パーマンのIF物語です。

パーマン1号がバード星へ旅立ってから、パー子と再会する物語です。
今回は星野スミレの感情が爆発?する激情編?です。

色々なミツ夫とスミレの再会物語を短編で書けたらな~と思ってます。

今回の設定は、
スミレがミツ夫を見送ってから12年後。
その間一年に一度だけ便せん一枚だけの手紙のやり取りのみ。
という内容です。

23歳になった星野スミレは映画に舞台にテレビに大忙し。
今回久しぶりに生中継の歌番組に出ることになったスミレだが、テレビ局に暴漢が現れて・・・。

お楽しみいただければ幸いです。

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ミツ夫、スミレ 愛の再会 激情編

「スミレちゃん! 見たよ見たよ~、今絶賛公開してるスミレちゃん主演の映画『想い人』!」

 

「あ・・・、はい。ありがとうございます」

 

「まさしく日本中が泣いたってキャッチフレーズに偽りなし!だね。ボクも思いっきり泣いちゃったよ~!泣きすぎて映画が終わった後すぐ席立てないくらいだったよ!」

 

「はは・・・」

 

思わずスミレは苦笑する。

 

 

 

星野スミレ。

 

 

 

押しも押されぬ日本のトップアイドルであり、女優でもある。

今年で23歳。あの日からすでに12年が経とうとしていた。

 

今日は某局の「歌のヒットステージ」という生放送の歌番組に出演する予定だった。

出演時間が迫ったので化粧を済ませ、今自分の控室から廊下に出て前室へ向かおうとしたところで、少々軽薄そうなプロデューサーから声をかけられてしまったのだった。

 

「それにしても、この『想い人』、原作はあの利根川長治先生でしょ? 原作とちょっとでも変化させると怒るって有名な」

 

「ええ」

 

「でも、この『想い人』のエンディング、まるっきり反対に変えちゃったんだよね?スミレちゃんの意見でさ」

 

「まあ・・・」

 

このプロデューサーの言う通り、100万部を突破し、芥川賞を受賞した利根川長治著の『想い人』は、登山家の恋人男性を叱咤激励したり喧嘩したりしながら愛し支える女性が主人公の話であり、最後、主人公の恋人である登山家は世界的に有名な山に挑戦したまま帰ってこない、その彼を何年も待ち続けたまま終わるという、ハッピーエンドとは言えない心の葛藤を中心に描く重い話であった。その映画化にあたり、主役に抜擢された星野スミレは映画監督である小島渚と、原作者の利根川長治に直談判したのである。

 

「エンディングで帰ってきた恋人に会わせてくれ・・・」と。

 

映画監督の小島渚はスミレのやる気に前向きな姿勢を見せてくれていたが、原作者の利根川長治は始め反対した。だが、スミレは断言した。

 

エンディングを変えてよかったと私の演技で証明してみせる・・・と。

 

そしてその言葉通り、喧嘩しながら登山家の恋人を応援し、支える役を見事演じきったのだ。

特に遭難の知らせを受け、帰ってこない彼を絶望に押しつぶされそうになりながらも、不安と悲しみを振り払い彼の生存、帰還を信じ切り、そして最後霧の中から姿を現した彼の姿を見た時に安堵し、涙したスミレの表情に日本中が感動し、絶賛の嵐となった。

 

さすがにこの日本中からの絶賛の嵐に、堅物で有名な原作者の利根川長治もスミレの変更案を受け入れた自分を褒めてやりたい・・・といった言い回しで変更の成功を認めたほどだった。ある番組での映画宣伝では、

 

「普通、物語のエンディングがどうなるかを事前に語るなんてナンセンスな話だが、この映画『想い人』は最後ハッピーエンドになると断言する。だけど、どうハッピーエンドなのかは映画館に足を運んで皆さん自身の目で確かめてもらいたい。もっとも、エンディングでのスミレちゃんのあの表情を見ないなんて、正直人生の損失だと思うけどね」

 

