アンデルセンは笑っている   作:小千小掘

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tipsの一人称視点、平田のを別の章にして他の人のに変えるか、2話に減らして二人描くかするかもしれません。
*結構加筆修正しました。


悔答

同日 午後5時36分

堀北鈴音の部屋

 

 

 

「やはり今回の事件で最も目立っていた謎は、犯人はどうやって監視カメラに映らず鈴音の部屋に侵入したのかです」

 

 たった一人のオーディエンスへ向けて、浅川は自分の見解を披露する。

 

「玄関から入ったのはあり得ない。通気口も人が通れるサイズではない。床、壁、天井に隠し扉のようなものは、健と探した時に発見されなかった。であれば、可能性は一つしか残りません」

「それは、『寮の裏』。つまり、」

「『窓』です。犯人は窓を出入口に使った。――そうだろう?」

 

 堀北に目線を送ると、小さく首肯が返ってきた。

 

「他の部屋と見比べて、鈴音の部屋の()()()()()()()()()()()()()。足を乗せた証拠です」

「となると――()()()()()()()()()()だね。窓の鍵が掛かっていないことを不自然にさせないためだったわけだ」

 

 さすが理事長。鋭い思考力だ。浅川も同じ認識だった。

 

「しかしね、浅川君。重大な問題が生まれてしまうよ」

「問題……」

「あまりに確実性に欠ける。堀北さんが窓を開けるタイミングを見計らうのは至難の業だ」

 

 この方法は堀北が窓を開けていることを確信できなければ成立しない。浅川もだからこそ、最後まで結論を渋った。窓以外に侵入経路がありえないという確信がなければ、切り捨ててしまっていたかもしれない可能性だ。

 

「なら、鈴音が窓を開けるように仕込めばいい」

「どういうことかな?」

「それは本人に確認してみましょう」

 

 浅川は再び堀北に訊く。

 

「君は事件直前、清隆を待っている時にポストに手紙が届いているのを見つけた。そこには急用と称して健の暴力事件について書かれていた。違う?」

 

 頷いた。

 ポストが開いていたのは、堀北が気付き疑問のまま手紙を確認するよう仕向けるためだ。

 

「だから君は真っ先に自分の部屋へ向かったわけだが……その時窓は開けたかい? あるいは、()()()()()()?」

 

 これも頷いた。

 

「じゃあ次だ。――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 理事長がわずかに眉を動かす。一方の堀北は――今回も頷いた。

 

「これが答えです、理事長。鈴音は自分の意思で窓を開けた。犯人はそれをわかっていたから実行したんです」

 

 エアコンが不調だからだとか、外出中に熱気がこもってしまうだとか、理由はいくらでも添えられる。違和感を与えることなく相手に窓を開けさせるには、これしか方法がない。

 痕跡を残さない手腕は見事だが、おかげでその方法はかなり幅が狭いため、推測しやすかった。

 やはり、今回のアプローチは正解だった。

 

「なら、別の問題についてはどうかな。堀北さんの部屋は一度椎名さんが確認している。まさか彼女が犯行に加担していると言うわけではないだろうね?」

「勿論です。僕らがここに入った時も姿はなかったわけですから」

 

 これについては、答えを出すのは難しくない。

 

「……正直、あの時は僕が指示を誤りました」

「と言うと?」

「犯人の部屋は十階でした。犯人は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、僕らの捜索から逃れたんです」

 

 九階も十階も椎名の捜索対象だった。彼女が片方の部屋を覗いて、移動を始めてから行動を開始すれば可能だ。

 尤も、そうならない可能性があったにも関わらずその手段を取ったということは、万一別々の人間が捜索したところで不足はなかったのだろう。屋上に上がるなりすればいいのだから。

 

「待ちなさい。君は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、そう言いたいのかい?」

「他に可能性はありません」

「無理が過ぎるんじゃないかな?」

 

