アンデルセンは笑っている   作:小千小掘

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まさかアニメに追いつく前に二期が始まるなんて思いませんでした。一話目から改変されてますが、どうなるんでしょうね。

この先なんですけど、三章終わったらキリが良いということもあり、今まで以上の亀更新になると思います。何年かけてでもとりあえずオリ主の問題が解決するところまでは描きたいと思っているのでよろしくお願いします。(最長で二年程更新途絶えます。そうでないなら、自分がリアルでやらなきゃいけないことから逃げていることになります)


居無

「――うん。ありがとう、よろしく」

 

 頼み事をし、通話を切る。

 意外なことに、現状最も最適な相手が彼だった。なるだけ迷惑をかけないように気を遣った方がいいだろうか。あわや不毛な心配をされてしまうかもしれないが。

 さて目的地へと、エレベーターを降りたところで既知の二人と遭遇した。

 

「あ! お前はっ」

「おお、マチコ」

「弥彦だ! 掠ってもないし名前で呼ぶな馴れ馴れしい!」

 

 グッジョブツッコミ。

 戸塚は傍らの少年――葛城の前に庇うように立つ。

 

「相変わらずの忠犬振りだね」

「他人を犬呼ばわりするのは感心しないな」

「そりゃ犬に失礼だ。敬愛するご主人に健気に尻尾を振る子は醜いかい?」

「むっ……確かにそうだ」

 

 葛城はあくまでしかつめらしい態度のまま、浅川の意見もとい屁理屈に納得する。

 

「何やら災難だったようだな」

「ねー」

「ひ、他人事のように……お前は何も動かなかったのか?」

 

「ハッ、どうせそうに決まってますよ」前回と同じく、戸塚は貶すような眼差しをこちらに向ける。「いかにもクラスに関心なさそうで、ほら、いつもボケッとしてそうな」

 

「弥彦、あまり人を愚弄するようなことを言うな」

「だ、だけどアイツはDクラスですよ?」

「ならば尚更、Aクラスとしての人徳を身に付けろ。それに、少なくとも浅川が蒙昧な人間ではないことは以前理解できただろう」

「うぐっ……それは、そうですけど」

 

 不本意ながらも戸塚の溜飲が下がったところで、ようやく葛城はこちらと向かい合った。

 

「そちらに協力できることがあればするつもりだったのだが、すまなかったな」

「立場上しゃあない。ゴミ捨て場でじゃれあう猫と烏なんて、人間様にとっては日常茶飯事さあ」

「別の機会に、何かしらの形で恩を返そう」

 

 緊迫したAクラスの内情を顧みれば、葛城も安易にこちらの事情に首を突っ込むわけにはいかない。

 自分たちが接点を持つきっかけとなった取引も、彼の権力抗争のためのものだったのだし。

 

「過去問は上手く使ってくれたかい?」

「おかげさまでな。正直、全く考えが及ばなかった。危うく坂柳に遅れを取るところだった」

「勘違いするなよ。お前の用意したアレがなくたって、葛城さんの采配があれば坂柳なんて屁でもないんだからな」

「……お前が一番危なかっただろうに」

 

 こんなにもチグハグな意見をぶつけてくるのに、よくもまあ志を共にしていられるものだ。

 

「取引を持ち掛けられた時は驚いたぞ。敵に塩を送るマネ、裏を感じてしまった」

「前も言ったろう? 僕は有栖が嫌いなんだ」

「そのわりには名前で呼ぶ仲なんだな」

「呼びやすいからね、康平と弥彦」

「呼び方がなってないぞ。せめてコヘーじゃなくて康平さんと呼べ」

「ごめんなあ手塚」

「戸塚だ! わざとやっているだろう!」

 

 当たり前だ。強めな返しは何気戸塚が初にして唯一だったりする。

 因みに浅川と葛城の協調姿勢は、葛城派の地位が盤石なものとなるか今のDクラスとAクラスの差がある程度縮まるか、あるいはどちらか一方がこの関係に合意できないという意思を表明するまでということになっている。つまり、表向きDクラスとAクラスは協力関係ではなく、あくまで葛城派対坂柳派の内戦に向けた関係に過ぎない。この制約もまた、葛城が現時点での浅川を危険視しない要因となっている。

