アンデルセンは笑っている   作:小千小掘

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『嗚悦』にて、描写を一部追加しました。一部ですが、個人的には綾小路君の精神状態を示す部分ですので重要です。
他にもいくつかお伝えしたいことあったんですけど、ど忘れしたので思い出したら言います。


聖模

 奇しくも三つの事件が同時に解決して、翌日。

 騒動が嘘のように、前と変わらない日常が突然帰ってくる。

 

「完ッ全に忘れてたァ!」

 

 いかにも阿呆らしい間抜けな悲鳴も、その一つだ。

 

「また範囲変わったりしないよな? 先生わざと何も言わなかったりしないよな?」

「大丈夫だと思うよ。茶柱先生も自分の立場があるから同じことはしないはずだ」

 

 頭を抱える池と山内に、平田が落ち着いて諭す。

 慌ただしい一週間に隠れていたが、期末テストは目前だ。相も変わらず最下層の者にとって、当然の危機感だろう。

 

「過去問という最強の武器があったあの頃が恋しいぜ……」

「二度同じ手は通じんさあ。安心しなあ、最悪今回は範囲だけやっときゃあ君らならイケる」

「浅川がそう言うなら、ちょっとは希望も持てるけどさ」

 

 裏で徹底的に扱いていた恭介の言葉には説得力がある。尤も、三人に自覚があるかは兎も角、広範的な勉強のおかげで学力の底上げは十分にできている。きっと問題ない。

 ……鈴音の復帰が間に合うかは、わからないが。

 

「――て、あぁ! 健、それかけ過ぎ!」

「どぉわああとと、これでかよ」

 

 慌ててジョウロを取り上げた恭介に須藤がむつかしそうな顔をする。

 何を隠そう、今オレたちがいるのは校庭だ。周りの生徒の好奇な視線が、時々届く。

 

「案外難しいもんだな、水やりってのも」

「お前には似合わないもんなあ、脳筋だし」

「あぁ!? こんぐらい余裕だっての」

「本当かよ〜」

「舐めんなッ」

 

 山内との応酬に、場の全員が苦笑する。

 花壇の水やりを初めとし、恭介の発案で勉強会の男性陣は諸々の慈善活動に駆り出されることとなった。勿論生徒会長も承諾済みだ。

 

「目的は須藤の更生と悪印象の払拭。考えたな」

「何のこと?」

「あいつ多分、ただ自分がやりたかっただけだ」

「え、……ありそう」

 

 沖谷も否定できないようだ。

 事件はあやふやになってしまったものの、須藤の日頃の行いが学年を騒がせ生徒会に手間をかけさせたのは事実。それを名目とした今回の提案だった。

 因みにここに来る前は、生徒会長が仕上げた書類を職員室に運搬する作業に励んでいたりする。

 

「でも、こうした目に見える努力っていうのは大事だと思うよ。今朝のことといいね」

「……うっせえよ」

 

 平田の言葉に少し恥ずかし気に吐き捨てる須藤。確かに、今朝の須藤の謝罪は多くのクラスメイトを驚かせた。

 クラスでの須藤の印象には個人差がある。中には中間テストで見捨てるべきだったという声も少なくない。実際、謝罪に対して心無い言葉をぶつける者がいた。幸村を筆頭とする、学力が高い生徒に顕著だった。

 その一方で、須藤の姿勢を尊重する声も今回かなり増えただろう。軽井沢や彼女と同じグループに属する松下が許すべきだと公言したことで、好意的な流れが生まれたのだ。

 

「中間テストとは訳が違え。俺の行動で周りがあんな辛そうな顔をしたのは、初めてだったんだ」

 

 入学したての須藤は自己紹介を拒んだことからも、誰これ構わず気安く交流を広げる人間ではないことがわかる。性格に難があることを考えると、中学までの交友関係は案外少ないのかもしれない。

 

「なあ綾小路、堀北の体調はどうなんだ?」

「え? ああ、快方に向かっているそうだぞ」

「そっか。……あいつにも今度、お礼を言っとかないといけねぇな」

 

