレを呼んだのだろう。無論櫛田に語ったことは虚偽だ。佐倉と既に雫の話を共有してあることを彼女が知らないのが功を奏した。

 

「ごめんね。私、櫛田さんには何だか慣れなくて……」

「謝ることはない。苦手な相手の一人や二人いるものさ」

「で、でも……綾小路君、櫛田さんのことも気に入ってるみたいだから」

 

「え!?」虚を突かれた。「オレがあいつを?」

 

「違うの?」

「…………いや、わからない」

 

 そう聞かれてみても実感は微妙だ。が、自分の動揺ぶりからして、そうなのか……?

 

「まあオレのことは気にするな」

「……ありがとう」

「じゃ、オレはこれで」

「え?」

「ん?」

「来てくれないの……?」

 

 ……あれ?

 

「カメラの件、ガチだったのか」

 

 コクリと頷かれる。

 

「いつもの二人は?」

「やっぱり、男の人がいた方が心強いから……」

 

 一理ある。無下に断ることもないか。

 了承し、喧騒の中を進む。本来は男女のペアであることを意識してしまうものだが、こんな状況じゃ気にする余裕も必要もない。

 やがて、目的地にたどり着く。

 現れたのは三十路四十路くらいの男性、中肉中背。彼が佐倉の言っていた男か。

 

「……そちらの方は?」

「え? え、えっと、この人は――」

「付き添いです。『仲の良い友人』ですので」

 

 ピクリと眉が動く。なるほど、ここまであからさまなら佐倉も嫌でも気づくだろうな。

 ふと、窓口の隅に置かれたサンプルに目が行く。点滅していた赤い光が気になった。

 ……さりげなく佐倉の隣に移動し、バレないようにカメラの電源を落とす。案の定、光は消えた。

 

「こちらでよろしいですね?」

「はい……」

 

 基本的に製品を買うにあたって個人情報を記入するような機会はない。修理の際は保証書提示に伴わせて書く場合もあるが、今回は新品を購入するに過ぎないためそういった事態にはならない。

 諸々簡単な手続きを済ませ店を出る。が、それまで粘着性のある不快な眼差しはなくならなかった。

 向けられる当の本人からしたら、終始堪ったものではなかっただろう。

 

「あれが例のストーカーか」

 

 自動ドアが閉まるなり訊く。

 

「た、多分」

「どうやって解決するんだ?」

「と、とりあえず話をしようと……」

「話? 話って、サシでか?」

 

 迷いのない首肯が返ってくる。

 これは……念を押して訊いておいてよかったな。

 反対するのは簡単だ。だが、果たしてそれで根本的な解決になるのかどうか。

 自分なりな一歩であり成長なのだと、佐倉は言っている。それを無下にしたくないという甘さのつもりはないが、確かにその行為をやめさせた場合、彼女が足を前に出す機会は遠のいてしまう気がする。

 

「いつ決行するんだ?」

「明日にでも」

 

 明日……オレは審議に赴かなければならない。

 となれば、取れる選択は一つだ。

 

「……わかった。気を付けるんだぞ」

「うん、ありがとう。心配してくれて」

「友達として当然のことをしたまでだ。寧ろあまり力になれなくてすまないな」

「そ、そんなことないよ! 今日だって、綾小路君にはお世話になってるし」

 

 本来意味のないやり取りだ。佐倉がそう返すことなどわかっている。それでも必要はある。

 

「この後はどうするんだ?」

「みーちゃんと心ちゃんと会う予定です。遅めの昼食を一緒に摂ろうって」

「そうか。なら待たせない内に行ってやったほうがいいな」

「うん。それじゃあ、またね」

 

 柔らかな表情でそう言い、去っていく。

 あどけない姿は、漫然と良い子だなという印象を与える。――オレなんかとは違って。

 善い人かどうかは兎も角優しい人になりたい時は、彼女を意識するのも、いいかもしれないな。

 ――さて。

 

「どうしたんだ?」

 

 右後方の柱の裏へ投げかける。

 

「うぅ……綾小路君に隠れんぼは敵わないかな」

「隠れるつもりもなかったろう」

「あったもんっ。絶対綾小路君って鋭いよね」

 

 周囲の雑踏に紛れていれば話は別だが、櫛田が身を潜めていたのはそこから明らかにズレた場所だ。

 

「佐倉が気付いたらどうするつもりだったんだ」

「大丈夫だよ。気付いてなかったから」

「どうしてそう言」

「わかるよ。当たり前じゃん」

 