 

「あの子の残虐性は認めるわけにはいかない。一人の善良な人間としてね」

「態々アシストをしてくれたのは、差し詰めその意思表示というわけか」

「非道は許せない。君も同じだろう?」

「無論だ。今回の事件も、Cクラスの暴挙だという噂を聞いている。龍園というリーダーも坂柳に負けず劣らず仁義に悖る男のようだな」

「君も気を付けなよ。強靭な悪は隙だらけの善に容赦なく侵食する。――守るからには、徹底的になあ」

「ああ、心得ている。他でもないお前からの助言だ、有り難く受け取っておこう」

 

 ひとえに葛城が浅川を曲がりなりにも耳を傾ける価値のある相手と認識しているのは、自分と類似する志を共有し、それを自ら実行し示してくれたからだろう。恐らく彼の仲間で敬意を表明する者は居れど、浅川のように目に見える形で協調してみせた者はいないはずだ。

 しかし、自称彼の右腕は意固地のようだ。

 

「葛城さん、簡単に絆されちゃダメです。まるで何を考えているかも怪しいやつを信じるのは危険ですよ」

「弥彦、だが……」

「そもそも俺達は過去問なんて望んでませんでした。コイツの勝手な押し付けで――」

「いい加減にしないか、弥彦。お前のその傲慢な態度が、初対面の浅川と険悪な雰囲気になった原因だったはずだ。過去問で俺達が助けられたのは事実。その恩に報いるのもまた当然であり、礼儀だ」

 

 あくまで毅然とした口調で、葛城は警戒心丸出しの戸塚を宥める。

 それに対し、ムキになっているのか、自分より先んじて葛城に貢献した浅川を気に入らないのか、戸塚は引き下がらない。

 

「お、俺は、葛城さんを信じているから言ってるんですよ。葛城さんなら、Dクラスのやつなんかに頼らなくても、坂柳を抑えてAクラスを率いて、必ず勝ってくれるって」

 

 こちらそっちのけのやり取りを見届けていた浅川は、意外だという感想と共に少しばかりの感心が過った。

 ――なるほど、なかなかどうして相性がいいのか。

 

「そんくらいにしときなあ康平」

「浅川……すまない、うちの者が無礼を」

「いいや、寧ろ弥彦の言うとおりだと思うよ」

「何?」

 

 美徳も過ぎれば欠点だ。と、ただそれだけ伝えておけば足りるだろう。

 

「僕のことを信じてくれるのは嬉しい。実際そう祈って君と取引したからね。でも――僕らは別のクラスだ」

「――!」

「君は他人を尊重できる人を信じる癖がある。けど敵だと言うのなら情けをかけない者がいることくらい、百も承知だろう?」

 

 共感はできる。実質的な敵はクラス内にもいるのだ。本来信じ合って然るべき仲間を疑う前提から争いに参加しなければならないなど、窮屈もいいところ。そんな中助力が加われば、他クラスだろうが感謝の念は抱くものだろう。

 しかし、なればこそ大事に違いない。そこにいるやかましい忠犬が。

 

「時にはそこの右腕さんの言葉も聞いてみなあ。君のちょっとやそっとの甘さに、待ったを掛けてくれるかもしれないぜ?」

 

 彼ははたとし傍らの少年を見る。

 

「…………ああ、そうだな。傲慢になっていたのは、俺の方だったのかもしれん」

「自分を誇るのも大事なことさあ、驕りなんかじゃない。悪意を退ける勇気を持て」

「だが、それとこれとは話が別だ。やはり今のお前はある程度信用に値するし、取引を反故にするつもりもない」

「そりゃどうも」

 

 そろそろ時間だ。話に区切りがついたところで、浅川は歩みを始める。

 そして、二人の横を通過する際、戸塚の肩に手を置いた。

 

「……何だ」

「康平がこの先どうなるか、君にも懸かっている。頼んだよ」

「お前――、……」

「出しゃばるんじゃなく、しかし言いなりでは他の仲間と変わらない。――君にならできる、ちゃんと支えてやんな」

 

