各章BAD√もあります。二章はオリ主がみーちゃんと話さなければ『ドーン』で立志できず終了。三章ではオリ主が椎名より佐倉を優先した場合、彼かストーカーのどちらかが死にます。椎名を選んでもあの始末ですから大変ですよね。ん? と思った方いるかもしれませんが、わりとオリ主が酷い目に遭います。四章もBADだと最低でも二通りの死に方があります。
バッドエンドについては一話完結で書けそうなので、余程持て余してたら書くかもしれません。
ただ、一つだけ言っておきたいのが、「基本√」と称した今の展開は作者としましては最終的に最も多くの登場人物が救済されるものになる予定です。
今は、『いつ』だろうか。
日本には四季があり、寒暖を繰り返すそうだが、丁寧な空調が施されている室内には全く関係のないことだ。何月何日なのかも興味はない。たとえカリキュラムを熟す今が真夜中でも、一日二十四時間というサイクルがここでは当てはまらないのだとしても、与えられたタスクだけが、オレの生き方を示している。
ふと、背後の呼吸が一際荒く、乱れ始めた。
鉛筆を落とす音。むせ返る苦痛の声。身が床を叩く鈍い音。駆け寄る『成人』の足音。
何が起きたのか、頭のほんの片隅で理解する。視線を机上の紙片に固定したまま。
誰なのかも、初めからずっと知らなかった。そのまま活動不能になろうと、最悪死のうと、オレには一切影響はない。淡々と、解答欄を埋めていく。
やがて天井からのアナウンスで、現在のカリキュラムの終了を通達された。この後は点呼、終えたら各自自室に戻るだけ。
『成人』は名前の後、続けて成績を開示する。相も変わらずオレは一位らしいが、返事すら必要を感じない。中には「はい」やら「うん」やら相槌を打つ者もいるが。
すると、
「――、今回も標準ギリギリだ」
何も聞き流しているわけではない。感想というものが皆無なだけで、一言一句記憶はしている。
だから、その台詞もここ最近何度も耳にしているものだった。
「――ごめんなさい、気を付けます」
他の子よりも少しばかり口数の多い、その声も。
「……」
成人は今日も訝し気な顔のまま、次の子供を呼んでいく。
いつ頃からだろうか。あるいは最初からだっただろうか。はっきりとした物言いをする子供が独りだけいた。ただ、その事実だけを認識していた。
異分子を含む日常が、今日も終わる。
いつも通り、流れるままその場を解散となった。
個室に帰る途中。
しかし今日は、明らかに日常とはかけ離れた事態が発生した。
「ねえ」
後ろで発せられた声が、よもや自分に向けられたものだとは思わなかった。やがて横から姿が現れ、歩幅が揃いようやく認識した。
「今日も凄かった。綾小路、清隆? だっけ」
監視カメラを恐れてなのか、面と向かい合うこともなく会話を仕掛けてくる。
「見張られていると緊張する。なのにいつも頑張れて、偉い」
拙い話し方だが、それ以上に話す内容が理解できない。一体どこに緊張する要素があるというのだろう。
「綾小路清隆は、何でも知っている?」
「……」
「ねえ」
「…………」
「おーい」
「………………」
「聞こえてない?」
「……………………」
「……ぐすん」
嘘だろ、とは思った。悔しいことに生涯最大級の驚きだった。悲しい時は泣くという事実をそんな風に実行するとは。
固く口を閉ざしていたオレだが、必要ないというよりどうすればいいのかわからないという方が正しかった。このまま無視しようとしても不要な会話の矛を向けられ続けるし、かといって応答しようにも何と返せばいいのかわからない。
だから、とりあえず聞かれたことをオウムに近い形で返すことだけ試みた。
「……何でもは知らない」
「あ、やっと応えてくれた」
少し嬉しそうに顔を緩めるのが見えた。器用なことだ、この環境下で表情筋を働かすことには慣れないはずだ。
「じゃあ――聖ヨゼフの螺旋階段は建築可能?」
「今は難しくない」
「57は素数?」
「違う」
「そうじゃない、57を素数と公言した数学者は誰?」
「アレクサンドル・グロタンディーク。――聞かれたことに答えたつもりだが」
「ジョークというやつだ。聞いたことある?」
「ある」
「ならわかって欲しい」
「……」
「返事は?」
わりと悩んでしまった。わかってあげた方がこの子供との会話は円滑に進むのだろうか。今のように回りくどいやり取りに成り得る。しかし即興でジョークというものに乗るには少々経験が不足している。
「善処する」
「しない人の台詞だ、ソレ」
何故?
