転生したら米国二冠ウマ娘だったけどコーチの依頼が無くて極東に行ったら名コーチになって教え子に囲まれてます(仮) 作:罠ビー
1991年8月29日
今日の時点までに宿題を私に見せるように生徒達には言っていた。私が言わなくてもちゃんとやる子ばかりだと信じたいが子供からすると夏休みの宿題なんて邪魔でしかないのでやってない子もいるかもしれない。……まあ私に見せに来た時点で9割終わってれば素直に返すつもりだったが……まあいたわけである。殿一気をかけようとする子が。せめて東京レース場の直線くらいの長さで勝負して欲しかったのだが。もう残り1ハロンだぞ。
という訳で明日私の家に来るように召集をかけた。別に勉強はどうでもいい……いや良くはないが。とりあえず期日を守るということを学んで欲しい。自己管理ができないと結局レース前の調整もうまくいかないのだ。
1991年8月30日
という訳で私に集められたのはダンスインザダークとバブルガムフェロー。二人とも全くやってないという訳ではないがこれは最終日に缶詰めになるだろうので私とやってもらうことにする。二人とも少々文章が独特だったりするためそれをさりげなく修正する面もある。
そしてなんとなく予想は出来ていたがマーベラス。まあ前半ちょっといろいろあったからと思うが無くてもこの展開だったのではないか?いや、生徒を信じよう。
とりあえず今回の追い込み勢はこの三人だけれどダークとバブルに付き合う形でイシノが、そして何故かフジが来てた。あんまり相手をしてあげられないけどいいの?
結局けっこう遅くまでみんなの宿題を見て、皆を泊まらせて明日も頑張れば問題なく終わるだろう。バブルもダークも今日の様子を見ていれば問題はないだろう。マーベラスは少々……ほどよい。
追記:フジになんで来たのと聞くと先生に会いたかったとのこと。王子さま系なのに可愛らしい。
1991年8月31日
昼前にダークとバブルは無事にケリがついた。マーベラスが昼過ぎまでかかったが無事にしっかり終わらせた。終わる頃にはマーベラスが魂が抜けそうになっていたが。それにフジもなんだかんだ最後まで付き合ってあげていたし昼御飯を食べさせて返したダーク達と入れ替わりで来たジュニュインやタヤス達が手伝ってあげていた。仲良き事はよき事かな。
学園も二学期に差し掛かるとともにトゥインクルシリーズも秋競争が幕を開ける。皆の成長や秋競争を楽しみにしながら一人夕食をとり早めに床についた。
1991年9月2日
学園も再開する日だったがヨシダに声をかけられて成田空港に向かう事になった。なんでだよと思いながらスーツ姿で向かえばトニービンがあるウマ娘が乗った車イスを押しながら到着口から出てきた。その姿に私は言葉を失った。
車イスに乗りながらピンと延びた背筋。少々白くなった肌から不健康さが見てとれるがそれを感じさせないくらいの圧倒的なオーラ。すらりと伸ばされた鹿毛の髪が美しく揺れていた。
レート141,欧州覇者,Dancing Brave
その姿は車イス上でなお圧倒的であった。
1991年9月5日
トニービンはこの夏イタリアに少し帰っていたらしい。そこで同い年のスーパースター(忘れがちだがトニービンもスターの一人ではある)ダンシングブレーヴの長期休養を知ったらしい。ダンシングブレーヴはトニービンの2年前の凱旋門ウマ娘。ダンシングブレーヴは早々に欧州の舞台で活躍しドリームシリーズに籍を移した一方でトニービンはイタリアを中心に走っており欧州の大舞台に立ったのはそれより後であった。
休養を知った行動派のトニービンは素早くアポを取りお見舞いに向かったらしい。ただのウマ娘ならまず門前払いだろうが同い年の凱旋門ウマ娘の来訪に眼を丸くしながら迎えてくれたらしい。なお二人は初対面だったらしい。
そんなこんなで話をしていると療養先の話になった。その時に何を血迷ってしまったのか日本に来ないか?なんて言ってしまったらしくそしてダンシングブレーヴもそれを前向きに検討してしまったらしい。
さてそれで困ったのは学園のお歴々。とても粗相をしていい相手ではなく突然決まったVIPの来日にてんやわんやだったらしい。なんとか療養先を確保し医療機関も見繕って、それで来日を迎えたようだった。
1991年9月11日
二学期が始まったが生徒達に大きな変わりは無い。夏休みが恋しそうなものだが意外と学園の子達は学校にいる方が好きなのかもしれない。前世のイメージとは違うなと思う。……そういえば私も前世に比べると仕事であるサイアー業やレースには真摯に向き合ってると思う。
来年からB組になるC-2組の面々は段々とレースについてのルールやトゥインクルシリーズの歴史について学びが始まる。
そういえばA-1クラスの子達は夏頃からトゥインクルシリーズのレースにデビューしていく。リアルシャダイの今年期待の生徒、ライスシャワーは夏頃にデビューしたらしい。C-2組の面々にとっては去年入学から半年以上いたリアルシャダイ組の先輩にあたる。そのデビューに刺激を受けたんではないだろうか?