 確かに身体的には須藤をも上回る能力がなければ難しい。あるにしても、人には恐怖心というものがある。それらをクリアして実行することは……。

 

「僕が犯人を追跡する際、犯人は壁面に捕まっていました。ギリギリまで鈴音を担いでいたからこそ生まれた状況です。おまけに見つかったとわかった瞬間、即座に飛び降りていた」

 

 事実はそこにある。犯人がその行動を取れたことは確かだ。

 

「他に質問は?」

「君がそこまで、自分の仮説を信じられた理由はなんだい? 辻褄は合っているとはいえ、見つからない可能性は十分にあった」

 

 再三言うが、決定的な証拠はどこにもない。窓の埃も、ただ堀北がマメに掃除していただけとも捉えることができる。

 そんな中どうやって、答えに確信を持てたのか。

 

「手掛かりは少なかった。だから僕は、()()()()()()()()()()()ではなく()()()使()()()()()()を探しました」

 

 残っている手掛かりがないのなら、消された手掛かりを浮き彫りにする。発想を『逆転』させたのだ。

 

「ここ一週間のロビーの監視カメラ映像を全て、確認しました」

 

 初めて理事長が動揺を見せる。それがどれだけ精神的負担を強いられるのか、想像できたからだろう。

 浅川は半ば徹夜で、食事や睡眠も忘れ、昨日独りになってからずっと映像と向き合っていた。そうして見つけたのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を。だから確信できた。犯人は事件よりずっと前から仕込みをし、堀北の行動を操作していたのだと。

 おかげで検証を終えたのは午前三時頃、大変眠い。そういえば、ついでに須藤たち生徒三人と茶柱先生が事情を把握していることを綾小路に送信しておいたが、確認してもらえているだろうか。

 

「君は……本当に無茶をする」

「体が凝りに凝ってますよ。あ、マッサージしてもらっても?」

「――後でね」

 

 言質は取った。内心ガッツポーズ。

 恐らく次に訪れるであろう瞬間のことを考えれば、これくらいの報酬はあってもいいはずだ。

 

「最後に、一つだけ聞いてもいいかな?」

 

 ほらきた。

 理事長はあっけらかんとした声と表情で、浅川に問いかける。

 

「君は、本当は犯人が誰なのかを知っているんじゃないかい?」

 

 場に沈黙をもたらす一言。しかし、狼狽えるロールの人間はここにはいない。精々意識の曖昧な堀北が顔に出せない驚きを感じているくらいだ。

 

「……どうして、そうお思いに?」

「君の推理には違和感がある。君はなぜ、さっき犯人の部屋にあがれた?」

「……」

「確かに学生寮の部屋の合鍵は、至極簡単に作れるようにはなっている。でも、最低限の要求はされるわけだよ」

 

 単なる興味なのか、彼に敵意はない。

 

「『名前』くらいは、知っていないといけない」

「……言う必要がなかったんですよ。事件解決のため、真上にいる住む生徒の部屋の合鍵をお願いしたら――」

「いいや。真上の生徒でなくとも、君の仮定した犯人像ならいくらでも窓を伝うことはできてしまう。そうだね、堀北さんと隣接している部屋ならどこでもできたんじゃないかな」

 

 申し訳程度の反論も当然潰される。

 

「君は誰が犯人かを知っていたからこそ、どの部屋に入るべきかがわかった。――教えてもらおうか」

 

 有無を言わさぬ物言いだ。しかしこちらとて、簡単に屈するわけにはいかない。

 

「焦りすぎですね。偶々そう気付かなかっただけですよ。僕は犯人は真上の生徒だと勝手に決め付けていた。いやー危なかった。あなたの言う通り、他の部屋の可能性もあったんですね」

 

 実際浅川が管理人に求めたのは「堀北の真上に住む生徒の部屋の合鍵」だった。管理人に証言をさせたところで、浅川が犯人の名前を知っていたことは立証できない。

 ただ、一つだけ言わせてもらうなら――弁舌戦で自分に勝とうなどとは思わないでいただきたい。

 