するつもりだから宣言しているというのに、どうしてそう決めつけられる? 理解不能だ。
「やはりたくさん知っている。綾小路清隆は何を知らない?」
「……」
暫しの沈黙。真剣に考えている自分をおかしいと思うこともないまま、
「外」
「外?」
「日本の季節。春の草花、夏の猛暑、秋の木の実、冬の極寒。文字や写真で見るだけではわからない」
例えば夏。暑いと人は汗をかくらしいが、オレにはその経験がない。その不快感というものは、見聞きだけでは理解できない。冬は身体が震え霜焼けもするらしいが、その痛みをオレは知らない。
人が何かを識るためには、知識と経験の両方を求められることもある。とは薄々感じていた。
すると、
「同じだ」
「同じ?」
「綾小路清隆は、外に出たい。――も外に出たい」
「出たいわけでは――」
「何故だ? 外に出ないと外は知ることができない。綾小路清隆は、外を知りたくない?」
考えたこともなかった。ここで延々知識を吸収し続ける以外に、生き方を知らなかったから。
「知りたくない。わけではない」
「ほら」
「でもそれは不可能だ」
「できる」
「できない」
「できる」
正論はこちら側であるはずなのに、やたらと有無を言わせぬ圧を感じた。
「思いがあるから」
「非論理的だな」
「――の話したい気持ちが届いたから、綾小路清隆は今――と話してる。初めてちゃんと聞いた、綾小路清隆の声」
はっとした。曲がりなりにも、他の子供と会話をここまで続けたのは初めてだった。それは偏に、この子供の並々ならぬ熱意に当てられたからだ。
「――はここが嫌い。だから外に出る」
「そうか」
「それまでは綾小路清隆と話すことにする」
「必要ない」
「――は話したい。だから話す、それだけだ」
「オレは話したくない」
意味のない問答だ。というのも、今回のように執拗に言い寄られたら無視する方が鬱陶しくなることが予想できたからだ。
他人がどうこうしようが興味がない。外に出たいと願うのなら好きにすればいい。オレには一切関係ない。
……ただ、一連のやり取りで最も気掛かりだったのは、何故その考えが浮かんだのかだ。先程もそうだが、この施設にいる子供が外へ出ようなどという突飛な発想は普通しない。
「何故、外に出たいと思ったんだ?」
「……えへへ」
え、えへへ?