と大いにぶち上げて世間をざわつかせたのだ。

そんな前評判から始まった映画『想い人』は見た人の口コミがあっという間でSNSで広まり、絶賛の評価が駆け巡った。また、「何度見ても泣ける!」とリピーターが続出。映画館にひと月で20回も見に行ったというヘビーユーザーまで現れるほどの大人気となったのである。

 

どの映画評論雑誌も、星野スミレの演技を絶賛した。今年の最優秀主演女優賞は星野スミレで間違いない!と断言する評論家や雑誌もあるほどだ。

特に、長年帰ってこない恋人を待ち続ける切なく悲しく、そして強い女性を演じた星野スミレの鬼気迫る演技に映画を見た人々は魅了された。

 

インタビューでも、

 

「どうしてスミレさんはそんな演技ができるんですか?」

「あの演技の時、どんなことを考えていたんですか?」

 

と同じような質問を何度も受けた。

 

「そんな素敵な恋人がいたら、自分はどう思うかなって想像しながら演技しました」

 

きまってそう答えてきたスミレ。だが・・・。

 

(想像も何も、日々感じてることだしね・・・)

 

ふう、と溜息を吐きながらも苦笑する。スミレは12年間ずっと遠い星に旅立っていった彼を待ち続ける自分自身を投影したような演技に、それほど苦労を覚えていなかったのである。

 

エンディングの変更直談判も、ただ単に待ち続けた恋人に会えないのが嫌という単純な思いからだった。「彼は絶対自分の元に帰って来てくれる」そう信じているからスミレは今でも厳しい芸能界を生き抜いてこられた。スミレの人生に「彼が帰ってこない」という選択肢など初めから存在していないのである。存在していない状況を演じることは難しい。ならば、彼を迎える時に用意しようと思っていた、とっておきの笑顔を見せればいい・・・それくらいの気持ちであった。だが、思いのほか彼の事を真剣に考えながら演技に力が入ってしまったらしい。おかげで絶賛の嵐となってしまったわけだが。

 

(ふふ・・・また貴方に助けられちゃったわ・・・ミツ夫さん)

 

「今度私の番組にも出てよね!それじゃ!」

 

「あ、ハイ、よろしくお願いします」

 

カーディガンを肩に引っ掛けた軽そうなプロデューサーのあいさつにスッと頭を下げたスミレは、生放送が行われるスタジオへと向かった。

 

 

 

 

「今日も生放送でお送りします、歌のヒットステージ!トップバッターは今公開の映画が大ヒット中! 大人気アイドルから名女優への道を歩み始めたと評判の星野スミレちゃんで~す!」

 

女性アナウンサーの案内が終わり、スミレは登場口からステージに登場した。

 

「よろしくお願いしまーす!」

 

「スミレちゃん久しぶりだね~」

 

司会のモリタがマイクを向けてくる。

グラサン、オールバックが特徴の有名司会者である。

 

「星野スミレさんは、歌のヒットステージには約1年半ぶりの登場となります」

 

「だいぶ間が空いたね~、昔はよく来てくれたけど」

 

女性アナウンサーの説明にそんなに久しぶりの登場かと司会のモリタが少し驚いた。

 

「そうですね、ここ2~3年は女優業の方に力を入れさせてもらっていて・・・コンサートツアーとかも20歳過ぎてからだいぶ減らしているので、歌う機会は減ってますね」

 

実のところ、10代前半から高校三年生くらいまではトップアイドルとして、歌の方に比重を置いていた。自身も歌うことが好きだったからだが、パーマン3号としての活動と全国ツアーの兼業はあまりにも負担が大きく、また自身の正体がバレる危険が格段に増すことになった。

そこで、自分が消えてしまうと挽回できない歌手としてのコンサートツアーよりも最悪共演者やスタッフに迷惑がかかっても取り直しができる女優業へ仕事の比重をシフトすることにした。だが、女優としても高い評価を受け、さらに過密スケジュールをこなさなくてはならなくなったスミレにとって、パーマン3号、つまりパー子としての活動を続けていくことは不可能に近かった。また、パー子にとってのパーマン活動は1号であるミツ夫との時間を共有するという大きな目的があった。それが無くなって数年、芸能界の仕事とパーマンの活動を両立することは星野スミレ個人にとっては大きな負担になっていた。