「それにもし僕が知っていたとして、あなたに教えることはありえませんよ」

「なぜ?」

「僕もあなたに、聞きたいことがあるからです」

 

 一転攻勢だ。

 

「あなたこそ、この事件に目星が付いていたのではありませんか?」

「……ほう」

「わざとらしく知らないフリを装っていましたが、どうやら本当にあなたは教え子に甘いみたいですね。その点尊敬はできます」

「何を言っているのか、わからないな」

 

 証拠はどこにもない。しかし捜索中の理事長の言動は、明らかに浅川の思考を正解への導くものだった。あれは、結論が出ていなければできない芸当だ。

 

「仮に君の言っていることが正しかったとして、僕がそうするメリットはないと思うが?」

「一つだけあります。あなたは事件の犯人を外部に漏らすわけにはいかなかった。それも、ただ学校の面子のためだけではなくもっと闇深い事情で」

 

 口を閉ざす彼の表情は、相変わらず微笑みだが、少しだけ冷たく感じた。

 

「どのタイミングかまではわかりませんが、あなたは犯人にある程度確信を持っていた。それがあなたか、()()()()()()()()()()()()()()()にとって調べられると不都合な生徒だった。だから警察沙汰になることを避けたんです。清隆の申し出によって雲隠れしましたけど」

 

 今思えば、寮の捜索に何の反論もなかったのは、犯人が生徒だとわかっていたからだろう。茂みや生徒立入禁止の場所は彼の中で既に除外済みだったわけだ。

 

「そして忘れてはならないのが、僕らが共有した犯人像です。あなた自身が認めていました、今回の犯行は並大抵の身体能力では実現できない。それを理解した上であなたは、僕より先に真相を捉えた。犯人が異様な身体能力を持っていることを疑わなかった。あなたが犯人を庇う事情と、何か関係があるのではありませんか?」

 

 ただ犯人の名前を知っていただけでは、犯行の模様を窺い知ることは不可能に近い。どういう素性で、どういう人間なのかを把握していたからこそ、昨日の捜索中には結論を導き出せていたのだ。

 

「もっと言えば、やはり一生徒に過ぎない僕らが主導で捜索することに異を唱えなかったのもリスキーです。恐らくこの敷地内における生徒の発言力が低かったからでしょう。大人が参加すれば、外部に委託すべきという意見はずっと大きくなっていたはずですから」

 

 生徒の私的空間であるなら、理事長が単独で踏み込むのは難しい領域だ。しかし学校の面子のためであるなら、別に職員にそのような旨を伝達した上で捜索させれば良かったはずだ。それさえしなかったのは、もっと個人的な事情があったからだと考えられる。

 

「直感ですが、あなたは学校の問題には誠実に向き合える人だ。そんなあなたがこうも非倫理的な動きをするのは、余程の裏があるのでしょう。僕が口を割る時は、いっそそのまま全て外部に漏らしますよ。僕には、その手段がある」

 

 逆に言えば、白状したところで意味がないのだ。どうせ事件は公になることはなく、浅川の後ろめたいことが理事長に知られるだけ。こちらの独り負けだ。

 

「僕らは対等なんですよ。僕に情報の提供を求めなければ、あなたの事情が悪化することもない」

「…………わかった、降参だよ。君のことについては、今は聞かないでおこう」

 

 今は、か。いつかの時などくるものか。あるいは、この男はその算段でもついているのだろうか。

 話が止まったところでタイミング良く、浅川の端末が鳴る。

 ――椎名……?