今のは照れくささや嬉しさを表現しているのか。ぐすんといい、本来感情を表現する時はこんな棒読みにはならないはずだが、そこはやはりこの施設の子供故か。
「何が嬉しかった?」
「やっと綾小路清隆が、自分から話を振ってくれた」
なるほど、話し相手が会話を広げてくれたことが喜ばしかったと。到底理解できない感情だが、気を悪くしていないのなら別に何でもいい。
「思った通りだ」
「何が?」
「綾小路清隆。答える前に、覚えておいて欲しい」
そうしてその子供がオレに語ってくれた――教えてくれた言葉は、今もずっと脳裏に残っている。
そして、幾ばくかの月日、あるいは年月をかけて明かしてくれた真意は、やがてオレも外を渇望し、ここを抜け出すきっかけとなったのだ。
「――情緒は、伝染する」
――――――――――――――――――――――――――――――――――
「――そうだった」
むくりと身体を起こしたオレの胸中は、衝撃と感慨でぐちゃぐちゃだった。
懐かしい夢を見た。遠い記憶の底に埋もれ、忘却寸前だった淡い記憶。どうして忘れてしまっていたのだろう。
多分、きっかけはあの日だった。あの日からオレは少しずつ、自覚のないまま変わっていった。あの子供の言葉があったから、オレは外の世界に憧れ、ホワイトルームを脱走するにまで至ったのだ。
落ち着かなさを誤魔化そうと端末を開くと、着信が二件。一つは平田から、祝勝会のお知らせ。
もう一つは――
この敷地内でも一際大きく豪華な、観音扉の前に立つ。
得体の知れない緊張。これもまた経験か。
ぎこちない動作で小突くと、乾いた音が反響する。やがて「どうぞ」の渋い声。
ゆっくりと開けると、二人の影が出迎えた。
「こうして顔を合わせるのは初めてだね。綾小路君」
「お待ちしていました」
柔和な表情からひしひしと感じる大物な雰囲気は、親子共通なようだ。
「座っても?」
「勿論」
「こちらが空いていますよ」
「……いや、向かいでいい」
「釣れませんね」別段不機嫌になるわけでもなく、坂柳は言う。「二人きりではありませんしね」
「二人きりでも遠慮する。誤解を招きかねない言い方はよしてくれ」
「いくら綾小路君といえども、無節操なことは……」
「わかっていますよ。勘弁してください」
初対面から遠慮なく揶揄ってくる理事長に嘆息が零れる。
「……今日はそんな、緩い空気で話す内容ではなかったはずですけど」
「わかっているよ。僕の方から君を呼んだわけだしね」
そう、坂柳を通して理事長から要請があった。用件は察している。オレの方から切り出そう。
「見つかりましたか?
さすがの二人だ。一瞬で真剣な、重々な空気が生まれる。
「……すまない。僕も有栖も、当時のメンバーを全て覚えているわけではないんだ。すぐにとはいかない」
「お父様が施設の人間に掛け合って、どうにか名簿を確認できないかと動いていますが……難しいでしょうね」
押し引きの塩梅が問題ということか。
ホワイトルームは政府が運営しているわけではない。逆に政府直営のこの学校を治めている理事長は、閲覧に多少の制限がされているはずだ。その条件を突破したとしても、四期生の名簿を確認するのは困難を極める。オレに纏わる何かだと悟られて拒否されるのがオチだ。
「本当なのですか? ホワイトルーム生が潜んでいると」
「根拠はない。だが――」
偽りの監視カメラを設置する作戦。あれを先回りされた際の、まるで自分と同じ思考をし、綾小路清隆個人への対策をしてきたような感覚。的を一年C組に絞るのは早計だ、他クラスから提案してきた可能性もある。オレ自身確証はないため、杞憂であればという祈りもあった。
「君の直感は、強ち間違ってはいないと思うよ」
しかし、理事長は良くない結果になると考えているようだ。
「堀北さんの拉致・監禁事件。あれは恐らく君の危惧している可能性に該当する人物だ」
「……! まさか」
「浅川君の推理通りだったと仮定すると、あの犯行はホワイトルーム生並の身体能力に加えて、『恐怖心の欠如』がなければ実行できない」
なるほど、相手の素性が明らかとなっていないにも関わらず呼び出したのは、こちらが本題か。