 真剣な表情でそう言ってやると、戸塚は息を呑んだ後、再びムッとした顔で返す。

 

「……お前なんかに言われなくてもわかっている。俺は葛城さんの右腕だ」

 

 浅川は満足気に頷き、その場を後にする。

 何だかんだ、手塚の存在は葛城の穴を埋めるに適しているのかもしれない。

 浮かび上がった可能性に期待を抱きながら、待ち合わせ場所へと赴いた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ミネラルウォーターが沁みる。

 炎天下、浅川は海の向こうを黄昏ていた。

 

「四人で会うのも久しぶりかな?」

「一週間しか経ってないけど」

 

 介しているのは佐倉、王、井の頭という顔ぶれ。この外れに集まるのも、王は初めて、佐倉と井の頭は二度目だ。

 

「浅川君、最近忙しそうだったからね」

「ありゃ、わかっちゃう?」

「あ、当たり前だよ。浅川君が事件を見たこと、言っちゃいけないって、――そんなこと言われたら、何か考えがあるのかなって思っちゃうよ」

 

 井の頭がモジモジして言う。

 須藤が事件を起こした時、佐倉たちと同じく浅川は現場に居合わせていた。何なら四人で戯れていた。

 意図的に監視カメラの死角を回っていた浅川は、あの日たまたま特別棟へ行こうとしていた佐倉たちの予定を知り同行したのだ。事件を見届けた後はCクラスの三人を追跡、カラオケにたどり着いた。そこでリーダーであろう長髪の少年の主導で怪我を捏造されている様子を撮影し、乗り込んだ。佐倉たちに自分の存在を黙秘させたのは『須藤の事件に一切関わらないこと』を条件とした契約のため。初めから契約内容を先読みしていた浅川は事前に別の事件を捏造することで、須藤を救う手段を作り上げた。

 Cクラスの監視は椎名の一件で厳しくなることは予感していた。実際終日見張られて鬱陶しかったし、取引の際はいざとなれば監視カメラの映像まで確認して契約違反を追及すると言われた。しかし全て無駄だ、取引より前にこちらのすべきことはほぼ終わっていたのだから。

 自分の意図を仲間に伝えるのも、相手が親友であるなら造作もない。一度も須藤を見捨てるなどとは言わなかったし、櫛田からの決定的な問いにも苦笑ではぐらかした。綾小路ならそれで十分自分の関与を察せただろうし、退室際の助言で確信できたはずだ。

 一つだけ誤算だったのはDクラスの生徒が嵌められたことだ。あの時の神崎の憐憫な眼差し、今までで一番面白そうにしていたのが忘れられない。

 

「おかげでクラスの損害はなくなった。君らのおかげだ」

「私たちは何も……」

「君らの証言がなかったら、審議は延長できなかった。第三者としてはMVPさあ」

 

 最悪綾小路が独りで全部やってしまえば自分の用意した手札を最速で手に入れて勝利できただろうが、それを言及するのは無粋だ。

 

「そういえば佐倉さん、……辞めたって、本当なの?」

 

 王が佐倉に切り出す。三人の間で共有されていた事実、後腐れにしないために旗振り役を買って出たのだろう。

 グラビアアイドル、雫。ちょうど須藤の事件が起きる少し前、彼女の中の変化が一定まで達したのか、唐突に彼女は自分の仕事を打ち明けた。女子二人は驚いていたが、すぐに応援する姿勢を示して見せた。本当に、優しい女の子たちだ。

 

「聞いたよ。その、ストーカー被害のせい、だったんだよね?」

 

 井の頭が少し申し訳なさそうに訊くと、首肯が返った。

 ここに来る道中にも一度話は出ていた。佐倉がグラビアアイドルを辞めた事情。実の所今回こうして集まったのも、浅川がその話をするために主催したからだ。

 

「うん。……でも、良い機会だったんだと思う」

「良い機会?」

「私、今まで自分に自信がなくて、すごく人見知りで……そんな私を誤魔化すように始めたのが雫だったんだ」

 