 グループの中で初期に最も険悪だったのは須藤と鈴音だ。更に今回の事件で一時は協力を拒んでいた彼女が、最終的には進んで助けようとしてくれたのだから、彼がそう言うのも納得だ。

 スコップで土を整えていた池が、不意に立ち上がる。

 

「とはいえこれで、一件落着だな。須藤がいなくなっちまったら、なんかやたら場所が余って落ち着かなくなりそうだし、良かったわ」

「よーし、折角晴れてポイントも支給されたんだ。また祝勝会やろうぜ!」

 

 特別須藤と仲の良い二人は、軽いノリで彼と肩を組む。

 須藤は若干迷惑そうにしていたが、にわかに嬉しさを混じらせ呟いた。

 

「……ありがとよ。寛治、春樹」

「ん? 今お前、名前で呼んだ?」

「……いや、悪ぃ、やっぱナシだ。慣れねえ」

「いいじゃんか別に。これから俺らも健って呼ぶからさ! なあ寛治」

「おうよ!」

 

 一連のやり取りを眺めていると、隣にいた恭介が微笑んでいるのが見えた。昨日色々あったのか知らないが、破顔する気持ちはわかる。

 

「改めてお疲れ様、綾小路君」

 

 後ろから、平田が労いの一言を掛けてくる。

 

「お前こそ」

「ううん、今回ばかりは、僕は本当に何もできなかったと思う」

「一度目の審議で手札になった証言はほとんど平田が集めたものじゃないか」

 

 後半は余裕がなかったことと恭介の暗躍に気付いたのがオレだけだったことが影響し、平田が活躍できたとは言いにくい。しかしそれ以前の、地道な捜査に最も尽力していたのは彼だった。

 鈴音も審議中はアドリブがよくできていたし、池と山内も無論――誰か一人でも欠けていたら、やはり勝利はなかった。

 

「……綾小路君。もしだよ? もし、僕が君や彼に差し迫った問題の解決を依頼したら、どうする?」

 

 唐突な問いかけだった。彼、とは、恭介のことで間違いないだろう。

 

「今回のように、直接クラスポイントに影響はしない個人的な問題だったら……」

「それは……」

 

 あまりにふわっとした表現で、どう答えたらいいものかわからなかった。向こうもそれは理解しているようで、ただの気持ちを求めているだけのようだった。

 

「……内容による。手に負えないと思ったら断るかもしれない」

 

 安易には頷けなかった。自信がないからではない。今後自分が向き合わなければならないであろう自身の『問題』のことを考えると、平田が望む形での解決が難しくなるからだ。

 平田は悲しむわけでもなく、当然喜ぶわけでもなく、淡々と相槌を打つ。

 

「そうか。ごめんね、おかしなことを聞いて」

 

 そこから先の話題はなかったようで、彼は沖谷と共に次の花壇へ移るようだ。

 

「これからもよろしくね、清隆君」

「ああ。………………え」

 

 今、何て?

 さり気なく差し込まれた違和感に気付いた時には、もう声を掛けるのに手遅れだった。

 ……あいつなりな距離の詰め方、なのだろうか。好感故なのだろうが……社交的な彼にしては奥手なような。

 やだ、どうしよう。暫く平田の気持ちが気になってしょうがないかも。

 どぎまぎしていると、今度は傍らから声が掛かる。

 

「清隆、今が最大のチャンスじゃないかな」

「……お前もそう思うか」

「今が一番、受け入れやすいと思う」

 

 恭介と二人、未だ楽しそうに団欒する三人を見る。雰囲気は最高潮といったところか。

 いつ実るか、オレたちにも想像のつかない種は一つじゃ足りない。きっといくつものフラグを乗り越えて発芽する。今となっては、その意味は一つだけではなくなった。

 自分を救済するだけではなく、一度捨てる場所に戻るために。これだけは諦めるわけにも、失敗するわけにもいかない。

 オレたちは頷き合い、彼らのもとへ向かう。

 

「これからについて、大事な話があるんだ」

「あ? 何だよ急に」

「今夜、オレの部屋に来てくれ」

 