 メールの内容を確認する。

 

『至急会って話したいことがあります。浅川君の部屋で待っています』

 

 ……参ったな。随分と急な話だ。

 今の状況ではない。これから出向かわなければならない重要な用事と重なってしまっているのだが……仕方ない。別の人物にメールを送信した。

 

「椎名に呼ばれたので、そっちに行きます。任せてもよろしいですか?」

「話も一区切り付いたことだしね。茶柱先生もそろそろ到着するはずだから、ここは大丈夫だ」

 

 丁寧にお辞儀をして部屋を出る。

 目まぐるしい、最近多忙だ。柄にもなく目頭を押さえる。

 椎名の用件……一つだけ思い当たることがある。その通りだとしたら……。

 

「どうっすかなぁ……」

 

 悪癖の独り言が、ポツリと落ちる。

 選択の時が、刻一刻と迫っていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――

同日 午後5時37分

生徒会室前

 

 

 

「あっさり認めるのだな」

「ここは審議の場ではありません。事件も、そのものがなかったことになりましたから、隠すこともないでしょう」

 

 渋る必要はない。答えられる限りの質問には答えておこう。

 

「柴田の負った傷というのは、Cクラスの三人が付けたものではない。()()()()()()()()()()()()()()()だな?」

「その通りです。恐らく柴田は、あの三人を見てすらいません」

 

 要は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。石崎たちはその点に限って、嘘を吐いていなかった。その証拠に、ドローン映像を筆頭とするほぼ全ての情報に柴田の痕跡はなかった。――ただ一つを除いて。

 

「俺がそれを指摘するとは思わなかったのか?」

「あり得ないでしょう、裁定者のあなたがやっていいことじゃない。それはCクラスが調査して然るべきことです。尤も、意味のないことですけどね」

「条件は相手と同じ、か」

 

 よく分析できている。『部活での怪我に上乗せされる形で暴力を受けた』と主張すれば良かった話だ。Cクラスの怪我が須藤との邂逅前であった可能性もあるのだから、向こうが追及できることではない。

 

「理由は無論、お前たちへの助太刀だろう。しかし、そこには何らかの事情があったはずだ」

「……」

「その反応を見るに、お前ではないようだな。だとすると、やはり浅川か」

「……少なくとも、オレもそう判断して行動しました」

 

 正直、ここから先は確信に限りなく近い推測だ。恭介が訳も明かさず別行動をとったことと、事前に協力を拒んでいたBクラスが前触れなく審議中に介入してきたこと。繋がりを予感してしまうのも無理はない。

 

「だが、ここで違和感となる証拠品がある。それが『スパイク』だ」

 

 柴田の存在を示す唯一の物的な証拠。これも()()だ。

 

「事件が仮初だったことを前提とするなら、あれはCクラスの三人が去ってから第三者が現れるまでの間に置かれたと考えるしかない」

 

 正確には、外村がドローンの様子を確認する時か、野球部が破壊した窓ガラスを確認した時、あるいは巡回の教師が現れた時より前。その短時間で、あの証拠品は出現した。

 

「なら、それを配置したのは誰なのか。それは――」

「……恭介、でしょうね」

 

 全く以て根拠のない憶測。しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だからそう結論づけた。

 

「一連の攻防には三つの勢力がありました。DクラスとCクラス、そして()()()B()()()()()()()()()()です。オレたちは、恭介たちが残してくれたパンくずを頼りに魔女の棲む家を追い掛けただけに過ぎない」

「ほう……なるほどな。烏に手がかりを食われようと、お前には彼の足跡が見えていたわけだ。それだけの信頼関係があるからこその芸当か」

「……恐縮です」

 

 案外この人もノリがいいのか……? 言わんとしていることはわかるが。

 

「お前はいつから、浅川が作った勝ち筋に気づいていた?」

「決まっているじゃないですか――」

 

 聡いこの人のことだ。直感どころか、何かしらの明確な根拠を以て、既に答えは浮かんでいるはずだ。

 オレは知っていた。全ては始まる前から決していたことを。

 

()()()()ですよ」

「……やはりか」

 

