7月10日 午後4時56分
生徒会室前
うぅ……緊張するなあ。
「大丈夫? 綾小路君」
「人って不思議だな。どうして体調は万全なのに胃が痛くなるんだろう」
審議まであと五分を切った。前回と同じように、戦場となる生徒会室の前には勉強会の面々と平田が集まっている。
しかし二つだけ、違うことがあった。
「今日はよろしくね、柴田君」
「ああ、頑張ろうな平田。て言っても、俺は多分ほとんど座ってるだけになると思うけど」
平田と親し気に言葉を交わしてるのは、彼と同じ部活に所属する柴田だ。神崎は事件の直接の関係者ではないため不在だが、柴田は同席を促された。つまり、裁定者が彼を実質的な被害者と認めたことになる。
さすがあのBクラスの一員なだけあって、早速Dクラスの集団にいとも容易く溶け込んでいる。櫛田にも劣らない社交性だ。話しやすい快活さは、元来の外見故だろう。
ただし、先程変化は二つと言った。当然二つ目は、
「説明してもらおうか、綾小路」
背後からの声に振り向く。
生徒会長だ。
「お疲れ様です」
「なぜ同席者に鈴音の名前がない?」
「失望はお門違いです。とだけ言っておきます」
「言わないのか、言えないのか。どちらだ?」
時間が迫っているのもあり、余談を許さないと言わんばかりの追究だ。
「実は、あいつには追加の調査に出向いてもらっているんです」
「追加の? どういうことだよ」
「わかっていると思うが、風向きは決して良くはない。だからこの審議の間に少しでも有利な情報を手に入れられたらってことで、率先して動いてくれているんだ」
苦しいが、これが現状最も理に適った言い訳だ。審議に顔を見せるより優先できる事情など、それくらいしかない。
「け、けど、だったら俺とか平田が行けばいいじゃん。何で態々前回同席してた堀北ちゃんがそっちに行かなきゃなんないんだよ」
「――ああっと、それがな」
疑問を呈する山内を遮ったのは、当事者である須藤だ。
「堀北の奴、妙に責任感が強いだろ? 『誰かを顎で使う前に、私が何もしないわけにはいかないわ』つってた。ちょっと頑固なとこあるけど、ありがてえよな」
須藤が件の問題を把握している一人であることは、今朝恭介からのメールで確認した。突然深夜三時の着信だったため少々心配だが、きっと全力で捜索しているのだろう。
勉強会以降の鈴音の成長ぶりあって、Dクラスの仲間は渋々納得してみせる。が、当然目の前の男が受け容れるはずもない。
「何を隠している?」
「……あなたに二つだけ言うことがあります。まず、あなたにはちゃんと責務を全うしてもらいたいということ。そして、ここにいない人間も頑張っているということです」
「………………そうか」
暫し視線を交わらせ、僅かに瞠目した後、眼鏡を押し上げ踵を返す。――まるで、らしくない動揺を押し隠すように見えたのはきのせいだろうか。
どうやらあの反応からして、こちらの意図は伝わったようだ。
一つ目の言葉は鈴音に予期せぬ事態が起こっていることと今はこの案件を優先して欲しいこと、二つ目はその根拠として現在恭介が対応していることを示している。聡明な彼だけに上手く伝えることはできたようだ。現に他の生徒には何かを察した素振りが見えない。
オレは平田に話を振る。
「――さて。事前に詳細は伝えたが、理解できているな?」
「勿論だよ。一応この前だって、綾小路君の勇姿をこの耳で聞き届けていたからね」
「……今日はお前の勇姿を間近で見たいものだな」
「それはどうだろう」
せめて任せきりなんてマネはしないでくれよ。平田ならしないと信じているけど。……あ、ヤバい、この笑顔は期待を裏切ろうとしている顔だ。
「――と、そろそろ時間だね」
「行くか」
今日、Dクラスに関わる事件が『三つ』動く。
その中で最も大掛かりで、注目を寄せられている舞台に、これからオレたちはあがるのだ。
……。