 また大きな一歩を、進めることにした。

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 全く予定になかった呼び鈴が鳴った。

 男子会を終え夢の世界にダイブしかけていたオレは、弱っている目をしばしばさせながら戸を開いた。

 

「くし――桔梗?」

「えへへ、来ちゃった」

 

 藪から棒に男の心臓を刺激することを言う。

 

「何の用だ? こんな時間に」

「ごめん、寝るところだった?」

「まあな。でも今で構わない」

 

 久しぶりに長時間行動していた疲れがあり、まだ九時を過ぎたばかりなのに睡魔に襲われていた。本来起きて談笑していても不自然な時間ではない、無下に断ることもないだろう。

 

「あがってもいいかな?」

 

 本当は外がよかったけど。

 

 

 

 客人には椅子に座ってもらうつもりで自分はベッドに回ったというのに、櫛田はどういうわけかオレの隣に腰を下ろした。無意識に警戒してしまう。

 

「須藤君のこと、助けてくれてありがとね」

「お前が感謝することじゃないだろう」

「私、何もできなかったから……。審議で戦ったのはほとんど綾小路君だったって聞いてるよ」

 

 ……マズいな。ここまで自分の名が広まるのはさすがに今後が不安になる。当初の予定では鈴音に主権を握ってもらい自分はその補佐という印象を持ってもらうのが理想だったのだが……どうにかあいつと口裏を合わせるか? あるいはいっそ……。

 柄にもなくクラスの戦いを見据えて思考していると、櫛田は密着寸前まで詰めてきた。

 

「鈴音と、恭介の積み上げてきた布石があったからだ」

「そうなの? ……確かに、堀北さんは最初の審議にも積極的だったね」

「あいつなりに答えは目前だったんだ。だからダメ押しの証拠を追い掛けたんだが、少し頑張り過ぎてしまったみたいだな」

 

 嘘と本当を混ぜる。鈴音が入院した表向きの事情が功を奏した。これで少しは、櫛田の中でオレの評価は落ち着くだろうか。

 

「ふーん……浅川君は?」

「裏で色々と動いてくれていた。Cクラスに悟られて対処されるのは避けたかったからな」

 

 これは話しても問題ない事実。恭介が行ったであろう取引はこちらから言及しない限り真相には思い至らないはずだ。

 

「そっか。やっぱり三人は、本当に何でも解り合っちゃうんだね」

「当然だ。何せオレたちは腹違いの兄妹だからな」

「え!? 本当にそうだったの?」

「……冗談だ」

 

 まさか真に受けるとは……というか「本当に」とは何だ。周囲の誤解は想定していたより酷いのかもしれない。下手なことは言わないのが吉か。

 恭介の言っていたユーモア指数、まだまだ足りないようだ。あいつには到底敵わないな。

 

「オレたちの付き合いが多いからというのもあるが、そもそも二人は性格に表裏がないからな」

 

 厳密には恭介は違うのだが、自分のことを客観視できるあいつはオレに対して一時の感情を偽ることは少ない。鈴音に至っては、言わずもがなだ。

 

「そうだね。真っ直ぐで、好き嫌いもはっきりしていて……そういう人だから、綾小路君も惹かれたのかな」

「大袈裟だな。……付き合いやすいとは、思っている」

「ほら。他の人なら多分、堀北さんとは距離を置いちゃうと思うよ。実際初めはそうだったし」

 

 大して長い髪でもないのに、垂れているせいで表情が確認できなかった。その横顔が、少し不気味だった。

 

「前から気になってたんだが、お前はどうして鈴音のことがそんなに気になるんだ?」

 

 これまでの会話を踏まえると、もうこの質問をしても自然だろう。どんな昼行灯も、鈴音についての話が多いことに気付く頃だ。二人の関係性と、鈴音から見た櫛田の印象は知っているが、櫛田が何を思っているのかは全く知らない。

 ――ああ、そうだ。いつも彼女は、『そう』だった。

 