 全く驚いた気配はない。……はぁ、面白い反応を見えたのは審議中の一度のみか。

 

「格好つけ、というわけではないようで」

「当然だ。ピンポイントでカラオケルームに辿り着けた不自然さを見逃すわけなかろう」

 

 そういうことだ。

 オレは『Cクラスの生徒』が利用していたと言った。石崎ら三人のいずれでも、龍園でもない。本来であれば、たかが仲良しグループの娯楽で片付けられてしまう情報だったはずだ。

 それをオレは迷うことなく欠けた手がかりだと判断した。その根拠は単純なものだ。

 

「浅川が教えたな?」

「事件が起こってすぐにですね」

 

 彼が須藤を助けられないと公言し、教室を出る直前、オレにだけ届く声で言った。

 

『困ったらカラオケに行け』

 

 思えば態々あの伝え方をしたのも、自分が事件のヒントを吐いた痕跡を残さないためだろう。結果として、オレが恭介からカラオケルームのことを教えてもらった事実は証明できない。

 あいつが伝えた最低限にして唯一の情報がそれだったのは、ロジックで辿り着くことが不可能だと理解していたからだ。大したものだ、恭介には初めから、結末に至るほとんどが見えていた。

 

「素晴らしい連携だ」

「オレは何も……」

「謙遜するな。あいつの用意した材料をお前は使い方を誤らなかった。この戦いの勝敗を分けた最大の分岐点は、()()()()()()()()()。あの選択は非常に難しい」

 

 先程も言ったが、カラオケルームの利用履歴はあくまでCクラスの一生徒のものだ。そして忘れてはならないのが、あの時立証されていたのはどこまでかということ。

 

「あれではCクラスの組織的行動を立証できない。だから盤外戦術を取った」

「おまけに須藤の処罰がなくなるかどうかという懸念をありましたからね。一石二鳥です」

 

 数人でのんびり歌っていたと答えられてしまえばそれまでだ。だから態々あのような時間をもらい、Cクラスへ直接攻撃を仕掛けた。

 そもそも、オレは須藤が無傷のまま事なきを得るには訴え取り下げしか手段はないと結論づけていた。それは恭介も同じなはずで、だからこそこの連携にすれ違いはなかった。

 

「心理の誘導も見事だった。コールドリーディングの亜種といったところか」

 

 彼が言いたいのは、オレが『室内での出来事』をあたかもお見通しであるかのように語ったことについてだ。あれは全て、オレが認識している状況から推測を並べただけに過ぎない。

 暴力で支配されたクラスにおいて失敗は命取り。だがそれよりも恐ろしいのが、隠した失敗が後にバレることだ。だから真っ先に報告する。そして極め付きには恭介の乱入。あいつが事件発生と寸分の時差で取引をしたことは、事件直後にすら仲間の誰にも報告しなかった時点で察せる。これを指摘すればまず間違いなく石崎は動揺すると睨んでいた。それほど特徴的な出来事なのだから。

 乱入のタイミングは――あれもあいつの仕込みであろう――Bクラスが審議中に介入したことを踏まえて曖昧に語った。

 あとは冷静な判断ができなくなった石崎に『こちらはもう銃爪に指を掛けている』と思い込ませればゲームセットだ。

 一連の流れは、公式な審議では成し得ない。必ずどこかで行き詰まる。オレたちが実際に渡った橋も――まずそうならないように立ち回ったが――石崎が『オレが室内の出来事を立証できるわけかない』という思考を保ち続けていたら詰みだった。

 しかし懸念材料の全てがこの結果に収束するようになっていたのも事実だ。相手が別の怜悧な人間を駆り出せば、その時点でCクラスは組織性を認めたことになる。恭介が仕組んだであろうBクラスの介入もオレの盤外追及も審議中に行ったのは、石崎たちが絶対的な無援状態にあり、用意した筋書きを臨機応変に修正できないタイミングがそこだったからだ。独裁政治は独裁者がいなければ考えることを知らない人形も同然。龍園という王がいなければ、あの三人が上手いアドリブを効かせることなど不可能だ。