聞けば、犯人の行動は相当な荒業だったらしい。それでいて捜索側の盲点をつくトリックだったと。
そこでふと、一つ疑問が過る。
「恭介はどうして、それを前提とした推理ができたんですか?」
「……詳しいことはプライベートだから話せないが、彼の友人には優秀な者が多かった。自然と不可能ではないという答えになったんだろうね」
少し間のある回答に違和感を覚えるが、辻褄は合っている。恭介がホワイトルームの関係者であるならそれを隠す理由はないはずなので、やはり彼は無関係なのだろう。
「それに、根拠はそれだけじゃない」
思案していると、理事長は更なる情報を提示する。
「数日前、ある男がこの学校に接触してきた」
「男……」
「綾小路君の、父が……?」
明確な答えを、坂柳が継ぐ。
目的は、一つしかないな。
「オレは退学なんてしませんよ」
「君の意思は尊重するつもりだ、当然門前払いをしておいた。ただ恐ろしいことに、『清隆は自ら退学を選ぶことになる』なんて捨て台詞を置き土産にしていたけどね」
何のメッセージだ? オレが外の世界に絶望し、ホワイトルームを居場所と認めるということか、それとも……
「あなたは、刺客が潜伏しているとお思いで?」
「情報を結び付けるなら、そうなるね」
機会を窺っていたかのように、あの男はここに乗り込んできた。悪意ある作為を疑うのも無理はない。
だが、それでは判然としないこともある。
「鈴音を攫った理由がわからない。オレへの警告にしてはリスクが高すぎる」
「その点については、私たちの見えていない側面があるのかもしれません。結論の出しようがありませんね」
矛盾はないのだ。オレが入れ込んでいる者に危害を与えることで、守るために自主退学を強要される、そう捉えることはできる。
しかし、少なくともホワイトルーム生である綾小路清隆なら、その程度で怯むことがないのは十分知っているはずだ。もし、普通の子供であろうとするオレを理解しているなら別の話だが。
そしてもう一つ。
「そもそも、オレを退学に追い込みたいのなら、あのタイミングで目立つ愚策は取らないはずだ」
態々オレ提案の策に対抗するようなマネは明らかに余計だ。実際こうしてオレに存在を悟られている。
尤もな疑問だったようで、二人は無言で考え込んでいる。
……一応ある。これまで上がった疑問を解消する答えが。
「理事長。『脱走者』はどうなっていますか?」
「脱走者?」
「ご存じありませんか? オレがあそこを抜け出せたのは施設の閉鎖によって身柄を松雄に預けられたからです。その原因は脱走者の発覚だと、彼から聞きました」
当時は突然のことだったため状況に振り回されていた節があるが、最低限の情報は耳にしている。あの暮らしも悪くはなかった。執事の松雄と、その息子。何やら他にも数人同い年の友人がいたらしいが、果たしてその姿を見ることはなかった。
「まさか、その脱走者が君と同じように、この学校に逃げ込んだと言うのかい?」
「……確かに、それなら説明が付きますね。あなたを退学にする必要がない。あなたの言う先回りした一手も堀北さんの拉致も、単にCクラスを勝たせるために実行したに過ぎない」
その通り。楽観的な観測は危険だが、現時点で最も可能性が高いのはそれだ。
まあそれでも、やはり鈴音に対する犯行の意図は依然納得しがたいことに変わりはない。
「……その線なら、上手く確認できるかもしれない。現時点で綾小路君とその脱走者を直接結び付ける要素は公になっていない」
「お願いします」
「うん。吉報を待っていてくれ」
まだ脱走者で確定したわけではないが、名前を知っておけるかどうかの差は大きい。当たっていた場合無害である可能性も浮上する。
――それに、もしここにあの子供がいるのだとしたら、やはり会話の一つはしておきたい。
「……とりあえず、現状は把握しました。父のことと、ホワイトルーム生のことと、何か進展があれば、今回のように迅速に連絡してもらえると嬉しいです」
「承知したよ。――どうかな? 三ヶ月経った、ここでの生活は」
「楽しいですよ、あの頃よりは色があって。ここに入れてくれたこと、とても感謝しています」