 そしてスミレは20歳の誕生日、パーマンを引退した。

 

 

 

「スミレちゃんの歌声が聞きたいってファンの人、まだ多いんじゃない?」

 

「そうですね、とてもありがたいです。今回主役を務めさせていただいた映画『想い人』の主題歌を作詞させていただいたんですが、タイトルを映画と同じ『想い人』にさせてもらいました。歌詞も思い続ける人を想像して作詞したんです。ぜひ聴いてもらえればと思います」

 

「そうなんだ、それじゃあスミレちゃんの想い人への気持ちが聞けちゃうね~」

 

司会のモリタがからかうようにスミレにマイクを向ける。

 

「クスッ・・・そうですね、ぜひ聴いてもらいたいです」

 

「わあ~、さすが国民的美少女アイドルから名女優へ脱皮を図っているスミレさんですね!発言が大人っぽい!」

 

「それでは準備お願いしま~す」

 

褒めているのかよくわからないような説明の女子アナを無視してモリタが進行する。

スミレはステージの中央にマイクを持って移動した。

 

「それでは星野スミレさんに歌って頂きます。歌は星野スミレさん自身が作詞を担当し、自らの主演映画の主題歌にもなっている『想い人』です!」

 

イントロが流れ出す。

スミレは握ったマイクを口元に寄せると、歌い出した。

 

 

 

今 貴方はどこにいるの?

貴方を見送ってから幾年月

過ぎ去りし季節を数えることすらやめて

それでも貴方は戻らない

 

だけど私は信じてる

貴方が私の元へ帰ってくることを

だけど私は感じてる

輝くようなまぶしい貴方の笑顔を

 

不安に押しつぶされそうになっても

涙の海におぼれそうになっても

 

幾千の光まぶしい朝を迎えても

幾億の闇深き夜を超えても

 

前を向いて歩いていくわ

貴方との約束があるから

 

前を向いて歩いていくわ

貴方と会えるその日まで

 

会えたら見せてね 貴方の笑顔

会えたら話して 貴方の事を

 

貴方が私の胸で眠るまで

貴方が私の胸で眠るまで

 

 

 

歌い終わったスミレは涙を流していた。

いつから泣いていたのだろう? スミレは自分が泣いていることを気づかないほど気持ちを込めて歌いあげていたようだった。

 

「星野スミレさん、ありがとうございました~」

 

司会のモリタの言葉にはっとするスミレ。

 

(いけないいけない、ちょっと気持ち入れすぎちゃった)

 

苦笑、というよりははにかみながらステージを後にするスミレ。

 

「いや~、スミレちゃん熱唱だったね! 俺もジーンと来ちゃったよ~」

 

司会のモリタが横の女性アナウンサーに話を振る。

だが、女性アナウンサーが答えなかったのでモリタは視線を向けた。

 

女性アナウンサーは泣いていた。

観客の女性たちもほとんどが涙を流し拍手していた。

次に登場、歌唱する予定の「魔坂99(マサカナインティナイン)」のアイドル達までもが涙ぐんでいた。

それほど星野スミレの歌った『想い人』は感動を誘う熱唱であった。

 

 

 

 

 

「ツイッターのトレンドで「星野スミレ、想い人」が世界一になりましたよ!」

 

番組進行途中、歌と歌の間で女子アナがツイッターの情報を伝えてきた。

 

「世界一!すごいね~」

 

司会のモリタが感心する。

それだけスミレが生放送で歌った『想い人』の歌が素晴らしかったという事であった。

 

「私たちもスミレさんの歌に感動して泣いちゃって・・・次歌うの大変だったんですよ~」

 

アイドルグループ「魔坂99」のセンターを務める後田臼子(うしろだうすこ:通称うっちゃん)がはしゃぐ様にコメントした。

 