「……凄い人だと思うよ。勉強も運動もできるし、勉強会とか今回の審議とか、他のこともいっぱい頑張って、今ではちょっとずつ人気者になってきてる」

「お前だって負けてないだろう。お前と比べてあいつの人気なんてあってないようなものだ」

「そうかもしれないけど、――あんな無愛想で最初は孤立していたのに、本質が変わらないまま信頼されるようになっていくのが……」

「羨ましい、か?」

「う、ううん。私が心配する必要はなかったんだなって、安、しん……」

 

 矛盾しないだけでオレからすれば明らかな嘘を吐こうとして、櫛田は言葉に詰まる。

 

「…………ちょっと違うかな。やっぱり綾小路君の言う通りかも」

「――珍しいな、お前がそんなことを言うなんて」

「綾小路君、何度も赤裸々に自分の気持ちを話してくれるから、私も偶には。ね」

 

 答えを先取りしたのはオレの方だが、まさか彼女がこの問いに素直な回答をするとは思っていなかった。

 

「綾小路君は、さ、私と堀北さんが敵どうしになったら、どっちの味方をするの? やっぱり堀北さん?」

 

 再び驚いてしまう。問いの内容ではない、なぜ今それを問うのかにだ。

 

「……さあな」

「……意地悪」

 

 それしか答えられない。戦慄を覚えている隙に、彼女はまた一つ接近する。身体と身体が触れた。

 

「……少なくともお前には、たくさん友達がいるだろう」

「かもね。でも――私そんなに強い女の子じゃないよ?」

 

 妖艶な雰囲気を纏い、櫛田は置かれたオレの左手を撫でる。

 

「く、櫛田……」

「桔梗って、呼んでよ」

 

 血脈をなぞり、次第にしなやかな指が、オレの鼓動を感じようとする。

 

「誤魔化せるのは、答えがないからでしょ?」

 

 反対の手を掴まれ、ゆっくりと引かれる。抵抗することを忘れていた。

 

「何となくわかるよ、綾小路君が他人に無関心なの。無理矢理関わろうとしているの。だから私のこと、ちゃんと見て欲しいな」

 

 蠱惑的な瞳に見惚れているうちに、オレの右手は着実に、櫛田の鼓動へと近づいていく。理解と共感を示し、全てを受容すると誓うような声音と、温かさ。

 そのままオレの手の平は、吸い込まれるように彼女の胸元に――

 

「――っ」

 

 押し当てられる直前、拳を握った。

 

「…………綾小路君?」

「……違うよ」

 

 悪いな、櫛田。『その手』には乗らない。

 お前の言う通り、確かにオレはその程度で心を奪われない薄情者だ。でもだからこそ、オレはそんなお前にも飲まれるわけにはいかないんだ。

 

「オレが答えなかったのは、どちらを味方しても喜べる結末にはならないと思ったからだ」

 

 拒絶か受容か、その決定的な二択を、櫛田は唐突に突き付けた。オレの手を握った時点で、退路を塞いだつもりだったのだろう。

 しかしそれでも、地雷原を誤らずに進むのが今オレのすべきことだ。

 この瞳に、この心に、他人をしかと映すために。

 

「――嘘」

「本当だ。オレはきっと、選んだだけで後悔する。だから何も選ばない」

「そ、そんなのダメっ」

「ならお前はどうなんだ?」

 

 接続されていた彼女の手を、オレは大仰に振り払った。

 

「言ったよな? 私は誰とも付き合わないって。あの時オレが理由を聞かなかったことを、お前は態々指摘した。敢えて今聞こうか」

「……っ」

「それとも、本当は答えられない。答えたくない、か?」

 

 黙ってしまった彼女に、オレは煽り続ける。

 

「それが答えだ。お前はそうやって、誰とも必要以上に交わらない。本当に大事な時は決まって自分を隠すし、他人を追究することを止める。だから誰も愛せないんだ」

 

 瞠目した表情が、僅かに翳りを露わにする。

 

「………綾小路君、私のこと、どこまで知っているの?」

「ほとんど知らない。そうだな、佐倉と似たような感じだ。何となく、お前はやはり『無理』をしているような気がする」

 

 半分嘘で、半分本当だ。オレは核心まで把握しているが、櫛田がそのような状態だと感じていることもまた事実。

 仕方のないことだ。ギリギリでも均衡を保つ必要がある。櫛田は明確な敵意を向けられないし、オレは地道な計画が頓挫しない。

 

