アンデルセンは笑っている   作:小千小掘

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率証

同日 午後5時15分

学生寮

 

 

 

 昨日と同じように、浅川は寮の外観をじっと見つめていた。

 

「浅川君の答えは、ここなのかい?」

 

 傍らの坂柳理事長が訊いてくる。

 

「間違いありません。――多分。きっと。恐らく」

「自信の程は?」

「20%」

「あはは、それはなかなか」

 

 笑い事にしていい話題か、理事長。

 とは言え20%というのはあくまで科学的な見立てであり、状況証拠や推測を込みで言うなら可能性は非常に高い。

 浅川は無言のまま裏へ回る。まずは茂みを確認。櫛比する木々まで観察するが、何もない。

 次に高く窓を見る。主に二か所――。

 

「……」

「浅川君」

「はい?」

「君はいつも、そんな感じなのかい?」

 

「え、いや、普段よりは硬いですけど」この人は偶に、脈絡の無いことを言う。「それが何か?」

 

「周りの生徒にはもっと明るい?」

「ええ、まあ」

「その心は?」

「心と言われましても」

「ただ良く見られたい、というだけではないだろう?」

 

 動揺は見せなかった。――つもりだが、心臓が飛び跳ねる感覚が走った。

 

「……何を考えているのか知りませんが、詮索し過ぎですよ。本当に初対面なのだとしたら」

「これは失敬。生徒と関わろうとする、教師の悪い癖だ。気を付けるよ」

「無関心よりはマシかと」

 

 部下には少しくらいその癖を移した方がいいのでは?

 ロビーに向かい、端末を開きながらエレベーターに乗る。

 必要なタスクを済ませてから、理事長に改めてお礼を言う。

 

「ご協力感謝します」

「それはこちらの台詞だよ。どのみち学校の代表として立ち会うべきだと思っていたわけだしね」

 

 昨日の調査の後、浅川は理事長に事件の終わる目処が立ったことを告げた。その際彼が立ち会いたいという旨を訴えてきたので、折角ならと役割をお願いすることにしたのだ。

 

「――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。元々誰かに頼むつもりでした」

 

 ただ、そもそもこの男が来ること自体は反対だった。他の生徒に頼んだところで理事長が来ることは変わらないと言うのであれば、余計な人員は必要ないという配慮故の承諾だった。

 この先の展開に不安と、諦めが過る。きっと彼は、これからの自分たちの行動について「不自然な点」を必ず追及してくる。ホワイトルームのメンバーなら気を遣って触れないことを期待できたが、理事長がそれを渋る理由はない。

 

「独りでは無理、か。一体どうやって堀北さんを見つけるつもりだい?」

「やってもらうことはシンプルです。鈴音の部屋の前で待機していてください」

「待機? それだけでいいのかな?」

「僕の合図に合わせて突入してください。一つだけ――絶対に音は立てないように」

「――わかったよ」

 

 上昇途中の九階で理事長は降りる。浅川はそのまま残り、十階で降りた。

 迷いない動作で、ある部屋の前まで進む。

 

「…………準備は?」

「できている」

 

 極力抑えられた返事が、通話越しに返ってくる。

 これで恐らく、この事件は解決だ。だが、そうなって欲しくない気持ちがある。もしこの推理が正しかったとしたら――。

 

「……じゃあ早速。3、2、1――」

 

 自分の手元と端末の向こうで、同時に鍵の差し込む音が響く。

 

「突入」

 

 緊張に似合わない金属音。ロックが外された。

 勢いよく室内に飛び込む。

 

「……」

 

 誰もいない。

 理事長に声を投げる。

 

「どうですか?」

「――お見事だよ、浅川君」

 

 返事はすぐだった。

 

「発見した」

 

――――――――――――――――――――――――――

同日 午後5時19分

生徒会室 

 

 

 

「……面白い」

 

 愉悦でも興味でもない、山の如く峻厳とした高見の態度で、生徒会長は言った。

 

「説明してみせろ」

「はい」

 

 平田は丁寧に言葉を並べていく。

 

「Cクラスの証言は虚偽でした。しかし一つだけ、正しかったことがあります。それが――綾小路君がCクラスを追い詰める証拠だとも言っていた――通院の記録です」

 

 相手の嘘がなければ――つまりドローンの映像の内容は、通院記録と矛盾してしまう。ここで大事なのが、生徒会長も語った『証言より証拠の方が信頼できる』という事実。

 つまり、

 