そりゃビビり散らかすってもんでしょう。
―――――――――――――――――――――――――――――――
同日 午後4時59分
学生寮
「……よし」
打ち込んだ文面を見て、意味を持たない台詞が零れる。
内容に間違いがないか確認。この一文は自分にとって大きな転換点となる、いわばきっかけだ。
迷わない内に決定的なボタンを押そうとした。――が、やはり寸前で止まる。
これでいいのだろうか。今までやってきたことに踏ん切りをつけることに、本当に躊躇いはないのだろうか。
きっと、ない。いや、あるのかもしれないが、それに縋っていたらいつまでも変われないような気がした。本当の自分――内気な自分から逃げず周りと向き合うために、これは必要なことなのだ。前に、進むために……。
だから――
「……っ」
怯えるように、背けるように目を強く瞑り、「投稿」ボタンを押した。
行動したら、あっという間だ。自分の葛藤が嘘のように、無機質な文字列が公の場に刻まれ、その内容は淡々と広まっていく。
極度な緊張が解け、息が漏れる。止まっていた呼吸が再開した証拠だ。
これでいい。これで自分は、一つ成長できたのだ。
そう言い聞かせるのも、すぐにやめた。何だか必死に正当化しているような気がして、一層恐くなってしまうからだ。
それに、もう一つやらなければならないことがある。
軽く支度を済ませ、外に出た。
向かう先はケヤキモール。そのはずれ。
弱いままの自分とはもうおさらば。自力で問題を解決できるようになったと証明する。それだけが、今己に課している使命に他ならない。
決意と、どうしても拭えない不安を誤魔化す感情が、足音を強める。
その目は確かに真っ直ぐであったが、少しばかり逸り過ぎていた。
……。
…………。
………………サヨナラ。
『重要なお知らせ:私、『雫』は、一身上の都合により活動を引退させていただきます。突然の報告となってしまい誠に申し訳ありませんが、ご理解のほど、よろしくお願いします』
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
同日 午後5時
生徒会室
先週の再現かの如く、橘先輩による形式的な説明が入る。
「前回は、小宮らが柴田に暴行をはたらいたとする事件と須藤による事件との関連性が示唆され、その追究の準備を要請したところで審議が中断しました。その際挙げられた疑問点を中心に、本日は議論をし結論を提示したいと思います」
「改めて確認する。柴田、そこにいる三人に暴力を振るわれたというのは、事実か?」
「はい。俺は特別棟を出た小宮君たちに暴行を受けました。この傷はその時できたものです」
「いいだろう。では、原告側――Cクラス側としようか――とDクラス側は、それぞれ提出できる調査結果はあるか?」
二つの事件で被害者側と加害者側が異なるため、クラス呼びに変えるらしい。
用意しているのがこちら側だけとは限らない。食い気味に挙手した石崎たちに、先手を取られてしまった。前回がこちらから向こうへの尋問だった分、今回はCクラス側が優先された節もあるかもしれない。
「いいですか?」
「どうぞ、石崎君」
「証拠を持ってきました。俺たちの言っていることが正しくて、柴田君の証言が嘘だったってことを証明する証拠です」
……やはり、そうくるか。
「俺たちの通院記録です。担当してくれた柚原さんから貰いました」
一枚の書類が提出される。そこにはCクラスの三人が確かに病院へ行っていたことととその詳細について記されていた。ほとんど、オレたちが取った証言の通り。
つまり、
「俺たちは一度寮に帰ったんです。要らない荷物を置いてから病院に向かった。だからこの時間に診察された。柴田君の『ケヤキモールに直接向かった』という証言とは矛盾しています」