 

「だが、見えない側面が多すぎるな。いつどこで、どうしてBクラスは浅川と繋がっていた? そもそも浅川が裏工作をしたことも、お前にそれを伝達しなかったことも、意図が判然としない」

 

 それは……審議中にやっていたことと同じだ。今までの軌跡を振り返ればわかる。

 

「前者は、中間テストからです」

「そこまで早く……根拠はあるのか?」

「あいつはBクラスにテストの過去問を提供していた。その際取引したんでしょう。自分に協力してくれって」

 

 オレはあの時、僅かに考察が間違っていた。恭介はクラス間の同盟ではなく、恭介個人への協力を求めたのだ。

 

「ただ、恭介が裏役に徹した理由は……すみません、確証は、」

「それでもいい、続けろ」

「…………C()()()()()()()()()()()()だと思っています。スパイクの件で、恭介は現場に居合わせていたことが仮定できます。その時Cクラスが不利になる決定的な証拠を記録し、突き付けた」

「相手は口止めを条件に受け入れた、と?」

 

 相槌に頷く。この問いの答えには、一連の恭介の行動に秘められた事情の全てが詰まっている、はずだ。

 

「あいつは須藤の事件に関して黙認するしかなくなった。それは予感できたはず、でもだからと言って何もしないなんてことは許せなかった。そこで思いついたのでしょう。『別の事件をぶつけることで相殺する』という大掛かりな仕掛けを」

 

 何より驚くべきなのが、その発想に至るまでの早さだ。須藤の事件を目撃し、窓ガラスの騒ぎが起こるまでのごくわずかな間に、恭介はそこまで長期に渡る策を弄したということになる。

 結果的に、本来Cクラスの一方的な勝利になるはずだった先手をあいつが争ってくれたおかげで、こちらが勝つ結末を手繰り寄せることができた。

 

「浅川が行った取引の内容、お前は知っているのか?」

「……どう、でしょうね」

 

 最大の謎はそこだ。合理的な理由は当然浮かばない。これといった手がかりさえ。

 だが一つだけ、たった一つだけ候補がある。普通こんな学校でそれだけのためにここまで大きな計画を立てるとは考えられない。しかし恭介ならあり得る、と、思わずにはいられない。

 そんな曖昧過ぎる推理を、目の前の彼に提示することはできなかった。

 

「とは言え、全て正解とは限りません。これ以上の根拠は、無理な話ですね」

「わかっている。だからこそだ」

「どういうことですか?」

「綾小路、お前は合理的な人間だ。信頼よりも信用を重視し、感情を挟まない。本来そういう性であるはずだ」

 

 それこそ根拠のない。だが、有無を言わさぬ、確固たる己の直感を信じ豪語する姿に、返す言葉を失ってしまう。

 

「優秀な人間には確かに求められる能力だ。しかしそれを、仲間にまで常に向けてしまってはならない」

「……」

「お前たちの間にある絆、大事にするといい。あわよくば、鈴音もその輪に入れてやってくれると――な」

「……珍しいっすね。あなたが頼み事なんて」

「嫌味か」

「いえ、あなたへの印象、少しだけ変わりました。いい意味で」

 

「フン」と、無愛想に鼻を鳴らすのは、鈴音の態度を彷彿とさせる。

 絆、か。聞き慣れない言葉だ。とはもう言えないな。新しい世界で得た娯楽が、その面白さを大袈裟に教えてくれた。

 そうだ。オレには、まだ学ぶべきことがたくさんある。

 …………だけど、もしかしたらその展望に翳りが生じたかもしれない。

 

「……先輩」

 

 思いの外、かすれた声になってしまった。

 

「もし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、その時あなたはどう思いますか?」

 