「『Cクラスはケヤキモールに直接向かった』にも関わらず、通院がこれ程までに遅くなった。この不可解な点に気付かれないために、彼らは証拠に沿うように証言を偽ったんです」

 

 答えを示された後なら納得できることだ。病院の処置が必要な怪我を負っている生徒が、たかが登下校に毎度ぶら下げているはずのバッグを寮へ置きに行くだろうか。大きな矛盾も追及材料もなかったために触れられなかったが、明らかに不自然だった。

 

「ほう……では、当然示せるのだな?」

「示す、ですか?」

「Cクラスは事実と証拠の矛盾に気付き、隠そうとした。そこには何か事情が存在していたはずだ。それを示せない限り、お前の答えは妄誕でしかないぞ」

 

 いかにも最もらしい考察だが、さすがに曖昧過ぎる。陰謀論に近い糾弾だろう。

 しかしこれも、既にロジックは構築済みだ。

 

「思い出してください。通院記録と証言の矛盾は『二つ』あったはずです。一つは通院時間、もう一つは、『怪我の重さ』です」

「怪我の重さ……柴田の証言か」

 

 会長の相槌が入る。

 

「暴力事件の時点ではそこまで酷い怪我ではなかった。そして診察の頃には今のような目立った傷が散見されている。これは事件発生から通院までの間に大きな怪我を新たに受けたと考えるのが自然でしょう」

「新しく、ですって? 一体どこでそんな……」

「決まっています。僕らが度々主張している、Cクラスによる策謀です。須藤君の暴行を誇張するために」

 

 質問を零した坂上先生の目が見開く。Cクラスは暴力的なクラスとして有名だ。恐らく事件のことを耳にした際に何かしら企みがあることは察しているはず。さすがに現場にいたなら止める義務を課せられていただろうが、そうでないなら態と気付かないでいることは罪ではない。

 

「過剰な暴力の証拠を捏造する。その時間によって、通院には不自然な遅延が生まれた。これを隠蔽するために、Cクラスには別の口実が必要だったのです」

 

 正直この点は運が良かった。もしCクラスが初めからケヤキモールで時間を消費していたと証言していれば、不自然さは残っていてもドローン映像との致命的な矛盾を指摘できず、ここまで話を持っていけなかった。

 ただ、三人の証言がこの形になるのは必然に近かったはずだ。偽装が行われた場所にいたことを認めるのは、心理的に避けがちになる。

 また、怪我の捏造が想定の内外問わず、石崎たちの証言は『事件当時』作られた。一方それに反発する柴田の訴えは『審議中』に突如起こったものだ。石崎たちの証言が用意されたものであるなら、統率者の統制・修正が効きないタイミング。その誤算が柔軟性を失わせ、証言を脆くした。

 

「……Cクラス、今のDクラスの主張を、お前たちは認めるか?」

 

 一瞬宣告とも聞き間違えてしまうような重い言葉に、三人はたじろぐ。

 論理的な考察だ。反論を述べるのは難しい。だが――

 

「い、いえ! 認めません」

 

 ここを譲ったら負けであることくらい、直感できるはずだ。

 ……どう出る。

 

「何か反論が?」

「は、はい。そもそも、柴田君の証言が正しいとは言い切れないと思います」

「なっ、嘘を吐いたのは小宮君たち――」

「確かに俺たちが嘘の証言を挟んでしまったことは認めます。でも暴力を振るわれたことや診察に行ったことについては正直に話しました。柴田君も、本当と嘘を混ぜているかもしれません」

 

 痛いところを突いてきた。

 ロジックはあるものの、要素が弱い。平田の語ってきたことはほとんどが推測の域を出ず、肝心な根拠もこちら側に有利であることが明白な柴田の証言くらいだ。その一部が嘘である可能性を示唆されてしまえば、当然正しいと確定できる証拠が必要になってくる。

 

「どうだ、Dクラス。柴田の『本来の怪我が軽かった』という証言、正しいと証明できるか?」

「それは…………綾小路君」

 

 勢いの止まってしまった平田が、頼みの綱と言わんばかりにオレの方を見る。

 想定していないわけではなかった。しかし、提示できる証拠に心当たりがない。

 客観的な事実だけでは、須藤の暴行の結果が目の前の三人の状況だと捉えるのが自然だ。それを打開する証拠か、完全な第三者の証言が必要になる。

 柴田の証言の正当性、あるいはCクラスの捏造。オレに証明できるのか?