「なら良かった。一生徒として贔屓はできないが、万全なスクールライフを送る手助けならしてやれる。君も相談事があるならいつでも言いなさい」
基本は後手に回るしかない。万一相手が明確な敵だったとして、オレはその正体をまだ確信できていないのだ。焦って無駄な一手を打つわけにはいかない。警戒心の有無だけでも、いざという時の反応には差が生まれるものだ。
席を立ち、大扉に手を掛け――気掛かりだったことを思い出し振り返った。
「そういえば、松雄は今どうなっていますか?」
オレの脱走に助力したことを既に施設は把握しているはずだ。あの男の冷酷さを考えると、随分酷い目に遭ったことが推測される。
「……聞かれなければそのままにしようと思っていたんだけどね。――解雇されたよ。齢六十を過ぎて職の無い身だ。その後の就職も悉く妨害されているらしい」
「……やはりそうですか」
「だが」
予想していたのもあって、あまり驚きはなかった。ただ、理事長はその先の希望的な事実まで語ってくれた。
「息子と支え合って何とか生活しているそうだ。一時期自死まで考えていたそうだから、僕としても安堵の息が漏れることだよ」
詳しく伺うと、息子も普通の子供なら許されるはずの進路すらも阻まれてしまったが、今はバイトでどうにか食いつないでいるらしい。
自然と、肩の力が抜けるのを実感する。
「――ふふ、心配していたんですね」
「……まあな」
「善いことです」
かつてのオレなら抱かなかった感情だ。罪悪感さえも。彼が過酷ながらも強かに生きていることを知り、それが紛れたことを悟る。
最後に小さな朗報を聞き入れて、オレは理事長室を後にした。
廊下を歩いてそう経たない内に、壁に寄りかかる神室の姿が見えた。
「坂柳を待っているのか?」
「うん。一昨日もそうだったんだけど、今日はあんたも一緒だったのね。何の話?」
「鈴音の事件についてな。オレと恭介はあいつと比較的仲が良いから、こうして理事長と話す機会が多いんだ」
大して疑うこともなく納得の表情を見せる。鈴音の事件についても触れていたため嘘ではないが、すまないな。
「なあ、恭介と椎名、何かあったのか?」
「それは……」
「佐倉に付き添っていたから詮索できなかったが、お前らとも赤の他人ってわけじゃないんだ。できれば話してもらえると……」
恭介の場合話しても問題ないと思うのなら話してくれているはずだし、ああやって完璧に何もなかったようには過ごさないはずだ。――恭介の雰囲気だけでは、とても今問題を抱えているとは気付けなかった。
「……ごめん。私からは」
「……神崎と椎名は?」
「わからないけど、おすすめはしないわよ。多分良い方向には進まないと思う」
「そ、そうか」
何となく、四月の南東トリオと似た暗雲を感じる。余所者感のあるオレが横槍を挟むのが危険なのは一理あるか。
「……ねえ、念のためだけど、アドバイスとかある?」
「アドバイス?」
「今のままにしておくのは私も良くないとは思っているんだけど……あまり慣れてなくて、こういうの」
なんと。この手の相談を受けるのは初めてだ。一体どうしたものか。
「やっぱり、自分の思っていることをぶつけなきゃ始まらないんじゃないか? オレと恭介はそれで歯車がかみ合った」
「思い、ね……」
ピンと来なかったのか、相変わらずうーんと唸る神室。確かに彼女は自分の気持ちを隠し通すイメージがない。雰囲気の似ている鈴音以上に、素直な面が目立っているような気がする。
「人によるかもしれない。オレたちは独りで悩む癖があったからそれで上手く行ったわけだし」
オレたちには幾分か共通点があった。だからこそ互いに誠実に向き合うことで次のステップに進むことができた。しかし神室と恭介という組み合わせでそうはいかないだろう。
――あ、そうだ。
「意外と押しに弱い」
「え――?」
「それに、あいつ自身とは違い竹を割った態度の方が好まれたりする」
オレと恭介は親友であり同志だ。一方神室はあいつにとって純粋な友人関係。志どうこうは関係ない。そういう相手が胸の内を曝け出したところで、恭介は応じない可能性が高い。