元はと言えば、怪我を見てもらいに通院するという行為は須藤の事件の時点で予定されていたはずだ。これについてはある程度不自然な点がないよう計画されていたというのは当然の帰結である。
「どうなんだ、柴田」
だが、退くことはない。
「いいえ。あくまで俺は、三人はケヤキモールの方角へ向かったと主張します」
示し合わせはしていない。しかし、わかる。
オレの推測通りなら。彼らがオレに頼っているのなら。柴田は絶対に証言を変えることはない。
「証言よりも物的な証拠の方が信憑性が高いことは言うまでもない。このままでは結論を出すのにそう時間はかからないが?」
生徒会長の窺う一言に、オレは手を挙げた。
「その記録が示しているのは、三人が通院した時刻までです。どちらの証言が正しいかを判断するには説得力に欠けます」
「だが大きな怪我を負えば普通、早急に病院へ向かうのは当然のことだ。それを考えるならCクラスの主張は妥当だと認めざるを得ない」
「……判断材料が他にない以上、通院記録が大きく左右するということですね」
「そうだ」
「わかりました。では――」
忘れるな。漢ならこういう時は、
「やはりその証拠は、明らかにCクラスの嘘を示しているようですね」
ふてぶてしく笑うものだ。
相手の驚愕を傍目に、会長に申請する。
「先日公開した動画を、もう一度流してもらってもよろしいですか?」
滞りなく、橘先輩がプロジェクターを操作する。
やはり須藤と石崎の口論の様子が流れ始めた。
「――止めて下さい」
その後半。映像が静止する。
「ここ、窓枠の中を拡大してください」
オレがこの事件に関する情報で初めて引っ掛かる感覚を抱いた場面。その正体だ。
「粒のようなものが見えますね?」
坂上先生が言う。
「この影の正体は、最近生徒の間で密かに話題になっていたものでした」
「話題になっていたもの?」
「はい」オレは自分の端末を操作し、一枚の写真を見せた。「これです」
「なっ……それは」
「――なるほど、『ドローン』か」
教師二人が、大きな反応を見せる。
「動画を撮影したグループの中に、耳に障る音が聞こえたと証言した生徒がいました。更に柴田君のサッカースパイクを発見した先生も、同じ種類の音を聞いた生徒が他にいたと証言しています」
「その音が、ドローンの浮遊音だったと」
会長の確認に頷く。
「そう捉える根拠は?」
「改めて映像を見ればわかります。レンズの表面や大気中にある汚れではないこと、そして明らかに生物ではない挙動を取っていること――」
「それが一体、何だって言うんですか」
石崎が神妙な面持ちで聞いてくる。
まあ、変に焦らす必要もないか。
「神様の目は一つじゃなかったってことだよ」
「……! まさか」
「ドローンには、景色を撮影するカメラが取り付けられていたんです。ここにそのデータがあります」
――――――――――――――――――――――――――――――――――
7月9日 午後3時24分
校舎裏
櫛田と別れた後、オレは目立たない校舎裏――前に一之瀬に呼ばれた場所だ――で人を待っていた。
気配に見回すと、角からひょっこりと顔を覗かせる少年の姿が見えた。
「よう」
「あ、綾小路殿」
外村秀雄。彼がこの事件最後のキーパーソンだ。
「悪いな。日曜日に態々来てもらって」
「か、構わないでござるよ。どのみち今日の拙者は流浪人ですしおすし」
お寿司? ……食べてみたいな。
「ところで、もしかして綾小路殿に呼ばれた理由は……」
「ああ。すまない、力及ばずだった。もうお前に頼るしかない」
一応希望に添えなかったことは事実なので、深々と頭を下げる。
案の定、外村は狼狽えだす。
「ああ頭を上げなされ! 謝ることではないでござる。寧ろその、クラスに協力的でなく申し訳ないというか何と言うか」
「…………駄目か?」
「……コワイのでござるよ。言えない事情は、ちゃんとあって……」
……やれやれ、仕方がないか。