 俯きがちに語る佐倉。王と井の頭は何を思いながら聞いているかはわからないが、少なくとも浅川には、その眼がどこか哀しそうに見えた。

 

「浅川君と出会って、みーちゃんと心ちゃんと出会って、ちょっとずつだけど変わりたいって――ううん、変われたの」

 

 間違っているわけではない。確かに佐倉は変わった。自分をほんの少しだけ好きになれて、他人と関わることに前向きになって――。

 けど、それだけで良かったのだろうか。

 

「もう、雫は必要ない。私はありのままの私を受け入れて、これから他人と向き合っていきたい」

「……それが、佐倉さんのしたいこと?」

 

 井の頭は相変わらず不安そうな眼差しを彼女に向けている。佐倉は、気付いていない……らしくないことに。

 

「いいの。私が変わるために、必要なことだと思うから」

「そっ、か。……本当に、大丈夫なの……?」

 

 王も心なしか、浮かない表情だ。佐倉は儚げに頷く。

 

「大丈夫。ちゃんとSNSにも投稿したし――」

「違うよ、愛理」

 

 見てられない。

 こんな色のない会話、見てられないよ。

 

「浅川君……?」

「みーが心配しているのは、君のことだよ。――君自身のことだ」

 

 初めて佐倉は、息を詰まらせた。

 

「だ、大丈夫に決まってるよ。私は……」

「大事なのは、どうすべきかだけじゃない」

 

 浅川は一旦言葉を止め、暗い顔をする二人の方に目をやった。

 自分だけでは駄目だ。二人の、佐倉の友達の言葉が、必要だ。

 

「言ってやんな。躊躇わないで」

 

 一瞬呆けた後、先に意図を察した王が口を開いた。

 

「佐倉さん、グラビアアイドルのことを話してくれた時、言ってたよね? 仕事が好きだって」

「み、みーちゃん……」

「私、凄いなって思ったよ。自分と同じ歳の人がそんな風に、好きなことに一生懸命になれるんだって」

 

「わ、私も!」王の思いに当てられたのか、井の頭も吐露する。「本当の自分を好きになれたって言ってたけど、それと同じくらい、お仕事のこと話してる佐倉さんは楽しそうだった」

 

「で、でも……決めたの。だってそうしなきゃ――」

「嘘は誰も救われないよ、愛理」

 

 努めて優しい声音で、浅川は語り掛ける。

 

「二人が言っているんだ、君の大事な二人が。好きだったんだろう? 雫のことも」

「それは……」

「今もその気持ちがあるのなら、大事にして欲しい」

 

 固い決意だったのは知っている。だから佐倉が安易に折れないこともわかっている。

 それでも問いたい。元々あった、自分自身の気持ちのことは、本当に考え尽くしたのかと。

 

「君が好きを貫くことと、自分を変えること。どちらかしか選べない不幸なんてないんだよ」

「けど私は! 私は、そんなに器用じゃありませんっ」

「何を言ってんのさ。ずっとできていたじゃないか」

「え――?」

 

 訳がわからないといった表情をする佐倉。

 

「本当の君が好きになった二人に、君は自分の好きを隠さなかった。それが何よりの答えなんだと、僕は思うよ」

「あ……」

 

 佐倉はようやく、二人の表情をしっかりと確認した。つぶらな瞳が震える。やはり自分と同じだ。独り善がりに取り憑かれて、自分を見てくれる周りがわからなくなってしまっていた。

 君にならできる。不器用な僕には、できなくなってしまったことだけど。

 

「でも今更だよ。一度辞めたのに、また戻るなんて……」

「そんなことない」

 

 今ならきっと見つめ直せる。自分の始まりを、突き付けてあげよう。

 

「これを見て」

 

 浅川は端末を開き、ある画面を佐倉に見せた。彼女は暫し中身を覗き、目を見開く。

 

「こ、これ……」

「君だけじゃないんだ。雫に救われていたのは」

 

 映っているのは、とある掲示板だ。題は、『雫様への純愛を語る会』。

 書かれているのは、あのストーカーのような穢れたものではない。雫の快活な雰囲気を推す者は勿論、健気に頑張る佐倉自身の姿勢にまで――。

 