「ごめんなさいね? ちょっと感情入りすぎちゃって・・・」

 

同じ並びに座っていたスミレが声をかけた。

 

「全然全然! すごく感動させてもらって、うれしかったです! ずっと憧れだったスーパーアイドル星野スミレさんの生歌をこんなそばで聞けちゃって、ファン冥利につきます!」

「ちょっと、今じゃアンタもスーパーアイドルでしょ」

 

同じグループでセンターを競い合う小島厳子(こじまがんこ:通称ガンチャン)がツッコむ。

 

「ムリムリ! 何言ってんの! 星野スミレさんだよ!? 私がアイドルになりたいって思ったの、星野スミレさんのコンサート観た時なんだから!」

 

(確か後田さんは今年16歳だっけ・・・、私とは7歳差か。ミツ夫さんも若い子の方がいいのかしら・・・ううん、そんなことないよね?)

 

可愛い後輩?とも言えなくもない後田のはしゃぐ声を聞きながらスミレはぼんやりとミツ夫のことを考えていた。

 

 

 

 

 

「ふふふ・・・こんな恵まれたヤツらがいるから、俺たちが報われねーだ・・・」

 

スタジオの片隅、清掃員のような恰好をした男が二人、暗い炎を宿した目をステージに向けていた。身長の低い、がっちりというよりは小太りな男が呟く。

 

「そうだ、奴らのような連中がいるから俺たちが報われねーんだ・・・、思いっきりやってやれ」

 

その後ろにいた長身で細身の男が答える。

 

「ああ!」

 

小太りな男はビンを握りしめた。

 

(ククク・・・うまくやってくれよ? 俺がスミレのヒーローになるためにな・・・)

 

長身痩躯の男は唇をにやりと歪めるのだった。

 

 

 

 

 

 

番組後半。後一組を残すのみ、となった時、いきなり「ガチャン」という音とともにテレビカメラの一台が燃え上がった。

 

「わああっ!」

「何だ!?」

「どうした!」

 

ちょうど演者たちが席に座ってトーク中だったため、歌手やアイドルが一塊になっていた。その前に火炎瓶を持った男が乱入した。

 

「おめえら!動くんじゃねーぞ!動いたらコイツを投げつけるぞ!」

 

見れば、清掃員の格好をした小太りの男が火炎瓶を持ちながらステージ中央に歩み寄ってきた。周りの警備員たちを火炎瓶で威嚇しながら怒鳴り声をあげる。

 

「そこの連中逃げるな!おめーらに言いてえことがあるだ!」

 

指を指されたアイドル歌手やタレントたち。

 

「落ち着いて、動かないで。どうやらすぐに何かされることはなさそうよ?」

 

隣で泣いている後田に囁くスミレ。

 

「スミレさん・・・」

 

「何が言いたいのか知らないけど、少し落ち着いて待ちましょう」

 

スミレは周りのタレントや歌手たちにも聞こえるように言った。

 

 

 

「いいか!オメーらのような奴がいるから俺たちが報われねーだ!」

 

男が火炎瓶を振り回しながら大声を上げる。

 

「大した努力もしないでテレビでちやほやされやがって! 何の苦労もなく大金稼いで、いい生活を送りやがってよ!」

 

スミレは溜息を吐いた。

この場において大した努力もなくテレビに出ている人間など一人としていない。

歌やダンスを死ぬほど練習してきているのだ。だがそれをテレビの向こう側で見ている視聴者に見せることはない。どうやらそれを理解できていない人間の様だった。

 

「特に星野スミレ!」

 

「わたし?」

 

「お前はちょっと顔がいいだけでちやほやされて仕事もいっぱいで大金持ちで!」

 

「それで?」

 

怒鳴り散らしている火炎瓶男を落ち着かせるようにスミレは声をかけた。

 

「それでって・・・」

 