 こちらの疑問を挟む余地のない言葉に違和感を覚える。有無を言わさない態度は、普段の彼女らしくない。

 

「……どっか座るか」

「席空いてるかな」

「待ってたなら取っといてくれよ」

「てへっ」

 

 実際可愛いから困る。

 

 

 

「本当は佐倉さんとどんな話をしてたの?」

 

 会話は本題から始まった。

 

「言ったはずだぞ」

「だったらどうして私を外す理由があったの?」

「それは……」

「別に佐倉さんに確認を取ってからでも、遅くはなかったと思うけど」

 

 これは、マズイ……。

 

「答え、当ててもいい?」

「……どうぞ」

「佐倉さんが私のことを嫌っている、でしょ」

「……仰る通りで」

 

「やっぱり」ガクンと肩を落とす。「悲しいなあ」

 

「心当たりでもあるのか?」

「私はあんなに話しかけたのに、敬語のままなんだもん」

 

 確かに。オレが合流した時にも佐倉は櫛田に敬語だった。一方オレは初対面だというのに許された。その差に気付くとはさすが櫛田、コミュニケーションお化け。

 そこでふと、あることに気付く。櫛田の言葉を受けるまで見落としていた違和感。……そうか、あいつは心のどこかで感じているんだな。自分でも気づいていないかもしれないが。

 

「誰にだって苦手なやつはいるんだ。悪気があるわけじゃないんだろうし、許してやってくれ」

「んー、佐倉さんはいいけど、綾小路君が私を騙そうとしたっていうのが癪なの」

 

 そんなこと言われても、と、惚けようとした時だった。

 

「もしかして、綾小路君も私のこと、苦手?」

「――え、何で急にそんなことを聞くんだ?」

 

 動揺を最小限に抑え、適切な反応をする。ここは回答に詰まってはならないし、即答も正解ではない。あくまで質問の意図がまるでわかっていない振りを装う。本来脈絡のない問いかけであることに気付かないほど、間抜けではない。

 

「……いやー、どことなく私を遠ざけてるように思ったり?」

「どこがだよ……けっこう個人的な話もしたと思うが」

「まあ、確かに」

 

 嘘は吐いていない。オレが彼女に重めな相談をしたことは事実だし、何ならその点に関しては本気で信用している。

 だから突けない。事実という強固な鎖で隠されている真実に、櫛田は触れることができない。

 

「オレにはお前ほど友達がいるわけじゃないんだ。そんなオレとこうやって快く話に乗ってくれている時点で、ある程度信頼を寄せるのは当たり前だろう」

「むむぅ……わかったよ、疑ってごめんね」

「本当だ。一体どうしたんだよ、らしくない」

 

 何気なくそう言うと、なぜだか少し神妙な顔をする。

 

「……どうしちゃったんだろうね、わかんないや」

「…………櫛田?」

「ねえ綾小路君。綾小路君と浅川君って、どうしてそんなに堀北さんと仲が良いの?」

 

 これまた唐突な問いだ。以前は似たことを鈴音に尋ねていたが。

 考えあぐねるものの、なかなか答えはでない。

 

「…………シンパシー?」

「え?」

「シンパシーだ。何となく、波長が合うんだよ」

 

「そうなの?」櫛田は目を見開く。「堀北さんと……」

 

「あいつとは一緒にいて、不快感のようなものは何故か感じない。少しきつそうだった性格も、マシになったしな」

「相性の問題ってこと……?」

「ああ。お前にだって、大なり小なり苦手な人はいるんじゃないか? いないにしても、仲の良さに差はあるはずだ」

 

 思案に耽る櫛田。間違いなく鈴音のことを思い浮かべているはずだ。

 

「じゃあ、綾小路君は私のことをどう思ってるの?」

「え、それは……えっと」

 

 歯切れが悪くなるのくらいは許してほしい。そんな質問はされたことがないし、良い答えが浮かばないものだ。

 

「友人、なんじゃないか?」

「……煮えきらないね」

「い、いやその……ちょっと違うのかもしれない。何て言うか、お前にはけっこう感謝している」

「……」

「人付き合いの苦手なオレに、お前は色んなことを教えてくれた。――向き合い方を」

 

 鈴音はもちろん恭介にも教わらなかったものだ。櫛田にしかできないことだったと、今でも確信は揺らいでいない。

 