「で、でも、もしその通りだったとして、それは綾小路君も同じでしょ?」

「オレも?」

「綾小路君だって、あの時は何も聞かなかった。私が付き合ったことないのを驚いた人とは思えなかった」

 

 今のオレには痛い指摘だ。ここは、回答を間違えるわけにはいかない。

 

「簡単な話だ。そんなことを聞けばお前はいい思いをしない。そう感じただけだ」

 

 押し黙ってしまった櫛田を見て、正しかったことを確信する。

 

「オレも無理をしているということに、嘘は吐かない。でもそれは、オレ自身が望んだことだ。――変わるために」

 

 触れることはない。零距離にまで近づくことはできないが、せめてその、虚しく冷めた瞳から逸らさない。

 ――お前が教えてくれたことだぞ。

 

「お前は何もわかっていない。鈴音のことだって、本質が変わらないままだなんてそんな風には思えない」

「……」

「確かにそう変わらないものなのかもしれない。それで良いこともあるかもしれない。だが、あいつはあいつなりな努力を重ねている。自分が良くないと認めたことを改める努力をな」

 

 意固地な鈴音が新境地に踏み込むための勇気と、今までの信じて疑わなかった自分から離れる不安たるや。それを克服しようと藻掻く彼女を、変わらないと評価するのはもはや失礼だ。

 その辛さを、オレは十分知っているから。

 

「そりゃわかるはずないさ。お前が見向きもしない可能性に、オレたちは賭けている最中なんだから」

 

 悪いことだとは言わない。価値観が違うだけだ。生まれも育ちも内面も外面もまちまちなのだから当然のこと。ただ、なのにわかったようなフリをして語られるのは、何だか違う気がした。

 

「賭け……どうしてそんな不安定なことができるの」

「なりたいものがあるからだ」

「……私には」

「ないならそれでもいい。今の自分がなりたい自分であるなら必要のないことだ。――でも、何かしらの苦痛を感じるのなら、それを善いものだと思えないのなら、時には別の姿をイメージしてみてもいいんじゃないか?」

 

 怯懦を覗かせる脆弱な瞳で確信する。

 そうか、彼女は……。

 

「…………無理だよ」

 

 力の抜けた身体が、こちらに寄りかかる。

 

「私には、無理」

 

 どうすればいいのか、わからなかった。

 佐倉の時とは違う。きっと慰めなど無意味なのだ。何かをしてやるより、何もしてあげない方が寧ろ彼女のためなのかもしれないと錯覚するほどに。

 結局オレの方からは、一度も櫛田には触れなかった。握ることも、撫でることも、抱きしめることも――今の櫛田には、その温もりは無駄な汗をかかせてしまう。

 詰まる所、オレと同じだ。いや、あるいはそう言い聞かせているだけに過ぎない。今更何かをしたとして、そんな自分を、これから裏切らなければならないのだから。

 今なら少しだけ、『あの時』の恭介の気持ちがわかるような気がする。

 

「……」

 

 汚れているとわかりきった結末へ向かう道すがらで、賢明に足を運ぶ労力の虚しさは、全く尊いものだとは思えない。

 やめよう。きっとこの罪悪感は邪魔になる。今まで理性を以て全てを実行してきたじゃないか。目を閉じるのは、得意なんだ。

 胸の中でうずくまる櫛田を見て、オレはようやく理解した。

 ずっと頭の片隅で悩んできた疑問の答え。オレへの影響の、ある種根幹を担ってきた彼女の存在。

 胎児に等しかったオレは、櫛田の言葉で目覚めた。まさしく彼女は、本来当たり前にあるべき存在だった。

 

「お前は、オレの――」

 

 答えは、初めから本能が導き出していた。

 全ては、あの『夢』に描かれていた。

 

番外編第一弾(題はナイショ)

  • 六月下旬(1章~暴力事件)
  • 七月下旬(期末テ⦅暴力事件⦆~三巻)
  • 八月中旬(四.五巻前後)
  • 夏休み以降の時系列がいい
  • やらない
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