「歌のレッスンやダンスのレッスンなど、ここにいる人たちはたくさんの努力を積み重ねてこのステージで歌うチャンスをつかんでいるの・・・。あなたの言う大した努力もしないでちやほやされただけでテレビに出ている人はここにはいないわね。別の場所にいらしたら?」

 

プッと思わず笑ってしまうモリタ。慌てて口を閉じる。

バカにされたと思った火炎瓶男はスミレを睨みながらさらに大声を上げた。

 

 

「ふざけるな!お前なんかに何がわかる!大人気で大金持ちで、しかも男をとっかえひっかえでモテてるお前なんか・・・!」

 

その時、スミレの表情が変わった。

明らかに怒気を含んだスミレに共演者たちが驚く。

 

「・・・笑わせないで・・・あなたこそ何がわかると言うの?」

 

ゆらり、という表現がぴったりくるほど、スミレはゆっくり、音もなく前に歩み出た。

 

「スミレちゃん、危ないから下がって!」

「スミレさん、危険です!」

 

スタッフや他のアイドルから声がかかる。

だが、スミレは歩みを止めることなく、ゆっくりと男に近づいた。

 

ステージの中央、5メートルほどの距離まで近づくとスミレは男を睨みつけた。

 

「ふ、ふざけるな! おめえは芸能界でもトップアイドルで、トップ女優で、最高の位置にいるだ!ファンもいっぱいで金だって俺たちが想像もつかないほど稼いで、男もとっかえひっかえで浮名を流してモテまくって! 自分の人生が何でも思い通りになって幸せいっぱいで、何の悩みもないような奴がいるから、俺たちが報われねーだ!」

 

男の絶叫する理不尽な内容に他の周りの人々は恐怖を感じた。

だが、スミレはより怒りの表情を浮かべていく。

 

「なんでも思い通りになって、何の悩みもなく幸せな人生・・・? そんなものあるわけないでしょう!」

 

「な、なんだと!!」

 

「そう、私は芸能人星野スミレとしては恵まれていると言えるでしょうね・・・。たくさんのファンに支えられて、多くの歌やお芝居をさせていただく機会をもらえたわ。でもね、だからと言って私個人の人生が幸せでなんの悩みがないなんて、どうして言えるのよ!」

 

「個人の人生・・・?」

 

「私個人は12年前に人生で一番大切な人が、たった一人で自らを成長させるために遠い場所へ旅立ったのを見送ってから一度も彼に会えていないわ・・・。どんなに苦しくてもがいても、どんなに悲しくて泣き続けても、彼に手を握ってもらうどころか、そばに居てもらうことすらできないの。私から見れば、クリスマスに仲睦まじく手をつないで大通りを歩いているカップルの方がよっぽど幸せだと思ってるわよ」

 

「そ、そんな・・・」

 

男が震えだす。テレビの中でなんの悩みもなくきらめくような笑顔を見せていた星野スミレが、自分より普通に歩いているカップルの方がよっぽど幸せだ、という。そんな現実を突きつけられた男は混乱していた。

 

「でもね・・・私はそんな不満や不安を他人にぶつけたりはしないわ・・・。だって彼は必ず私の元へ帰って来てくれると約束してくれたから。だから私は不安に苛まされても、悲しみに押しつぶされそうになっても、決してあきらめないで前を向くの。だって、彼が帰って来た時に胸を張って貴方を待っていたって、全力で頑張って貴方を待っていたって言いたいから」

 

スミレの鋭く睨む視線に後ずさりする火炎瓶の男。

 

「何より許せないのは、一つの真実もない週刊誌の記事を鵜呑みにして私が男をとっかえひっかえしていると言った事よ」

 

「だ、だっておめえは大人気で男からも言い寄られていて、たくさんの男と付き合ってるって・・・」

 

「私は誰とも付き合った事なんてないわ!どれだけ私の悪口を言ったってかまわないけど、私は12年前から彼だけを待ち続けているの。そんな偽記事で私の彼への思いを踏み躙るようなマネだけはゆるさないわ!」

 

胸に手を当てて声を荒げるスミレ。

思わず服の上からロケットペンダントを握りしめていた。

 

