転生したら米国二冠ウマ娘だったけどコーチの依頼が無くて極東に行ったら名コーチになって教え子に囲まれてます(仮) 作:罠ビー
菊花賞後、サンデーさん(と止めにはいたマルゼンさん)が観客とトラブル。
二人にサイアー免許停止、出走禁止、学園敷地内から出ることの禁止が告げられる(期間、今年度中)
マルゼンさんはWDTの出場権、それとMVPのチャンスを失う。
今回は日記要素少なめです。
1992年11月9日
謹慎生活初日。といっても学園外とジュニアクラスのエリアへの進入が禁止されているだけで常時監視下というわけでもない。サイアー寮は学園外の為しばらくは学園内の用務員寮に世話になる。そして用務員として学園内で奉仕活動に勤しむ事になる。
学園の用務員はいろんなウマ娘が働いている。マイナーシリーズを走っているウマ娘がバイトとして行っていたり、完全にレースから足を洗って休憩時間や休みの日などに趣味として走る程度のウマ娘もいる。ウマ娘にとってレース以外の貴重な就職先のひとつである。力仕事も多いしウマ娘のパワーが役にたつ。
そんな訳で一度はレースを志したウマ娘ばかりである。マルゼンスキーは大スターであり休憩時間等の盛り上がりは凄かった。
1992年11月12日
用務員業務は概ね順調である。行動範囲は学園内に限られているがこの広い学園、コースやトレーニング施設の量を考えれば仕事がないなんて事はなく探せば仕事は出てくる。
しかしサイアー業務で子供達の相手をしながら騒がしい日々を過ごしていたのと比べると少々張り合いがなく感じてしまう……まあ免許停止期間中の時間すべてを持て余すわけではないのは助かるのではあるが。
空いている時間で約束通りダンシングブレーヴに日本語を教える事にする。私なんかよりも適役はいると思うのだが、私を選んだのはアイツの方なのでこちらも手持ちぶさたなのもあり教えるのにためらいはなかった。どうやら日本でサイアーをやるつもりらしい。既に研修を始めたらしくリアルシャダイのところで補佐をしていたミュゲロワイヤルやオースミシャダイ*1とともに私の生徒達の面倒と、ダンシングブレーヴと深いシンパシーがあった娘の面倒をみているらしい。
先日まで病室にいたというのに凄いバイタリティである。身体の方は大丈夫なのかとそれとなく聞くと大きな不調はないらしい。顔色も顔つきも数ヶ月前までとは大きく変わりビックリする。何が彼女をそこまで変えたのかはわからない。もしかしたらまた欧州の大舞台に欧州覇者が返り咲く事もあるのかもしれない。
1992年11月29日
今年のジャパンカップは目玉はイギリス、アイルランドの2カ国のオークスを勝利しフィリークラスながらイギリスのセントレジャーを勝利したフィリークラスの怪物ユーザーフレンドリー、アーリントンミリオン勝者のディアドクター、英国のダービーウマ娘が二人*2とそうそうたる顔ぶれだった。
迎えうつはトウカイテイオー。ただ前走の天皇賞(秋)の走りを見るとまだ厳しそうな点があるが見事にトウカイテイオーはその期待に答えて見せた。前走とは全く違う走りのキレにただただ脱帽であった。
1992年12月15日
今年のジュニアA組はビワハヤヒデとウイニングチケットの評価が高いらしい。そんな中週末行われた朝日杯はビワハヤヒデにエルウェーウィン*3が勝つという形になった。来年のクラシックも楽しみである。
それはそうとサイアー免許停止から約1ヶ月が経つ。正直生徒達と会えない事がこんなに辛いとは思わなかった。自分の居ない間に見てくれている他のサイアー達を信頼していないわけでは無いが落ち着かない。ソワソワする。来年春までこの調子なのは結構辛い。
そんな事をいつものトニービンやブライアンズタイムに話したら盛大に笑われた。ダンシングブレーヴには「そんな顔してサンデー君も優しいんだね」とホッコリした顔をされた。
◆◆◆◆
Dancing Brave 14:30 19 November 1992
サイアー業務自体は英国にいる時からやっていたので業務的に不明な点がないのだが、やはりこの国の子供と相対する機会はそんなに無かったため手放しに順調と呼べる調子ではない。しかもサンデー君の見ていた子供達は非凡な才能を持つものが多い。パワーはヨーロッパにいた子達の方が勝るであろうがキレ、瞬発力はこっちのウマ娘の方がもしかしたら高いまであるかもしれない。そんな日々を過ごすなか、中々に接する機会が無かったが語らいあいたいと常々思っていた相手からお茶の誘いを頂いたので二つ返事でオーケーをした。
「お誘いありがとう、シンボリルドルフ。こちらに来てから活躍は目にしてるし、君の高名は遥か遠く欧州の地まで届いていたよ」
「こちらも招待を受けて頂き感謝する、ダンシングブレーヴ。私も貴君との対決は当時から夢に見ていた。今は叶わないが我が国で療養していると聞く。どうだい、我が国のウマ娘は」
挨拶も早々に投げ掛けられた問いにどう答えるべきだろうか。出されたカップに口をつけて考える。オフィシャルな場ではない。すなわちリップサービスが必要な場面では無いことは重々承知しているが、相手の物差しは何処を指しているのだろうか。
「舞台をジャパンカップとするなら少し物足りない程度、舞台をArc*4とするなら、まったく話にならないレベルだろう。君やマルゼンスキーなら向こうでも勝ち負けだろうけど」
少々言い過ぎだろうか?しかしホームのジャパンカップで上位をとられている以上、欧州のウマ娘として下手な世辞はこの話題を出したシンボリルドルフに失礼だろう。
「やはりか。悔しいという気持ちがないわけではないがジャパンカップもカツラギ先輩と私以降は勝利できてない以上それが貴君、いや欧州から見た日本のウマ娘界の現状なのだろう」
そう彼女が言うと一枚の紙を見せて来る。ジャパンカップの招待ウマ娘のリストだった。そこには我が英国のニューヒロイン、ユーザーフレンドリー。それにエプソムダービーの勝ちウマ娘が二人。成る程、すごく豪華な顔ぶれだ。
目を通して紅茶を啜るとシンボリルドルフから視線を向けられる。これを私に見せてどうしろという事だろうか?