多少強引に行かせてもらおう。
「外村。悪いがこちらも形振り構ってはいられない。お前の隠し事、実はオレにはわかっているんだ」
「なっ! ななな、何ですとぉぉおおお!?」
これまでの痕跡を思い出せ。今ある情報で彼の秘密を解明することは可能だ。
「まずお前は、事件当時現場にいたな?」
「ど、どうしてそう言い切れるので?」
「ヒントはこれだ」
オレは佐倉の撮影した動画の一部を見せた。わかりやすく顔が引き攣る。
「こ、これが何か?」
「お前の所有物だよな」
「な、何のことやら……拙者そのような空飛ぶゴミなんて存じませぬぞ」
声を上ずらせ、下手くそな口笛を吹く外村。確かに一目で断定するのは難しい。
だが、
「お前、最近やけに登校が早かったよな?」
「……!」
「それと同じ時期から、よく見られるようになったものがあるんだけど、知っているか?」
「そ、それは……」
反応を見るに、心当たりはあるようだ。
「でも、でもでも! そのドローンが拙者の物とは――」
「オレたちが偶然鉢合わせた日、お前のバッグが電柱に激突した時に重い音が聞こえた。まるで機械をぶつけたような」
「あ……あわわわわ」
「ドローン、持ってきてたんだよな?」
「ぎゃあああああ!」
二人きりなのに驚愕を身体で表現する。これで、ようやく一つといったところか。
「認めてくれるな? 映っているのはお前のドローンだって」
「……否定しても、信じないでござろう」
実はこの点に関して反論は可能だ。鈴音が言っていた、Dクラスの経済力――。答えは手に入れているが、その説明は割愛しても問題なさそうだ。
しかしすかさず、外村は別の角度から食い掛かる。
「た、ただ、それで拙者が白状するとは思わないことですぞ」
「……と言うと?」
「拙者がドローンを使っていたから何だって言うんでござるか? 特別棟から離れた場所で遠隔操作していれば、現場にいる必要はないと思われ」
あくまでドローンが現場に映っているだけで、自分は何も見ていない、か。
「しらを切るつもりだろうが、無駄だ」
「――っ!」
「お前がその場にいなくとも、現場の様子を見ることは可能だ」
オレは――自分の学生証カードを取り出した。
「こいつをドローンに取り付けて、お前は上空から撮影を試みたんだ」
「うぐっ」
「おまけに証言もある。お前が撮影目的でドローンを使っていたってな」
証言の話は本当だ。外村の関係者であるため提供者の名前は伏せておくが、オレの推測を確信させるものだった。
「そ、そんな証拠どこにも――」
「あるぞ、証拠は」
「えぇっ!?」
「これがその証拠だ」
端末を入れていたのと同じポケットからもう一つ、更に小さな証拠品を取り出す。
「何、それ。ガラス?」
「ああ。落ちていたのは、特別棟に面した建物の袖だ」
ここで彼の表情に一際大きな激震が走った。唐突に、最も触れられたくない話に跳んだからだろう。
「以前鈴音もいた時に、ばったり遭ったよな? あの時お前は知らない内に墓穴を掘っていたんだよ」
「……」
「私物は厳重に保管する。そう言って見せてきた端末は確かに頑丈にコーティングされていた。――だがそれは、失敗から得た教訓だったんじゃないか?」
「…………」
「お前は不慮の事故によって学生証カードを破損したんだ。そして同じ過ちを繰り返さないよう念入りな補強をした結果が、お前の言う『がんじがらめ』だったわけだ」
「………………綾小路殿は、探偵か何かでござるか? 拙者、恐ろしくてちびりそうでござる」
本当に汚いからやめてくれ。でも、正解だったみたいだな。
「拙者が機械オタクというやつであるのは、御存じで?」
「小耳に挟む程度だが」
「勿論ドローンも例外ではない故、絶景を収めるべく日々奮闘しているのでござる」
なるほど、彼には彼なりの、矜持を持って全力で取り組む事があるのだな。
……待て、絶景だって?