(へんな記事でミツ夫さんに誤解されたら嫌だもの・・・ミツ夫さんって案外嫉妬深いところがあるから・・・)

 

スミレは自分の嫉妬深さを棚に置いてそんなことを頭に浮かべていた。

 

「う・・・うるさいうるさい! 黙れ―――――!!」

 

自棄になった火炎瓶男は右手のジッポーライターに火をつけると、スミレに向かって突進した。

その後ろの長身痩躯の男も走り出した。

 

「スミレちゃん!」

「逃げて!」

 

後ろに避難しているタレントたちが叫ぶ。

 

だが、

 

バシャン!

 

音がしたかと思うと、男がスミレに近づく直前、スタジオが一瞬にして真っ暗になる。

 

「キャア!」

「何だ!?」

 

周りのタレントたちが急な暗闇に驚いて声を上げた。

だが、スミレは暗闇ではなく、別の事に驚いていた。

走ってきた男に何とか対処しなければならないと体に力を入れていたのだが、暗闇になった次の瞬間、自分の肩を誰かが抱いてすっと体が引っ張られた。その肩を引いた男の胸に自分の頭が触れる。そして、ドスンと目の前で誰かが床に叩きつけられる音がした。

 

(この・・・香り・・・)

 

自分の肩を優しく抱いて引いた手も、引き寄せられた時に自分の頭がふれた胸板も、自分の知っている男のものではない。それはそうだ。自分の知っている彼は12年も前の姿なのだ。あれから彼が厳しい訓練を受け、成長していることは間違いないのだから。

ただ、とても懐かしい香りが一瞬、スミレを包み込んだような気がした。

 

 

そしてスタジオに明かりが戻る。

 

 

そこにはスミレの前で床に伸びている火炎瓶男がいた。

ジッポーライターはご丁寧に蓋が閉められ、火炎瓶も割れることなく床に置かれている。

 

「スミレちゃんすごい!」

「暗闇で暴漢を投げ飛ばしたぞ!」

 

後ろで避難していた演者たちがスミレを褒め称える。

その言葉に、

 

(私じゃないんだけどね・・・)

 

スミレは服の内側にある首から下げたロケットペンダントを取り出して握りしめた。一瞬ロケットに視線を落とし、すぐに顔を上げると、はにかみながら後ろを向いて避難していた他のタレントたちに無事を伝えようとしたその時だった。

 

「くそっ!俺のスミレを襲ったコイツを倒して俺がスミレを救ったヒーローになるはずだったのに!」

 

見れば火炎瓶の男と同じ清掃員の格好をした長身痩躯の男がナイフを握ってスミレを睨んでいた。

 

「こうなったらお前を殺して俺も死ぬ!そうすればスミレは永遠に俺のモノだ!」

 

そう言ってナイフを構えてスミレに突進してきた。

 

「スミレちゃん!」

「逃げろ!」

 

だが、虚を突かれたスミレは一瞬体が硬直した。

 

 

(ミツ夫さん・・・!)

 

 

思わずロケットペンダントを握りしめるスミレ。

 

 

ガシッ!

 

 

目をつぶってしまったスミレだったが、再び先ほどと同じく肩を抱かれ、引き寄せられた。

先ほどと同じく引き寄せられた勢いで自分の頬がその男の胸に触れる。

再び懐かしい香りに捕らわれるスミレ。

だが、先ほどとは違ったことがあった。

 

 

照明が落ちていなかったのである。

 

 

目を開けたスミレが見たもの。それは、自分の肩を右手で優しく抱き、暴漢の突き出したナイフを持つ手を左手でがっしりとつかんで止めていた人物だった。

 

「ボクのスミレを傷つけることは絶対に許さないよ」

 

肩を抱いたスミレをさらにぐいっと暴漢から話すように引き寄せる。

 

「あっ・・・」

 

さらにその男の胸に顔を埋める様に寄りかかるスミレ。

 

ズアッ!