『やっぱ我らが最推しよ。お気に入りは去年の秋に揚げてたコレ』

『同じ女の子だけど、可愛い恰好やポーズにいつも癒されてました!』

『辞めちゃったんだってな、寂しくなるなぁ……』

『お、俺の明日への活力があああ!!』

 

 内容は健全なものに偏っている。当然だ、これは浅川が純粋に雫を応援する生徒をターゲットに立てたスレッドであり、紛れ込んだ汚い言葉を意図的に省いた画面なのだから。佐倉を救うために神崎と連絡を取り合う合間、その先の救済まで浅川は考えていた。

 唖然とし眺める佐倉が、ある文面を読み上げる。

 

『もし帰ってきてくれたら超嬉しい!』

 

「……君のDMにも、今までたくさん届いてたんじゃないのかい? こういう言葉が」

「あぁ……」

 

 口元を押さえ肩を震わせる佐倉を見て、間違っていないことを確信する。

 

「狂った元ファンに傷つけられた身だ、無理にとは言わない。でもね、一度思い出して欲しかったんだ。恐らく君が初めて、グラビアアイドルを始めて良かったと思った時のことを」

「……」

「君は凄い子だ。会ったこともないこんなにも多くの人を救ってきた。その気持ちに、誠実に向き合い理解してきた」

 

 佐倉がファンからのDMにも律儀に返答していたことは知っている。気付かなかったなんてことはないはずだ。

 

「自分の気持ち、みーと心の気持ち、そして君に救われ、君の帰りを今も待ち望んでいる人々の気持ち。もう一度よく考えてから、改めて決断してみて。――僕から言いたいのは、それだけだ」

 

 既に、彼女の頬はひどく濡れていた。

 浅川はそっと手を伸ばし、眼鏡を外す。優しく涙を拭った。

 

「君は佐倉愛理だけど、雫は君にしかなれないから」

 

 どちらも彼女だ。相応の少女と、努力の少女。片方を否定するなど、勿体ない。

 折角今まで自分を支えてきた雫の存在を、無理矢理なかったことにはして欲しくなかった。

 かけがえのなかったはずの時間を、無為に扱って欲しくなかった。

 

「…………私」

 

 顔を覆う佐倉のもとに、王と井の頭が寄り添う。

 

「佐倉さんが本当に辞めても後悔しないなら、それでいいと思う。でも……」

「やっぱり、自分を騙していては欲しくないかな……」

「うん……ありがとう。もう大丈夫。本当に、大丈夫」

 

 ごしごしと目元を擦り、彼女は顔を上げた。

 ――うん。焦りのない、本来の優しい目だ。

 

「浅川君も、ありがとう。本当はね、不安だったの。これで良かったのかな、後悔しないのかなって。最初から答えは出てたんだ。――続けたい。私、もう一度頑張ってみるよ」

「…………なに、老いぼれのお節介さ」

 

 いけない、自分が照れ臭くなってどうする。わざとらしく格好つけてしまうのは悪い癖だとわかっているのに。

 

「潮風に当たりすぎるのも良くないな。話も終わったことだし、そろそろ戻ろう」

 

「そうですね」と井の頭が相槌を打ったのを皮切りに、四人帰路に就く。

 その最中。

 

「良かったね、浅川君」

 

 王が不意に耳打ちする。正直びっくりした。

 

「な、何が?」

()()()

「――気付いていたのか」

 

 自分はけっこう早い段階でひっそりと受け容れていたが、まさか彼女もわかっていたとは。一度立ち直るきっかけを与えてくれただけのことはある。

 

「私からもお礼言っておくね。ありがとう」

「目覚めが悪いから。佐倉が後先考えず諦めようとしていたのは僕も――」

「そうじゃなくてね。私たちに思っていることを話す機会をくれて、そこが浅川君らしくて良いところだなと思ったから」

 

 この少女といる時はどうしてか肩の力を抜いていられる。他の友人に緊張してしまうというわけではないが、例えば神室や平田、若干遠縁だが白波も――共有する志や悩みがないからだろうか。