 ………………いや、違う。

 

「勿論です。生徒会長」

 

 できるかどうかじゃない。証明するんだ。 

 

「Cクラスの怪我は捏造されたものであり、本来は全く大したものではなかった」

 

 みんなの努力を、無駄にしないために。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「Dクラスには、それを決定的に証明する用意があります」

 

 僅かな手がかりも見逃すな。

 きっとあるはずだ。反撃の一手が。

 

 生徒会長にはああ言われたが、『傷が浅かったことを示す証拠』は既に求め尽くしている。一番期待していたのはドローン映像だ。傷の浅い三人の姿が映っていれば簡単だったが、誰も気づかなかったくらいだ。植物に隠れて、捉えることは叶わなかった。

 そもそも浅い傷というもの自体が、念入りな捏造によって隠されてしまっている。これはBクラスが介入する以前、須藤の事件のみが認知されていた初期段階で計画されていたはずだ。一層抜かりはないだろう。

 ならどうすればいいか。……決まっている、発想を『逆転』するんだ。

『捏造によって消された事実』じゃない、『()()()()()()()()()()()()』を考えろ。

 隠蔽で生じたロジックの綻びが、必ずどこかにあるはずだ。

 

「では、Dクラスに回答を求める。――須藤によって小宮らに与えられた傷が、本来は軽いものであった証拠は?」

「それは、…………」

 

 これまで明らかになった怪我に関するあらゆる情報を早急に整理する。

 刹那の熟考の末、オレは一つの答えにたどり着いた。完全に想定外だった可能性に。

 口にする直前、心の中で呟く。

 ――ありがとな、()。お前のおかげで繋がった。

 

「それは、『柚原医師の証言』です」

「フフッ、何を今更。既にそれについての議論は――」

「当然、通院時刻の話ではありません」

 

 生徒会長を一瞥する。続けろ、と、リアクションが返って来た。

 

「坂上先生の言う通り、通院時刻の問題は先日疑問点に挙がっていました。なので勿論、オレたちも柚原さんに話を伺いました。これはその時に録音した音声です」

 

 オレは自分の端末を取り出し、音量を最大にしてデータを流した。

 

 

『柚原さん。そういうことですので、傷のことについてもう少し詳しくお願いします』

『詳しくと言われましても……』

『部位に偏りがあったとか、殴られた以外の傷があったとか、何でもいいです』

『…………大体全身に渡ってでしたよ。ガーゼに血がよく染み込んでいましたし、私の見落としと言うわけでもなければ全部人の拳や脚で打撃を受けたものだったと思います』

 

 

「――ここに、()()()()()()()()()()()()()()()()が記録されています」

 

 オレは突拍子もなく、ニヒルに笑った。

 

「肝心なのは、『ガーゼに血がよく染み込んでいた』という部分です」

「ど、どういうことだ。訳がわからな」

 

「あ……」石崎が虚勢で言い放とうとしたところで、平田が思わず声を上げる。「あああぁぁぁ……!」

 

「どうしたんだよ平田」

「そうか……これなら!」

 

 こちらの立場で考えたおかげだろうか。彼は気づいたようだ。

 オレは説明に戻る。

 

「ガーゼに血が染みこんだ。つまり、『診察の時点で血は全く乾いていなかった』ということになります」

「あ……! ま、まさか……」

「傷は診察の直前に出来たばかりのものだった。――重い怪我と言っても所詮は打撲の傷です。歩行が困難なわけでもない怪我の血が、一時間半経ってもガーゼに染みこむことはあり得ません」

 

 ただ血液が付着するのとはわけが違う。医師が態々取り挙げてまで『染み込んでいた』と表現したのだ。流血が止まっていなかったからだと考えられる。何より、後で本人に改めて証言を求めればはっきりと真実を告げてくれるはずだ。

 

「あなたたちは暴力事件の後ケヤキモールの方へ向かい、そこで怪我の捏造を図った。しかし」

 

 Cクラスを半ば睨むようにして、オレは言う。

 

「浅い傷を隠した結果、重いどころか致命的な傷を作ってしまったのです。こちらの主張を決定的に立証する証拠を」

 

 圧力にたじろぐ三人。石崎は悔しそうに「クソ」と吐き捨てている。

 

「いかがですか、生徒会長」

 