 オレの問いに、彼は訝し気な顔をする。不可思議に思ったのだろう。

 

「……当然、悲しむだろうな」

「……」

「だが決して、俺の望み通りにならなかったからではない」

「え――」

「一度その価値に触れたにも関わらず、それでも切り捨ててしまったお前のことを、可哀想に思う」

 

 表情は最後まで変わらない。けれども何故か、憂いが感じられた。

 

「にわかにでも、お前の胸の中に宿っているはずだ、他人から受け取ったものが。それを良いものだと思ったから、お前はこうして表舞台に上がったのだろう? 俺が想像していた以上に、お前は貪欲になっていた」

「……オレは、確かめている途中ですよ。本当に大切なのかわからなくて――今はまだ、憧れの方が大きい」

「鈴音もそうだった。あいつも半ば盲目的に他人の背に憧れ、間違い、お前たちという他人によって再び新たな道を見出した。悪いことだとは言い切れない」

 

 先人が、拳をオレの胸に当てる。

 

「なりたいものがあるなら証明しろ。この三年間で、()()()()()()()()()()()()()ことだ。お前の理想の『らしさ』を、認めてもらうために」

「記憶に、残る……」

 

 今までとは違う重みがあった。齢二十にも満たない少年とは思えない積み重ねが、彼にそう言わせたのだと理解する。

 与えてもらうことだけを望むのではなく、自分も相手に与える。あいつと誓った約束――その具体的な方法を、この人は知っている。

 

「…………」

 

 それに加えて、オレ自身の証明も成せと言うのか、あなたは。

 ――無理だよ。

 

「オレは、そんな出来た人間じゃありません。粘着性の強い『本能』が、息吹く『理性』を飲み込もうとしてくる。この感覚は、誰にも理解してもらえない」

「その葛藤を乗り越えるために、他人が必要だとわかっているだろうに」

「いいえ、人は最期は独りですよ。か弱い哀れなマッチ売りのように、羨望と共にひっそりと息絶える」

 

 口を衝いて出る、自分を呪うような言葉。

 願いと裏腹に零れ落ちるこれは、果たしてオレの本心なのだろうか。

 

「それを現実にできる可能性がある点で、お前は違う」

「同じですよ。淡いマッチの輝点と微熱は、冷たい世界の中では弱すぎる」

「温めてくれる誰かが、お前の周りにいるはずだ」

「いなかったから、少女は死んだ」

「友という存在がいたとしてもか?」

 

 弱々しく、頷く。

 

「オレが浴びるには眩しすぎる太陽だった。明かりを灯すには熱すぎる灼熱だった。――知らなかったものを知ることで、オレは自分を傷つけた」

 

 違うな、わからないフリをしているだけだ。これから訪れるであろう未来の自分の姿を正当化するために、正常なまま表裏を、狂気さえもを理解して見せる彼に絶望を「八つ当たり」している。

 そんなことをすれば、当然気付かれてしまうと承知の上で。

 

「何故、自ら矛盾しようとする」

「――っ」

「お前は……」

「先輩、一つだけお願いを聞いてくれますか?」

 

 嗚呼、そうか。

 オレはこの人に期待しているんだ。

 学校を統べる者でも、優秀な人材でもない。

 先を往き、背中を見せる人間として。

 そんなあなたを信じて頼りたいと、願っている。

 自分でも驚く程誠実な懇願で、ようやく動揺は収まった。

 

「もしオレが、()()()()()()()()()()()()()()()()は、止めて下さい」

 

 親友である恭介にも託せない。細やかで、重大な役割。きっとこの人になら任せられる。

 オレが間違えないように繋ぎとめてくれる一番の適任者は、この男だ。

 

「……お前に施しを与えるのは、『二度目』になるな」

「――そうですね。先月、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、あなたと取引をした」

「虫が良すぎるとは、思わないか?」

 