 決して悪いことではないと思う。寧ろ浅川にとって好ましい時間だ。その中でも王との会話は和やかで、落ち着いていて、生涯初めての心地良さに駆られる。

 

「君だって、些細なことに気付いて尊敬できるところ、凄いと思うよ」

「そう、かな?」

「平田もきっとそう思っているさあ」

「へ!? ……あれは浅川君のせいだからね」

 

 ジト目で軽く愚痴を零す彼女に、肩を竦めておどけながら謝意を示す。以前四人でやり取りをしていた際、平田に釘付けになっていた王に浅川が気付いてしまったがために、彼女の恋慕が共有されてしまうこととなった。

 

「あれはー、ごめん、本当に悪かった。迂闊だったよ」

「まあ、いいんだけどね。隠さなきゃいけないことでもないし、佐倉さんも井の頭さんも変に揶揄うような子じゃないから。――それに、どうせ叶わない恋だもん」

 

 佐倉と心に置いてかれ気味になっていたことに気付き、共に足取りを速める。くっきりとした影が、雑木林に投じられ極度に歪んだ。

 

「そうと思いながらも諦められないなら、本物さ。まだチャンスはあるよ」

「どうなんだろう。軽井沢さんとは、けっこうお似合いだなって思うこともあるけど」

「良ければ相談乗るよ。君には感謝している身だからね」

「感謝? ありがたいけど、相談っていうのはもしかして慰めのこと? それとも……」

 

「慰めなんてまさか」思わず振り向き、愁眉の表情を向ける。「意味がないだろう?」

 

「じゃなきゃ佐倉さんには何も言わなかった、だよね?」

「参ったなあ」

 

 ――何となく、反りが合うなあ。

 笑顔を見せた後早足で先へと駆け寄る彼女を眺め、不快感のない感情が胸中に広がる。

 緩い三人の雰囲気はやはり、いつも浅川にとって癒しなのだろう。

 後をゆっくりと追う彼の表情は、幾分か穏やかだった。

 

 

 

 もう少し散策をすると言って三人に先に寮室へ帰らせた浅川は、暫し辺りを見回す。

 人の気配がないことを確信した彼はそのままロビーに戻り、ポストに向かった。

 これまでの軌跡から浮かび上がる嫌な予感に従い、徐に自分のを開ける。

 そして――

 

「…………」

 

 さらりと舞い落ちた紙片。それを震える手で拾い上げ、深く重い溜息を零す。

 Cクラスの人海にしてはやけに重厚に感じた監視。理由が不明な堀北の拉致。更に、この学校に来た直後からずっと感じていた、綾小路すら欺いた視線と、自分を退学させんとする計略。

 思えば手がかりだらけだった。ただ認めたくないという一心で、別の答えを盾にしていただけだった。あからさまなほどのそれは、まるで気付いて欲しいという熱烈さが垣間見える。

 それを発散するかのように、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()は、ますます自分の間違いが正しかったのだと思わせた。

 

「クソッ――」

 

 嗚呼、何故だ。何故こんなにも付き纏われなければならない。宿命を感じることなど、現実ではあり得ないだろうに。悲劇を象徴する戯曲と紛うような因果に辟易する。

 初めて、沸々と込みあがる激情を抑えられなかった。正面のステンレスを、力んだ拳で殴りつける。

 その一瞬、誰も見つけることのない場所で、見せた姿は紛れもなく本当だった。

 

「フザケンナ……」

 

 己の戦争を告げる鐘の音を、確かに聞き取る。

 友と過ごす自分を影から捉えた写真を、憎しみのまま握りしめて。

 




忠犬戸塚君。皆口を揃えて「彼が何故Aクラスなのか」という難題に頭を抱えていますが、本作では何とか彼をマシなキャラにしていきたいと思います。もはや戸塚がAクラスの一員になるための成長物語にでもしないと厳しい時点でお察しなところもありますが。

番外編第一弾(題はナイショ)

  • 六月下旬(1章~暴力事件)
  • 七月下旬(期末テ⦅暴力事件⦆~三巻)
  • 八月中旬(四.五巻前後)
  • 夏休み以降の時系列がいい
  • やらない
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