1991年9月23日
ダンシングブレーヴと話をする機会があった。どうも筋萎縮と神経障害が発生する神経筋障害の難病、マリー病に罹患しているらしい。なんで日本に来たのかと聞いたら意外にも来てみたかったと話した。シンボリルドルフに会ってみたかったと笑いながら語ってくれた。トゥインクルシリーズ時代もそうだがドリームシリーズでの活躍も世界には知られているらしい。是非とも戦ってみたかったんだけどと脚を撫でる姿にうまい反応を示せないでいると、『怒ったかい?もちろん君やトニーとだって戦ってみたいさ』と言っていた。
これは私の考察になるが日本に来たかったのもあるだろうが少し欧州から離れたかったのじゃないかと思う。ウマ娘の『走れない事』に対する精神影響はかなり大きなものがあると思う。前世でも定年を迎えた会社員がする事がなくなり抑鬱状態になるケースがあった事を思い出される。今はまだ気丈な様子だが歳上の筈のマルゼンスキーの方が比べると若々しく見える。
ウマ娘は私が思う以上に心が大事な種族なのかもしれない。
1991年10月3日
今日のドリームシリーズのレースでオグリキャップがドリームシリーズデビューを果たした。
ウィークデイの金曜日以外の4日間、ナイターレースでドリームシリーズのレースは開催される。イメージとしては前世の野球中継みたいものだろう。ここで成績と投票によってお盆と正月のドリームトロフィーの出場権が決まるのである。それで秋シーズンから今年度から昇格したウマ娘達が走りだすのである。という訳で友人のデビューを夕食をとりながら見ることにした。
今日の日刊ウマ娘でもやはり注目度が高いのか大きく扱われていた。しかしトゥインクルシリーズと異なりドリームシリーズにエントリーできるのはドリームシリーズに選抜されたウマ娘だけである。ドリームトロフィー程ではないが普通のドリームシリーズのレースですら基本はG1勝利ウマ娘である。簡単に勝てるものだろうかと不安視する声もあがっていた。
本日のレースは中山芝の2000m。それで結果であるがオグリキャップが中段やや後方から見事な差し足を披露し勝利した。当たり前のようにG1を取っているようなウマ娘ばかりなのだが初出場の不安をものともしない様子はファンの心をがっしりと掴んだだろう。
いずれうちの娘達でも走る娘が出てくるだろうか?その時を楽しみにしたい。
1991年10月26日
秋の天皇賞は波乱の幕引きとなった。ここでも人気を背負ったメジロマックイーンがトウカイテイオーの離脱した代わりにチームスピカを盛り上げようとしていたのかは知らないがスタート直後にインコースに盛大な斜行をして失格になってしまった。沖野トレーナーにとっては悪い流れが来ているといった感じだろうか。
それにしてもなんとなく私がメジロマックイーンに抱いていた印象との違いに驚いた。お嬢様も意外とやるときはやるのだろうか?
PS:メジロマックイーンには悪いが危険性やルールについてのいい教材だと思ったから録画を録っておくことにした。
◆◆◆◆
「わたくしは……テイオーの代わりに、そしてメジロの悲願として天皇賞春秋制覇を狙っていましたのに」
審議のランプが灯り流されるパトロールビデオは勝者の気持ちでいたマックイーンを引きずり落とすのに充分な説得力を持っていた。まだ審議結果は出ていないがマックイーンも自分が処分対象な事を理解している。さて俺はなんて声をかけてやれるか。介入や管理というものがあまり好きではないがことこういう場面に限っては自分のコミュニケーションの不足を思い知らされる。
「マックイーン……」
ドリームトロフィー以降は何か感ずる所があったのかテイオーは今できる事をしっかりやり、怪我に向き合い始めたっていうのに。テイオーも自分のライバルの唖然とした様子に心配そうに声を漏らす。
「そんな顔しないの。マックイーンちゃんが凄いのはテイオーちゃんもトレーナーもわかってるでしょ。大丈夫。たまたま今日はからぶっちゃっただけ」
俺の後ろから大丈夫といった様子で元気づけるような声を聞く。それは適当に放たれた言葉ではなくて本当にそう思っているだろうので確信を持って告げられた言葉だった。
「リリー、そうだよな。また来年もチャンスはある。今日のところは足りなかった。けど俺はマックイーンもテイオーもその強さを信じてるからな。だからテイオーも来年頑張ろうぜ」
「トレーナー……」
「大丈夫ですよ。テイオーちゃんは会長さんも認めた天才ですから。一年の遅れなんてへっちゃらです」
俺とリリーはテイオーをそう元気づける。さてマックイーンも元気づけてやろう。まだまだトゥインクルシリーズは続くんだから。
「それにもちろん俺はお前の強さも信じてるぞ。リリー。先週のローズステークスは凄かったもんな」
トニービン「ブレーヴ、日本に来ない?」
ダンブレ「たしかに一興かもしれない。欧州の冬は堪える」
トニービン「なら決まりだね」
トニービン「という事でダンシングブレーヴが来るよ」
職員達「……は?」
ダンシングブレーヴさん
欧州最強馬としては今なお名前の上がる史上最高レートを獲得した馬がモデル。日本にはマリー病という奇病を患い長期休養中にお見舞いに来たトニービンにより連れてこられる。今はまだ走れないが彼女はあるウマ娘と出会い、また欧州での生徒達の活躍により次第にその魂を回復させていく。