 

スミレの肩を抱いた男は、なんとスミレを抱いたまま、左足を頭よりも高々と上げると、暴漢に踵落としを食らわせる。

 

ドコッ!

 

「がはっ!」

 

吹き飛ばされて倒れる暴漢を警備員たちが走り寄ってきて拘束する。

ナイフも取り上げて無事暴漢たち二人を制圧することができた。

 

(バード星での肉体改造と格闘トレーニングが随分と身についてるな。地球人となら喧嘩しても負ける気がしないよ)

 

パーマンマスクは当人の6600倍の力を発揮させることができる。

つまり、当人の力が高ければ高い程パーマンになった時の差が大きくなるわけだ。

子供のころパー子に腕力がかなわなかったのは、須羽満夫が星野スミレに腕力でわずかに劣っていたことが影響していると思われた。

バード星での研修は肉体改造や格闘トレーニングも厳しく行われたが、これはバードマンになった際も、基本能力が6600倍になることを想定してベースの能力を高めることが求められたからである。

 

 

 

安堵に包まれるスタジオ。

そして、暴漢の脅威が去ると、突然現れたスミレの肩を抱く男が、いったい誰なんだという空気に代わっていく。

だが、スミレはそれどころではなかった。

 

自分の肩を抱いている男の顔を見上げる。

身長は自分よりずいぶんと高い。自分の頭が肩くらいまでしかない。

 

(昔は私と同じくらいだったのに・・・)

 

そして前髪が変に跳ね上がった特徴的な髪形。

精悍な顔つきだが、どこか愛嬌のある、いたずらっ子のような目。

何よりも自分の顔を見つめて、優しく微笑んでいるその顔を、スミレは知っていた。

なにせ、12年もその人物を思い続けて、ずっとずっと待ち続けていたのだから。

 

「待たせたねスミレ・・・もしかして、待たせすぎちゃったかな?」

 

その人物・・・須羽満夫が微笑んだ。

 

「・・・夢・・・だわ・・・。私、きっと刺されて死んでしまったのね・・・。だから、死の間際にこんな都合のいい夢を見ているのね・・・。ううん、夢でもいい、貴方に会えたのなら・・・」

 

涙を目に浮かべながら、スミレがつぶやいた。

 

「おいおい・・・、勝手に死なないでくれよ? パー子らしくもない。別れる時に言っただろ? 今度会う時は君の事を守れるくらい強くなって帰って来るって」

 

周りに聞こえないように小さな声で、でもはっきりとスミレに聞こえる様にウインクしながら囁いた内容に、スミレの心臓が飛び出しそうになる。

 

「・・・本当に・・・本当にミツ夫さんなの・・・!? 帰って来てくれたの・・・!?」

 

涙がとめどもなくあふれてくるスミレ。

だがスミレはその涙を止めようともぬぐおうともしない。

スミレの問いかけに、にっこりと笑ったミツ夫はウインクしながらスミレに答える。

 

「・・・ただいま、スミレ」

 

その笑顔にスミレの感情が爆発する。

 

「わあああああ~~~!」

 

絶叫にも近い声を上げながらミツ夫に抱き着き、その胸に顔を埋めて号泣する。

避難していた演者たちがスミレに駆け寄ろうとしていたのだが、男との様子が変だと見守っていたところ、なんとスミレが男に抱き着いて号泣し始めた。

なんだなんだと芸能レポーターもかぎつけて来て、周りがざわついて来たのだが、当の二人はまだ二人だけの世界に浸っていた。

 

「わたっ・・・私っ・・・ずっと、ずっと貴方の事待ってて・・・」

 

「うん、うん。本当に長い間待たせちゃってごめんね」

 

泣きじゃくるスミレの肩を左手で抱きしめ、右手でスミレの頭を優しくなでるミツ夫。

それだけでスミレは心の中まで温かくなでてもらっているような気がした。

 

「ずっとずっと・・・貴方に会いたくて・・・、でも、貴方に会いたい、寂しいって伝えてしまうと、頑張っている貴方の負担になってしまうと思って・・・」

 