 視線を動かすと、彼は静かに指を組んだ。

 

「……なるほど。確かにそれは、『Cクラスは怪我を誇張した』証拠と認めるに十分なようだ」

「そうでしょう」

「これで晴れて、柴田の証言の正当性が示されたと」

「その通りです」

「それで?」

「――え」

 

 思わず間抜けな声が漏れてしまった。

 

「お前たちは必死に証明してくれたわけだ。暴力事件より後に関する、Cクラス側の矛盾を」

「……はい」

「しかしそれが、須藤の無実と同意義にはならない。ということは理解しているな?」

「…………」

 

 言葉に詰まる。危機を察した平田が、苦し紛れに口を開いた。

 

「で、ですが、今回の立証は須藤君が暴力を振るわなかった可能性も示唆したことになります。なら処罰は――」

「重大な争点を見落としているな、平田。今までの議論において、『須藤とCクラスのみの空間で何が起こったか』という問いに明確な答えは出ていない」

「……っ、どういうことですか」

「Cクラスが捏造を行う前の状態がどれほどのものかがわからなければ正確な判断は難しい。『須藤による怪我の程度が今の状態に限りなく近い可能性』も否定できない限り、やはり重い処罰は免れないぞ」

 

 要は、最初の状況からほとんど変わっていないということだ。……若干相手側に肩入れしているような気もするが。

 須藤の与えた怪我が『存在しない可能性』と『今とほぼ変わらない可能性』が両立しているなら、結局堂々巡り。最後に物を言うのが当初の被害者側の証言となってしまう。須藤を救うことは、できない。

 

「捏造の事実は証明されたと判断し、Cクラス側の処罰を重くすることにはなるだろうが、須藤への処罰の軽減は期待しないことだな」

「そんなっ」

 

 平田が絶望の表情を浮かべる。隣の須藤もさすがに限界を悟ったようで、少し俯いてしまった。

 だが、二人だけだ。

 

「……」

 

 生徒会長と、茶柱先生の視線。どちらも似た感情を、こちらに向けている。

 ――まだ終わりではないのだろう? と。

 ……あまり期待されるというのも、慣れるものではないな。

 

「一つだけいいでしょうか、生徒会長」

 

 溜息を挟み、オレは展開を動かす一声をあげる。

 

「何だ」

「Dクラスは、今回の立証には重要な意味があると確信しています」

 

 止まることは許されない。進むしかない。

 Cクラスが捏造を行ったと示されたことで、追及できるようになったことがあるはずだ。

 

「発覚したCクラスの捏造。これによって新たな問題が生まれたはずです」

「新たな問題? 一体何のことだ」

 

 癇に障る問いだ、この男は既にいくつか気付いているはずなのに。本当に聞いているのは、どの問題のことなのかだろう。

 捏造するまでの経緯? 捏造する時の状況? 捏造を主導した人物? 捏造されたタイミング? どれも違う。正解は、

 

「追及すべきなのは、一体『どこ』で捏造が行われたのかです」

「場所だと?」

「診察時の様子から考えると、捏造が行われたのはケヤキモールのどこかです。Cクラスの捏造を疑っていたDクラスは、事前にケヤキモールの全域を範囲に聞き込みを行ってきました」

「その答えに、重要な意味があると?」

「はい」

 

 石崎たち三人が暴走してこの事件を引き起こしたわけがない。暴力的かつ密かに統率されているような動きをするCクラスが組織的に計画を企てた。不足の事態にも捏造という形で臨機応変に立ち回ったことを考えると、どこかに人目に触れない拠点を構えていたはずだ。

 

「捏造の場所――お前にはそれが示せると言うのだな?」

 

 ここは重要なポイントだ

 オレは確かに、捏造が行われた場所を知っている。そしてそれこそが、この状況を逆転させ、一気に勝利を手繰り寄せる最後の一手になるはずだ。

 間違えなければ、オレたちの勝ち――。

 

「………………いいえ」

 

 オレの返答に、威風堂々たる裁定者の瞳に初めて動揺が走った。

 

「Dクラスは、捏造が行われた場所の立証を拒否します」

 

番外編第一弾(題はナイショ)

  • 六月下旬(1章~暴力事件)
  • 七月下旬(期末テ⦅暴力事件⦆~三巻)
  • 八月中旬(四.五巻前後)
  • 夏休み以降の時系列がいい
  • やらない
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