「なあ、野暮かもしれないが、その絶景って言うのは」
「フフ、決まっているであろう。雄大な自然、荘厳な街並み、そして――おなごのボデー!」
「ぼ、ぼでー?」
「いつか全く悟られずにフィルムに焼き付けられる機体性能と撮影技術を獲得するのが、拙者の到達点でござるよ!」
……コイツを野放しにしていて大丈夫なのか?
曲がりなりにも関わりを持った人間が、将来下衆な犯罪者にならないことを祈るばかりだ。
本題に戻ろう。わざとらしく咳払いをする。
「……兎に角、これではっきりしたはずだ。お前は事件当時、少なくとも証拠品として提出できるデータを手に入れていた。オレはそれがこの審議で勝利するための最後の武器だと思っている。協力してくれないか?」
「うぅ……せ、拙者は……」
なおも決断を渋る外村だが……まあ、彼の気持ちはわかる。
なぜならオレは、彼がここまで沈黙を保ってきた理由を知っているからだ。
「――まだ一つだけ謎が残っているんだ」
「え?」
「十分過ぎる追及を終えても、どうしてお前は尻込みしてしまうのか。簡単な話だ、お前の後ろめたい事情はドローンじゃない」
「まさか! 綾小路殿、そこまで調べてあるのでござるか?」
頷いて見せると、いよいよ目を白黒させる。
「ガラスが落ちていたすぐ側の壁面には、固い物が擦ったような傷があった」
「あ……」
「端末が破損したのはドローンが墜落したからだ。あれはその時の傷。そしてその場所では、須藤のとは別のある事件が起きていた」
「ああ……」
「焦っただろうな。慌てて愛機の下へ駆けつけてみれば、ボロボロになった私物と粉々に砕けた窓ガラスが散らばっていたんだから」
「あああ……!」
全てを看破された外村は、声にならない悲鳴をあげた。頭を抱え、そして項垂れる。
彼の抱えていた秘密、沈黙の原因は自分の不注意による罪だったのだ。
「拙者……外村秀雄も、ここまでか……」
始まった覚えはないが、何かを悟った外村は徐に天を仰ぐ。
「ああ、嫌でござる……このまま雲隠れしていれば、逃げ切れると思っていたのに」
データを提出すれば、間違いなく自分が犯人だとバレる。そう思った彼は全てをひた隠しにしようとした。これまでの不安は決して小さくはなかったはずだ。
しかし幸か不幸か、その不安を払拭することは造作もないことは言うまでもない。
彼の口を閉ざす鎖など、初めから存在していないのだから。
「大丈夫だ外村。お前のデータが公になったところで、お前はこれといった処罰を受けることはない」
「な、なんで?」
「窓ガラスを割ったのは、お前のドローンじゃないからだ」
「え、――え?」
惨状を目の当たりにした時、彼は相当焦ったはずだ。極度の思い込みに苛まれた上、情報収集もしていなければ、詳細には気づけない。
「あの事件は野球部のボールによるものだということで既に処理されている。すぐに解決したし、須藤の事件が重なったのもあってほとんど話題にならなかったから、知らなかったのも無理はない」
簡潔に説明すると、安堵による放心状態を晒す。
「そ、そうだったんでござるか……」
「今度こそ、協力してくれるか?」
「勿論でござるよ! 今の拙者に阻むものなど何も無し! 選り取り見取りの持ってけ泥棒!」
調子に乗った彼は適当に言葉を並べ立て、得意気に胸を張る。
が、すぐに自分の状況に気付いたようだ。
「あれ? てことは拙者、何の意味もなく黙ってたってなる?」
「そうだな」
「須藤殿のピンチにみんな協力していた中、拙者だけが知らんぷり?」
「ああ」
「小生、もしかして……最低?」
「うん」
「…………ゴメンナサイ」
目をうるうるさせ、泣きつくように突っかかってきた。
「ホンットに申し訳ありませんでしたあああ!」
……こんな惨め男には、なりたくないなと密かに誓った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
7月10日 午後5時17分
生徒会室
「そのドローンで一体何が撮影されたのか、お前は確認してあるのか?」
「勿論です。提出します」
佐倉の時と同じようにデータを送信し、プロジェクターによって出力される。