 鋭い目はデフォルトだ。彼がどんな感情を以てオレを見つめているのか、わからない。

 今は、自分を語るだけで精一杯だった。

 

「思いません。オレはあなたと交渉をしたいんじゃない。あなたの善意に賭け、無償の救済を願っている。もしオレに何かを見出しているのなら、どうかお願いします」

 

 オレの方から彼に返せるものはない。強いて言えば、彼が期待しているものを見せてやれるかどうかという不確かなものくらいだ。

 それでも今この願望を口にするのは、もし恐れている時が来たら、()()()()()()()()()()()()からだ。瞬く間に喉を焼かれ、誰にも助けを乞うことなく蒸発する。

 一匙の水を恵んでくれるような、ほんの些細な優しさに、オレは縋らなくてはならない。

 しかし、答えはオレの望み通りではなかった。

 

「……いいだろう。ただし、一つだけ忘れるな」

 

 先輩は、オレに言った。

 

「お前が思っている以上に、お前と関わる者は敏感だ」

「……?」

「俺より先に、お前に待ったをかける者が現れるかもしれない。浅川か、平田か、須藤か、あるいは……。その時、その者の言葉を聞き逃してはならん」

 

 あくまで本心からそう訴えているようであったが、オレにはわからなかった。そのような可能性に心当たりがなかった。

 オレが誰か何かを知ることがあろうと、誰かがオレを知ることはない。その状態でオレに対する理解が最も深いのはこの男になるはずだ。

 途端に、その一言だけは全く理解できなかった。

 

「手遅れの寸前になるまで、俺は動くつもりはない。お前もそれを望んでいたからこそ、ただ止めろとだけ言ったのだろう?」

 

 見守れとも、繋ぎ留めろとも言わなかったのは、出来る限りはオレ自身でどうにかしたかったからだ。彼はどうにもならなくなりそうになった時の最後の保険。そのスタンスを咎めることはしない。

 

「この学校において推奨される容貌は多々ある。己の知力を娯楽のために行使する、民を取り纏めその結束力を武器とする、強引に戦力を我が物とし貪欲さと狡猾さで勝利を奪う――そのどれよりも理想的な、自身の幸甚を掴む生き方を、お前と浅川は志している。それは俺の……」

 

 先人は毅然としてオレに諭す。

 

「安心しろ。お前が求める心を失わない限り、その道が閉ざされることはない」

「……ありがとうございます。本当に」

 

 どうしてだろう、恭介の時と同じだ。何の根拠も材料もないのに、きっとこの約束が違うことはないと、無造作に信じられる。

 

「話はここまでにしておこう。戦友との祝勝会に向かうといい」

 

 生徒会長は一方的に背を向ける。今までと少しだけ、違って見えた。

 

「――あの」

 

 一瞬、追いかけるように呼び止める。

 

「何だ?」

「オレは、あなたが……」

 

 言い出してすぐ、躊躇ってしまう。

 別に今伝えても支障はないことだ。でも――その言葉の意味が軽くなってしまいそうで憚られた。決して照れくさいわけではない。

 ……よそう。

 

「いえ、鈴音とはどうかなと思いまして」

「……あいつに聞け」

 

 漫然とした想いが確信に変わるその瞬間まで、この言葉は取っておこう。あまり偏り過ぎてしまうのも、良くないだろうから。

 去り行く背中に、オレも同じように踵を返す。

 ――さて。

 あの人はああ言っていたが、まだ安易にみんなと合流するわけにはいかない。

 未だ終わりを認知できていない残された事件。その行く先がどうなったかを確認しなくては。

 端末のGPSを頼りに、オレはケヤキモールへと駆けだした。

 

番外編第一弾(題はナイショ)

  • 六月下旬(1章~暴力事件)
  • 七月下旬(期末テ⦅暴力事件⦆~三巻)
  • 八月中旬(四.五巻前後)
  • 夏休み以降の時系列がいい
  • やらない
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