ミツ夫はスミレの言葉に、心がえぐられるような思いがした。

年に一度だけ、専用の便せん1枚だけの手紙のやり取りだけが許された連絡手段だった。バード星で研修に励むミツ夫は、いつも自分の奮闘と、いつかスミレの元に帰る、という内容を送っていたのだが、スミレの方は地球における情報やブービーやパーやんたちの近況なども伝えていたため、自分の内容を書いている部分は少なかった。だが、必ず最後に、ミツ夫が帰って来るまでずっと待ってる、という言葉を綴っていた。

スミレの手紙には一度たりとも「寂しい」「つらい」「帰って来て」そんな言葉は綴られていなかった。前にロケで言ったお店が美味しかったから、帰ってきたら案内してあげる・・・そんなことは書かれていても、ただの一度もスミレの手紙に弱音が書かれていたことはなかった。

 

(スミレちゃんは、ずっとボクに会いたくても会えないのを、寂しくてつらいのを我慢してくれていたんだ・・・。それを手紙に一言も書かなかったのか・・・。ボクの重荷にならないために)

 

ミツ夫の目にもわずかに涙が浮かぶ。

 

だが、二人とも最後に分かれた時から、お互いを待っていると伝えてはいるものの、お互いをどう思っているかは伝えていなかった。

 

だから、正直スミレは帰って来た時に気持ちを伝えたいとは思っていたのだが、まさかこんな危機一髪を救ってもらった上にこんな満面の笑顔を向けてもらえるとはさすがに思っていなかった。

 

「・・・本当に待たせてごめんね。改めてただいま!」

 

「・・・ミツ夫さんっ!」

 

感極まったスミレが背の高くなったミツ夫の首に飛びつくように両手を回して、キスをした。

 

「ス、スミレちゃんがキスッ!!」

 

誰かが叫ぶ。

 

当人たちには刹那の一瞬のような、悠久の時の流れにも思えるキスの時間であったが、やがてスミレは唇を離して、ミツ夫を見上げる。

 

「ずっと・・・ずっと貴方の事が好きだったわ、ミツ夫さん」

 

頬を赤らめて、目に、涙を溜めて、それでも自分のために微笑もうとしてくれるスミレの肩をミツ夫は優しく抱きしめた。

 

「ボクも、離れて君の大切さが身に染みたよ。ボクも君の事が好きだよ、スミレちゃん・・・で、好きだったわって、今では?」

 

ミツ夫がとぼけたことを聞いて来た。

 

「バカね・・・今ではもっと好きよ!」

 

そう言ってスミレは再度ミツ夫にキスをした。

 

「だ、大スクープだ!」

「ス、スミレちゃんに恋人!?」

「大変だ!星野スミレに大本命!?」

 

周りの演者だけでなく、スタッフたちもざわめきが止まらない。

何せ国民的美少女アイドルで名女優の星野スミレに本命の恋人がいたことが発覚したのだ!

それもゴシップなどではありえない。何せ目の前で当人たちが抱き合ってキスをしているのだから。

 

「い、インタビューだ!」

 

「しゃ、社長!?」

 

見ればテレビ局の社長が現場に飛び込んできた。

 

「事件を生中継するために今も生放送中なんだ!このままインタビューでコメントを取れ!」

 

そう、暴漢たちの襲撃によってめちゃめちゃになった収録であったが、歌のヒットステージという生放送の歌番組の収録中であったのだ。暴漢たちの襲撃という突発的なニュースをテレビ局が放送しないわけはなく、ヒットステージの番組終了時間後も特別放送として放送番組を変更してこの襲撃事件を生中継していたのだ。

つまりは、星野スミレへの襲撃事件から、スミレを助けた謎の男の出現、そしてその男が星野スミレと恋仲の様で、二人がキスするところまでバッチリと全国へ生中継されていたのである。

 

このことに気が付いて二人が顔を真っ赤にしたり真っ青にしたりするのは、ほんの少し後の事である。

 



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