「勝てるかという話なら君の一番弟子次第だろう。しかし少々調子を崩しているんじゃないか?」
「まあそうだろう。それを見れば分かるとおり貴君の祖国のウマ娘が多く来日する。せっかくの機会だ。貴君が激励をしてあげたらどうだい。ジャパンカップ招待ウマ娘の為のパーティーも用意してある」
「必要ないだろう。彼女達は女王の国を代表してジャパンカップに参戦するのだし、その誇りと責任の前に私の言葉など無用の長物だ」
互いの言葉に剣呑な空気が混じり始める。片やホスト国の意地が、片やレーシング発祥の国としての意地が。扉の向こうに気配を感じる。……彼女にこういう空気を経験させたかったのだろうか?こういう物は言葉としては伝わりにくい。
「人をだしにしたね?皇帝」
「否定はしないよ。この貸しを返して欲しければその足を治して力ずくで取りに来て欲しい。私も貴君と走りたいのはもちろん、貴君の走りを今一度見たいからな」
◆◆◆◆
トウカイテイオー 1992年 11月29日 15:00
ジャパンカップ発走の前。まわりのボクに期待をかける声にイマイチ実感がこもらない。前走の天皇賞は惨敗を喫してなんとなく自分の走りを取り戻したとは大手を振るっては言い難い状況。その期待が重いとは思わないがまるで他人事のように思えてならなかった。
どうやら今回のジャパンカップは凄いメンバーが集まったらしい。オークスを二個勝ったウマ娘やボクと同じようにダービーを勝ったウマ娘とか言っていた気がする。
『貴女が日本のテイオーで良いのよね?』
「え、あ、うん」
ふわりとしたドレス調の勝負服を着たウマ娘に話しかけられる。見たことがないし英語で話しかけられたので海外のウマ娘だろう。テイオーと言ったのは聞き取れたので若干気圧されながらそう答えた。
『随分と舐めた顔をしているわね。これから国の威信をかけた戦いだというのに。ダンシングブレーヴ様が居ると聞き期待して来たのですが……日本のウマ娘は随分と温いのね』
相手の言っている言葉はわからない。だけどそこに侮蔑のニュアンスがあったことだけは表情から何となく察する事ができた。つまり舐められた。……この場合舐められたのはボクだろうか?
いや、違う。ボクだけじゃない。
いや、違う。今日は走れないけど強いウマ娘はいる。
自分の親友を、好敵手をそんな眼で見られることを許せるのかトウカイテイオー。そんなわけがない。
そしてレースに意識を向ければ先ほどまで感じなかった圧がビリビリと勝負服の上から自身の肌に痛いくらい感じられる。ああ、さっきまで自分はレース場に立ってすらいなかったんだな。そう気づくと頭がクリアになっていく。気圧されないのはこの前会長に呼ばれた時、応接室の前で似たような気を浴びたからだろうか?
このままボクが、いや、マックイーンが弱いと思われたままこの子達を日本から返して良いのか?
ならやる事は一つだね。
絶対に勝つ。
フジ「姉さんが来ない」
ダーク「先行く者達も元気がない。囚われし我らが祖の帰還を」
リョテイ『姉御の為にもしっかりしろ。……いや今ならフジ達に下克上し放題では?フジかくごー』
スズカ「嘘でしょ……あ、返り討ちにされた」
シンボリルドルフさん
カイチョー。本作品では生徒会長ではなく選手会長である。高等教育は既に終了しており学園やURAシリーズの運営に携わっている。またスター選手の例に漏れずサイアー業務も行っている。サンデーさんやトニービンさんみたく異次元な数を見ている訳ではないが多忙である。現在は東条トレーナーの元で活躍しているがトゥインクルシリーズ時代は刑部というトレーナーの指導を受けていた。