池や須藤、佐倉もそう。もっと言えば、そもそも席順に関わらず鈴音のことも気に入っていた。恭介はあいつらに対して『誠実さ』より『優しさ』を優先する印象がある。そこに自分という要素は薄く、相手を諭す傾向が強い。
他人を導く時、
そんな恭介にどうやって踏み込めばいいのか。オレとは異なるアプローチを採る必要がある。
「……なるほどね」
固い表情は変わらないが、先程よりかはマシな意見だったようだ。自分の中で吟味し、頷いている。
「ありがと。考えとく」
「お、おう」
それきり彼女は再び俯き、思考のドグマへと落ちてしまったようだ。何か別の話を振っても野暮だろう。
密かに、上手く行きますようにと祈っておこう。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
灼熱の空の下も、ようやく慣れてきた。
滴り落ちる汗も、あの部屋に残っていたら体験できなかった感覚だ。こういった生活への感謝の念を、忘れないようにしなければ。
――さて。
そんな穏やかな日々は今、着々と侵されようとしている。父は勿論、正体不明のホワイトルーム生の暗躍は用心するに越したことはない。
なら今打てる手はあるのか。無論ある。
来るべき時が訪れたら、今の状態では人材不足が目下の懸念要素だ。矛も盾もなければ攻撃はおろか自衛もままならない。
前提として、オレは既に少々目立ち過ぎている。他クラスから見ても、今回の事件の審議によって鈴音に匹敵する認知をされてしまったことだろう。
それら全てを踏まえると……必要になってくるな。有用な『駒』が。
恭介や鈴音とは違う。平田や勉強会のメンバー程の友好度もない、ただ勝利のために使う・使われるだけの関係が。
心当たりは、今は一つだけある。恭介も気づいていたようだが、他クラスには当然Dクラスでも知れ渡っていない、十分な働きを見込める駒が一つだけ。問題はどう協力を促すかだが……。
不意に自分の身体を影が過り、視線が上がる。
蝶が飛んでいた。
「……」
頭上を浮遊していた蝶は居場所を見つけたように花の上に降りる。
それを一瞥したオレは、再び歩き出した。待ち合わせ場所であるケヤキモールへ。
ここまで全て想定内だ。全く喜べない想定内。肝心なのはこれからだ。
少しずつ、己の闇が精神を蝕んでいくのを感じる。希望に縋り抗っていた心が、閉ざされていく。
今は――今だけは、諦めさせてくれ。もう一度、翳りなく元の、オレが望んでいた場所へ返り咲くことができるために。
近い内にまた戻れることを信じて、オレはこの灼熱から身を引く。冷たさを思い出す。
歩を進める自分の表情が、徐々に無機質になっていくのを嫌でも感じる。
嗚呼きっと、あの蝶も花を名残惜しく発つのだと、そうでなければ生きられないのだと、嘆きの中で。
夏はまだまだ熱を極める。しかしもう、この暑さに汗を流すことは暫くないだろう。
これにて三章『マッチ売りは灼熱を知らない』、完結です。これから追加予定のtipsを考えるとギリ100話超えですね。tipsに回すとキツイなって話が多くなってきて結果的にtipsがけっこう減るかもしれませんが。
二章とは違いオリ主も原作主人公も完全に曇った状態で終わってしまいました。二人を救ってくれるのは果たして誰なのか、あるいは自力で救済するのか、そもそもまだ救われないのか。やっぱり作者も知らない。
次章・醜さに嬲られし家鴨の子の忘却を
番外編第一弾(題はナイショ)
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六月下旬(1章~暴力事件)
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七月下旬(期末テ⦅暴力事件⦆~三巻)
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八月中旬(四.五巻前後)
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夏休み以降の時系列がいい
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やらない