離陸の瞬間から校庭を俯瞰するところまで、全て早送りすると、やがて特別棟の近くまでたどり着いた。
「あれは……」
平田が呟く。映ったのは須藤たち四人の姿だ。ガラスの反射で解りづらいが、判別は出来る程度だった。
「よく見えないな」
「大事なのはここじゃない」
須藤のぼやきに返し、オレは更に映像を飛ばす。
すると唐突に画面が傾いた。風に煽られたのか、ドローンが体勢を大きく崩した瞬間だ。
そのまま左前方に向かって落下していき、鈍い音と共に動きが止まった。
「これでは何もはっきりしないのでは?」
呆れた坂上先生が言う。オレはまたしても薄い笑みで対応した。
「言ったはずですよ、事件後の小宮君たちの行動を検証しているんです。映像はここで終わりではありません」
その内、映っていた景色に変化が訪れる。
花壇の茂みで視界は塞がれているが、確かにCクラスの三人だ。
「窓越しに見えた様子では、須藤が階段を降りようとするところでした。そこから今の時点まで、約十分の誤差があります。この不自然な間で柴田君への暴行が起こったと見るべきです。そして、」
カメラの向けられているのは側の建物に沿ったグラウンドの方。つまり、
「映っているのは、彼らが特別棟を出て《右》に進んでいる姿です」
「っ……!」
顔色を悪くしていた石崎が歯ぎしりするのが、視界の隅で見えた。
「柴田君の証言は正しかった。小宮君たちは自分の行動について嘘を吐いていたのです」
これで一つ、相手の壁を破壊した。
裁定者の反応は……どうだ。
「……」
「…………」
「………………本来なら、『それで?』と言ってやるところだ」
「え」
「まさか彼らが実はケヤキモールに直接向かっていたから有罪だ、などと宣わるわけではあるまい。お前たちが証明したのは、あくまで彼らが病院へ行く際のモーションだ」
あくまで嘘を看破しただけで、今の段階では決定的な矛盾とは言えない。ごもっともだ。
「ただ、先程のCクラスの発言を踏まえれば、その意味は大きく異なる」
――!
「診断記録は『寮に戻ってからケヤキモールに向かった』ことの根拠として提出されたが、カメラの映像は明らかにその主張が嘘であると物語っている」
「……っ、そ、それは」
「今回の矛盾点は前回の審議の時点で浮き彫りになっていたはずだ。ただの記憶違いであったなら、今まで告白していなければおかしい」
あくまで第三者の姿勢を維持したまま、生徒会長はCクラスに圧力をかける。
「執拗に疑いの目を向けるべきでない立場からしても、お前たちは議論を間違った方向へ誘導しようとしているようにしか見えない。どういう事だ?」
押し黙ってしまう三人。石崎だけが、辛うじて言葉を返す。
「で、ですが、もし嘘だったとして、何かが変わりますか?」
「と言うと?」
「俺たちが柴田君を殴ったという証拠はどこにもない! Dクラスはこちらの揚げ足を取って印象操作をしようとしています」
明らかに無理のある主張だ。ただ一点、オレたちが暴行の決定的な証拠を持っていないことは誤魔化せない。
「――だそうだが、示せるか? Dクラス」
鋭い視線が、こちらに向けられる。
「Cクラスの嘘がどんな意味を持つのか、何を変えるのか。立証することは可能か?」
「問題ありません、生徒会長」
ここで初めて、反響する声。
「僕たちには、その疑問の答えを示す用意があります」
穏やかだが芯の通った発言は、平田の口から放たれた。
番外編第一弾(題はナイショ)
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六月下旬(1章~暴力事件)
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七月下旬(期末テ⦅暴力事件⦆~三巻)
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八月中旬(四.五巻前後)
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夏休み以降の時系列がいい
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やらない