「……温かいなって思ったんだ」

「え……?」

「抱擁感のある人だなって感じた。何となくだけど」

 

 あくまで演技なのかもしれないが、いずれにせよ櫛田がオレに対してそうであった事実は変わらない。少なくともあの時、オレは彼女の受容的な態度に安心感を得たことは確かだった。

 人格や情緒を人間らしく育ててくれるような存在。前にも悩んだが、どう表現したらいいのだろう。

 兎も角、オレにとって櫛田はそういう少女だ。だからこそ、恭介とのことに上手く向き合えたわけで――。

 

「……ふーん、私がね」

「……?」

「へー……」

 

 思考の海に沈んでしまったようだ。頭の中でどんな洞察が行われているのか、全くわからない。

 

「櫛田、お前は――」

「どうしたの?」

「…………」

 

 踏み込むべきか、迷った。

 不思議な感覚だった。まず間違いなく、今櫛田の闇に触れるメリットはない。しかしこのまま遠巻きにしていいのかと思う自分がいる。

 興味関心に過ぎない、とも思えなかった。ただ知りたいと、彼女がどんな経緯を辿ってどうして綺麗な仮面を被り続けているのか――そんなにも素顔が汚れているのか、無性に訊きたくなった。

 だが…………

 

「オレに興味があったりするのか?」

「……………え!?」

 

 もし今、その選択を取れば、何かが変わっただろうか。

 オレは、櫛田に何かをしてやれただろうか。

 救って、あげられただろうか。

 答えは、否だ。

 

「いや、前恭介といた時にもそうだったが、やたら鈴音に対抗心を燃やしているようだったから」

「ち、違うよそういうわけじゃ」

「本当か? 因みにオレは今絶賛彼女募しゅ」

「本当に違うからっ!」

 

 だから、これでいいんだ。まだ我慢だ。

 今は、ただの友達でいよう。いるべきだ。

 まだお前には、変わらぬ笑顔の博愛天使でいて欲しい。

 

「意外と綾小路君ってお茶目だよね……」

「最近は愛嬌のある男はモテるって聞くからな」

「どこ情報!? 程々にしないと嫌われちゃうよ」

「じゃあお前はオレのことを嫌いになったのか?」

「むぅ……ズルいよぉ」

 

 その答えも、本当のところはわからないが、イエスとは言わせない。

 

「言ったはずだよ、私は恋愛は考えてないって」

「乙女心は秋の空だ」

「そろそろ梅雨なんだけど」

「知ってるか? アジサイの花言葉は『無常』らしいぞ」

「え、ロマンチスト――じゃなくて! うぅ、なんで言い負かされてる感じになってるんだろう」

 

「誰とも付き合わないと思うだけで、興味はあるとは言っていただろう」とは返さずに、最近身に付け始めたユーモアを浴びせる。こんなやり取りも、本当はどう思っているのだろう、嫌だろうか。

 

「――悪かった、少し揶揄いすぎたな」

「何だかどっと疲れたよ……」

「盛り上がってきたところだが、生憎調査に戻らないといけない」

「え――あ、ホントだ。もうこんな時間」

 

 それら全ての真実を、オレは存在諸共無視をする。

 

「ごめんね綾小路君、時間取っちゃって」

「いいや、良い気分転換になった。ありがとな」

 

 別れの挨拶をし去って行く櫛田。

 ……悪いな。ここで歩み寄ってしまうと、無駄になってしまうんだ。あいつらを、裏切ることになる。

 恭介も言っていた。大丈夫と。

 楽観的だなどとは言わせない。上手くやるという決意だ。オレが変わったことの大きな証明を、叶えるための。

 そして――独りでは叶わないことがあるのだと確信するための。

 ……さあ、今はもう考える必要のないことだ。切り替えよう。

 次は大一番だ。今回の審議で勝利を手繰り寄せるためのリーサルウェポン。きっと手に入るはず。

 また一つ、オレが藻掻くための挑戦を成し遂げるんだ。

 重い足は、校舎へと動き出した。

 




「あれ?既視感」ってなる場面、あったでしょうか。実は原作1巻にある描写を意識した部分がささやかながら仕込まれています。2箇所です。わかりにくくて見つからないってことはないと思います。

番外編第一弾(題はナイショ)

  • 六月下旬(1章~暴力事件)
  • 七月下旬(期末テ⦅暴力事件⦆~三巻)
  • 八月中旬(四.五巻前後)
  • 夏休み以降の時系列がいい
  • やらない
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